第46話 あたしメリーさん。いまゼウスが異世界に降臨したの……。

 2月にしては麗らかな日のこと。


 買い物から帰ってきたところで、掃除用具を持った管理人さんと階段でエンカウントした。

「あら、学生さん。ちょうどいいところに」

 相変わらず頭に金魚鉢を被っているが、どーいう理屈なのか蒸気で白くなっている様子もない彼女。ヤマザキあたりはこの季節、外から暖房の利いた講義室などに入ってくると、

「うおっ、目が! 目がっ!」

 と、一瞬で真っ白になる眼鏡を前に取り乱すのが、一種の持ちネタみたいになっているのだが、おそらくはくもり止めでも塗っているのだろう。

 電気モップや機械式クリーナー、あとSFにでも出てくるレーザー銃のようなものを全身に装備した、まるで完全装備のプ○デターのような格好をした管理人さんだが、その他はいつもの『UMA』エプロンにカットソー+膝下くらいのスカートという、この季節にはちょっと寒いんじゃないかという服装であった。

 

「どーも。寒くないんですか、そんな格好で?」

「寒い……? ――ああ、そういえば地球人は外部の温度がプラスマイナス摂氏20℃を越えると生存の危機でしたっけ? 原始的とはいえ、よく惑星外へ進出しようと思いましたね。一応、私は真空中や高濃度放射能、摂氏マイナス270℃でも、普通に生活できるのでこの程度の気温の差は意識したことはありませんけれど」

「へーっ、よほど寒いところの出身なんですねー……」


 どーでもいいけど、俺とか別に東北人だからといって寒さに強いわけではない。

 冬場の気温が10℃を越えると、北欧やメリケン人のようにシャツ一枚で「今日は暑いですね~、HAHAHAHAHA!」と陽気に振る舞えるほど感覚にズレはないので、普通にセーターにコート姿である。

 というか、逆に冬の間には暖房をガンガン利かせているせいで、逆に都会の人間よりも寒さには弱いくらいだ。


 思い起こせば小学生の頃は、いまでは都会では見られなくなったダルマストーブを焚いて授業してたけど、あれってストーブの近場が灼熱地獄だったんだよなぁ。

 中間地点が適温で、一番離れたところは氷点下で……。

 あと、関係ないけどどっかの馬鹿が、こっそりと体育の時間に誰もいないのを見計らってスルメを焼いたらしく、戻ってきた学級の生徒が異臭騒ぎで一時学校閉鎖された事例がある。

 あん時は、虎テープで教室が封鎖されて、防護服を着て、カナリア持った警官だかなんだかが突入する騒ぎになったものだ。


「管理人さんはアパートの掃除ですか?」

 その格好からアタリをつけてそう尋ねると、「そうそう」と、ポンと嬉し気に手を叩く管理人さん。

「来月から3階のG号室――いままで空き部屋だった、学生さんの真上の部屋に入居予定者がくることになったんですよ」

「ほー……」

 心理的には「やったね、俺ちゃん。仲間が増えるよ!」というポジティブなものが3に対して、いままで上が空き部屋だったらか気楽だったけれど、これからは気を使わないとマズそうだなというネガティブなものが7であった。

「3月から……ということは、新大学生か社会人ですか?」

「大学生です。学生さんと同じ大学に通うことになる一年下の女子で、出身地も学生さんと同じなので、仲良くしてあげてくださいね」


 そう気楽に管理人さんに言われた刹那、『その時、力士が動いた!』という緊急アラートが脳裏で木霊した。


「管理人さん! まさかとは思いますけど、その女子の名字って、『野村のむら』じゃないですか!?」

「う――っ!!」

 動揺した管理人さんが、「えーと、個人情報保護法の関係がありまして……」と、曖昧に言葉を濁して、それとなく俺の視線から逃れる。


「そうなんですね!? なんてこった! パンナコッタ!!」

 思わず頭を抱える俺。

「……えーと、お知り合いですか?」


従妹いとこで両親がいないために祖父母に育てられて、なおかつウチの両親と戸籍上養子縁組をしている義理の妹です」

 ちなみに『野村』は従妹のもともとの名字であり、また義理の妹とはいえ同居しているわけでもない。もっとも小学校に上がる頃になると、なぜか連日、俺の部屋に入りびたりだし、学校帰りにクラスメイトの女子と並んでいただけで、いつの間にか背後に忍び寄っていたアレが、的確に相手の女子にカンチョー極めるし。

