番外編 あたしメリーさん。いま宇宙にいるの……。②

「チョー、チョー、チョウチョ、チョウチョ!」

 さて、管理人さんの通報を受けてやってきた、銀色のマスクと一体型のヘルメットをかぶって、全身に銀色(一部赤や青のバイカラーになっている)のライダースーツを着込んだ警官相手に、酔っ払った博多か大阪人のように絡みまくる『チョー・チョー人』とかいう、全員がスキンヘッドで小柄なイカレポンチな年寄り(?)ども。

 訳の分からん年寄りの追突。これが噂に聞くプリ○スミサイルという奴だろう。

 まったく……世の中、数百㎏~数tの鉄の塊を時速数十キロメートルで動かしているという自覚に乏しい奴が多すぎる。俺も運転をする際には気をつけねば!


「ああ、火に油だわね。ロイガーとツァールの件があるので、チョー・チョー人あいつら軒並み星の戦士に怨みつらみがあるから……ま、あたしもあんまし好きじゃないけど、星の戦士あいつら

「北米で三合会とかいうヤクザな組織を結成して、『発狂錠剤・キャッツアイ』とかいう非合法な薬を売っているとは噂に聞きましたけれど、日本にも進出していたのですわね」

「まあもともとアラオザルアジアの僻地出身だし」

 興奮しているチョー・チョー人を眺めながら、なんとなく流れで女同士の確執をいったん棚に上げて、のんべんだらりと世間話をしている真季まい万宵まよい

 やはり第三の敵が現われると、いがみ合っていた双方も矛を収めざるを得ないらしい。そう考えると、ジジイの無謀運転も“災い転じて福となす”と言えるかも知れない。


「困りますね。異星人ヒト様の迷惑になるような住人には、場合によっては強制退去していただくことも……」

「縺昴?√◎繧薙↑?√??蠕?▲縺ヲ縺上□縺輔>縲∫ョ。逅???&繧薙?ょヵ縺ッ縺溘□蛻苓サ翫r謦ョ蠖ア縺励※縺?◆縺?縺代〒縲∽サ悶?逡ー譏滉ココ縺ョ霑キ諠代↓縺ェ繧玖。檎ぜ縺ッ荳?蛻?@縺ヲ縺?∪縺帙s繧医?ゅ◎繧薙↑谿コ逕溘↑?」


 一方、管理人さんは管理人さんで、俺たちより先に捕まって警察に切符を切られていた、ひとり乗り電気自動車らしい改造車――設計上寝転んで床を向きながらハンドル操作するしかないように見えるが、明らかに道路交通法違反車両ではないだろうか?――に乗っていた、ヘルメットに胸に輝くマク○ナルドマーク、そして透明なビニールのマントを翻した外国人に、何やら強い口調で言い含めていた。

 話の前後からしてあの仮面の兄ちゃんは、『星雲荘』うちのアパートの入居者らしい。そういえばアパートの駐車場であの車見たことあるな。近所の悪ガキが十円傷つけまくっていたけど……。


「……地球に来ているのでしたら、最低限現地語を喋って周囲に正体がバレないように配慮してください。――えっ、万能機アルメヒティヒラーに地球極東列島語がインストールされていない? プレアデス星団製の高級品を廉価で販売していたので、ポチったらアルゴル製の安物が届いた……って、それは自業自得ですね。仕方ありません。ええと、確かここに予備の――あった。『ホンヤクコニャック』!」

 大山○ぶ代調で言いながら、酒瓶らしきものを取り出す管理人さん。


 それを受け取った『M』マークのドライバーが、その場でラッパ飲みをする。……いいんか、警察のいる前で運転手に酒を飲ませて……?


