第55話 あたしメリーさん。いま温泉宿で秋の味覚に浸っているの……。

「知り合いからギュウ肉をたくさんいただいたので鍋にすることにしたのですが、よければ学生さんもご一緒しませんか?」

 という管理人さんのありがたい申し出で、夕食は管理人さんの部屋で鍋になった。


「ちわーっ、ゴチになります!」


 ただ御馳走になるのもなんなので、手土産にインドの名物だというミルクドーナツ『グラブジャムン』と、北欧の伝統的なお菓子『サルミアッキ』、ドイツのグミ『シュネッケン』、あとアメリカの飴ちゃん(駄洒落じゃないぞ)だという『The Toe Of Satan』とやらを、一抱え程ビニール袋に入れて渡した。

 どっちもドロンパに「美味しいよ~♪」と押し付けられたものだが、俺はさほど甘いものは好きではないので、ドロンパには悪いがそのまま管理人さんに横流しすることにした。まあ、女性は甘いものが好きなので間違ったチョイスではないだろう。


〝夕食に誘うとか、絶対に碌な目論見じゃないわ! 油断しちゃだめよ”


 で、俺の後に続いて、ロボット掃除機の『ノレソバ』がなぜか管理人室まで付いてきた(一階に下りてきたときはともかく、帰りは二階まで抱えて階段上らにゃならないんだろうな、ロボット掃除機コレ)。

 そのノレソバに乗った――風に見える――最近とみに鮮明になってきた幻覚霊子が、なにやら失礼なことを喚いていたが、俺にしか見えない・聞こえない幻覚と幻聴なので、当然のように俺はスルーして、

「さあ、なにもない部屋ですけどどうぞ。――お鍋は皆で囲んだ方が美味しいので、ご招待しただけで他意はないですよ」

 管理人さんも同様に、和やかに迎え入れてくれた。気のせいか誰かに言い訳しているようにも感じられるが……。

「〝皆”といってもふたりだけですけどね」

「……そう、ですね。ほほほほほっ」


 なにかを誤魔化すかのように笑う管理人さん。

 妙齢でひとり暮らしの女性の部屋に案内されたからといって舞い上がるほど俺は性獣でがっついてはない。管理人として、親元を離れて暮らす若い店子の食生活を心配して、純粋に好意として食事に誘ってくれた。それくらいわかっている。

 いわば『徹○の部屋』に案内されたゲストのようなものだ。ここで変な行動や馴れ馴れしい態度を取れば、当人と周囲の顰蹙ひんしゅくを買うだけだ。


「お~っ、サイバーパンクですねーっ」


 一歩足を踏み入れた管理人さんの部屋は、六畳間を二つ繋げた大きなもので、オール電化に床暖房も完備しているらしく、全面がメカメカしい――まるで松○零士の漫画に出てくる宇宙船の操縦席のように――床にも壁にも天井にも、大小様々な謎の計器がランダムに並んで光っていた。


 さすが根っからの都会人はセンスと金のかけ方が違う……と、感動している俺の前に回り込んだノレソバ霊子が、モニターが映す民放のテレビ番組と、壁に貼られたカレンダー。光る計器の上に置かれた木彫りの熊、床に鎮座するテーブル。そして、すでにグツグツと煮えている鍋を見ながら、

〝管理人、あんたさ。わざとらしく偽装しても、異物感が半端ないだけど?! どーみても地球侵略に来た侵略者インベーダーのアジトじゃない!!”

 謂れなき妄言をほざいているが、気にせずに管理人さんに促されるままテーブルに着く。


「さあどうぞ。お肉はたくさんあるので、いくらでも食べてください」

 鍋の蓋を取って、実際に山ほど肉を俺の小鉢とんすいに取り箸でよそいながら、金魚鉢から覗く口元をほころばせる管理人さん。

 樺音ハナコ先輩もそうだけど育ちがいいんだろう。大和撫子(絶滅危惧種or絶滅種)らしく、箸使いが綺麗である。

『あたしメリーさん。パン屋に行くと両手にトングを持って、バ○タン星人の真似をするまでが様式美なの……』

 とはエライ違いだ。


「あ、すみません。恐縮です」

 ありがたく受け取って「いただきます」をしてから、俺は肉を頬張る。

「うん、美味い。変わった風味の牛肉ですけど、なんて牛の肉なんですか?」


 少なくとも和牛じゃないな。国産牛の乳臭さはないから肉牛なんだろうけど、オージービーフかなんかね?

