番外編 あたしメリーさん。いま最凶力士が襲来しているの……。

『ということで、メリーさんたちの代わりに戦ってもらうの……』

『戦うって、いくら元勇者パーティに所属していた元S級冒険者とはいえ、俺はもう現役を退いたOBだぞ』

 メリーさんの唐突な要求にロバート・権田原ごんだわらが苦い口調でぶーたれる。


『……いちいち〝元勇者パーティに所属していた”とか〝元S級冒険者”って、枕詞まくらことばのように付けるところがいじましいわね』

『他に自慢できる経歴がないのですよ。過去の栄光というものですね』

『でも確か、勇者パーティでは勇者の靴係り草履取りで、その上で戦力外通知されたんだよね~?』

『ああ、要するに一度もスタメンになったこともないまま、マグレで甲子宴こうしえんに出場した野球部のOBでした……って感じですね』

 メリーさんとロバート・権田原のやり取りを眺めながら、オリーヴ、ローラ、エマ、スズカが言いたい放題、外野でさえずっている。


 仲間内で話しているつもりなのかも知れないが、女の子の声っていうのは意外なほど周囲に響き渡るものである。当然ロバート・権田原の耳にも入って、その背中がわなわなと震えた。


『『『『キモイわね(ですね)(よね)』』』』


 期せずして一致した結論が、ロバート・権田原の最後の拠り所であった〝元勇者パーティに所属していた”〝元S級冒険者”というプライドを粉々に打ち砕く。


『やかましいわ、小娘どもっ!! 手前てめーらの倍以上生きている、よく知りもしない他人様を「キモイ」の一言で貶めて、どんだけ愉しいんだ!? それで手前らの汚れた魂が浄化できるのか!!? ああ、ごめんなさいね、悪かったね。若くもなくてイケメンでもないキモいオッサンで! だけど好きでオッサンになったわけじゃねーぞ!!!』 


 逆切れしているロバート・権田原を尻目に、満足げに受付嬢と雇用契約を正式に書面で結ぶメリーさん。

『なかなかのやる気なの。この勢いでスモーに勝つの……』

「いや、まあ鬱屈した怒りや憤りはあるかと思うが、それが闘志に結び付くとは限らんぞ?」

 うんざりしながら俺がそう返事をするが、メリーさんは気にした風もなく反論する。

『それでもストレスを溜め込むより、他人に発散できるほうが見どころがあるの。困難に直面して、それを自分の力で克服しようとストレス貯める奴よりも、常時アウトプットする奴の方が、最終的には上手くいくし、長生きするものなの……』

「ああ『憎まれっ子世に憚る』理論、もしくは『性格が悪い奴ほど仕事ができる』理論か」


 良い人間ほどストレスを溜め込んで早死にするが、原因を外部要因としてストレスを外に発散させられる性格の人間ほど長生きするという理屈である。

 あと、どんなことをしてでも目的を達成するという意味で、性格が悪い奴ほど仕事ができる=仕事ができるから出世する、というのが世界的な流れであった。


「まあ、同調圧力に屈しやすい日本人には難しいらしいが……」

『あたしメリーさん。なんで周りに気を使わなくちゃならないのか、全然理解できないの……』

 本気で理解できない様子のメリーさん。

「失うものがない立場が無敵すぎる!」


 ともあれドサクサ紛れにメリーさんと、ロバート・権田原との契約は成立したのだった。

「本人の承諾なしでいいのか、おい?」

 俺の懸念に答えたわけではないだろうが、ナイスタイミングで受付嬢さんがロバート・権田原の現在の逼迫した状況を説明してくれた。


『いずれにしても仕事を選り好みできる身分ではありませんから。例の雌オークからロバートさんを救助するために組まれた決死隊の諸経費と離婚寸前の奥様への賠償金、子供の進学費用などで首が回らない状況ですからね』

「冒険者って、救命活動にも実費を取るのか?」

 仲間内で助け合いするものかと思っていたが。

『あたしメリーさん。当然なの! 山で遭難した場合でも救助隊の費用とかなんかは実費なの。それでもぶっちゃけ毎年遭難者が三千人以上、死者行方不明者が三百人以上出ている登山とかいう危険な趣味に率先して参加する命知らずが山ほどいることを考えれば、よっぽど危険な冒険者ならなおさらなの……! 金が惜しかったら最初からやらなければいいの!』


