第48話 あたしメリーさん。いま世界がループしたの……。

 旧大陸にある人間国を代表する、リヴァーバンクス王国の首都リバートン。

 そこにある――あった﹅﹅﹅――元ロリコン冒険者にして騎士のバカ息子から接収した、現メリーさんグループの本拠地である町屋敷タウンハウスの一室にて、オリーヴ、ローラ、エマ、スズカ。そして、馬車を飛ばして朝からやってきた公爵令嬢のジリオラが、難しい……というよりも不可解な表情で、メリーさんを囲んでいた。


 四方八方から浴びせかけられる視線の圧力に対して、メリーさんは沈痛な表情で一言――

「あたしメリーさん。最近は『令嬢』という言葉が放送禁止用語になっているそうなの! そうなると相当数の作品に息の根が止められそうで、心配なの! あとブラインドタッチも差別用語で、エチゼンクラゲは放送禁止用語だそうなの……!」

 肘掛け付きチェアに座って、足をブラブラさせたまま遺憾の意を表明する。


「いや、そんなことは聞いてないから!」

「というか、エチゼンクラゲが放送禁止用語なのですか……?」

 いつも通りのメリーさんを前に、オリーヴがいきり立ち、スズカが不思議そうに首を傾げた。


「越前のイメージが悪くなるからって、地元が反対しているらしいの。そんなことあげつらわれたら、大岡越前も越前○ョーマも立つ瀬がないの……! なんでもかんでも言葉狩りすればいいってものじゃないの!!」


「とりあえずクラゲの話は置いておいて、なんで何事もなかったかのように旧大陸が﹅﹅﹅﹅存在していて﹅﹅﹅﹅﹅﹅いまが去年の七月﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅なわけよ!?」

 ジリオラの追及の矛先がメリーさんに向けられる。

 同時に他の面々――オリーヴ、ローラ、エマ、スズカ――も深々と頷いて同意を示す。


「あたしメリーさん。気のせいじゃないの……?」

「気のせいじゃないわよ! 確かにこの世を支配するは混沌なる秩序! 時は満ち、邪なる光が人々を焼き、流れる涙はとめどもなし。しかれど涙を掬い上げる、終焉の闇を切り裂く我が霊眼が暗黒の世界を光で満たす! 真実を知るが故の孤独、それすなわちダークネス・オーバー・エレメント!」


 大仰な仕草で左目を押さえて、全身を震わせるオリーヴを放置して、ローラが嘆息しながらジリオラの指摘に追従する。


「私の記憶でも、昨日までは確かに新大陸にいたはずです。そして季節は三月で、啓蟄けいちつを過ぎたせいか、いままで冬眠していた魔物や魔蟲が目覚めて大騒ぎになっていましたよね?」

「そうそう。全長五十mを越える〝テイオウグソクムシ”の大群が、目を赤い攻撃色に染めて領都へ襲来してたから、皆で『怒りで我を忘れてる。鎮めなきゃ!』と冒険者が一丸になっていたところで、メリー様が〝テイオウグソクムシ”の幼虫をかっぱらってきて、強酸の海へ誘導して全滅させたんですよねー」


 蟲相手とはいえ、あれはさすがにドン引きでしたねー。と、付け加えるエマ。


「ギリギリ進路上から逃げ遅れたイニャスが、蟲の大群に踏んだり蹴ったりで、ヤ○チャ状態になったので、無理やり治療費と掛け捨てだった生命保険をむしり取ったりもしたわよねー」

「どさくさに紛れて二枚抜きするとか、さすがはアンタメリーさんだと思ったわ」

 放置されかけたのを悟ってすかさず会話に混ざるオリーヴと、ジト目で椅子に座ったままのメリーさんを凝視するジリオラ。


「――この場にいる全員の記憶は確かに共通していますよね。それがなんで、過去に戻っていて、町とか人とか普通にあって、他の人は自覚がないんですか?」

 スズカが総括して、再度、メリーさんに尋ねる。


「メリーさんも全然記憶にないの。記憶喪失なの! あと、ネタに困った時の記憶喪失回の多さは異常なの。あと温泉回とか水着回も鉄板なの……!」

「記憶喪失ぅ……?」

 眉毛に唾を付けるオリーヴ。

「ホントに? だったら念のためにアンタの貯金A・Cをあたしのギルドへ移しておいた方が安全ね」

 ドサクサ紛れにメリーさんの貯金を引き出そうとするも、

「あたしメリーさん。『金と塵は積もるほどきたない』というの。お金に拘るなんて良くないことなの……」

 あくまでシラを切って、傍らに置いてあった絵本――苦労を重ねていそうな老人が、孫らしい貧しい身なりの少年を抱きしめている版画風の表紙が特徴的な――を広げて読みだした。