「――ゲップ……繝?せ縲√、テス、生麦生米生卵。OK。どうもおおきに、管理者さん。いや、つい珍しい銀河鉄道・国鉄EF64形電気機関車『死神』が、オリオン腕宙域を走るちゅうさかい興奮してはしゃいでもうて、羽目を外してまいましたわ」

「だからといって撮影の邪魔だからと勝手に惑星を破壊するなど、環境破壊も甚だしいですわ。だいたいあなたは卒論で『サルの惑星・地球』を書くために現地調査に来ているのでしょう? ちゃんと地球人サルの観察をしているのですか? セラエノ図書館のコピペで誤魔化そうという魂胆ではないでしょうね?」

「――(ギクッ)は、は、はは、なに言うてますねん姐さん。たまたまですわ。定吉は島之内の田中屋はんにお使いに出る途中だったんですわ。道頓堀で芝居なんぞ見いしまへん」

 飲んだとたんに日本語が饒舌になったドライバーと、管理人さんのひと悶着は続いていた。

 ああ、なるほどアレが話題になっている撮り鉄ってやつか。おまけにあの喋り方からして関西方面の人間だろう。


 俺はネットで知っているのだ。

 あっち方面の野郎は、油断すると若い男相手に、「ニイチャン、ナンカコウテクレヤ」と初対面でも馴れ馴れしく付きまとい。

 若い女性相手には、「ネェチャン、チャ シバケヘン?」と、どこまでも執拗に絡んでくる。さらには、阪神が優勝するとカーネ○サンダース翁を突き落とし、負けると自分が道頓堀に飛び降りるという、厄介な本能と行動力を持った謎生物であるということを。


 この息つく間もない状況からもわかるように、都会人相手をするだけでもお腹いっぱいなのに、この上そっち方面までは網羅できん(なお、俺が都会に出てきて真っ先に覚えたのは、『タクシーを停めるには、車道に出て体を張って止めなければならない』ということだった)。


 ついでに見るからにくたびれた――道を歩いていたらトラックに撥ねられて異世界転生しそうな――中年サラリーマンも何かの違反で検挙されたようで、別な警官に食って掛かっていた。

「いや、だから地球の危機なんですよ! 変身するためには今から稟議書を書いて本星にいる上司の決裁が必要でして、一分一秒を争うって時にィ……!」

 そのサラリーマンの頭の上では、会社からのGPSナビ付のガラケーの類なのだろう。大小ふたつの丸を繋げたバルーンアートみたいなのが浮かんでいて、

『変身せよ! 変身せよ! スペクルムマンに告ぐ、ただちに必要書類と資料を提出して、部長に説明のうえ決裁を得て速やかに変身せよ!』

 リモートでせっつく直属の上司らしい無慈悲な命令。


 上からの無茶ぶりに泣かされるサラリーマンの悲哀を垣間見た。かと思えば卒論もそっちのけでオタク趣味に没頭している奴もいるし、何のために大学に入って卒業するんだろう……? ふとこれから待ち構えているであろう、いまと変わらない何の起伏もない平坦な人生を想像して、俺は忸怩じくじたる気持ちになった。


 というわけで、あの連中に深入りすると厄介そうなので、知らんぷりするのに限る。

 そう思ってスマホに集中している風に見せかけて、最近はまっている(無料)漫画でも眺めようと画面をスクロールしていたが、

「えーと、左右あてら たもつ先生の『メリーさんは異世界羊の夢をみるか』の続き……これ原作は出オチで飽きるけど、漫画版は面白いんだ――っとと。なあ、携帯のメールに」


【件名:お……客…様…各…位……

(きこえますか……あなたの心に…直接…呼びかけています)私たち……は…あ…なた…の「-------@---.co.jp」……アカウ…ント……を無……効に……しました……。

あなたの……アカ…ウン…ト……に不正…なア…クセス……の形跡が見ら…れま……す。あなた…の保護…のため、あな…たのアカウント……を無効…にしました。

お支払い情…報を……更…新する手…順は次のと…おりです……】


「って通知が来てるんだが、これって――」

“詐欺メールよ! 絶対に返事しちゃダメだからーっ……って、なんで宇宙規模の騒動が周りで起きているのに、ここだけ平然と日常を謳歌しているわけ~!?”

