第56話 あたしメリーさん。いま飢えた狼(ロリコン)が襲ってきたの……。

 オレの名は宇宙海賊ヴァイパー。左腕にダッ○ちゃん人形をぶら下げた不死身の男さ。


 宇宙をまたにかけ、オレは狙った獲物すべてを手に入れた。金、権力、女に酒……そして、血沸き肉踊る浪漫! およそこの宇宙に存在する、あらゆる物がオレの獲物ものだ。

 誰もオレを止められはしない。いかなる猛者も、あらゆる組織も、正義も悪も神サマでさえ、オレを止めることはできない。


 宇宙最高の賞金首ヴァイパー。

 それを狙ってやって来る賞金稼ぎも、宇宙海賊ユニオンも、たったひとりのオレを前に、宇宙の藻屑と消えるのが運命なのさ。

 だが、そんな血生臭い生活に飽き飽きしたオレは、記憶を消し顔を整形し、世間には宇宙海賊ヴァイパーは死んだことにして、とある惑星で平凡な大学生として人生をやり直すことにした。


 ああ、素晴らしきかな、退屈で平和な人生!


 だが、偶然にもオレを狙う組織の人間に、左腕のダッ○ちゃん人形を見られたことで、いまの顔が割れてしまった。

 命を狙われたことで、失われた記憶と闘争本能を呼び起こされたオレは、相棒の女性型アンドロイド「ロリータ」と共に、スリリングで危険に満ちた戦いの日々に戻るため、再び宇宙へ飛び出す。


「行くぜ、ロリータ!」

「オーケーなの、ヴァイパー……!」


 そうして未知なる冒険と熱い血の滾りを求めて、オレはく、星の大海原を――!


 ☆ ☆ ★ 


『あたしメリーさん。性犯罪者は再犯の確率が高いの。もういっそアメリカか近場の某国みたいに首輪をつけて、幼女に近寄れば爆発するようにすればいいと思うの……』

「……お?」

 スマホから響くいつものメリーさんの憤慨を聞きながら、いつの間にか戻っていた自分の部屋のテーブルに座った姿勢で、間の抜けた相槌を打っていた。

『あたしメリーさん。なんか今晩はレスポンスが悪いの……?』

「……あー、気にするな。たらふく飯を食ったせいで、腹が朽ちて、頭に血が回らないだけだ」

 なんか変な白昼夢を見ていトリップをしたような気がするな。ゲップして上がってきた牛肉の匂いを嗅いだ途端に。


 なにはともあれ、あの後、一時間ほどで復活した管理人さんに挨拶をして、いまだ忘我の域から抜けられない――気のせいか天国うえから差し伸べられる手と、地獄したから足を引っ張る手とで、行ったり来たりしているような――幻覚女ノレソバを抱えて、お暇したのは覚えている。


 別れ際、いつもの金魚鉢を被り直した管理人さんは、

「今回はただのギュウ肉でしたけれど、次回はちょっと珍しいお肉をご馳走できると思いますよ」

 僅かに弾んだ声で、また次の食事の機会を示唆してくれた。

「へえ、楽しみですね」

「ええ、私も楽しみです。昔は結構、狩りの対象だったのですが、数が少なくなったと難癖をつけられて、公式には狩りに行くことができなかったんですよ、アレは。ですが最近、うちのくにで保護団体から離脱しましたので、今度船団を組んで、連中のいる光のく……生息地まで狩りに行く予定なんです♪」


 ああ、クジラか。まあ、実のところ海の傍の親戚のところへ遊びに行った際に、クジラやイルカを味噌で煮込んだ浜料理を食べる機会が、東北ではわりとおおいんだけど、さほど美味いものではない…‥というのが、俺を含めた家族の総意なんだけどね。


「個人的にはあの銀色の部分よりも赤色の部位の方が好きですね。あと、あのカラータイ……胸周りの肉が、珍味として有名なんですよ」


 まあ、人の好みはそれぞれだからな。

 それにマズいものでもないし。


「では、その時にはまた手土産持ってお邪魔します」

「あ、それはもういいです」

 最後は真顔でキッパリ断られた。


 気を使うなということなんだろう。奥ゆかしい人だ。だが、手ぶらというわけにはいかないので、こっそりサプライズで持っていこう。また、ドロンパにでも西洋の菓子を教えてもらって。


