番外編 あたしメリーさん。いま鬼ヶ島を目指しているの……。
【異世界・鬼ヶ島】
「フハハハハハ! 人の世に
背中に『日本一』と書かれたのぼり旗と、なぜか
「なんだべ、まぁた桃太郎出没する季節になったのが?」
「面倒臭えな」
「騒がれるどうるせえがら、誰が手の空いでる奴ぁ適当さ相手してけれ」
食傷気味の鬼たちが不承不承野良仕事の手を休めて、パラパラと桃太郎の周囲に集まってきた。
「恐れを知らぬ鬼たちよ! おののくがいい! さらには漢字検定三級、簿記実務検定三級、商業経済検定二級、ワープロ検定――」
興に乗って自慢しまくる桃太郎の口上を、手近にいた鬼が軽く手を上げて遮る。
「それって商業高校卒業したら、大抵とれる資格でねぁーのが?」
「…………」一瞬『なんで鬼ごときが知ってるんだ……?!』という表情で言葉に詰まった桃太郎だが、何事もなかったかのように続ける。「T○EICのスコアはなんと923点!」
「あんちゃんこ(※ガキっぽい兄ちゃんを指す)、T○EICは5点刻みだべ」
即座に鬼からツッコミが入った。
「――ふっ、T○EICでなくてT○EFLの間違いだ」
「T○EFLは最高点が120点なんだが?」
「…………」
「「「…………」」」
その場に気まずい沈黙が落ちる。
「――黙れ、悪の化身。邪悪な鬼たちよ! いかに僕の闘志を挫こうとも、この現代に生きる日本一の桃太郎に敗北の二文字はない!」
「
逆切れする桃太郎を前にして、「やれやれ」と辟易した調子で鬼が肩をすくめるのだった。
「つーが、桃太郎にづぎものの犬、猿、雉の仲間はどうした? 姿がみえねぁーようだが」
伏兵で潜んでいるのかと、キョロキョロと周りを警戒する鬼たち。
そんな鬼たちに向かって、桃太郎が歯噛みしながら答えた。
「奴らはいない。こともあろうにこの日本一の桃太郎を戦力外だとかぬかして、パーティから追放して勝手にどっかに行ったからな。――所詮は畜生、あん畜生どもがーっ!!」
「「「うわぁ……」」」
「代わりにいっそ冒険者でも雇おうとしたんだが、キビ団子では報酬にならず、仕方ないので《勇者第89代目桃太郎》の権限で、近隣の村人の協力を求めようとしたんだが、どいつもこいつも『赤紙一枚で命なげでいられるが!』『醤油そのまま、一升瓶でラッパ飲みすればいいって聞いだぞ』と、尻込みして今朝になっても集合場所に誰も来ないし」
憤懣やるかたない調子で、その場で地団太を踏む桃太郎を前にして、鬼たちも微妙に気勢を削がれた調子で、
「まあ気にするな」
「そのうぢ良いごどもある」
「けっぱれ。人生なんてほいなもんだ」
ポンポンと気楽に肩を叩いて慰める鬼たちの手を振り払う桃太郎。
「鬼ごときがこの日本一の桃太郎を憐れむな~~っ!! ――だが調子に乗っていられるのもここまでだ。なぜなら、この逆境で覚醒したチート能力があれば、貴様ら鬼など物の数ではないからである! ということで、問答無用! 行くぞ鬼ども!!」
威勢のいい
「おっ、
「やしっこだからって、手加減はしねぁーがらな」
「おらの拳骨は痛えぞ」
鬼たちも即応して筋肉をモリモリさせて迎え撃つ準備を整える。
「――ふっ、愚かなり鬼どもよ。この日本一の僕が肉弾戦などという野蛮な行為をするわけがないだろう。見よっ、パーティを追放され目覚めた僕のチート能力を」
そう言いながら自分の乳首を摘んで、「ふんふんふんふん♪」と軽快にまさぐる。
その光景に金棒を持って踏み出しかけた鬼たちがたたらを踏む。
「うぎゃああああああああっ!」
「へ、変態だ~~~っ!!!」
「見るな、見ぢゃだめだ! 脳の病気移るぞ!」
ドン引きする鬼たちをよそに桃太郎の
「説明しよう。このへっころ村のデンジャラス・ライオンと呼ばれた桃太郎は、左右の乳首をゲームパッド方式によって操作することで、従えた魔物をコントロールすることができるのだ!」
素早く左の乳首を『↑←↑』(なぜか背後から「デンデンデン!」という効果音が響く)操作すると、地面に置かれた葛籠の中からスライムが三匹飛び出してきた。
「当方に迎撃の準備あり。うし、うし、うしっ、行け、スライム一号、二号、三号! ここで鬼退治を成功させ、身を立て名を上げやよ励めよ――じゃなくて、僕をバカにした奴らに『ざまぁ』と『もう遅い』をするのだ!」
すでに死語になった掛け声でスライムたちをけしかける桃太郎。世のため人の為とかは完全にお題目で、私怨と自己顕示欲で突っ走っているのが一目瞭然の態度である。
そのまま右の乳首を一秒間に十六連射する桃太郎。
「スライムアタック!!」
同時にスライムたちが一斉に躍りかかった。
――五分後――
「「「おらだづの勝ぢ!!!」」」
