番外編 あたしメリーさん。いま避難所にいるの……。
〝豚の脳味噌パン”という、美味いんだが日本人には若干進歩的過ぎる総菜パン(投げ売りで一個九円だった)を食べているところへ、
『あたしメリーさん。ぶっちゃけそれって近所のキモいおっさんが早起きして、両手でペタペタこねくり回した物体に金払って食べてるだけで、その女子のエッセンスって一ミリも含まれてないの……』
「やかましいわ!」
テーブルの上で充電しっぱなしのスマホから、メリーさんの情緒も浪漫もない非情なツッコミが入る。
いやまあ俺だって彼女の手料理とか憧れるし、またせっかく都会にいるんだから、有名店の食べ歩きとかしてみたいのだが、いまだ有識者は「第○の波は必ず来る!」と口を揃えて警告しているため、
「そりゃ天災と同じでいつかは来るだろう」
と思いつつも、同調圧力に弱い日本人としてはハッチャケるわけにもいかず、いまだにコソコソとマスクをかけて人通りの少ないご近所を開拓して、なおも集団での飲み会などは自粛している昨今なのであった。
まあ、バイトは再開したし、大学の講習もリモートとはいえしっかり受けているので、忙しいっちゃ忙しいという理由もあるのだが。
『忙しいって言っても、月曜から金曜まで桜ヶ岡中学校の先生をして、掛け持ちで土日に地球防衛軍UGMの隊員として働く傍ら、ウル○ラマン80として怪獣と戦う矢○猛や、いまだに砂漠の中で救助隊を待ってシェルターに避難しているメリーさんたちに比べれば、全然激務じゃないの……』
「特殊な例を持ち出すな!」
二十四時間働くことに喜びを感じていた八十年代、働いただけ金が入ったバブル期のリーマンと同じに考えるな。
『それに比べると、令和のウル○ラマンって楽もいいところなの。そもそも自分がウル○ラマンだってことを周囲に隠してないし。いまだってすでに地球防衛隊の仲間六人のうち四人くらいにカミングアウトしてるとか……』
「……それは逆に教えてもらっていない、ふたりが信用できないと露骨に差別している、ある意味イジメなのでは?」
まあ昔のウル○ラマンも、他の宇宙人には正体ばれまくりだったので、隠している意味、あんまなかったとは思うが。
『軟弱なの! 昔のホモやオタクが日の目を避けて、闇に隠れて生きていたっていうのに、簡単にバラすとか、月○仮面に謝れなの……!』
つーかメリーさんも人の事言えんだろう。
「だいたい監視カメラで撮られまくっている現代社会で、そうそうバレずにいられないだろうし」
『!! あたしメリーさん。もしかして、メリーさんもバッチリ撮影されているの……?』
「まあ出刃包丁持った幼女が歩いていたら、普通に行動がトレースされるだろうな」
『プライバシーの侵害なの! 勝手にひとの行動を監視するなんて……!!』
自分の事は棚に上げて憤慨するメリーさん。
「気にするな。まだ日本はマシだぞ。共産国だったら即座に官憲にしょっ引かれるだろうし、アメリカあたりだったら、
『世知がない世の中なの。現代日本に帰ったら身の振り方を考え直すの……』
う~~む、これを機会にずっと異世界に定住してくれれば楽なのだが、「帰る」という目標はいまだに曲げる気はないようだ。
ちなみに前回砂漠に不時着したメリーさんたち一行なのだが――。
「そういえば、考えてみれば全員無事に不時着させたんだから、あのパイロットって性癖はともかく、腕は良かったんじゃないのか?」
『腕が良ければそもそも墜落しないと思うし、北斗と南に至っては墜落する戦闘機の中で合体する余裕があるから、ぜんぜん大したことないの……』
「合体の意味が違うような……。そういやあのロリコンはどうした?」
『とりあえずメリーさんが毒にやられた患部を切り取って応急手当をしておいたんだけど、気が付いたら体がライオンで頭が女の謎の怪物にクイズをしかけられて、間違った罰ゲームで食われたの……』
「ああ、スフィンクス(雌)だな、それは。お前らも下手に関わるなよ」
有名な「朝は四本足、昼は二本足、夜になる三本足になるものとは何か?」という問題が頭をよぎった。
