第47話 あたしメリーさん。いまあの人がいないの……。

 ここのところのストレス(義妹襲来予定)と、大学の定期試験、ついでに季節外れの寒暖差ですっかり体調を崩した俺は、現在、立つのもつらい状態で、うんうん唸りながらアパートのベッドに横になっていた。

 このため、義妹ヤツが来る前に別なところへ密かに引っ越す計画も頓挫せざるを得なくなり、そのことが体調不良に拍車をかけ……という悪循環に陥っていたりするのだった。


「脈拍360、血圧400、熱が90度近くで、意識が朦朧としていますね。……原因を調査するために、私の部屋で解剖――いえ、肉体処置装置にかけたほうがいいかと」


 心配で様子を見に来てくれた管理人さんが、普段被っている怪しい金魚鉢を俺に被せて、なにやら確認した後、微妙に弾む口ぶりでそんなことを誰かに向かって提案した。

 薄目を開けて金魚鉢越しに――何やら目の回る渦巻きや、ミミズがのたくったような文字らしきものが目まぐるしく変わる視界(熱でフラッシュバックが起きているのだろう)の中――初めて見た素顔の管理人さんは、予想通り途轍もない整ったビジンダーさんである。

 ただ、整い過ぎて逆にブキミの谷に片足を突っ込んでいるような気もするが……。


 水を向けられた視線の先では、(洒落ではなく)全身ずぶ濡れの幻覚女が、ジト目で管理人さんを睨んでいた。

“ちょっと待ちなさいよ! 簡易診断だとかいってたけど、明かに算出された数字が地球人のものじゃないでしょう!? おおかた、さも重病だということにして、また変な改造とかなんかするつもりなんでしょう、アンタ!!”

「そんなことはしませんよー。ちょっとウチの星の基準での健康体にするだけで……あ、大丈夫ですよ。こう見えても地球の生物にメスを通すのは得意なんですよ。主に牛や馬が相手でしたけれど……」


 こう、お尻の穴からズボッと内臓をですねー……と、嬉々として説明する管理人さんを一喝する幻覚女。


“キャトルミューティレーションを人間と一緒にしないでよ!”

「人間相手でも大丈夫ですよ。脳をいじったり、他の星の生物と遺伝子交配させたり、あと脳だけ取り出して機械の体に移植もしましたし……私、前々から学生さんの頭を永久脱毛して、頭部の天辺からビームを放てるようにすれば、すごく素敵だと思ってたんですよぉ!」


 本気でうっとりと楽し気に語る管理人さん。

 なんだその筋肉モリモリの舎弟みたいな改造プランは……?

 ツッコミを入れたいところだが、病気で意識が混濁している俺は、金魚鉢を被ったまま、

「……ううう……う~ん、う~~ん……」

 夢かウツツかわからない周囲の状況に、力ないうわ言を発するしかなかった。


“とーにーかく! アンタは余計な手出しをしないこと。やったら、今度こそ金ちゃんに完膚なきまでにやってもらうからね!”

「それは困りますね~。では、このボタンを押すだけで、強○細胞が全身を覆って、体を最適化し、いかなる環境でも生きていける生体宇宙服はいかがですか? 汎銀河では標準装備ですよ。なぜか地球人には使わないようにと、注意書きに『規格外品』とか書かれていますけど、制作した宇宙人はすでに滅んでいるので問題ないでしょう」

“いや、それ絶対に問題あるから注意書きに書いておいたんでしょう!? 暴走した挙句、辺り一面焼け野原になる未来が約束されているみたいな感じじゃないの? ――って、いまさらだけど、アンタ、その顔どうやって誤魔化しているわけ?”


