第42話 あたしメリーさん。いまサンタさんにお願いしているの……。

「つーことで、世間はクリスマスシーズン真っ盛りだけど、今年のトレンドは豚のキ(ピー音)タマ――ん? ダメ?? あー、トレンドは豚の睾丸よ。これを生で食べるのが個人的にハマってるの。なんかね、山にいるイノシシでも、海にいるオットセイでも、心臓と睾丸だけは刺身で食えるって話で、あと熊やライオンとかの野生動物も、獲物を睾丸から食うっていうから気を付けてね~」


 番組のモニターに中では、相変わらず性別不明な美人キャスター、宇藤うどう五郎八いろはさんが、町の明るい話題と題して意味不明の話題を某黒ネズミのテーマ曲をモチーフにした『真弓・真弓ホームラン♪』の曲をBGMに、どーでもいい口調でニュースを読み上げていた


 ……どうでもいいけど、人生で熊やライオンに襲われる局面を想定する必要性ってあるんだろうか?

 悶々としながらテレビを眺めていると、メリーさんから着信があった。


『あたしメリーさん。〝昨夜はお互いにお楽しみでしたね”なの……』

 開口一番の意味ありげな挨拶に、プラスチック製の洗面器とバスチェアがひっくり返る音がしたかと思うと、ユニットバスで幻覚女が愕然とした表情でひっくり返っている情景が目に飛び込んできた。


 まるで幻覚がコケたように見えるが、おおかた洗面器とバスチェアのバランスが悪くて自然とひっくり返っただけ……それに合わせて幻覚が見えているのだろう。

 原因を逆算すればそれ以外に考えられない。


〝あんた昨夜は妙に帰りが遅かったけど、まさかメリーさんと一線を越えたわけ!?!”

 濡れた女が暴走した初号機みたいに、風呂場から四つん這いで詰め寄ってくる。

 どうやらメリーさんの妄言が、深刻なダメージを俺の精神に与えているらしい。


「……人聞きの悪いことを口にするな。誤解を招くだろうが」

 ため息をつきながらメリーさんに言い聞かせるのだが、

『あたしメリーさん。人気のない暗い個室にふたりきりになった男と美幼女。当然、何も起きないはずがなく……。シャワーを浴びてダブルサイズのベッドに横になるや否や、一糸まとわぬ美幼女目掛けて、貴方ったら「メ~リ~ちゃ~ゃ~ん~っ!」と、ルパ○ダイブを決行した初めての夜……』

〝変態っ! ロリペド人形死体フェチのとんだド変態野郎だったのね!!!”


「……妄想を垂れ流すのもいい加減にしろ。こら!」

 相変わらず脳味噌にホテイアオイが群生している幼女メリーさんであった。

「つーか、無事に戻れたのか? 王家の財宝はどうなった?」

 それからふと気になって財宝の顛末を確認してみる。


『財宝? それなら全部FXと仮想通貨で溶かしたの……』

「ぶっ――」危うく飲んでいたホットココアを吹き出しそうになった。「一晩で国家予算の50倍の財宝を溶かしたのか!?」

 そう問い詰めると、メリーさんはそれはそれは不機嫌そうな口調で、

『財宝はイニャスが財宝のある扉にあった顔の口にある穴に腕輪のはまった腕を入れたら、無事に確保できたんだけれど――ちなみに偽物の腕輪とかだと、口が閉まる仕組みなの』

「『ローマの休日』に出てくる『真実の口』みたいなもんだな」

 実際に噛んでくるところはさすがは異世界ファンタジー。

『ちゃんと本物だと。「わ~い、真っ白だ。お母さんの手だ~っ!」と言って、中にいる子羊が扉を開けてくれるの……』

「ファンタジーというよりも童話の世界だな、をい――」

『そうしてメリーさんたちの目の前には金銀財宝。東京ドーム一杯の空間に、数えきれないほどの美術品や工芸品の山が所狭しと敷き詰められていたの……』


 この『東京ドーム一個分』という単位が、田舎者にはイマイチわかりづらいんだよなぁ……。

 そう思って調べてみたら、約4.7haヘクタールと出た。

 家庭菜園レベルやね。

 田舎の専業農家だったらその四倍、二十町歩くらいなきゃ、水田では食っていけないぞ!? 施設園芸ならどうにかなるかも知れないけど、田舎の感覚だと猫の額ほどの広さである。

