番外編 あたしメリーさん。いま貴方の隣にいるの……。

《ある朝目覚めると、世界が幼女に支配されていた!?》

《世界を救うため、少年たちは命がけの戦いに挑む!》

《「悪いなのび夕、この最終決戦防衛兵器は二人乗りなんだ」》

《「安心しろ。俺は天下無敵の男だぜ!」》

《「ヌネ夫! シャイアンッ!!」》

《『シン・ドラいもん のび夕の幼女決戦』公開予定が新型君ウイルスの影響で延期になりました。》


《ネットで話題騒然『100日後に食われるブタ』の屠殺が、新型君ウイルスの影響でもう100日延長されることに!》


《テレワークの弊害! 社長以下、一族役員が自宅で全裸でいる裸族だったため、参加者全員がフルチン会議となった大手家電メーカーの騒動。セクハラ・パワハラか!? はたまた新時代の幕開けか?!》


 泊っているホテル(といっても五部屋くらいしかないペンションみたいな平屋建ての建物だが)の部屋で時間つぶしにスマホをいじって、現代日本のニュースを斜め読みしていると、準備ができたらしい。

 これみよがしに部屋の床に置かれた黒電話にスポットがあたる。


「……なんすか、これは?」

「電話機よ、電話機。最近の子は使い方を知らないって聞くけど、リーダーもそうなわけ?」

 業界人の馴れ馴れしさで、オネエ口調で確認してくる松平D。

「いえ、まだ駄菓子屋の店先とか公衆電話とか、田舎では現役だったのでわかりますけど、どっからこんなもの持ってきたんですか?」


 前に聞いた話では、異世界に電話はなかったはずなんだが。


小道具ガジェットよ、小道具ガジェット。当然、電話線は繋がっていないから、あとから音声や通話音とか合成するからよろぴく♪」

「なるほど」

 試しに受話器を取って耳に当てるが、ツーともカーとも音はしない。

「あたしメリーさん。いまあなたの後ろにいるの……」

「「「「「早い! 段取りを無視するなっ!」」」」」

 即座に脇でスタンバイしていたメリーさんが包丁を振り上げたのを、オリーブたちが押しとどめて、俺と番組スタッフが一喝した。


 ちなみにメリーさんたちも、偶然、同じホテルの隣の部屋に泊まっていたらしい。

「俺たちも異世界に来てから一週間くらい、泊りっぱなしなんだが?」

「メリーさんたちもそのくらいから泊っているの。まさか隣にいるとは盲点だったの、意表を突かれたわ……」

 近くにいたらいたで、レスポンスの悪い都市伝説である。


 ともあれ、『メリーさん』の本懐を遂げようとするメリーさん。

「あたしメリーさん。ターゲットと同じ部屋の中にいるんなら、前座なしでいきなり本番に突入するのが当然なの。『徹子〇部屋』だって、個室……男女……何も起きないはずもなく……というわけで、男を部屋に呼んだ段階で覚悟決めてるはずなの……!」

「「「「「してねーよっ!!」」」」」

「――あと、台詞もちゃんと台本に従ってもらわないとダメだよ。はい、もう一度ここの部分を繰り返す!」

 そう言って手書きの台本を差し出し、赤線を引いたところを指す松平D。


 勢いに飲まれたメリーさんが台本に書かれた自分の台詞を暗唱させられる。

「あたしメリーさん。えーと……『ひっく、ひっく……。あのね、お兄ちゃん。メリーさん、とっても怖い夢を見ちゃったの。だから、そっちにいって一緒に寝てもいい……? わあ、ありがとう………! えへへ』」

「「――ちょっと待て(待つの……)!」」

 思わず松平Dへ詰め寄る俺とメリーさん。

「「メリーさんはこんなこと言わない(ぞ)(の……)!!」」


 当然の俺たちの主張に対して、「はン……!」と鼻先で一蹴する松平D。

「これだから素人は……思い入れが強すぎて、『飛〇はそんなこと言わない』とか言っちゃう系の腐女子みたいで手に負えないわね。いいこと、プロの脚本家(松平Dが一晩で書いた)が、血と汗と頭を振り絞って書いた台詞に、何も知らない素人が文句つけられると思っているの!?」

「……いや、俺、メリーさんに狙われる当事者……」

「……メリーさん本人なの……」

 なんとか抗弁する俺とメリーさんだが、聞く耳を持ちやしない。


「いいや、言うね! なんなら記者会見を開いて『メリーさんは言いまぁす』と、言い切ってもいいくらいよっ」

 逆切れとS〇AP細胞やめーい!


