第54話 あたしメリーさん。いま令嬢(?)の身代わりをしているの……。
季節はいつの間にやら秋。
なんだかんだで当然の帰結のように、王都がイニャスのズラ叔父の陰謀で陥落し、メリーさんたちが人間国の勇者代表として魔王国に向かうことになったその旅の空。
「どーせなら、前回は回らなかったルートを通って行くの……!」
というメリーさんの鶴の一声で、大周りをして魔王国へ向かうことになった一同。
『例えるなら大阪から京橋へ行くのに、最短だと大阪→京橋で120円だけど、新大阪→京都→山科→近江塩津→米原→草津→柘植→木津→奈良→桜井→高田→五条→和歌山→大王子→京橋と、同じ120円でも回れるようなものなの……』
「お前は、どこでそういう情報を調べるんだ?」
読書の秋ということで、戦前の『絵物語』『ポンチ画』を中心にフェアを開いているせいか、普段に比べて客足の多いバイト先である、神田の古本屋『ロンブローゾ古書店』の店頭。
『ただいま昼休み中。午後一時半より開店』の札を出しながら、俺はメリーさんからかかってきた電話にそうツッコミを入れた。
まあ忙しいといっても息をつく暇もないというほどではないし、営業もバイトの俺のフリーハンドで裁量についてはほぼ任されているので問題はない。
どうしても手が足りなくなったらヘルプを呼べるし、頑張ればその分、バイト代も割高になるので悪くはない――もっとも報酬については、たまに顔を出す上司の
「海外での仕事を手伝ってくれれば、出張手当や危険手当とかも含めて、相当なバイト料を出せるわよ?」
と、盛んに勧誘されるのが困ったものである。第一、海外となると大学を休まねばならないし、
「そもそも危険手当ってことは、危ない場所に行ったり、非合法な行為を行うんですか?」
「ホホホホッ、そーんなわけないじゃない。でもそうね。場所もアフリカとか南極とかアマゾンとか月面とかの僻地なのは確かだけれど、貴方って蝙蝠と骸骨は好き?」
「好き嫌いでいうと、あまり好きではないですね」
「いいわね! 絶対に戦闘員――いえ、本社の正社員になるべきよ!」
「……前から思っているんですけど、チョイチョイ話題に出る金色の蝙蝠とか、笑う骸骨とかって――」
「あら、お客様よ! さあさあ、仕事に戻って。あと、正社員の話、前向きに考えておいてね」
そこでちょうどお客が来たので話は有耶無耶になった。
なんだろうね。前々から、この本屋の本社業務(こっちは副業っぽい)を手伝ってもらいたいとオファーを受けているんだけど、具体的な仕事の内容を聞くと途端に話を
「まるで『赤い洗面器○男』の話だよなー』
と、呟いたところでメリーさんからの電話がかかってきたので、時間的にも休憩ということで、一時休店の札を出して、俺は休憩室へコンビニのサンドイッチの袋を持って腰を落ち着けた。
『あたしメリーさん。なにげに悪の秘密結社っぽいバイト先なの……』
俺の愚痴に対して、相変わらず想像を斜め上かつ、派手な妄想するメリーさん。
「どこの世界にこんなにアットホームで、きちんとバイトに給料を払って、試験休みも考慮してくれる悪の秘密結社があるか!」
『世の中にはマジで「悪の秘密結社」という名前で会社を設立して、将来、居抜きで世界征服するために、〝ゴミゼロ”、〝らくがきゼロ”、〝飲酒運転ゼロ”をチラシで呼び掛ける組織も福岡にあるの。ちなみに真の代表取締役社長は「ヤバ○仮面」というの。あと、ギャ○クターなんて、社員の福利厚生はもとより、衣食住をすべてまかなったギャ○クタータウンを造って、戦闘員の子供全員にクリスマスにはプレゼントを配ってたの……』
