番外編 あたしメリーさん。いま幼稚園VS保育園の戦いがおきたの……。

 花見ということで、いつの間にやら見物客目当ての屋台や出店が、雪崩を打ったかのように集まって商売を繰り広げていた。

 花より団子というわけで、手軽に食べられるファストフードや飲み物が大多数を占めているが、中には怪しげな商売を喧伝している連中も少なからずいる。


「ちーっす! 三河屋っす! アルパカお届けにまいったっす!」

「つくし●きひと卿 vs あら●ずみるい師の高血圧対決のトトカルチョくじ~っ。売り場はこちらでーす! なお前回の結果はつ●し卿が218/121で、あら●ず師が216/140。ピタリ賞は出なかったので、一等の配当金は今回の賞金に上積みされます」

 そんな訳の分からんロ○みたいな闇クジが売っているかと思えば、

「JKの使用済み下着の販売をしております! そして目玉は、自称異世界から転移してきたJKが着ていた異世界の有名私立女子高校の制服! 証拠はこの学生証――サトウ・リオって書いてあるこれが動かぬ証拠――で現品限り!!」

 明らかに胡散臭い、実際のところ証明のしようもない物品が投げ売りされていた。


 と、拍子木の音とともに荷台に大きな箱を括り付けた人力車(引いているのはドップラー社謹製の鉄仮面を装着させられた奴隷)がやってきて、怪しげなオヤジが集まってきた子供たちに慣れた調子で、箱から取り出した割り箸につけた水飴やらソース煎餅やらを売りさばき始める。

「はいはい、水飴は一個50アーカムコインで、PyPyパイパイも使えるよ~。――おっと、ただ見は駄目ね。はい、買わない子はあっちへ行って」

 水飴やらソース煎餅を買った子が貴族お客様であり、最前列で鑑賞する権利がある。

 鈴なりになって体育座りをしている子供たちを前にして、オヤジは満を持して紙芝居を始めるのだった。


「さて今日の紙芝居はお馴染み『シン・浦島太郎』の続きだよ~」

 思わず勢いで最前列に並んでイチゴ味の水飴を舐めながら、

「何でもかんでも『シン』ってつければいい風潮が蔓延しているの……」

 メリーさんは釈然としない口調で独り言ちた。


「乙姫様の協力で宿敵ポセイドンを斃した浦 島太郎は、やっとこさ地上に戻ると……なんと言うこと! 寂れた田舎……『そんなとこあったっけ?』と言われるほど特徴がなかった【ヒルマウンテン】が、大都会【ヒルマウンテン】と化していたのです!」

 デデーン! と太鼓を叩いて効果音を示すおっちゃん。

「帰ってみればこはいかに!? 取り乱した島太郎は『お土産だけど開けちゃダメなの』と、『開けるな』『見るな』『振り返るな』と昔話で定番のタブーを破って玉手箱を開けた途端――」


「『ホホホついに開けてしまっのね浦島太郎。あれほど言ったのにホホホ』その様子を見ていた乙姫が哄笑を放ちました」


「あたしメリーさん。火○鳥と共通する何かがあるの……」

 無茶苦茶高みから見下している感じがして腹立つな~……と、聞いていた子供たちの大多数が思った。


 なおその間にもリバーバンクス王国の非公式団体『白の騎士団』と、川を挟んだリバース・ハズバンド共和国の『黒騎士』に率いられた既婚者男性グラップラーたちは、南○人間砲弾とかいうサーカスや、ダイナマイトに火つけて投げるだけで完成する○斗爆殺拳とかいう必殺技(どちらかというと使用者が死ぬ意味での必殺)を駆使して死闘を繰り広げている。


 かと思えば、桜の木の枝に上ってエルフが何やら演説していた。

「〝花見”などと自然をないがしろにする行為を、我々自然を愛するエルフは断固反対する! そもそも桜の花の美しさを鑑賞するためであれば――」

 御大層な講釈を垂れているようだが、人間のエルフに対する見解は、

「長生きするだけのアホ」

「年数の割に全然技術が進歩してなくね?」

「種族全体で無能」

 という偏見まみれのものなので誰もまともに聞いていない。


 それがしゃくさわったのか、だんだんと言うことが過激になってきて、

「自然に手を出そうと考えている人間は許さねえ」とか「先んじて滅ぼすべきだ」とか「花見に来ている人間以外も信用できないから国ごと丸々滅ぼして」とか歯止めが利かなくなっていた。