 そんな俺の何気ない問い掛けに、管理人さんは屈託なく、

「ベテルギウス産です☆」

 ペテル牛種……聞いたことのない牛種だな。やはり輸入された牛肉だろうな。いいんですよ、安い肉で。貧乏学生にとっては、同じ値段で量が食べられるそっちのほうがありがたいってもんです。


〝――ぶっ!”

 勝手にテーブルに座って鍋をつついていた幻覚霊子が、口に肉を入れたままむせ返る。

〝宇宙生物じゃない! なんてもん食べさせるのよ!?”

「大丈夫ですよ。私、牛には一家言あるんですよ。アメリカで調査していた時も、主に牛ばっかり解体してましたし」


 心なしか幻覚霊子と管理人さんが鍋をつつきながら、口角泡を飛ばして激論を交わしているような気もするが、いつの間にか鍋が空になった――かと思うと、次から次へとワンコ蕎麦のように、即座に新たな鍋が現れるハイテク機器によって、目の前に煮えたぎる牛鍋(二回目から鍋の中身は百%肉になった)が、鎮座するという、若い胃袋を慮った管理人さんの好意を無碍むげにするわけにもいかず、一心不乱に脇目も振らず、ひたすら牛肉を消費する俺がいた。


 最初は変わった風味と食感の牛肉だと思っていたけど、食べ進めるうちになんか癖になってきた。

「うん。うまいうまい」

 ああ、見える。見えるぞ。なんか喉越しに宇宙の真理と、湯気の向こうに桃源郷が――。


 ◇


「お兄ちゃま、お手てつないで~♪」

 無垢な笑みを浮かべておねだりをする五歳くらいの金髪幼女。

「しょうがないなァ」

 照れながらも俺はそのモミジのように小さな手を取った。

「わ~~~い♪ お兄ちゃまと一緒、いっしょ♪」

 天使のような満面の笑みを浮かべたまま、スキップする金髪幼女に合わせて、俺も笑いながら歩幅を合わせて進むのだった。

 そう。どこまでも、どこまでもメリーさんと一緒に……。


 ◇


「――いや、ねーよ」

 俺は正気を取り戻した。

 食うことに傾倒するあまり忘我の境地に達してしまったらしい。少しペース配分を考えながら食わねば。


 そして一時間後――。

「……さすがに食えんわ。ギブアップ」

 はち切れそうな腹を抱えて床を叩くと、それが合図になったのか、それともさしもの安くて量だけはある輸入牛とはいえ品切れになったのか、続く新たな鍋は現れなくなった。


 一息ついて、ふと、周りが静かなのに気付いて見回してみると、管理人さんも食べ過ぎたのか床に突っ伏している。

 普段は決して外さない金魚鉢も頭から外れて、床に転がっているが、だからといってこれ幸いに素顔を見るような真似はしない。

 故郷の習慣だっていっていたし、多分素顔を見た者を殺すか愛するかとかの厳しい掟があるんだろう。

 あと、気のせいか顔の周りに俺が渡した『The Toe Of Satan』と『グラブジャムン』が転がっているような気がするが、満腹でもデザートは別腹というところなんだろう。


※『The Toe悪魔 Of Satan』……月○仮面に出てきそうな名前の飴だが、その壮絶な辛さから口に含んだ瞬間に、唇が腫れ上がって悶絶するというキャンディー。

※『グラブジャムン』……世界一甘いとも言われる菓子。濃縮牛乳1kgに、小麦粉100g、砂糖水2kgを混ぜて生地を作る。それを丸い形にして、油で揚げ、最後にシロップに漬けて完成。あまりの甘さに脳天がかち割れそうになる。血圧が高い人間が食べると危険。