 実はたいした広さじゃなかったんだな、東京ドーム……。


 とはいえ、メリーさんたちが全員でハイタッチして喜びを露わにしていた、だがその瞬間。


「「「「「全員、動くなっ!!!」」」」」


 どこからともなく現れた武装した黒服の集団。その名も――。


『マルサなの! 国税局の役人だったの! その場で虎テープを張られて、「遺失物法」の適用だとか、「文化財保護法」とか、国費の隠蔽だとかに引っかかる……とかなんとか言われて、ずらりと360度国家の犬に武器を向けられ、わけわかんないこと言われたの……!』


 憤懣やるかたない調子で憤るメリーさん。

 

「あー……そりゃまあ法治国家だったらそうなるだろうなぁ……」

 ネコババはできんわ。まして王家(ほぼ消滅)が国民の血税をしぼった結果の隠し財産だったらなぁ……。


『さすがのメリーさんも十重二十重に武器を向けられた状態では反撃の機会もなかったの……』

 まず武器を向けての話し合いか。ヨハネスブルクの強盗から、国家の戦争に至るまで万国共通の肉体言語という奴だ。本来はメリーさんの得意技だけに、出し抜かれた思いもひとしおなんだろう。

『で、連中に言われるままに……』


【当時の回想】


 特に念入りに百人がかりで銃を向けられるメリーさん。

「武器を捨てろ!」

「…………」

 悔し気に言われるまま包丁を床に捨てるメリーさん。

 一本、二本、三本、四本………十本…………二十四本………………五十五本…………

「何本あるんだ!?」

 で、全部の包丁を放出したところで、手近な椅子に座らせられる。

 メリーさん足が届かないので手と一緒にブーラブラ。

「手をあげろ!!」

 ひょい。 

「足もあげろ!」

 うんしょ。

「……ケツも浮かせろ」

「ほいっ」

 ふわふわ……。

「「「「「「すげえ!!」」」」」」

 洒落が洒落で通じないメリーさんに、冗談で命じたお役人連中が目を見張るのだった……。


【回想終わり】


『あたしメリーさん。そして気が付いたら「報労金」という名目で、雀の涙ほどの分け前しかもらえなかったの。あと、今回のことが新聞に載ったせいか、メリーさんの真似をして「幼女勇者」を名乗る便乗商法も流行り出したとかで、偽物と区別をつける意味でも、量産幼女とは違う「《元祖》幼女勇者」の称号とタスキを渡されたの……』

『不滅の勇者……じゃなくて、偉大な勇者の方ですね』

 スズカが何やらボソリと呟いた。

「つーか、そんなにいるのか幼女……?」

『なんでもこの国には主婦の副業でできる「人妻騎士団」っていうのがあるんだけど、連中が自分たちの娘を武装させて、ニワカ勇者に仕立て上げたらしいの……』

「主婦の副業の騎士団ってなんだよ!? 筒○康隆先生の『通いの軍隊』か!」

『似たようなものなの。ちなみに毎日赤福食べ放題で三日ぐらい前線で働かされる、凄いんだか凄くないんだかよくわからない待遇の騎士団なの……』


 微妙なところだな~。

 それで娘をデビューさせて脚光を浴びようとしているのか……?


『プロ幼女先輩として、「勇者になった動機ですか? 母親が勝手にオーディションに応募しちゃって…」なーんて、アザとらしくインタビューに答える量産型には負けないの……!』

「元祖としてプライドがあるのはわかるけど、アニメとかでは試作機がなぜか量産機より高性能だけど、現実には改良された後継機・量産機の方が高性能なんだよなー」

 そういえば昔、ド○グナーという作品があってだな……。


『あたしメリーさん。いちいち揚げ足を取らないと喋らないの、あなた……!』

「お前が言うな!」

〝似たようなもんじゃないお互いに……。”


 ボソリと幻覚が呟くが、違うぞ! メリーさんと俺とでは、ダウ○タウン派かウッ○ャンナ○チャン派っていうくらい、重視するポイントが違うぞ!!


