番外編 あたしメリーさん。いま宇宙にいるの……。①

 WWⅡにドイツ軍の捕虜収容所に居たフランス兵たち。そのひとつのグループが、長引く捕虜生活で溜まった鬱憤と精神的な苦痛を紛らわせるため、全員で脳内共同ロリっ娘を(13歳)を作ったという話がある。


 彼らが収容されている雑居房のバラック、その隅に置かれた一つの席がロリっ娘が座っていて(という設定の妄想)、仲間内で見苦しい喧嘩や口論などをすると、その席にいる少女に「見苦しい真似をして申し訳ありません」と、頭を下げ全員に聞こえるように詫びなければならなかった。


 さらに着替えの時は、見苦しい姿を彼女に見せぬように、その席の前に目隠しの布を吊り、食事も皆の分を分け合って彼女の為に一人前こしらえ、彼女の(設定上の)誕生日やクリスマスには、各自がささやかな手作りのプレゼントを用意して、歌でお祝いをするといった塩梅(要するに現在で言うところの推しキャラ)。


 最初は慰みの遊びだったのが、どんどんとそのロリっ娘の存在を当然のように扱うようになり、ついには監視のドイツ兵までもが、彼らが本当に少女をかくまっているものと勘違いして、彼らの雑居房を天井裏まで家捜しするという珍事まで起こった。



 ★



「傍から見たら馬鹿馬鹿しい行為だが、極限状態で他の捕虜たちが衰弱して病死したり、発狂や自殺したりする中、そのグループは全員が正気を保って生き延び、戦後に揃って故国の土を踏んだ。それもすべて脳内少女のお陰で秩序や節度が守られていたからだと言われている」


 埼玉の気温は50℃をすでに突破していて、これ以上エアコンを酷使すると爆発しそうな生暖かい風にあたりながら、俺は聞きかじりの知識を思う着くまま口から垂れ流す。

 つけっぱなしのテレビでは【緊急速報!! 東京都内に炎の大怪獣出現!】というテロップとともに、都内を燃え盛る炎の結晶のような大怪獣が暴れ回っている……という映画の宣伝らしい映像が、なぜか延々と流れていた。


 微妙に映像の画質が悪くて、長方形なのはテレビ局のカメラではなくて一般のユーチューバーが、最前線で撮影しているから……という、『カメラ○止めるな』形式の設定だかららしい。

 ついでのように次々に撮影者が入れ替わり、代わりに現在の犠牲者数のカウントがうなぎ上りに増加している。

 SNSも怪獣一色で、これが本当の炎上だな。


“攻略法見つけたと思ってテンション爆上がりの小学生みたいな、このウザいドヤ顔をしている時には、たいていどーでもいいダジャレを思いついた時なのよね”

 ローテーブルを挟んだ対面で、霊子(仮名)がキュウリの冷製味噌汁を飲みながらうんざりと呟いた。


 とはいえアニメや漫画だとこの手のエネルギー生命体ってボス格の強敵なんだよな。ミケ○ネ帝国の闇の帝王とか、幻○大戦の大火龍みたいなもので、実体がないから物理攻撃が利かず、倒すにはより高エネルギーをぶつけるか、エネルギーを停止・拡散させるのが定番なのだ。


