番外編 あたしメリーさん。いま芸術の秋がきたの……。

 その日、メリーさん(とジリオラ&イニャス)が通う王立フジムラ幼稚園に、最近王都で話題沸騰中のバルーンアーティストが妙技を披露するため招待された。

 なお、メリーさんは速攻でこの幼稚園を辞めたような気もするが、ビュー〇ィフル・ドリーマーかエンド〇スエイトな感じで時間線がループしては、普通なら同じことを繰り返すはずが、毎回違ったことをしているので多少整合性が取れなくても問題はないのであった。

 ――そういうことで。


「(」・ω・)」うー!」

「「「「「「「「「「(/・ω・)/にゃー!」」」」」」」」」」

「はい、こんにちわ! 今日はみんなに簡単なバルーンアートを教えるよ~」

 壇上でにこやかに園児たちにSAN値が削れるような挨拶をする、自称バルーンアートのお兄さん(35歳・緑の全身タイツ)。

「あたしメリーさん。なんかどっかで見たことがあるような芸人なの……」

「貴女の知り合い? 知人の顔くらい覚えてなさいな」

 首を捻るメリーさんを小馬鹿にしたようにジリオラが茶々を入れる。

「メリーさん有名人だからファンが多すぎて把握してないの。だから握手しながらだいたい十秒間だけ喋るの……有料で。コンビニの店員がいちいち客の顔覚えていないのと同じで、非難されるいわれはないの」

「……まあ、確かに。いちいち下々の顔なんて覚えていないけど」

 メリーさんの上から目線の発言に、同じく傲岸不遜・厚顔無恥を実践しているジリオラが同意した。


 ◇ ◆ ◇


 ヤマザキ(ヤマサキ?)から、相談事があるとコミュニケーションアプリLionライオンで連絡がきたので、大学傍のいつものファミレスで会うことにした。

 メンバーはお馴染み『超常現象研究会』の会長である神々廻ししば=〈漆黒の翼バルムンクフェザリオン〉=樺音かのん先輩こと佐藤華子さとうはなこさんと、会員である(俺は断固として加入は拒んでいるつもりなのだが)、自称メリケンの方から来た(ほぼ「消防署の方から来ました」案件だと俺は密かに疑っている)留学生ドロンパを含めたメンバー四人である。


 とりあえずソファ席へ男女別に対面で座ろうとしたところ、樺音ハナコ先輩が勝手に俺の横に座り、対抗すようにドロンパが反対側に座ったため、俺はふたりに挟まれる形になった。

 ソーシャルディスタンス? なにそれIT用語? と言わんばかりの女子ふたりに挟まれて、文字通り両手に花の状態だが、ウツボカズラやベラドンナに囲まれた蝶々になった気分で、まったく落ち着かない。


「――で、要件はなんだ?」

 俺を挟んでプレッシャーをかけあう傾奇者かぶきもの女子と、何を考えているのか不明な……たまに黒い部分を垣間見せる外国人女子の圧から逃れるため、体を乗り出して対面の席に座るヤマザキへとさっさと話を切り出した。


「うむ、それなのでござるが……」

 テーブルの上にあった氷入りのピッチャーを空っぽにする勢いで水を飲み飲み、滝汗をかきながらヤマザキが傍らに置いてあった紙袋から、なにやら薄い本を取り出した。

「これでござる」

 三冊差し出されたそれを各々受け取って、内容をパラパラと流し見る。

 20Pほどのそれは漫画で、ヒラヒラした衣装の女の子たちが際どい格好をして……まあ、なんだ、「触手」とか「粘液」とか「派手に破れた服」とかの、そういうジャンルのものばかりだった。


「エロ本?」

 端的に内容を要約したのは樺音ハナコ先輩である。

 なお、言いなれないのか、発音が『エ↑ロ↓本』になっていた。


Nonのんnonのんnonのんnonのんっ! 今度のコミマに出品する拙者の作品でござるよ!」

「「「コ○ケ?」」」


「いや、ソレは忸怩じくじたることに、今年の新型君ウイルス騒ぎの影響で夏は中止になった上に、冬も来年へ延期されたのでござる……」

 一般人にとっては果てしなくどーでもいい話題を、親が殺されてもこんな顔はしないだろうという、沈痛な表情で絞り出すように解説するヤマザキ。

「そう……我々の愛したコ○ケは死んだ! なぜだ!?」

 改めて口に出したことで気持ちが高ぶったのか周囲の迷惑を顧みず、拳を振り上げ内なる衝動のままに一席ぶつ。


 そういえば昔、『¥マネー〇虎』というTV番組で、ソ〇ト・オ〇・デマ〇ドの(当時)社長だった高橋が〇り氏が、オタクの定義を「オタクという人は、自分の感情を最優先させる」と言っていたが、確かに言いえて妙である。

