番外編 あたしメリーさん。いまオーク軍団と戦っているの……。

 ハロウィンが近いのでテレビではそれ系の特集番組が組まれていた。


【恐怖! 入ったものが二度と出てこない呪われたアパート!!】


『わたくし、サイタマ冷や汁うどんテレビが誇る謎の覆面アナウンサー、ヒラタ仮面が現場から生中継しております!』

 都市部で意味あるのかと言いたくなるサファリルックに、三十代と思える覆面をかぶったアナウンサーが、気のせいか見覚えのあるアパートの前で生中継をしている。

《サイタマ冷や汁うどんテレビ報道部・新井あらい九真きゅうま

 しっかりとテロップでは本名が表示されているのだが、覆面と偽名の意味はあるのだろうか?


「『新井』か、埼玉北部に多い名字だな」

“群馬にも多いわね。こいつが地元民なのかグンマー出身者なのか、微妙な線だけどこの空回りとズッコケ具合はグンマーっぽいわね”

 隣に並んで実家から送ってよこした『東北限定 じゃが◯こ ホタテ醤油バター味』をポリポリ食べつつ、俺の幻覚である霊子(仮名)が訳知り顔で解説をする。


 霊子(仮名)こいつの存在はうざいことはうざいがまだしも、テレビの中でヒラタ仮面新井が中継している後ろで、テレビに映ろうとピースサインを浮かべて体を斜めにしている二宮金次郎――の銅像に扮したどっかの小学生だろう――に比べればまだマシな分類だ。

「ブッチャーとテリーファンクの場外乱闘にまぎれてテレビに映ろうとしたガキくらいうざいな、あれ」

“前から思ってるんだけど、あなたって例えが微妙に古いというか、マニアックというか……ねえ、ちょっと聞くけど、ジャンプを代表する麦わら帽子のキャラクターっていったら誰を思い浮かべる?”

「麦わら帽子って言ったら“鮎川◯どか”だろ」


 なぜかその場でこけて突っ伏す霊子(仮名)。

“……いや、だからさぁ、その変な知識はどっから得ているわけ!?”

 のろのろと姿勢を正した霊子(仮名)がげんなり聞いてきた。

「親父のビデオコレクションだが? 子供の頃から暇さえあれば延々再生してたからなぁ。『マルコ・ポー◯の冒険』とか『突撃!ヒュー◯ン!!』『ネコジャ◯市の11人』とか」

 なお、お袋情報では最近は真季に手伝ってもらってビデオテープ(β)から電子データに中身を入れ替えたらしい。


『さて、事故物件に詳しい専門家の大島さん、この呪われた幽霊アパートついてご説明願えますか?』

 番組は隅っこの方へ現場アパート、そして大画面でスタジオに切り替わった。


“説明もなにも、このアパートこれって『星雲荘うち』じゃない?”

 急須でお茶をいれながら霊子(仮名)が微妙に白けた目で番組と、窓から外をチラチラ窺う。

「アパートなんてどこも似たようなもんだろう。規格が同じ鉄筋コンクリートRC造で」

“場所が埼玉で玄関先に二宮さんがいて、あからさまに1階の真下の部屋の窓から鍵十字の旗が翻っている『呪われた幽霊アパート』なんてピンポイントな物件、ウチ以外にそうそうないと思うんだけど!?”

 なおも意固地になって言い募る霊子(仮名)。


 テレビの中では専門家(何にでも専門家を自称する人間はいる)が、興奮した面持ちで、

『あまりの恐ろしさに業界では殿堂入りしています!』

『ネットに注意喚起をしようとしても、その途端サーバーごと吹っ飛ぶ怪奇現象が多発!』

 と鼻息荒く『呪われた某アパート』の詳細をまくし立てていた。


「何でもそうだと思い込むとバイアスがかかるからなあ。アパートなんて星の数ほどあるし、いまのご時世でも二宮金次郎の像はそこそこ残ってる。ミリオタが国旗を掲げるのも――ヲタクの息子の萌え抱き枕カバーを、母ちゃんが洗ってベランダに干すくらいの残念さで――あり得るだろう。そしてこの番組は埼玉ローカルなので、埼玉が舞台になっているのは当然……ということで、思い込みだ。俺の知り合いの◯ろう作家が、メッセージを受け取ったら『どうして俺の頭の中にあったアイデアをパクったんですか! 盗作なんて最低です。訴えます。殺◯ます』という意味不明な逆恨みを買っていたという青葉案件くらいナンセンスだな」

 霊子(仮名)がいれてくれたお茶を飲みながら(まあこれも幻覚なんだろうが)、俺は自分に言い聞かせる意味も込めて一気呵成に言い放った。


 一言で言うなら「仮説の上に仮説を重ねてもただの妄想でしかない」ということである。


“幽霊はどうなるのよ!!”