 つーか、どうして自分から縛りプレイにしようとする? もっとふんわりした脚本でいいんじゃないのか???

「メリーさん、せめてきょ〇玄の脚本だったら許せたんだけど……」

うつろげんな、ウ〇〇ブチ……つーか、それだとガチで洒落にならない『メリーさん』になるぞ、をい」

 少なくとも人類は滅亡するだろう。

「アニメでもいいの。監督、富野〇悠季……」

 なおも妄想を語るメリーさん。

「ハンニバルとカエサルが二人三脚で攻めてきたようなもんで、ますます皆殺しエンドが自乗されたな」

「演出家、山〇寛ヤ〇カン……」

「いきなり全部ひっくり返されたった!!」

「あとメリーさん思うんだけど、ヴィーガンってなんで人類絶滅させようとしないのかしら? 人間がいなくなるのが一番自然のためだと思うの……」

「ナチュラルに思考がラスボスみたいな感じというか、デビ〇ガンダムみたいだな、お前って」

「この種を食い殺せ……!」


 そんな風な俺とメリーさんの頑強な抵抗に対して、松平Dも多少は譲歩の姿勢を見せたのか、その場で「しかたないわね~」と、脚本の手直しを始めた。

「――はい。これならいいでしょう?」


 ということで、リテイク――。


【黒電話が鳴る】

「はい、もしもし……?」

『あたしメリーさん。べ、別に、あんたのために会いに行くんじゃないんだから勘違いしないでよね! 私だって本当は……ななな、何でもないわよっ!』


「「――えーかげんにしろっっっ!!!」」

 思わず俺が受話器を黒電話に叩きつけるのと、アフレコしていたメリーさんが台本を床に叩きつけるのとが同時だった。

「なんなの、この露骨な商業主義は!? さすがのメリーさんも本業を馬鹿にされると本気で怒るの……!!」

 かろうじて都市伝説としてのプライドはあったらしい。メリーさんが、包丁を振り回しながら松平Dに詰め寄る。

「しかたないでしょう、このぐらいの脚色は! この業界、『視聴率は命よりも重い』って言うのよ」

 微塵も揺るがぬ松平Dの言いように、メリーさんを羽交い絞めにしているローラが首をひねる。

「ですが、明らかな嘘を報道するというのは……」

「いいのよ。いまどきのテレビを本気にしている視聴者なんていないんだから」

 完璧に開き直っている……というか、こいつが一番テレビを馬鹿にしているのではないんか? と思う俺だった。


「……こんなスーダラ節で大丈夫なんですかね?」

 思わず俺は近くにいたアシスタントディレクター(AD)に確認する。

 すると若いADは乾いた笑いを発して、

「大丈夫っすよ。だいたい現場で問題があっても――」


現場「これ絶対やばいっすよ」

AアシスタントDディレクター「なんか、やばいらしいですよ」

Dディレクター「ちょっと、やばいって言ってます」

Pプロデューサー「なんか問題が出てきたみたいですよ」

局部長「順調ですが、ひとつだけ問題があります」

局長「ほぼ問題なく進行しています」

社長「うむ」


「――という感じで、だいたいうやむやになって現場にしわ寄せが来るだけですから」

 ……いやな世界だな、日本の会社組織って。


「メリーさんやる気がガタ落ちなの。貞〇じゃないんだから、別にテレビに出演しなくてもネームバリューがあるから問題ないの……」

 番組降番を口に出したメリーさん。松平Dが取ってつけた笑顔で御機嫌を取りにいった。

「ま、ま、まあまあ。撮影が終わったら、お菓子をあげるから、ね?」

「……人攫ひとさらいの手口なの」

 なおさら不信感を抱くメリーさん。

「ちょ、ちょっと、リーダー! リーダーからも説得してっ」

 水を向けられたが――。

「いや、正直俺も気が乗らないですし、これって当初のバイトの範囲を逸脱してますよね?」

「現場は流動的なのよ! それにリーダーだって、ローカルとはいえアイドルになって有名になりたいでしょ!?」

 いや、全然。

「つーか、大学生がそんな海のものか山のものかわからん商売に、本格的に足を突っ込む気はないので」

「気概がないわね! 孫〇義、堀〇貴文、ひ〇ゆき、みんな大学生で起業したり、一山当てたのよ!!」

 誰もかれもアンチが多そうな面子である。

 その後の交渉で、メリーさんはホテルで一番高い『オークシェフの特製・女体盛り』を奢ってもらうことで手を打った。

「メリーさん、一度女体盛りを食べてみたかったの……」

「……料理人がオークの時点で、『注文の多い料理店』的な、猟奇的女体盛りしか想像できないのだが」

 仕方ないので俺も付き合うことになったわけだが、さすがに脚本は大幅に手直しをしてもらうことに……つーか、あからさまに受け狙いにするんじゃねーよ!