 あとどうでもいいが、少し離れた席で昼間から酒を飲んでいた白スーツにサングラスのおっさん世代が、

「ボンボンやからやね……」

 酒臭い息で合の手を入れていた。


「そーいえば、なんで二ホンでは『新型君ウイルス』って言うですかね。『スペイン風邪』や『日本脳炎』みたいに、『チャ○ニーズ・君』でいいと思うのですが?」

 慙愧の念に堪えないヤマザキのギ○ン・ザビばりの演説を無視して、メリケンらしいドロンパの疑問にドリンクバーのオレンジを飲みながら俺と樺音ハナコ先輩が応じる。

「……いろいろあるんだよ、日本の場合は忖度とか、表現の自由という名の不自由が……」


きこり』とか『百姓ひゃくしょう』が差別表現になるから差し控えなきゃならないとか(使えないわけではないが、クレームがつく可能性があるので覚悟するように出版社から念を押される)、肯定的にとらえているものならOKだけど、否定的に名前を出している固有名詞はダメだとか。色々とあるのだ。いろいろと……。


「……特にこの作品はその辺のストライクゾーンギリギリを攻めているからね~」

 メタな樺音ハナコ先輩の嘆息が続いたところで、ピッチャーの水を飲み干したヤマザキが、

「おねーさん、お水ちょーだい!」

 話を切り上げて水の追加を要求した。


「……お前、あんまり水を飲みすぎるなよ。フルマラソンをすれば一度に体重が五㎏は減るけど、そのうち減る脂肪は三百gだけで、残りの四・七㎏は汗――水分って結論が出ているんだからな」

 つまりデブというのは基本的に水膨れであるのだ。

 そう諭す俺の忠告を無視して、ウエイトレスが運んできたピッチャーの水を、手酌でグビグビ飲み込むヤマザキ。

「そうすると拙者はさしずめ水が抜けると弱体化するアク〇イザー3のガ〇ラでござるな~」

 なにやら自分で自分を評し、納得して呵々大笑する。

「ともあれ、コ〇ケは諸般の事情で開催できないことになったのでござるが、オリンピック等催し物も延期になったことでビッ〇サイトに空きができたということで、有志が募って『コミックマート』という同人誌即売会をねじ込むことに成功したのでござるよ。略して『コミマ』。当初は『コミット』という案もありましたが」

「ラ〇ザップの謳い文句みたいね」

 ヤマザキあんたにはそっちの方が必要でしょう、と言わんばかりの目でヤマザキの腹のあたりを見据える樺音ハナコ先輩。


「……というかいいのか、このご時世に?」

 思わず唸る俺。

 日本中はおろか世界中からオタクが集まってクラスター感染したら……世界中のオタクが全滅するな。あ、別に問題ないか。

「当日は全員アルコール消毒とマスク着用を義務づけるので大丈夫でござる」

 胸を張るヤマザキだがフラグとしか思えない。


「で? ケッキョク、なんで私たちを集めたわけ?」

 そこでいささかうんざりした表情でドロンパが核心的な疑問をヤマザキにぶつけた。

「それなのでござるが。実はお三方に売り子を頼みたいのでござる」

 そう口にして「この通り」と、頭を下げるヤマザキ。

「「「売り子?」」」


 疑問というよりも、なんで自分たちに白羽の矢を立てるんだ!? というニュアンスでオウム返しに口を揃える俺たち。

 その辺を察したのだろう、ヤマザキは真面目な顔で頷いた。

「うむ。普段であれば拙者の友人たちに頼んで助力を仰ぐのでござるが……」

 なんでオタクという人種は、普段日常で使わない日本語をここぞとばかり使いたがるのだろう?