『ついに潜入! 恐怖と怨霊渦巻く魔界アパートS』

 でかでかと表示された画面を指さしながら、なおも反論する霊子(仮名)。


 なおテレビの中ではまた画面が変わって、心霊現象や都市伝説について若者のインタビューが映された。

チャラ男A『なぁメリーさんの電話のメリーさんさぁ、最近都市伝説界隈の話題になっらないけどどうなったのかな?』

チャラ男B『さぁ死んだんじゃないの~?』

ビッチ女『まぁいないほうが……平和だし?』

全員『『『それな~』』』

 う~~む、すでに流行りに取り残されて生存が疑問視されている……。


 この話題はメリーさん(になり切ってるおつむの弱い幼女)には聞かせられんな~、と頭の隅で考えながら、幽霊だのなんだと戯言を抜かす――そういえば何かの拍子に幽霊の話題になった時に、管理人さんも「珍しくないですよ、アパリッショナル幽霊タイプのエイリアンとか」と、のほほ~んと語っていたが――誰にでも話を合わせなければならない仕事というものは、実に大変なものである。


「だから幻覚だと言っているだろう。大学で心理学の教授に聞いたけど、環境の変化とかで繊細で敏感センシティブな人間は、自覚のないまま幻覚・幻聴・幻視・幻触・幻臭・幻味……教授が知ってる例でも、妄想具現化に近いレベルで幻の家族やペット、異世界からきたエルフなんかと暮らしていると真実思い込んでる人間は結構いるそうだ。実際、教授自身も毎晩部屋に現れるタイソンや猪木、グレイシーとタイマンで戦っているそうだし」

 教授曰く『リアルシャドー』という奴だそうで、一年間受講すれば誰でも同じことができるようになるそうだ。あと教授の座右の銘は、『心の中に常に松岡◯造と高田◯次を住まわせろ』という非常に含蓄がんちくがあるものだ。


“聞くだけで地雷なやばい教授やつじゃん! それ受講したら駄目な講義よ。すぐやめなさいっ!”

 霊子(仮名)がなぜか猛然と反発したところへ、メリーさんからの電話がかかってきた。


『あたしメリーさん。いまオークがいるダンジョンにいるの……』

「オーク? つーと、あの顔が豚だか猪だかで、序盤の敵として定番のオークのことか?」

『そのオークなの。近場のダンジョンで大量発生してるっぽいから、確認するように冒険者ギルドから依頼を受けたの……』


 珍しいなメリーさんが真っ当な冒険者みたいな真似をするなんて。

「人生が充実してくると他人のことを気にかけてあげる余裕が生まれてくるんだな」

『? なんかよくわからないけど、メリーさんステータスはだいぶ充実してきたの……』


 ・メリーさん コミカライズ版2巻(11月7日発売!) Lv13

 ・職業:勇者兼王立フジムラ幼稚園在園

 ・HP:24 MP:55 SP:30

 ・筋力:15 知能:1 耐久:18  精神:28 敏捷:22 幸運:-29 

 ・スキル:霊界通信。無限柳刃・出刃・麺切り・牛刀・三徳包丁。攻撃耐性1。異常状態耐性1。剣術5。牛乳魔術2。

 ・装備:ストラップシャツ(ラベンダー)。レトロリボンタイ(赤)。ショートキャミワンピース(赤系)。リボン付きハイソックス(白)。スノーブーツ(ブラウン)。巾着袋(濃紺)。殲滅型機動重甲冑(現在差し押さえ中)。妖聖剣|煌帝Ⅱ《こーてーツー》【※もともと聖剣であったが、不本意な扱われ方によりグレて変質した。持つ者の正気を奪うが、無垢な子供とはじめっからおかしい狂人には効果がない】

 ・資格:壱拾番撃滅ヒトマカセ流剣術免許皆伝(通信講座)

