第57話 あたしメリーさん。いま豪華客船に招待されたの……。

「乗り物を準備しましたので、ハビタブルゾーンまで足を伸ばしてみませんか?」


 冬休み中やることもないので、管理人さんの提案に乗って、『ハビタブルゾーン』とかいう、どこぞのテーマパークかなんかに出かけることになった。

 美人との長距離ドライブとか、考えると若干心臓がドキドキと弾むな。

〝危機感で心臓をドキドキさせなさいよ!”

 相変わらず空気を読まない幻覚女霊子が騒々しい。


 とりあえず気にせずに、管理人さんに促されて着替えた後、アパートの庭に出る俺(と、ついてきたロボット掃除機の上に座る幻覚女霊子)。

「乗り物って、前に見た軽自動車ですか?」

「いえ、あれは遠出にはむかないので、知り合いから一回り大きな機種を借りました」


 そう言われてもそれらしい車は停まっていないのだが?


「あ、上です。上」

 管理人さんが指さす先には、ぽっかりと音もなく雲のように浮かぶ正三角形の人工物があった。

 三角形のおのおのの先端に白いライトが三つ、中心に赤いライトがひとつ光っていて、全体の色はブラックだ。


 呆然と見上げる俺、幻覚女霊子、ついでに庭の二宮金次郎の銅像。

「おお、カッコいい! つーか、空を飛んでますね?」

「ええ、飛ばないと話になりませんから」


 なるほど、あれが未来の乗り物として昔の漫画ではお馴染みのエア・カーってヤツか。

 技術は日進月歩というけれど、さすがは令和。俺の知らない間に、ああしたものが実用化されていたとは……。


「ヤバいな。田舎の教習所では、あの手の乗り物の運転は習わなかったぞ。交代で運転をするつもりだったけど、下手したら事故りそうだな」

〝ヤバいと危機感を持つ場所が違うわよ! UFOよUFO! 空飛ぶ円盤に拉致されようとしているのよ!?”

 喚く幻覚女霊子だけど、見るからに円盤とちゃうやんけ。

 ホント、こいつはアホかバカかと……。


「えーと、じゃあ高速代と燃料代は持ちますんで、幾らくらいですか?」

 手持ちの現金で足りるか?

「? よくわかりませんけど、燃料は軽油なので満タンでもこんなもので……」

 意外とリーズナブルな金額を提示されたので、俺は先に燃料代を管理人さんに払っておいた。

〝軽油~~~っ!?! UFOって軽油で動いてたの!?”

 なぜか頭を抱える幻覚女霊子


 やれやれ、これだから女は機械に興味も理解もないって言われるんだ。


 軽油ってバカにするけどな。同じケロシンであるジェット燃料の代用に、軽油を使っても空を飛ぶもんだぞ。

 鹿も四つ足、馬も四つ足。鹿の越えゆくこの坂路、馬の越せない道理はないのと同じで、飛行機も空を飛び、エア・カーも空を飛ぶ。ならば同じ軽油で飛べない道理はないだろう。


 そう俺が真顔で説教してやると、

〝それ違う~~~っ!!!”

 地団太を踏んで憤慨する幻覚女霊子がいた。


 と、そこへ――。

「トライアングル型UFO!?!」


 道路から聞き慣れた女性の叫び声が聞こえたので、そちらを見てみれば、髪をピンク色に染めて一房だけ銀髪メッシュを入れている痛い人――神々廻ししば=〈漆黒の翼バルムンクフェザリオン〉=樺音かのん先輩こと、佐藤さとう華子はなこさん――が大きく両目を開いて(邪魔だと思ったのかいつもの眼帯を外して手に持っている)、上空の管理人さんのレンタカーを凝視していた。