 水を向けた霊子(仮名)が頭を抱えて煩悶する。

 あーーー、なんか自分以上に取り乱した人間幻覚を見ると、ホッとするな。やはり霊子(仮名)こいつは俺の欲求不満フラストレーションや葛藤から、心の均衡を守るための安全弁なのだろう。精神分析学で言うところの『防衛機制』という奴だ(心理学の講義で習った)。


 納得いったところでメリーさんからの着信があった。

『あたしメリーさん。いま宇宙を目指しているの……』

「宇宙ぅ……? お前いるのは剣と魔法と阿呆の世界という設定だったんじゃないのか? いつからSFになったんだ。設定がブレまくりだな」


 まあ初期のSF映画とかだと巨大な大砲で月まで行って、帰りは崖から飛び降りて地上へ戻ってくるという……少しは専門家に聞いて考察しろよ! と胸倉掴んで怒鳴りたくなる杜撰さだったので、案外ファンタジー世界の方がお気軽に宇宙に行けるかも知れんが。


“いや、いま私たちいるの宇宙空間だから! なんか無茶苦茶でっかい円盤にまとめて捕まえられて、そのまま超速で連れ去られている最中で――って、いま火星を通り過ぎて木星に、木星に!!”

「はいはい、地球は狙われているんだろう?」

 何やら騒いでいる霊子(仮名)を適当にいなしつつ、俺はメリーさんに当然の疑問をぶつけた。


 と、メリーさんの声を遥かに上回る、やたら野太い雄叫びがスマホ越しにとどろく。

『よ~~~し、野郎ども! 今日もエルフの森を焼きに行こうぜっ!!!』

『『『『『『『『ぶも~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!!』』』』』』』』


「――なんだなんだ、何の騒ぎだ!?」

 一瞬耳がキーンとなったぞ。

『あたしメリーさん。オークたちの集団がエルフの森を焼きに行くので、メリーさんたちも便乗してエルフの森の中央にある世界樹ユグドラシルを焼いて宇宙に行くの……』

 ……なんだろう。日本語で会話しているはずが、まったく通じ合っている気がしない。


「いやいや、ツッコミどころしかない話なんだが、そもそもオークがエルフを襲うとか、森を焼くとか座視……黙って見ていていいのか、お前?」

 仮にも……名目上……不本意ながら……三億光年譲って、一応は勇者だろう。だったら主婦がキッチンでGを見つけたら殺すように、あるいは鋼鉄ジ○グがハニ○幻人やヒ○カの一族、邪魔○王国をなにがなんでも全滅させまで気が済まないように、勇者ってのは大抵エルフの味方をして、オークを倒すものなんじゃないのか??

 ハイファンタジー〔ファンタジー〕部門では、第三章あたりでエルフと知り合いになって『エルフの里の危機を救え』編が始まるのが、なろう系お馴染みの流れじゃないのか?


『??? どぼじて……?』

 途端、幼児が「なんでいつも家にいて仕事もケッコンもしないの?」と、イノセントな問いかけを放つ口調で聞き返された。


 大抵その場合には『そのままの綺麗なあなたでいて欲しいと思う――反面、穢してしまいたい』と思う相反する気持ちが湧くのだが、メリーさんこいつの場合には白々しさしか感じないな。


『俺たちの大切な畑を守り! 子供たちを悪逆非道なエルフから守るんだっ! そのためにも今日という今日はエルフは皆殺しで、アイツらが“聖なる森”なんぞと呼んでいる邪魔な竹林は全部燃やすぞーっ!!』

『『『『『『『『ぶも~~~~~~~~っっっ!!!!』』』』』』』』

『『『『『『『『ぶいぃぃぃぃぃぃっっっ!!!!』』』』』』』』

『『『『『『『『ぶぇじたぶる~~~~~っっっ!!!!』』』』』』』』

 血気盛んなオーク集団リーダーの激励げきれいというか啖呵たんかに従って、数十匹数百匹のオークたちが一斉に足を踏み鳴らして、武器を持った手をガチャガチャと高々と上げて、鼻息荒く呼応する。


「……竹林?」

『あたしメリーさん。こっちのエルフは直径一メートルくらいある〈妄想竹もうそうちく〉という、やたら成長が早い竹や笹を所かまわず植えてはそこを住処すみかにしているの。ちなみに世界樹は成層圏まで届く巨大竹……』

「竹林に住むエルフって斬新だな、おい」

 うっそうとした森に棲んでいるイメージだったんだが。


『だいたいトールキンとディード○ットのせいなの。エルフなんてもともとロクでもない妖精だったのに、異様に美化されているの。アニメ版では自損事故で勝手に死んだはずが公式・非公式でもなかったことにされて、原作の恐竜帝国の総攻撃を前に単身でゲッ○ー炉をかざして道連れに自爆した英雄的最期が、正史になっている武蔵みたいなものなの……』

