第39話 あたしメリーさん。いまパンドラの箱が開けられたの……。

《第三者視点》


 ここは新大陸にあるリヴァーバンクス王国の移民国家『サウスユーピテル公国』。

 もともとはキュウリキューカンバーを崇める温和な原住民である〈風の民〉が暮らす平和な土地であったが、いつの頃から変な方言を喋る〈虎の民〉が住み着くようになり、

「なにいってだこいつ」

「なんでや! 阪神関係ないやろ!」

「いかんのか?」

「サンキュー、ニキーwww」

「熱い手のひら返し」

 といった具合に温厚な先住民を微妙にイラつかせ、いつしか〈風の民〉を追いやってその土地に住み着くようになった。

 当然、一部の〈風の民〉は反発したものの、厚顔無恥かつ圧倒的な勢力を誇る〈虎の民〉は、あっという間に新大陸に集落コロニーを形成し、

「なお、まにあわんもよう」

 なし崩しに国家が樹立され、リヴァーバンクス王国の公爵であったアルベルト・ピカ・ユーピテル公爵が統治者とされ、大多数の土地を〈虎の民〉が占有し、先住民である〈風の民〉は二度に渡る民族大移動を施行され、辺境の土地へと追いやられるようになったのである。


 だがここにきて、遠く海を隔てた(といっても帆船で一週間ほどの距離であるが)母国であるリヴァーバンクス王国の混乱が熾烈を極め、いずれの勢力にも属さない新参の入植者や難民が続々と新大陸へなだれ込んできて、「お客さん」、「兄豚」と差別する排他的な〈虎の民〉との間に、新たな軋轢あつれきが生じるようになっていた。


 そんな混然としたサウスユーピテル公国の一角――〈風の民〉でも〈虎の民〉でもない〈第三の民〉が主に暮らす――にある三百人ほどの小さな町で、いましめやかにひとりの少年の葬儀が行われようとしていた。


「……可哀想に。まだ15歳だというのに」

「まぐれでサヨナラホームラン撃ったからって、〈虎の民〉と一緒にリボントウド川に飛び込むなんて……」

「だから学校で野球を教えるのはあれほどやめとけって……」

「一緒に飛び込んだ〈虎の民〉は?」

「あいつらは平気なんだよ。だからって一緒にやるなんて――」

「熱い死体蹴り」

「おい、イソノーっ野球やろうぜ!」

「おいおいおい、死んだわアイツ」


 やがて棺桶に入れられた少年に参列者が最期の別れを行って、町の共同墓地へ埋める準備が整えられた。

 と――。

 最後に残った少年の家族が、各々別れの言葉と共に遺体と一緒に埋める少年の思い出の品物を棺桶に入れたところで参列者のひとりが、棺桶の傍らに置いてあった一抱え程もある木箱に怪訝な視線を向けるのだった。


「――その箱はなんですか?」

 その疑問を代表して尋ねたのは葬儀を執り行った町の神官である。


「あ、はい。うちの息子が生前鍵を掛けて大事にしていたもので、『もしも何かあったら中を見ないで、俺と一緒に葬ってくれ』と言っていたものです」

 少年の父親が律義にそう答える。


「――ふむ。中身を確認しないというのも問題ですね。万が一呪物や環境に悪いものが入っていた場合、後々問題になるかも知れませんからね」

 神官の懸念に父親ももっともだ、という具合に頷いて、

「では、中身を確認します。大した鍵でもないので箱ごと壊してもいいでしょう。中身もモノによっては埋めるのではなく、形見分けで今日来てくれた息子の友人たちに分配したほうがいいかも知れませんからね」

 そう提案して、故人の遺志を頓着せずに、早速とばかり墓穴を掘るのに使い、そのまま傍らに置いてあったツルハシを掴むと、父親は棺桶の脇に置いてあった箱の鍵目掛け、勢いよく振り下ろすのだった。


