51 スタンピードと人族の力

「建築を始めるだと?お前さん、スタンピードを知らんのか?あと5日で魔物が溢れかえるんだぞ」


 製作班長ドワイトが素っ頓狂な声を上げる。

 スタンピードまであと5日。


 スタンピードが始まれば、押し寄せる魔物の群れに全てが破壊され、押し流される。

 ドワイトはそれまでに仮設テントを撤去し避難するものだと思っていた。


 だがトシゾウにそのつもりはないらしい。


「スタンピードがあるのは知っている。だがここは良い場所だ。手放すのは惜しい。俺たちはこれからもここを拠点とする。内壁と兵に頼らずに、ここでスタンピードを乗り切るぞ」


 冒険者ギルドがあるのはメインゲートのすぐ近くだ。

 大商会のテントが立ち並んでいた場所であり、場所の奪い合いも激しい。


 スタンピード前だから使えているが、スタンピード後に場所取りをするのは至難だろう。

 だがスタンピードを乗り越えられるのならば、一番に場所の確保ができる。


「無謀だ。スタンピードの防衛は内壁頼みだ。弱い魔物がほとんどとはいえ、まともに戦える数じゃない。内壁がなければ人族はとっくに滅びておるわい」


「そんなに数が多いのか」


 迷宮主の眷属であるシロが言うには、スタンピードは迷宮に溜まった余分な瘴気を吐き出す行為らしい。

 いわばウン、排泄物のようなものだ。


 魔物を倒して瘴気を浄化する冒険者の質は徐々に低下している。

 そのためスタンピードが大規模化しているという。


 迷宮主も調整しているが、なにやらいろいろと事情があるらしい。詳しくは忘れた。


 俺が迷宮から出たのは、50層に冒険者や魔物が現れなくなったからだ。

 50層に魔物がほとんど出現しなくなったのは、その調整によるものだったのかもしれないな。


 俺は今回、避難せずにスタンピードを乗り切ろうと思っている。

 ギルドの場所取りと宣伝のためだ。


 ついでに死なない程度にギルドメンバーを戦わせようと思っている。

 いずれはギルドメンバーだけの力で対処するようにしたいが、当面は難しいだろう。


 先日王城前でシオンと戦った人族の兵士たちはそれなりの練度を持っていた。

 シオンに一蹴された兵士たちだが、戦闘班よりはるかに精強である。


「ドワイト、仮に兵士が内壁を使わずに戦った場合どうなると思う?」


「たしか前のスタンピードは兵士が15000、冒険者が50000ほどだったはずだ。それだけいれば一度くらいなら乗り切れるだろう。いざとなれば他の領地から招集することもできるしな。だがそれなりに死者が出る。いずれは兵力が磨り減って、対処できなくなるわい」


「ふむ。大した戦力だな。それでも内壁がないと削られるのか。魔物はどのように出現する」


「魔物が出るのはメインゲートからだ。メインゲートを塞いだ場合、周囲にランダムで出現するから手に負えなくなる。一度それで大損害が出たらしいわい」


 排泄物が出る穴を塞げばそうもなるか。あまり想像したくない話だ。


「他に情報はあるか?」


「スタンピードってのは3波からなる。1波は魔物の出現も緩やかだ。2波になると魔物の数が増え、さらに強力な個体が混じるようになる。そのあたりから、冒険者を中心に遅滞戦闘をしながら内壁まで下がるんだ。内壁を無駄に傷つけず、兵や冒険者の練度を向上させるためだな。そこまでは祭りみたいなもんだ」


「なるほど、3波が問題ということか」


「そうだ。内壁内に建築物を建てられないのも3波の魔物の数が圧倒的だからだ。3波の前には全員が内壁に退避し、そこから数日かけて削りきる」


「逆に言えば、魔物は数日かけても内壁を崩すことができないのか。ドワイト、冒険者ギルドの敷地に内壁並みの防壁を築くことは可能か?」


「無理だな。まず時間がねぇ。圧倒的に人手が足りん。あとは建材だ。これだけの広さを囲うには大量の木と鉱石が必要だ。それもトレントやロックゴーレム程度の素材では強度が足りん。場所が場所だ。魔物の攻撃を受けても揺るがない強度がいる。内壁と同レベルなら迷宮15層以上の品質が必要だ」


「なるほど、ではそれが解決できれば可能か?」


「そりゃワシはドワーフだ。腕に自信もある。時間も人手も建材もあるとなりゃ、城でも防壁でも設計してやるわい。だがそんなのは…」


 ドンッドンッドンッドドドドドドドド……


 そんなのは現実的じゃない、と言いかけたドワイトの目が驚愕に見開かれる。


 トシゾウの足元から大量の素材があふれ、空き地に巨大な山が築かれた。

 木材に、鉱石の山。建材だ。


 しかもただの建材ではない。

 その品質は最低でも迷宮20層以上のものだろう。

 長く鍛冶、建設に携わってきたドワイトでも扱ったことのない素材が混じっている。


「無限工房でも建材を取り出せるようにしておく。俺のスキルがあれば好きな形に加工した状態で取り出せる。かんなも石切りも不要だ。組み立てるだけで良い」


「あ、あぁ。確かにこれなら足りるだろう。品質も十分、というか良すぎるくらいだ。むしろ品質が良すぎて、建てたとしても無理やりバラして盗もうとするやつが出てくるだろう」


「これは俺の所有物だ。冒険者ギルドのために使う。盗むことは許さないから問題ない」


「そうか、たしかにお前さんなら問題なさそうだわい」


 普通は盗まれたら終わり。

 許す許さないは関係ないはずだ。


 だがトシゾウはスキル【蒐集ノ神】で泥棒を追うことができる。

 このレベルの素材を盗もうと考えるような小物では逃げることなど叶わない。


 当然のように言うトシゾウ。こいつなら問題ないのだろうと納得するドワイト。

 会話を聞いていた製作班たちは、いずれ現れるであろう泥棒を憐れんだ。


「建材が十分にあるのは認めるわい。しかも加工済みとは恐れ入る。だがそれでも人手が足りん。5日でこの敷地を囲うとなると、それこそ伝説に出てくるような巨人でも連れて来んと無理だ」


「防壁作りは俺が手伝うから問題ない。防壁は今日で終わらせるぞ。あとの時間は本部を建てるのに使え」


「今日で終わらせるだと?それはさすがに無理だろう。いくらお前さんでも…」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 いくらお前さんでも現実的じゃない。…と言いかけたドワイトが、今度こそ完全にフリーズする。


 目の前に出現したのは、6本腕を持つ一つ目の巨人。

 かつての英雄が死闘を繰り広げたと伝わる、伝説の巨人がドワイトの前にいた。


 常識。そんなものはトシゾウの前に吹き飛ばされることになるのである。


 トシゾウ

 年 齢:1000()

 種 族:アスラオニ・サイクロプス(オーバード・ボックス)

 レベル:50()

 スキル:【剛力ノ鬼】【鬼ノ魔眼】(【擬態ノ神】【蒐集ノ神】【無限工房ノ主】)

 装 備:六腕鬼神の腰蓑 不死鳥の尾羽

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