 ちなみにタイトルは『ムチムチの木』と書いてあって、『監修:メリーさん』と付け加えられていた。


「「メリーさんアンタ、あたし(私)の子供の頃の思い出を汚さないで(よ)(ください)!!」」

 すかさずその場でメリーさんに詰め寄る、オリーヴとスズカ。


「あたしメリーさん。現代風にアレンジしただけだから問題ないの。というかメリーさんは学んだの。華々しく勇者アピールしても、劣性遺伝子共アンチが煩いから、こういう地道な『いい子』アピールが大事だと。だいたい、せっかくメリーさんが蟲の大軍を一網打尽にしたっていうのに――」

『虫とはいえ幼虫を人質に誘導するとか残酷である』

『「しかたなかった」とかの良い人アピールはいらない』

『服が勇者の格好じゃない』

『誰でも出来たけど、みんなお前みたいに非情になれなかっただけ』

『実際問題、本能で動く蟲の通り道に町を作られたんだから、蟲のほうがええやん迷惑』

『お前がいるからテイオウグソクムシが来た』

『経験値と好感度めあての偽善者』

『撃退とアイドル幼女勇者アピールがうざい』

『攻撃がワンパターン』

『たまたまうまくいっただけ。撃退に失敗したら拡大した被害の責任取れるのか』

『話せばわかる相手だったかもしれないのに、いきなり攻撃するとか野蛮じゃないの?』

「――とか。どいつもこいつも勝手なことばっかり言ってっ! 次は適当に蹂躙されればいいの……!」


「思いっきり記憶にあるじゃないの!」

「最後の指摘って、ル○゛ア爆誕でサ○シが似たようなこと言われてたわね……」

 憤懣やるかたないメリーさんにツッコミを入れるジリオラと、確かに終わってから文句言う方も言う方だわね~と、納得するオリーヴであった。


「メリーさん、殺るか殺られるかの間柄の敵と馴れ合いだす展開とか大嫌いなの。『ちゃんと戦えっ、殺し合え!』って何回思ったことか……」

「そういう、強ければそれでいい……とか、力さえあればいいのだ……という考え方はどうかと」

 微妙な表情でメリーさんを窘めるスズカ。


「――で、結局。この私たちだけが感じている違和感の原因はなんなんですか?」

 いつもの調子のメリーさんのペースに巻き込まれて、肝心な要件が何一つ解明されていないことを、エマが指摘する。

「違和感なんてあったの……?」

「あったわよ! 起きたら実家だったし、両親は普通に生きていたし、聞いた話では王宮でイニャスもアキレス殿下も健在だっていうし。ここに来るまでの馬車道も、まるっきり平和そのものだったわ」

「馬車道って横浜の? メリーさん横浜って嫌いなのよね。『横浜』『メリーさん』で検索されると特に……」

 ※検索しないように。


「? 馬車道いいじゃないの。美味しいものもいろいろあるし、アイスクリームとか名物だし」

 微妙に頑ななメリーさん相手に、馬車道の擁護をするオリーヴ。

「別にどこで食べてもアイスは美味しいの。地元名物をアピールするなら、青森のス○ミナ源た○ゴールドレベルでないとメリーさんは納得しないの。源○れの万能感は異常なの……」

「あの、皆さん。ご主人様の口車に乗せられて、先ほどからまったく話が進んでおりませんが」

 ローラがすかさず軌道修正をした。

「そ、そうよ。この違和感の正体。アンタなら知ってるんでしょう?!」

 ジリオラの追及に対して、メリーさんは面倒臭そうに、

「あたしメリーさん。その程度の違和感なんて、学食で普通に知らないおっさんがご飯食べているか、『まぶ○ほ』と『ま○らば』の差異か、乳袋と乳テントと乳カーテンの違い。あと潰れかけのラーメン屋にある謎メニューくらいの違和感だから、気になってもスルーするべきなの……」