「あー、まあ確かに竹林は邪魔だからなあ。近くにあると勝手に生えてきて、一晩で無茶苦茶延びるからな」

『他にもミントとか、ドクダミとか、くず、ワルナスビ、シソ、ワルナスビ、スギナ、ゼニゴケなんかを他人の庭や畑に勝手に植えていくの……』

「植物テロじゃねーか!」

 それもどれもこれも繁殖力が半端なく面倒臭いのばっかしだな。


『ちなみに今回エルフの森を焼きに向かうオークは、オークぶいという種類なの……』

「……『V』ってなんだよ?」

 合体ロボの名前じゃないだろうし。


『オーク・ヴェジタリアンの略称なの。あいつら一切合切肉も魚も卵もミルクも口にしないで、畑を荒らす角の生えたウサギやモグラを捕まえても、尻の穴にストロー通して破裂させる遊びに使うだけで、普段は芋とか山菜と野菜ばっかり食ってるの。ちなみにさっき振りかざした武器はくわすきとかの農機具の音……』

「……(まあ竹林に住むエルフがいるなら、ヴェジタリアンのオークがいてもおかしくないか)菜食主義者という割には、結構攻撃的じゃないのか?」

『ヴェジタリアンって大抵がキレやすいの。やっぱり栄養のバランスが悪いから、どっかおかしいと思うの……』

「あー、あの連中は自分らで勝手にやってればいいものを、他人にも強制するからな~」

 だいたい野菜だって生物だし、それを育てる肥料とか副次的には動物性たんぱく質も摂取してるんだけど、宗教と同じで自分たちに不都合な事実は頑として認めないから相手するだけ無駄だし。


『あと植物テロの他にもエルフは「自然があるがままに」とか言って、病害虫や野菜害虫を野放しにするので、エルフの森の隣にあるオークV村は大迷惑なの……』


 ああ、オーガニックとか無農薬とかで害虫を繁殖させて周囲にばら撒く、農家の敵な奴らね。

 自分で好きでやる分にはいいけど、周囲に被害を出さないようにせめてビニールハウスでやれと、田舎で農業やっている祖父が、

「見つけ次第、しておるが」

 と、いまだに女性の腰回りほどもある太い腕に力瘤を作ってよく愚痴っていた。


『あと「肉や魚を食わずにドングリや野菜で育ったオークは美味い」と言って、ちょくちょくオークVの集落【コリベイ村】の子供をさらっては、美味しく食べるらしいの……』

「焼いてしまえ、そんなエルフとエルフの森住処なんぞ!!」

 一片の正義もない。カチカチ山のタヌキ以上の外道じゃねーか、エルフ!(なお、最近の昔話ではお婆さんは殺されずに、最後和解したタヌキが家のお手伝いをして丸く収まる……という、悪意に対して正義の怒りや復讐をするという戦う牙や爪を研がずに抜くという戯けた教育を施しているらしい) 


『ということで定期的にオークVはエルフの森を焼いているそうなんだけど、そこはエルフ。森の中の戦いだと、水を得たサカナなのように――』


「水を得たうおだ」

 案外、この慣用句を正しく覚えている人間が少ないんだよな。

「ちなみに『斜に構える』ってのは不真面目な態度じゃなくて『改まった態度』のことで、『ミステリーとサスペンスはまったく反対の意味で、ミステリーが『犯人が不明で、推理によって徐々に犯人を追い詰めていく』のに対して、サスペンスは『最初に犯人がわかっていて、ラストに進むにつれて犯人が追い詰められていく』話だからな!? あと『悪運が強い』ってのは、不幸中の幸いで被害を免れる事じゃなくて、お前みたいに『悪いことを報いを受けない。逃げ切る』ことを指すんだが、ちゃんと意味をわかって普段から使っているか、お前?」