 それと気が付けばノレソバが、夏の終わりの蝉のようにひっくり返っていた。その周囲に転がる『サルミアッキ』と『シュネッケン』。そうして、気のせいか放心している幻覚女霊子が、光に包まれて昇天しかけていた。


※『サルミアッキ』……塩化アンモニウム(塩安)とリコリス(甘草の一種)から作られる暗褐色で菱形の飴。北欧では割とポピュラーな食品だが、他国の人間が食べると、独特のその匂いに悶絶する。

※『シュネッケン』……サルミアッキと世界一マズい飴のトップを競う飴。食べた人間は一様に「ゴムタイヤを食べた感じ」と口を揃える。一口目は割と普通に感じるのだが、その後に渋苦い刺激が口一杯に広がり、なおかつ飲み込んだ勇者は、いつまでも胃の中に居座って取れない後味に苦しむことになる。


 食休みしているところを、ゴチャゴチャ声をかけるのもなんだな。

 せめて後片付けくらいやろうかと思ったのだけれど、さすがは都会のハイテクオール家電。いつの間にか空の鍋も食器も、ジュースの入ったカップもなくなっていた。


「こうなると手持ち無沙汰だな……」

 ごちそうさまでしたと、一言お礼を言わずに帰るのもなんなので、腹が落ち着くまでスクワットでもやろうかと思ったところへ、スマホにメリーさんから電話が入った。

 なんだろう、ちょっと電話に出るのが気恥ずかしい。


『あたしメリーさん。いまモグラ人の国にある山の宿屋で、名物のキノコを食べる予定なの……』

「ほう。この季節の山は紅葉が綺麗だろうな」

 異世界はどうかは知らんけど。

『オリーヴたちは「綺麗キレー」とか「風情がありますね」とか言ってたけど、メリーさん枯れた葉っぱを見て何がいいのかサッパリわからないの……』

「お前には情緒というものがないのか!?」


 そう言わずにはいられない俺だったが、メリーさんは気にした風もなく、ここに至るまでの状況を話し出した。

 その光景を想像するだに――。


「そんなわけで新刊が発売されたら、ほぼ初日で売り上げが確定するので、本を増版するか、次巻も出版するか、打ち切るかを出版社が決めるは、三日目と言われているの……!」

「なんかザブ○グルの『三日の掟』みたいですね~」

「おおおっ、青い先公なのっ……!」


 紅葉の名所として有名なドグラモゲラ山系。風光明媚な周囲の景観もなんのその。なにやら盛大に盛り上がって力説しているメリーさん。

 山道をゆっくり進む馬車の中、窓の外の景色とまったく無関係の演説を、唯一まともに傾聴していたスズカが相槌を打った。


「アニメかなんかの話? スズカあんたもよくわかるわね」

 ローラ、エマと一緒に紅葉に染まった山を眺めて、和気藹藹と旅情に浸っていたオリーヴが、アニメの主題歌を歌い出したメリーさんとスズカに向かって、顔だけ向けて呆れたように言う。


「ザブ○グルですよ、ザブ○グル。ロボットモノにコミカルな西部劇の要素を加えた名作で、出てくるロボットがガソリンを燃料にして、ハンドルで操作するというところが秀逸でしたね」

 しみじみと感慨に耽るスズカ。

「……ロボットとか、男が喜ぶものでしょう?」

 続くオリーヴの首を傾げながらの感想に、

「そんなことはないですよ。熱い男の浪漫なんていいますが、いいものは男女区別なく感動できるものです!」

 そう断言して、『わが生涯に一片の悔いなし!』のポーズをするスズカ。

 その尻馬に乗ってメリーさんも、猛烈に同意するのだった。

「その通りなの! キン○マを強打した痛みとかならともかく、男が理解出来るモノは女にも理解できるものなの……!」


 その一点の違いが決定的な男女の差異だろうな~、と思いながら、とりあえず無言で肩をすくめるオリーヴ。


「あと、スズカ。スズカは知らないだろうけれど、近年の巨大ロボは計器を見ながら操縦したり、エネルギーに原子力とかは使わずに、代わりに操縦席で男女ペアになって、バックの体勢になった女のケツについた操縦桿で動かしたり、男が女の胸を揉んでエロのパワーで動いたりするの。さらには、ガ○ダムに至っては核分裂炉ならまだしも、太陽炉とか縮退炉とか、果てはラ○ディーンやダ○モスみたいにモーションキャプチャーみたいな感じで、武闘家が気合で動かすヤツまであるの……!』

