番外編 あたしメリーさん。いま大迷宮で行方不明になっているの……。
「俺は海底人じゃな~~い! ぐあああああああああああああっ!?!」
〝――えっ、なに?! どうしたのいきなり……!?”
夜中に悪夢にうなされて、Tシャツ×短パン姿でベッドから転がり落ちた俺を、添い寝していた(夏場はひんやりして涼しいのだ)霊子(仮名)が、キャミソール×パンツという俺と同じ夏向きの格好で目を白黒させながら、唖然とした顔で上半身を持ち上げ、ベッドの縁から身を乗り出すようにして俺を見下ろしていた。
――ちっ、生身だったら胸元が大胆に重力に引かれて、山頂まで望めるものを。まったく揺らぎもしない。
ともあれ、いま見た夢を反芻しながら寝汗を拭う俺。
「……はあはあ……わけのわからん夢を見た。俺が浦島太郎になって、乙姫なメリーさんと『海底ヌ~帝国』を建国して、地上を征服しようと攻勢をかけた矢先に、人類の反撃にあって阿呆なメリーさんが油断しまくり、たちまち劣勢に立たされ、俺も海底人の一味として処刑されるという、あり得ない童話だ……」
〝それ童話!? なんかのジョーク? もうちょっと詳しい解説が欲しいんだけど??”
説明するのも面倒くさい。
なお海底帝国を滅ぼした謎の戦艦は、続編では宇宙からの侵略者に対抗して、金星で決戦を行い――なぜか敵の宇宙人は管理人さんだった――ラストで俺は先端のドリルで特攻させられる……といものだった。
なんで昭和の作品って特攻ばっかりなんだろう……? などと床の上でしみじみと感慨にふける俺。
まあ夢なんてとりとめのないものだが、
『ジョークの解説はカエルの解剖に似ている。多くの人々にとっては大して興味がないし、カエルはそれで死ぬ』
とマーク・トゥエインも啓蒙しているように、与太話をグダグダ解説するのは愚の骨頂である。
首を傾げる霊子(仮名)を放置して、とりあえず喉がカラカラなので水分を求めて、キッチンへと匍匐前進で這い寄る俺。
基本的に匍匐前進は得意……というか俺の
夢で今日はメリーさんはお腹いっぱいなので、電話とかこなきゃいいな――と思った矢先にメリーさんからの電話がスマホに入った。
「……うえ~~~っ……」
げんなりしながらのそのそと這って戻ってスマホを手に取る。
>【メリーさん@そもそも狐は葡萄を食べないので、酸っぱい葡萄は成り立たないの】
「――もしもし! お前、絶対に同じ夢に出演していただろう!?!」
速攻で通話にして怒鳴りつける――というか、詰問をする。
『あたしメリーさん。メリーさんなんのことだかサッパリなの?
とぼけているんだか、本当に知らないのか、相変わらず判断の付かない幼女であった。
「お前の場合は秘湯に出かけて、どっかの村で不用意に邪神を召喚するほうの『同床異夢』のような気がするが……」
そう独り言ちたところで、こんな夜中にアパートの中庭に何人かが集まって、何やら騒いでいる気配がした。
『太陽が第五の宮に入り、土星が三分の一対座になる時! いまこそこの地へ偉大なる神を召喚するものなり!』
夜中に気勢を上げる迷惑集団。
『『『『『『『『『おおおおおおおおおおおおおーーーーっっっ!!!』』』』』』』』』
『『『ベナティル、カラルカウ、デドス、ヨグ=ソトース。現われよ、現われ出でよ』』』
『『『聞きたまえ、我は汝の縛めを破り、印を投げ捨てたり』』』
『『『我が汝の強力な印を結ぶ世界へと、関門を抜けて入りたまえ!』』』
……夏だからなぁ。
と辟易したその瞬間、俺の部屋の隣に住む大学生(?)たちが、また今日もサークルの集まりがあったのか、ドアを乱暴に開け放つと、雪崩を打って二階から中庭へと落ちていった。
『てめーら、ヒトのシマでヨグ=ソトースなんぞ召喚するんじゃねーっ!!!』
どうやら夜中の乱痴気騒ぎに堪忍袋の緒を切らしたらしい。あるいは酔っぱらっているのか、直接苦情を言いに殺到してもようである。
『ふん、今宵の星辰ではクトゥルーは召喚できまい。偉大なる我らが神の前に平伏するがいい!』
『なんの! ならば――』
『『『暗黒のファラオ万歳! ニャルラトテップ万歳!』』』
『『『くとぅるふ・ふたぐん、にゃるらとてっぷ・つがー、しゃめっしゅ、しゃめっしゅ』』』
『『『にゃるらとてっぷ・つがー、くとぅるふ・ふたぐん』』』
『にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな!』
猫でも崇めているのか? むくつけき男たちが「にゃんにゃん」と奇声を発している。