 ・加護:●纊aU●神の加護【纊aUヲgウユBニnォbj2)M悁EjSx岻`k)WヲマRフ0_M)ーWソ醢カa坥ミフ}イウナFマ】


「なんだこの書籍化が決まったなろう作家の、あざとい自己紹介みたいなステータスは!?」

 そして相変わらず知能は1か。

『勝手にそう表示されているだけで、メリーさん関知しないの……とはいえ、レベルに合わせて一部ステータスを除いて順当に上がっているから、オーク相手でも問題ないだろうということで、メリーさんたちに白羽の矢が立ったの……』

「その知能:1一部が致命的なんだよなぁ……」


 思わずボヤいたところへ、狼狽しきったオリーヴの声が聞こえた。

『いや、それはいいんだけど、なんで私がここにいるわけ? ローラやエマ、スズカを置いてきて』

『えーと……これまでのところ、姉が実は正常な感覚を持っていることを知ったアホな妹が、暴走してナウなヤングの憧れの異世界に転移した――という設定みたいなの。短絡的なの。無計画なの』

『なんでいまさら私がこっちに来た動機の件で責められなきゃならないのよ!?』

 いきなり頭ごなしに馬鹿にされていきり立つオリーヴ。

『まあまあ落ち着くの。今回のオーク退治にはメリーさんアゾフ海みたいに深い理由があるの……』

『平均水深十三メートルの世界一浅い海じゃない!』


 まあメリーさんに関しては『深い理由』なんてないだろうから、あながち間違いでもないだろう。


『最近のコミカライズ版とWEB版との乖離かいりが「ペルシャ」や「ご近◯物語」「赤ずきん◯ャチャ」みたいになってきて、ついに原作になかった「メリーさんとオリーヴがオークキングを倒しに行く」という存在しなかったエピソードに入っているの……』

『……いや、漫画は漫画でいいんじゃないの。原作より好評なんだし』

 なぜか「むふーっ」と水木◯げる先生風に鼻息荒く力説するメリーさんに向かって、オリーヴが投げやりに反論する。

『でもこの展開が続いたら「原作と違う」「こんな話はなかった」と指摘して、原作未読漫画勢にマウント取ったり、「原作改変」「原作レイポ」とか非難する原理主義者が出るのは必至なの……』


“メタな会話が続くわね”

『我々の前に謎の黒覆面集団が! うわ、うわあああああああああああっ!!』

 隣で通話の内容を聞いていた霊子(仮名)がボヤくのと同時に、番組も佳境に入ったらしい。どっかで見たことがある黒覆面の集団が、

『ふははははっ、にえだ。贄が飛び込んできたぞ!』

『今宵の星辰に合わせて邪神様をおびするのだ!!』

 レポーターの新井アナウンサーヒラタ仮面を寄ってたかって拉致し始めた。

 気のせいか部屋の前の通路が騒がしい。


 こーいう番組は結局ヤラセになるから後半ダルくなるんだよな~、と思いながら注意をメリーさんたちの会話に向ける。

『そこでメリーさんは考えたの。だったら発想の転換で、原作の方を漫画に寄せればいいんじゃないかって……』

「『いや、その考えはおかしい(わ)!』」

 奇しくも俺とオリーヴの声が重なった。これが漫画版なら漫画家先生の得意な、ページを半分にしたコマ割りで、お互いに鏡合わせのようなポーズをとっているところだろう。


 ともあれ気にした風もなく話を続けるメリーさん。

『で、とりあえずメリーさんとオリーヴがふたりでダンジョンに入って、オークぶっ殺せば既成事実は達成できるので、あとからなんか言われても「原作にもありますが何か?」と公式にスットボケられるの。メリーさんからの援護射撃なの……』


 自信満々なメリーさんだが、それって単なる伊達の味方撃ちフレンドリーファイアじゃないのか?

 そう思ったところでひときわ外が騒がしくなった。

『待てっ、悪の一味め! このキャプテン・ゴキブリマンがいる限り、この世に悪は栄えない!!』

“あ、一階のマッドサイエンティストに改造されたゴキブリ男が割って入ったわよ。――ちょっと直接見てくるわ”

『『『『『『ぎゃああああああああああああ!!』』』』』』


【戦慄の展開! 等身大のゴキブリがダッシュで迫って、羽を広げてとびかかってきた!!!。そしてさらに――】


“あんたらはしゃぎ過ぎ。うるさいわよ。呪うわよ?”