「コレですか? アンタレス星人謹製のカモフラージュパックを付けています。でも、これって息苦しいので外しても問題ないでしょうか?」

 言いつつ頭の後ろに手を回す管理人さん。続いてジッパーが落ちるような音がしたが、それとほとんど同時に部屋の呼び鈴が鳴って、ノックと聞き覚えのある誰何の声が聞こえてきた。


「ちゃわーす! 同志よ、見舞いに来たでござるよ!」

「起きてる? ダイジョーブ?」

 扉の向こうからヤマザキの周りの迷惑を考えない馬鹿声と、ドロンパの陽気なラテン系の声が響く。

「――おっと」

 慌ててジッパーを戻して、ついでに俺に被せてあった金魚鉢を外して、いつものように頭から被る管理人さん。

「はいはーい、いま本人は寝てるけど、いますよー」

 慣れた様子でパタパタと玄関に向かう管理人さん。

 その間に幻覚女が濡れた手を俺の額に当てて、

“……う~~ん、まだ熱があるわね。もうちょっと冷やしたほうがいいかしら?”

 それに合わせて気のせいかアイ○ノンでも当てたかのようにヒンヤリとして気持ちがいい。

 だが、同時に悪寒おかんも止まらないのはなぜだ?


「う~む、睡眠中でござるか。ちゃんと食べているでござるか? 管理人殿、同志が起きたらコレを食べさせてやって欲しいでござる。栄養たっぷりのコ○イチカレーでござる!」

 管理人さんに案内されて、俺の寝ているベッドの脇まできたヤマザキが、持ち帰り用の容器に入ったカレーを枕元に置く。

「800gでトッピングは豪華にロースカツにチーズインハンバーグ、さらにはソーセージ。栄養のバランスを考えて、野菜もトマトアスパラとほうれん草。ついでに胃にも優しい半熟タマゴとクリームコロッケを追加し、初心者は5辛まででござるが、拙者のような資格者だけ選べる最大の10辛にしておいたでござる! 風邪の時には栄養を摂って発汗するに限ると申す。このガチすぎる辛さが、必ずやヤバイくらいに効くはずでござる!!」

 意識が朦朧としていて鼻もほとんど利かない状態であったが、匂いだけでも目に染みるような香辛料の痛みに、知らず涙があふれる俺がいた。

「おおおおっ! 泣くほど嬉しいでござるか!? 来た甲斐があったでござる。そういえば神々廻ししば先輩も途中まで一緒に来たのでござるが、途中で電車の乗り換えに失敗してどこかへ行ってしまったでござる」


 ま、別れた直後に携帯へ連絡したのでござるが、なぜか電波状態が悪くて留守電の待ち受けらしい、『山椒大夫』に出てくる『♪安寿恋しや、ほうやれほ。厨子王恋しや、ほうやれほ♪』の歌がエンドレスで流れるだけでござる……と、付け加えて実際に華子先輩へ電話をかけて、留守電をエンドレスで流すヤマザキ。

 カレーの刺激臭とオタクの暑苦しい臭い、そして物哀しい歌声に、

「う~~ん……う~~ん……」

 と、うなされる俺。


「苦しそうネー。コレ、お婆ちゃんグランマから教わった風邪の時に効く飲み物ね」

 ヤマザキに代わって俺の顔を覗き込んだドロンパが、ビニール袋一杯に入った全部栓を抜いてある﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅コーラを、ガチャガチャと音を立てて床に置く。

「ほう、炭酸抜きコーラでござるか」

 ヤマザキが眼鏡の位置を直しながら、訳知り顔で合いの手を入れた。

「そ、コレを温めて飲むのが一番ネ!」


 いらねえ! 炭酸が抜けたコーラを温めて飲むとか、どんな罰ゲームだ!!

 ちなみに後から聞いたところ、イギリスでは割とポピュラーな民間療法らしい。

 イギリス人というのは、こと味覚に関しては雑に過ぎるな……。


「それと、お爺ちゃんグランパの国では、誰もが知ってる風邪の特効薬!」

 ドン! という音を立てて透明な瓶が追加された。

「ん? SPIRYTUSスピリタスと書いてあるでござるが、もしかしてウオッカではないでござるか?」

「『vodkaウォツカ』ネ。お爺ちゃんグランパの祖国ロシアでは、風邪を引いたら酒飲めば治るっていうのが常識ね」


 ……ロシア人イワンの馬鹿。なんでもかんでも酒飲むきっかけにするんじゃねーよ!