「極端な例を出すな。一般論としてありえないだろう! まあ、お前はどっちかっていうと、悪のほうに肩入れするだろうけど」
『この世には目には見えない闇の住人たちがいるんだけれど、時として牙を剥くの。〝地獄幼女先生”とも呼ばれるメリーさんは、そうした悪を憎む敵よ……』
「〝悪の敵”ってだけで、正義の味方じゃないよなァ!?! 単なる地獄からの使者だよな!」
『東○版スパ○ダーマン……? 悪夢の瞬殺ロボ・レ○パルドンなの……』
「なんの話だ!? つーか、ルート検索の話だろう。お前って、(アホのくせに)地図とか読めるのか?」
そんないつものやり取りをしながら、俺は昼食を兼ねた休憩に入ったのだった。
缶コーヒー片手に軽くサンドイッチを抓む俺に向かって、メリーさんがこともなげに答える。
『Go●gleマップなの。メリーさん、あなたのアパートを特定する時にも使ったし……』
おのれGo●gleっ! いや――
「都市伝説が文明の利器に頼るなーっ!」
『あたしメリーさん。電話かけてる時点で文明の利器使いまくりだから問題ないの……!』
「…………」
言われてみればその通りである。
「ねーよ!」
二重の意味で否定の言葉を口に出す俺。
「なんでも手軽に済ませようとすな! 自力で恐怖のどん底へ叩き落とそうっていう、都市伝説の矜持はないのか!?」
被害者が加害者に対してヤル気を喚起させるというのもどーかと思うが。
俺の言葉にさすがにプライドを刺激されたのか、
『むう。それならメリーさんいまからあなたを恐怖のズンドコに叩き落とすのっ……』
「ほう」
異世界にいてできるもんならやってみろ。
そう鷹揚に構える俺の耳に、スマホ越しに何かをカチカチと操作している音が聞こえてきた。
『えーと、パソコンの中に目ぼしい名前ではないけど、なんかこの「歴史」「哲学」のフォルダが怪しいの。あと「隠しファイル」にチェックが入って見えなくなっているのを復元して、アイコンを変更して「写真編集アプリ」に偽装してあるフォルダを、あなたの知り合いと親のところへ全部転送するわね……』
「ブホッ――やめろ~~~~~~~~っ!!!」
怖っ! その行為は洒落になんぜーぞ!! 俺の全身に冷や水がかけられたような、かつてない恐怖と戦慄が襲いかかる。
「勝手に人のパソコンをハッキングするな! コーヒーが
この恐怖はもはや別の都市伝説だ。
『ウドのコーヒーでも飲んでたのかしら? むせるの……咽る弾幕なの……』
「なんの話だ!? つーか、恐怖の方向性が生々しすぎて、もはや都市伝説を逸脱しているぞ、お前。どこで覚えたんだ?」
『メリーさん現代
くそ、さっきの『地獄幼女先生』ネタって、この伏線だったのか。俺としたことが見過ごした。
まあ、「ゆうちゃんはパソコンの先生だからね」というレベルの先生だろうけど。
『「先生」といっても、「まいっちんぐ」とか「いけない」とか「なんでここに」とかの形容詞はつかないので、変な期待はしちゃダメなの……』
「するかっ!」
『ちなみに、かっ○゜寿司の注文するタッチパネルの左下隅を執拗に連打すると、注文画面が消えてWind○wsのデスクトップが出てくるのは基礎教養……』
「ろくなことしないな、お前は!」
『それはともかく、この間、「メリーさん」でエゴサしたんだけど……』
エゴサーチなんてろくなこと書いてない上に、大部分が嘘っぱちだぞ。
何回か顔を出したことがある客で、作品がアニメや漫画にもなった、某有名投稿サイト出身の作家さんがいるけど、雑談で聞いた話とネットに書かれている情報とは性別以外、趣味も職業も何もかも全然違っていたし。