 なかにはガ○ダムよりも生身の武闘家のほうが強い例があるし、と続けるメリーさん。

 途端――、

「またまた~。いくら私でも、そんな見え見えの嘘には騙されませんよ~」

 苦笑して、スズカが一笑に伏すのだった。


「メリーさん、本当のことしか喋ったことないの……!」

 と激昂するメリーさんを、ハイハイワロスワロス、と宥める一同。


「そういえば、メリー様。いつもの『温泉! 秘湯! 湯煙! 美幼女、美少女とくれば謎の連続殺人なの!』という、よくわからない盛り上がり方をしてませんねー?」

 エマがふと疑問に思って口にした。

「あたしメリーさん。美幼女までは正しいんだけれど、〝美少女”というのは微妙なの……」

「「「「どーいう意味(よ)(ですか)!?」」」」

 色めき立つオリーヴ、ローラ、エマ、スズカの美少女組。


「メリーさんの彼が『そもそも、お前メリーさんのところの仲間全員が腹黒いというか、そこはかとなくクズだよなぁ……。良い子なんていやしねーし。面子は一応テンプレ設定の、魔女やメイド姉妹や狐耳少女が仲間なのに、ほっこりする〝ま○がきらら”系とはならずに爆笑のイロモノ枠、おもしろパーティだからなぁ。外見は可愛い女の子ばっかなのに、何かを大きく外してるというか、〝はい残念賞”というか……』と言っていたの……」

 したり顔のメリーさんの説明に、

「いっぺん、その彼とやらと会わせなさい! きっちりと腹を割って話したいことがあるわ!」

 猛烈に噛みつくオリーヴと、もの凄い勢いで同意する、殺気立った三人娘がいた。


 ◇


「……お前な」

『メリーさん、本当のことしか言わないの……!』

 意固地になるな!

 つーか、だからって伝書鳩みたいに、そっくり喋るんじゃねーよ! 婉曲って言葉を覚えてくれ!!


 ◇


 やがて馬車は予約していた大きな旅館についた。

 出迎えてくれたモグラ人の女将や仲居たちが、真っ先に馬車から下りてきたメリーさんを見て、なぜか一斉に表情を曇らせる。

「「「「「???」」」」」

 そこはかとなく疑問に思いながらも、即座に取り繕った女将がにこやかに挨拶をして、そのまま何事もなかったかのようになし崩しにメリーさんたちは、モグラ人の仲居さんに案内されて、広い廊下を歩いて(ちなみにモグラ人は基本的に土木作業が得意なので、建物は石造りである)部屋に案内された。