「夏休みも終わって時期が悪いのと、『Go Home トラベルキャンペーン』もあって、なかなか人手が集まらないのと――」

 なんかキャンペーンの名称が違うような気もするが、内容的には間違っていないような気もする話である。

「ぶっちゃけパッとせんオタクばっかり並んで売るよりも、見目麗しい一般人に手渡ししてもらった方が売り上げが伸びると考えたでござるよ」

「ホントにぶっちゃけたな」

 思わず呆れてツッコミを入れざるを得ない俺だった。つーか、ブーメラン発言もここに極まりって感じである。


「なんならコスプレして売り子してくれたら、なおバッチグーでござる。神々廻先輩は得意でござろう?」

「私のはコスプレじゃない! 終焉の空から流れ落ちる闇をまといし優艶なる光の翼! それこそが我、〈漆黒の翼バルムンクフェザリオン〉の字名あざなの由来であり、この姿は真実の――」

 立ち上がって黒のコート(さすがに秋物らしく生地は薄い)を翻しながら、いつもの啖呵を切る樺音ハナコ先輩。


 そーいや、デーモン閣下も素顔と言いながら毎年のように微妙に顔が変わっているよなぁ、と思いながら、俺は手にした薄い本をテーブルの上に置いて首を捻った。


「つっても、俺はこの手のジャンルは詳しくはないんだが?」

 アニメも見ないしな。最近は異世界転生ものが多いらしいが、メリーさん曰く、

『無能のニートが転生ボーナスで無双するのが異世界ものなの……!』

 らしいので、なおさら興味ないし(だいたいライブで異世界へ行っている幼女と通話しているわけだし)。


「いや、見ての通りピッグピンクちゃんし同人誌なので、ピッグピンクちゃんを知っていれば十分でござるよ」

「…………は?」

「ピッグピンクちゃんでござる」

 表紙の女の子を指して再度念を押すヤマザキ。

「……いや、そんな〝新宿コンフィデンシャル”とか〝ずんどこべろんちょ”みたいに、知っているのが当然というていで話を振られても困るんだが」

 このキャラクターの名前だと思うのだが、知るかそんなもん!


「同志ともあろうものが不案内とは嘆かわしい。〝魔法美少女戦隊ミートストック”のピッグピンクちゃんでござるよ。拙者の百八人いる嫁のひとりで、殿堂入りしている相手でござる」

 傍らに置いてあった紙袋から、フィギュアというやつか? ピンク色の髪とミニスカの衣装を着た少女が、両手に巨大なナイフとフォークをもって、さらに足元にブタの生首があるという、わけのわからん人形を取り出して、愛おしそうに頬ずりするヤマザキ。

「……なんだそれは?」


 知ってる? と目線で座り直した樺音ハナコ先輩と、ジンジャーエールを飲んでいるドロンパに問いかけると、曖昧な表情で苦笑いされた。

 知っていることは知っているが、あまり触りたくないという雰囲気である。

 

「本当に知らないでござるか? 三年前に一世を風靡したアニメ『魔法美少女戦隊ミートストック』を!」

「知らん」

「かあ~~~っ、なんたるちあ、サンタルチア! 2クールで放送予定が視聴者からの抗議で16話で打ち切りになった話題作でござるぞ!」

 それは話題作というよりも問題作と言うべきではないだろうか?

「異次元からの侵略者。全人類を菜食主義者にするという悪魔の姦計をもって、人間を洗脳しようとする『ビジタリアン』――ビーガンとベジタリアンの造語でござるな――に対抗すべく、ハンニバル博士によって魔法の力を与えられた少女たち。それが〝魔法美少女戦隊ミートストック”でござるよ」

 オタク特有の早口で説明をするヤマザキ。

「ちなみに普段はごく平凡な中学生、猪八重いのはえ丹紅にくちゃんが、ブタの生首を変身アイテムに魔法美少女ピッグピンクになるという斬新な設定で……」

「斬新すぎるだろうっ!」

 思わずツッコミを入れざるを得ない俺。

「他にも仲間に『チキンホワイト』『ホエールブルー』『ビーフブラック』『シープホワイト』などがいて、各々該当する動物の生首を……」

「ホワイトがダブっている上に、ホエールとかもろに外国人にケンカ売っているよな?!」


 それ以前にクジラの生首なんて調達できるのか? 女の子が持てるのか? そんだけの腕力あったら変身する必要ないじゃね? とか様々な疑問が湧き起こるが、すべてスルーされた。