 当時、アイツは『○○小学校のカンチョー戦士』として、怖れ慄かれていた。

 さらには中学、高校ともなれば夜討ち朝駆けで、パンツ丸出しでベッドの上で飛び跳ねるわ、友人――特に女子が遊びに来ると、どこからともなく連れてきた鶏を部屋の中に放すわ、逃げてもなぜか大量に懐かれていた犬の群れを統率して(当時の従妹のあだ名は『ポケワンマスター』だった)、どこに隠れようとも草の根分けても追跡してきて、相手女子の全身を犬の群れにナメさせるという、江戸時代の女郎に対する『くすぐり地獄』に相当する拷問を加えるわ……で、俺が女子に距離を置かれる結果となった元凶である。


 そんな俺の愚痴に対して、

「アグレッシブな従妹さんですね。その行動力は、以前にニューメキシコ州ドルセの地下にあったレティクル座ゼータ星の住人の基地を、デルタフォースがいきなり大挙して襲撃してきた、ダルシーの戦いを彷彿とさせますわ」

 持っていたレーザー銃みたいな掃除用具を手に、金魚鉢の中で微妙に遠い目をする管理人さん。


「そんな感じで段々と行動がエスカレートしていって、最終的には無機物まで排斥の対象にするようになりましたからねえ。実際、うちにあったメリーさん――いや、人形にまで『なんか気に食わない』とイチャモンつけて、引っ越しのドタバタの間にいつの間にか粗大ゴミに出したりと、やりたい放題だったんですよぉ。大学に入って、やっと自由になれたかと思ったら、わざわざ同じ大学へ入学しやがって……その上、まさか同じアパートの真上の部屋とか。ストーカーかアイツは!? つーか、俺の部屋の真上って知ったら、アイツのことだから床を引っぺがした上で、天井に穴を開けて直行通路を速攻で作りますよ!」


 ほとんど確信をもって俺がそう直訴するも、

「まっさか~ぁ! いくらなんでもそんな非常識なことはないですよ、挨拶された時も普通の良識あるお嬢さんでしたし、それにうちのアパートはこう見えてもしっかりとした現地企業――いずれも有名な会社にリフォームを頼んでいますから、素人に穴を開けられるほどヤワではないですよ」

 だが、従妹アレの外向けの顔に騙された管理人さんには、イマイチ実感も危機感も湧かないようである。


 あと、ちなみに管理人さんが列挙した有名企業というのは――。

「設計が姉○建築。あと免震構造になっていまして、免震装置が東○ゴム製、免震ダンパーがK○Bで施工、あと土台の杭打ちは旭○成建材、鉄筋は神○製鋼。あ、仲介はアパ○ンショップで、ローンはス○ガ銀行で組んでいるそうですね」

 という。ある意味、悪夢の欲張りセットだった。


「内訳聞いたら、いまさらこのアパートに、もの凄い不安を抱えるようになってきたんですけど!?」

 なんだ、そのどこが真っ先に問題起こすか、エゲレス人なら賭けの対象にしそうな、チキンレース状態の物件は!?!