「お~、いい景色ね」

 窓から見える展望――紅葉に染まる山と、その向こうに見えるひと際大きな、煙を噴き上げる富士山そっくりの火山を見上げて感嘆の声をあげるオリーヴ。


「そうでしょう。うちの国の名物チャカポコ山です」

 お茶を煎れながら相槌を打つモグラ人の仲居さん。


「なるほど。ところで、先ほど皆さんがご主人様の姿を見て、顔をこわばらせていたのは、どのような理由があるのでしょうか?」

 煎れられたお茶を配膳しながら、ローラが何気ない口調で詰問した。

「――っっっ!」

 途端、顔を強張らせて視線を泳がせる――モグラ人は基本、陽の下ではサングラスをかけているので、あくまで雰囲気として――仲居さんだったが、

「……ふう。そうですね。万一のことがあると危ないので、正直に話したほうがいいでしょうね」

 諦めて正直に事情を話し出した。


 なんでもこの近隣では、一月ほど前から人間族の女性――それも7歳以下の幼女――を狙った、下着泥棒やノゾキが多発しているとのこと。

 どんなに厳重に戸締りをしても、腕に覚えのある自衛団が巡回していても、どこからともなく犯人がやってきて、確実に幼女の下着を盗んでいく。

 その神出鬼没ぶりから『怪盗変態・R-7』と呼ばれているという。


「ですから、こちらのお嬢ちゃんが心配で……」

 心配そうにメリーさんを見据える仲居さん。

 そのメリーさんさんはといえば、

「あたしメリーさん。一カ月にも渡って尻尾を掴めないなんて、巨大な組織の陰謀を感じるの……!」

 普段のオリーヴみたいな陰謀論に結び付けて猛り立っていた。


「いやいや、さすがに幼女のパンツを集めて喜ぶ組織なんてないわよ」

 窓際で手を振るオリーヴ。

「その認識は甘いの! 少なくとも、メリーさんの知る限り、現世においては【全日本ロ○コン協会】、【双黒○議】、【ブラッ○ロリータ団】、【ロリコン】、【カド○○】と、日本国内だけでも「ロリコンなんて沢山いるんだ! おっぱいよりロリコンが正義だ!!」と豪語して、幼女の下着を集めて喜ぶ組織が五つもあるの……!』

「最後のひとつは違うわよ! あんたいい加減にしないとマジで垢バンされるわよ!!」


 オリーヴの警告もなんのその。さらにメリーさんは熱弁する。


「それに世界規模になると、メリーさんでも知らない巨大なロリコン組織があるらしいの……!」

 この言葉に、ハッと虚を突かれた表情になるオリーヴ。

「――うっ! そういえば聞いたことがあるわ。フリーメイソンやイルミナティ、薔薇十字軍、天地会すら掌で転がすという秘密結社の存在……」

「知っているのですか、オリーヴさん?」

 ローラの問い掛けに、真剣な表情で頷くオリーヴ。

「うむ。奴らは『ケネディ大統領の暗殺』、『ファティマ第三の預言』、『フィラデルフィアで行われた怪実験』、『9・11同時多発テロ』にも関与していて、多数の政財界人、著名人、有名芸術家もメンバーに名を連ねていたというわ」

「「はあ……」」

 現世の事を言われても、いまいちピンとこない様子のローラとエマ。

「そして、有名な映画監督のスタ○リー・キューブ○ックは、組織の存在を世間に知らしめようとして、謎の死を遂げたとも……」

 さらに具体的な証言を引き合いに出すオリーヴ。


『キューブ○ックは、ペドフィリアが世界を動かしていると言っていたわ』(女優ニ○ール・キッド○ン)

『彼は生涯を通して秘密結社を研究していたわ。すっかり夢中だった。そして、こう言ったの。エリート、つまりトップの秘密結社は特殊な性癖を持った男たちでいっぱいで、彼らはペドフィリアという共通点で集まり、結束していると』(同)

『ニューヨークには〝エリート小児性愛者グループ”が存在している』(プー○ン大統領)


「すべてが謎に包まれた秘密結社。けれど、人は畏怖を込めてそれをこう呼ぶわ。〝こじらせた人々(仮)”と。似たような組織が、この世界にあってもおかしくはないわね」


 そう締め括ったオリーヴのドヤ顔を、変なものを見る顔で凝視していた仲居さんは、

「よくわかりませんけど、それとは別件で皆さんにも注意しておくことがあります。なんでもチャカポコ山の鉱山にいた凶悪な犯罪奴隷が逃げたそうなんです」

 顔を曇らせ、メリーさんたち一同の顔を見回しながら言い含める。

「手枷足枷で労働時間以外は地下牢に閉じ込められていたはずの人間族の囚人が、どうやってか枷を切断し、鉄の檻を破って脱獄したとかで、いまも逃走中っていうんですから、怖いですよねぇ」