 おお、ついに道を間違えずにここまで来れたのか。

 と、感心する俺に気付いた様子もなく、

「ベルギーやドイツ、果てはGo●gleアースにも写された、2000年代になってから目撃例が増えた未確認飛行物体! その正体はアメリカ軍が極秘に研究開発をしている「TR3B」という最新鋭の戦闘機とも――」

 熱に浮かされたかのようにブツブツ言いながら、こちらに向かって夢遊病者のような足取りで歩いてくる樺音はなこ先輩。


「アメリカ産? ああ、やっぱ外車だったのか。ディーゼルの段階で、そうじゃないかなーとは思ってたけど」

〝なんでこんな素っ頓狂なものを見た上で、そんなに地に足の着いた感想が出てくるわけよ!?”


 いわれのない非難をする幻覚女霊子だが、お前な、常識的に考えて、

「宇宙人とか、幽霊とか、異次元の世界とか真面目に言う奴がいたら距離を取るだろう? そのうち『話は聞かせてもらった。人類は滅亡する!』とか、行きつくところまで行きそうだし」

 そう誰にともなく諭すのと同時に、足元をよく見ていなかった樺音はなこ先輩が、俺たちの目の前で自分のマントに足を絡ませてすっ転んだ。

「ほれ見ろ。ああなったら人間お終いだろう?」

〝あああああっ、正論だけど、確実に間違っている……このもどかしさをどう伝えればいいの!”

 幻覚女霊子が頭を抱えたところで、いつものメリーさんからの電話が入った。


「あ、大丈夫ですよ。あの子は私がアブダクショ……いえ、乗り物に乗せて介抱しておきますので」

 電話に出るべきか、先輩に駆け寄るべきか、一瞬悩んだ俺の代わりに管理人さんが樺音はなこ先輩の介抱を買って出てくれた。


「すみません。女性に勝手に触るのも問題なので、お願いできますか?」

「任せてください。なかなか生きのよさそうな女性ですから、私も久々に腕が鳴ります♪」

 なぜかルンルン気分の足取りで先輩の元へ向かう管理人さん。


〝ちょっと待ちなさいよ! 管理人、あんたあたしたちの見てないところで、謎の機械や金属片をインプラントしたり、解剖したり、局部を切り取って血を抜いたり、記憶を消して妊娠させたりするつもりじゃないでしょうね!?”

「なんだかそれだけ聞くと宇宙人わたしたちって、とんでもなく非道な鬼畜みたいですねー」


 立ち塞がる幻覚女霊子と何やら言い争いをしているのを尻目に、俺はメリーさんからの電話に出た。


『あたしメリーさん。最近、日本で包丁を使った通り魔が多いみたいなので、アナタも背中には気を付けて欲しいの……』

「お前にはそれを懸念する資格はない!」

『メリーさんは通り魔じゃないもん。ちゃんと理由があって刺すんだから。いわば「破○傘刀舟悪人狩り」や「桃○郎侍」と一緒なの……!』


 俺の脳裏に爺ちゃんが専用チャンネルで見ていた、昔の時代劇のクライマックスの光景がよみがえる。

 現代のヌルイ時代劇と違って、目的の悪党を切り殺すまで、邪魔する相手を斬って斬って斬りまくり。通り過ぎた後に死体の山が、ヘンゼルとグレーテルの通った後のように無数に転がっていた。


「見境のない通り魔とどっちがマシなのかなぁ……?」

 思わず自問する俺だった。


『ちなみに包丁を持った相手と相対した時は、一番いいのはその場で回れ右をして、ダッシュで逃げることなの。外人とかは、よく「男は立ち向かうべきだろう」とかバカなこと言うけど、日常で銃を持っているハッピートリガーな連中の言うことなんて無視していいの……』

 令和のチャージ○ン研!サイコパス とも呼ばれるメリーさんが、割とマジでまともなことを口にしている。

『だいたい包丁を持った相手を無傷で制圧しようとか無理なの。メリーさんが三日前に泊まった山のロッジでは、夜中に管理人のババアが包丁持って襲ってきたので、メリーさんも包丁で応戦したけど、かなり苦労したの……』

「〝山姥vsメリーさん”包丁頂上決戦ってところか。B級臭いな……」


 ジェ○ソンvsフ○ディ。エイ○アンvsプ○デター。貞○vs伽○子。キ○グコングvsジョ○ズとか、なんでもかんでも対決させればいいってもんじゃないんだよ!