 と、強く主張したいところだけれど、

「――ううう……う~~ん……」

 ろくに言葉にならない俺の代わりに、

「おお、同志も喜んでいるようでござるな。では、ちょっと起こしたところで、このコーラを温めてスピリタスを足して、拙者の豪華10辛カレーも一緒に食べてもらうでござる」

 その気になったヤマザキが、躊躇いのない足取りでコーラを携えてキッチンへ向かおうとする。


 ちなみにSPIRYTUSスピリタスはアルコール度数96度という、世界最高のアルコール度数を誇る酒であり、ストレートは無論のことロックでも強すぎて飲めないため、カクテルのベースにするのが普通であるが、ヤマザキは何も考えずにコーラ一瓶に対して、同じく一瓶を投入すべく準備を始めていた。


 オイオイ。死ぬわ俺……。


 目の前に迫ってきた未必の故意に、洒落抜きで頭がクラクラして、ベッドに沈む俺だったが――

“やめなさいって! せっかく寝たんだから、ゆっくり休むのが一番よ!”

 そうはさせじと幻覚女が仁王立ちして、ヤマザキを遮る。

 さすがは意識朦朧の人事不省じんじふせい状態だけのことはある。まるで幻覚が実在するかのように、ヤマザキとやり取りしている様子が見えるとは……。


「その通りでござるな。失礼つかまつった。では、いつまでも枕元で騒々しくしているのも悪いので、拙者らは失礼つかまつる」

Good byeさようなら。.I'll beまた seeing you会いましょう.」


 幻覚に注意されたヤマザキが神妙な表情で別れの挨拶をすると、合わせてドロンパも手を振ってアパートの玄関へ向かうのだった。

 管理人さんと幻覚女が見送りする。


「それでは、何かあったら遠慮なく拙者らに連絡をくだされ。管理人殿、それと――」

“え˝?! えーと、私はこの部屋にずっといる幽霊というか……”

「YOU,レイ?」

“そ、そうそう! レイです。霊子(仮名)です”

 ドロンパの疑問の問い掛けに、その場しのぎに適当に話を合わせた幻覚女。

「なるほど。では、霊子殿。同志をよろしくお願いするでござる! ……それにしても、密かに同衾していたとは、なんと不埒な――くっ! 治ったら覚えているでござる……呪呪呪呪呪呪呪呪呪」


 最後、何か呪詛めいたヤマザキの慟哭の呟きが聞こえたような気がしたが、無論、これもすべて取り留めもない悪夢に他ならないだろう。


「ねーねー、ヤマザキ。いまの彼女、なんか透けてなかった? もしかして、あれが噂のジャパニーズ・ニンジャ――クノイチじゃないノー? ニンジャの中でも九人にひとりしかなれないという、ニンジャのエリート、クノイチね!」

「その解釈はいろいろと間違っているでござる。それよりも拙者は管理人殿の被っているSF的ガジェットの完成度の高さに……」

 やがてドアの開閉の音とともにふたりが出ていって、足音と無駄話が遠くなっていった。


“――まったく、お見舞いはいいけど、ちょっとは考えて持ってこいって言うのよ”

「いけないのですか?」

“刺激物とかアルコールとか、弱った胃が受け付けるわけないでしょう! とりあえず市販の風邪薬は飲んだんだから、あとは安静にして様子を見るのが一番よ”


 なんだろう。幻覚女(仮称・霊子)が、やたら頼もしく感じられる。さすがは前後不覚だけのことはあるな。

「う~……む……うう~~……」

 とはいえ、絶え間なく襲って来る謎の悪寒とプレッシャーに、知れずにうなされて落ち着いて眠るどころではなかった。

 おかしいな。ただの風邪かインフルエンザじゃないのか?


『僕、アンサー君! そりゃ、枕元に地縛霊と宇宙人がいる環境だからね。本能的に落ち着いて眠れるわけないさ!』

 不意に枕元に置いてあるスマホから、アンサーの声が響いた。


“……とりあえず、たまに様子を見ることにして、お互いにしばらく退散しない?”