『都内に突然出現した謎の怪獣は秋葉原付近から新宿方面へ向かって進んでおります!』

『もの凄い熱です。離れた位置にいる中継車の室温もすでに80℃を突破! 余波の熱量は都内はもとより周辺市町村にも及んでいると報告が上がっていますっ!』

 かなり離れた位置から望遠レンズで撮影しているらしいテレビ局のレポーター(という設定の役者)に映像が切り替わった。


 昭和の怪獣映画に出てきたレポーターとアナウンサーなら、怪獣のすぐ横にあるビルの屋上から生中継をして、

『おおっ、怪獣が我々のビルに手をかけた! 凄い力だ!!』

『ビルが崩れる!! どうやらこれまでのようです。皆さんサヨウナラ、サヨウナラ!!!』

 と、最後まで踏みとどまって撮影する気概があったというのに……。


 そんな俺の感慨を無視して、他人事みたいな大根演技でレポーター役が、どっかで見たことがある黒覆面の集団に向かってマイクが向けた。

『ここで怪獣出現の瞬間を目撃したという方のインタビューにかわります』

『『『『『ふんぐるい・むぐるうなふ・くとぅぐあ・ふぉまるはうと・んがあ・ぐあ・なふるたぐん・いあ! くとぅぐあ!』』』』』

『う~~む、召喚の仕方に間違いはなかったはずなのに、なぜクトゥグアではなくヤマンソが……? バイオ○ザードみたいに、微妙に違うかもしれないシリーズなのか? ともあれもう一度やり直すか』

 マイクを向けられた黒覆面が、忸怩たる口調で吐き捨てた。

 いつの間にかエキストラとしてテレビに参加していたのか、あの神保町界隈では割と掃いて捨てるほどいるコスプレ、TRPG大好き集団たちが。


“こいつら邪神を奉じる秘密結社ってわりに、『真実プロビデンスの目』をゆるキャラ祭りでアメリカのテレビに出演させるイルミナティ並みに隠れる気ゼロよね”

 朝起きた時から恥も外聞もなく、下着のみという格好の霊子(仮名)が、こめかみのあたりを押さえてため息をつく。

「この手のマニアは承認欲求が強いからなぁ。一般受けしないことをわかっているから世間に喧伝しないけど、「闇に隠れて生きる……けど、いつかメジャーになりた~い」という難儀な性癖も併せ持っているんだよなぁ。でも一応一般的な社会通念は持っているぞ。ちゃんとゴミ出しの日も分別も守っているし」


 もっとも毎回大量に訳の分からん家庭ゴミを集積場に山積みして、

「ミ=ゴをゴミに出すのってどうなのかしら? 確かに菌類ですからナマモノですけど」

 管理人さんの悩みの種になっているらしいのは、俺も小耳に挟んでいる裏話だが。


“一般的な社会通念を持った人間が、あんな格好をして邪神召喚とかしないわよっ! だいたいあいつらって、『とりあえず星辰が揃えば邪神召喚☆彡こどもちゃれんじ!』のノリで節操なく儀式を行って、もともと所属していた《星の智慧派》創始者のナ……なんとかいう牧師(※神父です)に追放されたっていうアウトロー集団でも持て余された連中よ!!”

 俺の頭の中であの連中が、ねず○男に鬼○郎が往復ビンタされるみたいに、謎の黒人神父によって胸倉を掴まれて、『ビビビビビビビ』と鼻息荒く殴られている光景が去来した。


『おおおおおっ、突如オリオン座方面から炎の流星が墜ちてきた……と思いきや、なんだあの光の巨人は!? 怪獣の行く手を阻むかのように、光る巨人が現われた!! 来たぞ我らのウル○ラマン?!』

『『『『『『ほ、星の戦士っ?!』』』』』』

 と、テレビの中では案の定というか、大方の予想通り既定路線の展開を醸し出している。


 なんだろうね。いきなり陳腐になったぞ、この特撮。

 これだから邦画はつまらんのだよな。遊○王ar○v並みに何十年も成長せず、芸がない同じ展開の繰り返しで……。パニック映画ならパニック映画らしく首尾一貫しろよ。

 とはいえアメリカはアメリカで、大佐と軍曹とスーパーホーネットさえあれば宇宙からの侵略者だろうが、謎の巨大イグアナだろうが倒せるという謎の信仰があるが。


 馬鹿らしくなってチャンネルを変えるも、よほど宣伝のために金をバラまいたのか、他のテレビ局でも同じ怪獣映画を放送していた。

 とりあえず唯一、悠然とマイペースにアニメを放送している東京ローカル放送に切り替える。


「……ま、夏休み恒例の特撮映画はともかくとして、最初の話に戻るが」

“特撮じゃないんだけどなー。ま、どうせ自分の目で見たものより世間の常識を信用しているんでしょう? なら別にいいけど”