 と絶叫したところへ、不意にメリーさんからのメールが届いた。


>メリーさん@毒毒毒で毒が裏返って案外、超まともな代物が出来上がったかも知れないの。


「――さらりと会話に混ざるなっ! つーか、お前、前は否定したけど、やっぱりどっかで会話を盗聴しているだろう!?」


 そうスマホにツッコミを入れると、

>メリーさん@「都合の悪いことは忘れよ」って砂の超人が言ってたの……。

 即座にレスポンスが返ってきた。


 そんな俺の不安を払拭すべく、管理人さんは口元にあえかな微笑みを浮かべ、慈母が迷える子羊に諭すように……噛んで含めるように信頼の言葉を重ねる。

「大丈夫ですよ。絶対に問題ないって、管理会社であるレ○パレスの担当さんも太鼓判を捺していましたし」

「さらりとさり気なく、さらに不安を煽るのはやめろ!」

 なおさら怖いわ!


「それはともかく、野村さんの事情は、そこまで詳しくは聞いていませんでしたけれど、学生さんと従妹で、なおかつ義妹さんということでしたら、上下階になっても問題はなさそうですね。――あ、でもアパート内での生物学的な生殖行為、遺伝子継承をした複成体の作成は、ルールで規制されていますのでご遠慮願いますか?」

「どーいう意味だ!?」

「……んー……? 平たく言えば〝避妊してください”という意味です」

 一瞬、なにか検索したような間を置いてから言い直す管理人さん。

「そうじゃねええ!! つーか、ボケてるんですか、管理人さん!? そもそも俺はアレ――真李まいを異性と思ったことすらないですよ!」

 義妹の名を出して反論する。

 つーか、アレはある意味俺の天敵である。

 漫画やラノベでよくある「お兄ちゃん大好き妹(なお美少女)」という、実在しない「兄貴、さっさと死ねよ」と、ゴミを見る目で罵られるのが関の山だ! と実の妹を持った友人たちが口を揃えて断言した、その幻の存在が実際にいた日には、ウザいというよりある意味恐怖を覚えるのだが、なぜか世間では理解してくれないんだよなぁ……。


「お兄ちゃんと慕ってくれる義理の妹! おまけに美少女! 結婚してもOKの立場で、なにをふざけたことを口に出しているか!!」

 と、相談した男の友人たちはことごとく、しっ○マスクへ変貌しやがったし。女の友人は生温かく距離を置いて見守るだけだし。

 だが、冗談じゃねえぞ! 真李アレとねんごろになるとか、ドラ○もんに見捨てられてジャ○子と結婚する将来像が確定したの○太みたいなもんだ。

 そのルートは破滅……ギャルゲーだったらバッドエンド確定だろう。


「……引っ越そうかな……」

 真李ヤツが来る前に、三十六計逃げるに如かずというのも、ひとつの賢い選択だ。


「ええええええええええええええっ!! な、なんでですか!? せっかく学生さんが一年近く入居してくれたおかげで、幽霊アパートとかいう風聞も徐々に薄れてきたのに!!」


 俺の割と真剣な呟きに、管理人さんが手に持っていた掃除用具を落として狼狽する。

 落とした瞬間、掃除機らしいホースの先端から、ジグザグに光る光線みたいなものが飛び出した気がした。

 直後に遠くからもの凄い音がして、続いて背中の方から熱い風が吹いてきた。

 今日は予想外に気温が暑いようだ。コートはいらないかも知れないな。

 そう思いながら、とりあえず今後の進退を考えるために、まだ呆然としている管理人さんに挨拶をして、自分の部屋へ戻った。


「う~む……」

〝お帰りなさーい。――どうしたの変な顔して?”

 もはやすっかり俺の生活に馴染んだ幻覚女が、いつものように出迎えた姿勢で、俺の様子を見て小首を傾げる。

「――悪魔が、義妹という名の悪魔が間もなく襲来するんだっ!」

 この際、目の前の幻覚をイマジネーションフレンドと仮定して、俺はそう悩みを打ち明ける。


〝義妹さん? まあ確かに兄弟姉妹って面倒なことも多いけど……”

