第49話 あたしメリーさん。いま勇者たちの戦いの火蓋が切られたの……。

 俺のアパートのある埼玉県透駒市すけこましの朝七時の気温は二十九℃だった。

 テレビの気象情報によれば、これでも昨日までに比べればまだ過ごしやすいほうらしいのだが、だがしかし、昨日まで雪が降ることもある季節に生きていた記憶を持った俺にとっては、精神と体のほうがついていけずに、あまりの寒暖の差で軽く死にそうな気分である。


「……あ、暑い……」

 大学近くのいつものファミレスで樺音ハナコ先輩と向かい合って、もらった過去問のコピーを確認しながら、無理やり赤道直下に連れてこられたファーストペンギンの気持ちでそう呻く。

「七月なんだから当たり前でしょう……というか、アンタ先々週まではこの炎天下の下で、『田んぼの雑草取りに比べたら楽ですね~』って豪語しながら体育やってたじゃないの? なんか昨日までと感じが違うけど、もしかして宇宙人にアブダクションされて、変な機械とか針とかを体に埋め込まれた覚えはない?! あと、原因もわからずUFOや宇宙に興味が湧いたり、突然、使命感にかられて、自分が何者かに選ばれた感じがするとか……」

 宇治抹茶パフェを口に運びながら、爛々と右目に赤、左目に青のカラコンが入った両目を見開いて、俺を見据える樺音ハナコ先輩。


「――そーいうのはないので、お気遣いなく」


 体感ではいきなり南極圏から熱帯雨林にワープさせ拉致られたも同然なんだから、不調なのは仕方がないだろう。赤道直下に生息するガラパゴスペンギンは、絶対に暑さで年中無休に頭がヤラれているだろうな……とは、口が裂けても言えない。

 常識的にあり得ないとか、正気を疑われるならまだしも、先輩の場合は絶対に大ウケにウケて暴走するに違いないからなぁ……。

 常識的な会話のキャッチボールが成り立つ相手ならともかく、牽強付会けんきょうふかいの持論を曲げずに、ことごとく『超常現象!』『宇宙人の侵略!』『フリーメイソンの暗躍!』と極論に結び付ける相手に、わざわざ燃料をくべるわけにはいかないだろう。


 つーか常識的に考えて、現実世界に宇宙人の侵略者や世界征服を目論む悪の秘密結社などがあってたまるか(なぜか一瞬、俺の脳裏にアパートの管理人さんとバイト先のロンブローゾ古書店の存在が去来した)!


 それに一晩経って冷静に考えなおせば、時間が巻き戻った……とかいう与太話も実際にあり得るわけがないというものだろう。

 心理学の講義で習ったが、記憶ってのは案外いい加減で、虚偽記憶として過去のことを無意識に捏造したり、過誤記憶症候群といって精神が抑圧されたり、ストレスなどで間違った記憶を、まるで事実であるかのように思い込むことも多々あるとか。


 以上を踏まえて、昨日まであったと思い込んでいた記憶は、おおかたのところ今後の予定や展望を『未来の記憶』として、あたかも事実であるかのように錯誤していた――相変わらず部屋に帰ると幻覚が見えて、幻聴が聞こえるのも、俺の精神が無意識に抑圧されている証拠だろう――それが、何かのきっかけで多少なりとも改善されたと見るのが正しいのだろう。

 よかった、ストレスがマッハになって「異世界転生するんだーっ!」とか叫んでトラックに飛び込む前に現実に戻ってこられて……。


 つまり、「大丈夫だ‥‥‥‥俺は正気に戻った!」状態に戻ったので、逆にめでたいことなのだが、いちいち最初から説明するのも面倒なので(つーか、樺音ハナコ先輩の場合、現実を歪曲されるだろうし)、とりあえずそのあたりは言葉を濁すことにする。


「そーなんですけどねー……まあ、いろいろとありまして」

 曖昧にボカシながら、ジュースを一気飲みしつつ、原本をもとにコピーに付箋やマーカーを付け直す俺。

 そーいや、大学に入って軽くカルチャーショックを受けたのが、講義に『体育』があるというものだった。


 体育の授業って高校までで終わりかと思ってたんだけど、普通に走ったり野球をやったり、夕日のグラウンドでウサギ跳びさたりさせらのは、なんか違うと思った……(頭の中で『巨人○星』のOPが延々と流れていたのは言うまでもない)。