 食べ終えた食器を流し場に付け置きしながら、妙に明るい西側(東京方面を望む)窓を透かし見る霊子(仮名)。


 そもそもの事の発端は、コレがなんか当然という顔で朝食のとろろ汁を相伴しながら、

“そういえば最近は私の事『妄想だ!』とか『幻覚だ!』とか連呼しなくなったけど、さすがに現実を受け入れたわけ? 私があなたに憑りついている地縛霊だってことを。あとトロロには麦飯が合うって言うけど、絶対美味しくないやつよね。仙台の牛タン弁当もズンダ餅も大したことなかったし”

 などという戯けた妄想を垂れ流しやがったので――まあ、大本は俺の脳内から出たのは確かなので、あまりの暑さに錯乱したのだと思うのだが、そういえば最近はなし崩しに存在を容認しているな。きちんと分析したほうがいいだろうと思って、先の考察に至ったわけなのだ。


「ともかく、女っ気がなくて潤いのない生活をしている俺の無意識が、こう、同じ室内に若い女が存在している……と想像を暴走させて、精神の均衡を保っているのは明白なので、俺としては『設定上そこに存在する女』としてお前のことを容認しているわけだ」

 面倒臭いが。

 それとロリでないのは、現実にウザくて頭おかしいロリを知っているのと、俺のストライクゾーンが同年代であることからきているのだろう。

「あと牛タンとズンダ餅は出来立てを食べなきゃ美味さがわからんっ。特に牛タンは熱々の牛タンを口にして麦飯を掻っ込み、そして牛テールスープを飲むまでの至高の流れのエンドレス……。これを知らずに牛タン弁当を食ってわかった気になっている余所者が美味いの不味いのと、そんなものは無知蒙昧な戯言であると俺は断固として主張する!」

 論破完了!


 そーいえば最近は論破王も異世界転移したらしいが、基本的に肉体言語――暴力。暴力こそがすべてを解決する!――が会話の八割を占める世界で、喋りが上手い奴なんて幇間たいこもち以外の何になれるのだろうか?


 そうやり遂げた清々しい気持ちと、脳の片隅でちょっとした疑問を抱きながら、興味の欠片もないテレビに見入る。

 と、微妙な表情で聞き入っていた霊子(仮名)が、軽く手を上げて、

“その収容所の逸話って創作なんじゃなかったかしら? 確か元ネタになったのは仏人作家ロマン・ガリーの『自由の大地(原題:天国の根)』の第三部28章で、ちなみにそこで描かれているのは少女でなく貴婦人なんだけど、その小説の挿話がコリン・ウィルスンの『至高体験』で引用されて、拡散されるうちに歪曲されたんじゃなかった?”

「…………」

 テレビの中ではほぼ邪神の眷属と言っても差支えがない、目ん玉が連なって輪になった万博のマスコットキャラが愛嬌を振りまいていた。

 どーでもいいがコレはまだ美少女化しないのだろうか? 沙耶○唄を美少女化して、ニャル……じゃなくて、どこぞのラノベでメジャーな邪神を軒並み美少女化したことで、こっちの業界では「また日本かっ!?」と、戦々恐々としているというのに……。


 と思ったところで携帯スマホが鳴った。

「ん? メリーさん……じゃなくて、千葉に帰省中の樺音ハナコ先輩パイセンか」

 こんな朝早くから何事だと訝しみながら俺はスマホを通話にする。

『漆黒の闇から覚醒したまばゆい光……さて、我が身の力を解き放つ刻来たれり!』

 いつもの婉曲な「おはよう」の挨拶から入って、

『アマテラスの怒りにより、フォルトゥ―ナは召喚される。いざ、天啓によりともに外なる世界へ降臨すべし』

「おはようございます。まったく暑いですね。で、思いついたので避暑に出かけないかと言われても……先輩いま実家に帰省しているんじゃ?」

“お互いに、よく会話が成り立つわねー”

