第43話 あたしメリーさん。いま変質者につきまとわれて大迷惑なの……。
〝紅白って年々ショボくなってない?”
炬燵でミカンを食べながら、半透明――というか、最近は結構くっきり見えるようになった(なってしまった……)幻覚・ずぶ濡れ女が、ダラダラと点けっぱなしのテレビを眺めながら、年の瀬になると必ず誰かが口に出す陳腐な文句を言い放った。
(知らん。紅白とかオヤジが観るものなので興味がない)
と思ったが、ウカウカと返事をすると、いもしないイマジネーションフレンドとしかわかり合えない可哀想な自分を認めてしまいそうになるので、あえて気付かないふりをして、半分以上空になったミカンの籠を確認してひとりごちる。
「……最近はミカンと煎餅の消耗が激しいな」
どちらも田舎から送られてきたものとはいえ、ここんとこ消耗が激しすぎるな……。
気が付けば幻覚が食べているような気がするけど、おおかた俺が無意識に口にしているのだろう。ヤバいな。間食は気を付けないと、メタボ体型待ったなしだ。
〝いや~、普通はこの部屋の住人って、一月ももたないで逃げるかおかしくなるかなんだけど、アナタとは半年以上一緒にいたせいなのか、妙に波長が合うようになって、結構くっきりと実体化できるようになったのよねぇ。一種のお供え物みたいな感じかしら?”
ミカンの皮をゴミ箱に片しながら、悪びれることなくふざけた妄言を口にする妄想。
とりあえず電気代が勿体ないので点けっぱなしのテレビを消すと、不満げに頬を膨らませた幻覚だが、
〝――あ、そーだ。残り湯でお風呂入ってくるから覗かないでよ~”
そこでふと意味ありげに着ているワンピースを脱ぐような仕草から、
〝うっふ~ん♪”
あんまし色気のないシナを作って風呂場にと入って行った。……あんまり本腰を入れて仕事してないな、俺の煩悩。
ほどなく衣擦れの音と、ピチャピチャとお湯が跳ねている音が聞こえてきた――うん。勝手にお湯はねするとか、風呂の故障かもしれないから、明日管理人さんに言っておこう。
それでも異常がなければ一度、俺の方の脳の精密検査を受けた方がいいかも知れんな。自分の妄想と会話をする情緒不安定……保険証も忘れないように持って行かないと。
荷造りしながらそう心にメモする俺。
二十分後――。
〝ちょっと! なんで覗きにこないのよ!!”
心外そうな剣幕でバスタオル一丁の幻覚が風呂場から顔を出した。
どーいうわけか幻覚の右手にマイナスドライバーが握られているんだが、万一覗いたらなにをするつもりだったんだ、このアマ!?
なんとなくむかっ腹が立った俺は無言のまま立ち上がって幻覚の手からドライバーをひったくり、あとついでに『結構くっきりと実体化できるようになった』という幻聴を実証すべく、幻覚のバスタオルに手をかけて一気に引っぺ返した。
すっぽーーーーーん!
寒天みたいな手触りのバスタオルが飛んで、空中で溶けて消えた。
同時に――
〝ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!?!”
と、素っ裸のまま部屋の中を右往左往していた幻覚だが、そのうち机の引き出しを開けて、ドラ〇もんみたいにその中に閉じこもって、内側からシクシク泣き出す声が響いてくるのだった……。
うむ。上から83-60-86㎝といったところか。先端がピンクなのはなにげにポイントが高いぞ。
そうツッコミを入れたくなったところへメリーさんから電話がかかってきた。
『あたしメリーさん。いま――』
「あ、俺なんだけど、いま田舎へ帰る支度をしてるんだ」
『……メリーさんの持ちネタを先に潰されるとは思わなかったわ。まあ師走だからしかたないわね……』
「おー、そうだな。一年なんてあっという間だなぁ。また来年もよろしく。俺も来年は大学二年だし……つーか、お前って成長するのか?」
『あたしメリーさん。世の中には「サザエさん時空」とか「コナン君ループ理論」とか「学園都市スケジュール」とかいうものがあるのを知っているかしら……? アナタが認識している時間と主観というものは、この世界では必ずしも一致しないのよ……?』
どうやら今後、時間的な問題で矛盾が生じても力業で押し通す気満々のようである。
「……まあいいけどな。そーいえば、新大陸には異世界へ行ける『ゲート』があるって伏線があったような気がするんだけど……」
それでこっちの世界に戻って来る予定とか前に言ってなかったか?
