番外編 あたしメリーさん。いまウ●●マンの名を借りているの……。

《ナレーション:CV立木 ○彦》

『冒険者は常に危険と隣り合わせである。ダンジョンにおいては特に顕著であり、各階層にわずかばかり確認できる安全地帯においても、油断して気を休める暇はないのである!』

 なぜかダンジョン内の安全地帯にあったコンビニ(ファミ○ーマート)のトイレを、上から覗き込んだメリーさんが周囲一帯に聞こえる声で叫んだ。


「大変なの! トイレでウ●コたっている奴がいるの! 恥ずかしいの。笑いものにするの……!」

 途端、色めきたつメリーさんのパーティを筆頭とした、店内にいた冒険者たち。

「えええっ、ほんとーっ!?」

「上から水かぶせましょう、水!」

「みんなーっ、きてきて、トイレでウ●コしている人がいますよーっ!」

「はい、雑巾とモップです!」

 即座に寄ってたかって個室の上部から覗いて晒し者にしたり、バケツに水を汲んできてぶっ掛けたり、雑巾を投げたり、モップでつついたりのやりたい放題をする連中。


『ぎゃああああああああああっ、やめろーーーっ!!!』


 個室で踏ん張っていたどこぞの冒険者の悲鳴を聞きながら、俺は無法の限りを尽くすメリーさんを、とりあえずトイレの上部から引き摺り下ろした。

「やめんか! お前らしつけのなってない小学生か!?」

「あたしメリーさん。異世界ではこれが普通なのっ。冒険中にトイレでウ●コするようなやつは、ウン●マンと呼ばれる運命さだめにあるの……!」

「…………」

 そーいや、小学生の頃、クラスにふたりくらいはいたな、ウ●コマン……。

 ちなみに陽キャは自らネタにしたけど、陰キャはひたすらイジリイジメの対象になったもんだ。

 なお統計によれば、日本全国に『ウ●コマン』と呼ばれる小学生は、二十万人はいるという。


 頑張れウンコマン。負けるなウンコマン。社会に出るその日まで!

【BGM:嘉門○夫『ゆけ! ゆけ! 川○浩』】


「カ~~ット!! カメラ止めて! 映さないように! って、なんだこの光景は!? そもそも何でダンジョン内にコンビニがあるんだ?!」

 と、ここでお馴染み『♪あなたとコンビに~♪』のバックミュージックを背景に、松平ディレクターDの制止の声がかかった。


「いや、どこにでもあって文字通り“コンビニエンス都合が良い・便利”だからじゃないんですかね~」

「HAHAHAHAHA! 見えるぜ、俺にはファミチキ齧っているカーネル・サ○ダースの姿が!」

「助かったなぁ、今月のポイントで子供に異世界のヌイグルミを持って帰れそうだ」

 このパターンには慣れている俺がそうとりなし、相変わらず頭が逝ってる谷口たにぐちが、この場に存在しない人物を指差して馬鹿笑いし(俺もアパートの部屋の中で、見て・聞こえて・最近は触感まで感じる幻覚女霊子と一緒にいる姿は、傍から見てこう見えるのかと愕然とした)、家庭を持っている太一郎が所帯じみた感想を口にしたのだった。


「そんな屁理屈が通るか~~っ! “死と隣り合わせの世界”、“跋扈するモンスター”、“常識を外れたダンジョン”――ときて、いきなりコンビニとか、どこにでもある日常をぶっこまれたら、異世界要素台無しじゃないか!!」

 松平Dの慟哭ももっともだが、少なくとも『常識を外れたダンジョン』のくだりに間違いはないだろう。


 一方、番組スタッフの都合など一切斟酌しんしゃくせず、

「ウン●マンは晒し者にするのが異世界の掟なの……!」

「嫌な掟だな、おい! やめろよ集団でいじめとか」

「ジャパニーズ同調圧力舐めんな、なの……!」

「つーか、誰だってウ●コくらいするだろう!? お前だってイの一番にトイレに行ったってことは――」

「メリーさん、アイドル都市伝説だからウ●コしないの。間違ってもメリーさんがトイレにいっていたなんて吹聴しては駄目なの。そうなったら萌えブタどもが、『幻滅しました。めりーにゃんのファンやめます』とか言い出して炎上するの……」

 わりと真剣な表情で包丁片手に念を押すメリーさん。


 俺はとりあえず話を変える事にした。

「……しかし、いまさらだがダンジョン内にコンビニとか、なろうみたいな展開だな。安全地帯とはいえ危なくないのか?」

「大丈夫っすよ。この店はレンガの家なので、そう簡単にはやられないですから」

 聞きとがめた店員が朗らかに安全性をアピールするが、その信頼感は果たして磐石なものなのだろうか?

