番外編 あたしメリーさん。いま秋の味覚が山盛りなの……。

「これは私がメイド仲間から聞いた話ですが……」

 蝋燭を囲んだ一同の中で、最初にローラが口火を切った。

「あるところに資産家の男がいたそうです。男は非常に偏屈と有名でした。早くに妻を亡くし、ひとり暮らしをしていたのですが、家事を肩代わりさせるために雇い入れる女中やメイドの仕事にいちいち目くじらを立てては、怒鳴りまわし、それで皆嫌になって次々と辞めていったそうです」

「あたしメリーさん。最初の妻はよく死ぬまで離婚しなかったの。きっと美味〇んぼの山岡の母親みたいに、子供も巻き込んでの自己犠牲に酔っているお花畑だったの。『あの人を理解して支えてあげられるのはアテクシだけだから』って感じで。子供が酷い虐待を受けても、スルーしていたに違いないの……!」

「えー、まあそのへんは不明ですが。それで最終的にとある身寄りのない、人生崖っぷちの娘が住み込みで働くことになったのですが、当然のようにやることなすこと文句ばかり。二十四時間怒鳴られていた彼女は、ある日のこと魔が差したのでしょう、朝食のご飯と味噌汁の味にケチつけられ、作り直しを命じられたところで、つい発作的に庭に生えていたカエンタケ(※猛毒。触れただけで皮膚が爛れる。致死量はわずか三g)を料理に入れてしまいました」

 うわ~~っ、という感じでドン引きする一同。

「そうして、捨て鉢な気持ちでその料理を出したところ、一口食べた男性が顔色を変えました。『バレた!』と自分のやったことの重大さに気づいて震える彼女に向かって男は、『おおっ、これは死んだ妻がよく作ってくれた味だ! よくこの味を再現できたものだ。いままでのメイドは無能で誰もできなかったものを!』と誉められたそうです」

「「「うわ~~~~~」」」

「??????」

 先ほどとは別な意味でドン引きしているオリーヴ、エマ、スズカたち。

 メリーさんだけが意味を把握できずに首を捻りまくっていた。


 ◆ ◇ ◆


 樺音ハナコ先輩から緊急のSOSが入ったので、電車を乗り継いでコンシェルジュがいるタワマンという、庶民には縁遠い王侯貴族の暮らしぶりに足を踏み入れることになった。

「破滅の時来たれり! 第五の天使がラッパを吹いた。すると、私は天から一つの星が地上に落ちたのを見た。そして底なしの深淵の穴が開き、黙示録に予言されし恐るべき蟲が――!!」

 部屋のドアが開くと意味不明な――いつも以上に取り乱した――先輩が縋り付くように迎え入れてくれた。言っている意味は不明だが、両手に持っているゴキブリ冷却スプレーとゴキブリ駆除剤を目にして、大方の事情を把握する。


「あー、つまり部屋にゴキ」

「その名をみだりに口にしないで! 言うなれば〝忌まわしき黒き悪魔の使い”よ! あと言っとくけど部屋から湧いたわけじゃないから! 扉を開けた拍子にどこからか飛び込んできたのよ!!」

 玄関先の下駄箱の上に両方の缶を置いて、サブイボの浮いた二の腕をさすり、おぞましさに身震いする樺音ハナコ先輩。

「……つまり黒い悪魔を退治してほしくて俺を呼んだ、と」

「その通りよ、〈狭間のトワイライト守護者ガーディアン〉! 我が聖域サンクチュアリの安寧はあなたの力にかかっているわっ! ――マジでアレのいる部屋で過ごすとか無理むりむり、カタツムリ!」

「バ〇サンかホイホイを仕掛けておけばどーにかなりますよ。じゃあ――」

 あまりのアホらしさに思わず、飲み会に顔出そうとしたけど怖くなって店の前で帰る陰キャみたいに、玄関先で回れ右をしようとしたところで、必死の形相の樺音ハナコ先輩に羽交い絞めにされた。

「まさか、ここまで来て帰るなんて言うんじゃないでしょうね!?」

「いや、言いますよ。ゴキごとき、薬で何とかしてください!」

「薬なんて信用できないわ! そもそも現代人がアーパーになっている原因は、工場で大量生産された食品に含まれる化学物質が原因だし。仮に薬でその場をしのいだとしても、薬に耐性を持った黒い悪魔が二周目に強くてニューゲームでまた来る展開になるに違いないわっ!」