『『『『『『『ぎょえええええええええええええっ!!!』』』』』』』


【ついに現れた! 呪われし地縛霊!?!】


 テレビのテロップ(生放送の臨場感を出すためか、手書きのため『地縛』が『自縛』になっている)を流し見ながら、メリーさんとオリーヴのやり取りを傾注する俺。


『……なんか目的と結果が逆になっている気がするんだけど!? てか、そもそも漫画版の今後の展開とか知ってるわけ? それに沿った行動できるの??』

 非常に疑わしげなオリーヴの問いかけに、メリーさんがこてんと小首を傾げた気配がした。

『さあ? ぜんぜん知らないけど、順当にオークキングをぶっ殺せばいいの……』

『だったら二人だけじゃなくて、他の仲間も連れてパーティ組んだ方が確実じゃない! 変なところにこだわらずに全員でかかるべきよ!』


 まあ確かにオリーヴの言い分ももっともだ。もっと戦力があるのに、わざわざ縛りプレイをしてボス戦に挑むとか現実に即せばあり得ない愚挙である。


『確かに、メリーさんのチームは“アットホームで全員が仲良く仕事に取り組んでいます”がモットーだけど……』

「つまり◯ガだな!」

 そういう甘い姿勢でいるとグダグダになる典型だ。


『本当は今回、スズカが主役になる予定だったのを延期したので、スズカがへそを曲げて不参加を表明ボイコットしているの。あとローラとエマはセバスチャンの指導の下、特訓中で「ポコペンポコペン」言いながら、口からオエーッと卵を吐き出す特技を習得中で忙しいの……』

『その卵、晩御飯とかに出てきても私は絶対に食べないわよ!』

 即座に拒否するオリーヴ。

『あたしメリーさん。ということで、初期のメリーさんとオリーヴが組んでた頃を思い出しながら、ダンジョンを攻略するの。とりあえずオリーヴのヘボ占いで道に迷って、休憩してメリーさんがオリーヴに包丁突きつけるまでは確定路線だから、そこまではシナリオ通りに進めればいいの……』

『誰がヘボよ!?』


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 で、成り行きでそういうことになったらしい。


『まあ確かに初心を思い出す意味でも、メリーさんの一番の友人である私が一肌脱ぐのにやびさかでもないけどさ』


 頼られて実はけっこう嬉しそうなトーンの憎まれ口を叩くオリーヴ。

 オリーヴこれ以上脱ぐところあるんか? と思ったが、セクハラになりそうなので迂闊に口には出さない。


『――はッ!』

『鼻で笑われた!? アンタさっき“アットホームで全員が仲良く仕事に取り組んでいます”って言ったわよね?! 舌の根も乾かないうちから何なわけ!?』

 がたがた音がするのは、オリーヴがメリーさんの肩をゆすっている音だろう。

『メリーさん、自分から“友達”とか言うやつは「夏休みの友」以来信用しないことにしているの……』

『……いや、それは確かにアイツは〈友〉じゃなくて〈敵〉だけどさ』


 微妙に納得した口調でオリーヴが言いくるめられかけた。


『それにメリーさん、かつて誰よりも信用できる味方だと思っていた奴に手ひどい裏切りを受けたことがあるの。ずっと騙していた味方のフリをした敵だったの……』

 ほーっ、悪い奴もいたものだな。

 と、何かを察したのかオリーヴの声のトーンも落ち着いた殊勝なものに変わった。

『ああ、“メリーさん”だからね……』


『信じてたのに、味もお値段も庶民の味方〈強力ゼロ〉……!』

『まだそのネタ引っ張ってるのかーっ! つーか、その見た目で缶チューハイがぶ飲みするんじゃないわよ!』

『あたしメリーさん。異世界にはアルコールの年齢制限とかないのでセーフなの……』


 そんなわけで、なんやかんや大騒ぎしながら、メリーさんとオリーヴのダンジョンアタックが開始されたのだった。


 なお、特番はなぜか途中で放送中止になり、一時行方不明になっていた新井アナウンサーヒラタ仮面とスタッフも、後日なぜか亀戸駅で発見されたという。

 発見された彼らにおかしな点はなかったが、何があったのかは記憶になく、また同僚や家族がなぜか一様に「なんか変」と口を揃えて言ったとか言わないとか。


「翌日ではなくて後日ってところがミソですよね~」


 アパートの玄関前で掃除をしていた管理人さんと立ち話をしていて――信じられないことに、あの番組は実際このアパートで行われたらしく――無許可撮影だったために、最終的には管理人さんが一同を『ちょっと連行アブダクション』をして『二度としないよう釘を刺しチップを埋めた』らしい。