『それでメリーさん、とりあえず残ったお金で商売を始めようと思うの……』

「素人のサイドビジネスは、退職金をつぎ込んだラーメン屋位約束された破滅への道だぞ?」


 そう言い含めるのだが、目の前で大金を取り逃がしたメリーさんは一獲千金への夢が諦められないようである。人妻騎士団の保護者たちを嘲笑えない金の亡者と化しているメリーさん。


「つーか、普通に暮らしていくには問題ないくらいの金は持ってるんだろう? 堅実に稼いだらどうだ?」

『あたしメリーさん。いまメリーさんの名前が新大陸でも売れているこの時期だからこそ、大々的に商売を始めないとチャンスを逃がすの! もの凄く萌えてエロい漫画家が、調子こいて童貞失った途端に劣化するのと同様に、何が原因で取り返しのつかないことになるかわからないの! だから乗るしかないの、このビックウエーブに……!!』

 説得力があるんだかないんだか、よくわからない熱意で語るメリーさん。

『ま、お金なんてスズカが木の葉を術で万札に変えれば済む話なんだけど……』

『通貨偽造は犯罪です!』

 断固とした口調で拒否するスズカに、メリーさんは舌打ちする。

『ということで、なにかいい商売ないかしら……?』

「気楽にホイホイと商売のネタが転がっていてたまるか! つーか、商売始めるにしてもまずは小規模の店舗を使って趣味的に始めてみたらどうだ?」


 せめて傷が広がらないように、まずは実際に商売をやらせて働くことの難しさを骨身に叩き込んだほうがいいだろう。


『あたしメリーさん。実際に働くのはオリーヴやローラ、エマ、スズカだから何でもいいの……』

『『『『げっ――!?!』』』』

 人任せにする気満々のメリーさんの返事に、名前が挙げられたオリーヴ、ローラ、エマ、スズカが揃ってうめき声を上げる。


「……だったら喫茶店系かなぁ。コーヒー豆とかは保存がきくので、飲食店では比較的ロスが少ないって聞くし。幸いローラとエマは普段からメイド服で、スズカに至っては天然のコスプレみたいなもんだし」

『いい考えなの! それにもうひとひねりして、ノーパンしゃぶしゃぶを復活させるの……!』

『『『『ぜったいに嫌|(です)よ!!』』』』

 口を揃えて断固として拒絶する四人娘。

 そりゃそうだ……。

『じゃあ可愛い小動物を愛でる喫茶店ならどうなの……?』

「ああ、猫喫茶とかフクロウ喫茶みたいなもんか……』


 霊狐であるスズカと折り合いがつくかどうか問題はあるけど、妥当なところだろう。


『あたしメリーさん。ヒラムシが互いにチンチン使って戦いをする「ちんちんフェンシング・カフェ」がいいと思うの……』

「どこに需要があるか、ンなもん!」

 名案とばかり提案するメリーさんを怒鳴りつける俺。


 ちなみに『ヒラムシ』というのは、オス同士がペ○スでフェンシングして、先に入れられた方がメスになって卵を産まねばならぬ驚異の生物である。


『受けると思うの。これからは巨女と獣交窃視症(動物や昆虫の交尾を観察して性的に興奮するフェティシズム)の時代だと、その道の権威である――そうpi○iv百科事典でも紹介されている――潮○潤先生も大絶賛と、謳い文句に書いて宣伝するの……!』

「勝手に他人の名前を使うな! あとネットの情報は鵜呑みにするなよなっ!」

『ラーメン屋の開店で有名人からの花輪を装って、勝手に名前を使うことなんてよくあるパターンなの。文句を言われたら、同姓同名の提灯屋やっている知り合いって突っぱねればいいわけだし。……だいたい、いちいち○里先生はこんなところまでチェックしてないの』


 確信犯(誤用だけど、最近の広○苑ではこっちも正解扱いされている)だよ、この餓鬼……。


「あー……メリーさん。つーか、あんまりなりふり構わず金にガツガツしていると、サンタクロースに嫌われるぞ?」

 とりあえず子供に道理をわからせるつもりになって、そう窘める俺。

 そう口にしてから、ひねくれまくったメリーさんに『サンタさん』は通じねーか、と思い直す。


『――おおおっ! そういえばサンタクロースの季節なの! サンタクロースを捕まえればプレゼントを山盛り独占できるの……!』

「……そうきたか」

 発想が斜め上だが、或いはコイツなら実際にサンタクロースを捕獲するかも知れない。

『あたしメリーさん。今日からクリスマス前までに屋根の上に罠を仕掛けて、サンタを捕まえる準備をするの……!』


 その気になったメリーさんが気炎を上げるのを聞きながら、俺は無言でスマホを切った。

 まあ、これでクリスマスまでは馬鹿な真似はしないだろう。

 そう思いながら……。



 そんなこんなで、クリスマスイブ当日の夜――。


『あたしメリーさん。いま屋根に仕掛けたトラばさみに。サンタクロースが引っかかったところなの……』

「――ぶっ!」

 ヤマザキのアパートにドロンパや樺音ハナコ先輩も集まって行われていたクリスマスパーティの最中、かかってきたメリーさんからの電話に俺は危うく飲んでいたシャンパン風飲料を吹き出しそうになった。