※作者注:書籍化にあたり作品を読み直したら、いまさら伏線を思い出したので泥縄で話題に出したわけではありません。決しておかしな邪推をされませんよう。呪います。
『? いま変な地の文が出なかったかしら? それはともかく、メリーさん「ゲート」となら新大陸のポニッシンバの町にあったのを見つけたけど、異世界は異世界でも行先はバイ〇トンウェルに通じるオー〇ロードどころか、人知を超えた妄想爆裂が必須な起動条件の二次元の世界に行ける限定の〝オタクロード”だったの……!』
「それはそれで一定の層に需要がありそうなゲートだな、おい……」
『お陰でポニッシンバの町には、「眼鏡」「ぼさぼさ髪(高い頻度でしっぽヘアー)」「ノーアイロンシャツ(裾を入れている)」「Gパン」「肩掛けバックかリュック」の二次元へ旅立ちたいオタクが闊歩していてむさ苦しいの……! まるでオタクばかり世界中から集まって開催されるオタクの祭典の会場みたいなの!!』
「う~む、気のせいか現実世界にも年に二回ほど、同じく日本中のオタクを濃縮したような祭典が開催されているような……」
まあ俺は行ったことはないが、想像するにヤマザキあたりの同類が佃煮にするくらいいるようなもんだろう、無茶苦茶濃そうな町だなポニッシンバ。
『メリーさん声を大にして言いたいの! お前ら「チェックのシャツやバンダナや指なしグローブを嵌めてないから、まだまし」とか言うな、なの! アイツら五月蠅いし鬱陶しいし、全身からオタクオーラ放ちまくりで、明かに異質なの……! いっそ核爆弾でまとめて吹っ飛ばした方が世のため人のためのような気がするの……!!』
迫りくる王〇の大群を前に、巨〇兵にプロトンビームを放つよう命ずるク〇ャナのように、迫りくる男津波を前にして「薙ぎ払え!」というメリーさんの姿が容易に想像できた(だが、男津波は途切れることなく、やがては無惨に飲み込まれる幼女……)。
まあ、ともかく……。
「あー、オタクって『俺は他とは違う』って言って判を押したように一般人のフリをするからなぁ……」
『あたしメリーさん。その通りなの! 「俺は高校時代、帰宅部じゃなくて運動部だったからオタクじゃないぞ」とか自慢する連中の八割は剣道部出身だし! オ〇コン調査では、剣道部と卓球部と自衛隊はオタクの隠れ蓑なの……!』
「……悪かったな」
高校時代、一時期顧問に無理やり剣道部に入部させられた時期があった俺。微妙に流れ弾を受けて、思わず憮然とそう受け答えした。
『なに腐ってやがるの……って、そーいえば、アナタもそうだったわね。つーか、二次元くらい、貞〇に頼めば幾らでも出入りできるの。行きたければモニターの中へ招待するよう、今度紹介するけど……?』
「いらんわ!」
エロゲー世界ならともかく、まかり間違ってFPSとかTPSとかのガンシューティングゲームに放り込まれた地獄じゃねえか!
『あたしメリーさん。エロゲ―にも「沙那〇唄」とか「腐〇姫」とか「終〇空」とかある件……』
「お前、バケモノとか世界の破滅とか好きだな!!」
この際、幼女がなんでエロゲーの中身を知っているんだ!? との突っ込むのは無駄なのでスルーする。
『じゃあ歴史物とかどーかしら。戦国シュミレーションゲームとかだったら、展開が予想付くから楽じゃない。逆転転生みたいなノリで……?』
「〝シュミレーション”じゃなくて〝シミュレーション”な」
『気のせいか検索すると「シュミレーション」で普通に出てくるような気もするけど……それはともかく、モグ〇ンに頼んで歴史の人物に会ってくるのはどうかしら? とりあえず、松永久秀と宇喜多直家と毛利元就と挙国一致して天下統一とかスリリングじゃないかしら……?』
「裏切りと暗殺と謀略まったなしの顔ぶれじゃねえかっ!」
ホラー作品よりもある意味怖すぎるわ! 絶対に全員が自分の利益を最優先して、味方の足を引っ張り合う展開になるよな!?