************************************
あるひとり暮らしの男のもとへ、メリーさんから電話がかかってきた――。
『あたしメリーさん。いまゴミ捨て場にいるの……』
「えっ!?!」
『あたしメリーさん。いまあなたの家のある駅にいるの……上着が汚れたから脱ぐわね』
「えええっ!!」
『あたしメリーさん。いま近くのエ○スワンにいるの……スカートも脱ぐわ』
「お、おう……」
『あたしメリーさん。いまラーメンの豚○郎の前にいるの……スリップも邪魔ね』
「(ごくり)」
『あたしメリーさん。いまあなたの家が見えるコンビニ「くい○んぼ如月」まできたわ……そして、いまブラも外したの』
「はあはあ……!」
『あたしメリーさん。いま玄関にいるの……最後に残ったパンツも外すわ』
「やったーっ!」
……だが、朝まで全裸待機していた男の元にメリーさんは来なかった。
「…………」
雀の鳴き声を聞きながら、一睡もしないでいた男は真っ白に燃え尽きるのだった……。
************************************
『――という話があったの。参考にしたほうがいいかしら……?』
なぜか弾む声で、期待を込めて尋ねてくるメリーさん。
誰だ? 誰だ? 誰だ? 空の彼方で踊る……じゃなくて、そんな話を書いたのは? つーか、メリーさんに関する逸話を書いているのって、ロクな人間がいないな。
ちょっと人類には早すぎる存在なんだ。メリーさんは……。
とりあえず俺はため息をひとつついて、感想を伝える。
「よくわかった。舞台が高知だってことが」
コンビニやスーパーの名前が超ローカルだったからな。
「あと、それを書いた人間は酔っ払って前後不覚だったんじゃねーのか?」
高知には『おきゃく』という習慣があってだな。知らん人でも一緒に酒を飲んだり、さらには『
実際、酒消費代が家計に占める割合全国ナンバーワンを独走している。
……山之内一豊の妻は、よくへそくりして馬を買えたもんだ。多分、下戸だったんだろうな。でなけりゃ、夫婦の酒代に消えていただろうから。
『むう、メリーさんも内助の功として、あなたを追い詰める際に、臨場感を高める努力をしないといけないと思うの……』
「いまの例だと、単にリビドーが高まっただけに思えるが?」
というか五歳くらいの幼女が、延々と服を脱ぎ散らしながら歩いていたら、単なるオツムの弱い子だと思われて保護されただけじゃねーのか?
『大丈夫なの。安心して、本物のメリーさんはちゃんと最後、一線を越えるまで頑張るから……』
一線って「死線」か? それとも
「つーか、なにをいまさらそんなことを気にするようになったんだ?」
どうせ誰かに感化されたんだろう。
『話せば長くなるんだけど……』
以下はメリーさんからの伝聞を再現したものである――。
王都を脱出したメリーさんたち一行は、路銀を確保するために、国境にある辺境伯の領都で短期のバイトがないか冒険者ギルドに顔を出した。
ところが、あれよあれよという間に、なぜか領主である辺境伯に呼ばれて城に行くことになった。
密室に案内された、メリーさん、オリーヴ、ローラ、エマ、スズカを前に、領主から、ここの十五歳になる一人娘が、実は女装した男の娘だというトップシークレットを、いきなり
「
「それをいうなら〝Trans Sexual Fantasy”ね」
そう訂正するオリーヴ。
◇
話を聞いていたところ、なぜか『辺境伯』『TS』という単語が引っかかって、
「うっ……頭が……」
にわかに痛くなった頭を抱えて、さらに、
「どうもすみません。近いうちに更新します。ホントすみません!」
という謝罪の言葉が、なぜか天から降ってきた。
はて……?