「「「「「いやいやいやいや!!!」」」」」


 一斉に(ヾノ・∀・`)ナイナイと手を振る五人。

「……だとしてもメリーさんが原因を知っているという根拠はないの」

「こんだけの異常事態が起きているってのに、アンタが泰然自若としている時点で、元凶はアンタ以外にはないでしょうがー!」

 バイトの売り上げ報告を信用しない店長のようなオリーヴの頭ごなしの決めつけに、メリーさんが不快そうに鼻を鳴らした。

「色気0のラインが出ないパンツとか履いてる女に、とやかく言われる筋合いはないの。それに、いちいち情報共有する必要あるの……?」

「人の下着の趣味とかほっといてよ! それにホウ・レン・ソウって大事でしょう! つーか、隠している時点で後ろ暗いことがあるのはバレバレなのよ!!」

「そうですよ、ご主人様。きちんと説明をされて、落ち度があれば謝っていただければ――」

「し○じろうじゃないんだから、『正直にゴメンすれば許してもらえるよ!』なわけないでしょう!」

 ローラの口添えを一蹴するオリーヴ。


「これだから余裕のない年増は嫌なの。昔から『子供叱るな来た道だもの』というの……」

 はー、ヤレヤレ……と肩をすくめて嘲笑を浮かべるメリーさん。

「『年寄り笑うな行く道だもの』と続くわよね、それ」

 負けじとオリーヴも混ぜっ返す。


「――で、どういう現象なのですか?」

 何度目になるかわからないスズカの問い掛けに、さすがにこれ以上誤魔化すのは無理だと観念したのか、メリーさんは、

「あたしメリーさん。そうあれは放課後の理科室でラベンダーの香りを……」

「「「「「いい加減に本当の理由を言いなさい(言ってください)(言ってよ)!!」」」」」

 全員から吊し上げを食らっていた。


 ◇ ◆ ◇ 


 その前日――。

 三月に入って、ついに従妹にして義妹である『野村真李のむらまい』が、真上階である3-D号室に引っ越してきたわけだけれど、当日にドクロに蝙蝠の翼マークが入った黒猫さんの引っ越しサービスでやってきた彼女。


 親族で近所になったということで無視するわけにもいかず、相変わらず「にゃーにゃ―」と、鳴き声まで完璧な猫のコスプレをした業者の集団を手伝ったり、部屋の片づけや、アパートの上下左右へのあいさつ回りなどに忙殺されたものの、意外なほどおとなしく常識を弁えた真季の態度に、

真李コイツも大学生になって大人になったんだなー」

 と、大いなる安堵と一抹の寂しさを覚えながら、あっという間に時間は過ぎてすっかり日も落ちて寒くなってきたので、お互いに部屋に帰った。


 真李の顔を見たせいか、ふと昔、近所にあったタコ焼き屋のタコ焼きが食べたくなって、ホットプレートを取り出して、タコ焼き用の鉄板をセットした。

「えーと、キャベツとタコ、天かす、紅生姜……衣の材料はこんなもんかな」

〝チーズとか入れないの?”

 幻覚女(仮称・霊子)がテーブルに置いたボウルの中身を確認して小首を傾げる。

「タコ焼きにチーズを入れるのは邪道! これを表面はカリカリだけど焼き過ぎず、中はフワフワに焼き上げて、最後に青のりかけてソースはサラサラなのが俺流のタコ焼きなのだ」

〝表面がカリカリって、銀○゛このタコ焼きみたいなの?”

「あれはタコ焼きではない。『タコ揚げ』だ。油じゃなくて、あくまで鉄板で軽く焦げ目がつくくらいに焼くのが美味い」

〝で、中身がトロトロなわけね?”