 まさかこれが小さな町全体を覆う悲劇の発端になるとは、この時誰も想像すらせず。

 だがこの日、人類は思い出すのだった……。


《三人称視点・終わり》


 樺音ハナコ先輩がソーシャルSネットワーキングNサービスSを始めたらしい。

「――ああ、あの青い鳥のヤツですか?」

「そう。あの青い鳥が呟く奴よ」

「へー……(どうせ魔術がどーの、超常現象がどーの、超能力がどうしたとかいう胡散臭い内容だろうなぁ……)」

「ところがこれがなかなかフォロワーが増えなくてねェ……。基本的に旅行に行ったり、グルメを満喫したり、可愛い動物の写真をアップしたものなんだけど、まだフォロワーが二ケタの半ばくらいなのよ」


 と思ったら意外とまともな内容だった。

 中身はともかく、外側はボッキュンボンの美人JD(さすがにプライバシーに配慮して、顔出しNGと家族に止められたらしい。賢明な判断である)が、赤裸々に日常を呟くSNSなんだから、もうちょっとフォロワーが増えてもいいような気もするが、まあ有名人でもない素人が始めたばかりのものならそんなもんだろう。


「でも、聞いた話ではあの﹅﹅ヤマザキの奴がアップしているのは、普通に四万とか五万とかフォロワーがいるって話なのよ! なんか釈然としないわ。アニメだかマンガだかのイラストを描いたり、オタク臭い話題を振ってるだけなのに!」


 しっかりチェックしていたらしい。ヤマザキの呟くSNSをスマホで検索して、水戸黄門の印籠のように掲げて見せる樺音ハナコ先輩。

 俺でも知っているいま話題のアニメに出てくるヒロインをモデルに、季節柄かハロウィンの格好で『トリック・オア・トリート♪』と言っているイラストが目に飛び込んできた。

 素人目に見ても達者な技術と独自のセンスが窺える美麗なイラストであり、出どころがヤマザキあいつの妄想の産物だと知らなければ、素直に萌えるところだろう。

 まあ作品と中の人は別物とわかっちゃいるけど、やはり釈然としないよな。実際、すごく萌える少女っぽい繊細な絵柄のイラストレーターを検索したら、変な仮面をかぶった男が、どや顔で両手に剣を持った画像が真っ先に出てきて、目を疑ったこともあるし……。


「いや……まあ、プロアマ問わずに絵が描けるってことは大きなアドバンテージがありますからね。ましてヤマザキはあれで同人誌即売会の常連みたいですし、固定ファンもいるんじゃないですか?」


 基本的に第三者が期待するのは、他で見られない独自――イラストとか可愛い動物とか業界の裏話とか――の切り口だからなぁ。

 樺音ハナコ先輩の場合はせっかくナイスバディのJDなんだから、そのあたりを武器にしたSNSにすればすぐに四桁くらいは行けそうな気がするんだけど、多分そういう計算づくは意識できないだろう。

 とはいえ、あれだよな。世の中には『絵が描ける』という飛び道具アドバンテージがあるのに、延々とゲームと呑み歩いているだけの絵師さんのSNSとか。それでいいのか!? 最強の〝ぎんが〇つるぎ”を持っているのに、延々とヒノキの棒でポカスカやるような真似をしてるんだぞ! と言いたくなるようなものもけっこうあるもんだ。


「とにかく、一度見てみて。マズい点とかあれば指摘してもらえば助かるんだけど……」


 珍しくも殊勝な樺音ハナコ先輩にお願いされて、バイト終了後、駅の立ち食いそば屋で夕食を済ませアパートの自室へ戻った俺は、早速先輩パイセンのSNSを確認することにした。


〝バイトご苦労様~。――って、なにしてるの?”