 まあ確かに自分から危険に飛び込むことを考えれば自己責任か……。


「ま、登山漫画では毎回のように登山者が死ぬからなぁ」

 俺のボヤキに当意即妙でメリーさんが同意する。

『そうなの。プロの山岳救助の人でも死ぬの。有名な登山漫画「丘山」の主人公の島○三歩も、ついでに三歩のモデルになった人も最後は死んだの。もっともモデルの人は山じゃなくて海で溺れ死んだんだけど……』

「だからお前は、いちいち会話にオチを付けないと死ぬのか!?」


 一方、勝手に契約を結ばれたロバート・権田原は、契約の説明を受付嬢から受けながら、悄然と肩を落としていた。

『くっ、なんで雌オークにさらわれた挙句、それをネタに母ちゃんから二股疑惑を持たれて離婚の危機にならなきゃならんのだ……俺は被害者だというのに』

 行き場のないフラストレーションを漏らすロバート・権田原の肩(には手が届かないので腰のあたり)をメリーさんが気楽に叩いて元気づける。


『大丈夫なの。いまどきは二股くらいどーってことないの。最新のスーパー戦隊には八〇〇股以上してる奴すらいるの……』

『だから二股なんぞしとらん! ――いや、このガキと話しても無駄か。こうなったら子供のために頑張るぞ、父ちゃんはっ』


 決意を新たに覚悟を決めるロバート・権田原。

「ほお。大切なもののためにやり遂げる覚悟を決めたか。『走○メロス』だな」

 そんな俺の感心に水を差すのがメリーさんという幼女である。

『メリーさん、メロスってどこに感情移入できる要素があるのかさっぱりなの。あれって王様を邪知暴虐と決めつけて殺しに行って、勝手に親友を人質にして、アホの兄抜きで執り行われていた妹の結婚式に乱入して、最期、王様が仲間にしてくれって言っても無視して、素っ裸のまま民衆のエールに応えて自己満足の陶酔をする、無茶苦茶はた迷惑な男だとしか思えないの……』

 はた迷惑な幼女が、勝手な論評をする。


 お前が言うな! とツッコむ前に、ロバート・権田原が警戒心バリバリの口調でメリーさんに確認する。

『ところで、お前らの代理ということだが、何の代理だ?』

『そんな難しいことじゃないの。それはともかく、スモーって知ってるの……?』

『そりゃ知ってるが……』

『好きか嫌いかで言えば?』

『……まあ、見る分には好きだな』

 答えるロバート・権田原が半ばメリーさんの意図に気付いて言外に拒否の姿勢を示す。


『あたしメリーさん。「好き者こそものの上手なれ」なの。ド素人でも、エロゲ―やりたさにパソコンに精通できるようになるのと一緒なの……!』

『!!! やらんぞ! 相撲とか、痛い稽古はごめんだ! 息子にもぶたれたことないのに!!』


 思いっきり弱腰のロバート・権田原を受付嬢がとりなす。


『大丈夫です。練習はギルドの競技施設が使えますし、熟練のコーチと、万一のための天才外科医ドクター・サカイも待機してますから』

『ドクター・サカイって、あの意味もなくメスを突き立てるマッドドクターだろうが~~!!』

 血相を変えたロバート・権田原の叫びを耳にして、スズカが懐かしそうに頷いた。

『カッ○ラキン大放送ですね。好きだったなぁ、刑事ゴ○ンボとか』


 そこへ畳みかけるようにギルドの受付嬢が声のオクターブを一段上げて、朗々と言い放つ。

『そして、ご紹介いたしましょう。スモーといえば、この方! 今回の特訓のコーチを引き受けてくださった。その名も――』

 刹那、男性の高らかな声が響き渡った。


『フハハハハハハッハッハ! 出門でもん=コーグレ見参! 吾輩が来たからにはもう安心。「あ、これ進○ゼミでやったところだ」というくらい自由自在に決まり手を覚え、伝統の四十八手を覚えた時、貴様には魔界からリキシの紋章が与えられるであろう! なお、吾輩の事は〝閣下”と呼べ』