「実は異形の者とすり替わってたりして」

「「あはははははははっ!」」

 俺の軽口に管理人さんも屈託なく笑うのだった。


❖ ❖ ❖ ❖ ❖


『あたしメリーさん。オリーヴが期待を超えるへっぽこ具合を発揮して、いまだにダンジョンのB一階を彷徨さまよっているの。出てくる魔物といえばオークどころか、スライム水まんじゅうと柴犬くらいある大蟻くらい。大蟻相手ならスズカを無理やり連れてくればよかったの……』

「なんでスズカなんだ?」

 狐は対昆虫に有利な利点とかあったっけ?

『オオアリと言えば名古屋なの。オオアリ名古屋は……?』

「城で持つ?」

 案の定、意味がなかった。


 ちなみにうちの近所に巣食っている性悪狐は、ちょくちょく人をダマして――


『昨年の夏、わけあって主人を亡くしました。

 自分は……主人のことを……死ぬまで何も理解していなかったのがとても悔やまれます。

 主人はシンガポールに頻繁に旅行に向っていたのですが、それは遊びの為の旅行ではなかったのです。

 収入を得るために、私に内緒であんな危険な出稼ぎをしていたなんて。

 一年が経過して、ようやく主人の死から立ち直ってきました。

 ですが、お恥ずかしい話ですが、毎日の孤独な夜に、身体の火照りが止まらなくなる時間も増えてきました。(by:29歳の未亡人)』


 というあからさまに胡散臭い手紙を、嫁不足の女日照りで前後不覚になっている農家の男たちに送って(あとで見たら葉っぱに変わっていた)、野菜、油、鶏、家畜を貢がせ、最終的にはケツの毛まで抜かれる騒ぎになったので――騙される方も騙される方だが。

 オッサン連中だけではなくジジイの知り合い世代まで、土地家屋権利書を取られる一歩手前まで騙されてまくって、

「なんということだ! この海野うみの李白りはくの目をもってしても読めなかった!!」

 などとほざいて、親戚の分家筋にあたる若い衆からも思いっきり白い目で見られ、

「なんかアンタは大口叩いている割に、結局大事な局面で策に溺れ余計な事をして身内の足を引っ張るだけじゃないですか!?!」

「うるせーバーカ!!」

 と逆切れするという醜態を演じ、危うく農家存亡の危機となった……ということで、看過できずにうちのジジイ(身長215cm、体重150kg、首周り68cm)と一緒になって、近隣の狐を根絶やしにする勢いで狩りまくった高校二年の夏だった。


 なお、狐汁はマズかった。マジでマズかった。牛乳かカレー粉と一緒に煮込まないと食えないレベルなので、俺は今後餓死するかどうか選択しなきゃならない場合でもなければ二度と狐汁は食わないだろう。


 あと追い詰められた狐が注連しめ縄を張ってあった岩から、連中のボスらしい尻尾が九本もある化け物みたいな巨大狐を呼び出した時には驚いた。

 日本にあんなけったいな狐がいるとは……。まあジジイと二人がかりでボコボコに秒殺して、狐汁にしたあと(ひと際マズかった)、念のために住処らしい岩を真っ二つに叩き割っておいたけど。


 そんな俺の感慨とは無関係に、オリーヴの逆切れした叫びがダンジョン内をこだまするのがスマホから聞こえてきた。

『アンタが台本通りにやれって言うから、わざと迷っているフリをしているのよ! 私が本気になれば、こんなダンジョンなんてチュートリアルも同然よ!』

『「本気になればできる!」とかニートがよく言うセリフなの。そういうのは、コンスタントに日常からできなきゃただのマグレなの。「カツ丼食べながらダイエットできる」と言うより説得力がないの……』


 取り付く島もないメリーさんの悪態に、オリーヴが普段鈍器として使用している水晶玉を取り出した。


『この水晶玉の正体は伝説の「エイボンの書」に記された神秘の「ゾン・メザマレックの水晶」なのよっ。その気になれば相手の現在・過去・前世の記憶までたどることができるわ!』