「そうですね。ウチの星には病気という概念がないので、珍しいサンプルの観察ができるかと期待したのですが……」

 お互いに顔を見合わせた霊子(仮名)と管理人さんが、どことなくバツの悪そうな様子で、そそくさと部屋から出ていったり、姿を消したりする。


 ようやく静寂が戻ってきた室内。

 市販薬が効いたのかうつらうつらしかけたところへ、思いっきり耳障りな法螺貝の着信音と『アホじゃ! アホの子じゃあ!』というメリーさんからの着信を知らせるガイドの声が響いた。


「………(怒)」

 即座に電源を落とそうと思ったが、手元が狂って通話になってしまったらしい。スマホからメリーさんの無駄にカロリーが有り余っている声が響く。


『あたしメリーさん。「異世界&都市伝説ギャグコメディー!」って謳い文句にあるけど、ギャグもコメディーも一緒のような気がするの……! というか、皆が勘違いしているけど、この作品はすれ違い恋愛コメディなの! なんかいまメリーさんが思いついたの!!』

「うう……」

『僕アンサー君! 「何の話だ」とツッコミを入れているよ!』

『……なんでお前アンサーが返事をするの? ねぇ知ってる? メリーさん、L○NEの友達リストに知らない人がいると、宿便みたいな不快感があって速攻で消すんだけど……』

『アンサー君相手に、ま○しばネタはどーかと思いますが……』


 途端、チャキーン、と包丁を交差させる音と『てめえら人間じゃねえや! 叩っ斬ってやる! なの!』というメリーさんの啖呵がスマホの向こうから聞こえてきた。


『病気です! 兄貴が病気で寝込んでいるので、代わりに僕が通訳をしているだけです、姐御っ!』


 命の危機を前に必死に弁明するアンサー君。


『病気? 彼が七歳以上の女の子を愛せない病気なのは、前々からわかってたけど……』

「うう……う~む!(そんな病気には罹っていない!)」

『えーと、そういうのではなくて肉体的な病気です。具体的には流行りのインフルエンザA香港型です』

『アホ型いんふるえんざ?』

「ぐううう……(アホはお前じゃ!)」

『――あー、ともかくそんな感じで、兄貴は電話には出れません』

『むう、残念なの。せっかくメリーさんの華麗な活躍を描いた、〝これは女房を質に入れても購入せねば!”という書籍の宣伝を詳しくしようかと思ったのに……』


 口惜し気なメリーさんに対して、宥め役に回るアンサー君。


『残念ですけど、こういうのは勿体ぶった方が有難味がありますから、あまり露骨にステマするのはどうかと――』

『あたしメリーさん。なるほどなの。チキ○ラーメンは食うまでの瞬間が最高に美味いっていうのと同じなのね……!』

「……ぐうぅぅぅ……っ(その例えは間違っている!)」

 抗議の呻きを発するも、アンサー君はさっきからちょくちょく忖度そんたくして通訳を無視しやがる。

『それはともかく、具合は大丈夫なの? メリーさん心配なの。メリーさんが殺す前に勝手に死なれたら、メリーさん死んだ後の世界まで追いかけないといけないの。二世の契りなの……』

『あー、大丈夫……じゃないですかねぇ? さっきまで知り合いとか管理人とかが、集まって様子を見たり、薬を飲ませたり、改造したりしかけてましたから。多分、四五日で治ると思いますよ』


