29 宝箱は王城へ乗り込む
「こちらです」
「うむ」
帯剣した兵士が俺とシオンを引率する。
王城はラ・メイズの中心にあるメインゲートから内壁を隔てて北側に位置する。
内壁と外壁からちょうど等距離の場所に建てられ、その周囲は簡易な城壁で囲まれた大きな広場となっていた。
広場は、北は外壁、南は内壁まで見渡せる広大な空間だ。
「この広場は、普段は練兵に使用しています。軍が大遠征をする時などは閲兵式を行います」
広大な広場を横切りながら兵士が説明する。
「こちらでお待ちください」
そう言って通されたのは、広場の隅にある平屋建ての建物だ。
兵士の詰め所というには装飾が多いだろう。
接客室か、高官用の執務室といったところか。
出された紅茶のような飲み物を楽しみつつ待機する。
「門前払いされるか襲われると思っていました」
シオンが意外そうに口を開く。
その割には落ち着いているな。
「ドラゴンの群れに襲われるよりも怖いことは存在しないと思います」
シオンが恨めし気に見つめてくる。
グラデーションのかかった紫の瞳。半目にして睨む様子がなかなか良い。
「睨むシオンもかわいいな」
「か、からかわないでください!」
プイとそっぽを向くシオン。尻尾が揺れているぞ。
紅茶を飲み終わるころ、ローブと杖を身に着けた一人の老人が姿を見せた。
老人が動くたび、ローブが光を反射し青い光を放つ。なめらかな鱗をつなぎ合わせたような変わった形状をしている。
手に持つ杖の先端には、磨きこまれた魔石が赤く輝いている。
なかなかの品のようだ。【蒐集ノ神】発動。
ダストン・エンテル
年 齢:68
種 族:人
レベル:20
身 分:人族の宰相 人族の魔法部隊長
スキル:【火魔法ノ理】
装 備:不死碧蛇のローブ 紅竜の杖 抗魔の腕輪
「お待たせしてしまいましたの。ワシは人族の宰相を拝命しておる、ダストン・エンテルと申しますじゃ」
ダストンはあいさつし、俺に向けて手を差し出した。
「トシゾウだ。迷宮から来た魔物だ」
握手をしつつ自己紹介をする。
魔物と聞いてもダストンに動揺した様子はない。なかなかの人物なのかもしれない。
「これはご丁寧に、トシゾウ殿。ラザロから話は伺っております」
なるほど、ラザロから話が通っているのか。それなら話は早い。
「今日は俺の所有物であるシオンを奪おうとした、えーと、王子に会いに来た」
「アズレイ王子です。ご主人様」
後ろからシオンが補足する。
シオンは席に座らず、俺の斜め後ろで控えている。
食いしん坊のくせに紅茶に口をつけていない。
別に普通にしていれば良いのだが…。忠犬シオンはかわいいな。狼だったか。
「はい、まずはこちらを確認してくださいますかの」
そう言って何枚かの紙を手渡してくるダストン。
余談だが、この世界では普通に紙が流通している。
さすがに前世日本の品質には及ばないが、迷宮から産出する魔物の素材を加工したそれなりのものだ。
「これは?」
「アズレイ王子の持つ私財の目録です。王家で管理している財のほかに、王子の私室に保管されている品についても記載しております。承認いただければ、すぐにでもこちらへお運びしましょう」
「それは話が早いな。シオン?」
「はい、ダストンさんの言葉に偽りはないと思います」
【超感覚】は、うそ発見器としても有用なスキルだ。
シオンの強化された五感は、相手の思惑を驚くほど正確に見抜くことができる。
嘘はない、か。
王子の財を偽りなく差し出すというのなら手っ取り早くて良い。
だがどうにも話がうますぎる気がするな。
「俺の機嫌を取って、何かやらせたいことでもあるのか?」
ダストンは少し驚いたような表情を浮かべる。実にわざとらしい。
「“知恵ある魔物”であるトシゾウ殿と争えば、人族は壊滅的な被害を受けるでしょう。加えてアズレイ王子に非がある現状、私どもが協力するのは自然なことですじゃ」
「それだけか?」
「…そうですな。実は折り入ってトシゾウ殿にお願いしたいことがありますのじゃ。これから起こる茶番にお付き合い頂きたく…」
「却下だ」
「そうおっしゃらず。王家の宝物庫から一点好きなものをお渡ししましょう」
「…話を聞こう」
くえないじじいだが、どうやら話は分かるようだ。
トシゾウはアズレイ王子の財を手に入れようとここに来た。であるならば、同じく財によって要望を通すことも可能ではないかとダストンは考えた。
それは正しい。
トシゾウがその気になれば王家の宝物庫ごと強奪できるが、それは長い目で見ればマイナスになるため自粛している。
だが依頼を受けてその報酬として少量の宝を得るならば、それは双方に利益があるので問題ない。
ダストンはトシゾウのことをそこまで理解していたわけではないが、結果としてトシゾウへ要望を通すことに成功したのだった。
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