53 アスラオニ・サイクロプスは大工さん
太陽を隠すその巨躯は、人の武器など爪楊枝に等しいと雄弁に語る。
波のように盛り上がる筋肉が、身に纏う防具など無意味なのだと悟らせる。
怪しく光を放つ単眼に見据えられた者は、等しく彼の虜となる。
古の英雄譚に語られる伝説の巨人、アスラオニ・サイクロプス。
かの魔物の拠点は迷宮35層。
討伐に推奨されるレベルは35以上。
戦闘スキルを持っているとしても、ソロならばレベル30、パーティでもレベル25は必要となるだろう。
この世界において、レベルの違いは数の差を簡単に覆す。
ラザロのレベルは23、火魔法の使い手であるダストンのレベルは20。
ラ・メイズ中の戦力を結集すれば、あるいは勝機が生まれる。
それほどの魔物だ。
伝説の巨人の出現に、ラ・メイズは大混乱に陥る…かに思われた。
「馬鹿野郎、もう少し右だ、バランスを考えろ!」
巨人の肩の上でドワイトが指示を出す。
ドワイトの指示に従い無限工房から取り出した建材を配置していくアスラオニ・サイクロプス。
六本の腕から建材が積み重なるように落下し、一瞬で防壁の一角が完成する。
「おーい、こっち終わったぞ。次は何をすればいい」
「そのまま細かい隙間を埋めてくれ。疲れたら遠慮なく休んでくれ。酒もあるぞ」
指示を出す製作班と、それに従う冒険者が建材を運びつつ会話している。
「揚げ芋お待ち!たんと食ってしゃんしゃん働きな!」
エルダ率いる料理班が次々と食事を用意しては、ギルドメンバーと手伝う冒険者たちに手渡していく。
「へへ、ありがたいぜ。良い日雇い仕事だよ」
「スタンピード前ってんで、迷宮に潜るのを控えていたからな。ちょうど暇だったんだ。酒まで飲めるとはついてるな」
「それにしても、でかいくせに良く働く大工だよなぁ。俺ももう一本で良いから腕が欲しいぜ」
「ほっほっほ、まったくございますね。この揚げ芋もなかなかですな。今度宿の軽食で出してみましょうか」
「いいね、今度食いに行くよ。場所は…貴族区画?いやいやおっさんおもしろい冗談だな。貴族様が揚げ芋なんか食うかよ」
「いえいえ」
「はっはっは」
騒がしくも、作業をこなす者たちの表情からはどこか牧歌的な雰囲気すら漂っている。
トシゾウに害意がなくとも、普通ならパニックが起こるところだ。だが。
「ひっ、ば、ばけも…、…なんだ、でかい大工だな。ちっと腕が多くて驚いちまったぜ。それより手伝えば酒とメシが出るって聞いたんだが本当か?」
良いアルバイトがあると聞いてきた男。
巨大な化け物に気づいて腰を抜かしかけた瞬間、化け物の単眼が怪しい光を放つ。
【鬼ノ魔眼】
本来は対象に恐怖と硬直を与えるスキルだが、逆に恐怖を取り除くことも可能だ。
レジストできなかった者たちには、トシゾウがただの巨大な人族に見える。
それでも異常なことなのだが、そこに疑問を抱くことはなくなるのだ。
魔眼による支配は、それが強力な命令であるほど短時間で解除される。
【鬼ノ魔眼】をはじめ、この手のスキルは、そう便利な力ではない。
冒険者たちが防壁作りの手伝いをしているのは、単に酒とメシにありつきたいからだ。
前にシオンが言っていた通りだ。
こういう時は、酒を飲ませれば良い。
やはりシオンは役に立つなとトシゾウは思った。
「なぁトシゾウ、俺も酒が飲みたいんだが…」
酒を飲む製作班を羨ましそうに見るドワイト。憐れかわいい。
「却下だ。ドワイト、お前は終わってからだ。…だがお前は役に立つ。他の者よりも後にはなるが、そのかわり防壁が完成したら特別に旨い酒を飲ませてやる」
「ほんとうか!?」
嬉々として指示を飛ばし始めるドワイト。所有物が元気なのは良いことだ。
張り切るドワイトの指示に従い作業を続けていると、なにやら賑やかな一団がやってきた。
「ラザロ!なんじゃあのふざけた手紙は!のんきに酒など飲みよってからに」
「ほっほっほ、私はすでに役目を果たしましたよ。真っ先に報告を届けたではないですか。この隠居した老いぼれにそれ以上求められても困りますな」
「お前の方が年下じゃろうが。まったく。おぬしは昔から…」
「まぁまぁ。ラザロ、久しぶりだな。お、この揚げ芋美味いな」
「ほんとだ、こりゃうめぇや。うますぎて軍団長に盗まれた酒が飲みたくなりますぜ」
「うるせぇ、元はと言えば俺が働いてるのに、こっそり酒を飲んでるおめぇが悪いんだ」
「横暴です。王に言いつけますぜドルフ軍団長」
…あいつらか。知り合いだが無駄に騒がれるのも面倒だ。
【鬼ノ魔眼】発動。
俺の眼から怪しい光が放たれ、パチりとかすかな音が鳴る。
…む、三人ともレジストしたようだ。おもしろい。
これでスキルをレジストしたのは、ラザロを入れて4人か。
こちらの存在に気づいてやや緊張したようだが、そのままこちらへ歩いてくる。
レジストされたということは、【鬼ノ魔眼】は彼らに何の影響も与えていないということだ。
つまりこいつらはアスラオニ・サイクロプスを目の前にしながら、ある程度の余裕を見せているということでもある。
なかなか有能な人族だ。あとはレベルが高ければな。
「ト、トシゾウ殿、なのですな?」
ダストンが恐る恐る俺に声をかける。
「うむ、そうだ。ダストンとの約束は覚えている。防衛の邪魔はしないゆえ、ここに拠点を建てることを認めてくれ。代わりにスタンピードの一部を冒険者ギルドが引き受ける」
「それは、魔物の数を減らしてくれるのならば、我々の負担も減ります。願ってもないことですじゃ。それで冒険者ギルドとは何のことですかの?」
俺はダストンたちに冒険者ギルドの要旨を説明する。
ダストンたちは人族の実力者だ。
理解を得ておくのは悪いことではないだろう。
その後も小さな騒動を起こしつつ、冒険者ギルドを囲う防壁が完成したのだった。
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