◇
「DNA鑑定をDHA鑑定と間違えるていどのケアレスミスなの。細かいことは気にしないの。それよりも、なんで女装なんてしてるの……?」
「いや、DHAだとドコサヘキサエン酸……不飽和脂肪酸の一種だから、その鑑定に意味はないと思うけど?」
さらにツッコみを入れるオリーヴを無視して話を聞いてみたところ、
『もともとここいらは人跡未踏の魔境だったのですが、私たちの祖先がこの地を拝領し、入植する際に森に棲んでいた《薔薇の女王様》と呼ばれる、このあたりの魔物の支配者と契約をして、人が住む許可と領地の繁栄を確約してもらったのですが、その際の交換条件として、もし我が辺境伯家に男の子が生まれたら、十六歳になった時に婿にもらう……という約束をしていたのです。ところが幸か不幸か我が家は女系家族であり、まったく男子が生まれないまま300年以上が経過して……」
そう答えてため息をつく女領主である辺境伯(ちなみに旦那もこの場にいるが、顔がいいというだけで平民の役者から婿入りした、ほぼ置物か壁の花である)。
「「「「ははぁ……」」」」
なるほど。だいたいの構図は見えてきたとばかり、合点がいったメリーさん以外の四人が声を揃える。
ついでとばかり、見せられた辺境伯家の家系図には、ものの見事に女性の名前がずらりと並んでいた。
「うわぁ……! 六神○体ゴッド○ーズ・劇場版のエンドロールに流れる、映画化希望の署名をした腐――じゃなくて、女子の羅列みたいですねぇ」
「あたしメリーさん。あれ、よくよく見ると中には男の名前があるの。『ウォー○ーを探せ』くらいの割合だけど……」
感嘆するスズカの俗っぽい感想に、メリーさんがツッコミを入れた。
「――ところが思いがけずに男子が生まれてしまった。それも一人息子というわけで、お嬢様として魔物の目を誤魔化していたというわけですね?」
「その通りよ。幸いあの子は私と夫に似て天使のような器量良しだから、娘といっても誰も疑うことがなかったんだけれど……」
ローラの問い掛けを、憂鬱な吐息とともに肯定する女領主。
「あたしメリーさん。魔物もよく300年も律義に待っていたの! メリーさんだったら、キレて殴り込んでいたところなのに……」
「アンタの場合は根本的に導火線が短すぎるのよ!」
「……まあ、魔物や妖怪にとっては『契約』というのは重要ですからね。
包丁を振ってエキサイトするメリーさんを掣肘するオリーヴと、しみじみとした口調で魔物を擁護するスズカ。
「ほら……例えば、メリーさんだって、電話をかけて狙った相手とは、まかり間違っても馴れ合ったり、
スズカがさらにはそう付け加えると、オリーヴも茶化す感じで合いの手を入れた。
「そりゃそうよ。だいたいメリーさんがいくらいい加減でも、ターゲットにされたほうが、よっぽど頭パンパカでなければ、そんな関係になるわけないじゃないっ(笑)」
――ここまで聞いたところで、話はライブに移った……のだが、
「……なんか流れ弾で、まとめてディスられた気がするんだが?」
『奇遇なの。メリーさんもなんかそんな気がするの……』
言っておくが俺は別にメリーさんと馴れ合っているいるわけでも、まして
いまのぬるま湯の関係は……あれだ。演技で囚人と看守やってると、そのうち看守側が相手を傷つけるのが平気になってくる、というのがあったけどお互いに定期的に連絡してるうちに、親しい関係だちだと錯覚するようになったとか、そういう感じだろう。
あとは、俺が率先してこの安全装置のない、核弾頭みたいな幼女のブレーキ役というか、外付け型の良心回路を買って出ているだけだ。
「……一度、お前らの仲間とは腹を割って話したいところだが、まあいい。ともかくも要するに一人息子を娘と偽って、魔物の手から匿っていた……ということで、なんでお前らにお鉢が回ってきたのか、よく聞いてみろ」
『あたしメリーさん。別に息子が男の娘でも、おカマでも、オネエでも、ニューハーフでもなんでもいいけど、それでメリーさんにどーしろと言うの……?』