 メンマが奥歯の手前の果てしなく取りにくいところに挟まったような、非常に歯切れの悪い表現でアンサー君が見舞客について説明をした。


『むう、知り合いが集まっていたところに電話しなくてよかったの。常連がカウンターで話し込んでる趣味の店とか、メリーさん居心地が悪いから絶対に入らないの……』


 コイツの場合は人見知りするのではなく、いままで身内で固まっていた輪に無理やり入ってぶっ壊すからだろうな。


『だからメリーさんが新たな輪を作るべく、日々メンバーを募集しているのに、いまだに応募者がいないのが不可解なの……』

 ちなみに冒険者ギルドのメンバー募集広告に掲載しているらしい。


【少数精鋭! 未経験歓迎! 即幹部候補! アットホームな職場で、優しい先輩が丁寧に指導いたします。】

 ……〝応募してはいけない”定番のブラックワードが満載されたような、求人ワードの羅列だな、おい。


 ツッコミを入れたいところだが、熱で朦朧としている状態の俺としては、ボーっと聞き流すしかなかった。

 代わりに――

『別に少人数でもいいじゃないですか。いまのところ問題ないですし』

 メリーさんのボヤキに、スズカが慰めに回ってくれた。


 こういう損な役割は知らずにスズカに回ってくるな~。なんというか、自然と割を食うというか、生まれつき薄幸そうな運命に翻弄されるというか……。

 今回だって、ちょっとコミュ障気味のあるスズカが、フィジカルモンスターであるメリーさん相手に孤軍奮闘する必要はないと思うんだけど、

『箱詰めの中から解放されたかと思ったら、ジョ○ョ第一部のラストみたいに、箱に入ったままいきなり海の上に投げ出されるとか、どんな伏線よ~~っ!』

『そのあと、巨大な……全長二㎞くらいあるクジラに飲み込まれたのはビックリしましたね』

『まあ、でも思ったより明るいし適温だし、他にも漂着物が山になっていて食べ物には困らないので、意外と快適なんじゃないですか~?』

 オリーヴが現状に不満を抱いて喚く傍らでは、ローラとエマがマイペースに事を進めていた。


 つーか、どんな状況にいるんだ、コイツは?


『あたしメリーさん。確かに「十○衆」とか「王○七武海」、「あ○つき」や「幻○旅団」とかの、少数精鋭の強キャラ軍団とかも好きだけど、ウチのメンバーって微妙にあざとい面子ばかりだから、ボケ役のゆとりとか、女子力の高いいっそ男の娘を入れるとかどうかしら……? うちのメンバーってその真逆の「女の野郎」という表現が似合いそうな連中ばかりだし……』

『どーいう意味よ!?』

 聞きとがめたジリオラがムキになって反発する。

『言葉通りなの。だいたいにおいて肉食系ばかりだから、このあたりでワンクッション置いた方がいいと思うの……』


 つまり、ステーキばっかり喰ってたらお茶漬けが喰いたくなったってだけの話か。でもどうせまたステーキ喰いたくなるんだろな。


「だいたいウチって、愛や友情とは無縁のテキトーに集まったいい加減な集団だし……』


 いつ空中分解してもおかしくない、寄せ集め集団という自覚はあったらしい。


『え、そうですか? ローラさんにしてもエマさんにしても、メリーさんを慕っていますし、結構、皆さん仲良いと思いますけど……?』

 不思議そうにそう口に出すスズカだが、そういう自分がメリーさんの経験値稼ぎのために捕まって働かされているという自覚はないようだ。

ローラとエマあいつらこそ、借金という鎖がなければどうなるかわからないの。そうそう返せる金額じゃないけど、メリーさんが事前に調べたところ、アイツらの親父が「良い儲け話を聞いたぜ! これが成功すれば大儲けだ、ヒャッホー!」と言って南の海へ旅立ったという情報を掴んだの。もしも本当に一儲けされたら、アイツらの借金がご破算になる可能性があるし……』