『あたしメリーさん。ちなみに問題は「海にいて、逆さまにすると足が十本になる生き物とはなんでしょう?」というもので、あのロリコンは「イカ」と答えて丸のみされたの』
「……違うのか?」
『「貝」に決まっているの。逆さにすれば「カイ=イカ」なの……』
「ああ、そういう発想のクイズなのか……」
普通の発想では即座に出て来んわ。
『ちなみに第二問は、「壁に開いている直径十㎝の穴に、サッカーボールを通すにはどうすればよいでしょうか?」だったので、「ボールに穴を開けて空気を抜けば一発なの」と答えたの……』
「……チカラワザかよ、おい」
『第三問、「サスペンスドラマで最も盛り上がる場面(真犯人が判明した瞬間など)の次に、最もよくあるシーンとは、どのようなものでしょうか?」』
「えーと……」
『CMが流れるに決まっているの……』
「…………」
『第四問、「不細工で、頭も性格も悪い女がいました。でも、その女に「どうかお願いだから、結婚してくれ」と迫る二人がいます。それは誰でしょう?」』
「――――」
『両親なの』
『第五問、「交通事故がとても多発する大都会。その中でも特に怪我人が多い場所はどこでしょうか?」。――答えは「病院」なの。ということで、見事に全問正解したメリーさんは、賞品として二本目のドラゴンポールを手にすることができたの……』
『まさか、アンタの唯我独尊で大ボケな性格が、ジノ・スフィンクスのへそ曲がりな出題にナチュラルに噛み合って、無敵○リオみたいな状況になるとは思わなかったわ』
そこへオリーヴの心底うんざりと疲れた声が聞こえてきた。
確認してみたところ、その後メリーさんたち一行は、前回、偶然発見した井戸の近くに穴掘ってビバークしているらしい。
『砂漠では日中は穴を掘って直射日光を避け、罠をしかけてネズミを捕って生き血を飲めばいいと、メリーさん漫画で読んだの。砂漠のカリーマンなの……』
「ああ、あの漫画は参考になるからなあ」
ちょっと話のタイトルは違うが。
『あと、ナイフはワンアクションで、銃はスリーアクションなので、接近戦では包丁の方が銃より強いということも、マスター○ートンで習ったの……』
「そこは参考にするなっ。ただでさえ包丁を使った殺人とか通り魔とかジョーカーとか、タイムリーにヤバいネタなのに」
『??? 何でここで、男子便所マークみたいなジャッ○ー電撃隊の指揮官のコードネームが出てくるのか意味不明なの……? あと、メリーさんはあからさまなテコ入れなビッグ○ンは蛇足だと思うの。アレが出てから、主役が食われてほぼ「ビッグ○ン様と四人の戦闘員」になったし……』
「そっちのジョーカーじゃない!」
『じゃあファイブス』
メリーさんが何かボケたことを言いかけたところで――。
『うおおおおおおおおおおおおおおっ! 今宵は北斗七星の脇に伴星が輝き、かつてない規模で星辰が揃う運命の夜である!! 諸君っ、満を持して真なる我らが神をおいでいただくぞ!!!』
『『『『『おおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!』』』』』
まさに杞憂とばかり、外出を控えた代わりに宅飲みしているらしい、隣の部屋のサークルだか大学生だかが久方ぶりに盛り上がっていた。
「それ死兆星やないか?」
思わずスマホのマイクを押さえてツッコミを入れる。
なお、杞憂の語源は列子で、『春秋時代の中国は杞の国に、天地が崩れ落ちるんじゃないかと憂えて、夜も眠れず、食事ものどを通らない人がいた』故事から、最終的には『崩れるかもしれないし崩れないかもしれない、だから心配してもしかたがない』という結論に達する話である。
だからまあ、個人的には隣の能天気連中と同じで、あんまり悲観しても仕方ないから目先の事だけ考えて刹那的に生きたほうがマシだと思えるのだが……。
『あたしメリーさん。「失敗する可能性のあるものは、失敗する」とマーフィーの法則でも言っているの……』