俺の助言に従って、駆け引きなしで歯に衣着せぬ物言いで、直截に尋ねるメリーさん。
『……いま例に出した四つは、厳密には違うんだけどなー』
とエマが小声で微妙にモニョったけれど、ここで違いが判るってことは、まさかお前、腐ってやがるのか……? 13歳だろう? ヤバい! 早すぎたんだ。いろいろと……。
エマの独り言は聞こえなかったらしい。メリーさんの問い掛けに憂慮してます――というため息をついた女領主は、
『このまま娘として16歳の誕生日を過ぎたのなら、魔術的な契約も無効になるはずだったのですが、ここにきて二次性徴を迎えたあの子に変化が訪れたことで――変化といっても微細なもので、いまでも可憐で可愛い子には違いがないのですが――一部の目敏い領民か、出入りの商人からかはわかりませんが、あの子が男子ではないかとの疑いが広まったのです』
そうメリーさんたちを無理やり招聘した理由を挙げた。
『そして、今日はあの子の16歳の誕生日。大々的に領内外の有力者を招いての誕生パーティを開く予定ですが、そのパーティにくだんの魔物が乗り込んできて、あの子の性別を暴く……という、予知の力を持った術者からの警告がありました。そこで領民にも魔物にも顔の割れていない、あなた方の協力が必要なのです』
『なるほど。メリーさんわかったの。魔物が来る前に、息子の息子をメリーさんが包丁で切り落として、証拠隠滅をはかればいいのね……』
『『『『『『ちがうわっ!!!』』』』』
女領主、オリーヴ、ローラ、エマ、スズカが声を揃えて反駁した。
どうでもいいいけど、この期に及んで無言のままという存在感の無い亭主である。
『つまり身代わりです。契約を反故にするのは申し訳ないですが、三百年も前とは状況も違います。とりあえず今晩一晩、娘に成り代わってお嬢さん方のひとりに、あの子に変装してもらい、魔物が来ても女であると証明すればいいのです』
まあ確かに不実な話だが、顔も知らない先祖の約束に従って、たった一人の子供を魔物にくれてやる親はいないだろう。昔から『一人娘と春の日はくれそうでくれぬ』とも言うしな。
『ははぁ……。時代劇とかでよくある展開ですね? 眠○四郎の「美女姫みが○り残念剣」とか、雪姫隠○道中記とか、水○黄門ではかげ○うお銀が、身代わりの花嫁になって悪を裁く感じで』
スズカが「あーそーゆーことね完全に理解した」という口調で、誰にも理解できない理解の仕方をした。
『残念なのは
メリーさんの問い掛けに、
『そうですね。年代的には私かスズカさんですが、背の高さ的にオリーヴさんの方が適任かも知れませんし』
ローラがそう付け加えたことで、百聞は一見に如かず……というわけで、
『言っておきますが、徹底的に秘匿していたお陰で、あの子――シャルロット自身も、自分が男であることに自覚がありません。あくまで見た目通りの「天使」「辺境伯家の一人娘」「キレイなお嬢さん」として接するように』
前もって釘を刺す女領主の言葉が終わらないうちに、「お嬢様がお見えになりました」というメイドの挨拶に遅れて、楚々とした足取り……ではなくて、
「なんだ、このガ○ダムが大地に立って、歩いているような音は……?」
スマホ越しの俺の耳に、地鳴りのような重低音が聞こえてきた。
『お母様~っ♪ 高名な女勇者様一行が、わたくしの誕生パーティに参加されるというのは本当ですか~?』
甘ったるい口調で、フリフリのドレスを着た、長い金髪に青い目をした令嬢が、小○力也のような声を放ちながら部屋に入ってきた。
なお、あとから確認したところ、噂の辺境伯家の
ドレスの胸元が開いているので、モジャモジャの胸毛の剛毛が丸出しで、だけど日に焼けることがないので、肌の白さが際立っている――そのため、体毛の濃さが逆に際立っているという、どっからどう見ても男性ホルモン120%。濃縮還元された男の娘ならぬ、
『いらっしゃい。私の愛しい天使ちゃん。今日も可愛いわよ』