 黒の衣装に白塗りの顔、金髪を逆立てた謎の男が現われて、そう大言壮語を言い放つのだった。


 一同が呆気にとられる中、メリーさんだけが興奮して、

『おお~、日本古来から続く有名な四十八手なの! 揚羽本手あげはほんて 網代本手あじろほんて筏茶臼いかだちゃうすイスカとりいすかとり入り船本手いりふねほんて石清水いわしみず浮き橋うきはし、うぐいすの谷渡り なの……!』

「『それは違う四十八手だ!!』」

 期せずして俺と閣下とのツッコミがシンクロした。


◇ ◆ ◇


 さて、メリーさんがアーサー王を倒すための助っ人として、勇者パーティを追放された元Sランク冒険者のロバート・権田原に、出門=コーグレ閣下の特別コーチを専任してもらってから、はや――半日が経過した。


『あたしメリーさん。いまアーサー王のところへ向かっているところなの……』

「マジで早いわ!」

 早朝からかかってきたメリーさんからの電話に、思わず素でスマホにツッコミを入れる俺。

 団長の手刀並みに早い行動力だ。俺でなければ見逃していたところだろう。


「つーか、半日足らずで素人のおっさんが大関に勝てるようになったのか!? いくら閣下でも無理だろう。ドーピングでもしたのか、ゲッ○ー線でも浴びさせて?!!」

『人聞きが悪いの。というかゲッ○ー線もビ○ラーもイ○゛もクワ○チカも、とかく意思を持ったエネルギーはタチ悪いと相場が決まっているの……』

 最近は光○力エネルギーまで、進化だなんだと始まったけど……ヤレヤレ┐(´д`)┌と、メリーさんが嘆息した。


「……じゃあどうやったんだ?」

 ブ○ワーカーの宣伝でもそこまで劇的に効果がないと思うのだが。

『あたしメリーさん。とりあえずおっさんを半日しごきまくって、乾いた心にスト○ングゼロを注いで……』

 それはほぼ麻薬だな。

『銭湯に連れて行って、閣下が魔力を注いだらたちまち顔に歌舞伎の隈取くまどりみたいな紋様が浮かんで、体を砲弾のようにして空中を水平移動して頭から突っ込むという、謎の頭突き技のほか、Ⅴシステムとかスーパーコンボとかが使えるようになったの。もっともその無敵モードは五秒しか持たないけど……』

「エド○ンド本田化してるじゃねーか!」

 あれは相撲取りじゃない、ジャパニーズスモウファイターだ! あと無敵モードが短すぎる。マ○オ並の短さだ。


 そんな俺に叫びにはしゃぐメリーさん。

『おお、ダ○オージャなの! ミー○・エドモンドなの……!」

「それは違うエドモンドだっ! 天然を装ってあざとく間違えるな。この天然危険物」

『大学を卒業したら社畜……社壊人しゃかいじんになるしかないバカ田大学生にとやかく言われる筋合いはないの』


 そんなやり取りをしている間にも、メリーさんたち一行(メリーさん、オリーヴ、ローラ、エマ、スズカ)は早朝のリョーゴク国を突き進む。


『どうでもいいですけど、このリョーゴク国って江戸時代の日本みたいな町並みで心が和みますね~』

 スズカのどことなく弾んだ声がメリーさんかオリーヴに同意を求めたようだが――。

『そう? なんか幕末も元禄も様式を全部ちゃんぽんしたような感じで、チープな映画村感がモリモリするんだけど……』

 オリーヴが釈然としない口調で異を唱えた。

『そ、そうですか。ま、まあ〝江戸時代”というくくりで、細かいことは目をつぶったほうが平和な気がしますけど』

 うわ~、これだから設定厨は……と言いたげな口調で歯切れ悪く、この話題をあやふやにしようと努力するスズカ。


 そこら辺の気遣いを無視して、メリーさんが無遠慮に言い放つ。

『あたしメリーさん。たまに現代日本から転生や転移してきた奴が、こことか隣の戦国時代そっくりな〝風雲戦国絵巻列島”を過去の日本だと思って「未来知識で技術革新!」「歴史を変えるぜ」とかハッチャケるのがデフォらしいけど、ぶっちゃけ周りは生暖かく見守っているの。そもそも現代語が通じる時点で変だと思わないのかしら……?』

