第58話 あたしメリーさん。いま謎の大陸(ルルイエの館)にいるの……。

 世界には謎が満ちている。

 科学万能主義にどっぷり漬かった文明人を自称する貴方。

 貴方が確固たる現実と思っているこの世界の片隅によくよく目を凝らせば、そこには科学では解明されない謎がいつも転がっているだろう。


 例えばUFOや心霊現象、超常現象に超能力、UMAや都市伝説、暗黒物質にオーパーツetc……。


 科学を万能と捉えて、それら未知の存在をないものと片付けるのは危険である。

 なぜなら、それらは貴方の想像を絶した、計り知れない力を持っているかもしれないのだから。


〝そう……これは、そうした世界の謎に廻り合い、知らずに人生と運命を大きく変えた青年の日常と、奇跡のような存在たちが織り成す、脅威と浪漫に満ちた日常の物語である”

「……なにげにうるさいな」


 ルールルル♪ と『北○国から』の主題歌をハミングしながら、ロボット掃除機の上に乗った幻覚女霊子が、管理人さんのレンタカーの隅で、わけのわからないモノローグを語っていた。

 ちなみに樺音はなこ先輩は打ちどころが悪かったのか、いまだに気絶したまま、案外広々とした車内のリクライニングとは思えない、手術台みたいな微妙に既視感デジャヴを覚えるベッドに横たえられ、「う~ん、宇宙人が……」悪い夢でも見ているのか、気を失ったままうなされている。


「いや~、危うく置いて行かれるところでした~。タッチの差で飛び乗れてラッキー♪」

 そして、脳味噌がトロけるような口調で、さも当然のような顔でこの場にいるのは、呼んでもいないのに勝手に乗り込んできた、この春から同じ大学、同じアパートに住むようになった、俺の従兄妹にして義理の妹である『野村真李のむらまい』である。


「本当に飛んできましたし、機内装置を使っても、一切のスキャンが効果がきかないですけど、あの、もしかして地球人ではない……?」

「うふふふ、管理人さんこそ小マゼラン星雲の出身ですよね~。いいのかなぁ、未開惑星に干渉するなんて。門を管理する『彼方のもの』もしくは『守護者』、『最古なる者』の怒りを買いますよ~」

 運転席で得体の知れない最新式の運転装置を調整していた管理人さんが、含み笑いを浮かべた真李の耳打ちを受けた途端、なぜかその場に突っ伏した。


『あたしメリーさん。『北○国から』とアニメマニアは意外と層が被っているものなの……』

 ちなみに取り込んでいる他の連中と違って、差し当たって暇な俺は、例によって得体の知れない計器が縦横に並んだレンタカーの床に腰を下ろして、暇つぶしにメリーさんとの馬鹿話で時間を潰している。


「そーか……? あんまり関連性がないような気がするけど」

 俺の懐疑的な口調に対して、メリーさんが相変わらずの根拠のない自信満々に、

『なんといっても脚本家の倉○聰が、もともとアニメの脚本家だったから、とっつきやすいの……』

「え˝っ、マジか!? それは知らんかったな」

『昔、「○戦はやと」という作品の脚本の他に主題歌も書いてたの。もっとも本人はいまとなってはアンタッチャブルな話題みたいで、某アニメの監督が「ラ・○ーヌの星」の話題を回避するように、大山○ぶ代がスパ○ボでザ○ボット3の出演を頑なに拒んだように、本人にとってはきっと黒歴史そのものなの……』

 どーでもいいけど、「ラ・○ーヌの星」はともかく、「黒いチュー○ップ」って、頭にチューリップが咲いた、ハ○坊みたいな外見を連想させる正義の味方なの……と続けるメリーさん。


 しかしなんだな、コイツメリーさんとの会話は、なんでこう見事なまでにまったく実りのない、無駄話に終始するんだろうか? ある意味、才能である。

 あと、俺がこのアパートにきて一年ってことは、メリーさんコイツから最初の電話がかかってきて、丸ッと一年経ったんだけど、まるっきり当人に自覚がないな。被害者の俺だけが意識してるって、なんかその日、父の日だと気づいていたのは家族の中で父だけだった……というような哀しい状況に似ているな。

 まあいいけど……。


〝ああああっ、周りが異常な環境で、自分が唯一正気を保っているという絶望感っ! 私、幽霊なのに……地縛霊なのにぃ!”

 今日の幻覚女はいやにノリノリだな。つーか……。

「……絶望ねえ。なあ、メリーさんおまえって絶望を感じたことがあるか?」

 なんとなく気になって尋ねてみた。

 まあ、コイツの事だから「饅頭怖い」系のフザケた答えが返ってくるんだろうな、と聞いといてそう思ったのだが。


『あたしメリーさん。追ってた作品が完結してないのに、作者が新しい作品出した時の絶望感は半端ないの……』

「そういうクリティカルに多方面がダメージを受けそうな、地雷を踏み抜いて行くストロングスタイルはやめろ!」

 特に誰にとは言わないけど、どっかの作者がラ○アスの剣で斬られた並のダメージを受けたぞ。

『じゃあ、ハーレムルートだと思ったら、ヒロインが我○由乃と桂○葉と芙○楓と月○美夏だった主人公の絶望感……』

「いや、それ完全に最後は『nice boat』な案件だよな!? つーか、なんで特定のゲームのヒロインばっかり列挙するんだ?! この間も鼻歌でK●TOKOと片○烈火を歌ってたよな、おい幼女!」

 そりゃ名曲が多いけどさ!