 なお体育講師曰く、

「ウサギ跳びが体に悪いなどとは迷信である! 重心移動による膝の伸展により、下半身のバネを鍛えられる最高に効率の良い運動なんだ!」

 とのことで、俺が中高の時にはウサギ跳びは膝に負担をかけるといって禁止されていたのに、最近のスポーツ理論ではOKらしい。

 なんつーか、スマホの壁紙やギラ系魔法、ガ○ダムシリーズ、ト○ンスフォー○ーの映画版やスパ○ダーマンを筆頭にしたアメコミ。名探偵○ナンやドラ○もん並みに、定説や学説や設定ってコロコロ変わるよな。ティラノサウルスも無毛→全身羽毛→ほぼ無毛と復元図が変わりまくっているし(諦観)……。


 そんな風に、ひとしきり後期の講義の注意点を聞き終えたところで、

「そーいえば今日はいつもの眼帯と左手に巻いている包帯を解いているんですね?」

 ふと気になって尋ねてみれば、

「ふふふふ、さすがは我が同胞はらからよ。よくぞ気が付いたわね。我が魔眼と左手に宿りし爛漫たる力を、とうとう解放する時が来たと思ったのでしょうけれど……」

「暑くてやってらんなかったんですか?」

「つまんない男ね! いきなり正解に至るんじゃないわよ!!」

 図星を当てられて激昂する樺音ハナコ先輩。

 だから彼女の場合はファッション中二病だっていうんだよ。今日、アパートを出た時に会った女性なんて、この炎天下で全身に包帯を巻いて、日本刀を持った姿で、「トン、トン、トンカラ、トン」と歌いながら自転車に乗って平然としていたぞ。

 本気でコスプレを極めた相手と、暑いからといって左手の包帯を外すナンチャッテとは、土性骨が違うというものだ。


「あと、今月末から来月にかけて海外に行くので、パスポートの関係でちょっと……ね」

 それから、言い訳のように付け加える。

 さすがにあの格好でパスポートの証明写真には使えなかったらしい。

 そういえば偶然だろうけど、一周目の﹅﹅﹅﹅記憶でも先輩はこの時期に海外に行ってたな。


「じゃあ来月の先輩の二十歳を祝う誕生日は、海外でご家族と過ごされるんですね?」

 俺がそう口に出すと、樺音ハナコ先輩は「お!?」と、意外そうな顔になった。

 どうやら俺が覚えていないと思っていたらしい。いや、一周目で忘れていて、後からクドクド愚痴られたから、先に予防線を張っておいただけなんだけど、なぜか微妙に上機嫌になって、

「家族にも祝ってもらうけど、誕生日当日は日本に帰ってくる予定だから……あー、コホン! あ、アナタさえよければ、あたしのマンションで個人的なパーティを開催しひらいてもいいわね、うん」

 そうにやけながら提案したのだった。


 うわ~、面倒臭え~~~っ!


 と、土壇場で熱いリ○の押し付けあいをした、ケ○シロウとバ○トのように……余計な面倒みてられるか、と内心で辟易しつつも、記念すべき二十歳の誕生日が星○雄馬のクリスマスにならずに済みそうなことに、露骨に心弾ませている樺音ハナコ先輩に対して、「いやぁ、申し訳ないですけど……」と邪険にできるほど俺は鬼でも悪魔でも、公共放送の集金人でもない。


「わー、たのしみですねー(棒)」

 心ならずも迎合する。

 これが単純に俺に好意があってフラグ的に喜んでいるとかならまだしも、ボッチが解消されたことに安堵しているだけだから、トキメキもなにもありはしない。

 俺は都会にきて学んだのだ。街で女性に親し気に声をかけられても絶対に有頂天にはなってはいけない。なぜならアンケートと宗教の勧誘以外にはないからだ。


 まあいいこの際だ、一周目では結局流しに捨てた、隣の学生にもらった『黄金の蜂蜜酒Space Mead』とやらを、先輩に押し付けてしまおう……と、思いつつそれとは別に、なにがしかのプレゼントは必要だろうな。ノートのお礼もあるし。