 食品添加物に親を殺されたと噂の某グルメ漫画の原作者(自称・劇画原作者)のような無茶を言って必死に引き留められる。

 俺としては他人んちで害虫相手に時間をつぶしたくないので、適当に理由を付けて帰りたいのだが、そうは問屋が卸さないとばかりに先輩も必死であった。

「だいたい、こーいうことは近所に住む親兄弟とか恋人に頼む案件でしょう!?」

「親も姉妹も百㎞圏内にはいないわよ。近所にいるのはせいぜいクー・クラックス・クランのメンバーくらい――って、そうだ! じゃあ今日から私たち恋人同士になりましょう! だったら問題ないってことで、不束者ふつつかですがよろしくお願いいたします。ここだけの秘密だけれど、私って処女でまだキスすらしたことがないの、意外でしょう?」

 目がマジだった。あと意外でもなんでもない情報の開示である。

「わかった! ゴキでもテラ〇ォーマーズでも斃すから正気に戻れ、変態!!」

「私は変態じゃないわよ!」

「変態はみんなそう言うんですっ」

 結局のところ、やむなく妥協せざるを得ない俺がいた。

 ホラーよりも怖いわ、こんなの。つーか、俺の周りにいる女は――メリーさんとか、義妹いもうととか、この先輩とか――なぜ、誰もかれも目的のために手段を択ばないファンキーな思想の女たちばかりなのだろうか?


 そのうちマジで無理やり逆レイプされそうで怖いわ。

 そのくせことが終わった後で、

「これはレイプではない! 彼はきちんと反応してイッた、だからこれは愛のあるセックス! 文句があるなら法廷で争いましょう!」

 と堂々と開き直る公算が大である。

 そして世間の風潮では、女性は意に反してレイプ被害に遭うことはあっても、男性の場合は『男性器が生殖可能な状況なったということは、当然意識して同意していた』という超理論がまかり通っているという恐ろしい状況にあるのだ。


 とりあえず殺虫剤と丸めた新聞紙を装備して、樺音ハナコ先輩が最後に奴を目撃したという寝室へ足を運んだ。

 三十分後――。

「……案外、でかかったですね」

 叩き潰したゴキを、先輩の懇願でゴム手袋をして拭き掃除をした挙句、三重に縛ったゴミ袋に入れて、マンションの外のゴミ捨て場に捨てに行って、戻ったら手洗いうがい、熱湯消毒とアルコール除菌をさせられた上で、ようやくのこと先輩が満面の笑みで歓待してくれた。


「ありがと~! 本当に助かったわ。とりあえずご飯にする? お風呂にする? それともア・タ・シ?」

「あー、じゃあ飯食べながらお風呂に入りますので、それで」

「そんな選択肢は存在しないわ!」

 なぜか逆切れされた。

「――まあいいわ。お礼をかねて夕食をデリバリーだけれど準備しておいたので」

 促されてダイニングキッチンへ行ってみると、ピザや寿司、中華などのご馳走が並んでいる。

「おおおおおっ!」

 そうして始まる『黒い地獄からの使者撃退記念パーティ』(by:樺音ハナコ先輩命名)


「「乾杯かんぱーいっ」」

 泡立つコップが打ち合わされる。

「んぐ……ぷは~~っ! この一杯のために生きてるって感じね」

 おっさん臭い台詞を吐く先輩に合わせて、俺も一口飲んだが、微妙なほろ苦さとアルコール分を感じて、思わずコップをテーブルに置いて確認する。

「先輩、これアルコールが入ってませんか? 俺、まだ二十歳前なんですけど」

「大丈夫!」たわわな胸を張って安請け合いをする樺音ハナコ先輩。「呼気中アルコール濃度0.15mg未満なら酒気帯び運転にならないでしょう? ということは、体重六十キロとして血中アルコール濃度が0.028%までは『お酒を飲んだことにならない』ということ。いまあなたが飲んでいるシャンディ・ガフはアルコール度数2.5度なので、逆算して500mlくらいまではセーフということよ!」

 いや、その理屈はおかしい。

 ツッコミを入れる前に、ビールを一気飲みした先輩が「あ、そうだ」と唐突に立ち上がった。

「出来合いのモノだけだと味気ないので、肉じゃが作っているの。そろそろ煮えたか見てくる~」

 微妙に覚束ない足取りで、キッチンへと消える。

「やれやれ……」

 と思いながら、俺は手酌で別なコップに置いてあったジンジャーエールを注ぐ。


「おおっ、ついに長き封印が解けて迷宮のあるじへ挑むことができるようになったか!」

 その時、足元から甲高い女の声が聞こえた気がした。

 ふと見てみれば、リビングの壁際にある飾り棚キャビネットと本棚の隙間から、身長十センチほどの『女勇者』といういで立ちをした金髪の少女と、数人の騎士、魔法使いっぽい格好をした男女がぞろぞろと湧いて出ている。