親バカ一代で、現実が見えてないらしい女領主が、それはそれは華やいだ声をかける。
お互いに頬にキスをしてから、女領主がメリーさんの方を向いて、
『ねえ、どこからどう見ても自慢の
そう念を押す。
――お前がそう思うならそうなんだろう。お前の中では……な。
刹那、その場に居た家族以外の全員と、俺の思惑がシンクロした。
本人たちの前では面と向かって言えないけれど、きっとどこかに「王様の耳はロバの耳」とか「王様は裸だ」と、正直に口に出した奴がいるんだろうなァ。
『あたしメリーさん。「キレイなお嬢さん」といいうより、「気の触れたおっさん」なの……』
『『『『しーっ!! ハッキリ言っちゃダメ(です)よ。今日日はLGBTやトランスジェンダー問題は、容易に火種になりやすいん(だか)(ですか)ら』』』』
赤裸々なメリーさんの感想を、他の四人娘が諫める。
と、そうした動きでシャルロット嬢(?)の関心が寄せられたようで、
『まあっ! まあ、まあ……なんて可愛らしい子かしらっ!!』
『――うっ!?』
ガッチリとターゲットにされたらしいメリーさんが、珍しく腰が引けて逃げの体勢になる。
だが、知らなかったのか? マッチョの
あっという間ぶっ太い両手で持ちあげられたメリーさんが、
『あああああっ! メリー様が白目を剥いて口から泡を……!』
エマの悲鳴が聞こえた。
『あらら、初心な子ねえ。可愛いわ♪』
気が付いたシャルロット嬢がメリーさんを放して、オリーヴに渡したらしい。
『だ、大丈夫? アンタでも苦手なことがあるのね……』
『……メリーさん、いまアンタレス星人に攫われて、遠い銀河の果てで、宇宙猿人と戦っている幻を見たの……』
どうにか正気を取り戻したメリーさん。
とりあえず、この五人の中の誰かがシャルロット嬢の替え玉をしなければならないのだが……。
『『『『『いや、無理っ』』』』』』
即答する五人。
『絵師が勝手に全身鎧をビキニアーマーにしたり、黒髪清楚が金髪アメリカンになるレベルの変化を超越しているの。変装しようにも、ぶっちゃけ、ガ○ダムをビ○゛ザムに改造するくらいの難易度なの……』
『人化の術でも、質量まではままなりませんからねえ……』
メリーさんが匙を投げ、影武者としては一番可能性が高い能力を持つスズカが、困った表情で自分より三~四倍くらい重そうなシャルロット嬢を横目で見る。
『……いや。身代わりなど必要ない』
その時、聞き覚えのない男の声がした。
『『『『『だれ!?』』』』』
『あなた……?』
『お父様……?』
その存在を忘れていたメリーさんたちの怪訝な声に続いて、女領主とシャルロット嬢の困惑した声が聞こえた。
それに応えて、ほとんど置物同然だった女領主の旦那が前に出てきた。
『念のために数日前からこの男に化けて、様子を窺っていたけれど。やはり噂は真実だったようね。
その言葉が終わらないうちに、亭主の体が膨らんで、次の瞬間、大輪の薔薇の花びらを爆発させ、亭主に化けていた魔物が、ついにその姿を見せた。
『きゃああああああああああああああああああああああっ!!!』
絹を引き裂くような、シャルロット嬢の野太い悲鳴が響く。
そうして、その場に現れたのは、シャルロット嬢にも劣らぬ巨躯に赤いレザージャケットに真紅の薔薇のコサージュがついたサスペンダーで吊るした赤レザーのパンツ。
上着の胸元は開いて逞しい胸と腹は丸出しで、顔には紫色のアイシャドウに黒のルージュ。ついでに黒々とした髭、割れた顎の下の首には、鋲が打たれた赤い革の首輪をしていた。
いまどき珍しいほど完璧なハードゲイそのものである。
『《薔薇の女王様》参上よン♪』
玄○哲章を思わせる低音で自己紹介をする、
『『『『『(カクン……)』』』』』
刹那、メリーさんたち五人の顎が同時に落ちた。
『――っ! いつの間に私の
立ち上がった女領主が《薔薇の女王様》に詰め寄る。
コイツもコイツで亭主が入れ替わっていたのに気付かなかったんかい?!