「あと、メリーさんはAmaz○nで買い物したら、送り先はファ○マ受け取りしているし……」

「……ああ、お前ら基本的に住所不定だからな」

「風来なの! 風来のシ○ンなの……!」


 同じ中身でも言い方にこだわりがあるらしい。強弁するメリーさん。

 つまるところ『孤独○グルメ』と『ぼっ○飯』の違いみたいなモンだろう。と、俺はフードコートを占領し出したオリーヴたちを眺めながら納得するのだった。


 そんな感じで、適当に全員がだらけ出したところで、番組的に危機感を抱いたらしい松平Dが吼える。

「いか~~ん! せっかく新型君ウイルスの騒ぎで、在京キー局のニュースやバラエティ番組、いずれも出演者がスタジオにおらず、延々と『SOUND ONLY』と書かれたモノリスが喋っているだけのいまこそ、他局を引き離すチャンスだというのに、このままではただの旅番組になってしまう!」

 その様子を眺めながら、俺はスタッフが購入してくれた(現地の金を持っていないため)、食品と飲み物を適当に見繕ってフードコートに着席した。

 当然のようにメリーさんが俺の膝の上に座る。


「……あのな。モノを食べる時はな、誰にも邪魔されず、自由でなんというか……救われてなきゃあダメなんだ」

 邪魔なのでそう言い含めるのだが、梃子でも動こうとしない。

 そのまま「あ~~ん」と口を開いたので、デザートのイチゴのクレープを突っ込むと、一口モグモグさせて、さらに追加を要求するメリーさん。なんとなく動物の餌付けのような気分になって、ホイホイと口へ運ぶのだった。

 もぐもぐ……ぱくっ……もぐもぐ……。


「美味いか?」

「値段相応の味なの。そういえば前にもとの世界の食堂が、なぜかこっちの世界に店を出したことがあったけど、速攻で潰れたことがあったの……」

 あー、あったわねー、とオリーヴたちも相槌を打った。

「……普通、異世界に現代日本の食い物屋が出店したら大繁盛のパターンじゃないのか?」

「ぜーんぜん。水のまずさと食品の臭さ、酒の酷さで現地人は二度と行かなかったらしいの……」

「あ~~~~、俺も都会に出てきて、蛇口の水を飲んだら、田舎との水質の違いで噴出したな、そーいえば」


 まして日本の水道水には確実に塩素が含まれているからな。自然水になれた現地人には耐えられないだろう。それに野菜には農薬。肉には化学飼料。魚には海洋汚染の影響が残留しているから、舌や鼻の鈍感な現代人とは違って、一発で違和感を覚えるのだろう。まして加工食品とかなら、さまざまな薬品が入っているのでなおさらだ。

 あと、ついでに外国人に日本の(麦芽とホップ百パーセント以外の)ビールを飲ませると「馬のションベン」と言い放つとか。


「そーだよな。未開人に現代文明の食品を食わせたら、拒絶反応を示すのが普通だよなぁ」

 海〇雄山をト〇プ〇リュで御馳走するようなもんである。流行るわけがないわな、常識的に考えて。


「だいたい異世界だというのに、ろくに異世界要素がない! ゴブリンもコボルトもオークも襲ってこないし!!」

「あたしメリーさん。ケニアに行ったからといって、いきなりライオンやカバに襲われないのと一緒なの……」

 メリーさんの反論に、松平Dが頭を掻き毟って再反論する。

「それじゃあ困るんだよ! だいたい、君ら魔王を倒した勇者だというから高いギャラ払って雇ったのに、やったのは途中で歩く大根を一本倒しただけじゃないか! こっちの都合を考えてみてもいいんじゃないの? つーか、本当に魔王を倒したわけ!?」

「勇者たるもの市民の犠牲は顧みないものなの。あと魔王は首が三つあって目からビームを放つ強敵だったの……」


 そんなふたりの遣り取りを眺めながら、俺は温めた饂飩ウドンを啜りながら、

「松平さんも元気だなぁ……」

 そう呟いた。結構……半日くらいはダンジョンに籠もっているというのに、心身ともに疲れた様子を見せないのは大したものだ。


 他の皆は――太一郎などは、ダンジョンの途中に生えていたでっかいかぶみたいな植物を抜こうとして、

「いけない、それマンドラ大根だわ!」

 オリーヴの注意も一瞬遅く、地面から引き抜かれた大人の下半身ほどもある、二股に分かれたマンドラ大根は、土から抜けた途端、まるで食人植物トリフィドのように動き出して、太一郎の顔面に向かって胴回し回転蹴りを放ち、