「ああ、現代語の「です・ます」口調ってのは、当時の「でやんす・でがんす」と同じ底辺の人間が使っていた言葉遣いだからなぁ」

 そんな言葉づかいをしていたら、自分から『下賎な人間で~す』と自己紹介しているのも同然で、真っ当な人間からは相手にされないだろう。

『だいたい建物もそうだけど、町民が洗濯されたカラフルな衣装を着て、そこらへんに普通に孟宗竹もーそーだけが生えてる時点でおかしいと思わないのかしら……?』

「思わないんだろうな~」


 なお、孟宗竹が中国から渡来したのは十八世紀である。真竹はそれ以前からあったが、主に西日本で『竹山』『竹林』として管理されていて、そこら辺の山に自然に生えているものではない。


『あたしメリーさん。だけどまだリョーゴク国はマシなの。風雲戦国絵巻列島では、転移者や転生者がマジで「弱小領主だけど天下統一!」とか息巻いていて、周囲の失笑を買っているの。ぶっちゃけ隠しているつもりでも、〝トイレで小をしながら上司の悪口を言ってたら、個室にその上司がいた”状態なんだけど……』

「映画の『トゥ○ーマン・ショー』状態だな、ほぼ」

 あれは主人公が日常生活や家庭だと思っていたすべてがセットと俳優で、知らぬは本人ばかりとという状況で、その様子を逐次テレビで娯楽として放送されていた……という話だったが、聞く限り異世界の場合は相当にザルな状態のような気がするのだが、それで気が付かない方が悪いのでは?


『なお、いま風雲戦国絵巻列島では南蛮趣味の織田家がブイブイ言わせている模様……』

「織田か」

 順当と言えば順当か。

『儲けた金でランボルギーニ・カウンタックLP500S。通称〝ウルフ・カウンタック”を乗り回しているの……』

「それは違う織田だ! つーか、そっちに転生してたのか!?」

 なぜあの織田が幅を利かせている時点で、他の転生者や転移者は「なんか変だな? ここホントに過去の戦国時代?」と気が付かんのだ!?


『というか、仮に過去に転生したとしても、転生者おまえら事前に解答を知っていて、カンニングしながら天下とって虚しくないのかとメリーさん包丁を押し当てながら聞きたいの……』

「いゃあ、仮に過去にタイムスリップしたとしても、固定された過去から続く現代から過去へ行っても、歴史は変えられないと思うぞ」

 過去に戻って自分が生まれる前に親父を殺そうと思っても、そうすると自分が生まれないという矛盾が生じるのでできない――いわゆるタイムパラドックスというやつだな。

『ああ、すでに負け組が過去に戻って、何も知らない勝った相手をぶっ殺そうと思っても無理な、スカ○ネット理論ね。セ○シ君が手っ取り早くの○太の存在をない者にして、歴史をやり直そうと思ってもできないので、本人を更生させて多少はマシな未来にしようとするようなものなのね……』


 メリーさんが納得したところで、エマが唾を飲み込む音がした。

『あ、サンマを焼いている匂いですね。メリー様、せっかくなので朝ごはんを食べていきませんか?』

『エマッ、はしたないですよ』

『えー、でも久々に焼き魚定食とか食べてみたいと思わないの? 「新米〝ゆめぴかり”炊き立てです」ってのぼりも出てるし』


『あたしメリーさん。とりあえず朝飯前に、さっさと勝負をつけるの! メリーさん、ドラゴンポールのことが気になりすぎて、夜とお昼寝でしか眠れないの。だから、朝駆けで出てきたんだから……!』

