番外編 あたしメリーさん。いまお祭り騒ぎをしているの……。(前編)

 鬼城きさらぎ首都鬼ヶ島ランド。

 ニンゲン国と隔てる二級河川・鬼怒鞘川きぬさやがわへ、数人の鬼が並んで何やら肩に荷物を担いで、鼻歌を歌いながらやってきた。

「♪キサキサきさキサー鬼城きさらぎのー、鬼ヶ島ランドへいらっしゃい♪」

「昔も今も変わらず」

「鬼の里市民のオアシス」

「キサ―、鬼ヶ島ランド鬼ヶ島ランド♪」


 その様子を物陰から覗っていたメリーさんが、軽く冷や汗をかきながら呟いた。

「あたしメリーさん。歌いながら戦うとかシン○ォギアなの。てゆーか、あのメロディは宮城県民なら親の小言よりも耳にした、ベ○ーランドのCMなの……」

「……いや、何よそれ?」

 戦慄しているメリーさんをジト目で見据えるオリーヴ。

「宮城県の県民歌なの。あと昔は近隣の県でも流していたので、一定の年代の東北民なら誰でも耳に残っているの。例えるなら『♪せっんねーん、ねむる、まちはふんふふーん♪』って感じで、ガ○アンとバ○ファムの歌詞はだいたいテキトーになるけど、メロディはだいたい覚えているようなものなの……」


 知ったかぶりを発揮するメリーさんの説明に、

「「「????」」」

 頭の上に大量の疑問符を浮かべるオリーヴ、ローラ、エマ。

 それを横目に見ながら苦笑いを浮かべるスズカ。


「ガ○アンとか、当時でもマイナーでしたからね。私は好きですよ、蛇腹剣とかダッシュホイール、ドリルブレードとかの多彩な武器に独特の世界観が。――まあ、歌詞は空歌でしたけど」

「だいたいがガ○アンソードの話になるのがメリーさん的には不満なの。高橋作品は人間関係の深さを語るべきものなの……!」

「ん~~、あれって主人公とヒロインが良い子過ぎて個性がなかったですからね」

「その代わり敵の親玉であるハゲのオッサンのキャラが立っているの! 全裸シーンも公開して、ほぼヒロイン枠も占有しているし、あと次点で主人公の味方の髭のオッサンが目立っていたの……!!」


 敵と脇役のオッサンが人気を集めた時点で、作品として失敗なのでは……? と思うオリーブたちであった。


「つーか、メリーさんあんたいつから宮城県民になったの?」

 怪訝な表情を浮かべた――相変わらず脳味噌にホテイアオイが群生してるわね、という徒労と達観が半々な――オリーヴの質問に胸を張って答えるメリーさん。

「あたしメリーさん。五月十三日(金)付けで設定が変わるのっ……!」

「「「「設定って何よ(なんですか)っ!?」」」」

「今度メリーさんがコミカライズ化されるのに合わせて、出身地の設定が宮城県になったの。とりあえずジャ○が原住民の標準装備で、夏になると商店街に吹流しが飾られて、初売りには茶箱が現役で、お土産には喜○福。国分町で飲んで〆に仙台辛みそラーメンを食うのが正しい仙台市民の在り方。あと牛タン食べたきゃ、テキトーに牛タン通りに行けばいいの……」


 そう力説するメリーさんの取って付けたようなお国自慢に、

((((胡散臭いくさーっっ!!!))))

 そう思うオリーヴ、ローラ、エマ、スズカの四人であった。


「ちなみに漫画版の第一話だとメリーさん仙台駅から在来線で東京駅まで行くので、途中の原ノ町と水戸あたりで乗り換えて、上野駅に到着するのが夜中の0時過ぎになって、さらに山手線の始発が四時五十分ごろだから、それまで四時間以上メリーさん上野駅で何やってたのかしら……?」

 コテンと小首をかしげるメリーさんに、オリーヴが食って掛かる。

「あんた当人が知らなきゃ、私が知るわきゃないでしょう!!」

(……寝ぼけながら迷いまくってたんだろうなぁ)

 傍らでそう思うスズカであった。

 深夜の上野駅構内を、抜身の包丁持って寝ぼけながら徘徊する幼女メリーさんの姿が脳裏に去来する。


「「「「やへやへほーっ!!」」」」

 そんな風にメリーさんたちが益体やくたいもない戯言たわごとを喋っている間にも、木製の船着き場の先端まで行った鬼たちが、それ――人ひとりをむしろで簀巻きにした蓑虫みたいなのを、景気よく水面に向かって放り投げる掛け声が響いた。