『それはさておき、漫画家って描き慣れて画力上がるとさらに描き込むタイプと、簡略化するタイプがいると思うんだけど……』

「あからさまに話題を変えるんじゃない! まずは間違えを認めろっ!」

『メリーさん、認めたら負けだと思っているから自分を貫くの……』

「お前はいつも何と戦っているんだ!?」


 俺の問いかけをガン無視して話の続きを何事もなかったかのように喋るメリーさん。

『――竹で作った弓や竹槍、罠なんかのゲリラ戦で反撃されるので、局地戦に終始していたらしいんだけど、今年は数百年に一度竹の花が咲いて、一斉に竹が枯れる年らしいので、この機会にエルフの森を一掃しようと、復讐に燃えるオークVたちが老いも若きも出そろって、総力戦をすることになったの。指揮を執っているのはハイオークV3ぶいすりー……』

 きっと力と技を併せ持っているリーダーなんだろう。


『メリーさん的には復讐なんて何も生まないから無意味だと思うんだけど……』

『心にもない綺麗ごとを抜かしてるんじゃないわよ! ――って、ロン。チャンタ、ドラドラ』

 まさに俺がメリーさんに言い返そうと思っていた台詞を、代わりに放ったオリーヴのツッコミに続いて、何やらジャラジャラと引っ掻き回す――具体的には三十四種類(×4)のパイを――音がした。

『って、ゴメン。フリテンだったわ。今のなし』

『あ、チョンボですよ。オリーヴさん』

『チョーンボチョンボ! チョンボチョンボ~。チョンボ罰符ッ!』

 間違いに気づいたオリーヴがなかったことにしようとするも、すかさずローラの制止の声とエマの囃し立てる声、それに合わせて誰かの手拍子が続く。


「……何やってるんだお前ら?」

『麻雀なの。このエルフの竹林に入ったところで、謎の竹人間が現われて麻雀勝負を挑んできたので、ルールを知っているオリーヴとローラ、エマとで半荘で勝負をしているの。竹製の麻雀牌で……』

「いや、そういうことではなくて……。そもそも、お前らどういう立場でその場にいるんだ?」

『あたしメリーさん。名目上はオークVが挙国一致体制でエルフの森を焼くので、その間に乳幼児の世話をするということで依頼を受けたの……』


 そんなメリーさんの説明に合わせて、複数の仔豚が鳴いているような声と、スズカのとろけるようなフニャフニャな独り言が聞こえてきた。


『オークの子供とはいえ可愛いですね~~! 生後ニ、三カ月。人間で言えば半年から一歳半くらいの赤ちゃんだそうですけど、転がった方が早い感じのもこもこな赤ちゃんが、こうして足元までよたよた走って来くる様子なんて、キュンキュンして思わず抱き上げて頬擦りしちゃいますよぉ。食べちゃいたいくらい可愛いですねえ……うふふふふっ』

『あたしメリーさん。正味しょうみ一・二キロくらいかしら。見た目より意外と俊敏で、捕獲するのが意外と大変なの……』


 母性本能をくすぐられまくったらしいスズカと、ついでにメリーさんが各々オークの赤ん坊を抱き上げた気配がする。

 それと同時に、ローラとエマが同時にあがった。


『ロン。国士無双こくしむそう

『ロン。四暗刻スーアンコー

『ぐああああああああっ! 焼き鳥だわーっ!! ――てか、ローラとエマっ! あんたら姉妹でテレパシー使ってイカサマやってたでしょう!?!』

『『はァ? 何のことですかオリーヴさん。負けたからって見苦しい(です)よ』』

 ひとり大負けしたらしいオリーヴが喚いているが、ローラとエマ姉妹に白々しい口調で一蹴されるのだった。


「……まあ大義名分はわかったけど、実際のところはどーなんだ、お前の目論見は?」

 絶対に裏の目的があるよな。この幼女に限って、単なる子守を買って出るとかあり得ない。

『あたしメリーさん。それに気づくとは、さすがは心のきずなで結ばれたふたりだけあるの……』

 その絆は禍々しい色彩をした上にこんがらがって腐っている縁に違いない。

『目的は月の表面にロンギヌスの槍みたいに突き刺さっているというドラゴンポールなの。最初はガメリンで飛んで行こうとしたんだけど、体力不足で失速してジリオラの暮らしている公爵邸を叩き潰してクレーターを作る結果になったの。亀は直径九十九センチを超えると竜宮城に行けるようになるから、四メートル超えのガメリンなら宇宙も余裕かと甘く見ていたの……』