 と思って、ソファ席でガッツポーズをしている先輩に水を向けてみた。


「――本人に聞くのもアレですけど、なにか欲しいものとかありますか?」

「プレゼント? 別に気にしなくてもいいけど、個人的にはいかにも謎めいた、いわくつきの骨董品とか、他にはない変わった未確認生物UMAとがいいかな」


 そう何気なく言われて、「ふむ……」と考え込む俺。


「骨董品ですか。そういえば田舎の実家に捨てようかどうか迷っていた、結構凝った造りの漆塗りで螺鈿製の手鏡があるんですが……」

「あ、いいわね! でも、大事なものなんじゃないの?」

「いや、肝心の鏡本体がなぜか紫色に変色していて、映りが悪いので邪魔なんですよね」


 そう言った途端、なぜかズッコケて食べ終えたパフェの器に頭をぶつける樺音ハナコ先輩。

「だ、大丈夫ですか、先輩!?!」

「だ――」

 結構派手な音を立てたものの、怪我ひとつなく顔を上げた先輩は、涙目でなぜか咎めるように俺を睨み付けた。

「大丈夫じゃないわよ! 二十歳の誕生日目前で、忘れていた『ムラサキカガミ』の話題を持ち出すとか、アンタはあたしを殺す気!?」

「はあ……?」

 なんのこっちゃ?


 クエスチョンマークを大量に浮かべる俺をしばし見据えていたが、

「ううう、こうなったら南の島で思いっきり遊んで、この記憶を吹き飛ばすしか……」

 諦めた表情で爪を噛みながら、なにやらブツブツ独り言ちている。


「南の島でバカンスですか。いいですねー。イルカとかとダイビングですねー」

「イルカ島~~っ!!」

 適当に合いの手を入れた途端、頭を抱えて絶叫する樺音ハナコ先輩。


 五分入りの他の客や厨房のスタッフまで、何事かとこっちを注目する。

「おっ、ここの厨房ってきちんと生肉を処理するところからやってるんですね、見てください先輩。あっちに〝血まみれのコックさん”が――」

「うがああああああ……もういいわよ! もう余計なことは言わないで!! つーか、出るわよっ!」

 俺の台詞を遮って、テーブルの上の伝票入れにあったレシートを掴んで立ち上がる樺音ハナコ先輩。


「講義やレポートの写しを貰ったんで、今日は俺が払いますよ」

「いいわよ。アンタはドリンクバーの飲み物飲んでただけでしょう? チケットあるからあたしが出しとくわ」

 こともなげに言い放って、さっさと会計へ向かって行った。


 こうなったら逆らっても無駄だろうな。そう観念して、せめて来月の彼女の誕生日に相応しいプレゼントがないか、俺はお盆で田舎に帰省することを踏まえて、頭の中で吟味するのだった。


「――ぐあああああああああああっ、暑~~~い!!」

 冷房の効いたファミレスから一歩外に出ると、熱せられたコンクリートジャングルの熱気によって、一瞬で汗まみれになる俺。

 これから歩いて駅まで行って、電車に揺られて、また歩いてアパートへ帰るのか……と、思ってゲンナリしているところへ、支払いを終えた樺音ハナコ先輩が日陰で佇んでいる俺の方へ寄ってきた。


「そういえば近くに車を停めてるんだけど、帰り道送ってく? 歩くのも面倒でしょうし、一度、噂の幽霊アパートに行ってみたかったし」

 車となれば当然、冷房も効き放題だろう。渡りに船とはこのことである。


「先輩、車の免許持ってたんですか?」

 なんとなくお嬢様なのでおかかえ運転手ショーファーに送迎されているイメージがあったので、意外だった。


「つい先週免許を取れたのよ」

「……先週ぅ……?」

「本当は十八歳になったらすぐに取りたかったんだけど、なかなか教習所が認めてくれなくて。でも、お陰で教習時間は十三カ月。六百時間オーバーのベテランよ」

「……ろっぴゃくじかん……!」

 それは免許を与えてはいけない類の人種なのでは……?