 と、メリーさんの隣にいるらしいローラが怪訝な口調で確認を取る。

『あのご主人様。なんだかあの老人の傍から獣臭がしませんか?』

『きっと近くにとんこつラーメン屋があるだけなの。でなければ、街中でケモノ臭いわけはないなの……』

『えーと、あのサンタクロース全身黒づくめなんですけど?』

 腰の引けた調子で声を震わせる、これはスズカ。

『夜に行動するなら赤より黒のほうが目立たないから合理的なの……!』

 きっぱり言い切るメリーさん。

『あのぉ……あの老人、手にでっかい斧を持っているんですがぁ……?!』

 絶対に不審者よね!? 夜中に人の家の屋根に斧持って立っている白髭の眼光鋭い老人とか! というエマの確信を込めた状況説明が続く。

『あたしメリーさん。メリーさんは夜中に屋根の上で包丁持っているからイーブンなの。あと、アメリカでは非常用のでかい斧や、果てはショットガンを「万能鍵マスターキー」といって普通に使っているから不自然じゃないの……!』

 だが、なおかつ意地でもサンタクロースと言い張るメリーさん。


『いやいや、あれ妖怪の類よ! つーか、知ってるわよ。あれドイツにいる〝クネヒトループレヒト”――通称「ブラックサンタ」じゃないの!』


 ガックンガックンとメリーさんの肩を掴んで振りながら、オリーヴが絶叫する。


『メリーさん、ゴ○゛ィバならともかくブラッ○サンダーはいらないの……』

『ブラッ○サンダーじゃなくて、ブラックサンタよ!』


 オリーヴの絶叫を聞きながら、俺はスマホから耳を離して、ダイニングでモ○ポリーをしている樺音ハナコ先輩に聞いてみた。


「先輩、ドイツの『ブラックサンタ』って知ってますか?」

「ブラックサンタ? あの悪い子の寝ているベッドに豚の臓物をぶちまけ、もっと悪い子は袋に詰めて連れ去って行くという、ドイツ版のなまはげみたいなアレのこと?」

「……なるほど」

 それがメリーさんがいる家の屋根に現れたか……。

 大いに納得する俺だった。


『ということで、さっさとプレゼント寄こすの! プレゼント寄こすかどうかは「今年の有馬記念の結果次第」とか、「今年はちくわだけ」とか舐めた答えはいらないの! てやーっ!!』

 メリーさんの気合の声に続いて、さらには謎の老人の重低音の歌.

『♪ウィー・ウィッシュ・ユー・ア・メリー・クリスマス♪』 

『――って、ぎゃあああああああああっ、豚の臓物投げてきた~っ!』

『♪ウィー・ウィッシュ・ユー・ア・メリー・クリスマス♪

『ひゃあああっ、豚の腸を鞭みたいに――』

 さらにはオリーヴやエマの阿鼻叫喚の叫びが聞こえてきた。

『♪ウィー・ウィッシュ・ユー・ア・メリー・クリスマス♪』

『ほぎゃ――っ!?!』

『♪ウィー・ウィッシュ・ユー・ア・メリー・クリスマス♪ ♬エンダ・ハッピー・ニュー・イヤー♫』

『ああっ、スズカさんが豚の三枚肉バラの塊を浴びて屋根から転落を……!』

 スズカが屋根から滑り落ちる音と一緒にローラの悲鳴が聞こえてくる。


『むう、スズカ……(豚の)脂肪﹅﹅、確認なの……』

 王○人、死亡確認はやめーや、メリーさん。

 そう思いながら、あっちはあっちでお祭り騒ぎのメリーさんたちを思いながらスマホを切った。


 メリーさんとクリスマス。

 夜はまだ始まったばかりである……。

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