 自慢たらたら言い募るも、

『過去しか見えないんだったら、防犯カメラと機能的には大して変わらないの……』

 まったくメリーさんには刺さらない神秘であった。


「いや、まあ……本当だったら凄いけど、どう考えても限りなく胡散臭いな。――そういや樺音ハナコ先輩が『妹の里緒りおが誕生日のプレゼントに占いできる水晶玉が欲しいって言うから、行きつけの西新宿にある「変奇堂」って骨董品店で適当に買ってきた水晶玉を「これこそエイボンの書に記されたゾン・メザマレックの水晶なのよ!」ってプレゼントしたことあってねー。躍り上がって喜んでくれて、逆に罪悪感を覚えたものだわ。で、アレもいつの間にか里緒と一緒になくなっていてさ。きっと一緒に持って行ったのね、異世界に。いまごろ私だと思って、きっと大切に扱ってくれているはずよ』とか言ってたけど」

『あ、蟻なの……』

『フンッ!』

 同時にグシャと、外骨格を潰された音がする。

『御大層な肩書のわりに、鈍器として躊躇なく水晶玉を使うところに説得力が皆無なの……』


 ともあれオリーヴの占いに合わせて発見した隠し部屋で、宝箱を発見するもそれを守る二足歩行の六尺(約180㎝)もある信楽焼風の格好をしたモンスター古狸。

『弱点があからさまなの……』

『14、15、16、17……なかなか割れないわね、こっちの玉』

 一切の躊躇もなく狸の陰嚢ふぐりを左右で、包丁で刺し貫き、水晶玉で滅多打ちするメリーさんとオリーヴの金玉の痛みを知らない女子二人。


 絶叫を放つ狸と、

「ぎゃああああああああああああああっ!! 逃げろ狸~~っ! もうやめろっ、これが人間のやることかよ!!!」


“なんでアナタが恐怖の叫び声をあげて、敵の助命嘆願をするのよ?”

 実況を聞いていた俺があまりの恐ろしさに、思わず股間を押さえてメリーさんたちの暴虐を止めようとするのを、霊子(仮名)が小首を傾げて怪訝な表情を浮かべるのだった。


 所詮女にはわからん。いかなる種族・人種・主義主張・敵味方を超えて、男同士が魂をひとつにする瞬間。すなわち金玉を打ち付けた痛みに蹲る相手に対して、咄嗟に「うわっ、大丈夫か!?」と気遣うこの気持ちは。


『あたしメリーさん。所詮戦いはいつも虚しいし、ましてや魔物の命や金●なんて、組体操で潰れたり落っこちたり、回転する遊具とかで子供が死んでも「事故だ、しゃあない」と人の命がコルク並みに軽かった昭和よりも軽いの。ああ無情なの、アゼルバイジャンなの……』

「それを言うなら“ジャン・ヴァルジャン”だ!」

 そんな感じで良心の呵責もなく、また手加減のない女子供の攻撃の前に沈んだ大狸。男同士の戦いだったらもうちょっと山場もあっただろうけれど、相手が悪かったとしか言いようがない。


『『宝たから宝♪』』

 ルンルン気分で宝箱を不用意に開けるメリーさんたち。罠とかミミックとか警戒しろよ。

『……空っぽ?』

『えっ、これだけ苦労してハズレ!?』

 どうやら空気以外何も入っていなかったらしい。

 憮然としたメリーさんの呟きと、愕然としたオリーヴの独り言が聞こえてきた。


“あっ……ああ!”

 なぜか訳知り顔で軽く手を打ち合わせる霊子(仮名)。

“『タヌキの宝箱』だから、『タ抜きのから箱』ってことじゃない?”

「一休さんの頓智トンチか?! ……いや、つーことは逆に狸が生きている間に宝箱を開けると、何かしらの宝が入っているとかいう仕掛けか?」

“可能性は高いわね。入った者の知力を試す部屋ってとこじゃない”

「じゃあメリーさんとオリ―ヴでは、ハナから駄目だったな」


 納得したところで、

『このあたりで包丁を刺して安全地帯を作る――という手順なの……』

 メリーさんたちは小休止を取ることにしたらしい。


『じゃあ先にオリーヴが魔物除けの聖水を周囲に振り撒くの……』

『持ってないわよ、そんなもの』

 あっさりと梯子はしごを外すオリーヴ。

『なんで持ってないの……!』

『アンタが説明もなしに引き摺り出したからじゃない! てか、聖水とか撒いたらアンタ自身にダメージが来るんじゃないの?』

『????』

『一応呪われた人形でしょうが!!』

 