ガッツポーズをとった(異世界でガッ○石松が認知されているのかは不明だが)鬼が、無傷のまま高らかに勝利を宣言し、
「……ば、馬鹿な。この日本一の桃太郎が……?!」
金棒によってボコボコにされた桃太郎が地面に沈み、前もって仕掛けられていたトラバサミと落とし穴の罠に引っかかったスライムたちが、慣れた様子の鬼たちによって運ばれていく。
「つーか、
「鉄○28号以来の伝統的な弱点だっちゃ」
「んだんだ」
「この僕が……チート能力に目覚めた日本一の桃太郎が……」
虫の息でうわ言のように繰り返して、現実を受け入れようとしない桃太郎。
「プライドへし折られだエリートって脆いもんだなや」
「とりあえず見せしめに頭丸坊主にして、川さ放りなげでくるが」
「いーから、ぐずらもずらしてねぇで早ぐ行げ。勝手におらだづの縄張り荒らして、テロ行為すっぺどしたんだがら、断固どして相手国さ抗議して、賠償金取らねぁーどならねぁーな」
至極もっともな理由で(自称)日本一の桃太郎を簀巻きにして、ツルツルに頭を丸めた後、近くを流れるインクライスフィールド河の支流である
「「「やへやへほーっ!!」」」
謎の掛け声とともに放り棄てる鬼たち。
「ぎゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁ……!?!?」
「やずもねえごどすてすまった」
川の流れのままに遠ざかっていく桃太郎の悲鳴を背中で聞きながら、斬鉄剣でつまらんものを斬ったあとの五右衛門のように、鬼が野良仕事の続きに戻るべくこの場をあとにしたのだった。
*******************
『あたしメリーさん。で、川に遺棄されたのをメリーさんたちが偶然拾って、事情を聞いてたの。話してる間も自分の乳首を摘まみながら身悶えする桃太郎から……』
「もう一度捨てろ。そんな変態っ」
食事を終え、食器を返却口に戻した俺は、思わずスマホに向かって吐き捨てる。
つーか、異世界には変態しかいないのか? それともメリーさんが変態ばかり引き当てるのか?
『あたしメリーさん。せっかく拾ったのにまた捨てるなんて、ママひど~いの……!』
「捨て猫や犬と同系列に扱うな!! あと誰がママだ!? そもそもお前に母親がいるのか?!」
『そういえばいないの。もともとメリーさんはある天才人形師がブラジル旅行に行った時に、一人娘のメリーが虎に食い殺されたのを目の当たりにして、失意のままに飲んだくれて娘をモデルに――』
「……なんでブラジルに虎がいるんだ……?」
『動物園で目を離した隙に虎の檻の中に勝手に入っていったの……』
「大事な娘なら目を離すなよ! あとオリジナルもこんな性格だったのか!?」
なんか「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました。」という未亡人・久光さやかさん(29歳)からのメールに通じるツッコミどころ満載の話だな。
メリーさんの言うことは話半分……どころか、
「あと、なんで鬼が仙台弁を喋っているんだ?」
スマホの時刻表示を確認しながら、次の目的地へ向かってマスクをかけて大学の門を出る。
『鬼と言えば太古の昔から仙台弁と相場が決まっている
いや、その認識はもの凄く底が浅いぞ。だいたい鬼の本場と言えば京都の大江山だし、その場合は鬼も京都弁で「おいでやす」と挨拶するんだろうか?
『ふははははっ! ともあれ皆~っ、今度こそ力を合わせて鬼どもを退治するぞ!』
と、そこへ復活した桃太郎がいきなり音頭を取り出した。
『あたしメリーさん。自分の乳首を摘まみながら、知り合いみたいな絡み方しないで欲しいの……』
げんなりした口調のメリーさんの文句もどこ吹く風、桃太郎はメリーさんたちの顔(見た目だけは美幼女、美少女集団)を順に見回して、満足そうに頷く(気配がした)。
『そうそうこれこれ。パーティを追放された実は超有能な主人公が仲間にするのは、女ばっかりかスライムかの二者選択! しかしながら選べるならスライムより女に決まっている!』
隠すことなく赤裸々に胸中をさらけ出す。
『あたしメリーさん。別に仲間になった覚えはないんだけど、そーいえばこの業界ではなんで女ばっかりと、自称主人公がパーティを組むのか疑問なの……』
確かに効率的に考えても屈強な男たちと手を組んだ方が確実だろう。
「決まっているだろう。異世界に行ってチートで一発逆転……なんて夢見る男の現実を考えてみろ。周り中の野郎なんて自分より上のやつしかいないだろう。男としてのポジションが底辺なんだ。だから女か人外のスライムの二択になるわけだ」
『つまり読者が自分と同等かそれ以下じゃないと感情移入でき――』
それ以上はいけない!!!