そこへ絶妙なタイミングでメリーさんからの合の手が入った。
「……お前って本当に、他人のポジティブシンキングをへし折るよなぁ」
そういえば『地震を予知していたという人間は、地震が起きた後に湧いて出る』ともマーフィーは言ってたな、と思いながらげんなりと俺はスマホに返事をした。
『『『『『『暗黒のファラオ万歳! ニャルラトテップ万歳!』』』』』』
『『『『『『くとぅるふ・ふたぐん にゃるらとてっぷ・つがー しゃめっしゅ しゃめっしゅ にゃるらとてっぷ・つがー くとぅるふ・ふたぐん!!!』』』』』』』
『にゃる・しゅたん!』
『にゃる・がしゃんな!』
『にゃる・しゅたん!』
『にゃる・がしゃんな!』
と、隣の騒ぎが臨界に突入して、薄い扉越しに部屋に響き渡る。
『あたしメリーさん。「にゃーにゃー」と、どこかで猫を崇めている声が聞こえるの……』
「……ぶっちゃけはた迷惑だよな」
騒ぎを収めるべく、俺は隣へ一言声をかけに、渋々立ち上がって玄関へと向かう。
無論、マナーとエチケットとして不織布マスクを装備するのは忘れない。
『ふおりぬの……?』
「
『あたしメリーさん。ぶっちゃけ男の黒マスクは花沢高校の富岡だけど、女の赤マスクは原作とは全然別物だった、実写OVA版まぼ○しパンティのコスチュームを彷彿とさせるの……』
「なんでそう、普通の幼女が知らんことを知っているのかなぁ!? どこで覚えた?!」
俺の追及に対して、
『♪赤いパンツ~
何やら有名な童謡の替え歌を歌って誤魔化すメリーさん。
『あたしメリーさん。実在した横浜メリーさんという化け物といい、横浜って魔境なの……』
「横浜に対する風評被害も甚だしいぞ、おい!」
『風評といえば、ネットでよく見る東北民の芋煮バトル……とか? あんなコピペみたいにはならないの。そもそも芋煮に情熱を持ってるのなんて、山形と宮城のごく一部だけだし……』
というか、
『小学生だったアナタや、あの
思いっきり自業自得だった!!
「嘘をつけ! さすがにそんな歌は歌った覚えはないぞ。せいぜいツ○ッターで、〝きのこVSたけのこ”〝ポカ○スエットVSアク○リアス”〝赤○きつねVS緑○たぬき”〝吉○家VS松○VSす○家VSな○卯”〝ブタジルVSトンジル”〝絹ごしVS木綿”〝そうめんの氷、ありVSなし”〝福井ソースカツ丼VS会津ソースカツ丼”〝チョココロネをたべるのあたまからVSチョココロネをたべるのおしりから”〝みかんを剥くのはあたまからVSみかんを剥くのはおしりから”とかで議論になった時にアンチが湧いて――」
♪アンチ良い子だネンネしな~♪
「――という他意のない、子供らしい歌うたっていたくらいで」
〝嫌な子供ねえ……”
ともあれつっかけを履いて、玄関を開けてすぐに隣の部屋の呼び鈴を鳴らす。
「すいませーん、隣の部屋の者なのですが」
途端に慌ただしくなったかと思うと、ほどなくして顔全体を含めて全身にすっぽりと黒マスクをかぶった隣人が顔を出した。
「あ、すみません。うるさかったですか? 申し訳ありません。今日はどうも失敗のようなので、もうやめますから。どうもご迷惑をおかけしました」
意外な腰の低さでヘコヘコと頭を下げる隣人。
「いえ、別にそこまで気にはしていないのですが……ええと、何かお困りごとですか? 俺で良ければお手伝いしますけど?」
相手が常識人であれば俺の対応もそれに応じたものになる。
「いやいやいや、とんでもないです! お気持ちだけで結構です。あ、これあまりものですけど、どうぞ」
そう言っていまだ血の滴る山羊らしい肉の塊と、クレーンゲームの景品らしい金髪幼女ぬいぐるみを渡された。
「はあ……(どないせーと言うんだ、こんなもの!?)」
半ば無理やり渡されたそれを手に、生返事をした俺を相手に用件は済んだと思ったのか、さっさと切り上げて、扉を閉める隣人。扉越しに、
『くそっ、やはりニャルラトテップ様の召喚は失敗だったか!』
憤懣やるかたない叫びを聞きながら、無用とされた俺は自分の部屋に戻った。
〝おかえりなさ~い……って、なにそれ?”