『最終的にはメリーさん、とあるネット小説の漫画を参考にして作った、刃がバネで飛び出す〝スペツナズ包丁”のお陰で勝ったんだけど。知ってるかしら、有名なオムツライ――』

「それ以上はいけないっ!!」


 すぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせ


「つーか、ラノベ原作の漫画を参考とか、いまだにメディアミックスの野望を捨ててなかったのか、お前?」

『当然なの! K談社でもS学館でも集A社でもKAD○KAWAでも、どこでもいいからメリーさんの愛らしい姿を漫画化するの。いまや漫画が売れる>波及効果で原作ラノベが売れるのが常識なの……』

「その理屈はわかるが、真っ先にK談社を筆頭に挙げている段階で、お前、転○ラの二匹目のドジョウを狙っているだろう?」


 俺の指摘に電話の向こうで、ぶんぶんと首を横に振るメリーさんの気配がした。


『メリーさんさすがにそこまで厚顔じゃないの。ただ……』

「ただ――?」

『そろそろ進撃が終わりそうなので、その後釜に……』

「もっと厚かましいわっ!」


 よりにもよってエライものを目標にしてやがった。


『それを足掛かりに、将来的にはアニメ化を目指すの。脚本は豪華にきょげんがいいの……』

虚淵うろ○○な、ウ○ブチ」

 つーか、それだとマジで洒落にならない『メリーさん』になるぞ、をい!

『監督は水○努がいいの……』

「それは合ってそうだが、今度は洒落にしかならない『メリーさん』になりそうな予感が……」

『声優さんは「幼女○記」でお馴染みで、中の人の人気も高い悠○碧とかどうかしら……?』

「だからとことん他力本願でブレイクしようとするな! つーか、この話題は危険なので話を変えろ! 元の話題に戻せっ」

 メリーさんのアホな妄想を遮って、話を本筋に戻る俺。


『ともかく、必要なら逃げるべきなの。メリーさんの知っている絵師も、「描きたくない、描けないとこは無理して描かなくていいってもっと早く気づけてれば……!」と、神絵師になりたくて道具だけ揃えたけど、三日で飽きて狭いコミュニティで満足するようになった高校生や、頑張って同人仲間を増やして実力も付けたと周りからもおだてられ、意気揚々と即売会に千部刷って三冊しか売れずに、泣き崩れたオタクみたいな後悔をしていたの……』


 そして段々としょうもない話になるのは、いつものメリーさんクオリティであった。


「つーか、いまお前は何してるんだ?」

『あたしメリーさん。いま荒廃した新大陸を離れて復興中の旧大陸を目指しているところなの……』


 ああ、やっぱり滅んだのか、新大陸。

「お前も懲りないよなぁ……そんなに世界を破滅させたいのか?」

 思わずそうこぼすと、心外そうにメリーさんが反論する。

『メリーさん、ヴィーガン以上に命や自然を大事にしてるわよ……?』

「嘘をつけっ! セ○バンの天使のランドセルよりも、軽いだろう。お前の中の命の価値って」

『思うんだけど、人間がいなくなるのが一番自然のためだと思うの……』

 発想がデビ○ガ○ダムやんけ!