 オリーヴの絶叫に、『お~っ』そういえばそうだったという感じでメリーさんが相槌を打った。


『でもメリーさんそーいうのは何ともないの。前に「寺生まれ」という日本じゃコンビニの数より多い出生をした、自称「イニシャルT」とかいう豆腐持った霊能力者に、いきなり赤い通り魔レッ◯マン並みの唐突さで除霊かけられたこともあるけど、勝手に跳ね返って相手の脳味噌がトコロテンに変わった旧パーマン現象が起きたの。あと鬼の手を持った小学校教諭にもメリーさん勝ったし……』

 武勇伝を語りながら一段階手順をすっ飛ばしてメリーさんは『スキル・無限包丁』周囲の地面に無数の包丁を突き立てる。


『“からだは闘争を求める”“ゆえに幼女の癒しを”“コミカライズ版好評発売中”“ついでに原作も再評価されて続きが出版される流れ希望”“そのためには佐保先生がどんどん新作を”――無限のあんりみてっど包丁召喚くりーばーわーくす

「――おいっ、本来存在しない本音駄々洩れの詠唱を挟むな!!」


【メリーさんはスキル無限柳刃・出刃・麺切り・牛刀・三徳包丁スキルを発動させた】

 なんだかんだで漫画版よりも数多く種類も多い包丁がメリーさんの周りに林立する。


 ・メリーさん コミカライズ版2巻(11月7日発売!) Lv13

 ・職業:勇者兼王立フジムラ幼稚園在園

 ・HP:24 MP:55 SP:30

 ・筋力:15 知能:1 耐久:18  精神:28 敏捷:22 幸運:-29 

 ・スキル:霊界通信。無限柳刃・出刃・麺切り・牛刀・三徳包丁。攻撃耐性1。異常状態耐性1。剣術5。牛乳魔術2。

 ・装備:ストラップシャツ(ラベンダー)。レトロリボンタイ(赤)。ショートキャミワンピース(赤系)。リボン付きハイソックス(白)。スノーブーツ(ブラウン)。巾着袋(濃紺)。殲滅型機動重甲冑(現在差し押さえ中)。妖聖剣|煌帝Ⅱ《こーてーツー》【※もともと聖剣であったが、不本意な扱われ方によりグレて変質した。持つ者の正気を奪うが、無垢な子供とはじめっからおかしい狂人には効果がない】

 ・資格:壱拾番撃滅ヒトマカセ流剣術免許皆伝(通信講座)

 ・加護:●纊aU●神の加護【纊aUヲgウユBニnォbj2)M悁EjSx岻`k)WヲマRフ0_M)ーWソ醢カa坥ミフ}イウナFマ】


「……そういえば恰好が変わっているんだな。てか、お前一貫して赤系統の服が好きだよな~」

『恋人の変化に今ごろ気づくなんて鈍過ぎるの。あと赤なのは昔、赤マントのおっちゃんから「赤は血がついても目立たないから便利だぞ」と教わったので、全体的に“童貞と童貞以外を殺す服”をモチーフにしているの。これでアナタの心臓ハートも切り裂いて鷲掴みなの……』

 物理的に殺す意味で赤なんか。あと最後の方、なんか物騒なことを言っているが、当然何かの隠喩だろう。

「まあ他人のポリシーに口出しするもんじゃないので、どうでもいいんだが……」


『賢明なの。世の中には「ピーマンが嫌いだ」と言いつつピーマン料理屋に行ってピーマン料理を食べて「不味い!」「こんな不味いものを客に出す気か!?」「こんな店辞めてしまえ!!」とかいう、わけのわからない――こんな奴と会話になる気がしないとドン引きするような――文句をつける奴がいるので、メリーさん絶対にSNSはやらないことにしているの。ぶっちゃけ敵に包丁一本で立ち向かうのは勇気だけど、ピラニアの群れに飛び込むのは意味が違うの……』

 うんざりと語るメリーさん。どうやら真実と戦ってしまった経験があるらしい。


『あとオリーヴがナマちゃんに「簡易鑑定」スキルを覚えたらしいの……』

 じょーっに不本意そうな声音で、メリーさんが付け足した。


 どうやら辻占いをしているうちにスキルポイントが溜まって自動的に覚えられたらしい。

『簡易』と付いているように、あくまで鑑定できるのは表面的なステータスウインドらしいが、

「便利じゃないか。異世界の定番スキルだろう」

『このメリーさんがお金出しても「ステータスが必要要件を満たしていません」と毎回習得できないスキルを、オリーヴに先を越されるなんて屈辱なの……!』

 心底悔しそうなメリーさん。

 たぶんというか、絶対に知力がネックになって『鑑定』スキルを覚えられないんだろうなー。


『そういうことで、次に食料はあえて持ってこなかったので、オリーヴとふたりで空腹を紛らわすために、メリーさんの牛乳魔術で……って! オリーヴ、なに勝手に包丁で狸捌いているの……!?』