 盛大な水音に続いて、

「ぎゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁ……!?!?」

 メリーさんたちのいるところまで聞こえてきた、聞き覚えのある断末魔の絶叫を耳にして、ローラがそっとハンカチで冷や汗を拭うのだった。

「いつの間にか姿が見えなくなっていたと思っていたら、また鬼ヶ島に潜入しようとしていたんですね、桃太郎さん」

「今日はお祭り日だから割と無礼講って聞いてたんだけど、さすがに女装したハゲが混じっていたら警戒されるよね~。そう考えるといなくて逆に助かったかも」

 エマもそれに同意する。


「メリーさんもそう思うの。だいたい『ゆかり』『かおり』『あかり』『うめこ』ときて、ここにいきなり『ひろし』が混じるなんて違和感のかたまりなの! 五人揃って龍造寺四天王とか、女子高に置いてあるスケベ椅子くらい違和感があるの……!」

「なんでここでフリカケのネーミングをたとえに出さなきゃならないわけ!? つーかさ、仮にも一度は行動を共にした人間が目の前で始末されたんだだから、もうちょっとは悲しみなさいよ!」


 オリーヴの至極まともな説教に対して、メリーさんは今日の祭りのために新調した着物姿のまま、とっくに流されて姿の見えなくなった簀巻きの行方を追って視線を下流に向けてから、どーでもいい口調で「ふっ」と鼻で笑った。

「中身が見えていなかった以上、シュレーディンガーの桃太郎なの。だったら嫌な現実とか、気にするだけ無駄なの……」

「その“寝なければ月曜日は来ない理論”は根本的に間違っているわ!」


 全力で現実逃避するメリーさんに対して、頭ごなしに否定をするオリーヴ。


「あたしメリーさん。そもそも“鬼退治”とかいう、登山という死と隣り合わせの趣味同様に、頭悪いテロリズムを実行しようとする奴が悪いと思うの……」

 だがしかし、全く動じることなく桃太郎の存在意義を全否定するメリーさんであった。


「ともあれ全員準備は万全――着物は着たの? 丸太は持ったの? いくぞ英雄王、ネタの貯蔵は充分か……なの!?」

「「「「持ってないわよ(ません)(ませんよ)!」」」」

 本日の祭りに合わせて着物を着ている全員が丸太の有無については首を横に振った。


「というか、桃太郎さんがいない時点で、鬼ヶ島に攻め込む口実がないのですが?」

「あ」

 ローラの懸念に対して、そーいえばそーね、といまさらながら目的と過程が入れ替わっていることに気が付くエマ。


「そんなもん祭りのドサクサに紛れて鬼のお宝を分捕ってくるに決まっているの。だからオリーヴとか、いつもの調子で飲み過ぎないように注意するの。オリーヴは酒の肴に塩さえあればいくらでも呑むから……」

「どんな酒豪よ!? 十七歳の乙女に、根も葉もないデマを飛ばすんじゃないわよ!」

 猛反発するオリーヴと、

「そういえば上杉謙信の死因がそんなだったような……」

 歴史上のトリビアを思い出して心配するスズカ。


「千年にひとりの美少女が二十歳になったばかりの時に、そういう飲み方をしているって答えた事例もあるの……」

 ついでにどーでもいい実例を挙げてから、とことこと鬼ヶ島目指して歩き出したメリーさんの肩を掴んで、すかさずローラが止めに入った。


「それはともかく、ご主人様のその着物の着たかはいろいろと間違っています。せめて合わせは左前はやめてください」

「メリーさんいつでも死を覚悟しているの……」


 懲りずに減らず口を叩くメリーさんであった。


***********


 持っていた店の古本――『モモーン山○嵐』とかいうタイトルの手塚治虫の作品らしい――コミックスを読み終えたところで適当にカバンにしまって、

「やはり昔の漫画は密度が違うな。一冊読み終えるまでに『BL○ACH』なら三~四冊は読める気がする」

 感慨に浸りながら電車の中で暇つぶしにスマホを見ていたところ、『MeetTube』と呼ばれる動画再生サイトに、『実録・メリーさんの恐怖!』という明らかにヤラセ臭い企画モノ――古ぼけてヒビ割れ、片眼がないフランス人形が闇の中に立っているという、非常にありがちなタイトル画面から――があった。


 カラオケの謎映像みたいなおもむきはあるが――。

「でも実際のところ、物理的にこんな壊れかけの人形、蹴り一発で倒せるんじゃないのか?」

 思わずツッコミを入れると、同じような感想がすでに書き込みされていて、それに対して、

《「メリーさんは心霊的存在なので物理法則に囚われないのだ。」》

 という反論が寄せられていた。


「――そうなのか?」

 気になったので直接本人メリーさんに電話をして確認してみる。

『あたしメリーさん。そんな便所の落書きとメリーさんをいっしょにするな、なの! ぶっちゃけスーパーロボの「レッ○゛バロン」とバイク屋を一緒にしているようなものなの……』