『ということで、元の世界に完全に戻れる道はまだ見つかっていないの。でもメリーさんは諦めないの。てゆーか、メリーさんが思うに現代日本は金の輸出量がありえない多さなの。どこからか金が湧いてくるの。これはマジで異世界から金を持ち込んでいる奴がいるに違いないの……!』
「金って正式なルートがないとそうそう売りさばけるものじゃないぞ」
確か刻印がないと本物と見なされないんだよなぁ。
『そこは蛇の道は蛇なの。もしくは異世界にしかいない未知の生物を売っぱらっているとか……』
「離れた生態系での生物の移動はリスキーなんだよなー」
異世界から謎の病原菌とかもちこんで
そう考えると、なにがなんでもメリーさんを異世界からこっちの世界に戻しちゃマズいと改めて思い直すのだった。
「つーか、やたら今回はオタクをDisってるけど、なんかあったのか?」
ふと思い立って聞いてみた。
『あたしメリーさん。冒険者ギルドに行ったら変な《勇者》チームとパーティを組んで、今度バケモノ退治に行くように強要されていて憂鬱なの……』
「変な勇者……?」
お前以上に変な勇者とかいるのか? というツッコミが浮かんだ。
『そう、あれは今日の昼間……』
遠い目で語り始めるメリーさん。
【ということで、三人称視点】
凶悪なる
「ぐははははははっ。勇者などと吹聴していても所詮は脆弱な人間だな! 見ろ、お前の装備も仲間たちもボロボロではないか!」
嘲る
ちなみに最近の研究ではオリハルコンというのは真鍮のことだと判明しているので、実は防御力はさほど高くはなかったりする。
「「「「くっ……」」」」
これまでか!? 勇者の仲間たちが絶望に唇を噛んだ―ーそれを観念のあらわれだと見て取った
「諦めたようだな。我に歯向かう愚かしさを骨の髄まで刻んで地獄へ落ちるがよい!」
声高らかに宣言をしてとどめの一撃を放とうとした。
その瞬間――。
「確かに……仲間は倒れ、装備は失われた。だが、まだ俺の命と体と闘志は衰えちゃいないぜ!!」
そう猛る勇者がボロボロになった装備を自ら外した。
「――がはははははっ。虚勢を張りおって! いまさらなにを……着ているものを脱ぐなど……いや、なんでパンツまで脱ぐんだ……?」
いそいそと装備はもとより下着一枚に至るまで脱ぎ捨てて全裸になる『勇者マッスル』。
「もはや鎧など不要! 俺はこの体ひとつで貴様を倒す!」
心なしか最前より生き生きと水を得た魚のように、全裸で
「ぐおおおぅ……間に合わなかったか……」
「ついに奴が全裸になってしまったか……」
「こうなる前に勝負をつけてしまいたかったのじゃが……」
絶望に染まる仲間たち。
「――へ?」
唖然とする
「食らえっ、秘技・竜巻三段脚ーっ!!」
唸りを上げて勇者の左右の脚技プラス三本目のナニカが
「ぎゃああああああああああああああああああっ!!!」
これまで経験したこともない痛み+生理的嫌悪に、
「トドメだ! 食らえっ、唸れ筋肉! 燃えろ俺のバトス! 必殺・聖マッスルシャインスパークっ!!」
さらには股間で
こうしてひとつの悪が滅びたのだった……。
◇
だが、勇者マッスルはいまの現状に不満だった。
「これで今月は七件目か。実績を考えたら、もっとメディアに露出するべきだと思うんだよね」
【勇者マッスル、サルサル村を脅かす
夕刊の片隅に載っている三行記事を前に不満を漏らす勇者マッスル。
ちなみに隣には、『冬休み子供相談室』と題して、
――どうして毎年ぼくの父親がコロコロ変わるんでしょうか?
――離婚に際して、ぼくの親権は父と母どちらに託すべきですか?
――うちの兄弟は父親と自分のDNAが一致しません。なぜでしょうか?
――Y〇uTuberや漫画家は儲かりますか?