 俺から受け取ったコートをハンガーに掛けながら、ごく一般的な意見を口にする幻覚女(まあ、実際にやっているのは俺自身なんだろうけど)。


「アレはそんな一般的で可愛らしいものじゃない」

 テーブルに座ってエアコンをかけながら、俺は『(ヾノ・∀・`)ナイナイ』と、片手を振った。

「座右の銘が『引きません! 媚びへつらいません! 反省しません!』だからなあ」

 どこの世紀末に生きる帝王だって感じだ。


〝なんかメリーさんみたいね~”

 テーブルの対面に座りながら、幻覚が正直な感想を口にする。

「あー、それゆえの同族嫌悪なのか、真李まいはメリーさんを目の敵にしてて、最終的に粗大ゴミに捨てた犯人だからなぁ……」

〝え˝!? じゃあ、本来メリーさんに狙われる相手って、義妹さんの方なんじゃないの?!”

「そこが真李ヤツの狡猾なところで、わざと引っ越しのドタバタの最中に、メリーさん(人形)の隣にゴミ袋を置いて、『お兄ちゃん、このゴミ捨ててくるね!』というもんだったから」

〝気楽に「おー、頼む」って答えたら、ゴミと一緒にメリーさんが捨てられていて、後から文句を言っても、言質を取られた形になった……とか?”


 さすがは俺の自問自答。口にしなくても答えを導き出してくれる。


「そういうことだ」

 頷いたところへ、そのメリーさんから電話が入った。

 スマホを取り出してみると、アンテナが一本しか立っていない。

 この状態は前にも覚えがあるな……と、思いながら電話に出てみると、微妙に通話状態の悪い声で、

『あたしメリーさん。ノーデンスが居なくなって以来、空白だった世界の神にゼウスが就任したんだけど、なんかいきなり大暴れして、稲妻は落とすわ、竜巻は巻き起こるわ、火の玉は落ちてくるわで、てんやわんや。それでメリーさんが神界に連れてこられたの……』

 そう投げやりに現状を説明した。

 ちなみにこれだけノーデンスの後任がもめた理由は、メリーさん曰く『アル○ラーン戦記より長くなるので割愛するの』とのこと。


「やはり神界か。つーか、なんでお前が事態の収束のために呼ばれたんだ?」

 明らかにミスキャストだろう。


『メリーさんもこんなオヤジに興味がなかったので、迎えに来た天使にも「メリーさん、アリの巣に溶けたアルミを注いでいる途中なので忙しいの」といって断ったんだけど、「いや、本当に世界の危機なんです! ゼウス様の怒りは天の怒り。我らではどうしようもありません!」「ギ○ガメッシュでも全裸で逃げ出すレベルなんです」「これを収めさせるには、〝金髪幼女捧げるしかない”という神託が得られたので、貴女に賭けることにしたのです!」とかの、ふざけたことを言っていたので、「なら、次は法廷で会いましょう……なの」と答えておいたんだけど、天使がラッパ吹いたら、ウジャウジャ天使の仲間が湧いてきて、あっという間に抱えられて天界まで連れてこられたの……』

 果てしなく不本意そうなメリーさんのふくれっ面が想像できる声がこぼす。

『おまけにお姫様抱っこならともかく、オーク担ぎで運ばれるとか屈辱なの……!』


「他力本願というか、天使が運を天に任せるような真似をしてもいいのか、おい?」

『天使なんて所詮は神のパシリなの。森永○ョコボールの金・銀のエンゼルのほうが、よほどありがたいの……』

「あー、あれって本当に出るのか? 俺、いまだに銀のエンゼルすら見たことないんだけど」

 都市伝説ではなかろうか?