「――いかん。あんなもんで飲み過ぎたか」

 アルコール依存症特有の幻覚を前にして、俺は目を閉じて深呼吸をしながら、

「♪コビトなんてないさ、コビトなんてうそさ、酔っぱらったひとが♪」

 自分に言い聞かせるためにそう歌を歌う。


「巨人が怪しげな呪文を!? 魔術師! 弓兵! 攻撃せよっ!」

 途端、慌てたような女の声がして、縫い針みたいな矢やライターの火みたいな炎が飛んできた。

「痛て……いよいよもって重傷だな」

 今後はアルコールは一切飲まないようにしよう。

 そう心に誓った俺は、置いてあったゴキブリ冷却スプレーを取って、幻覚に向かって噴射した。

「うわああああっ、なんという冷気っ。霜の巨人フリームスルスであったか!!」

 阿鼻叫喚の叫びをあげながら、棚の隙間へ取って返す幻覚たち。


「お待たせ~。『彼女に作って欲しいおかずナンバーワン』の肉じゃがよ」

 そこへ樺音ハナコ先輩が皿に盛った肉じゃがを持って戻ってきた。

「いや、その常識は昭和の都市伝説なのですが……えーと、先輩、いまの見ました?」

「? なにが……?」

「いや、こう……ミク〇マンサイズの――」

「あー、小さな巨人ね。子供の頃、アホ妹とよく『ミクロヘルプ』『ミクロヘルプ』と二回繰り返しながら遊んでたわ。タ〇タンがリ〇ちゃんの不倫相手で、ボーイフレンドとの三角関係でバラバラにされるって展開で」

 なにげに変なところに食いつく先輩。つーか、案の定さっきのコビトは見えてなかったようだ。

 はい、酔っぱらった幻覚決定。


 と――。

>【メリーさん@あのアバズレ人形は、わたる、マサト、イサム、かける、レン、はると、と男をとっかえひっかえしているの】

 メリーさんからのリ〇ちゃんをDisるメールに重なるようにして、

「ぐあああっ、またもや封印がっ!?」

 壁の方から妙な叫びが聞こえたような気がしたが、気にしないことにして、取り皿によそってもらった肉じゃがを口に運んだ。

「おっ、薄味で美味しいですね」

「でしょ!? うちの母親は関西風な牛肉に男爵の肉じゃがだったけど、私は豚肉の方が癖がなくて好きなので豚にしているのよ」

「ああ、それで芋が男爵なんですね。ウチの実家ではメークインでしたけど」

「そっちも美味しいわよね」

 上機嫌で頷く樺音ハナコ先輩。

 今日は神々廻ししば=〈漆黒の翼バルムンクフェザリオン〉=樺音かのんではなくて、地の佐藤華子さんとして喋っているせいか、非常に真っ当に見える。


 そこへ再びメリーさんから、

>【メリーさん@臭うの。あなたの周囲から浮気の臭いが……!】

 どこぞの顔がケツの探偵みたいなメールが来た。

>【メリーさん@どこの馬の骨だか知らないけれど、このメリーさん相手にガチで戦いを挑むなんて、くりい〇レモンと真っ向勝負して砕け散った宇宙〇画みたいなものなの……!】


「『気のせいだ。肉じゃがには豚肉か牛肉か、メークインか男爵かで盛り上がっているだけだ』――と」

 返事を書いて折り返しメールを送る。

 その後、ご機嫌な樺音ハナコ先輩と飲み食いをして、満腹になった俺は電車があるうちに帰宅したのだが――。


「あたしメリーさん。肉じゃがには豚肉にメークイン、玉ねぎと糸コンだけが至高なの……!」

「えぇ、普通は牛肉に男爵、玉ねぎ、絹さや、ニンジンってとこじゃない? というか、牛肉を食べられないなんて、意外と貧しい食生活を送ってたのね、あんた」

「意義あり! 豚肉だから貧乏だなんて議論のすり替えなの! 好みの問題なの。優作鍋に謝れ! だいたいニンジンを入れて、ぐちゃぐちゃになる男爵とかあり得ないの! それだとニンジンの口当たりしか感じないの……!」

「あー、あたしもニンジン入りは苦手ですね。あと絹さやも」

「メリーさんもエマもお子様舌ねえ。男爵のほくほくした触感とニンジンの口当たりの良さを理解できないなんて、しかも豚肉とか。まるでウチのボケ姉みたいな味音痴ね。ねえ、スズカ。スズカのところも牛肉に男爵でしょう?」

「えっ!? いや、あの、うちはお芋は男爵でしたけど、お肉は普通に豚の角煮でした……」

「「「豚の角煮は普通じゃない(の……)!!」」」

「別にどちらでもいいと思うのですけれど……土地によっては鶏肉や里芋を使っていると聞きますし」

「「「「ローラ(お姉ちゃん)、そんなのは肉じゃがじゃない(の……)(わ)(です)!!」」」」


 異世界ではメリーさんたちが肉じゃがの話題で騒然としていたそうである。まあ、なんでもいいけど。

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