『メリーさん、鍵やア○ジュは鉄板だとしても、Ba○iLやアリ○ソフトも意外と名曲の宝庫だと思うの。あと絶望を感じたのは、交換したビッ○コインが、今も下落の一途をたどっている現状かしら……』

「生々しすぎる!」

『ついでに乗っていた豪華客船が沈んで、乗客の大部分が海の藻屑になったんだけど、引○天功並みに脱出には定評のあるメリーさんは、なぜか船底に置いてあった絢爛豪華な棺桶に乗ってひとりだけ助かった……と思ったら、たどり着いた先でオリーヴやローラ、エマ、スズカにジリオラ、イニャスもガメリンに乗って先にたどり着いていたの。あいつらも無人島開拓したり畑耕したりしているアイドル並みにしぶといの……』


 最近はあんましやってないんだよなぁ。


「ついでどころじゃないけど、なんでお前、船底なんぞにいたんだ?」

『〝豪華客船”っていうけど、実は舞台裏は張りぼてかも知れないから念のために確認していたの。メリーさんの知り合いが生前「抜群の福利厚生、活気あふれる職場、海外出張、衣食住完備、各種資格取得、豪華な車両・船・飛行機あり」という甘言に乗せられて、国家公務員になって殉職した罠があったので、寝る前に念のために確認してみたら案の定だったの……』

 成程。物は言いようだな自衛隊。

『なんか変な栓があったから、メリーさんがクルクルハッチを回してみたら、いきなり浸水してあっという間に沈んだの……』

「お前、キングストン弁って知ってるか?」

『そういえばロンドンのビックベンの名前がエリザベスタワーに変わったらしいわね……』


 こいつは知ってて惚けているのか、素でボケているのか判断が難しいな。


『で、気が付いたら、なんか荒涼とした未知の大陸に着いていたの……』

「いや、なんで未知の大陸ってわかるんだ?」

 お前が知らないだけで、既知の大陸かも知れんだろう。


『案内板があって、「特別な日にしか浮上しない幻の大陸〈ルルイエの館〉はココ」って書いてあったし、受付のところの案内嬢に聞いても、「ここは生きた人間が帰れないと言われる夢と幻の大陸ですよ、けけけけっ」と笑いながら教えてくれたの。モヒカンで、常に刃物を舐めている受付嬢が、人型に縁取られたチョーク痕を眺めながら陽気に……』

 夢の国の中に夢なんてなかったんだ……。


『ハックション! うう、濡れて気持ち悪いわ。メリーさん、なんでもいいから着替え持ってない?』

 オリーヴの声がして、メリーさんが『ほい』と何かを渡す気配がした。

『ありがと――って、着替えの代わりにお盆が二個だけって、これから何をやらせるつもりよ!?』

 同時にお盆を地面に叩き付ける音がした。


『それにしても、特定の日にしか浮上しない幻の大陸にたどり着くなんて、運がいいのか悪いのか……』

『あたしメリーさん。「経営者募集中」の張り紙のまま、なかなか開店しないコンビニみたいなものと思えば、別に珍しくもないの……』

『あ、でももしかしてスゴイお宝があったりして』

 慨嘆するローラと、対照的にはしゃぐエマ。

 これにメリーさんが食いついた。

『意外とそのあたりの石ころ一つでも「幻の大陸の石」とかで、高値で売れるかも知れないの! わらしべなの、メ○カリなの! 将来はこれを元手に不動産王になり、大統領にもなるの……!』


 一方、盛り上がっているメリーさんとは対照的に、

『写真機があれば記念に撮ったんですけどねー』

 物珍し気に周囲をキョロキョロ眺めているスズカ。

 なんとなく彼女が現代も生きていたら、イ○スタに写真を投稿したらすぐに帰る客みたいになりそうな雰囲気があるな。

『あ、誰かいますね。現地の人でしょうか?』


 普段海底に沈んでいる大陸に原住民がいるのか?

 疑問を覚えたその時、不意にレンタカーのエンジン音が高くなった。


「えーと、それではリープ航法で一気に太陽系の外へ跳びますので、皆さんよろしいですね?」

 振り返った管理人さんに注意されたけど、見たところこの車にシートベルト着いてないので、注意しようがないんだけどなぁ。


〝ねえ、あれって何やってるの?”