 途端、激昂するメリーさん。


 まあ、ぶっちゃけ俺的にはレッ○゛バロンもマッ○バロンも区別はつかないのだが……(どっちも赤いし)。

 なお、『胸にライオンが付いているロボット』と言われて、「ダル○ニアス」と答えるか「勇者ロボ」と答えるか、「トランス○ォーマー2010」となるか「戦隊ロボ」となるかで、その人物のだいたいの性癖と年代に目星がつくところである。


『てか、壁抜けとかそんな能力があるなら、メリーさん物理包丁で刺しに行かないの。ま、あなたに関しては変な虫がつかないように、メリーさん毎日呪っているけど……』

「呪うな! せめて祈っておけ!」

『あたしメリーさん。好きな相手は他の女にとられないように、とりあえず呪っとけってメリーさんの知り合いの、コミュ障でヤンデレな天狗の娘も言っていたの……』

「だから前々から友達は選べって言ってるだろう!」

『厳選しているの。なんと言っても金持ちなの……!』

 それは友人関係ではなく、単なる寄生だ。


 あとどうでもいいが、メリーさんの背後で珍しくスズカが声を張り上げエキサイトして、何やら盛んに言い争っている声が聞こえる。


『う○ろう! 味噌煮込みうどん! ひつまぶし! きしめん! 天むす! 小倉トースト! どて煮! あんかけスパゲッティ! カレーうどん! 味噌おでん! 味噌カツ! 手羽先唐揚げ! 台湾ラーメン! エビフライえびふりゃー! 名古屋コーチン! スガ○ヤラーメン! 鉄板ナポリタン!』

『萩○月! 冷やし中華! 仙台牛! せり鍋! 牡蠣! はらこめし! 仙台ラーメン! 仙台づけ丼! ずんだ餅! 白石○麺! ふかひれラーメン! 気仙沼ホルモン! 石巻焼きそば! 油麩丼! 笹かまぼこ! さい○のおはぎ! マーボー焼きそば! 痛風鍋!』


「……ご当地グルメ自慢か?」

『メリーさんもよくわからないけど、鬼に「こごは東北最大の都市で唯一の政令指定都市だがら、見どごろもグルメもいっぱいあっから目いっぱい楽しんでいぐどいいっちゃ」と言われて、なんでか知らないけどスズカが「ほほう、日本第二の都市である名古屋出身の私相手にマウントですか」とキレたの……』

「――いや、第二の都市は大阪だろう?」


『メリーさんもそう思うけど、名古屋人は大阪を無視する傾向にあるの。きっとそのむかし“首○消失”で名古屋に臨時政府が置かれて以来、現実とフィクションとの違いが曖昧になっているに違いないの……』

「その結果がマウント合戦か。不毛な……」

 敵出します→倒します→前の敵より強い敵出します→パワーアップして倒します

 漫画でもインフレ合戦の繰り返しになると面白くなくなるんだよなぁ。


『あたしメリーさん。だけど子供はそれを求めているの。嫌なら近○麻雀でも読んどきゃいいの……』

「あからさまに竹○房に媚びを売るな、媚びを!」

 コミカライズ化が決まったので、出版社に思いっきりゴマをってるな、この幼女。


「グルメと言えば、最近は生ハンバーグとか鳥刺とかが流行だと聞いているが……」

『寄生虫とか大丈夫なのかしら? 焼肉生ユッケの時も思ったんだけど、日本人の何としてでも生肉を食べたいという飽くなき情熱は何なのかしら……?』

「本能じゃないのか?」

 最近は本州にもエキノコックスがまん延しているらしいので、怖くて生肉とか食えんけど。


「ま、いい(阿呆な子供の相手をするだけ無駄だし)、そんでもって動画の続きを見ると、メリーさん対応策として壁を背中にするとかあるんだが……?」

『そん時はメリーさん、隣の部屋から壁越しにマグロ包丁(刃渡り一メートル)を突きさすの。箱に入った人間を剣で刺していく、リアル○○危機一髪なの……』

 刹那、時代劇で天井裏に潜んでいた忍びが、達人の槍で刺されて、咄嗟に血の付いた穂先を布で拭って証拠を消し、

「……気のせいか……?」

 と誤魔化すシーンが俺の脳裏にフラッシュした。


「あとは床に背中をつけて這い回るとか――」

 自慢ではないが、這い回ることにかけては俺の右に出る者はいないと言っても過言ではない。

『おーっ! VSアリ戦の時の猪木スタイルなの! だけどメリーさんに死角はないの。そーいう時には、床下からでっかい包丁を突き刺して、逃げる気配を追って縦横無尽に切り裂く必殺技“人形殺法メリーシャーク”の餌食になるだけなの……!』