 MTペーパードライバーの俺でも春休みと、入試後の休みを含めた七十時間くらいで取れたぞ。


「先週から乗り始めたけど、まだ十回しかガードレールにこすったり、駐車場の壁にぶつかったりしてないから大丈夫よ」

 それは大丈夫とは言わない。

「あと、付け替えても付け替えても、どういうわけかフロントに付けている成田山のお守りが、運転が終わった時には真っ二つに割れているのよね」

「――じゃあ、俺は電車で戻りますので、これで」


 その場からダッシュで逃げようとした襟首を、間一髪のところで樺音ハナコ先輩に捕まえられた。

 う~む、やはり精神的な疲弊と暑さで我ながら反応が鈍いな。


「心配なら君が運転してみる? 免許は持ってるんでしょう?」

「ペーパーで、親父のセダンを使わせてもらったくらいですけどねー」

 でも、まあ樺音ハナコ先輩よりはマシか。

 そう思って樺音ハナコ先輩が指さす先を見れば、明かに他を圧倒するオーラを放つ高級外車(若葉マーク有り)が、コインパーキングから半分はみ出して、いい加減に駐車してあった。


「まっ真っ赤かのアストンマーチン!!!」

 正面のロゴを思わず何度も確認し直す。

「いいでしょう。あたしイギリス車が好きなのよね~」

「俺はバイトの金でリサイクルショップの自転車を買おうかどうか迷っているところですが」

 いろいろと物入りでいまだに手に入っていないんだよなぁ。

「つーか、無理ですよ! こんなもん、ペーパードライバーに運転しろとか、武田信玄にバニーガールの格好をしろというくらい無理ですっ!」

「大丈夫よ。保険にも入っているし、うちの父曰く『かつては江夏豊が無免許で乗り回していた』くらいなんだから、ペーパーだろうが免許あるだけマシよ」

「江夏と一緒にするな!」

 俺に奇跡の21球を投げろとでも言うのか!?


 そう反論しても素人の気安さで、気楽に電子キーで安全装置と一緒にドアロックを開けて、左ハンドルの運転席をオイデオイデする樺音ハナコ先輩。


「いや、マジでやめてください。あ、そうだ! 先輩の誕生日には、俺の田舎に『赤い沼』と呼ばれる、いつも血のような水面の沼があるんですが、ここに住む謎の『紫の亀』を捕まえてきてプレゼントしますので――」

「だから、なんでさっきからピンポイントで、二十歳まで覚えていると死ぬ話ばっかりしているのよ!!」


 咄嗟に口に出したご機嫌取りが、なぜか先輩の逆鱗に触れてしまったらしい。

「……なんか、このまま一緒に帰ると、延々とその手の話題を聞かされそうな気がするわね」

 なぜか気が変わった先輩と一緒には帰らず、当初の予定通り俺は徒歩と電車で帰ることになった。


 ほっと安堵しながら、いきなりエンジンを吹かし過ぎて軽くウイリーしながら発進して、カーブでスピンしながら、たちまち都会の喧騒に消えていった樺音ハナコ先輩を見送る俺。

 ……あれで通行人を巻き込まないのは奇跡のようなものである。

 あと、たまたま偶然だろうけど、先輩の無謀運転を避けようとした通行人が道路の端に避けたタイミングで、工事中のビルから鉄骨が落ちてきて、誰もいない路上に散乱したり、対向車が慌ててブレーキをかけた瞬間、停まっていたトラックの陰から子供ホーミングミサイルが飛び出してきたが、危ういところで回避できた間一髪の瞬間を目撃することができた。


「うお~、ラッキーだな。なにが幸いするかわからないもんだ」

 呟きながら俺は真夏の日差しの下、アパートへ帰るべく足を踏み出したのだった。


 ◇ ◆ ◇


 結局、駅前まで行ったところで暑さに負けた俺は、途中にあったショッピングセンターで涼を取ることにした。

「『イオ○の完全攻略ガイド』とか、現代の迷宮かここは?」

 通路にあった椅子に座って缶ジュースを飲みながらスマホで現在位置と関連するサイトを眺めていると、いつものようにメリーさんから通話がくる。


『あたしメリーさん。いま魔王国で行われる〝魔王国最強決定戦”に出場する人間国の代表を決める〝勇者武闘会”に出場しているの……』

 これまた既視感デジャヴを感じる話題であった。

「……まあ気のせいだろうけど」

『前回が投げっぱなしジャーマンで終わったから、てっきりエタった小説みたいに打ち切られたのかと思ってたのに、予想外だったの……』

 不本意そうなメリーさんの背後から、かなりの大歓声が轟き渡る。


「武道会ってことは、バト○ロワイヤルな生き残りをかけた殺し合いなのか?」

『その予定だったみたいだけど、ソレをやると勇者が激減して国が傾く……と、ナマちゃんにジリオラが公爵である父親に進言して、もうちょっと穏便にスポーツで勝負を決めることになったの……』