 洗い物を終えた霊子(仮名)が呆れたように言いながら、ごろりとベッドに横になった。



 ★


 

「先生、あー~ん♡ わたくしの手作り蜘蛛の巣風縞々チーズケーキですわ」

「お義兄ちゃんは中学生が汚らしい手でこねたチーズケーキよりも、義妹であるあたしがわざわざパ○ポーで買ってきた、G○ttoの方がいいもんね♪」

「あらあら、既製品をこれ見よがしに……。高校生にもなってお菓子作りのひとつもできないなんて、ずいぶんと女子力の上限が低いですこと」

「これ見よがしに手作りアピールする重い女は敬遠されるのよ、

「「…………」」

 俺を挟んで後部シートの両端に座った黒髪の美少女と、快活そのものの義妹が周囲の景色や、車内の会話そっちのけで俺にお菓子スイーツを無理やり口元に押し付け合いしながら、見えない火花を散らしている……気がする。


「――う~~む、タイプが真逆なので案外合うかと思ったけど、ここまで馬が合わないとは」

 俺が現在家庭教師で教えている中学三年の笹嘉根ささかね 万宵まよいと、まるでこうなることを見越したかのように、勝手に上京してアポなし突撃してきた従妹にして義妹の野村のむら真李まい(高校三年)。

 奇しくも黒と白のセーラー服二人組であるが、出会った瞬間から『とんかつはペラペラになるまで伸ばしたやつがいい派と厚いのしか認めない派』のように、不俱戴天の仇として敵意を見せ合っているのだった。


“まあ原因は明らかだけど……とりあえずお弁当でも食べる? 時間がなかったので白米を握って中に梅干しを入れたただけの普通のおにぎりだけど”

 助手席に座っていた霊子(仮名)が半身を傾けて、アルミホイルに包まれた三角オムスビを差し出す。――ま、多分これも実際にはいつの間に俺自身が作って持ってきたものだろう。


「「握り飯が三角なのが普通だなんてありえないよ(ませんわ)!」」

 途端に息を合わせてダメだしをする真李と万宵。

 おっ、思いがけずに和解が成立したか……と思ったのもつかの間――。

「普通は仙台味噌をつけて丸く握ったものだよおおおおお!!」

「おむすびの定番は具材を混ぜ込んで作る、上品な俵型ですわよ」」


 いや、俺的には三角だろうが丸だろうが、海苔だろうが塩だろうが味噌だろうがどーでもいいのだが(だが小松菜で包んだ東京おむすび、お前だけはダメだ)、三人(?)掛りで俺に喰わせようとしているスイーツとおむすびのコンボって、かなり凶悪ではないか?

 まだ抗生物質が充分でない昔は、糖尿病患者がこの死のコンボに泣きながら、隠れてチョコと飯食ったって聞いたことある。


 ……つーか、なぜこうなった???

 つい朝まではごく平凡な日常が繰り広げられていたはずが、思いがけずに樺音ハナコ先輩から避暑を兼ねて千葉にあるプライベートビーチ付きの別荘に招待され、そういうことならと万宵も誘ったところへ真李が唐突に襲来!


 なんか例の巨大怪獣の広報を本気にしたらしい。心配してきたとかなんとか言っているが、こんな具合で都会で暮らせるのかね? かつてアフリカのモザンビークでは、ハゲが光るのは頭部に黄金が含有されているから、というデマが飛んでハゲが次々と殺害されたそうだが。そんな阿呆な流言に乗せられないか、または怪しい宗教の勧誘――怪しいアジア人が接触してきて「全財産を寄付しましょう。そうすれば神と合体して永遠の生命を手に入れられます」といった、どう考えてもヤバくて胡散臭い話を本気にしないか、義兄として途轍もなく心配だ。