「ま、まあそういうわけで、仮に男が仲間になっても、男の娘だったりまだ性欲を感じさせないショタだったり、既婚者のおっさんだったり、枯れた爺いだったと、決してオスとして主人公を脅かすことのないキャラなわけだよな」
『ついでに仲間になるモンスターがフェンリルとスライムとドラゴンだったら、それは
ともあれ、当面の問題はいつの間にやら有耶無耶のうちに巻き込まれた桃太郎の鬼退治である。
「――ま、ある意味千載一遇の機会かも知れないな。聞いたところ鬼退治は国策みたいだし、それを成し遂げた以上、いくら公爵家の娘とはいえジリオラにも凱旋を止める権限はないだろう」
『なるほど、
電話の向こうでメリーさんが〝ガ○×○ード”のオリジナル笑顔的な、ほくそ笑みを浮かべている姿がありありと再現余裕だった。
「もっとも聞いた感じ、その軟弱文系変態では鬼退治とか難しそうだが」
なにしろ集落の出入り口付近で野良仕事をしていた鬼に瞬殺だからな。まあ、もしかするとそいつらが名も無き修羅の砂蜘蛛ポジションだった可能性もあるが。
『大丈夫なの、ハッサンなんかただの大工の息子なのに超強いし……』
「大工の息子と寺生まれは特殊な能力を持っているものと相場が決まっているからなぁ」
あくまで伝聞だけど。
『あたしメリーさん。こういう時にはあなたに知恵を貸して欲しいの。メリーさんあなただけが頼りなの。うるうる……』
途端、殊勝な態度ですがってくるメリーさん。
「……なんだそのわざとらしい懇願は? 普段だったら『力こそ正義でパワーなの……!』と、強引な力押しでどーにかするところだろうに」
妙な不自然さを感じて確認してみれば、
『メリーさん、最近はこーいうキャラに路線変更しろって外部からの電波を受信しているの。あとさっきのモットーは、正確には「力が正義なのではない、ロリが正義」なの……!』
「毒電波だな、それは」
面妖なことであるが、可愛げが出る分には問題ないのでとりあえず放置することにした。
『そんなことないの。メリーさん前々から真剣な眼差しをしている時の、あなたの横顔って素敵だと思っていたの……』
「それって例えばどんな時だ?」
『限界まで●んこ漏れそうなのに、家族がトイレからなかなか出てこないときの人生をかけたような眼差しとか……』
一瞬にして馬脚を現したというか、メッキが剥げた瞬間である。
「――まあいいけどさ。で、なんか鬼側に隙とかないんかな?」
そう桃太郎に確認するようにメリーさんに伝える。
『ふははははっ。無論、この日本一の桃太郎の頭脳には完璧な作戦がある!』
自信満々に大言壮語する桃太郎。
『『『『『へーっ』』』』』
結婚、出産、離婚を経て【復帰した元アイドルが脱いだ】っていうくらい、どーでもいい――脱ぐならもっとピチピチしている時代に脱げば稼げただろうに、いまさら見苦しい――的な冷ややかな視線を桃太郎に向けるメリーさんたち。
『極秘情報によれば、三日後に鬼ヶ島で近隣の町村から選りすぐりの美人、美少女ばかりを集めて宴を開くらしい。そこで――変~身~っ!』
と、言いつつ濡れた衣装から早着替えで、葛籠の中に入っていた女物の着物に着替える桃太郎(ハゲ頭)。
そして、次の瞬間その場に現れたのは――。
『うっふ~~ん♡』
女物の着物を着て
『あたしメリーさん。それ何の真似なの……?』
『ふははははっ! 決まっている、こうして綺麗なお嬢さんに化けて、鬼ヶ島に潜入しようという完璧な作戦だ!!』
そう断言するハゲの佇まいを真正面から見据えて、
『どー見ても、〝きれいなお嬢さん”というよりも〝気の触れた
オリーヴがげんなりと呻いた。
しかし桃太郎は聞いちゃいない様子で、ほくそ笑むのだった。
『くくくくくっ、この僕に恥辱を与えた鬼たちよ。この美女に化けた桃太郎が、三日後の祭りを命日にしてくれる……』
『鬼も気の毒に……』
ドン引きしながらスズカがそう鬼に同情を寄せるのだった。
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