「スポーツねえ……」


 そーいえば、もともと近代オリンピックの発祥は、戦争の代わりに国威発揚のために行われたというし、サッカーの起源は八世紀頃のイングランドで、当時、戦争で敵国を破ると将軍の首を切り取って、その首を蹴って勝利を祝ったというところから来ている……という説もあるくらいだから、戦いをスポーツへ昇華するのは案外、普通の発想なのかも知れない。


『当初は人気投票で決めようという向きもあったみたいだけれど、それだと特定のヒロインに組織票が流れるというわけで反故になったらしいけど、惜しかったの。メリーさん〝タコイカ新聞”の予想では、めぞ○一刻の音○響子とか、銀○伝のヒ○デガルド、フルメタの千鳥○なめに匹敵する、美幼女ヒロインとして堂々とランキングに入っていたっていうのに……!』

 憤慨するメリーさんだが、

「嘘つけっ! つーか、おこがましいにもほどがあるだろう! いまあげつらったヒロインと、お前メリーさんが同列に語られるなんて!! ミスユニバース代表選考に鬼○奴が紛れ込んでるみたいなもんだろうが!?!」

『これが現実なの。それにネット投票だから公平なの。世間は美幼女に優しいの……』

 ホントだったら『優しい』じゃなくて『易しい』の間違いじゃないのか?

「つーか、ネットとかウケ狙いと人間不信のたまり場だから参考にならんぞ」

『あたしメリーさん。ふぅ……これだから田舎者はダメダメなの。ネットは広大で、ある意味、世界の縮図なのよ……?』

 現実世界の広さと深さを知らない、ネット依存症の引きこもりみたいな発言を堂々と……。

「……言いたいことはいろいろあるけど、とにかくきちんと、公平にスポーツで代表を決めることになったんだな?」

 怒鳴りつけたいのを我慢して、深呼吸をしてから再度念を押す。


『不本意だけどそうなったの。ちなみに競技は野球なの。「セパタクロー」とかのマイナーなものから、ハ○ーポッターにインスパイアされて箒に跨る「クィディッチ」。「マグロ投げ」とかのイロモノから、「ホットドッグ早食い選手権」「エクストリームアイロンがけ」とかの有名だけどスポーツって言いきれないのとか、「変顔コンテスト」とかのブサイクほど有利な競技が候補に上がったけど、スポーツには一家言ある国の重鎮、ヒーロシ=ナカジィ―マ卿の『そんなことより野球しようぜ!』の鶴の一声で決まったの……』

「……いや、その中から選ばれるよりかは真っ当だけど、そもそも異世界に野球があるのか?」

 いまとなっては、世界的にマイナーな競技なんだよな、野球。

『そのナカジマとかいうおっさんが競技人口を増やしたらしいわ。噂では、このオヤジ、三十年前に突然現れて、あれよあれよという間に富を築いて、一代で貴族にまで上り詰めたらしいの。サクセスストーリーなの。いわば現代の斎藤道三、紀伊国屋文左衛門、松下幸之助、梶原一騎、Z○Z○の社長、カ○ロス・ゴ○ンなの……!』


 ほとんどが碌な終わり方をしてない連中ばかりだな。

『きっとゴ○ンあたりは、最後に火縄銃で撃たれるサダメなの……』

 ゴ○ン、お前だったのか……!