「立派なテロリズムだな……つーか絶対に事故に見せかけた故意の犯行だろう、おい! あとウ○トラQのネタはやめろ。さすがにマイナー過ぎて着いてこられる読者がいないから」


 思わず電話口で呻いたところで、にわかに真季、管理人さん、万宵が同じ方向を向いて色めき立った。

「あ、着弾した」

「どうやら面倒臭くなって、天体制圧用最終兵器の一兆度のビームでピンポイント攻撃を仕掛けたようですけど、さすがに報道規制をされているようで結果がどうなったことか……」

「一発で蒸発したようですわ。『炎の主神級ヤマンソ』が聞いて呆れますわね」

「しょせんは邪神ガチャにおけるクトゥグアの外れ枠。Kan○oで言えばあゆに対する名雪、CLA○NADにおける渚に対する智代、Rew○iteの篝に対する小鳥、リトバスの小毬みたいなポジションみたいなものだもんね」


 和気藹々と盛り上がっている三人――待て義妹よ! お前があげた例は全て全年齢版だろうな?! と一瞬引っかかったものの――とは対照的に、

“地球が! 日本がっ! 都心が~~~!!”

「でえじょうぶよ、いざとなればお……じゃなかった、TRPG界隈では『困った時のニャルラトホテプ』と呼ばれるお助けキャラか、ヨグ=ソトースあたりがなんとかしてくれるから」


 その場で膝から崩れ落ちる霊子(仮名)と勝手に安請け合いをしている真季の姿が、ちらりと視界の端に映ったところで、スマホからメリーさんのいつもの謎理論が展開されて、思わずそちらに興味が移ってしまった。


『それで聞いた話では、世界樹の竹が燃えると種の保存のために他の天体まで飛んで行く……という学説を、メリーさんとある学者から聞いたので、この機に便乗して竹の発射に合わせて宇宙に行くことにしたの。あとその科学者からは目、耳、鼻を狙うコンボも教わったの……』

「そのアドバイスを与えている時点で、まともな科学者ではないと思うんだが……」

『ということでメリーさん、エルフとオークが相討ちになったところで、世界樹(竹)を乗っ取って宇宙に行くつもりなの……』

 薄すぎる胸を張ってそう答えるメリーさんのドヤ顔が目に浮かぶようである。


「いや、そんな奇蹟に奇跡を重ねてもそんな都合良い展開にならないと思うんだけど?」

『大丈夫なの。そのためにメリーさんたちは後方に控えていて、いざという時にオークもエルフもまとめて皆殺しにする予定なの。あと、さっきのあなたの助言「悪運が強い」を踏まえて、被害者も犯人も、人質も目撃者もまとめて口を塞げば、死人にクナシリ。メリーさんたちの関与は疑われずに、竹ロケットで逃げ切れると学んだの……』

「そういう意味の助言は与えていない!!」


 どういう曲解をすればそういう結論になるんだ、この幼女は!?

 そう思ったところで、パラパラと何かが振ってきたような音と、「ぶーっ!」という仔豚の悲鳴がスマホの向こうから聞こえてきた。


『あぶ、危な――と、ととと……!』

『和弓を使った襲撃。エルフの奇襲のようですね。――はっ!』

『とりあえず、エルフが潜んでいる藪になったあたりをガメリンの火炎放射で焼き払うね!』

 オリーヴとローラが運動神経にものを言わせて矢を躱し、エマがガメリンに指示して遠慮なく反撃をする。


『『『『『ぎゃあああああああああああああっ!!!』』』』』

 ガメリンの火炎放射を浴びて、たちまち火だるまになって飛び出してくるエルフたち。

『……美形ってほどでもないわね』

『肉食なのでマッチョ体形で胸毛が生えていて、顎が割れた顔立ちですか。それで髪だけ長髪とか、微妙に趣味の分かれるところですね。私は好みではありませんが』

 地面で転げまわるエルフを身近で観察しながら、オリーヴとローラとが忌憚のない感想を口にする。


 一方、不意打ちで放たれた矢を躱しそこなったメリーさんとスズカ組は、

『――ふう……仔豚バリアーがなかったら危ないところだったの。ご○ぎつねだったら即死だったけど……』

『あ……あああ……ああっ、赤ちゃんが! オークの赤ちゃんが私が抱えていたせいで……!!』

 どうやらオークVの赤ん坊を抱いていたお陰で、スズカは偶然に、メリーさんは意図的に盾になって九死に一生を得たらしい。

 だが、その代わりに二匹の尊い命が失われたわけだが……。


『あたしメリーさん。そんな乗ってたオートバイで子供をひき殺した虎の頭をしたヒーローみたいに悩むことないの。失われた命は取り戻せないけど、その命をかてにすることはできるの……』

「……はい……そうですね……」

 珍しくメリーさんが建設的な発言でスズカを慰める。

 スズカもそれをわかってか、哀しみを堪えてぐっと前を向いた。


『じゃあローラ、お腹もすいたのでこの二匹の豚を早急に処理をして、ご飯にするの……』

『周り中火種には困りませんから、仔豚の丸焼き――“片皮乳豬全軆”でも作りますか?』

 あっさりと承諾するローラにオークの赤ん坊の遺体を渡すメリーさんに、もう一匹の赤ん坊の遺体を抱えたままスズカが錯乱しながら全力で非難する。


『何やってるんですか、何やっちゃってくれるんですか!?! まさか赤ちゃんの遺体を食べるつもりじゃないですよね!!? いくら何でもそんな非道なことが許されると思ってるんですか!!!』

捕食動物キツネとは思えない甘さなの。死んだ豚はただの肉の塊だし、だいたいさっき「その命をかてにする」ってメリーさんの言葉にスズカも同意したし、さっき「食べちゃいたい」とも言ってたの……』

『精神論だと思っただけです! まさかオークとはいえ物理的に赤ん坊を食べるとか、勇者とか以前に女性がやっちゃいけない最大のタブーですよ、皆さんっ!』


 メリーさんに人の道を説いても無駄だと悟ったスズカが、他の面子を説得しようとげきを飛ばすも、

『ご主人様、開いて捌くのに包丁を貸してくださいませんか?』

『中華包丁でいいの……?』

『いや、重くて使いづらいので普通の万能包丁で。エマ、皮に味付けをするための皮水と、お肉に付ける調味料を作っておいて』

『わかった~。最初に塩と五香粉のタレを準備して、次に海鮮醤とオイスターソース、砂糖、各種醤だよね、お姉ちゃん?』

 姉妹はすでに料理モードで外野の雑音が入る余地がなく。


『ローラとエマがいなくなったところで、もう一局勝負よ!』

 竹人間三人を相手に、オリーヴがリベンジの対局を挑むところであった。

『オリーヴさーん。いいんですか、可愛そうなオークの赤ちゃんを食べるなんて!』

『ん? いやべーつに……。てか本場広東や横浜の中華街で何回か食べたことがあるし。別に人間食べるわけじゃないし、口に入ればオークも豚も対して変わらないんじゃないの?』


『あ……あああああああああああ~~~~っ!!』

 自分が少数派で無力だと悟ったスズカが、ゲシュタルト崩壊を起こして煩悶する。

 その間にメリーさんがスズカが落としたもう一匹の仔オークの遺体を、手早く解体中のローラに渡すのだった。

『あたしメリーさん。スズカが第六層のベラフ並みに役に立たないの……』

「真面目な人間ほど非常時には常識が足枷になって何もできないという典型だな」


 そうこうする内に仔豚に付けたタレがいい塩梅に焼けて、食欲をそそる匂いを周囲に放ち始めたらしい。

『風○坊の手羽先……在来線3・4番ホーム住○しのきしめん……志賀本通牛コロ○内の味噌煮込み……●やのひつまぶし……千○の天むす……ヨ○イのあんかけスパ……笠松競馬場の味噌カツ、味噌おでん……名古屋競馬場の味噌串カツ、味噌どて煮』

 悪魔の誘惑に負けまいと、必死に名古屋名物をブツブツと暗唱するスズカの姿があった。

























 三時間後――。

『……食べてしまった……』

 気が付けば五人で片皮乳豬全軆仔豚の丸焼き二頭分をぺろりと平らげ、食後のお茶を飲みながら我に返ったところで罪悪感に苛まれるスズカ。

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