『あたしメリーさん。それはともかく拉致監禁なので、責任者を呼ぶの……!』


 後半は周りにいる天使に向かって言い放った台詞らしい。それに答えて、

『ですから、その責任者ゼウス様が荒れ狂っていて話にならないので、何とかして欲しいんですよ』

『貴女、金髪幼女でなおかつ限定的とはいえ女神でしょう?』

『お菓子あげるから、その情熱をゼウス様に向けてみる気はないのかい?』

 中性的な声がメリーさんを宥める。


『ク○パに攫われたピ○チ姫を助ける感じで、気軽に召喚されても迷惑なの! つーか、理由なんて直接聞けばいいの! お前らの首から上に付いているのは頭ではなくて、帽子の台なの!?』

 メリーさんの辛辣な言葉に、あちらもほとほと困った口調で対応する。

『勿論、聞きましたよ。ですが、それを尋ねた最強の天使ゼルエル様ですら、黒焦げになって昇天なされたほどで取り付く島もありませんし……』

 すでに万策尽きた後だったらしい。

『せめてどんな話をしたのか、イタコに呼び出してもらって事情聴取するの……!』

 だが、メリーさんも譲らない。


 どーでもいいけど、ある意味便利だな異世界。殺人があっても死者を呼び出して事情を聞けるんだから。


『メリーさん、いまそれどころではないの! メリーさんの恋人に悪魔の手が伸びているの! てゆーか、アイツはマジで人間じゃないの!! メリーさん、従妹の義妹を名乗るあいつが、背中から蝙蝠みたいな翼を生やして、彼のいる二階まで毎朝入ってきた現場を目撃したこともあるの! 絶対になんかのモノノケなの! お前の血は何色だああああ!! って感じなの……』

「――ん、腿の毛がどうしたって? ムダ毛処理の話はしてないんだが……」


 スマホのバッテリーが残り5%を表示されたので、コンセント探していたために直前の会話がよく聞き取れなかった俺が聞き返す。

 どーでもいいけど、このスマホ。充電が100%になると爆発する危険があるので、なかなか目が離せなかったりする。


『あたしメリーさん。なんでこんな大事な時に聞き間違いをするの!? 鈍感属性は加減を間違えると、「目と耳と脳が大丈夫か?」キャラになって方向性を見失うのよ……!』


 途端、なにか理不尽な糾弾を受けた。

「どーいう意味だ!? つーか、いまさらだけどなんでゼウス関係の事案に天使が出張るんだ? 別な神話体系だろう?」

 キューピットならともかく、ギリシャ神話に天使は出てこなかったはずだけど。


『あたしメリーさん。ギリシャとかあの辺はとっくに切支丹きりしたんに支配されているの。ギリシャ神話の神とか、とっくにオワコンなの。ガ○ャピンの人気は不変だというのに……』

「あー、その辺がネックなんじゃね? 異世界とはいえ久々に主神に返り咲いたので、最初から飛ばしまくっているとか」

『それはあるかも知れないの。メリーさんも新しい包丁を買ったら、無性に誰かを切りたくなるし……』

「その〝新しいバット買ったので何かを殴りたくなった”という町内の餓鬼大将みたいな発想は捨てろ!」


『あのぉ、そろそろゼウス様の怒りをなんとかしないと、地上の人間の半数がすでに滅亡しているのですが……』

 そこへ天使からの要請と追加情報が入る。


「――おい、さすがに放置しておいたらマズいだろう。この分だと、お前の仲間のオリーヴやローラたちもトバッチリで被害に遭っているかも知れないし」

『それなら大丈夫なの。神界ここに拉致される時に、「他の連中も一蓮托生――じゃなくて、一緒じゃないとメリーさん本気をだせないの……!」と宣言したので、全員、近くにあった縦一・八m×幅六十cm×奥行き五十cmくらいの衣装タンスに詰め込まれて、一緒に運ばれてきたの……』