「なんでそう考えが極端というか、ラスボスみたいな感じになっちまうのかなぁ!?」

『「この種を食い殺せ!」なの……』


 いかん頭が痛くなってきた。せっかくのドライブだというのに……話題を変えよう。

「そういえば、ゴタゴタしていたろうに、無事に船の手配とかついたのか?」

 単純な疑問として確認したところ、

『イニャスとジリオラの顔を知っている奴がいて、その手配で貴族とか金持ちばっかりが避難用に乗っている豪華客船に乗ることができたの……』

「ああ、なるほど。元王太子と公爵家のお姫様だものな」

『あとこの船も「海の貴婦人」と呼ばれているそうなの。貴婦人……メリーさんと一緒なの』


 お前の場合は『貴婦人きふじん』というよりも、『理不尽りふじん』そのものなんだけどなぁ。


 と喉元まで出かかったところで、ドタドタとコウテイペンギンが数匹歩いているような重い足音が、メリーさんのほうへ向かってくる気配がした。


『あら、ここにいたのねメリー。偶然、幼稚園の同じクラスにいた友人に会ったから、紹介してあげるわ』

 普段よりも五割がた取り澄ましたジリオラの声がする。

『噂をすればジリオラなの。背後に直立したカバみたいな、ワガママボディの幼女を三人連れているの……』

 どうやら重量級の足音はその三人のものであったらしい。


 と、メリーさんの声が聞こえたのか、

『ここでは「様」をつけなさい薄汚い庶民!』

 ホームグランドのせいか、友人の手前かピシャリと命じるジリオラ。

『そっちこそ「さん」をつけるの、デコ助野郎……!』


 ……仲がいいなお前ら、本当に。

 しばしふたりの言い争いが続いたが、お互いに息が切れたところで、ジリオラの友人らしい女児が、興味深々たる口調で口を挟んだ。


『ジリオラ様、こちらの可愛らしい方が、噂の勇者様でいらっしゃいますか?』

『ええ、そうよ。不本意ながら一緒に行動をしているわ』

 本当に心底うんざりした口調で肯定するジリオラ。

 と、また別の幼女の感極まった声がした。

『まあまあ! わたくしの知っている勇者とは見た目も大違いですわ!』

『あら、貴女のところの勇者というと、確かあの青色のタヌキのような……』

 三人目の幼女が相槌を打つ。

『ええ、歩くと不思議な足音がして、お腹のポケットから魔道具を取り出すあの勇者ですわ』

『『ああ、あのいざとなると取り乱して、目的の道具を取り出せないことで有名な』』


 なんだろう。話を聞いているとものすごく無能そうなんだが、それ本当に勇者か?


『確かあの方のスリーサイズは、上から129.3cm-129.3cm-129.3cmでしたわよね』

『確か体重も129.3kgよね?』

 段々と誰が喋っているのかわからなくなってきた。

『もともと子守り役だったのに何気に体重重いわね』

『『ねー』』

『そういえば妹の黄色い子も勇者だったけど、あの子は?』

『100cm、91kgですわ』

『体重は公表しておいて、スリーサイズは頑として公表しないというところが、なにげに謎ですわ』

『あら? 昔は35kgだったって聞きましたけれど?』


 きっと兄と比べて、どーなのよ? とクレームがつけられて増やされた経緯とかがあるんだろうな。


『あらまあ、激太りしたわね』

『完全に私たちの仲間ね』

『勇者ってやっぱり他の方と違うので、カロリーを蓄える必要があるのではないかしら?』

『じゃああの方も、見た目は痩せているけど、コルセットとかでガチガチに……?』

『違いありませんわ。頬の辺りに隠し切れない贅肉がありますもの』


 勝手に納得した三人組の幼女は、一拍置いて、晴れやかな口調でメリーさんに歓迎の挨拶を送るのだった。


『『『ようこそ、デ部へ!』』』


『ジリオラならともかく、メリーさんまで一緒にするな! なの……!』

『そっちのクラブ活動とは無関係よ、わたくしも!』


 メリーさんとジリオラの金切り声を聞きながら空を見上げれば、樺音はなこ先輩が青い光に包まれて、管理人さんのレンタカーへ収容される光景が見えた。

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