「トロトロではなくて、『フワフワ』! そーいう生焼け風ではなくて、ちゃんと火が通ってフウフウ冷ましながら食べるのがいいんだ」


 大阪風の全体がフワフワのタコ焼きもいいけど、俺的にはメリハリがなくて微妙に「なんか違う」という感じなんだよな~(いや、『く○おーる』とか、いい店があるのは知ってるけど、あくまで全体の印象として)。あと、今回はソースには『スタ○ナ源たれ』を使うことにする。


〝そういう「どっちが美味しいか」議論は不毛よね。「トランプとプーチン、どっちの方が悪者なの?」という子供の質問みたいなもので”

 思いがけずに真季の被害が皆無であったことに気を良くして、俺は上機嫌に幻覚との一問一答という名の自問自答に終始するのだった。


 そこへメリーさんから着信がきた。


>【メリーさん@男主人公の俺TUEEEEEでハーレム築くのは許せなくても、女主人公が私TUEEEEEで美少女動物園作って楽しくワイワイやってるのは許せる風潮な件】


「……いや、どういう意味だよ。つーか、『美少女動物園』ってなんだよ?」

 千枚通し(タコ焼きを丸めたりひっくり返したりする棒)でタコ焼きをクルクル丸めながら、俺はスマホを取る。


『あたしメリーさん。いま神界で神々の集団アヌンナキに突き上げを受けているところなの……』

神々の集団アヌンナキ? それよか美少女動物園ってなんだ?」

『いかにも重要そうなワードを無視して、美少女に食い付くところが、さすがのクオリティなの……!』

「ほっとけ」

『ちなみに美少女動物園っていうのは、意味もなく美少女が周りをウロウロ徘徊している状態を指すの。似たような単語としては『美少女回転寿司』というのがあって、こっちは暗黒太極拳のヒロインみたいに、次々に美少女が入れ替わりでスポットライトを浴びては消えて行く状態を指すの……』

「お前のところは、動物園なんていう甘い環境じゃなくて、虎○穴みたいな感じだけどな」

『虎だ、虎だ、お前らは虎になるの……!』


 話している間にタコ焼きが焼きあがったので、次々に皿に移していく俺。


「んで、神々の集団アヌンナキってのはなんだ?」

 つーか、また神界にいるのか?

『あたしメリーさん。地球と異世界の神が共同で集まったSCP財団みたいなものなの……』


 SCP財団? また、わけのわからん単語が出てきたが。気のせいか、尋ねたら樺音ハナコ先輩が瞳を輝かせて、水を得た魚のように懇切丁寧に解説しそうな、微妙にイキった単語の響きを感じるな。

 そう口に出しかけたところで――

「……タコ焼きと源○れの匂いがするわね」

 ふと、天井の方からくぐもった声が聞こえた気がした。


 反射的に霊子(仮名)の方を見るも、思いっきり首を左右に振っている。

 しばらく耳を澄ませても、しんと静まり返っただけだ。

 気のせいか……と、安堵しながらメリーさんとの会話に戻る。


「――あ~、まあとりあえず……なんで神界にいるんだ?」

『前にも言ったけど、旧大陸の復興の邪魔だからって、メリーさんたち新大陸に追い払われたんだけど、直すどころか、神々アイツらの手際の悪さから、旧大陸が丸ごと吹っ飛んだでしょう?』


 いや、原因の粗方はメリーさんにあるんだが。


『かつてメリーさんが壊れたリ○ちゃん人形を修理しようとしたら、なぜかビ○゛ザムみたいに三本足になったみたいなミスなの! あれ以来、リ○ちゃんに目の敵にされているけど……まあ、メリーさんのはケアレスミスだから仕方ないとして、仮にも神々の集団アヌンナキとか名乗っている連中にあるまじきミスなの……!』


 憤慨するメリーさんだが、スマホを握っている俺の注意は、この時、ほとんど天井へと向かっていた。

 なにをしているのか、ドタバタと三階の真李の部屋で荷物を動かす音が響いてきたと思ったら、続いてべリべリ! と床板を力任せに剥がすような音が轟ろく。


「わ~~~~~~~~~~~~っ!?!」

〝きゃあ~~~~~~~~~~~っ?!?”