「――ぐわぁああっ!?」

 仰け反ったところへ、カポエイラのフォーリャというアクロバティックな蹴り技へとつなげ、倒れたところに素早く足四の字固めをきめたのだった。


「あたしメリーさん。ちなみにフォーリャというのは、ポルトガル語で『葉っぱ』を意味するの……」

 傍観しながらどーでもいい薀蓄うんちくを語るメリーさんをよそに、皆で寄ってたかって大根を倒したものである(※なお、倒したマンドラ大根はスタッフが美味しくいただきました)。


 以来、ダンジョン内で迂闊に植物にも触れられなくなった太一郎と、

「ちゃらちゃら~ん……眠らなくても疲れない薬~っ!」

 怪しい薬でブーストかけては、躁鬱状態を繰り返している谷口。


 なお、その軽快な口真似を聞いたスズカが小首を傾げ、

「ちょっと違いますね~。もっと濁声だみごえで、頼りになる感じじゃないと……なんだか、ただのいたずら友達って口調で違和感があります」

「そう? こんなもんじゃないの?」

 何を言っているんだ、という表情でオリーヴが首を振る。

 の〇代派とわ〇び派。ありがちなジェネレーションギャップが展開されていた。

 

 そして重い機材を背負ったスタッフが、ようやくの安全地帯で一息ついているというのに、松平Dだけが昨今の新型君ウイルスで、全世界的に自粛モードになっているというのに、世間を出し抜くことしか考えてないようであった。


 ともあれ、そんな松平Dの心からの叫びに、状況を知らないメリーさんたちが「「「「「???」」」」」という顔をしたので、俺はメリーさんたちにこっちの世界の騒ぎを、簡潔に説明した。


「……お陰で、俺とか母親から『都会から田舎へ帰ってくるな』と、ラブコールが届いている状況だ」

「うわ~、大変なんですね」

 ローラが憂慮した表情で同情し、オリーヴはなにやらツボに入った様子で、

「――ふっ。全ては青き清浄なる世界のための犠牲ね」

 マントを翻し、メリーさんはといえば――。

「あたしメリーさん。いまって家にいるだけで国から金貰える時代なの? 最高なの。早めにメリーさんも戻るの……!」

「お前、ちゃんと税金納めているのか? 金と聞いて、ここぞとばかりに甘い汁吸おうとするんじゃねーよ。都市伝説のメリーさんが」

 ただでさえセンシティブな問題なんだから、発言に気をつけないとさすがに炎上するぞ、こら。


 そう俺が嗜めたところ、松平Dがきょとんとした顔で、俺の膝の上で饂飩をシェアしているメリーさんに視線を定めた。


「メリーさん? 都市伝説……? って、もしかしてあの――『どうも、マ○オでぇーす』、『おっす! オラ悟○!』、『俺がガ○ダムだ!』に並ぶ、『あたしメリーさん』でお馴染みの、メリーさんの電話で有名なメリーさん?」

「……いや、さっきから『あたしメリーさん』って言ってましたよね?!」

 思わず俺が擁護するも、松平Dは興奮した様子で声を荒げる。

「ウン●マンの話題をしていたところで、その後の話なんて聞いてなかったわよ! 本物のメリーさんなわけ? リーダーの友達!?」


「……まあ、一応」

「メリーさんと彼とは、毎日のように一緒にチンチン電車に乗っていた、特殊な関係なの……!」

「……こいつメリーさんの言う関係は、入○コネクション並みの友達認定なので、まともに聞かないでください」

 ともあれ俺が肯定するのと同時に、目を爛々と輝かせた松平Dが、俺の膝の上でジュースを飲んでいるメリーさんを差して言い切った。


「これだわ! 『異世界で遭遇! 恐怖のメリーさん!!』。異世界要素にプラスして、都市伝説要素が加われば最強じゃない!」


「え~~~っ?!?」思わず懐疑的に俺は松平Dを見返した。「異世界だってだけでも、イモ○アヤコが火星のオリュンポス山に登頂成功した並みにうさん臭いのに、そこへもってきてメリーさんとかヤバすぎますよ! とんかつ屋の悲劇どころじゃないっスよ!!」


 必死に翻意を促す俺だが、松平Dはすっかりその気で『メリーさんの電話』へと、番組内容をシフトさせるのだった。

 ブレブレである。


 なお、メリーさんたちに散々からかわれたくだんのウ●コマンは、この悲しみと辛さをバネにして、

「激臭!! 菊華肛龍便っ!!!」

 謎のチート技を身に着けて、無双するようになり、敵味方を恐怖のどん底へと落としたとか……。

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