 そう発破はっぱをかけるメリーさんの声を聴きながら、ふと俺は先ほどから漠然とした疑問を抱いていた。


「なあ、お前ら勝負をかけに行くて言ってたけど、肝心のロバート・権田原はどうした?」

『アレなら朝風呂を兼ねて、実践稽古で銭湯を舞台にして織女星の男と戦っている最中なの……』

「……ああ、ベ○な。つーか、一緒に行かないで誰が勝負するんだ?」


 俺はまたてっきり特訓とかなんとかであと何話か続くかと思っていたんだが……。


『メリーさん、そーいうジャ○プで看板背負わされたせいで、話をカ○ピスみたいに薄めて伸ばす手法はどーかと思うの。というか、メリーさんの目的はドラゴンポールなんだから、別に正面切って勝負する必要はないの。ロバート・権田原をおとりにして、実際には適当に盗むなり、土俵に仕掛けをして吊り天井を落下させるなりしたほうが確実だと思うの……』

「江戸風世界とはいえ、宇都宮城釣天井事件を実地で起こすつもりか、この餓鬼ぁ!」


 まともに勝負するかと思えばこれだよ。

 無意味に地獄の特訓を受けているロバート・権田原はいい面の皮である。

 なおその頃、ロバート・権田原は織女星の男にボコボコにKOされて、死線を彷徨っていたという。


 そんなわけでメリーさんたちがアーサー王の相撲部屋……王宮を訪ねたところ、昨日の今日で建物は半壊し、誰もいないもぬけの殻になっているのを目の当たりにして、

『『『『『はあ……?!?』』』』』

 啞然としたところへ、通りがかりの親切な町人が事情を説明してくれた。


『お嬢ちゃんたち、ここに用があったんなら残念だね。ここは昨日、褌一丁の裸同然の大男が、無理やり幼女を両手で抱きしめて放り投げた――という通報があって、怒り狂った伝説の横綱〝御嶽山おんたけさん怒羅衛門どらえもん”関が襲来して全員を半殺しにした結果、一族は失脚したよ』

『『『『『はあ~~~っ!?!』』』』』


 再度、メリーさんたちの素っ頓狂な叫びが早朝の空に木霊した。


****************

【小話】

 近鉄南大阪線の列車内にて――。

「……念願の関西旅行に行けたと思ったら、なんでメリーさんお前が普通にいるんだ?」

「さあ? 気が付いたら誰もいない町にいて、変なオヤジを見つけたので、包丁持って追いかけたらいつの間にかここにいたの」


 親父も気の毒に、と思いながら俺は周囲の注目を浴びる、金髪碧眼美幼女でなおかつ包丁を握っているメリーさんをつくづくと眺めた。

 お盆だし、そのあたりの事情で時空的な何かが狂っているのかも知れない。


「――で、どうするつもりだ、これから?」

「当然、迫りくるメリーさんの恐怖を味わせるの……! ちょっと待っているの!」

 威勢よく答えて、止める間もなく勝手に席を離れて列車の後方へと移動していくメリーさん。

「目を離さなくても勝手に扉を開けて、他の車両に入っていく。飼い犬や千尋の両親よりガイj……落ち着きがないな」


 思わずそう呟いたところでスマホにメリーさんから着信があった。

『あたしメリーさん。いま一番最後の車両にいるの……』

 と、それに合わせるかのように、車内アナウンスが響き渡った。


《この電車は途中の古市で後ろ4両を切り離し、前4両は橿原神宮前から吉野行きに変わります。

なお後ろ4両は途中の古市で切りはなし、橿原神宮前行きに変わります》


『ちょ、ちょっと待って! あたしメリーさん。いま、そっちへ戻る――ああああっ、もう切り離されてるの……! 待って! 待って待って!』

 メリーさんの悲嘆に暮れた叫びを聞きながら、

「♪安寿恋しやホーヤレホー、厨子王恋しやホーヤレホー♪」

 俺は今生の別れの歌を歌うのだった。

 なお、その後、大阪駅で待ち合わせすることになったのだが、なぜか永遠に会うことはできなかったのである。


 ****************

【ここから本編↓↓↓】


「なんだその伝説の横綱〝御嶽山おんたけさん怒羅衛門どらえもん関”っていうのは」

 思わず検索してしまったが、昭和のヤンキーしかヒットしなかったぞ。


『吾輩が説明をしよう!』

 そこへ割って入る閣下の声。

『御嶽山怒羅衛門は相撲界のレジェンドであり、一説には相撲取りの元祖である野見宿禰のみのすくねを一蹴し、最強力士と呼ばれた雷電爲右エ門らいでんためえもんを引退に追いやり、連勝中だった双葉山ふたばやまや千代の富士の天狗の鼻をコテンパンにへし折り、連勝をストップさせたという逸話が残る、まさに相撲界最恐にして最大の力士なのである!!』