といった答え辛い質問が列挙されていた。
ちなみに回答者も自棄になっているのか、『ここで聞くよりG〇ogleで調べた方が早いです』と答えを丸投げしていていたが。
「三面とはいかなくても、せめて写真くらいはのっけるべきだろう!?」
興奮するマッスルに向かって、騎士がため息をつきながら答える。
「お前を露出させると倫理的にアウトだからメディアが自主規制してるんだよ」
「あと、パーティに色気がない! 普通なら女の子がひとりくらいはいるだろう!?」
「むしろ喜んで近づいてくる女がいたら引くぞ、俺は」
筋トレしながら僧兵が辟易しつつ嘆息する。
「街に出ても、女の子がキャーキャー言って群がってこないし!」
「悲鳴は上げるのォ。あと、娘っ子の代わりに武器を構えた官憲が群がってくるが……」
呪文書を読み解きながら魔術師がげんなりと合いの手を打つ。
「決めた! 次の仕事では女の子オンリーのパーティと組まないと、仕事をしないぞ!」
決然と宣言をする勇者マッスル(素っ裸)。
それを受けて、仲間たちもヤレヤレと顔を見合わせ、
「まあ、それで本人のヤル気が上がるなら仕方ない」
と、元妻帯者として一応の納得を示す騎士。
「ビッチは嫌じゃのォ。全員ピチピチの処女でなければ、拙僧はお断りじゃ!」
生臭坊主がこだわりを示し、
「くくくくくっ。娘っ子は年齢一桁に限るわい……」
歩く性犯罪者である魔術師がほくそ笑んだ。
こいつらの希望に沿うような冒険者パーティなんぞ、この世に存在するんだろうか? 大いに疑問に思う騎士であった。
【三人称視点終わり】
『ということで、なぜかメリーさんたちが冒険者ギルドから指名されたの……』
ものすごーく不本意そうなメリーさん。
きっとあれだな。毒には毒ということで、冒険者ギルドでもある意味即決したんだろう。
『商業ギルドからの緊急依頼だそうだから、これを断ったら冒険者免除停止とか脅されて、事態は断崖絶壁なの。もちろん脅しに屈するメリーさんじゃなかったから、堂々と胸を張って断ったんだけど……』
断崖絶壁の依頼に対して、断崖絶壁といえる胸を張って意気揚々と「だが断る!」とやったメリーさんの姿が容易に想像できた。
『でもこれを断ると交易船に乗れなくなって、新大陸から戻れないのが痛いの。だいたいの目的は達したし、そろそろ元の国に戻ってイニャスを王位につけて、メリーさん国を背後から支配する予定でいたのに……』
きっとジリオラあたりと悪だくみをしたんだろうな……。
『ちなみに依頼の内容は、角と
「変態と組むのが嫌だからってわがまま言うな。困っている連中がいるんだろう?」
『困ってるといっても長年その怪物に使役されて、いいようにこき使われているような連中だから、いまさらどーでもいいの。今回の事だって、連中からじゃなくて交易している商人からの依頼みたいだし……メリーさんが思うに、オッサンが考えてオッサンが描いてる萌え漫画をオッサンが見て喜んでる状態と同じよね』
「いや、意味が分からん」
『よーするに狭いコミュニティで円満に循環しているのに、ここで関係ないフェミ団体が「女性の尊厳を損なっている!」と文句を言って大問題にして禁止するようなものよ。実状を知らずに先入観だけで騒ぐからおかしくなるのと同じで、外部から善人面して余計なお世話をするのは当人たちにしてみれば、大きなお世話なの……!』
なにがなんでも変態と同類に扱われるのは嫌なのか、断固たる姿勢で拒否を示すメリーさん。
「そうかも知れないけど、そのあたりも含めて、実態を調査してみてもいいんじゃねーのか? 年末年始くらいは真っ当に働いたほうがいいぞ。ひょっとすると来年は良いことがあるかも知れないじゃないか?」
『あたしメリーさん。お母さんに預けたお年玉が返ってこないのと同じで、その手の綺麗ごとは信用しないことにしているの……』
梃子でも動きそうにないメリーさん。
そうこうしているうちに雪がぱらつくようにやってきた。ふむ、本格的に降り出す前に田舎へ帰らなければ……そう思いながら説得を続けるのだった。
なお、メリーさんのいる国にも雪が積もったそうで、事前に待合をしていた勇者マッスルは待ちぼうけを食らった挙句に風邪をこじらせ、肺炎になって入院したそうである。
そのため、代理のパーティ(男女混合)と協力してメリーさんたちは、亜人を使役していた
大々的に新聞の三面記事をぶち抜きで飾ったメリーさんたちの写真を前に、病室の勇者マッスルが絶叫をしてなおさら病状を重篤にしたとかなんとか……。
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