 安物のわりにいまだに吸引力の落ちないロボット掃除機が近寄ってきて、その上に正座した格好の半透明の濡れた女――誰もいない部屋に戻ってきた人恋しさが見せるいつもの幻覚――を無視して、着替えもそこそこに俺はパソコンの電源を入れる。

 じっくり細部を確認するにはスマホだとちょっと見辛いので、自室にあるノートパソコンのほうがいいかと思ったからだ。


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漆黒の翼バルムンクフェザリオン:混沌なる探求者による神秘の窓】

>漆黒の翼@shishiba○△◎ · 9月3日

 チュパカブラの剥製と記念撮影なう。お土産にケサランパサランが売ってたから買っちゃった♪

 >S崖っぷち作家@ichiro1111

  ( ゜∀゜)o彡゜おっぱい!おっぱい!


>漆黒の翼@shishiba○△◎ · 8月5日

 某美容クリニックの先生とメイソンの集会に参加! ゆるキャラの〝万物をみわたす目”と握手。次はイル○ナティのフクロウさんに会いたいな。

 >YamaP《流離いの同人漫画家》@shimekiri

  ( ゜∀゜)o彡°ぱんつぅ!ぱんつぅ!

  >YamaP《流離いの同人漫画家》@shimekiri

   放置プレイでござるか? なぜここでご褒美を!?


>漆黒の翼@shishiba○△◎ · 7月7日

 七夕にちなんで、イギリスのスターゲイザーパイを焼いてみました。ニシンマシマシで我ながら上手に焼けました~。

 >Nevaeh《萌える留学生》@Cavello

  (===○=)o彡°アッガイ!アッガイ!

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「――ダメじゃん!」

 即座に俺は樺音ハナコ先輩へメッセージを送った。


【なんでよ!?】

 あっちもあっちで待機していたのか、リアルタイムで樺音ハナコ先輩からメールが返ってくる。

 あと、ついでのようにメリーさんから電話がかかってきたので、つい反射的に片手間にスマホに出る俺。


『あたしメリーさん。いまいる町の住人がゾンビになって、ホテルの中までゾンビがウヨウヨいるので、リアルハロウィン気分なの……』

「――あ、悪い。そっちもちょっと大変みたいだけど、こっちもいま取り込んでるので、少し待て」

 取り急ぎメールの返答を思案していたため、ろくすっぽ内容を聞いていなかった俺は、とりあえず当たり障りのない返答をしてメリーさんのいつもの馬鹿話を遮った。


『むう、忙しいのね……わかったの。メリーさんは物わかりのいい女なの。大変だ大変だと騒いでいても、世の中結構なんとかなるものなのだし。実際あれだけやらかしている富○副部長だって、大手新聞社をクビにならないくらいなんだから……』


 妙な納得をしたメリーさんの背後では、

『ぎゃーっ!』

『ゾンビが!?』

『バリケードが破られるぞ!!』

『弾幕薄いよ、なにやってんの……!』

 聞きなれない男女の絶望に彩られた悲鳴と絶叫が響いている――最後の台詞だけはオリーヴだったが――ような気がするが、気にせずに樺音ハナコ先輩への返事を入力した。


〝いや、異世界あっちのほうがよほど一大事だと思うけど!? 明らかに優先順位が間違っているわよ、アンタら!”


『どうしてホテルの中にまで!? 鍵、鍵はどうなってるの?!』

 エマの問い掛けに、

『メリーさん個人的には、Kan○nからA○R、CLA○NADまでの流れは至高だと思うけど、それ以後の作品は安定路線のテンプレートに従って、イマイチ爆発力が足りないと思うの……』

 なにやら賢しげに語るメリーさん。


〝その〈鍵〉の話じゃないわよっ!!!”