「そもそも人間なんて存在は必要ないので全て滅ぼしてやる!!」

 と過激思想が進化して、最終的に魔王と呼ばれそうな存在が誕生しかけたところで、酔客たちによって寄ってたかって木から引きずり降ろされて、ボコボコにされるのだった。

 ちなみにメリーさんもドサクサまぎれにタコ殴り集団に混じって、包丁を何回も振り下ろす。


❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖ ❖


『あたしメリーさん。いま生理の話に割り込んでくる男くらい鬱陶しい馬鹿を斃したの……』

「何の話だ……? つーかメリーさんごっこをするならせめて『○○にいるの……』くらい言えよ」

 相変わらず脈絡のないメリーさんからの電話に苦言を呈する俺。


「見て欲しいでござる会長カイチョー殿。平成初期に三話まで放送されたものの、そのあまりに実験的かつ前衛的な内容から放送中止に追い込まれたアニメ『チンコマン対ウンコマン』。その幻の第四話『危機一髪! チンコマン第一形態からの半脱皮』の遺失セル画を手に入れることができたでござる!!」 

 なお通りすがりに俺たちがいるのを目敏く見つけたヤマザキが、勝手にやってきて俺の隣に座り、テーブルを挟んだ樺音はなこ先輩に向かって、何やら熱心に布教活動をしているところである。


「なるほどつまりは現代のヴォイニッチ写本、または死海文書に相当する森羅万象のことわりということね。……てか、普通知り合いがデートしてたら知らんぷりするもんじゃないのよ」

「はぁ、何でござるか!?!」

 適当に話を合わせていた樺音はなこ先輩だが、ふとげんなりした表情で何やら小声で吐き捨てた……ような気がした。


「は? デート???」

 ふと聞こえた耳慣れない単語に、思わず先輩の顔を見て尋ね返すと、

「なんで普段は〝主人公性難聴”のくせに、こーいう時だけ耳聡いわけ!?」

 なぜか逆切れされた。


「おおおおぅ、これはしたり! デートでござったか。これは失礼したでござる。あ、おねーさん、ナポリタン大盛り」

 殊勝なセリフとは裏腹にこの場に居座る気満々なヤマザキ。


「ち、違うわよ。え、えーとその『超常現象研究会』の活動計画で、『異世界』と『異次元』の違いについてディスカッションをしていたのよ! ね……ね!?」

 目配せしてくる樺音はなこ先輩の意図をくんで俺も話を合わせる。

「その通り。『異世界』をイギリス王室公認のジーナ式育児法とするなら、『異次元』は日本の昔ながらやり方を発展させた久保田式育児法に相当するのではないかと……」


「??? なんか余計に結論が持って回りすぎて本題から外れているような気がするでござる」

 注文のナポリタンを割り箸で啜り食べながらヤマザキが首を捻った。


「知らずにキュア○ィングで抜いたみたいな男子中学生のやるせなさと、『ついてる女の子』というジャンルに目覚める開き直りこそが尊いのでござる! そう……鰤やナ○チ、ず○だもん、みんなツイてるから愛おしいのでござるよ!! ツリガネたん♪ハアハア(*´Д`)」

「そうかしら……? 男の娘に萌えるって現実にはごく少数で、男の娘人気ってネットによくあるノイジーマイノリティなんじゃないかと……ぶつぶつ」


 明らかに辟易した様子でテンション低く、無料のレモン水をちびちび口に運びながら、ヤマザキの長広舌に耳を傾けている樺音ハナコ先輩。

 面倒なら逃げるべきだが、灼熱の太陽の下。エアコンがガンガンに効いた大都会のオアシス――喫茶店の店内から離れられる状況でも心境でもないようだった。


 心なしか先輩から無言のSOSテレパシーが発せられている――というかあからさまに密教の智拳印ちけんいんを結んで精神を落ち着かせ、さらには「ソーン」と丹田に力を込めて息を吐く気功呼吸リーブ法をしている――気がするが、俺は俺でスマホの向こう側のメリーさんに新展開があったようで手が離せない。


 なお、『気功呼吸リーブ法』というのは中国伝統の気功法をもとにした分娩呼吸方法で、調身・調息・調心によって陣痛を和らげる効果があるとされる、比較的最近の出産方法であり、