「お~~っ、最凶死刑囚なの! 『敗北を知りたい』の……」

 身震いする仲居さんとは対照的に、大いに盛り上がるメリーさん。

「いえ、何で掘ったのか知らないけど、牢の壁には『幼女を知りたい』って刻まれた書置きがあったらしいですよ。それに死刑囚じゃなくて、確か性犯罪者で〝一匹狼ローン・ウルフ”ディブとかいう名の――」


 仲居さんの言葉に、オリーヴ、ローラ、エマ、スズカは顔を見合わせて、

「……なんか、マッハで犯人がわかっちゃったんだけど」

 脱力したオリーヴの言葉に、残りの三人が一斉に頷いて、

「でも、アレ﹅﹅が手枷足枷、プラス地下牢を破壊して逃げられるもんかな?」

 エマの疑問に、

「あたしメリーさん。QV○福島が売ってるスッパスパの包丁でも隠し持ってたんじゃないかしら……?」

 何も考えないメリーさんが適当な推理をして、同時にローラが思慮深く考えながら答える。

「かつて手枷足枷で繋がれた奴隷が、密かに奴隷主に反抗するために、カポエラを編み出したと言われているわ。ディブも研鑽を積んで反抗の機会を伺っていたかも知れないわね」

「ああ、この世界にもカポエラってあるんですね~。まあ、確かにああ見えて幼女メリーさん相手には、相当強かったらしいですからね。潜在能力はあったかもですね」

 思い出しながら納得するスズカ。


 ここで回想終了――。


「そういや、メリーさんの包丁をいなして、スカートを捲りやがったからな。ディブあいつは」

 話を聞いて納得する俺。

 潜在能力はあるんだけれど、実生活や大人の男女相手にはまったく生かすことができない代わりに、幼女相手には無類の強さを発揮するという、ダメ絶対音感(※音楽的才能は欠片もないが、聞いただけで瞬時に声優を当てられる。生きていく上でまったく必要のない能力のこと。喜多○英梨を判別できるかどうかが境界線ともいわれる)や、アスパラ食べておしっこの臭いが変わったのを感じることができる能力にも匹敵する、完璧に意味のない才能の無駄遣い。それが〝一匹狼ローン・ウルフ”ディブというロリコンであった。


『まあまあ、景気の悪い話はこれくらいにして、お嬢さん方、自慢の温泉に入って、その後はこの国の名物〝ドリルシメジ”でも口にして、パーっと憂さを晴らしてくださいな』

 仲居さんが明るい声で話題を変える。


『〝ドリルシメジ”?』

 なんだそれは? というローラの復唱に、

『ここの火山の地下洞窟にだけ生えるキノコですよ。地下の岩盤を割って生えてくるキノコで、場所が場所だけに、蒸気やマグマ、火山性ガス、それにダンジョン化した洞窟の奥にあるっていうんで、モグラ人あたしらでも獲ってくるのが大変なんですが、その代わり味と香りは絶品。さらには滋養強壮にも優れ、美容にも効果があるとされてますよ』

『『『『『ほほう』』』』』』

 途端、生唾を飲み込む一同。


『あたしメリーさん。A・Cは幾らでも払うの! ありったけ〝ドリルシメジ”を持ってくるの……!』

 成金と欲望丸出しのメリーさんに対して、仲居さんが申し訳なさそうに、

『すみませんね。今日は他に団体様が宿泊しているので、〝ドリルシメジ”はおひとり様一本までとさせていただいているんです』

 そうやんわりと断る。


『むう……。ちなみに団体客もひとり一本なの……?』

『いえ、予算の関係で三人で一本くらいの割合ですね』

『じゃあ連中に出す分を五人に一本くらいにして、余った分をちょっとだけメリーさんに上乗せして、超大盛り! あと全国の書店員さんが、出版社の営業が来たら、メリーさんのコミカライズ化を耳打ちする……で、みんなの力でメリーさんがハッピーになれるのっ……!!』

『いや、無理ですっ!』


 しばし続くメリーさんと仲居さんの押し問答を聞きながら、

「元気玉理論はやめんか!」

 俺もまたメリーさんの説得に加わるのだった。

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