 なお、その怪しい宗教の勧誘員から教えてもらった呪文は、

『イア! イア! ハスタア! ハスタア クフアヤク ブルグトム ブグトラグルン ブルグトム。アイ! アイ! ハスタア!』

 というファンシーなもので、ある意味――。

『パラ○ルパラリルドリ○ンパ ティアラ○ティアナン○リリンパ』

『マハ○クマハリタヤ○バラヤン○ンヤン』

『パンプ○ピンプルパム○ップン ピ○プルパンプルパ○ポップン』

『テク○クマヤコンテ○マクマヤコン』

『ピピル○ピピルマプ○リンパ パパ○ホパパレ○ドリミンパ』

『パラ○ル・ピカル・クロ○ルム キラキラ・ラブリ・フェ○コール』

『テ○ニク・テク○カ・シャランラ~』

『リリ○ル・トカレフ・キルゼ○オール』

『ジュゲー○・ジュゲーム・ゴコウ○スリキレ・サミーデ○ビス・ブ○イラ・チキン』

『ピュル○クピュルリクビューティーフォー キューティーミ○キーチェケラッチョ ワクドキハートにドリー○ショック トイヤ』

 というどっかで聞いた様な呪文と相通じるもので、これで全財産を寄付しろとか、いまどき小学生でも騙されないような阿呆らしい勧誘内容だった。


 まあ普段から恥ずかしげもなく、

「サタンよ、ベルゼ○ルよ、そして墓の上○さまよう者よ、我のいけ○えを受け取り、黒き力を与えよ!」

 という小学五年生レベルの呪文を公道上で唱えてやり遂げた顔をしている、ある意味夢見る乙女である樺音先輩ならワンチャンあるかも知れないが、どういうわけかあの人のところにはその手の怪しげな勧誘が近づかないんだよな~。


 で、管理人さんがわざわざ車(例の空飛ぶドローンタイプの軽自動車)を出してくれることになり、恐縮しながら後部座席に三人ですし詰め状態となり、ハンドル(AIが自動制御してくれるハイテクカーだそうで、ハンドルはあくまで飾りだそうだが)を握る管理人さんの隣の助手席には、なぜかウチのロボット掃除機ノレソバと霊子(仮名)が鎮座している。


「……お前、地縛霊って設定じゃなかったのか?」

“前にも言ったけど、アンタと長く一緒にいるので霊気が安定して、アンタの五メートル圏内くらいなら一緒に出歩けるようになったし、ある程度物質化もできるようになったのよ”

 俺の脳内妄想とはいえ節操のないその態度に思わず半眼で問いただすと、スタープ○チナみたいな答えが返ってきた。


「こうしてフライングソー――小型偵察機を操縦するのも、皆さんで出かけるのも、ドリームランドに行って以来ですわね。……どういう経緯で行ったのかは全然覚えていませんけど」

 微妙にギスギスした人間模様渦巻く車内に、管理人さんの涼やかな声が響く。

「ドリームランドというと、奈良にあった遊戯施設ですか? ずいぶん前に閉園したと聞いてますけど」

 俺の問いかけに、軽く小首を傾げた管理人さんは、何かを取り繕うように「ほほほほほっ」と笑って話を変えた。


「そうそう、あの奈良空港の近くにあった施設ですわ。それはともかく――」

“奈良に空港はないわよ!”

 霊子(仮名)の妄言を聞き流して――ま、俺だけに聞こえる幻聴なのだから聞こえなくて当然だが――カーナビをいじる管理人さん。

「目的地は千葉県の夜刀浦やとうら市でしたわよね? おかしいわね、該当地が指定できないのですけど……本当にそこで間違いないんですか、学生さん?」


「お義兄ちゃんが間違うわけないじゃない。カーナビが古いか指定の仕方が間違ってるんじゃないの?」

 遠慮会釈のない真季に続いて、万宵もペットの黒蜘蛛(タランチュラに見えるのだが)を肩に乗せてそれに乗じる。

「もしくは頻繁にナビのアップデートをしていないかですわね。いけませんよ、手間を惜しんでは。過去にバックアップ取らずに、アップデートに失敗して終了したオンゲがあってですね……」


 カーナビとかいうハイテク機械は触ったこともないので、俺は先輩から送られてきた地図をスマホに表示して、霊子(仮名)経由で管理人さんに見せた。

「ここです。先輩の話では五万人くらいの市で、かなり閉鎖的な地域らしいので知名度は低いかも知れませんが、古くからの歴史と情緒ある湾岸都市とのことです」

 他にも誉主都羅権よすとらごん明王とやらを祀った仮面祭りがあるとか、ついでに住民の息がおしなべて魚臭いとか言っていたが。


「プライベートビーチではサザエやウニとか海の幸が採り放題なので、泳いだ後はそれで海鮮バーベキューをしましょう」

 と、要約するとそんなことを言っていたので今から楽しみである。

 あと口には出さないが、樺音ハナコ先輩のナイスバディや管理人さんの大人の色気溢れる水着姿を拝めるとあって、自然とテンションが上がるのも当然と言えば当然であった。


「ふふん、期待していてねお義兄ちゃん。成長した義妹のビキニ姿にハッとときめくこと請け合いよ」

 自分のスマホを取り出して検索しながら、何やら自信ありげに胸を張る真季。

 参考資料にしたらしい『み○き』とかタイトルが踊るアニメのオープニングを、繰り返し見せつけてくるのだった。


「ふっ――」

 途端、冷笑を浮かべる万宵。

「滑稽ですわね。漫画と現実とをはき違えるなど。そもそも先生は常識をわきまえられているお方。義理とは言え妹に劣情を催すなど……ましてや、恋愛感情を抱くなどという不謹慎なことはあり得ませんわ」

「なんだと、このパッと出の中学生が!」

「あら、十八歳と十五歳。三歳差くらいが世間ではちょうどいい年齢差ではありませんこと?」


 当事者おれを挟んでエスカレートする戦い。

 万宵はどこに隠していたのか、いかにも『あっしは毒持ちですぜ、いっひっひっひっ』という感じの蜘蛛を複数種類、号令ひとつで攻撃に放てる体勢になり、それに対して真季はウチの流派の奥義である天地魔……じゃなかった、天覇必殺てんぱひっさつの構えを取った。


“夏のアバンチュール。恋のさや当てね。嬉しいんじゃない?”

 助手席の霊子(仮名)が冷やかしを飛ばすが、狭い車内でおしくらまんじゅう状態の俺としては嬉しくもなんともない。


「しょせんは家族愛を曲解した義妹の錯乱と、恋に恋する中学生の疑似恋愛だからなぁ……」

 遊びと割り切って一時の快楽に身を任せるほど、俺は無責任にはなれん。だいたい義妹と教え子に手を出すなんて、どんだけ性獣だ!?


「だいたい恋愛事って面倒な上にどーあってもしこりが残るからなあ。ウチの大学に今年入学した同期生で幼馴染三人組っているんだけど、一番目立たない見るからに地味な子を中心に、金持ちで美男子の御曹司と親友……と思っていた、へらへらした眼鏡女子という構成なんだけど、その子が十年前に結婚を約束した男と再会。それを皮切りに実は地味子に片思いしていた御曹司の片思いと妨害工作。さらには親友だと思っていた眼鏡っ子の裏切り――」

『本当は出会った時からアンタの事を好きじゃなかったのよ。かえで様(御曹司の名前)に取り入るために利用していただけなのに、気づかないなんておめでたいわね』

「そんな感じで表面上平穏だと思っていた人間関係が、去年一年間で愛憎渦巻く少女漫画みたいになってしまったという……」


 付け加えるなら地味子には自称「ラッキースケベの呪い」がかかっていて、本人の意図しないところで突っ転んだ拍子に男子のズボンをズリ落としたり、シャワー室の掃除に入ったら全裸の彼氏と対面したり――という状況にあったとか、鬼だの天狗だのと寝ぼけたことをウチの同好会『超常現象研究会』に来て、切々と訴えていたものである。

 なお御曹司は旧帝大を楽に狙える学力があったのに、彼女目当てでストーカーばりにうちの大学に入ってきたし、眼鏡っ子も何もなかったかのような顔でその彼を狙ってついでに入学したらしい。


「そういうわけで、サークラの姫がひとりですべてを壊して水泡に帰するように、恋愛が絡むと義理も人情も友情も木っ端みじんになるなるからなぁ。――という話を聞いてどう思う真季?」

 幼馴染とかストーカーという意味では非常に近いポジションにいる義妹に話を振ってみた。

 人のフリを見て我が身を直せ……という意味合いを持たせた俺からの問いかけに、真季は小馬鹿にしたかのように鼻を鳴らして言い放つ。


「去年の話ってことは全員が高3の時じゃない。受験生が勉強しないで恋愛とかにうつつを抜かして、色ボケするんじゃないわよ」

「お前が言うな、お前が!!」

 他山の石どころか、道端に落ちている小石ほども関心を示さずに、こんな時だけ真っ当な意見を口にする真季に、思わず俺からツッコミが反射的に入った。


「ちなみにですが、その混乱した四人の恋愛模様は現在どうなっているのでしょうか?」

 中学生らしい好奇心旺盛な万宵の質問に、

「ああ、それなんだが意外なことに……」

 言いかけたところで、ナビではなくて目視で目的地へ向かうことに決めたらしい。延びたコードをいつもかぶっている金魚鉢へ接続して、ジョイスティック型のハンドルを操作していた管理人さんが、渡したままの俺のスマホを返してよこした。

「お電話がはいっているようですよ、学生さん」

「あ、すみません」

 一言礼を言ってスマホを受け取り、電話に出てみる。


「(ヒソヒソ)きっとどっちの男がいいのか秤にかけて……」

「(ヒソヒソ)最終的にチ○ポのでかい方を秒で選……」

 その間に何やら不謹慎な憶測を交わしているJCとJK。


『あたしメリーさん。メリーさんメインヒロインなのに出番が少ないの……!』

 テンプレもそこそこにメリーさんのハイテンションな声が耳に響いた。

「――熱波の最中、真夏に聞くお前の声って田舎の蝉時雨よりも頭に響くな」

 うんざりしながらイヤミ混じりに返すが、当然気が付いた風もなく、

『蝉と言えば、メリーさんたちアブラゼミだかミンミンゼミだかツクツクボウシだかがやたらうるさい、昭和テイストの謎の隠れ里に来ているの……』

 そういうメリーさんの背後からヒグラシの声が聞こえてくる。


「ヒグラシじゃないのか……? あと前回の男の娘村に続いてまた隠れ里か」

『このへんには多くて、風来の○レンの○影村みたいなものなの。怪しい土着の風習の中、おはぎに縫い針を混ぜ込んだり、ナタ持って襲ってくる女子高生とか、面倒な上に腹立つソシオパスな村人全員が、最終的に祭りの日に殺し合いのバトルロイヤル始めてるし……』

「どうせお前が元凶というか、何人か先にぶっ殺してトリガーを引いたんだろう」


 俺の慨嘆に構わずにあっけらかんと言い放つメリーさん。

『それは誤解なの。あれは正当防衛なの。第一クックロビンはエドガーとアランを待っていて、勝手に窓から落っこちただけで、誰が殺したってわけじゃないの……』

『パ○リロ?』

『あー、ポ○の一族ですね』

 意味不明なメリーさんの自白にオリーヴとスズカの合の手が聞こえた。


『ま、メリーさんたちは最終的に全滅した村人のとどめを刺して、お社に安置されていたドラゴンポールを回収できたからどーでもいいけど……』

「お前には死者を悼むという発想はないのか!?」

『可哀想なの。可哀想すぎてメリーさん夜しか眠れないの……』

 駄目だ。話せば話すほど馬脚があらわになる。


「「このこの!!」」

 眩暈を覚える俺の視界の端で、いつの間にやらキャットファイトに突入した真季と万宵。双方の背中やスカートの下から、蝙蝠みたいな翼や先端の尖った尻尾、トラジマ模様の蜘蛛の多脚と放たれる糸といったあり得ないギミックが見えたような気がするが、混乱で頭がどうにかなっているのだろう。

