第53話 あたしメリーさん。いま呪いの人形と対決しているの……。(後編)

 さて、ダンジョンを無理やり攻略し――押し込み強盗のような真似をして、ダンジョンのボスをぶっ殺して財宝を奪っ――てきたメリーさんたち一行。

 スマホからの実況を聞く限り、駄弁りながらの帰り道、王都までもう少しという草原で、次の〝勇者武闘会”の対戦相手である《人形族》六体に、道を塞がれる形で相対することになったらしい。


『……まさか、白昼堂々と勇者が闇討ちですか?』

 牽制の意味を込めてローラがそう問い質すと、

『まさか、それこそまさかでありンス。ワチキらはそちら様が試合を断らないように、直接交渉に来ただけでやんすよ』

 見た目六歳くらいの友禅染の着物を着た黒髪の日本人形風の幼女が、そう古風な口調でカラカラと笑って否定した。

 この彼女を除けば、それが《人形族》のベーシックなスタイルなのか、他の人形たちは、いずれもドレスを纏った外国人のような造形であったらしい(昔はともかく、いまのメリーさんは思いっきりガーリーだけど)。


『交渉ね。その割には殺気が駄々洩れだけれど……?』

 オリーヴが警戒しながらそう口にするが、当然のようにオリーヴに『殺気』などを感知できるだけの繊細な感性はないので、単なる口三味線ブラフ……もしくは、一生に一度は言ってみたい台詞(「マスター、いつものやつ」「犯人はこの中に居る!」「話は聞かせてもらった」など)を口にしただけの様式美だろう。


『アラ、ゴメンなさいね。私たちって世間では「呪われた人形」って呼ばれているから、知らずに怖がらせてシマッタみたいネ。けど安心シテ、今日は本当に直接交渉ネゴシュートするために来タだけだから。ケド、交渉するまデもなく、私たちとの対戦ヲ選んでくれたようデ嬉しいワ』

 日本人形の隣に立っている、金髪で蒼い瞳に旅行用ドレスに帽子をかぶった五歳くらいの、微妙にしもぶくれの幼女人形が、たどたどしい口調でそう応じた。

 そんな彼女の台詞に合わせて、他の人形が囃し立てるように、

『ホホホホホホッ』

『HAHAHAHAHHA!』

『ケケケケケケケ』

『ククククククク』

『(にやり)』

 一斉に不気味な笑みを放つのだった。


 彼女たちの見た目は、一見すると二歳から七歳くらいまでの幼女そのものだが、よくよく見れば肌の質感が布やコンポジション(※パルプやおが屑・土を練り混ぜて型に合わせて精製し、乾燥させて糊やグリセリンなどを混ぜたもの)、二度焼きされた素焼きの磁器製|(いわゆるビスク・ドール)や、ゴムやセルロイドなど、明かに光沢が人間とは違っている上に、首や手足の関節にも可動用のボールジョイントや繋ぎ目が散見できることから、人形であるのは割と一目瞭然である……とのこと。