「お前は1000万パワーの牛の超人か!? あと言っとくけど、最近はその剣で串刺しとか、ノコギリで胴体を真っ二つとかのマジックは『残酷な描写である』というわけで禁止されているんだからな!」


『阿呆みたいな理由なの。てゆーか、そんな七面倒臭いことしなくても、寝そべっているんだから正面から包丁を突き刺せば終わりのような気がするけど、あなたの場合はトートの短剣を使わないと効果がない気がするの……』

 変なテンションが落ち着いて、いつもの戯言を口にするメリーさん。

「いや、背後から刺さなきゃメリーさんじゃないんだろう?」

『そんなもの誰が決めたの? 「あたしメリーさん。いまあなたの後ろにいるの……」と決め台詞を言った後で、後ろから刺すとか勝手に想像しているだけなの……』


「……確かに」

 言われてみれば最後、「あたしメリーさん。いまあなたの後ろにいるの……」と背後から声が聞こえたとあるが、そのまま背面から攻撃を受けたという描写はないな。

『とはいえ、夜の部屋……メリーさんとふたり……何も起きないはずもなく……』

 

 何やら意味ありげに囁いているメリーさんを無視して、俺は車内の表示を確認する。

「……そろそろ目的地か」

 ついでに時間を確認をして席を立つ用意をする。

『あたしメリーさん。どこかに出かけるの……?』

「ああ、例の新型君ウイルスの影響でバイト先がほぼ開店休業なので」

『というか、いつまでたっても新型のままなのね。ガ○ダム世界ワールドなら、とっくに型遅れになっているのに……』


 現実にそうホイホイ新兵器が開発されてたまるか。

 どこぞの戦争でも各国の在庫一掃セールで、いらん兵器を送りつけて「○○億ドルの支援」とか吹聴しているだろう。


「で、先輩の紹介で今度バイトを増やすことにして」

『先輩というと、あなたが入っている『士道不覚悟』とか標榜ひょうぼうしている弱小人斬りサークルだったかしら……?』

「新撰組じゃない! ともかく中学生の家庭教師をすることになって――」

『中学生……? JCなのね!?』

 即座に断定するメリーさん。

「……いやまあ、そうだけど」


 ちなみに名前は〝笹嘉根ささかね 万宵まよい”。中学三年生らしい。

 両親は共働きで日中は独り暮らし。

 学校の同級生――特に女子と折り合いが悪くて、ずっと不登校を貫いているとのこと。


『また新しい女が出てきたの! なろう主人公なの! きっと騙されているの! 東京の女は絡新婦ジョロウグモみたいに陰湿なの。捕まって生気を吸われるの! だから変な女に引っかからないように、都会では常にホモ雑誌を携帯しておくべきなの……!』


 携帯の向こうで相変わらず意味不明な主張を捲し立てるメリーさん。


「わかったわかった。一応、お土産に『バラ○ック』の超合金も持ってきてあるから大丈夫だ」

 問題ない。

『なんでよりにもよって、一番マイナーな「バラ○ック」なの?! マグネロボシリーズマグネモでもメジャーな「鋼鉄ジー○」とか妙なマニアがいる「ゴー○ム」か「ガ・○ーン」ならともかく、ある意味マグネモに終止符を打った、タイ○ボカンシリーズの「イタダ○マン」か、どー見ても寿司屋の兄ちゃんフェイスなのに、七光りで主役をやった挙句ヒロインにセンターポジションを奪われた「シャ○ダー」ポジションの作品なの……!』

「いや、俺的には結構好きなんだが(ヒロインのビジュアルとか)なぁ」

『だいたい中学生で引きこもりとか、その時点でアウトなの。両親の負担とか、ぶっちゃけドラ○もんを居候させている野比家みたいなもんなの……』

「むしろオ○゛Qを飼ってる正ちゃんの両親の負担の方がハードだと思うが」


 そんな話をしている間に俺は地図アプリに従って、例の中学生が待っているという、ちょっと日本離れした洋館にたどり着いていた。

『笹嘉根』

「……ここか」

 しっかりと掃除はしてあるようなのだが、なぜかあちこちに蜘蛛の巣が張ってある屋敷と敷地を眺めて、俺はスマホをポケットにしまって玄関のチャイムを鳴らした。

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