 ちなみにいまドロンパは、日本のマイナーな菓子に凝っているとかで、休みのたびに謎の美味珍味――「ジンギスカンキャラメル」とか「醤油サイダー」とか「なめるなめこあめ」など――を求めて、日本各地で孤独にも程があるグルメを行っているらしい。


 そうして、部屋にロボット掃除機を抱えて戻ったところで、またメリーさんから電話がかかってきたのだった。


「つーか、さすがに他の客の分をかすめ取って、その〝ドリルシメジ”とやらを増量させるのは諦めたんだよな?」

 念のために確認する。

『そっちは諦めたので、キノコがひとり一本かそれ以下という椅子取りゲームを独占するため、合法的に貰うことにしたの……』

「お前の考える合法ってのは、合法ドラッグや三ツ○雄二、チケット代行や別れさせ屋と同じくらいグレーゾーンの可能性がだいなんだが……」

 俺の懸念に対して、メリーさんは自信ありげに、

『あたしメリーさん。なんら後ろ暗いことはないの。たとえばあそこですでに出来上がっている団体客のいる座敷があるけれど……』


 言われて、どこか遠くからすでに宴会でドンチャン騒ぎをしているらしい、男女の盛り上がった話し声や歌声が、スマホ越しに俺の耳にも届いた。


『ひとつ、日雇い、その日が頼り~(※囃子言葉:飲んで、飲んで、飲んで、それ! それ!)』

『ふたつ、船方、大漁が頼り~(飲んで、飲んで、飲んで、それ! それ!)』

『みっつ、味噌豆、麹が頼り~(飲んで、飲んで、飲んで、それ! それ!)』

『よっつ、夜這いは、暗闇頼り~(飲んで、飲んで、飲んで、それ! それ!)』


「ト、ト○ック野郎……」

 異世界にもこの吞兵衛御用達の歌があるんだなぁ……と、愕然とするうちにメリーさんが物怖じすることなく、宴会中の団体客のところへ勝手に入って行った。


『こんにちわ~、なの……』

『コンバンワ~。おや、どこの子かな、迷子かな?』

『メリーさんしゃんね~、探検していたの~』

 妙にたどたどしい幼児のような言葉で受け答えするメリーさん。

『おお、そうかそうか。可愛いねえ。メリーちゃんはお年は幾つかな~?』

『メリーさんしゃん五歳ごちゃいなの……』

『おお、そうかそうか。せっかくだから、おじちゃんやおばちゃんの料理を食べるかい?』

『わ~い、なの♪ メリーさんしゃんね、〝ドリルシメジ”が大好きなの~』

『ほほぅ。子供ながらにグルメだね。よしよし、じゃあ俺の天麩羅を――』

『あたしの網焼きが半分残っているから食べるかい?』

『こっちの土瓶蒸しも美味しいよ』

 幼気いたいけな幼女を前に、酔っ払って母性父性を全開にした団体客たちが、次々に自分たちの分の〝ドリルシメジ”を、「あ~~~ん」させて満足をする。


『美味しいひいの~(くくく、計画通りなの)……』

 口一杯に〝ドリルシメジ”を頬張りながら、密かにどこぞの新世界の神のような黒い笑みを浮かべるメリーさん。

 人の好意を利用する外道。幼女の皮を被った悪魔の子がここにいた。


『――あ、いた! って、なんか餌付けされているし!?』

 そこへ、メリーさんを探しにきたらしいオリーヴの驚愕の声が響く。


『おお、お姉ちゃん達がきたみたいだね。お姉ちゃんもメリーちゃんをちゃんと見てないと駄目だよ~』

『いやいや、ソレメリーさんは――』

『どうも申し訳ありません。ご迷惑をおかけしたようで』

 理詰めで言い返そうとしたオリーヴを遮って、酔っ払い相手には、ナアナアで話すのが一番だと瞬時に判断したローラが(さすがは客商売経験者。こういう時に経験値の差が出る)、素早く前に出て深々と一礼をした気配がした。


『メリー様、お風呂に行くんでしょう?』

 エマがメリーさんを引っ張って、この場から退去させようとするが、

『いやなの~、メリーさんしゃんここにいるの~……!』

 まだ食い足りないメリーさんが駄々をこねる。


『まあまあ、お姉ちゃん達と一緒に温泉に入っておいで。ここの温泉に入ると、肌がツルツルになって肩こりや腰痛、切り傷なんてものにも効果があるからねえ。まあ、メリーちゃんには関係ないだろうけど』