『三日前からかしらね? なかなかいい男だったから美味しくいただいたわ。今頃はアタシの
じゅる……と、涎を拭きながら答える《薔薇の女王様》。
『おのれぇ! 長年、調教してきた私のオスブタがぁぁぁぁっ!!』
どこからか取り出した鞭で床を叩いて地団太を踏む女領主。
『うわー……知りたくもなかった余所様の夜の性生活が……』
オリーヴがひたすら遣る瀬無い口調でこぼした。
その場でポージングを決めながら、
『とりあえずこの場にいる全員をフルボッコにして、約束通りアンタの息子は貰っていくわよン』
そう宣言をする《薔薇の女王様》。
これに対してメリーさんが、
『メリーさんノンケだから、この手の汗臭い連中は触りたくないの……』
と、やる気なさげに包丁を構える。
『気分は同じだけど、コレも仕事だし……』
どんよりと沈んだ口調で、オリーヴが水晶玉を取り出した。
『でも、〝鑑定”で見ましたけど、かなり強敵ですよ。ステータス自体は魔王の四天王級です』
いつの間にか『鑑定』のスキルを取得していたらしい。ローラとエマが各々相互
最後にスズカが無言で精霊術の体勢になった――ところで、
『パパを
突如、
『ふふン。メインディッシュは最後にいただくものよ♪』
無謀なパンチ――空を切った風圧が、スマホのこっちまで聞こえるような剛腕の一撃――を躱して、逆にカウンターのパンチをシャルロットの腹に打ち込む《薔薇の女王様》。
『――がっ……!』
腹を押さえて崩れ落ちそうになったシャルロットだが、ギリギリのところで持ち直すと、
『負けない――負けねーぞっ!』
怒号とともに《薔薇の女王様》にアッパーを打ち込む。
『――ぬぅ!?』
虚を突かれて反撃を受け、一瞬、驚いた表情を浮かべた《薔薇の女王様》だが、所詮はレベルとステータスが違う。
『しつこいわね』
続けざまに連撃を返したが、これを受けたシャルロットが踏みとどまって、さらに倍する連撃を返すのだった。
『――くっ、威力が上がっている?! まさか、ダメージを受けるごとに強くなるという、伝説のスキル!?!』
愕然とする《薔薇の女王様》の言葉に、
『あたしメリーさん。ポ○モンの「いかり」かしら……?』
手持無沙汰になったメリーさんが感想を口に出した。
『君がッ、倒れるまで、殴るのをやめないッ!』
怒りのボルテージを上げたシャルロットの連打と、《薔薇の女王様》の連打が互いに息つく間もなく、互いの体に当たる音がする。
『パワー系おカマ同士の殴り合い。新宿二丁目の路上では、しばしば見られる光景なの……』
メリーさんの感想。
やがて、昼休みの時間が終わったので、俺はスマホを切ってバイトに戻った。
なお、この両者の戦いは夕方まで続き、夕日が落ちる河川敷でお互いに倒れて……倒れながらもお互いの手を握って、いつの間にやら友情だか愛情だかが生まれてしまったらしい。
一応はバイト代をもらったメリーさんたちはさっさと辺境伯領を出たそうだが、結局、そのあとシャルロットと《薔薇の女王様》の関係がどうなったのか、あえて聞かないようにしていたそうだが、結局、辺境伯家はなんだかんだで断絶したそうである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます