第51話 あたしメリーさん。いま呪いの人形と対決しているの……。(前編)

 テロリストによる列車強奪ジャック事件から一週間後――。


 古代エジプト人に対するペルシア軍のように、猫アーマーや猫マシンガン、果ては爆弾をくくり付けた猫地雷を列車内に配置していたテロリストに対して、警官隊と警察犬部隊による強行突入が決行され、どうにか乗客のほとんどが無傷で解放されたわけだけれど(一部、猫アレルギーで苦しんだ乗客もいた)、それですぐに列車の運行が再開……できるわけもなく、人質だった乗客たちはその場で列車から降ろされて、念のために付近にある病院へと検査のために搬送されることになった。


「いや、大丈夫なので先輩はバカンスを楽しんでいてください。つーか、国際電話って料金も馬鹿にならないでしょう。いまメリケンアメリカですよね? えっ、ブラジル?! ついでにペルーから南極に足を延ばす予定で船に乗る予定だったけど、十二時間以内に日本に戻る!? いやいや、俺のことは気にしないで、存分にペンギンと戯れてきてください」


 そんなわけで俺もいまだに実家には帰れず、途中にある地方都市『おっぴろ市』の総合病院へ滞在している。


 ここ『おっぴろ市』は近年になって急速に発達した新興都市で、もともとあった『奥平生町おくひろちょう』を中心に近くの町村が統合して市名も、

「流行りの平仮名ネームでいいじゃないか」

「俺らの方言では『おっぴろ町』って言ってたし、この際『おっぴろ市』でいいんでねえかい?」

「いいべさ。なんか〝国際的に開け放たれた市”って感じだす」

「ナウいべ」

 という、お洒落﹅﹅﹅だと勘違いした有力者たちによる、住民不在の――市民はさすがに「恥ずかしくて出身地を名乗れない」「なんでこんな市名を……」「もしかして、シャレオツだと思ってつけたのでは?」と大不評であったのだが――強行された、いわば地名版キラキラネームによって、よりにもよってこんな名前になった市であった。


 そんな市内の一角にある八階建ての『ジョン・サイレンス総合病院』の五階ロビーにある緑の電話機で、俺は現在、月よりもなお遠い場所にいる樺音ハナコ先輩からの、安否を問う電話を受けていた。


 ちなみにここの病人用のパジャマはやたら厚手の生地で、しかも両手が繋がっていて、背中の紐で縛らないと着ることができないため――気のせいか拘束服のような……。いやまさかねぇ――着る時はもちろん食事も検査も買い物も、一切合切看護師さんに頼まないとできない仕様である(ちなみに色は全員ショッキングピンク)。

 そのため俺の隣には、身長180㎝近い身長で、ちょっと筋肉質のRPGにおける女戦士風な女性看護師ナースさんが、立ったままの俺を余所に、どっかからか持ってきた会議用のスチール椅子に座って、暇そうに本を読みながら電話が終わるまで待機していた。


 ちなみにちらりと見えた本のタイトルは、スティーヴン・キングの『ミザリー』である。


 不自然な体勢でどうにか受話器を肩で耳に当てながら、樺音ハナコ先輩を説得して、ようやく通話を終えた俺。

 どうやらSNSで電車ジャック事件に俺が巻き込まれたことを知ったらしく、メールで連絡がきたのだが、病室内では携帯は禁止の決まりがある――そもそも手が使えない――ため、ベッドに座ったまま足を使ってスマホを操作するという、まるで涙でネズミの絵を描いた雪舟のようにメールの返事を送った。

 で、病院に備え付けの有料電話のところに行って、女性看護師ナースさんの許可をもらって折り返し電話をしたわけだが、

『ふっふっふ、空の境を越え虚空より』

 厨二病を炸裂させる前に、病院専用の千円のテレカがほぼ一瞬で使い切られ、

『長距離電話だから、こっちから電話するわ!』

 五千円使ったところで、さすがに無駄口を叩く暇がないと悟った樺音ハナコ先輩に、どうにかして目の前にある電話機の電話番号を教えて、改めて先方から電話をもらったわけなのだが、まさか地球の裏側とは……。

 さらには、焦っていまにもそっちからとんぼ返りしそうな勢いで、慌てふためく先輩を宥めるのは容易なことではなかった。


 ちなみに義妹いもうと義妹いもうとで、

『お義兄ちゃん、どこに入院しているの!? すぐにあたしが病室へ泊まり込んで、下の世話までしてあげるわ!』

「やらんでいいやらんでいい! 受験生だろうが、お前は!?」

『大丈夫よ。夏季の模試でもA判定だったし、お義兄ちゃんの体の方が心配よ!』

「……そーいう油断が命取りなんだ」

 経験者は語る。

『とにかく、おっぴろ市内の病院へいるのは確かなのね? 教えてくれないなら、いまから電車に乗って……いえ、翔んで行って、しらみつぶしにそっちの病院を当たってみるわ!』

「来るなってるだろう!!」


 断固とした俺の拒絶もなんのその。


『もう家を出たところだし、いまもう駅を過ぎたところだもん』

「なんでそんなに早いんだ!? お前、どんな移動手段を使っているんだ?!」

『だから、その気になればひとっ飛びよ。ふふふふ、待っててねお義兄ちゃん。もうすぐ見納めのセーラー服をきた可愛い義妹が、おっぴろ市へ着くわ』


 電話口で語られる、刻一刻と迫ってくる義妹の恐怖……!


「メリーさんか、お前は!?! 本家よりも怖いわっ!」

 反射的に電話を切った俺は、女性看護師ナースさんに万一、真李まいがここに来て、俺がいないか問い合わせられても、窓口で断るように、再三に渡って言い含めるのだった。


 これは敗北でも逃避でもない。勇気ある撤退だ!


 ちなみに管理人さんは、「大丈夫ですか、次の家賃の引き落としは?」という、俺の安否を心配しているのか、微妙な前置きから始まって、

『やっぱり肉体があると不便ですから、いっそ「どれい獣」とか「円盤獣」「戦闘獣士」などの強靭な兵器に、脳味噌だけ移植しませんか?』

 という、わけのわからん提案をしてきた。

「いや、なんですかそれ?」


 別に不便もないし体も健康そのもので、どこにも悪いところはないと医者や看護師たちからもお墨付きももらっているので、そこまで心配してもらう必要はないんだが……。

 ただ、現在は後から後遺症が出るかも知れないというので、一時的な検査入院をしているだけなのだ。


『地球……じゃなかった。昔の侵略ものの資料に出ていたので参考にしているんですよ。冥王星の前線基地で電波を受信する関係で、若干古いですがなかなか参考になりますね』

〝あんた、地球侵略のための巨大ロボ的なサイボーグ兵器を作るつもりでしょう!?”

『様式美ですよ様式美。それに私、思うんですけど。昔だったら「ダダ星地球侵略ロボット軍」とか「デスクロスの地球侵略軍」とか、直球でわかりやすいネーミングでよかったんですけど、最近の侵略者は微妙に捻り過ぎて、それはそれで「なんか敵の設定がよくわからん」って駄目出しされてますしねえ……』

〝最近大人しいと思ったら、さてはあんた巨大ロボによる週一での地球侵略を目論んでるわね!?”


 気のせいか、いつもの幻聴の怒鳴り声が管理人さんの背後から聞こえたような気がするが――。


「あの、俺って健康体ですよね……?」

 念のために傍らにいる女性看護師ナースさんに確認してみた。

「ん。健康そのもの。あと一日か二日で退院できるんじゃない? 他の患者と違って」

 本を読みながら顔を上げずに答える彼女。

 それから、

「……たく、来る連中来る連中、皆死にかけの年寄りばっかりで辛気臭いったらありゃしねぇ」

 そう忌々し気に付け加えるが、病院という場所柄的に元気溌剌という患者はそうそういないと思うのだが……。

「いや、でも赤ん坊とかの新たな命の育みもありますし……」

「はン! 赤ん坊なんざ乳臭い所以外はウンコ漏らすハゲ定期だろーが」

 この病院の女性看護師ナースさんって、何が楽しくて女性看護師ナースやってるんだろう?


「いやだ~~っ! あんな検査をされたら殺される~~っ!!」

 と、俺と同じ列車の乗客だったらしいピンクの拘束服パジャマを着せられた二十歳くらいの男性が、俺よりもデカい身長190㎝を越える「お前のような女性看護師ナースがいるか!!」と、言いたくなるような赤ら顔の女性看護師ナースさん(なぜか患者ではなく、自分に点滴を刺している)によって、片手で軽々と襟首を持たれて検査室へ引き摺られていった(もう片手では、自分用の点滴スタンドを保持している)。

「心配するな。死んだら蘇生させて、怪人ゾルゲとか怪人マゾーとかに改造して、乳首と股間から七色の光線と、ピロピロ電撃が撃てるようにしてやる」

「余計に嫌だ~~~~っ!!」

 そんな赤ら顔の女性看護師ナースさんの気休め(?)を受けて、なお泣き叫ぶ男の声が、閉め切られた検査室のドアとともに断ち切られる。


「――二日酔いには点滴が特効薬になる。これ豆知識マメな」

 どうでもいい口調で隣の女性看護師ナースさんが呟く。

「はあ……」


 なお俺は割と早い段階で検査を終えて、惰性で入院しているだけなので、彼の検査が無事に終わることを祈りつつ瞑目するのだった。


 ちなみに検査といっても、定番の血液検査に尿検査、各種CT、胸部X線、脳波、心電図、握力・腕力・背筋力・聴力測定といったところである。

 あと、ちょっと変わったところでは、視力測定で暗闇の中、時速150㎞で放たれる硬球を20個避けるか、受けるか可能かの判定。五個のグラスのうち四個に種類の違う薬物が溶かされていて、間違いなく普通の水が飲めるかの嗅覚測定。水を入れたドラム缶をひと蹴りで2m以上蹴飛ばせるかのキック力測定。

 ついでに百m走11秒台以内の脚力。垂直飛び110㎝以上。潜水時間三分間の無呼吸運動。フルマラソン二時間三十分以内などをクリアできて、文句なしの健康体だと保証される……まあ、若いんだったら十分可能な内容だろう。


「あの程度の測定で音を上げるなんて、体が不健康な証拠だね」

 文庫本を読みながら、横柄に言い放つモソハソにありそうな、でかい斧が似合いそうな女性看護師ナースが鼻を鳴らす。

「そうですね。まあ、うちの実家――『神道抜刀流』という剣術の宗家だったので、その時の修行に比べれば、ラクなもんでしたけど」

 うちの爺ちゃんなんて、重さの基準が戦車より重いか軽いかの人だし……。


 なんでもウチの祖先はもともと(数百年単位の昔に)外国人の船乗りだったらしい。

 それがどういうわけか、行く先々で驚天動地のトラブルに遭った上(そのあたりの由来を昔軽く聞いたことがあるが、明かに法螺話だったので、実際のところはロクでもないことをして地元にいられなくなって、夜逃げ・高飛びしたのではないかと疑っている)、流れ流れて日本の東北の片田舎に居ついたらしい。

 そこで海外で覚えた体術と、日本で覚えた抜刀術をチャンポンした武術の流派を創設したとかで、俺も子供の頃から暇な時には、チャンバラごっこや修行の真似事をさせられたものである(もっとも爺ちゃんや親父に言わせれば、いまどき武術なんぞ時代遅れなんで本気で覚えることはないとのことだったが)。


 そんな俺の身の上話に、

「ふーん」

 木で鼻を括ったような返事をする女性看護師ナースさん。

 実際、どうでもいい話なんだけど、なぜか親類縁者が口を揃えて俺のことを、その外国の船乗りだった初代に――星回りとタガの緩み具合が――似てるって言うんだよなァ。解せぬ……。

 ちなみに『神道抜刀流』という流派名は、その初代の名前――神道抜刀しんどばっと――から付けられたらしい。


 なお、管理人さんとの電話は、結局のところ、

〝私の目の黒いうちはそんなことはさせないわよ!”

『いや~、でも工作員としてノルマがありますので……』

 なにやら俺を放置して、管理人さんが幻覚と口論を始めたので、ああ、この暑いのに金魚鉢なんて被っているから、脳味噌が煮沸されてしまったんだな、気の毒に……そう理解した俺は、やるせない気持ちで電話を切ったのだった。


 で、その後、樺音ハナコ先輩からの電話を待って、なんやかんやで今に至るわけだが――。


「――終わりました」

「――ん」

 一言声をかけると、女性看護師ナースさんは顔も上げずに軽く頷いた。

 受話器を電話機に戻して欲しかったのだが、自分でなんとかしろという無言のプレッシャーを前に、俺は若干苦労しながら肩と顎を使って受話器を戻す。


 しかしなんだね……ここの女性看護師ナースさんは皆美人でスタイルがいいと外部からの評判はいいらしいのだが、一度検査や入院した患者は口を揃えて「悪魔の巣窟」「白衣びゃくえの鬼」「地獄の門」と恐怖とともに語りついているらしい(一部には、「だがそれがいい」「踏んでください!」というファンもいる)。

 実際、献身とか博愛という精神は、ナイチンゲールと一緒に袋に詰めて、とっくに海に流したような女性看護師ナースさんばかりであった。


 あと、医者もいかにもチャランポランな……この医者に命を預けるのは、絶対ぜってーに嫌だというタイプの連中ばかりで、それを証明するかのように午前中に盲腸の手術を執刀した医者が、腕に三十六人目の撃墜マークを付けて、

「いや~、失敗しちゃったな~。 ( ゜∀゜) アハハハハノヽノヽノ \ / \ / \」

 と、不愛想な女性看護師ナースさんとは対照的に、遊園地の特撮ショーに出てくる司会のお姉さんが初めての彼氏ができた給料日に、覚醒剤打ってハイになったかのようなテンションで、爆笑しながら廊下を歩いていた。


「先生。あと一回失敗したら、当病院の連続死亡記録が更新されますが?」

「いまが歴代タイか。いやー、おっかしーなー。教科書に書いてある通りに手術したんだけどなぁ。なんで同じことして死ぬのかなぁ!? ワガママなんだよ、患者って奴は! まあ、過ぎたことは仕方がない。次で頑張ればいいさ!」


 過ぎたことは水に流すのが大好きな日本人らしい大らかさである(こういう民族性が他国の国民の気質と合わない原因だろうな)。


「なんでもいいですが。遺族の前では神妙な顔をしてくださいね。いつもの調子で軽口叩いたり、残念賞の粗品を配ったりはしないようにっ」

 細々と注意をする看護師長を伴って臆面もなく、「うい~!」と、ヘラヘラと通り過ぎていく。


 それを横目に、どうにか電話機本体に受話器を戻す俺。

 チン! という受話器が収まる音に、『やればできるじゃねえか』という目付きで、ちらり顔を上げた女性看護師ナースさんが、

「――随分とかかったな」

 そう言って、再び座ったまま文庫本に視線を戻す。


「すみません。アパートの管理人さんや、義妹いもうとへの連絡もあったので……」


 なんやかんやで一時間半くらい電話していたのは確かなので、ここは素直に謝罪する。

 なお、いまの樺音先輩からの国際電話はともかく、実家(なぜか義妹が出たが)と管理人さんには、こちらからかけたので料金は俺持ちで、病院専用のテレカが合計で五枚ほど吹っ飛んだ。

 もちろんこの体勢で買い物なんぞできないので、当然のように女性看護師ナースさんが俺の財布から現金を取り出してテレカを購入し、そしてまた当然のようにつり銭で、自分用のペットボトルの紅茶と茶菓子を買って飲み食いしたのだった。


 ……いや、お世話になっているからいいんだけどさ。せめて一言断ってもいいんじゃないのかなー?


「……えーと、あの。病室へ戻らないんですか?」

 いつまでたっても椅子から立ち上がろうとしない女性看護師ナースさんを促すも、

「あと三十分で読み終わるからそれまで待ってな」


 わ~、一応は患者を自分の都合でこのまま立ちっぱなしにするつもりだよ、このボケ女性看護師ナース

「…………」

 不満そうな俺の気分を察したのか、彼女は指だけで並んだ緑の電話の一つ、『使用禁止』あとついでに『僕の愛する犬を探しています。柴犬の雌でとっても綺麗な毛並みです』と張り紙がされてある電話機を示した。

 使用禁止と張り紙がされているのだが、なぜか表面がテラテラと十年以上掃除してないラーメン屋の換気扇のように――あるいは脂ぎった中年や思春期の男子が、のべつくまなく張り付いて使用しているかのように、いやな光沢を放っている。


「暇だったらそこの電話機で、張り紙の端っこに書いてある番号に電話しな」

「するとどうなるんですか?」

「噂じゃ、この世ならざる存在と通話ができる……と言われている」

「はあ……」

 それ、単にこの電話機が壊れているだけじゃないのかなぁ。

女性看護師ナースさんは、実際に聞いたことがあるんですか?」

「いや。興味ないし……つーか、幽霊や妖怪よりも、この仕事をしてるとキツイこと多いからねえ。午前中もブヨブヨに膨らんだマ○コ・デ○ックスみたいな水死体の解剖に立ち会ったけど、臭いんだよな、アレ」


 なるほど。日常的に腐乱死体や変死体を相手にしてれば、そりゃ幽霊だろうが妖怪だろうがどんとこいだろう。とはいえ……。


「そういう場合のたとえにマ○コ・デ○ックスを使うのはどうなんでしょう。普通に土座衛門どざえもんと呼べばいいのでは?」

「いや、ドラ○もんにゃ、あんまり似てなかったね」

「ドラ○もんではなくて、土座衛門です。江戸時代の相撲取りで――」

「んな見たことのない相撲取りなんぞ知らん。見たことあるマ○コ・デ○ックスで、いいじゃねえか」

「俺はいいですけど、マ○コ・デ○ックスが聞いたら気を悪くするんじゃないですかねぇ。まだ生きてるし」

「まあ、水死体は女だったから、確かにマ○コ・デ○ックスだと問題があるか。んじゃ、『ソ○マップ基準なら恵体の女』の水死体」

「それはそれで、ソ○マップのモデルさんに失礼ですよ!」


 そんな俺の抗議を無視して、立ち上がった女性看護師ナースさんは、勝手に俺の財布から千円札と五百円玉を取り出して、病院用のテレカ(1000円)を一枚と、ハーゲ○ダッツのアイスを購入して戻ってきた。


「そーいや、千円札も新しくなるんだよな」

「野口英世から北里柴三郎ですね」

「そうだっけ? 前の髭のおっさんもよくわからないけど、今度のデブも何やった人間なんだかねえ」

 と、医療関係者にあるまじき暴言を吐きながら、勝手に使用禁止の電話機にテレカを入れて、メモに書いてある噂の心霊現象に遭遇するという番号を躊躇なく押した。

「ほれ――」

 別にこんなことで時間を潰したくとも、貴重な千円を消費したくもなかったのだけれど、勝手に放り投げられた受話器を、やむなく頭と肩を使ってキャッチする俺。


 その間に再びパイプ椅子に腰を下ろした女性看護師ナースさんは、当然のようにアイスをひとりで食べながら本の続きに没頭する。


 ツーツー……と呼び出し音が鳴る電話の位置を調節しながら、俺はため息交じりに一応女性看護師ナースさんに尋ねてみた。


「具体的にどんな心霊現象が起きるか知ってますか?」

「んぁ? あー……なんか呪われた人形が電話に出て、それからどんどんと距離を縮める様子がライブで発信されて、最後に夜中の病院の廊下を血まみれの人形が刃物を持って近づいてくるらしい」


 投げやりな口調で概要が説明されたけど、

「……どっかで聞いたような設定だな」

 呟いた俺は、そういえばここ一週間はスマホを取り上げられて、メリーさんからの電話を受けていないなー……どうりで、妙に物足りないと思っていた。と、いまさらながらメリーさんと馴れ合いしている日常を自覚するのだった。


 と、その時呼び出し音が途切れて、誰かが電話に出た気配が――。

『もしもし、わたしリ○ちゃん。今からお出かけするところなの』

 無言で俺は電話を切った。

 僅かな間を置いて、故障中のはずの電話が鳴る。

「…………」

 このパターンには碌な思い出がないのだが、いまだ一向に女性看護師ナースさんが立ち上がる気配がないので、しぶしぶ応答にした。

『もしもし、わたしリ○ちゃん。今お出かけ中なのよ』

「知ってる。あれだろう。パパが麻薬取締法違反で逮捕されたので、取り調べに連れていかれるんだろう?」

『そっちのピエールじゃないわよ! パパは真っ当な音楽家なのよっ』


 ツッコミを入れた瞬間に激昂するリ○ちゃん。案外、沸点が低いな。


『あたしメリーさん。それはコイツがメイドインチャイナの大陸産だからなの……』

 あ、ポコたんインしたお――という感じで、そこへ割り込んでくる、いつものメリーさんの声。

『げっ、メリー!?』

 途端、あからさまに狼狽するリ○ちゃん。

『――どっから割り込んできたのよ!? これはリ○ちゃんの専用電話よ!』

『ふふん、なの。伝説にもある通り、メリーさん狙った相手の電話を乗っ取ったり鍵のかけられた家に入るため、ハッキングとピッキングは得意中の得意なの……』


 都市伝説の真実! どこにいてもかかってくる電話と神出鬼没のメリーさん。その手口は物理手段ガチ犯罪であった!!

 

『というか、リ○ちゃんは国産よ! 一体一体、お城キャッスルで手作りされているんだから! 本来が日本中の女の子に愛されるお人形であるリ○ちゃんと、幼女の皮を被った殺戮人形であるアナタとは、土台ジャンルが違うのよ!』

『笑止なの。手作りといっても土産物用のごく一部で、店頭で売っている大量生産品は中国産なの。そして、今度捕まった親父は、もともとプー太郎で存在を抹消されていたのに、近年になって家庭に戻ってきた〝音楽家(笑)”なの……。ちなみに両親のポリシーは、「妻は都合のいい便器でいてほしい」で、「夫は都合のいいATMでいてほしい」だったかしら……?』


 夢のない話だなぁ、女の子憧れである夢の裏側が、バームクーヘンが一枚一枚剥かれていくように明らかになっていく。

 そんな俺に慨嘆に対して、

『あたしメリーさん。所詮、現実はそんなものなの。某名作劇場の影響でペットとして日本に輸入されたアライグマだって、本国ではあだ名が〝ゴミパンダ”だし……』

 肩をすくめる気配がした。


「つーか、お前、本気でリ○ちゃんに容赦ねえな。同じ電話系の都市伝説で人形仲間だろ?」

『コイツが勝手にメリーさんの伝説に便乗しただけなの。便乗っていっても遊○王○CGじゃないわよ。いわば高木さんに対する長瀞さん……というより、ド○ゴンボールに対するク○スハンター。白○恋人に対する面白○恋人。漫○村に対する漫○タウンやカントリーなの……!』

「最後のは本家自体が便乗だからな」

『それにメリーさんはもう人形ではなくて、異世界で人形を越え、獣を超え、神になったの……!』

「臨時暫定女神だろう。信者のひとりもいない」

『そんなことないわよ。人間国で一番信仰されているのが創造と破壊を司る《やっとこと核兵器の神・プルト》だけど……』

「なんだその取って付けたような創造が付け足された、物騒な神は!?」


 破壊と創造のバランスが著しく偏っているぞ!


『メリーさんも幼女神として一部では崇め畏れられているの。なんか「逆神」とか陰で呼ばれてるらしいけど、どーいう意味かしら? 「逆神さかがみサマ」っていうと、潮里先生の名作――』

「それ読みはサカガミじゃなくてギャクシンだぞ」

 具体的には、東○亜希や飯○賢治、ミッ○・ジャガーのような個人から日刊ゲ○ダイや原子力船むつのような、予想を立てたり特定の相手を応援すると、ことごとく負けるか、悲惨な結果になる人物その他を指すらしい。

『むう。誰が言い出したかは知らないけど、逆神ぎゃくしんとか逆臣ぎゃくしんみたいでややこしいの。メリーさん普通に逆神さかがみでよかった思うの。そうすれば、あの作品ももっと脚光を浴びて、別な道もあったんじゃないかと……』

「なんの話やねん!?」


 思わず似非関西弁で突っ込むと、「そういえば」とメリーさんの口調が変わった。


『そういえば、アンサーに聞いたけど、ここのところメリーさんの電話にも出ないで、代わりにとっかえひっかえ女と電話で話していたそうね……?』

「(アンサーあんにゃろ俺を売りやがったな)入院中だからケイタイに出られないんだ。それに女っていっても、先輩や義妹や管理人さんとかだから、あいつら単に友人知人身内として心配しているだけだぞ」

『あたしメリーさん。アナタそのうち背中から刺されるわよ……?』

 オマエガナー!


 そんな風にいつもの調子で駄弁っていた俺とメリーさんだが、もの凄い勢いで放置される形になった香山さん家のリ○ちゃんが、憤懣やるかたない口調で割って入ってきた。


『勝手にあたしの電話を乗っ取って馬鹿話するんじゃないわよ! あと、メリー! あんたも根も葉もない誹謗中傷をバラまくな~~っ! パパもママも立派なんだから!』

『そういえばお前、まだいたのね……』

 すっかり放置したまま忘れ切っていたメリーさんが、適当に話を合わせる。

『そういえば知り合いの大串くんに聞いたけど、「おやおやリ○ちゃんったらこんなヱロ漫画を隠して……机の上に出して置きましょうww」という、知ってるからなアピールをやめられないマッマだとか……』

『思春期の男子中学生の家庭か!? だいたい、大串くんって誰よ?!』

『存在を抹消されたお前の姉の彼氏だった大串くんなの。あの金魚。まだでっかくなっているそうなの……』

『○エお姉ちゃんの話はするなーっ! いい加減にしないと、迂闊な事を言うとマジで追及警察が湧くわよ!』


 ぎゃーぎゃー電話口で喚くふたり(二体?)の騒々しい声に辟易しているものの、女性看護師ナースさんは、億劫そうに椅子に座って読書に没頭している。


 長くなりそうだな、と思いながら俺はため息をついた。

 ふと、周りを見ると入院患者らしい十代の中・高生から、三十代のオッサンまでが、俺の電話が終わるのを遠巻きに眺めている。


 ……お前ら、リ○ちゃん電話以外に楽しみはないのか? いい年こいてこんなもんに夢中になるんじゃない!

 そう怒鳴りつけたい気持ちを押さえて、無言で電話を切るのだった。

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