『あたしメリーさん。それ全部年代がバラバラな気がするの……』

 メリーさんにしては比較的真っ当なツッコミに対して、閣下が一切の躊躇いなく言い放った。

『なぜならそれが怒羅衛門だからであるっ!』

『『『『『あ、ああ……』』』』』

〝怒羅衛門だから”の一言で、謎の納得するメリーさん、オリーヴ、ローラ、エマ、スズカ。


「……つくづくお前ら五人揃っているけど、合わせても脳細胞の数は一人分もないよなぁ」

 しみじみとスマホ越しに嘆息する俺の嘆きを無視して、閣下のご高説は続く。


『本来は地下深くに封印されている怒羅衛門関だが、ごくまれに星の巡りが合う時と、その時の気分次第、そして相撲を愛する信者からの声援を受けると、地上に顕現けんげんすることがあるらしい。声援には何らかの呪文が必要とも聞くが……』


 と、その時、狙いすませたかのように俺の部屋の隣の部屋から、いつもの大学生サークル(?)一同が、何やら盛り上がっている声が薄い壁越しに聞こえてきた。


『あー、そういえば今日はアレが復活できる星辰の配置だったな。興味はないけど、一応召喚してみるか?』

『そうですね。新型君Δデルタのせいで集会もリモートになってますから、この状態で儀式が成功するかどうか、一丁いっちょ試してみますか』

『『『『賛成っ!!!』』』』

『うむ、そうだな。失敗してもホモサピエンスが食い殺されて滅びる程度だし。やるか!』


〝ちょっと! 不穏というか、現在進行形で人類の危機なんですけど!!″

 台所で百均に行った時に五百円も出して買ってきた手回し式のカキ氷器で勝手にカキ氷を削り、俺の実家からお中元の御裾分けとして送られてきたカ○ピスをかけていた霊子(仮名)が、大慌てでカキ氷を口にかき込みながら危機を訴え――結果、アイスクリーム頭痛で身もだえするのだった。


 その間にも隣の部屋から複数人による(リモートらしいが)得体の知れない輪唱が響く。

『ウガア=クトゥン=ユフ! クトゥアトゥル グプ ルフブ=グフグ ルフ トク! グル=ヤ、ツァトゥグァ! イクン、ツァトゥグァ!』

『来たれり! 敬愛する主ツァトゥグァよ、夜の父よ! 栄光あれ、太古のものよ、外なるものの最初に生まれしものよ!』

『ハイル、汝、星が大いなるクトゥルフを生み出す前の記憶の果ての太古からありしものよ! 菌にまみれしムーの偉大な旧き這うものよ!』

『イア イア グノス=ユタッガ=ハ! イア イア ツァトゥグァ!』


「……夏だなぁ――」

 ハッチャケる奴が増える季節だ。

 鬱陶しいのでスマホを耳から離して、メリーさんに向けて隣の騒ぎを中継する。

『あたしメリーさん。相変わらずあなたのアパート周りの環境って、問題ばっかりなの……』


 と、次の瞬間、軽く地面が揺れた気がした。

「おっ、地震か?」

 とはいえ、せいぜい震度一か二程度だろう。

〝ぎゃあああああああああああああっ! 来るわ! 世界の終わりよーーっ!!!”