『うわ~~んんっ!!! なんか哀しいです!!』

 聞こえたわけじゃないだろうが、スズカの鳴き声が聞こえた。


『とにかく、ナカジマ卿は僚友のイソーノ・カッツォとともに新大陸から流れ着いたとか、宇宙からの使者だとか、異世界からの転移者だとかの説もあるけど、とにかく水○新司並みに野球大好きで、いまいるこの〝光子園球場”も作った、別名|野球卿《やきゅうきょう》とも呼ばれているの……』

「なんだそのアビスの白笛の別名みたいな通り名は!?」

野球卿やきゅうきょうの歌なの! メリーさん気にいられて始球式で一曲歌わされたの。――♪かねかねクレクレかあさんが、蛇の目で強盗うれしいな~。ピッチピッチ、ジャブジャブ、ランランラン♪』

「本音が駄々洩れの歌を歌うんじゃない!!」

 相手が金持ちと聞いて、思いっきり媚を売りやがったなこの餓鬼。


『――あのご主人様。本当にこれが正式な野球のユニフォームなのでしょうか?』

 そこへローラの思いっきり懐疑的な疑問の声が挟まれる。

『えーっ、お姉ちゃん嫌なの? あたしは別にいいけど。動きやすくて涼しいし』

『おだまりなさい、エマ。公衆の面前で半裸になるなど破廉恥極まりないわよっ』


 こだわっていないあっけらかんとした妹を叱責するローラ。


『むう……ローラ、昨日から何回も何回も同じ話題を、キレの悪い、いつまでも拭いても拭いても終わらない●ンコみたいにしつこいの。このセクシーへそ出し運動服とブルマという格好こそが現代女子野球の正装だって、メリーさんは熱く語るの! もしくは「裸がユニフォーム」という機運もあるけど、その場合は蜂に刺される覚悟も……』

『あれ? ブルマって現代では絶滅したって、メリーさん前に言ってませんでしたっけ?』

 オリーヴに宥められて平静に戻ったスズカの素朴な疑問に、

『「神は死んだ」とどっかの誰かが二十世紀に言ったけど、案外しぶとく生き残っているのと同様に、ブルマも聖遺物として、一部で信奉されているの……(おっさんが見るエロ映像とか、おっさんが描いておっさんが読む学園漫画とかで)』

 堂々と開き直って嘘八百を並べるメリーさん。


『……はあ~~~っ。どうにも釈然としませんが、わかりました。裸よりはマシですので甘受いたします』

 らちが明かないと見てか、しぶしぶ納得して引き下がるローラ。

『でも、これほとんどダー○ィペアばりの格好ですよね? 女子野球って見たことがないんですけど、本当にこんな水着みたいな格好で試合をするんですか?』

 スズカの問い掛けに、

『あたしも見たことはないけど、文句言ってもどうせ聞かないし、「ビーチバレーと似たようなものなの!」と断言されると、あながち反論もし辛いのよね……』

 公式に似たような格好の競技があるのも確かだし……と、歯切れ悪くオリーヴがぼやく。


「嘘をつくな嘘を! そんな野球のユニフォームがあるか!?」

『どうせバレないの。それに、お陰でメリーさんたちの試合の観客は満員御礼、チケットも完売で大盛り上がりなの……』


 ちなみにメリーさんチームのメンバーは――。

① オリーヴ(1番捕手キャッチャー

② エマ(2番二塁手セカンド

③ ローラ(3番一塁手ファースト

④ メリーさん(4番投手ピッチャー

⑤ スズカ(5番三塁手サード

⑥ ジリオラ(6番遊撃手ショート

⑦ イニャス(7番右翼手ライト

⑧ 夜鬼ナイトゴーント(8番中堅手センター

⑨ ガメリン(9番左翼手レフト

 という、ツッコミどころ満載の面子だった。


「メリーさん、大谷翔平みたいなポジション選びやがって――つーか、都市伝説。霊狐。邪神の遣い。怪獣……人間じゃないのが半数近くいるのはいいとして、国の王太子や公爵令嬢がメンバーに入っていて大丈夫なのか?」

『大丈夫なの。ふたりともあくまで一般人の園児として参加しているの。……まあ、上層部は当然知っているから、いざという時には政治的判断で勝負の行方を……』

「ミッ○ー・ロークの猫なでパンチや、晩年のジャ○アント馬場の脳天唐竹割りからの16文キック、アテネ五輪でのセルビアモンテネグロとチュニジアのサッカー以上の八百長の裏側を見た!」

 出来レースもいいところじゃねーか!