『せっかくだから、メリーちゃんが食べる分に取り分けたのは、別に包んでもらおうかね』

 団体客に促されて、さらにお土産までも持たせてもらえるとあって、メリーさんも即座に態度を一変させた。


『じゃあお風呂入る~。おねーちゃん、おんぶして~♪』

『誰が――!』

『メリー様、まだそれ続けるんですか?』

『――ああ、はいはい。しょうがないですね』

『――どうもありがとうございます。ありがたくいただいて行きます』


 反射的に反発しかけたオリーヴと、白けた表情でツッコミを入れるエマとは対照的に、ローラとスズカはあっさりと妥協して、ローラがメリーさんを背負い、スズカが折重に入れられた〝ドリルシメジ”料理を丁寧に受け取る。


 そうして、宴会場を出て露天風呂に向かう廊下を歩きだした一行。

『あたしメリーさん。いまローラの背中にいるの……』

『知ってるわよ! つーか、ローラ、スズカ! なんでコレメリーさんを甘やかせるわけよ!?』

 定番の持ちネタを披露したメリーさんにツッコミを入れたオリーヴの、舌鋒がなあなあとメリーさんを現在進行形で甘やかせているローラとスズカに向かった。


『皆さん子供には甘いようでしたので、ああいう場面で、周囲の盛り上がりに反する行動を取ると、顰蹙を買って面倒ですし、それに――』

『それに?』

『ご主人様とはいえ、子供におねだりされると、自分の妹のようについつい可愛らしく思えるんですよね』

 そうはにかんだ笑みを浮かべるローラと、

『ああ、わかります。私も前世では妹がいたので、なんとなく妹の子供の頃を思い出しちゃって……』

 しみじみ同意するスズカの姉組。


『むう。うちの馬鹿姉に優しくされた覚えなんてなんてないけど』

 むしろ不倶戴天の敵ね、と続けるオリーヴと、

『あたし、実の妹だけど。お姉ちゃんに負ぶってもらったことないなぁ。むしろ、小さい頃から家事とか、家の手伝いとかビシバシしごかれていたような……』

 微妙に納得いかない表情のエマたち妹組。


 そこはかとない確執を抱えたまま、メリーさん一行は宿の名物だという露天風呂に足を踏み入れたのだった。


『周囲に人影なし!』

『物陰に潜んでいる者や、盗撮用魔道具なし!』

『岩の上に不審者及び不審物なし!』

『湯の中に不純物なし!』

 と、同時にランニングにフンドシ姿のモグラ人の男たちが、ドヤドヤと女湯に入って来たかと思うと、キビキビとした動きで、湯船や周囲の安全を手早く確認し出した。


『な、な、な、な……!?!』

 服を脱ぎかけた姿勢のまま、ジョ○゛ョ立ちで硬直するオリーヴ。


『露天風呂の安全は確認されました! では、良い入浴を!』

『『『お呼びとあれば即、参上いたします!』』』

 一礼をして去って行く男達。


『――な、な……なんなの、いまのは!?』

『うちの旅館が抱える《三助サンスケ部隊》ですが? それがなにか?』

 去って行った男たちが女湯の戸を閉めたところで、声を裏返させるオリーヴに対して、ひょいと戸を開けて顔を覗かせた旅館の女将さんが、事も無げに答えてくれた。


『サ、サンスケ……?』

『おや、ご存じない? この国では普通なんですけどね。温泉や銭湯で、客の背中を洗ったりする仕事を請け負う仕事をしている男たちです。うちでは例の変質者R-7対策のため、保守警備員も兼ねてますが』

『そういえば、メリーさんどっかの柔術の奥義の中に、「三助に化けて、油断した相手を倒す」という〝ゆどのをどり”とかいう技があるって聞いたことがあるの……』

 つーか、それ技か、をい!? しかも奥義なのか!?!

 俺のツッコミは無視して、気にした風もなく、あっという間にスッポンポンになるメリーさん。引っかかるところがないので、脱ぐのも一瞬なんだろう。


『ああ、そういえば藤子○二雄(Ⓐ)の漫画に、そのものずばり「サ○スケ」って主人公の作品がありましたね』

 アルビノらしく透明な白い肌に華奢な体つき、妖精のように儚い鎖骨や折れそうな細い足、慎まし気な胸元にタオルを当てながら、続いて脱いだ服を脱衣籠に畳んでしまいながら、相槌を打つスズカ。