戻ってきた俺の手にある物体を目にして、大いに引いた様子を見せる霊子(仮名)。
「……とりあえずビニールにいれて冷凍するか」
山羊肉の食い方なんぞ知らんので、あとでネットで検索するしかないだろう。
『あたしメリーさん。そういえば萩○月って、松任○由実がラジオで「凍らせてから半解凍の状態で食べるのが一番好き」って言ってからブレイクしたんだけど、気のせいか萩○月って昔に比べてサイズが小さくなって、クリームが粉っぽくなったような気がするわ……』
う~~ん、どうなんだろう。子供の頃は滅茶苦茶美味いと思ったかつ丼が、いま食べると美味いことは美味いけど、それほどでもない……ということがあるし、思い出補正とか、口がおごったとかかね? 一度地元民の意見も聞きたいところである。
『――で、それはともかくなにを冷凍にするの? 氷河の戦士ガイ○ラッガー……?』
「三万年くらい冷凍保存しそうな塩梅だな、おい。……いや、なんか隣で俺に用がある風だったから行ってみたんだけど、玄関先であしらわれて、土産に山羊の肉と女の子の人形をもらったんで、肉は冷凍に、人形は「メリーさん2号」とでも名付けて、その辺にでも置いておこうかと――」
『そんなロクでもない人形、さっさと捨てるの……!!』
メリーさんが即座に自分の存在を全否定するような提案を断固とした口調で言い放った。
「お前がそれを言うのか、1号?」
『1号いうな! メリーさんは唯一無二の存在なの! 他は認めないの……!!!』
「そーか? 結構、他にもメリーさんはいっぱいいるようなことが、ネットには書かれているけど。あとメリーさんへの電話番号は『111』だとか」
『それって携帯電話の着信試験番号なの。ゼロが三つのゼロ○スターへのコールサインと同じで通じないの。騙されてるの……!』
憮然としたメリーさんからの返答に、俺は改めてスマホに登録してあるメリーさんの電話番号を確認した。
「そーだよなー。お前の番号って090-2410-9××9だもんな」
〝それも都市伝説なんだけどね”
再び霊子(仮名)がボソリと呟いて通り過ぎて行った。
「まあともかく、自称捨てた人形が復讐に来るんなら、反省を込めて新しい人形を大事にしようかと。……あれだ、失ってから気付く大切さってやつ。ブルマみたいなものだな」
適当にいま思いついた言い訳を口にする俺。
『あたしメリーさん。あなたの言葉は、映画版のび太の「また会いに来るからね~」並みに信用できない上に、結局メリーさんを捨てて新しい
〝酒飲んで「酒に慣れるか」みたいな思考はしないほうがいいと思うんだけど”
なおさら高ぶるメリーさんと、霊子(仮名)の妄言が追随する。
『覚えているがいいの。この広大な青森にある猿ヶ森砂丘みたいに危ない砂漠から脱出して、ドラゴンポールを集め終えたら、すぐにアナタのもとに飛んで行って白黒つけるの……!!』
「猿ヶ森砂丘って、自衛隊の演習場だから〝危ない”の意味が違うんだけどなぁ」
言いつつ、このペースだとマジでドラゴンポールを全部集めそうだなと思う俺だった。
************
【後日談】
雷が降り注ぐ天候のもと、街はずれにある怪しげな屋敷の実験室で、『ザ・マッドサイエンティスト』という風情の白衣を着た白髪の老人が高笑いをしていた。
「ぐははははははっ! ついに、ついに待ち望んでいた日が来たぞ!!」
思えば苦節六年。
このいかにもおどろおどろしい天候になる日を心待ちにしていたものである。
「アタシ、メカメリーさん。フランケンシュタインからキュー○ィーハニーまで、ダイタイが嵐の夜に実験が成功するの。バフがかかるの……」
隣でいかにもニセモノ――若干顔が鋭くて目がつり上がっている、昔のアニメで定番の造作をした――幼女ロボットが合の手を入れた。
その前にはずらりと並んだ三人(三体?)のメカニカルな男たちが、起動の時を待っている。
[1号・
[2号・
[3号・
「ロリ魂とメカとがひとつとなったワシの最高傑作。名付けて〝ロボコック”じゃ!」
「不滅の体に人の頭脳をくわえたときに、未来もたらすの!」
よくわからん盛り上がりをするジジイとメカ幼女。
「ちなみに一号は陸戦パワータイプで、二号はメカ馬を足にしての高速機動タイプ!」
「おおっ、星銃士ビス○ルクのリチャードなの。海外でも一番人気なの!」
「そして新たに飛行タイプも完備! さらには三人による合体フォーメーションもあるぞ!!」
「無理やり合体六変化なの! 原作はほとんど積み木で人気がなかったの」
そんな風にメートルを上げていたふたり(ひとりと一体?)だが、いい加減に飽きたのか、
「では、起動する。スイッチオンじゃ!」
「ふぁいなるふゅーじょん承認なの」
マッドサイエンティストの指示に従って、幼女ロボがその鉄腕でスイッチを、カバーごと破って押した。
一斉にスパークを起こす〝ロボコック”の全身。
それを見ながら、マッドサイエンティストがどこか嬉々とした口調で言い放った。
「しまったっ。電圧が強すぎる。失敗じゃ!!!」
「あっちょんぶりけ」
それを聞いてとりあえず顔を両手で押さえるメカ幼女。
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