「あらあら、いまどきラマーズ法やソフロロジー法での出産なの? 田舎の産婦人科医なのね(笑)」

「大丈夫かしら。そーんな遅れたやり方で」

「やっぱり伝統と最新の医学が融合したリーブ法じゃないとねえ……ふっ」

 と、どの業界でもマウント合戦が繰り広げられているらしい。

 ちなみにリーブ法は日本で考案されたものなのでC国人は知らない(天津の人間が漫画だと思っていた天津飯みたいなものである)。


『あたしメリーさん。本場の気功法を体得した妊婦なら両手に青龍刀かヌンチャク持って、口から火を噴くんだけど、さすがに日本式はマイルドなの……』

「そんな妊婦がいてたまるか!! お前はC国人に偏見か幻想を抱きすぎてる!」

『男は妊娠の真実を知らないからそんな呑気なことを言えるの。子供ができた瞬間、「にんしーんっ――とう!」とポーズを決めて女は変わるの。だからそのうち波紋法とかメジャーになって、いつの間にか妊婦同士の陣痛力じんつーりきバトルが勃発すること確実なの……!』

「ならんならんっ。つーか花見にかこつけた幼稚園と保育園バトルはどうなってるんだ?」


 電話の向こうからはやたら騒々しい騒ぎや、昭和の特撮みたいな爆発音が絶え間なく聞こえてくるが、それがいさかいなのか単なるバカ騒ぎなのか判断に迷うところである。


『けっ! 何が次に来る漫画だーっ! こん畜生~~っっ!!』

 ああ、これはわかりやすく一升瓶ラッパ飲みして管を巻いている酔っ払いだな。

 大方、何かの賞に応募したにも関わらず予選落ちしてヤケ酒でも呑んでいるんだろう。

 まあ、人間呑まずにいられない時もあるさ……。


『とりあえずいまお昼時なので、お互いの陣地に戻ってお昼ご飯を食べているところ……』

「ふーん……って、前から思ってたんだけど、そっち異世界って設定だけど時差とかないのか? いま異世界そっちの時間で何時何分何秒だ!?」

 ちなみに俺のスマホに表示されている時間は12時36分である。

『うし時きょん分きつね秒』

「誰もわからないと思って、こま○り君ネタを使うんじゃねーよ!」


『で、いま両方の国から治安部隊が来ているの……』

「ついに兵隊が動いたか。なんか自分ちの芋畑の芋を隣のウェールズ人が飼っている豚に喰われて、射殺したことが発端になってアメリカとイギリスが戦争一歩手前までいった『豚戦争』みたいだな」

 あん時はイギリス軍の指揮官が本国からの開戦命令を「豚一匹で戦争するなんてバカらしい」と一蹴して回避されたんだよなぁ。

『イギリスは「エビ喰いたい」とか「タラ喰いたい」とか、どーでもいい理由でだいたい過去に世界の99%の国と戦争ケンカをした実績がある、どこに地雷があるのかわからない国なの。日本でも脅すつもりで黒船七隻で、よりによって頭おかしい薩摩に戦争吹っ掛けたし……』


 お前メリーさんと同じか……と思ったが、さすがにイギリスと薩摩に失礼なので口に出すのを控えた。


『みなさーん! 争いはいけませーん! 神は常に皆さんの行動を見守っています。醜い争いはやめましょう!!』

『どっかの神父が来てキレイごとを言ってるの……』

「異世界にもマトモな価値観を持った人間がいるんだなぁ」

 なんつーか、あっちの人間って女性看護師ナースみたいに、基本的に全員はっちゃけた性格してるもんだと思い込んでいたので、俺は新鮮な驚きを覚えるのだった。


 ――狂気のただなかにあって、正気を保っている人間こそが真の狂人である。


 ふとそんな言葉が浮かんだが、関係なしにメリーさんの話は進む。

『あと桜の木の下にエルフの死体が埋まっていた件で、背中に無数の刺し傷があってトドメに背後から心臓を一突きした包丁が突き刺さっていた件で、メリーさんが重要参考人扱いされて不本意なの……』

「……いや、お前だろう。お前しかいないだろう?!」

 状況的にも凶器的にも。

『勝手な偏見なの。政府政党に批判的なロシア人がポロニウム注射で死んだからと言って、プー○ンの暗殺だとかいう陰謀論や、千葉にあった麻雀博物館が閉館した後に確認したら、貴重な所蔵品の大半が行方不明になっていたのは、竹○○の関係者がドサクサ紛れに寄ってたかって持ち逃げしたんじゃね? と拡散された汚名みたいなものなの……!!』

 なんでそういうギリギリボークっぽい球を投げるのかな!? 会話のキャッチボールがまるでできんぞ。


『いつも愚かな大衆は無知で無責任なの。ああ無情なの、アゼルバイジャンなの……』

「それを言うならジャン・ヴァルジャン。てか、呑気に飯食っていていいのか? 一番いい桜の木の下で告白すると将来結婚できるとか、金持ちになれるとかなんかご利益があるから陣取り合戦をしてたんじゃないのか?」

『問題ないの。というか問題の【お願い桜】の巨木はまだ花が三分咲きなので、フルパワーには足りないの。満開になると「いきなり12人の妹(みんな俺のことが大好き)」とか「カツ丼食べながらダイエット」とか「スキル時間停止能力(10秒)」とか「ズワイガニ食べ放題」とかの願いがひとつだけ叶うらしいの……』


 かなえられる願いの規模が微妙だな、おい。神龍並みとは行かないまでも、聖杯戦争の聖杯くらいは大盤振る舞いしてもいいんじゃないのか?