『……まあ、仕事なんですからそれもありですね。それに相手はモグラですし』

『色んなプロがいるんだね~』

 こちらも納得の表情で、手早く服を脱ぎだすローラとエマ。

 ローラは意外と着やせするタイプなのか、メイド服を着ていると細身に見えるが、むっちりと肉感的な肢体。安産型のお尻に量感のある胸など、素晴らしい肉置ししおきであった。

 対照的にエマは、まだまだ発展途上であるが、膨らみかけの胸やちょっとだけイカっ腹気味のお腹など、その未成熟なバランスがタマラナイ……という向きもあるだろう。


 そうした状況をメリーさんが逐一、電話で教えてくれるのだが――これ、間接的なノゾキじゃねえのかな? まあ、会ったこともない相手の裸を想像するのも難しいので、あんまし実感はないが――こいつの辞書には羞恥心という単語はないらしい。


『なんで納得するわけ!? 女湯に男が入って来て……しかも、体を洗うってことは、全裸を見られるってことじゃないの!!』

『オリーヴがいちいち自明の理を五月蠅いの。男子だって男子トイレで小用中に掃除のおばちゃんが入って来ても、そのままチン×2を出しっ放しにして、何とも思わないのと一緒なの……』

 いや、アレは結構恥ずかしいし、急に入って来られるとドキッとするもんだぞ。


『そうですね。病院に行って医者が男性だからといって、裸になるのを嫌がるようなものですね』

 恥ずかしがる方がどうかしてるってもんですよ、と同意するスズカ。


『まあ、兵士や冒険者もダンジョンや長旅の間は、男女ともに裸を見たくらいでは動じないそうですしね』

 訳知り顔で頷きながら、手早く脱いで湯船に向かうローラ。


『そうそう。あの人たちも仕事なんだから、いちいち気にする方がどうかしてるよ』

 エマも警戒心ゼロで、メリーさんと肩を並べて、手ぬぐいタオルさえ持たずに、ペタペタと歩き回る。


『え……!? 私の感覚が変なの?! って、少しは覗かれる可能性とか考慮して、バスタオルで隠すとか――』

 狼狽するオリーヴを無視して、さっさと脱いだ四人は、露天風呂へと移動をして、

『おお、崖の上にあって絶景なの……!』

『紅葉のドグラモゲラ山系。間近に見えるチャカポコ山。確かに自慢するだけの露天風呂ですね』

『崖の正面以外は周りに岩も配置されているから、ノゾキの心配もないでしょうし』

『わー、この床、タイルかと思ったら、自然石を磨いて等間隔に並べたものだよ。手が込んでるなぁ!』

 メリーさん、スズカ、ローラ、エマとも思い思いに寛いだ声を発している。


『……。ええい、もう! ここまで来たら温泉をエンジョイすればいいんでしょう。エンジョイすれば!』

 毒が裏返った感じで、開き直ったオリーヴも盛大に服を脱いでスッポンポンになった。

 メリーさんグループの中でも一番のバストを誇り、しかもいわゆる支えのいらないロケットオッパイが、動くたびにゆさゆさと揺れる。白磁のように滑らかな肌に、キュっと締まったお尻はまさに芸術品といっても過言ではない。


 躊躇していたのは最初だけで、湯につかった瞬間、すっかりだらけ切って、

『あ~、我が霊眼にエリュシオンが映るわ……極楽極楽』

 広い湯船で手足を伸ばして露天風呂を誰よりも満喫するオリーヴ。


 ちなみにメリーさんはといえば、湯船の中で仁王立ちになって、微妙に白濁した温泉を一瞥していたかと思うと、

『どうかされましたか、ご主人様?』

 髪を洗うお手伝いをしようと近寄ってきたローラの問い掛けを無視して、

『ショートギャグ、その一なの……!』

 唐突に何かを始めた。

『美容院でシャンプーしてる時に、店員から「凄く綺麗な顔してますよね、彼女いるんですか?」と聞かれた男が、「いないですよ~」と、答えて洗い終わって頭上げたら、隣のイス担当の店員の声だったの……』

 なんだなんだと傾聴する一同。

『ショートギャグ、その二! 夫を殴り殺した妻の裁判で、「あなたはなぜ夫を椅子で殴ったのですか?」との裁判官の質問に、妻が答えたの。「それは、テーブルがあまりにも重かったからです」と……』