 幻聴も蝉の鳴き声並みにうるさい。


 ほどなく地震がおさまると、隣室から、

『う~~む、やはり失敗か……』

 という落胆した呻き声が聞こえてきた。

 よくわからんがリモートワークではクラブ活動にも限界があるのだろう。


 そんな近隣の日常とは別に、スマホの向こう側では何やら大盛り上がりに盛り上がっていた。

『うおおおおおおおおおっ! この魔法陣は御嶽山怒羅衛門関復活の予兆! 皆の者、備えよ! かの横綱がよみがえりし時、天が裂け地が割れ、町が吹き飛ぶのである!』

 閣下の呼びかけに応えてメリーさんとスズカがあとの台詞を引き取る。

『空を飛ぶの……!』

『雲を突きぬけ星になるんですね?!』

『そうなの。火を吹いて……!』

『闇を裂き!』

『スーパーシティが舞い上がる……!!』

『『T○KIOが空を飛ぶ~っ!!!』』


『……いや、なんなわけ、それ?』

 唖然としたオリーヴへ向けて、メリーさんとスズカが冷たい視線を向ける。

『これを知らないなんて、これだから今どきのJKは……』

『もはや国歌ですよね、これって』

『あたしメリーさん。メリーさん的にはオリンピックのオープニングでこれを歌ってもいいくらいだと思ったものなの……』



『うおおおおおおおおおおお~~っ!!! 腹減った~~~~~~っ!!!!』



 と、益体やくたいもないメリーさんたちの雑談をぶった切って、もの凄い重低音の声があたり一面に鳴り響いた。

 メリーさんが声の出どころを見れば、(後から聞いた話)元アーサー王の相撲部屋王宮ところへ、ホッキョクグマほどもあるヒキガエルに似た面貌をした、力士どすこい体型の化粧まわしを締めた巨漢が突如あらわれ、何やら吼えているところであったという。


『おおっ! 降臨したか、御嶽山怒羅衛門関!』

 感動している閣下とは対照的に、顔色を変えてソレを指さすオリーヴ。

『いやいや! あれって邪神でしょう! 旧支配者! 地のツァトゥグアじゃないの!?』

『『『『???』』』』

 思いっきり怪訝な顔をするメリーさん、ローラ、エマ、スズカ。


『メリーさん思うんだけど、オリーヴは本能と反射だけでなくて、いっぺん思考を挟んでから言葉にするって手順を踏んだほうがいいと思うの……』

『アンタにだけは、その手の高説たられたくはないわ! てゆーか、邪神がよみがえった以上、聖剣で倒すとか再封印するとか、勇者としての義務でしょうが!?』

 無理やり仕事を割り振られたメリーさんが嫌そうに《煌帝Ⅱこーてーツー》を取り出した。


『あたしメリーさん。あ、これダメなの。《煌帝Ⅱこーてーツー》には魂が宿っているので、包丁が必要と認めた時以外は使えないの。ぶっちゃけダ○の剣やニートと同じで、「働きたいときにだけ働きたい」というスタンスなの……』

『ご主人様、昨日の朝、納豆のタレの袋が異様に開けにくい時に《煌帝Ⅱこーてーツー》を使ってませんでしたか?』

 ローラの指摘に、『それが《煌帝Ⅱこーてーツー》の認めた時なの!』と開き直るメリーさん。

『まあ、包丁だからねー』

 苦笑いするエマの気配がした。


『じゃあ、あれどうするんですか? あと、もしかしてあれが手にしているのって、例のドラゴンポールじゃないですか?』

 スズカの冷静な指摘を受けて見れば、唯一残っていた土俵上で四股しこを踏んでいる御嶽山怒羅衛門関のまわしにねじり込まれる形で、【地】と書かれたトーテムポールがホールドされている。


『許せないの! 勝手にメリーさんのドラゴンポールを横取りするなんて!! そこのデブ! さっさと無条件でドラゴンポールを置いて、地面の下に帰るの……!』

 それを聞いてエキサイトするメリーさん。

「いや、お前のもんじゃないし。その要求は図々しいというか、バ○タン星人の方が、よっぽど可愛げがあるぞ」


 そんな俺の説得も何のその、

『ぐはははははっ、笑止! これが欲しくば実力で取りに来い!』

 呵呵大笑する怒羅衛門関の返答が聞こえた。


『ほら、ああ言ってるけど?』

 再度オリーヴに背中を押されるメリーさんだが、毛むくじゃらでコウモリかナマケモノを連想させるその風貌を前にして、

『ぶっちゃけメリーさん、オーストラリアの毛虱の塊であるコアラを抱っこするのも嫌なのに、どんな病気持っているのかわからない、ト○ロのバッタモノ臭い異世界の野生生物とか触るのも嫌なの……!』

 断固拒否の姿勢を貫くのだった。

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