 ついでに対戦相手のチームはといえば――。


『グハハハハハッ! 貴様らがいま赤丸急上昇の〈堕天幼女勇者〉メリーさんとその仲間たちであるか!』

 頭に獅子頭を乗せ、唐草模様の風呂敷をマントのように羽織り、プロレスラーのようなタイツ姿にふんどしとサングラスを装備した変態が、呵々大笑していた。

 その背後には、ライオンの仮面やオカメ、ヒョットコ、珍しいところではバロンの仮面(ライダーじゃなくて、インドネシアのバリ島のやつ)やアフリカの仮面などを被った全身タイツ集団が、まるで東○映画祭り戦隊のように勢ぞろい――と、メリーさんが実況するのだった。


『――げっ、〈獅子舞勇者〉!?』

 オリーヴが途轍もなく嫌な……まるで宿敵に会ったような、あるいはVSキ○グギドラで、過去に行ってまだ幼いキ○グギドラをボコろうとしたのに、それでも勝てなかったモ○ラのような、情けない声を張り上げた。

『うわ~、二周目でも遭遇するんですね……』

 スズカもゲンナリした口調でぼやく。


『……ふたりとも知り合いなの?』

『〈獅子舞勇者〉よ、獅子舞野郎よ! アンタ忘れたの!? 蟻ンコだってもうちょっと記憶力あるわよ!』

『前回、オリーヴさんを黒焦げにした、〈獅子舞勇者〉のマイケル・フジヤマとかですよ』

 小首を傾げるメリーさんにオリーヴとスズカがステレオで訴えかける。


『あたしメリーさん。いちいち一話で退場したモブなんて覚えてないの……』

 どーでもいい口調で切って捨てたメリーさんのところへ、対戦相手のメンバー表が渡された。

 なお、競技は基本的に高校野球と同じで、トーナメントで何回戦か勝ち進んで優勝したチームが、人間国の代表者として本選である『魔王国最強決定戦』に出場できるらしい。


 で、相手チームのメンバーは――。

① ミッキー・ローク(1番一塁手ファースト

② ポール・マッカートニー(2番二塁手セカンド

③ フレディ・マーキュリー(3番捕手キャッチャー

④ カート・コバーン(4番三塁手サード

⑤ スティーヴン・タイラー(5番投手ピッチャー

⑥ ジョン・ボン・ジョヴィ(6番中堅手センター

⑦ アクセル・ローズ(7番遊撃手ショート

⑧ ポール・スタンレー(8番左翼手レフト

⑨ アンソニー・キーディス(9番右翼手ライト


『名前が、ぜんぜん違うの……!』

『『あれ?』』

 首を傾げるオリーヴとスズカ。

『ガハハハハハ、我こそはその名も高き〈獅子舞勇者〉マイケル・フジヤマと、マイブラザースたちであーる!』

 オリーヴとスズカが同時に前のめりにズッコケた。

 そこへ、ガシャガシャと騒々しい音を立てて、全身板金鎧フルプレートアーマー審判団﹅﹅﹅がやってきた。

『それでは、時間になりましたので試合を開始します。先行は〈獅子舞勇者〉マイケル・フジヤマチームで、後攻が〈幼女勇者〉メリーさんチームになります』

『質問なの! なんで、そんな格好をしているの……?』


 野球をやるとは思えない、全身板金鎧フルプレートアーマーに全身がすっぽり入る巨大な壁盾シールド・ウオールまで装備した審判の異様な風体に、その場の全員が息を飲んで見詰める中、空気を読まないメリーさんが明け透けに質問を放つ。


『死にたくないからです』当然という口調で答える球審。『ルールは通常の野球に準拠してスリーアウトチェンジで九回まで行われますが、途中で何があろうと﹅﹅﹅﹅﹅﹅どんなプレイ﹅﹅﹅﹅﹅﹅をしようと﹅﹅﹅﹅﹅、中止になることはありません』

 不吉な台詞を吐いて試合を開始しようとする。

『……いや、どういうことよ!?』

 さらにツッコむオリーヴだが、球審は全身板金鎧フルプレートアーマーの下から、

『ですから、分身魔球を投げようが、大回転魔球だろうが、ファントム大魔球だろうが、大リーグボール2号だろうが、魔球ミーティアだろうが、目からビームを放とうが、帽子を外したらハ○イダーというオチだろうが、どーでもいいということです!』