「ともかく、下手に凝った演出はやめましょう。基本を無視して応用しようとすると、悲惨な結果になるのは嫁の飯からも自明の理ですよ」

 そんなわけで、太一郎が実体験に基づいた説得をしたことで、まずは基本に従って段々と迫りくる『メリーさん』をやることになった。


「……なんですか、この腕時計は?」

 小道具として俺とメリーさんふたりに、松平Dから渡されたゴツイ腕時計。麻酔銃でも仕込んでありそうな大きさだが……?

「通信機よ通信機。三百メートルくらい離れていても通信できるわ」

 ウル〇ラ警備隊の備品みたいだな、と思ったけれど発想が古いといわれそうなので黙っていた。

 代わりにメリーさんが、

「あたしメリーさん。一千年の未来から時の流れを超えてやってきた。流星号応答せよ、流星号! 来たの、よし行くの……!」

 通信機越しにもっと古いことをやって部屋の外に飛び出していった。

「ス……スーパージ〇ッター?!」

 目を剥いたスズカを筆頭に、メリーさんを追いかけて部屋の外へ行くオリーヴ、ローラ、エマたち。


 一応、メリーさんたちも表でスタンバイということで、カメラが回った。


【鳴り響く黒電話】

「はい、もしもし……?」

『あたしメリーさん。いま、花屋の前に「石焼き芋い~し~や~き~いも……イモっ! おいしいおいしい安納芋だよ!」』

「『…………』」

『――急用を思い出したので、ちょっと待つの!』

「いや、そっちが待て! 芋を買いに行くつもりだろう!?」

『…………』

「無視するな、こらっ!!」

 15分後――。

『もぐもぐ……あたしメリーさん。いまあなたのところへ……』

「向かって来てないだろうっ。石焼き芋屋を追いかけていっただろう!?!」

『そんなことないの。いまそっちに向かっているところなの……』

「蕎麦屋の出前か、こら! つーか、いまも電話口でもぐもぐ食ってるだろうが!」

『もぐもぐ……気のせいなの。もぐ○ぐ風林火山の話をしているだけなの……』

「そっちのほうが問題ありだーっ!!」


 そんな俺とメリーさんのやり取りを横目に、開き直ったらしい松平Dが、

「カメラを止めるなっ!」

 やけくその撮影を続行していた。


《後日談――》

『こうして我々の異世界での驚愕の体験は幕を閉じた』

 遠ざかる異世界の街並み。

 走るロケバスの背後から、メリーさんが必死に追いかけてくる。

「待つの! よく考えたら、そのバスに乗れば元の世界に戻れて、あなたのことも刺し放題なの! 待って……!」

 だが、みるみる速度を上げていくバスに追いつけるはずもなく、途中の砂利道で転んでしまうメリーさん。

「ううう……きっと、きっとあなたのことを探してみせるの……!」

 その叫び声を背後にして、バスは遠ざかる。

『さらば愛しきメリーさん。さらば異世界よ!』


 ――終――


「――と、ここまで撮影したんだけど」

 埼玉ピティレスTVの控室で、出来上がったらしい番組の内容を再生した痛チャラPこと、真木Pが再生を止めて……大きくため息をついた。

「……諸般の都合で放送ができなくなりました」

「「「なんで!?」」」

 俺と谷口と太一郎の声がハモる。

 いや、洒落抜きでそう悪くない内容だと思うんだが……つーか、メリーさんが出演したわりに、あやうくいい話になってしまっているのだが。。。


「いろいろと問題があったんだけど、一番の問題は……大根を全員でリンチした場面が、ヴィーガンの団体から『野菜に対する差別だ!』と抗議が来たことで、お蔵入りとなりました」

「「「なんじゃそりゃ!?!」」」


 再びの絶叫。つーか、いい話に落ち着きそうなところでゲスくなるな、おい!

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