 管理人さんにシートベルトの位置を聞こうとしたところで、ロボット掃除機に乗った幻覚女霊子が、床に開いた穴というかモニターを指さした。

 見ればアパートの隣の学生連中が、揃いの黒覆面を被って地面に落書きをして、なにやら踊っている。


『おお~~っ!! 見よ! ついに我ら〝星の智慧派”の念に応えて、宇宙からの使者が来訪したぞ! 皆、あれなるUFOを邪神様に奉げるのだ!! しかも現在の星辰はクトゥルの目覚めを指している! 一同、念を込めろっ!!!』

『『『『我は飢えたりいあ・いあ!! 神の与え給う恵みにくとぅるー・ふたぐん!!』』』』』


「ダンスだろう。たまにやってるんだ」

 思わず素で答えてしまってから、周りの幻覚と話す痛いヤツ……という目を予想して、スマホで話しているフリを続ける俺。


 メリーさんの側でも新たな展開に緊張しているようで、

『うぅ! 星が瞬き我が霊眼が疼く。早速お出ましのようね、死して尚許されぬ罪を背負いし邪教徒たちが。皆、注意して! 私の霊眼たるカルト・ペタルが反応しているわ。アレなる存在は神聖冒涜たる者たちだと』

『ド○クエ2のローレシア王子並に呪文の才能ゼロで、脳筋を極めた女の予言に説得力皆無なの……』

『どーいう意味よ!』

 オリーヴとメリーさんのいつものやり取りはおいて置いて、

『なにはともあれ食事と休めるところが欲しいですね。荷物は海に沈んで、着のみ着のままですから』

『う~ん。でも幻の大陸だし、国から見捨てられた無法地帯だったりするんじゃない? あとお金が通用するかなァ』

 ローラとエマが懸念を示す。

『あたしメリーさん。金が通用しなかったら、もうアルフォート交換を解禁するしかないの……』

『どこの国の刑務所よ!?』

『オリーヴさっきから、なんかイライラしているの……』

『カルシウムが足りてないんじゃないですかねー』

 危機感ゼロのメリーさんと、素でボケているスズカがささやき合う。


「なんでもいいから、原住民とのファーストコンタクトはきちんと下手に出るんだぞ、特にお前メリーさんとジリオラ」

 念のために一言釘を刺しておく。


『皆、無知な原住民が相手でも、きちんと文明人らしく、礼儀正しく挨拶するの! 特にジリオラ……!』

『なんでわたくしが名指しで注意されなきゃならないのよ! わかってるわよ。「下々の皆さん、ごきげんよう」「早くみんなもわたくしと仲良くなれるようになって下さい」と丁寧に言えばいいんでしょう』

『『『『そんな上から目線の挨拶はない(です)(ですよ)!!』』』』

『その通りなの。挨拶はきちんとわかりやすくするの。「どうも、世界のメリーさんです。詳しくは「メリーさん」でググるか、Wik○pediaをご覧ください」という感じで……』

 それもそれでどうなんだろう?

 まあ、お前らの場合、変に飾るとボロが出るので、いつも通りでいいんじゃないのか? 初対面の人に挨拶する感じで。


『あたしメリーさん。いつも通りで初対面の挨拶というと、「あたしメリーさん。書籍版を買わない、無課金ユーザーの皆さん、よろしくお願いします」でいいのかしら……?』

 お前はどこの誰に挨拶をしているんだ、いつも!?


 と、その瞬間、管理人さんがアクセル(?)を吹かしたのと同時に、

『『『『『我は飢えたりいあ・いあ!! 神の与え給う恵みにくとぅるー・ふたぐん!!!』』』』』』

 佳境に入った学生たちのダンスと歌と同時に発光ダイオードでも仕込んでいたのか、アパートの庭が摩訶不思議な光を放った。


「きゃああああっ! なんかいきなり座標が無茶苦茶に……!!」

 と、同時に悲鳴をあげる運転席の管理人さん。

 女性は男性に比べて空間認識力が弱いっていうからな。なんか失敗しちゃったんだろう。


「駄目っ、跳躍エンジンも通常飛行用のエンジンも動かないわ!」

「あぁ、やっぱり、軽油で飛んでるようなのはダメだな」

 前言を撤回して俺がそう口にすると、

〝軽油ウンヌンじゃないわよ!”

 幻覚女霊子が俺の胸倉を掴んで――最近は感触までリアルに感じる。いよいよもってヤバいかも――喚いた。

「つーか、安物のエンジン積んでるんじゃないの」

 どこか白けた真李の指摘に、管理人さんはむっとした表情で言い返す。


「そんなことないですよ。ちゃんとエンジンの設計図を渡して、地球の大手メーカーに密かに製作させたんですから」

〝宇宙人の技術が地球に流失してたの!?”

 あ然とする幻覚女霊子

「大手メーカーってどこよ?」

 しつこく問いかける真季の詰問に、管理人さんは堂々と胸を張って、

「川○重工業です」

 そう答えたのを聞いて、俺たちは思わず、

「……カワ○キか」

「……カワ○キか」

〝……カワ○キか”

 変な納得をしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る