 ◇ ◆ ◇


 その頃、異世界では幼稚園児に渡し終えたバルーンアート用の風船を手にしたお兄さん(35歳・緑のもっこりタイツ)が、軽く風船を膨らませて手本を見せてから、

「じゃあみんなで一斉に息を入れて膨らませてみよう!」

 そうにこやかに合図をしたのを皮切りに、園児たちが風船を膨らませはじめた……が。


「……できないなも~」

「ふうふう、これ欠陥品じゃないの!?」


 簡単そうに見えて実はトランペットの音を出すのと同じように、最初は大人でもなかなか膨らませられない風船(頬の筋肉と呼吸にコツがいるのだ)。これを前に園児たちが悪戦苦闘をしているのを眺めて、

「あらら、難しかったかな~?」

 サクサクと簡単な『犬』とか『剣』とか『花』などを作っては披露しつつ、経験者が未経験者に対して内心で優位に立つ――いわゆる「童貞になにができる」――マウンティングのほの暗いよろこびに浸る自称バルーンアートのお兄さん(35歳)。


 なお、できたらできたでちょっとした手違いで風船を割って肝をつぶす……その様子を眺めて、「よくあることだから、気にしないで~」と、動じることなく慰める余裕を見せるのも、素人相手にした際のおたのしみポイントであった。


 ◇ ◆ ◇


「ちなみに公式での人気投票では、ミートストックのメンバーを押さえて、12話に出てきた歌とトマトで人間を誘惑しようとしたビジタリアンのポモドーロちゃん(12歳)が、ぶっちぎりの一位になっているでござるよ。腹立たしいことにスピンオフ作品の『ポモドーロちゃんのトマト日和』が、今季アニメ化されることに……!」

 ヤマザキが釈然としない口調で吐き捨てる。


「ああ、脇役や非公式キャラクターが本家を食う、いわゆる〝メアリースー”ってやつか」

※『メアリースー』は、スター〇レックの二次創作小説に出てきてオリジナルキャラで、主人公を凌駕する人気を博したことから、そこから転じて「ぼくのかんがえたさいきょうきゃらくたー 」全般のことを指すようになった。


 がぶがぶと水を飲みながら、さらにまくし立てるヤマザキ。 

「本来なら『魔法美少女戦隊ミートストック』の終盤で明かされるはずだった、ハンニバル博士の人間を太らせて食う人類家畜化計画が発動され、手先である魔法美少女たちによる人間狩りが――」

「なんだその人類の敵は!?」

 前作の味方が次回作で敵なんてレベルじゃねーぞ!?!


「まさにどんでん返し! ――ま、番組はそれとは関係なく、ポモドーロちゃんがほえほえと日常を送りながら、トマト料理をおいしく食べるだけの内容なのでござるが」

「いいのか、そのスタンスで!?」

 裏では魔法美少女が人間を狩って食ってるんだろう!?

「日常系ってそんなものでござるよ。『優しい世界』というやつでござるな」

 したり顔で解説するヤマザキ。


「ねえ、トマトって聞いて私とNevaehネヴァとでお互いにパスタとピザを注文することにしたんだけど、ボロネーゼとジェノベーゼどっちも食べたいからあなた――じゃなかった、汝わが魂の伴侶たる〈狭間の守護者トワイライトガーディアン〉よ、互いにこの終末世界における饗宴を楽しもうではないか」

 眼帯をつけた方の目に包帯を巻いた手を当てて、歌舞伎の見得を切るようなポーズをとる樺音ハナコ先輩。あと、Nevaehネヴァって誰の事かと一瞬悩んだが、ドロンパの本名だった。

「つまり俺がボロネーゼを注文したら、先輩がジェノベーゼを頼んで、ドロンパがピザを選んで三人で分け合うってことですか?」

「「そうそう」」

 念のために確認をすると、頷く樺音ハナコ先輩とドロンパ。女子ってシェアするのに躊躇ないなと思いつつ、

ヤマザキこれとはシェアしなくていいんですか?」

 いまだに魔法美少女の裏話を一心不乱にまくし立てているヤマザキをハブにしていいものか、念のために確認してみる。

 途端、肩をすくめる樺音ハナコ先輩とドロンパ。


「予報では台風が迫っているみたいだし、コロッケでも食べさせておけばいいわ」

「いまどき食べながら『まいうー』とか騒ぐし、わたしさすがに食事は和気あいあいと食べたいね」

 取りなすようなふたりの言い分を聞いて、まいう~まだ息してたのか……とか、なぜ台風にコロッケ? とか疑問に思いながら――後でアンサー君にでも聞いてみよう――とりあえず頷いておいた。