 ほぼスチールロッカーと同サイズの箱だな。

「……全員?」

『ガメリン以外の、オリーヴ、ローラ、エマ、スズカ、ジリオラ、イニャスの全員なの……!』

「そのサイズの箱に詰められた段階で死んでるんじゃないのか……?」

『大丈夫なの!』

 と言って、子供が無邪気に平手で段ボールをバンバンと叩き付けるようにして、何かを叩く音がした。

 続いて、『うう~~……』『死……』『ああ、光を』瀕死のキリギリスのようなうめき声が聞こえてくる。

『世界記録ではインドで反乱が起きた時に、支配していたエゲレス人を、五・五m四方の部屋に、百四十六人詰め込んだ事例があるの……!』

「人間って意外と詰め込まれるものなんだな……」

『もっとも、最終的に生きてたのは二十三人だけど……』

「出せ! すぐに解放しろっ!!」


 そんな話をしている間にも、ゼウスの怒りは最高潮に達したらしい。

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! なんだこの世界は!? タバコを買うときに〝未成年ではありません”ボタン押させられたぞ! わしのどこをどう見れば未成年じゃ!』

『おまけに、本屋では男の娘本が同性愛カテゴリの棚に置いてあるなど、なんたる侮辱! なんたる不勉強っ!!』

 ボルテージを上げたゼウスの叫びが轟く。


『…………』

「…………」

 思わずあっちとこっちで黙り込むメリーさんと俺。

『あたしメリーさん。くだらない理由なの。というか、世の中には、ヒロインより男主人公の方が遥かに憂鬱だったり、友達が少ないとか言いながら、いや、めっちゃおるやんけ、しかも女友達ばっか! とツッコミたくなる作品があるけど、これも「ゼウスの怒り」じゃなくて「単なるクレーマー老人の八つ当たり」なの。まあ世の中には絶体絶命で、次の一撃が生死を分けるという場面で次週へ持ち越して、次回予告で「城○内死す」って、タイトルでネタバレをした作品もあるけど……』


 いや、アレは結果的に死ななかったからネタバラシじゃないし、横○光輝作品のように、サブタイで「○○の最期」と書かれて実行されるよりはマシだろう。

 とはいえ、今回は珍しく俺も全面的にメリーさんの意見に同意するのだった。


「ま、この手のクレーマーは適当に『まあまあ』と話しを合わせて、受け流すのが定石だけど、このままだと異世界が滅びるのが先になりそうだな」

『メリーさん、ゼウスの怒りなんてどーでもいいけど、金のエンゼルが出ないうちに地上が壊滅するのは困るの。それに、さっさと元の世界に帰らないと、あの女悪魔が襲来して、あなたとメリーさんとで同時に童貞と処女を喪失するという約束が果たせられなくなりそうだからさっさと片づけるの……!』

 言っとくがそんな童貞の誓いみたいなのはしてないぞ。


「いや、一応は相手は主神だろう? そんな簡単に倒せるのか???」

『神だろうがマジ○カイザーだろうが、メリーさんのあふれる知性で返り討ちなの! ということで、《ノーデンスのトンカチハンマー》!!』

 メリーさんがノーデンスから強奪した邪神器を構えた。

神界ここなら思いっきり力がふるえるの! 食らえっ、ゼウスの怒りを越える、チョ○ボの怒り!!!』


 ポン! と間抜けな音がして、メリーさんが叩いた神界の床に魔法陣が現れ、そこから巨大な鳥……のようなものが召喚されたらしい。

 すりガラスをひっかいたような不快な啼き声が聞こえたかと思うと、

『うわ~~~っ、シャンタク鳥の親玉クームヤーガだ!!』

『なぜこの場所に外なる神の眷属が!?』

『ああああっ! ゼウス様が捕まえられて、どこかへ――』

 羽ばたきの音とともに、あっさりと無効化されたらしいゼウスはその鳥に捕まえられて、どこかへ運び込まれていったらしい。


『あたしメリーさん。さすがはチョ○ボなの。あっという間に問題を解決したの……』

 なんだその、課金アイテムで一発逆転みたいな解決法は!?

 呆れる俺がツッコむより前に、

『いや、あれクームヤーガだ!』

『行先は間違いなくアザトースのところだろう。地球の神々では相手にもならない相手だし、もう終わりだ』

『また神々が不在になったのか!?』

 良いことしたという口調で、一仕事終えた感を滲ませるメリーさんに向かって天使たちが一斉にツッコんだのだった。

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