ついでに呪文の合間に、『銀髪美少女での登場でお願いします!』『あの二郎のヤサイマシマシニンニクカラメ大ブタダブルヤサイマシマシニンニクアブラアブラみたいな姿はなしで!』という、欲望が駄々洩れの要望が随所から飛び交っていた。
『くっ、貴様ら……無節操にもナイアルラトホテップを召喚するつもりか!?』
『ふははははっ、その通り! かの神ならば星辰を無視した召喚にでも応じるはず!』
『ぐぐぐっ……確かに。あの節度というものがない、無軌道で勢いで何でもする、笑いに命を賭けているような刹那的な神であれば来るかも知れん……!』
「…………」
なんかエゴサした結果を見たみたいで、妙に腹立つな……。
『あたしメリーさん。聞いてるの? もしかして寝てない……?』
「……いや、すまん。ちょっと夜中で寝ぼけていた……」
とりあえず冷静になろうと努めて、床の上に胡坐をかく俺。
なお、霊子(仮名)は面倒くさそうに再びベッドに横になっている。
『気にしなくていいの。海底だとか宇宙空間だとかドリームランドだとか、夢なんてIDコロコロする荒らしに苦慮するのと同じで、とりとめもないの……』
「お前、やっぱり同時出演してたんじゃないのか!? つーか、夢の中で俺が『浦島太郎』だったのに、まんま『メリーさん』って言ってたよな!?」
もはや確信をもって確認をする。
『農民のリ〇クが頑張って冒険しているのに、捕まってる姫の名前がタイトルで〝伝説”になっているように、世の中美少女とか美幼女が優遇されるものなの……』
「……納得いかねえ!」
そう吼えたところで、夜中なのを思い出して慌てて口をつぐむ。
まあそういっても表では大騒ぎしているわけなのだが、気のせいか第三勢力が乱入して、速やかに騒ぎを鎮静化しているような感じもする。
『なんだこの二宮金次郎の像は!?』
『『『『『『『ぎゃああああああああああああっ!?!』』』』』』』
『『『『『『『『ひでぶ~~~っ!!』』』』』』』
なにやらドタバタと重量級のドスコイが暴れ回っているような音も聞こえるが、夏場だと夜中まで無軌道な若者が大騒ぎをするのは毎年の恒例なので気にしないことにして――。
「……つーか、冷静に考えると、こんな夜中に幼女が電話かけてくるとか、どうかと思うのだが?」
『冷静に考えるとメリーさんが夜中に電話かけるのって普通なような気がするの……』
いや、お前、普段は朝飯まで寝床でグーグーグーだよな?
『メリーさんいま、大迷宮で迷っていてそれどころじゃないの……』
「大迷宮? ダイダロス迷宮みたいなダンジョンか?
『だいたいあっているの。お昼にはフードコートでキング牛丼を食べたし……』
フードコートのあるダンジョンってなんだそりゃ!?
「本当にダンジョンか!?」
『ダンジョンなの。その名も「ルーモンオイ」という迷宮なの……!』
どっかで聞いたような名称の迷宮だな、おい。
『メリーさんたちが一日かけて迷宮を攻略して、いざ帰ろうと思ったら、ダンジョンの最後の罠にはまったの……!』
「ほう……」
『その名も〝ルーモンオイの駐車場迷宮”! ここだと思って置いたはずの駐車場に、あるはずの馬車にどうしてもたどり着けない恐るべき迷宮なの……!』
ああ、アレか。アレは確かに一度見失うと、コマンド総当たりしてもたどり着かないんだよなぁ。
『最初にとめた場所、メリーさん絶対にJの9だと思ったのに、オリーヴは頭文字がDから始まるところだったって譲らないし、ローラはC3って言うし、スズカはH2で、エマに至っては63194で、どこのネバーランドの識別番号かっていう数字を出して混迷を極めたの……』
「お前ら全員、伝言ゲームで確実に足引っ張るタイプばっかりだな」
『他の馬車がなくなる夜中になれば見つけられると思って、メリーさんだけ冷房の効いた迷子センターにいて、オリーヴたちはいまだに駐車場を徘徊しているの……』
普通、他の皆が汗だくで夜中まで頑張っていたら心苦しいとか思うものだと思うが、相変わらず浪花節とは縁遠いのがメリーさんクオリティであった。
『ここの迷子センターって四畳半畳敷きで何もないから退屈なの~。ちなみに真ん中に半畳の畳があって、普通の畳が
「お前な、四畳半で卍敷きは、別名『切腹の間』と言ってだな……」
明らかに悪意にさらされているのに、一向に頓着しないメリーさん相手に、俺は物理よりも怖い人の心の機微という迷宮の恐ろしさを一晩中説明する羽目になるのだった。
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