『あたしメリーさん。聞いてるの? それで、本来は禁じ手なんだけど、一度時間を巻き戻して、旧大陸が無事だった頃に戻そうって話になったの。なんか時間に手を加えると、ヨグ=ソト……なんとかに目を付けられる可能性があるとかで紛糾したけど……』


 勿論、碌に聞いてはいない。それどころではない。ナニカが天井裏に下りてきて、

「お義兄にいちゃ~ん。待っててね、いま邪魔な天井板を剥がして、アタシの部屋との障害を取り除くからね♪」

 そう言った瞬間に、なにやらモーターが回るような音がして、続いてガリガリと天井板が削れる音が続く。

〝……だ、大丈夫よ。管理人曰く、天井部分は一見普通の木材に見えるけど、実は超合金νZとバスター合金、スペースチタニウムの三層構造なので、象どころかゴ○゛ラが攻撃してもビクともしないって話だし”

 そう隣でダラダラと脂汗を流しながらも、気休めを口に出す幻覚女。


 言ってる間に「チョー電磁スピーン♪」あっという間にドリルが天井板を貫通して、さらにゴリゴリと穴を広げていく。

「怖っ!」

 つくづく思った。恐怖ってのは、わけがわからないから恐怖なんだ。


 その間にも、かつてないほど聞き流しながらのメリーさんの話が続く。

『メリーさんも名目だけとはいえ女神なので、無理やり話し合いに連れてこられて迷惑なの。で、こっちの時間を巻き戻すと、合わせてそっちの時間も戻さないと駄目とかで、メリーさんの経験値とかも戻るらしいので、メリーさんは反対しているんだけど……』


 時間が戻る!


 という言葉が耳に入った瞬間、俺はスマホ向かって怒鳴っていた。

「戻せ! すぐに戻せ! 一刻の猶予もない! ああああ、天井にもう半分の穴が……」

『え~~っ、なの。なんか神々の集団アヌンナキに招聘されたとかいうツァトゥガァとかいう、ナマケモノっぽい邪神の態度が悪いから、メリーさんとしては嫌なの……』


 ちなみにそのツァトゥガァとかいう邪神は、地面に寝っ転がりながら、

「ボ、僕はおにぎりが好きなんだな。と、ということで、全神々の同意がなければ時間のまきもどしが、ががが、で、できないので、早くこの同意書にサインをして、い、印鑑を捺すんだな。印鑑がなければ拇印でもいいんだな。け、けど、メリーちゃんのボインはないも同然なんだな、げへへへへへへっ!」

 という下ネタをかましたらしい。


 うん、生理的に嫌なのはよくわかる。よくわかるが、このままだとあと五秒もしないうちに天井裏が崩落する!


「ハリィ! ハリィアップ! このままだとお前の嫌いな真李が、当然のような顔でこの部屋に居座るぞ!」

『あたしメリーさん。それは嫌なの。それに固定メンバーが出揃ったところで、あきらかに馴染まない新キャラがメインメンバー入りすると、話が面白くなくなってファンが離れるという噂もあるし……しかたないの』


 嘆息したメリーさんが妥協したのと同時に、天井裏に大穴が開いて、そこから一見すると中学生くらいに見える、コンパクトなくせに胸だけ大きいという、どーにもあざとい従妹が、

「とうっ!」

 軽々とミニスカートにパンツ丸出しの格好で降りてきた。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

〝うわあああああああああああああああああああああああああああああ~~~~~~っ!?!”


 一瞬だけ、真李従妹の背中に蝙蝠みたいな翼が見えた気がしたけれど、混乱した俺の目がどうかしているのだろう。

 彼女が俺の部屋の床に足をつけるのとほとんど同時に、スマホの向こうから、

『おきのどくですが、ぼうけんのしょは、きえてしまいました』

 という、機械的な音声とともに、鳥肌が立つであろう呪いの音楽が聞こえてきたと同時に、目の前の光景が、まるで飴細工が溶けるように歪んだ。


『あたしメリーさん。時間が巻き戻るのに合わせて、記憶もなくなるはずだけど、もしかするとメリーさんの傍にいた何人かは、メリーさんの影響で記憶を保持したままかも知れないの……』


 ついでのように付け加えられた、スマホからのメリーさんの補足を受けた俺の意識が、周りの情景に合わせて急激に溶けて、グルグルと攪拌されていく。


「……あ?」

 そして次に気が付いた時、俺は真夏の蒸し暑さと蝉の鳴き声に包まれて、朝のベッドから飛び起きたのだった。

「――も、戻った……?」

〝み、みたいね……”


 ベッドの脇で腰を抜かした姿勢の幻覚女が、そう同意しながら壁にかかっていたカレンダーが七月なのを確認するのを眺めて、俺と幻覚とは同時に深いふか~~い安堵のため息をついた。

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