 そう言って珍しく憂鬱なため息をつくメリーさん。

『ははぁ……父親の遺産で、虐げられた極貧生活を脱却ですか。「小公女」ですね。さしずめメリーさんはミンチ――あ、なんでもありません』

小公女リトル・プリンセス?』

 当然、内容を知らないジリオラに対して、簡単に内容を説明するスズカ。

『あたしメリーさん。ミ○チン先生は人気なの! その容赦のない鉄拳制裁から、「鉄拳ミ○チン」とも呼ばれてアニメ化もされたし……』


「う~~っ!(それ違う! 別なのが混じっているぞ!)」

 うなされながら否定しておく。


『……いや、なんでたかだか資産家の娘が「小公女リトル・プリンセス」って呼ばれるわけよ?』

 本気で不快そうな口調で吐き捨てる、正真正銘の公爵家のお姫様であるジリオラ。

『いや、私に聞かれても……と、とにかく、もしかするとローラさんとエマさんのお父様が一山当てて、おふたりの借金を返済された場合、メリーさんはどうされるんですか?』

『別にどうもしないの。メリーさんはローラとエマの意志を尊重するの……』

『冗談じゃないわよ! あのふたりがいなくなったら、このグループの食事や洗濯は誰がやるっていうのよ! 誰もできないでしょう!?』


 これに異を唱えたのはジリオラである。


『こうなったら、間違っても借金が完済されないように、あのふたりの親父の行方を追跡して、どっか人目につかないところで始末するするしかないわ!』

 血相を変えて過激な意見を口走る。

『うわぁ……ドン引きです。タ○リが名古屋の事を「エビフリャー」とか「ミャーミャー」馬鹿にして以来の憤りを感じるんですが』


 確かに。というか、珍しくもローラとエマに対して、メリーさんが善意を見せたらジリオラが裏切るというクズの構図がもうね……。あと、スズカ。名古屋ではいまやエビフライ定食が無茶苦茶ポピュラーになっているんだが、言っても信じないだろうな、多分。


『あたしメリーさん。お前ジリオラの、「嫌な友達がいるから学校に行きたくない」→「学校が燃えれば行かなくて済む」→「学校に放火」みたいな思考ルートはわかったけど、実行に移そうとするあたりが怖いの……』

 他人を非難する場合には、自分のことは棚に上げるという典型であった。


『……別に、あの父が一山当てようとも、私たちはその利益を享受するつもりはありませんから、ご心配なく』

 そこへローラのため息混じりの声が応じた。


 どうやら聞こえていたらしい。オリーヴ、ローラ、エマもメリーさんのところへ戻ってきたらしい足音が聞こえる。


『そうそう。娘を売ってその金でトンズラこいた親父なんて、もう他人だし。次に会ったらお姉ちゃんとふたりで、クソ親父のキ○玉をふたりで片方ずつ踏みつぶそうって、相談もしてたしねー』

 エマの同意の言葉に、寝ていた俺のタマがヒュンとなった。


「う、う……うお?(まさか本気じゃないだろうな?)」

『――と、兄貴が聞いているよ』

『あたしあたしメリーさん。女の子が普段踏みつぶさないのは、そんなもの踏みたくないからで、やるときはやるの……!』

 メリーさんの宣言にどっと冷や汗が流れた。


『――ま、それはともかく、いつまでもクジラの中でピノキオをやっているわけにはいかないから、早めに脱出しないと』

『自力でクジラのお腹から脱出ですか、番○蛮の父みたいですねー』

 オリーヴのボヤキに、スズカがやたら返答に困るマイナーなネタを出して同意する。


『そういえばさっき、あっちの方でメリーさんレッド○ング2世の首を見つけたの、あれって確か爆弾が詰まっていたような気がするから、アレを爆発させればどーにかなりそうな気がするの……』

『――え˝!? レッド○ング2世って、確か水爆を飲み込んで……』


 なにやら慌てるスズカを置いて、メリーさんを筆頭にした一同は、ゾロゾロと連れ立って歩いて行く。

 相変わらず薄幸なスズカが、必死に警告を発するも、

『とりあえず燃やすの……!!』

 一切聞いちゃいないメリーさんの指示で、燃えそうなものを集めに、他の連中はてんでんばらばらに行動をするのだった。


 メリーさんたちの会話を聞いて大汗をかいたお陰か、かなり体調が戻ってきた俺は、そのまま静かに眠りに就いた。


 なお、この後、腹の中でキャンプファイアーをされた巨大クジラ――リヴァイアサンだったらしい――は、近くの海岸へ頭から突っ込んでメリーさんたちを吐き出し、そのままのたうち回りながら海に戻って、さらに旧大陸に向かって魚雷のように突っ込んで、その衝撃で爆発した水爆により、旧大陸の大半を消し飛ばしたとか、メリーさんから聞いたのはインフルエンザが全快した一週間後である。

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