 やけくそのように言い放つ。


 な・る・ほ・ど。つまり、最初からア○トロ野球になることを覚悟の上ということか。


 その気迫に気押され、両チームのメンバーが黙りこくったのを確認して、球審は試合開始の合図を出す。

『では、両チーム。スポーツマンシップに則って、正々堂々と試合をすること。――プレイッ!』

 開始のファンファーレが鳴る中、

『『『『『『『『『『『『『『『どの口がほざくかーーーーっ!!!!』』』』』』』』』』』』』』』

 メリーさん(とガメリン&夜鬼ナイトゴーント)以外の全員の逆上したツッコミが響き渡った。


 ということで、敵チームの一番打者。ライオンの仮面を被った勇者に対して、メリーさんの第一球――。

『――あ、間違えたの……(棒)』

 包丁をぶっ刺したままの白球が一直線にライオンの仮面をかぶったバッターの頭に突き刺さった。

『ワーーーーッ!』

『うおおおおっ、兄者ーっ!!』


 バッターボックス上で即死したライオンの仮面の姿に、ネクストバッターボックスから身を乗り出して悲痛な叫びを上げるマイケル・フジヤマ。


『とりあえず、これで一死だからワンアウトなの……』

 悪びれることなく平然と戦果を自慢するメリーさんだが、

『デッドボール』

 冷静に球審が判定を下す。

『むう、死球を出してしまったの……』


「文字通りの死球じゃねーか!」

 つーか、そんな野球があるか!!

『大丈夫なの。前例があるの。侍ジャ○アンツで、番○蛮が匕首あいくちボールに刺して投げたこともあるし……』

 メリーさんが弁解している間に、ライオンの仮面は棺桶に入れられ、そのまま一塁へと運ばれた。

 後で教会で蘇生させるそうだが、とりあえず試合中はこのまま進行するとのこと。

「……なんか小学生の透明ランナーじみてきたな」


 もっとも公衆の目前で、死体の入った棺桶が一塁に鎮座している光景は、さすがは異世界といったところだろう。

 一塁を守っているローラが、距離を置く光景が見えるようだ。


 続いて、因縁の〈獅子舞勇者〉に対して、メリーさんがマウンド上から挑発をする。

『へいへーい、バッタービビッてる、ビビってるの……!』

 そりゃそうだろう。


 メリーさんの包丁を警戒する相手に見えるように、露骨に何もない白球をゴロゴロさせ、最後に取り出したノーデンスのハンマートンカチで叩いて、

『この通り、種も仕掛けもないの……』

 安心させてから、普通のフォームから、ヘロヘロ~~と球を投げるメリーさん。


 スピードはないが、案外正確にストライクゾーンへ向かってきた球を、『ふん!』と、思いっきりバットで振り抜く〈獅子舞勇者〉。

 刹那――。

『グエーッ』

 轟音とともに白球が花火の六尺玉のように爆発炎上して、炎に包まれた〈獅子舞勇者〉の断末魔の声が響き渡った。

『あああああっ、捕手のオリーヴさんが巻き添えで黒焦げに……!』

 スズカの悲痛な叫びが聞こえる。


 なんだろう、この歴史が繰り返して、収束される感は……。


『名付けて爆裂魔球なの……』

 当然、事前にノーデンスのハンマートンカチで仕掛けておいたメリーさんが胸を張る。

『これで二死なの。この調子でバンバンやるの……!』


 メリーさんの陽気な掛け声に応じるチームメンバーは誰もいなかった。


 結局、十八名で始まったこの試合は終了後に無事に生還できた者五名という、まるで八甲田山死の彷徨のような結末を迎えた。

 なお、試合結果は九回表が終わったところで、(故)〈獅子舞勇者〉マイケル・フジヤマチームが優勢で――。


〈獅子舞勇者〉|1003|1874|1206| 998|1388|1110| 532|1197| 702|(合計)10010

幼女勇者メリーさん〉 | 1| 0| 1| 0| 1| 2| 0| 1| X|(合計) 6


 一万点以上の大差をつけられたものの、相手チームのメンバーが全員リタイアしたことから、メリーさんチームの奇跡の逆転勝利に終わったのであった。

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