『メリーさん的には「ズワイガニ食べ放題」がおすすめなの……』

「お前、自分が恐怖を振りまく呪いの人形って自覚ないだろう!?!」

『呪いの人形って陰キャぽいからメリーさんとっくにやめたの。 LGBTじゃないけど、人生に二度目はないから、なりたい自分になったら良いと思うの。あと人形の怖い話っていうと、イデ○ンとか自分たちで操縦しているつもりで、実は勝手に動いてた挙句に敵味方一人残らず滅亡させたって話みたいなものかしら……?』

「……いや、確かに亡霊の意思で動いて、鏖殺みなごろししたけどさ。あれって呪いの人形の怪談にカウントされるのか?」


 微妙にジャンルが違うような気がするのだが……。


 と――。

『おっ、検視の屍術師ネクロマンサーがやってきたぞ』

『よし、死体を一時的に蘇らせて犯人を突き止めるんだ!』

 桜の木の下に埋まっていたエルフを殺した犯人を直接被害者(死体)から聞き取るため、どうやら屍術師ネクロマンサー招聘しょうへいされたらしい。

 さすがはファンタジー。


『『『『『お願いします。先生っ』』』』』

『――うむ』

 期待を背負った屍術師ネクロマンサーが上半身裸に腰蓑一丁の姿になり、大小さまざまな太鼓(アフリカあたりの原住民が叩くアレ)を並べて、おもむろに両手を使って叩き出した(メリーさん曰く)。


 太鼓のリズムが佳境に入り、屍術師ネクロマンサーがトランス状態に入ったところで、エルフの死体の指が動き、

『『『『『おおおおおおおおおおっ!!』』』』』

 いきなり立ち上がった――のと同時に、桜の木の下から地面をかき分けて何百、何千という死体が続々と起き上がって動き出す。


『『『『『『『ぎゃああああああああああああああああっ!?!?!?』』』』』』』

 たちまち阿鼻叫喚の坩堝るつぼと化す花見会場。

 無関係に一心不乱に太鼓を叩き続ける屍術師ネクロマンサー


 土に埋まっていたせいか大部分が腐乱死体と化したゾンビの集団を前にして、逃げる者、気絶する者、錯乱する者、戦う者と花見客の方も収拾がつかない。

『ここにもゾンビがいたぞ!』

『まだなまっぽくて原型を保っている子供のゾンビだな』

『殺せ殺せ!!』

『うわ~~っ、違う。僕はまだ生きてるよーっ! 生き埋めになっていただけで……サクヤちゃ~~ん!!』

 白の騎士団も目についたゾンビ(?)相手に奮戦する。


 神父も、

『核兵器と混沌の神よ! 他の連中はどうなっても構いませんから、私ひとりを救い給え!!』

 自分を取り繕わずに心からの祈りを捧げていた。

 つーかなんつー神の信奉者だ。完全に邪神の崇拝者じゃねーか(まあ拝まれてもご利益りやくはないと思うが)。


 それとほぼ同時に、地面を割って桜の木の根っこが這い出して、うねうねと周りの人間を手当たり次第に襲い出す。 

『あたしメリーさん。「桜の木の下に死体が埋まってる」というのは本当だったのね……』

「つーか、自走する桜って時点で化け物めいていたろうが。どっからエネルギーを得ているのかと思っていたら根っこで人間を捕食して養分にしていたわけだな」

 燃やせ、そんな化け物桜!!!


『《煌帝Ⅱこーてーツー》っ。本気のメリーさんを見せる時がきたの……!』

 と言って出刃包丁を取り出すメリーさん。

「ニートがよく言うセリフだな」

『そういえばよくネットミームで「次はイタリア抜きでやろうぜ」って台詞。戦争に関しては大戦絶対負けるマンのドイツ抜きが正解じゃないかしら……?』

「そういうどうでもいい疑問は棚に上げて、さっさと目前の脅威に対抗しろ!」


 いつまでたっても行動に移らないメリーさんを焚きつける俺だった。

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