『え? いや、お腹すいたのでタヌキ焼いて食べようかと思ったんだけど』

「いや、たぶんそのタヌキは食えない。タヌキは捌く時に小便袋を破くと臭いがひどくて食えなくなるんだが、さきにアレを潰してしまっては……」


 俺の助言に従って狸を食べるのをあきらめて、揃って牛乳を飲むふたり。

『〈強力ゼロ〉にレモンも持ってるけど、こっちにするの……?』

『昼間っからそんなモンいらないわよ!』


 そもそもオリーヴは料理の腕は壊滅的な逆錬金の域だし、メリーさんも隣でローラの指導とレシピ本がなければ料理は心もとなく、

『あいにくいま持っているレシピ本はこれだけで、メインの食材は隣にあるけど他の材料が足りないの……』

『なになに……えーと「ミートキューブの作り方」――捨てなさい!』

 その場で破り捨てるオリーヴであった。


 この流れだと次はオリーヴの身の上話だが。その矢先――。

『『『『『♪ヒグロ・シカワチはー、洞窟に入る。カメラマンと照明魔術師の後に入る~♪』』』』』

 軽快な歌をダンジョン内部に思いっきり反響させながら、

『人跡未踏のダンジョンに足を踏み入れた我ら“ヒグロ・シカワチ探検隊”は、ついにダンジョンの奥地で謎の大量の包丁と謎の幼女と謎の痴女を発見しました!!』

 どやどやと複数人の足音が轟き、続いて興奮した風情の男の声が響いた。


『あたしメリーさん。ここ地下一階だし、割と誰でも入れるダンジョンなの……』

『果たしてこの幼女と痴女は敵か味方か!? 人か獣かはたまた暗黒の魔物なのか!?!』

 メリーさんたちの段取りを無視して、何やら勝手に盛り上がっている(というか無理やり盛り上げている)“ヒグロ・シカワチ探検隊”とやら。


『勇者なの』

『誰が痴女よ!』

 メリーさんたちの抗議を無視して、勝手に写真撮影を始める連中。

『そっちの幼女っ。もっとこう絵になる感じで、猟奇的かつ耽美にオッパイ痴女相手に包丁で詰め寄る感じでお願いしやーす!』

『そんな写真、絶対に公開するんじゃないわよ!』

 オリーヴの抗議も何のその、最終的にメリーさんがオリーヴの首筋に包丁を押し当てて、

『なので、もっと楽しいことをしましょうなの……』

 最終的に漫画版と整合性が取れたのだった。


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 その後、探検隊のお弁当を分けてもらって(けっこう豪華なホテルのランチ詰め合わせ)、お腹を満たしたメリーさんたち。

『幼女幼女! 幼女のミルクっ! これは売れますよ! 業界にルートを持っているので、ぜひウチと独占契約で販売契約を結びませんか!?』

『取り分はメリーさん7にそっちが3ならいいの。あと面倒だから毎日は嫌なの……』

『ああ、名義だけ貸していただければ、適当にそのへんのフリーターでも雇って牛乳魔術を覚えさせるので大丈夫ですよ。その代わり6対4で』

『む~~、じゃあそれで手を打つの……』

 メリーさんが振る舞った【幼女汁】メリーさんミルクが報道スタッフの目に留まって、なにやら後ろ暗い取引が成立したらしい。


「なんかあれだな。ブルセラ全盛期に『JKの使用済み下着の通信販売をしております』という謳い文句とは裏腹に、一部の高級品以外オッサンスタッフが穿いていた詐欺商法を思い出すなぁ」

 つーか、プロのロリコンなら的確に嗅ぎ分けるんじゃないのか?


 そんな俺の懸念の通り、その後、スタッフが作成した偽物は速やかに排斥され、一部のメリーさんが実際に生み出したミルクはとんでもないプレミア価格がついて、闇で転売された……お陰でメリーさんの取り分は格段に減り(自業自得)、嫌になったメリーさんは早々にこの副業から足を洗ったそうである。

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