 人間の認識と記憶なんてものは、案外曖昧で信用できないものだからなぁ。


「あら大変っ。いつの間にか後方に未確認飛行物体が接近中ですわ!」

 そこへ切迫した管理人さんの声が響き、慌てて後方を確認すれば、こちらの軽自動車を遥かに上回る大型車――嫌にトゲトゲしいフォルムで、なおかつ妙に垢抜けないデザインの――が背後に急接近してきて、なおもこちらに向かって直進をやめない。


「どこの所属でしょうか? 宇宙交通法違反ですわ」

「あー、これが噂に聞いた煽り運転って奴ですか。きちんとナンバーを控えて警察に届けたほうがいいですよ」

 俺は即座にスマホを録画モードにして、ほとんど手を伸ばせば触れられるほどまで近づいてきた大型車を録画する。


 なお俺以外の面々は、

「もしもし、宇宙警邏隊ミルキーウェイ銀河支部ですか?」

 どこかへ(多分警察)へ連絡する管理人さんと、

「うわ~、ダサい宇宙船」

「見よう見まねで、とりあえず造りました感が満載のセンスのなさですわね」

 第三者の介入で戦いを一時棚上げして、迫る大型車について酷評する真季と万宵。

“ぎゃああああああああああっ! 宇宙人よ! 宇宙からの侵略者に捕獲されるんだわ!!”

 そして、ひとり取り乱す霊子(仮名)という混沌としたありさまだった。


「アホらしい。宇宙人なんかいるか。仮にいたとしても地球に来る確率なんて、霊子(仮名)おまえが俺と結婚する可能性くらい低いぞ」

 つまりはゼロと言うことである。

“いるわよ、宇宙人で侵略者がっ!”

 管理人さんを指さして絶叫する霊子(仮名)。

 失礼な奴だ、通話中のメリーさんを含めてこの場で唯一の常識ある女性である管理人さんをイロモノ扱いするとは。


 と、警察と通話途中の管理人さんが困ったように後部座席を振り向いて言った。

「救助を要請したのですが、いま担当者はヤマンソ対応で手が離せないそうで、代わりにゾ○フィなら来られるそうですが?」

“止めて~~っ! ゾ○ィーならともかく、ゾ○フィだけは呼ばないで~~っっっ!!!”

 さらに錯乱する霊子(仮名)。


 そこへとどめを刺すかのように、どこからともなく謎の声が聞こえてきた。

《我々はチョー・チョー人である。そこの飛翔体。現代地球人のサンプルのために捕獲する。チョー、チョー最高!》

「ああ、チョー・チョー人ですか。どおりで……」

「芋臭いわけよね」

「しょせんは原住民ですもの」

 なぜか納得した風味の管理人さん、真季と万宵。

“いやああああっ! ここにいるのは地球人のサンプルからは逸脱した面子ばかりなのにぃ!”


 霊子(仮名)だけが大騒ぎする中、俺たちの乗っている軽自動車は後ろから来た大型車についに追いつかれ、パックンチョと飲み込まれるようにして内部に収納されたのだった。


『あたしメリーさん。なんかメリーさんの目が届かないことをいいことに、勝手にハーレムを作っている気配がするの……! とっとと残りのドラゴンポールを集めて、そっちに戻るの……!!』

 直前に迫りくる敵軍を前に、大量のガソリンを噴霧して一気に火をつける覚悟を決めた転生戦国武将みたいなメリーさんの声が響いた。

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