 その途端、離れた湯船の底から猛烈な勢いで気泡が泡だったかと思うと、湯船の底を貫通して回転する巨大な螺旋状の物体が現れた。


『『『『ドリル……?』』』』

『おぉ、ゲッ○ー2みたいですね!』

 あ然とするメリーさんたちの中で、ただひとりスズカが目を輝かせる。


 続いて『ゲホゲホゲホっ……!』気管に温泉が入ったらしい。腰にタオル一丁の人間族の男性――一見して40歳前後のおっさん――が温泉の底から、湯を豪快に飛散させて現れた。

 しばし咳込みまくる男。


『『『『…………』』』』

 想像の遥かアンドロメダ星雲を行く展開に、しばし唖然としていたオリーヴたちだが、ハッと我に返って、一斉に胸とか局部を隠して悲鳴を上げた。


『『『『きゃーーーっ、痴漢よ! ノゾキよ!! 変態よーっ!!!』』』』

 少女たちの悲鳴が露天風呂に響き渡る。

『黙れ、二次性徴が終わった雌ブタども! 貴様らのような賞味期限の切れた、ブヨブヨとおぞましい肉の塊には興味などないっ!!』

 そんな彼女たちを一喝するノゾキ魔。

『少女が聖なる清らかな存在でいられるのは二次性徴が始まるまで! つまり俺が愛せるのは七歳以下の幼女のみ。貴様ら等のような、俺を笑い侮蔑して悦に耽る女どもは、単なる雌ブタにしか過ぎん!』

 滔々と世界の中心で(自分勝手な)愛を叫ぶ獣。

『あたしメリーさん。見たまま「女湯の中心で幼女愛を叫んでるノケモノ」なの……』


 メリーさんの的確なコメントを受けて、ノゾキ魔の自分勝手な主張に立腹していたオリーヴが、ジト目で男を凝視しながら断じる。


『……つか、こいつ〝一匹狼ローン・ウルフ”ディブじゃないの?』

『あー……!』『言われてみれば面影が……』『痩せたから気付かなかったけど、確かに』

 スズカ、ローラ、エマもそれに気づいて手を叩いた。

『メリーさんの〝ロリコンレーダー”に引っかかっている段階で、ディブ以外のナニモノでもないの……』

 最後はメリーさんが、ピンと立ったアホ毛を指さして結論付ける。


 まあ、どうせ即興で思いついた出鱈目なんだろう。こいつの言うことは九割が嘘で、一割だけがマジだからな。

 そんな俺の呟きに、

『時間停止AVと同じ確率なの……』

 と幼女にあるまじき合いの手を入れやがった。


「……それはともかく、ディブの奴はそんなに以前と面替わりしたのか?」

 どうも全員がパッと見で気付かないほど変貌したらしい。

 口にしてから、そりゃそうか。ニート生活をしていた男が、数カ月もの間、鉱山で強制労働をしていたんだ。贅肉が落ちない筈がない……と自問自答で納得するのだった。


『あたしメリーさん。以前はブサイクなデブだったけど、いまは貧相で病的なブサイクになったの……』

 ブサイクなのは変わらないのか……。

『いわば、段々とコンパクトになるDBの悪役か、毎年のように小さくなっていくコンビニの焼き肉カルビ弁当みたいなもの……』

 その例えは的確なんだろうか?


『……それにしても、どうやって厳重な鉱山の枷を破壊して、チャカポコ山からここまで?』


 ローラの当然の疑問に対して、〝一匹狼ローン・ウルフ”ディブは凄絶な笑みを浮かべて答えた。


『――ふっ。苦しい日々だった。幼女分の皆無な牢の中、手足に枷を付けられた状態で俺にできること。それは、ただ一箇所自由になる場所を、徹底的に鍛えることだけだった……』

『自由になる場所……?』

 首を捻るエマに向かって、

『雌ブタにはわからねーか。ここだよ、ココ!』

 そういって股間を指さす。

『『『『え……!?』』』』

 なおさら不可解な表情になるメリーさん以外の四人娘。


『いや、だってギルドの女性職員から聞いた話では、アンタ短●でしょう?』と、オリーヴ。

『真性包●とも聞いてますね』これはローラ。

『あと噂では、幼女以外にはイ●ポだってもっぱらの評判だったね』容赦のないエマのコメント。

『まあまあ、どうせ小水以外に使用することはないんですから、それでも十分ですよ』スズカがフォローしている風で、トドメを刺した。

 オリーヴたちこいつら自覚はないようだが、〝一匹狼ローン・ウルフ”ディブが喚く通り、いじっている段階で、すでにイジメなんだよなぁ……。


『やかましいわ!! 俺は鉱山の地下牢の中、自由にならない四肢の代わりに、ひたすら幼女を妄想して過ごしていた。そんなある日、股間に痒みを感じた……と思ったら、信じられんことにそこに〝ドリルシメジ”の胞子が根付いて、日に日に大きくなっていった。そうして、俺は俺のイチモツとも化した〝ドリルシメジ”を、自在に動かせるように密かに特訓と妄想力のすべてを注ぎ込んだ。結果、股間に生えた〝ドリルシメジ”は脅威の進化を遂げ、ついには鉄の枷でも硬い岩盤でも粉砕する威力を得たのだ!』

 その言葉を証明するかのように、〝一匹狼ローン・ウルフ”ディブの股間が膨らみ、1mはありそうな〝ドリルシメジ”がそそり立ち、その場で超高速回転を始めて見せる。


『あたしメリーさん。すごい根性なの! まるで〝5000光年○虎”みたいな執念なの……!』

『こんな、へ○ちんポ○イダーみたいのと一緒にされたら、5000光年○虎も立つ瀬がないでしょうねぇ』

 感嘆するメリーさんと、複雑な表情でぼやくスズカ。


『新たに得たこの力で、モグラ人でも追い付けぬ速度で地下を自由自在に行き来できる俺は、今度こそ幼女を極めるのだ!!』

 力説する〝一匹狼ローン・ウルフ”ディブの背後に、燃え立つマグマの火柱が立った。


『――って、心象風景じゃないわよ! ホントにマグマが燃え滾ってるわよっ!』

 オリーヴの叫びに呼応して、慌ててその場から避難するメリーさんたち。

『なんで、なんで温泉からマグマが!?』

 混乱しながら着替えを抱えて逃げ出すエマ。

『火山でもあるチャカポコ山から、地下を掘り進んできたと言ってましたから、その穴を通ってマグマの噴火口ができてしまったんじゃないかしら?』

『エライ迷惑なの……』

 ローラの推測に、ちょっと遅れて露天風呂から戻ってきたメリーさんが同意する。


 結局、突如として噴火した露天風呂は、周囲の建物と名物のドグラモゲラ山系の紅葉をあっという間に火だるまにして、消えるまでに二週間はかかり。

 チャカポコ山を中心とした観光施設は壊滅的な打撃を受けたという。

一匹狼ローン・ウルフ”ディブについては、消息不明ということだが――。


 一夜明けて、避難民と一緒に馬車で避難しながら、

『結局、名物の〝ドリルシメジ”を食べられたのはメリーさんだけか』

 オリーヴが消沈した声を出す。

 この被害で数年……どころか、数十年規模で〝ドリルシメジ”を採取するのは不可能だろうというのが、専門家の判断であった。


『大丈夫ですよ。こっそりとご主人様が〝ドリルシメジ”を入手しておいたので、これを朝食にいただきましょう』

 ローラが〝ドリルシメジ”のホイル焼きを皿に並べて、全員の前に配る。

『やった~!』

『ありがとうございます!』

 歓声を上げるエマとスズカ。


『アンタの火事場泥棒も意外と役に立つわね』

 憎まれ口を叩きながらも、ホイルを開けた時の他にはない芳香に陶酔し、一口食べた途端、口いっぱいに広がる滋味に感激するオリーヴであった。

『お、美味しいわね、これ!』


〝名物に美味いものなし”というけど、これなら幾らでも食べられるわ。と夢中になってオリーヴも口に運ぶ。


『しっかり食べるの。おかわりもあるぞ! なの……』

 太っ腹なところを見せるメリーさん。

『ええ、本当にたくさんあるので、遠慮しないでください』

 ローラがそれを肯定したものだから、全員がおかわりを要求した。


『にしても、これ一部を切り取ったものよね? こんだけ大きくて一部ってことは、全体だと軽く一m……は、ある……んじゃない……の?』

 二個目のホイル焼きを食べながら、多少は正気に戻ったオリーヴが、自分の台詞の途中で何かに気付いたかのように、言葉を詰まらせた。


『あたしメリーさん。多少、焼けたけど、丸焼けになる前に回収できてよかったの……』

 包丁を交差させながら、何事もなかったかのように嘯くメリーさん。


『…………』

『どうしました、オリーヴさん。箸が止まったみたいですけれど?』

 気づかわし気なローラの声を聞きながら、俺は大学ヘ行くための準備を始めるのだった。

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