『『……うわ~、お人形さんが喋って動いている(よ~)』』

 再び怖気立つ口調で、声を震わせるオリーヴとスズカ。

 その様子に、

『ふふふふふふっ、恐いの? まあ当然YOネ』

 金髪幼女人形が、さもありなんという口調で含み笑いを発するのだった。


『??? 《人形族》なのですから、当然なのでは……?』

 地元住民として、まれに《人形族》を目の当たりにする機会もあったローラが、逆に怪訝な口調でふたりに問う。


『いやいや、実際に人形が動いて喋っているとか、目の当たりにすると軽くホラーよ!』

『そうですね。子供の頃、リ○ちゃんやバー○゛ー人形で遊んだ身としては、生理的な嫌悪感を覚えるというか……』

『……はあ、そういうものですか……?』

『だったらウチの頭領トップの立場は……?』

 地球出身者の感性がピンとこないようで、ローラ・エマ姉妹とも不得要領な口調で問い返す。


『……メリーさんアレは例外なのでカウントしなくてもいいわ』

 一瞬考えて、投げやりに説明を放棄するオリーヴ。


『改めて自己紹介するWA。私たちガ《アポ・メーカネース・テオス》!』

 その混乱を前に堂々と、どことなく色彩や衣装が初期のメリーさんと被る金髪幼女人形が、余裕の動作で両手を開いて自己紹介を始めた。

 それを受けて、端からチーム《アポ・メーカネース・テオス》が次々と名乗りを上げる。


『あたいは、アナベル! 夢じゃねーぞ、くそビッチどもが! 呪いコロシテやるぞー! げはははは!』

 と、赤毛の七歳ほどのビスク・ドール風の幼女が哄笑を放った。

『PUPA』

 そっけなく自己紹介しながら、ブラブラとそのあたりを動き回る、青いリボンに青い服を着た、癖毛の金髪碧眼幼女布人形。

『この子は「マンディ」YO』

 最年少のベビー服を着た、なぜか右手に西洋包丁を持ったコンポジション製の乳児の代わりに、金髪のリーダー格らしい人形が紹介する。

『私の名前はペギーよ』

 一番新しい感じの、六歳ほどの短髪でソフトビニール的な質感の幼女が、横向きでオリーヴたちと視線を合わせないような姿勢で、素っ気なく名乗りを上げた。


『悪く思わないで欲しいでヤんす。彼女の顔を直視すると、それだけでも呪いが発動するンで、注意してるんでありンス』

 日本人形の彼女がそう付け加えたところで、

『ムウ、あれが世に聞く恐怖の呪い人形……』

〝アナベル”、〝PUPA”、〝マンディ”、〝ペギー”と、順にその名を繰り返したオリーヴが、息を飲んで脂汗を流しながら戦慄わなないた。

『知っているのか雷で……じゃなかった、知っているのですかオリーヴさん?』

 スズカがそんなオリーヴに問いかける。


『うむ、聞いたことがある。いずれも実在する呪いの人形として名高い連中ばかりよ』

 そうしてオリーヴが説明したところによれば――。


① アナベルは夜な夜な動き回り、最後には持ち主の体を這い上がって首を締めようとした人形である。

  結果、悪魔祓い師によって封印されたもので、アメリカでは映画化もされたほどメジャーとのこと。

② PUPAは六歳の女の子が所有者だったものの、いつしか失くしてしまった……のだが、その後、世界各地で歩き回っている姿が目撃され、やがて持ち主のもとに帰ってきた直後に持ち主は亡くなったという悲劇の人形である。

③ マンディは西洋版子泣き爺であり、見た目は乳幼児だが実年齢は百歳を越えていて、夜な夜な地下室で赤ん坊のように泣いては、近寄ってきた相手をその包丁で……。

④ ペギーと名づけられたこの人形を見た人は、吐き気や頭痛を訴えるのだそうである。

 さらには持ち主がSNSに「ペギー」の写真をアップしたところ、その画像を見た人たちから吐き気や頭痛を訴える声が続出。ある人は「ペギー」の画像を表示した途端にパソコンが固まり、部屋の温度が急激に下がっていくのを感じたほどであるのだ。


『くくくくくっ、その通りYO。ここにいるメンバーは全員が選りすぐりの恐怖と戦慄を与えルいわく付きの《人形族》ばかり』

 さあ恐怖しろ! 震えるがいい! と言わんばかりのリーダー人形の挑発に対して、しばし無言で思案していたオリーヴだが、ややあって――。

『(ため息)……えーと、悪いことは言わないから、メリーさんに関わるのは、やめたほうがいいと思うんだけどなぁ』

 どことなく同情的にオリーヴが呪いの人形たちに助言をする。

『ククククク、虚勢は虚しいだけYO』

 その場に存在するだけで日の光が陰るような怨念を発しながら、金髪リーダーが一笑に付す。

 オリーヴは仲間たちと顔を見合わせてから、困ったようにポリポリと前髪のあたりを掻いて、

『あんたらスティーブン・キングとかトマス・ハリス、アイラ・レヴィン、キャシー・コージャ的な身の毛もよだつ、ホラーとオカルト小説みたいな展開を狙っているんだろうけど、メリーさんあれに関わった瞬間、歳末バーゲンセールの広告並みに、ガクッと品位が落ちるわよ?』


 そうオリーヴが指さす先では、とっくに話し合いに飽きたメリーさんが、

『お……お嬢ちゃん、げへへへへ、オジサンがお金をあげようか?』

『わーい♪ なの……』

 という、いまどき幼稚園児でも引っかからないような、いかがわしい誘い文句にホイホイと誘われて、

『♪あるー貧血。もりのなカンチョウ。くまさんニンニク♪』

 アホな替え歌を歌いながら、人攫いに藪の中へと連れ込まれていた。


『『『『『『『『『『…………』』』』』』』』』』

 それを無言で凝視する敵味方一同。


 メリーさんが付いてきたのを確認したオッサンは、

『ふふふふふふふっ。待ちかねたかい? 待ってたかい? さあ、オジサンの〝きんのたま”をあげよう。だけど、その前に、お嬢ちゃん、オジサンの恵方巻を掴んでしごくんだーっ!』

『あたしメリーさん。汚い細巻きがあるだけなの……』


『『ぎゃああああああああああああああああああああっ!?!』』

 オジサンの下半身が藪の中に隠されているため、お察し……じゃなくて、詳細は不明ながら、このやり取りを目の当たりにしたオリーヴとローラが、血相を変えてNAR○TO走りで現場に急行し、即座にふたりがかりでメリーさんを小脇に抱える〝お米様抱っこ”をして、変なオジサンの前から回収して戻ってきた。


『あたしメリーさん。どうせなら十○衆走りのほうがよかったの……』

『できるかーっ!』

『ホイホイと変なオヤジの後について行くんじゃありません!』

 頬を膨らませるメリーさんを一喝するオリーヴと、保護者のようにたしなめるローラ。


『貰うものだけ貰って、サクッと始末するつもりだけだったのに……』

 包丁を振りながら欲求不満な様子のメリーさんを、呆気に取られた《アポ・メーカネース・テオス》の前に放り出すオリーヴとローラ。

『――待たせたわね』

『せっかくの一儲けのチャンスをふいにするほどの重大事なのかしら? いうなればテ○東がアニメを放送しないで、報道特番を組むくらいの事件でもないと、メリーさん本気になれなの……』

『強盗の武勇伝を引きずらないで、会話に参加しなさいよ! いまストーリーの重要な部分なんだから!』


 一喝するオリーヴに対して、待ったをかけるメリーさん。

『いや、待って欲しいの。メリーさんは何も盗んではいないの……?』


 いや、メリーさんコイツはとんでもない物を盗んでいきました。


『アナタ、もしかしてワチキたちの話をまったく聞いてなかったでやんすか!?』

 愕然とした声を発する日本人形の幼女。


『えーと、お前らの身の上話で、「姉が勝手に応募したオーディションを受けに来た」んだったわよね……?』

『『『『『『違うわ~~~ッ!!!』』』』』』

 一斉に声を荒げる《アポ・メーカネース・テオス》のメンバーたち。マンディも赤子のフリをやめて怒鳴りつけた。


 はい、そうです。この場の緊張感です。


『???』

 なんで怒られているのかわからないメリーさんに、掻い摘んで俺が説明をした(カンニングだな)。

『ふむふむ、メリーさん理解したの。要するにコイツら、幼女の皮を被ったアメリカ版の都市伝説なのね……』

 幼女の皮どこにでもあるな……と思いつつ、

「都市伝説というか、実在する怪奇現象だな」

 まあヤラセと錯覚だろう。現実に幽霊や悪霊がいるなら一度会ってみたいもんだ。


『その通りYO! さあ、恐怖に震え、断末魔の悲鳴を放つがいいWA!』

 そう気勢を取り戻した金髪リーダーが、見下した口調で高々と宣言するのと同時に、

『ぎぃやああああああああああああああああああああああぁぁぁっっっ!!!』

 手持無沙汰なメリーさんが、持っていた甲殻小妖精フェアリーの尻に刺したストローに、思いっきり息を吹き込む。

 断末魔の悲鳴を上げて、破裂する甲殻小妖精フェアリー


『ダカラ、聞けって言ってるでしょうガっ!!』

 軽く無視された金髪リーダーが、メリーさんに詰め寄るのを、

『まあまあ、落ち着くんでありンスよ、メリーちゃん』

 黒髪の日本人形が宥めるのだった。


 ◇ ◆ ◇


 同時刻――。

 王都にあるアジトで、密かにメリーさんたちの動向を、召喚した小妖精フェアリーの使い魔を介して探っていた、地下抵抗組織レジスタント《王国華劇団》の隊長にして、魔物使いビーストティマ―でもある青年が、同調させていた使い魔が破壊された衝撃によるブーメラン効果で、

「――ぎぃやああああああああああああああああああああああぁぁぁっっっ!!!」

「ああああっ!?! 犬神さん!!」

「隊長っ!?」

「隊長がけつから膨らんで爆発した!」

 そっくり同じ物理的欠損を被ることになり、尻から破裂して死亡したのだった。


 ◇ ◆ ◇


『『『『『メリー……?』』』』』

 黒髪が呼び掛けた金髪の名前に、「同名?」「姉妹?」という感じで、メリーさんたちが注目する。


 その問いかけるような視線を前に、金髪人形娘は威厳を正して、

『そうYO。私こそが本家〝メリーちゃん”。かつて日米親善の使者としてアメリカから日本に寄贈され、「青い目の人形」として童謡にもなったし、絵本「青い目○人形メリーちゃん」として、昭和の時代マデは「金髪碧眼の人形=メリーちゃん」という公式設定だったのYO! ところが、イマは「メリー」といったら、コノ訳のわからない都市伝説が我が物顔で大手を振っテ、主役面してるナンテ、許せないWA!!』

 そう積もり積もった鬱憤を、マシンガンのように捲し立てた。

 さらに続けて、自分と隣にいる市松人形の由来を声高らかに喧伝する。

『そもそも私はアメリカ人宣教師のシドニー・ギューリック博士が日米間の友好、そして関東大震災で人形を失った少女たちを慰撫するために、日本に人形を贈ろうという活動によって海を渡った人形ナノ。さらには、今度一万円札にもなる近代日本財界の重鎮である渋沢栄一翁も、「世界の平和は子供から」をスローガンとした理念に共感して、大戦前の日米関係の悪化を憂慮しツツ、事業の仲介を担ったという由緒ある人形ナノ! そしてここにいる倭日出子やまとひでこハ、アメリカ中から贈られた私たち人形に対する答礼人形として、日本中から寄付を募り、友禅縮緬と本金の帯、外国へ旅立っても恥をかかないようにト素足に両国の職人に作らせた足袋を履かせた市松人形で、渋沢栄一翁ガ直接その名を付けた逸品YO。オマエとは歴史も伝統も由来も何もかも段違いの――』


『ぐげあああああああああああああああああああああああッッッ!!!』

『ひでぶッ!!』

『なんじゃこりゃああああああ!?』


 立て板に水で捲し立てる〝メリーちゃん”の台詞、二行目くらいで早々に理解するのを放棄したメリーさんが、木の枝や水の中、擬態していた奴や果ては地中にいた小妖精フェアリーを、野生の勘で探り当てては、次々と捕まえて、尻にストローを突っ込んでは「パンッ!」を繰り返すのだった。

『面白過ぎるの。それに同じ小妖精フェアリーでも、皆、悲鳴が違って風流なの……』

「お前は人間オルガンを作って遊ぶ、どこぞのシリアルキラーなマスターか!?」

 変な遊びにハマってしまったメリーさんの凶行を止めるべく、俺は得々と命の尊さを説く。


 ◇ ◆ ◇


 同時刻――。

 メリーさんたちの情報を収集すべく、使い魔の(以下略)――。

「ぐげあああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

「ひでぶッ!!」

「なんじゃこりゃああああああ!?」

《Sunken Hearth》、《マッスル&チェリーボーイズ》、《アポクリン&エクリン戦隊》の術者たちが、次々と破裂して息絶えた。

 この後、各チームは大金を投じて教会で復活させたのだが、『人の口には戸が立てられない』ということで、「使い魔で遊んでて、尻から破裂して死んだ魔物使いビーストティマ―がいる勇者パーティ」は物笑いの種となり、4チームとも不戦敗を申し立てて王都から遁走したそうである。


 ◇ ◆ ◇


『ダカラ聞けって言ってるでしょう! 私は特にアナタに怨みがあるのYO!』

 メリーさんの胸倉を掴むメリーちゃん。


『メリーさん〝なろう読者症候群”だから、延々と改行なしで三行以上の文章を見ると、反射的に投げたくなるの……』

 なにげに読者をディスるな、こら!


「要するに、もともと日本で『メリー』という名の金髪碧眼の少女人形といえば、あっちだったのが、後から出てきたお前が台頭して、過去の存在とされたことを怨みに思って、ここでお前を屈服させるために戦いを望んでいるということだ」

 掻い摘んで俺がそう説明するも、

『もうちょっと噛み砕いて「キ○コはちょっと内気な17歳。ある日、任務で出会ったのはすっぽんぽんの女の子(ただしハゲ)……」という感じに、二行くらいで軽快に語れないかしら……?』


 その説明は『間違ってはいないけど、明かに違う』という解釈のもとだぞ。


「えーと、先輩なのにお前にメジャーの座を奪われた『メリーちゃん』人形が、どっちが本家か白黒つけて、かつオトシマエをつけに来た……といったところだ」

『メリーさん理解したの。つまり相手をぶっ壊す、薔薇の乙女的なア○スゲームの開始なのね……』

『適当なこと言うナ~~っ! 本家メリーである私が、本家であることを、オマエと世間に知らしめルのが目的だっていってるでショウ!』

 物わかりの悪いメリーさんを前に、手を放して地団太を踏むメリーちゃん。


「もっとわかりやすく言うと。もともとレオタードを着た美女三姉妹の怪盗だったのが、森○中で上書きされたようなもんだな」

 そりゃ腹立たしいし、納得もいかないだろう。

『あたしメリーさん。どっちかっていうと、オリジナルよりもカバー曲のほうが有名になったパターンに近いと思うの……』


 そう言って、某月の戦士の主題歌が別な曲のメロディに違う歌詞をつけただけだとか、『アンパン男たいそう』を楽曲したグループが解散して、別な人にバトンタッチしたのがメジャーになっている例をあげつらうメリーさん。

 厚かましいにもほどがある。


『あたしメリーさん。だけど納得できないが「阪神タイガースの歌」! もともと「大阪タイガースの歌」だったものを球団名だけ変えたものだけど、本来は「オウ・オウ・オウオウ」が「大阪タイガース」につながってるからこそ一連の流れがあるのに、そこを「阪神」に変えてはぶち壊しじゃないの! 元巨人の千葉茂も生前激怒していたの。おまけにカバー曲では勝手にタイトルも「六甲おろし」に変更されてるしっ。そんないい加減なことで、お前らタイガースファンと威張れるのかと、メリーさんは一度、大阪人の胸倉掴んで問い質したいの……!』

「なんで激怒してるんだ!? お前の地雷のポイントは意味不明だな」


 なぜか妙にエキサイトしているメリーさんにそう言うのと同時に、我が意を得たりとスズカが同意の声を発した。 


『その通りです! 大阪なんていい加減で浅はかなんですよ。それなのに日本第二の都市とか威張って、終わってるし臭いし、たかだか過去に万博をやったくらいで大きな顔をして……くっ! でもまあ、それを言うなら東京だって大昔にオリンピックを一度やったくらいで、他にはなーんにもない、どっちも空気も水も悪いですし、なにが食い倒れなんだか……! 私、生前に西成の某所にある自販機でカップの冷酒買って口に入れたら、飲み込めずに「インド人もびっくり!」で吹き出しましたよ。マジで毒物かと思いました!!』

 すかさず尻馬に乗る、過去にオリンピック誘致を誘致して失敗した名古屋出身のスズカ。

『あたしメリーさん。一回だけって言ったけど、東京では二回目のオリンピックが、大阪では二回目の万博が……』

「言わんでいい言わんでいい! これ以上、傷口に塩を塗りたくるなっ!」

 すかさず俺がSTOPをかけるも、漫画や小説によくある難聴系、鈍感系の登場人物ではないスズカはピンときたらしく、

『え˝っ!? いまなんて言いました! もしかして、名古屋を差し置いてまたも万博が大阪で開かれるんですか?!』

『メリーさん知らないの……』

『嘘ですよね! いま言いかけましたよね!? 本当なんですか、それ!!』

『メリーさんが口に出したのは、先っぽだけなの、先っぽだけで我慢するの……』


『アナタたち、私たちを差し置いテ、漫才始めるとは余裕じゃないノ!』

 放置されたメリーちゃんたち人形が激昂して口を挟む。

 とはいえもとが呪われた人形だからなのか、あまりアクティブに行動しないで、その場から恨みがましい視線を寄こしたり、物陰に隠れて視線を送ったり、ブツブツと呪いの言葉を吐くのがデフォルトのようだ。


 そんな彼女たちの行動様式と見た目を前に、エマがどこか腑に落ちない口調で姉のローラに尋ねる。

『同じ《人形族》でも、メリー様と違って、いかにも人形っぽいけど、どっちが普通なの?』

『あっち側ね。私もご主人様に会うまで、こんなに人間と大差ない《人形族》には会ったことがないもの』

 何しろ、食うわ寝るわ遊ぶわ怪我をするわトイレに……。


『それはたぶん存在の起源が違うからだと思うわ』

 ぶっちゃけ人間と変わらないメリーさんと、あくまで人形の延長であるメリーちゃんたちを見比べて、そう首を傾げるローラとエマに向かって、ちょっと考えてからオリーヴが説明した。

『あっちの人形たちはベースになる「呪いの人形」が存在していて、それに付随して逸話や蘊蓄うんちくが後付けされたタイプなのに比べて、メリーさんは実在しない『都市伝説の人形』という概念が形になったものだから、形態に関しては自由に……それこそ、人間と変わらない存在であることも可能なわけよ』


 なるほど、つまりアラーの神のような形を持たない神と、特定の山や太陽などを信仰する自然崇拝の違いといったところか。


『どっちが強いんですか?』

 素朴なエマの疑問に、オリーヴの言葉が詰まる。


『……難しいところね。あっちの人形は本来の外殻を大きく超越した能力はないはずだけれど、逆に言えば見た目は幼女だけど、あくまで人形なので、人間にはできない動きもできるし、破損しても部品を交換すればいいとかのメリットがありそうだし』

 こっちのメリーさんは、肉体と能力に関しては思いっきり単なる幼女であった。


『ふふふふっ、わかったようネ。私たちガその気になれば、限界までの跳躍や怪力も、人間の場合三半規管ヤ血液の関係でできない急制動や急加速も、お手の物だってことYO』

 勝負を始める前から勝ち誇るメリーちゃん。

『そういうことでありンス』

 倭日出子も慎ましく、かつ余裕の笑みを浮かべる。


『あたしメリーさん。だけどメリーさんには――』

 反論しかけたメリーさんを、他のメンバーが素早く押さえて、耳元でささやく。

『ダメですよ、ご主人様! あの連中はこうして手の内をバラシて挑発することで、こちらの手の内を探ろうとしているのですから。本番までは余計な口は叩かないのが、利口なやり方です』


 ローラの説得に、

『――むう。そうなの……?』

 釈然としない口調で聞かれたので、俺はこちら側――病院の緊急搬送口へ、拘束着パジャマを着せられ、革製のバンドで初号機のように目から口から、全身を押さえられて、担架に乗せられて運ばれていく義妹と那智さん、特撮SFXの怪物役の面々を眺めながら、

「いままでの経過を聞いた限り、相手の人形もあんまし利口とは思えないからなあ。バカとバカが頭脳戦をしても不毛なだけだからやめとけ。好きなようにすればいいんじゃないのか?」

「近寄るな! この病原菌を――ぐえっ!?!」

 最後に残った、フラスコを持ったひっとこ男に、俺の隣にいた人間離れしたスタイルの女性看護師ナースさんが、ひと蹴りで距離を縮めてドロップキックを浴びせ、ノックアウトしたのを確認して、足元に置いてあった荷物に手を伸ばしながら、俺は適当にそう答えた。


『ふふふっ、でハ、対戦の日を楽しみにしているWA』

『おさらばでやンス』

『せいぜい吠え面かくなよ、クソビッチども!』

『BY』

『ふぎゃーっ!』

『またね』


 あちら側では要件は終わったとばかり、チーム《アポ・メーカネース・テオス》の面々が、口々に挨拶をして踵を返したところらしい。


『あたしメリーさん。わかったの……!』

『『『『『『……ん?』』』』』』

 背中を向けて離れかけていた《アポ・メーカネース・テオス》の人形たちのところへ、テケテケ近づいて行ったメリーさん。

 まだ何か用があるのかと、彼女たちが怪訝な面持ちで立ち止まった刹那――。


 ズンッ!


 鈍い音を立てて、メリーさんの包丁が一番背の高いアナベルの背中を貫通した。

『な……!?』

 口汚いアナベルも、咄嗟の事で声にならない。


『手応えがゴーレムよりも物足りないの。予想通り、乾ききった女だから、血も涙も出ないから面白くないの……』

 言いつつ、次々に取り出した三徳包丁、中華包丁、麺切り包丁、鰻裂き包丁などで滅多切りにするメリーさん。

『……あんたは別な意味で血も涙もないけどね』

 メリーさんの予想外の行動には慣れているオリーヴが、うんざりとした口調で口を挟む。

『♪メリーさんは、涙を流さない♪ ダダッダー。人形だから。幼女だーから♪ ♪だーけどわかるの。萌えのココロ♪』

 鼻歌を歌いながら、無慈悲にアナベルを解体するメリーさん。


『『『『『ぎゃああああああああああああああああああ!!!』』』』』

 突然の不意打ちに恐慌をきたしていた《アポ・メーカネース・テオス》のメンバーだが、

『なにするのなにするの、なにするのYO!? 試合での健闘を誓って別れたばかりでショ!』

 どうにか精彩を取り戻したメリーちゃんが、血相を変えて(あくまで雰囲気的に)メリーさんに詰め寄る。


『え? 明確に敵味方に分かれたんだから、背中を向けた以上、不意打ちや闇討ち上等なんじゃないの……?』

『どーイウ理屈YO! ソモソモこんな白昼堂々の闇討ちなんて初めて見たWA!!』


 と、ボロボロになったアナベルが完全に砕けて崩れ落ちる音がした。

『『『『『アアアア……アナベルっ!?!』』』』』

『――クソったれ、こん畜生! 馬鹿かテメエは。殺すぞ、この餓鬼!』

 続いてむっくりと瓦礫を蹴散らして何かが起き上がる気配と、聞きなれた声の罵声が轟く。


『あたしメリーさん。なんかブッサイクな三角鼻の布人形が、中から現れたの。中身が出てきたの……』

 さすがに唖然とするメリーさん。

 一方、覚えがあったらしいオリーヴは、ポンと手を叩いて納得した。

『そーいえば、〝アナベル”人形の本物って、こっちの布人形だったわ。映画化された時に、それだと見栄えが悪いので、アンティーク・ドールに差し替えられたんだけれど』


『この姿を晒させやがって、覚えてろよ、このクソが!』

 罵詈雑言を放つアナベル(本体)を筆頭に、《アポ・メーカネース・テオス》のメンバーたちは、次なるメリーさんの追撃を警戒しつつ、首だけ後ろ向きにして、スタコラサッサと王都に向けて小走りに戻って行くのだった。


 ◇ ◆ ◇


 そんなわけで『六人制ビーチバレー』の試合当日――。

 炎天下の下、双方とも予定通り水着で試合を進めることになったのだが、異次元の動きや手足を分離させることも可能な《人形族》の多彩な動きに翻弄され、第一セットこそ落としたメリーさんチームではあったものの……。


『ああああっ、砂浜に設置された温度計は50℃を突破したその影響でしょうか? 《アポ・メーカネース・テオス》チーム。ペギー選手が密閉された車のボンネットに置かれたアヒル状態で崩れ落ちたのに続いて――』


 実況の声に従ってコートを見れば、すでにソフビ製のペギーが溶けて饅頭型に変形しているその隣で、セルロイド製のメリーちゃんも、溶けて半流体と化していた。


「本来の『青い目の人形って、特に素材は決まっていなかったんだけど、野口雨情の童謡で『セルロイド』って歌われた影響で、素材が熱に弱いセルロイドになったのが致命的だったわね」

 冷静にそう分析するオリーヴ。


「「ぎゃあああああああああああああっ! 火が、火が! 燃える~~っ!!」」

 密かに延々と虫眼鏡で太陽光を絞って、発火させていたメリーさんによって、ついに発火した布製の人形であるアナベルとPUPA。


「――くっ、こうなったら、アチキらだけでも二セット目を取るでやンス!」

 あまり色気のない水着をまとった日本人形の倭日出子が果敢にボールをトスし、マンディがその小柄な体を生かして、高々とアタックするためにボールと平行にジャンプした。


「ジリオラ、その場にうずくまるの! ローラ、オリーヴの順でネットを背中にその後ろに並ぶの……!」

 咄嗟のメリーさんの指示に従って、「「「???」」」とりあえず並ぶ三人。


「ジェッ○ストリーム・オッパイ・アタッーク!」

「あたしの頭を踏み台にした!?」

 素早くジリオラの頭を踏み台に、ローラの胸、オリーブの胸と段差を利用して、空中高く――相手側のボールと同じ高さに舞い上がるメリーさん。


「……なんか釈然としないわね」

「ですねえ……」

 言外に戦力外通知されたエマとスズカが、微妙にやさぐれた視線を自分の胸元へ送る。


「必殺! アンパン男、新しい顔よ、アタック!」

 さらに空中でボールを挟んで対峙したメリーさんとマンディだが、メリーさんは躊躇なくボールではなくマンディを叩き落とし、呆然とする倭日出子の顔面に直撃をさせた。


 その衝撃で首が吹っ飛んでインクライスフィールド川へと、放物線を描いて落下する倭日出子の首。

 こうして混乱を極めた『六人制ビーチバレー』は、メリーさんチームの勝利に終わったのだった。


 なお、この後の試合は相手チームが軒並み謎の不戦敗と失踪をしたことから、メリーさんたちの決勝進出が決定したとのこと。

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