「……まあ気持ちはわかりますよ」

「おおっ、さすがは同志! 話が早いでござるな! そう……プリ〇ュアも常に口にしているでござる。『諦めないで!!』と。――そういうことでよろしく頼むでござるよ! 神々廻会長殿、ドロンパうじっ」

 俺の相槌をなにやら勝手に売り子役を承知したと合点して、盛り上がるヤマザキ。

 ドサクサ紛れに一蓮托生にされた樺音ハナコ先輩とドロンパともども、思わず顔を見合わせてからいっせーのせーで手を振った。

「「「むーりぃー」」」

「な、なぜでござるか!?」

「「「興味ないから」」」

 おっさんが「日本人なら野球だろう」と脈絡も根拠もなく思い込んで、昨今の若者に、

「いや、そもそもルールもわかりません。なんで三振したのに〝振り逃げ”とか、ボールを取ったのに〝犠牲フライ”とか、わけのわからん状態になるんですか? 意味不明なんですけど」

 と言われて、「ウッソだろお前」と愕然となる状態のヤマザキを無視して、ドロンパが注文をするために卓上のブザーを押した。


 ◇ ◆ ◇


 さて、そろそろ空気入れポンプを取り出して助け舟を出すか、と準備しだしたバルーンアートのお兄さん(だいたい園児の父親よりも年上)であったが、園児たちに背を向けた瞬間、わっと歓声が湧き起った。

「へーっ、結構簡単に膨らむものなのね」

「キラキラ光って綺麗らも~」

「あたしメリーさん。フーセンが安物だからダメなの。メリーさんの手持ちの三個入りで九百九十九A・アーカム・コインの高級品なら一発なの。ちなみに薄さ0.01㎜のオ〇モト製……」


 自慢するメリーさんの手にあるのは虹色に輝く透明なバルーン――ではなくて、

「コンド……明るい家族計画を幼稚園児が膨らませないでください!」

 慌てて駆け寄っていってひったくるバルーンアートのお兄さん。


「横暴なの! だいたいおっさんのパフォーマンスが面白くないから、メリーさんが場を盛り上げるために頑張ったのに……!」

 頬を膨らませてぷんすか抗議するメリーさん。

「あー、確かにいまいち楽しめないわね」

 同意するジリオラ。


「くっ……!」

 これから盛り上げるつもりが目論見が外されたバルーンアートのお兄さんおっさんは、園児たちの冷淡な(幼児は時として残酷な天使と化す)視線を前にして、予定を前倒して先に大技を披露することにした。

「な、ならば、人間バルーンを見せるよ! えーと、ではメリーさん、この空気入れでお兄さんのお尻のところにある空気穴から空気を入れてもらえるかな~?」

 全身に着ている緑のタイツは実はバルーンでもあった。

 これを一気に膨らませて丸々とした人間バルーンに化し、大うけを狙っての起死回生の策である。


 空気入れを受け取ったメリーさん。

「これでお前のケツの穴に空気を入れて膨らませればいいわけ……?」

「尻のここにある空気穴! 間違っても尻の穴には刺さないように!!」

 猛烈な危機感を覚えて念を押すバルーンアートのお兄さんおっさん

「あたしメリーさん。わかったの(ダチョ〇俱楽部的に)……」

 頷いて背後に回るメリーさん。早速空気入れポンプを使おうとしたところで、小道具のひとつとして水素ガスが詰まったタンクが置いてあるのが目に入った。

「……!」

 ポンッ、とその瞬間手を叩くメリーさんであった。


 ◇ ◆ ◇


『あたしメリーさん。そーいうことでおっさんは風船おじさんと化して、空に浮き上がって天井を破ってどっかに消えたの。お陰で大うけだったので、お互いにWIN=WINになったのはメリーさんの機転のお陰……』

 その夜、かかってきたメリーさんからの電話に出た俺は、事の顛末を聞いてため息をついた。

 いろいろと言いたいが、

「お前は、猿の手か?! 他人ひとの願いや夢を、もっとも嫌がる形で実践しやがる」

 そう応じるので精いっぱいだった。

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