 ついでに当事者不在で幻覚がなにか喚いているが、アホの子連中の会話はいつものように気にしないで、俺はエンターキーを押す。


【いや、どこからというか、どこもダメですよ。まずタイトルがダメ。内容がキワモノばかりでダメ。キモいニシンのパイに至っては、食いかけのまま放置したのを写真に撮ってアップするとか最悪。あと更新が致命的に少ないのがダメ。毎日とはいわないけれど、もっと頻繁に呟かないと。それとコメントを全部放置しているのはどうしょうもないですよ!】

【だって、『おっぱい』とか『パンツ』とか碌なコメントがないんですもの】

【だからっていって放置はマナー違反です。気持ち悪いのはわかりますが、きちんと大人の対応をしないと】

 そう先輩パイセンに良識を説く俺。


『わわわわわっ! 窓の外を見てください。町中の人々がゾンビになってウヨウヨと――』

『くっ、扉がいまにも破られそうです!』

『ワンワン!』

 スマホの向こうからスズカの悲鳴とローラの切迫した声。

 あと、ついでにどっかの犬が吠える叫びも聞こえてきた。

『町中というのは大げさなの。全体の三分の一がゾンビになって、三分の一が逃げて、三分の一がここと同じように籠城しているみたいだし……皆オーバーなの。いうなればリポDのタウリンを、「1グラム」ではなく「1000ミリグラム」と謳っているようなものだと、メリーさん思うわ……』

『なんでアンタはこの状況で平然とジュースを冷蔵庫から出して飲んでるわけ!?』

 対照的に落ち着いたメリーさんが合いの手を入れ、さらにそこに血相を変えたジリオラのツッコミがかぶさる。

『あたしメリーさん。そもそも死人が動いているくらいで、なんでそんなに大騒ぎするのか理解不能なの。蛙だって首を落とした状態で電気を流すと平泳ぎするの。とりあえず落ち着いて、嫌いな上司が地方に飛ばされる姿でも想像して、気楽な気持ちになったほうがいいと思うの……』

『……そりゃまあ、人形が生きて動いて喋ってるのに比べればねえ……』

 オリーヴのうめき声が聞こえたような気がするが、メリーさんのところが騒々しいのはいつもの様式美――ファイナルとタイトルつけながらいつまでも終わらないゲームシリーズや、体育教師の全身ジャージ、代官と女中がいれば、よいではないかと言いながら帯をクルクルさせるようなもの――であるので関知せず、樺音ハナコ先輩へのアドバイスを優先させる俺。


「多少悪乗りする奴がいても、そこは軽~く流すのが大人の対応じゃないんですか?」

 その通りに入力をして、メールを送信する。


【おっぱいとか、アッガイとかにもそうしないとダメ?】

「そういうのは『オッパイではなく河童のミイラのほうをご注意ください』とか一言返せばいいんですよ。いちいち画面の向こうの野郎の性癖に目くじらを立てても仕方ないですから」

【いや、河童じゃなくてチュパカブラなんだけど……そっか。気にせずに流さないとダメなのね】

「そうそう。とはいえ男なんて大なり小なり変な性癖持っているもんですから、下手に掘り下げるとラッキョウを猿にやると一生懸命皮を剥くのと同じで、延々とエロトークを始めるのであくまで流す形で」

【なるほど……そういう同志にも女の子に対するフェチとかあるの?】

「え? 女性にフェチを感じる部分⁇ えーと……『うなじ』かなぁ?」

【うなじかぁ……】

『うなじなの……』

〝うなじねぇ……”


 なぜか同じ反応をする樺音ハナコ先輩、メリーさん、幻覚女。


「まあ、そんな感じで①それとなくナイスバディのJDのSNSということを匂わせる。②もっと一般的な動物と食べ物の話題にシフトする。③呟く頻度を上げる。④ほかのSNSと繋がりをもっと増やす。⑤コメントしてくれた人にはきちんと対応する。――を心がければ多少はマシなんじゃないですかね。で、エンター……と」


【わかったわ。ありがとう。早速いまから始めてみる】

「ど・う・い・た・し・ま・し・て――と。んじゃ、こっちの要件は終わったから電話切るぞ」

『あたしメリーさん。こっちはまだ始まってもいないの……!』

「――いや、なんかもう一仕事終えた感じだから、今日はもういいかなぁと思って」

 働きたくないでござる。今日はもう働きたくないでござる。

『散々待たせておいて、そんなこというならメリーさんにも考えがあるの。電話系都市伝説トップの名に懸けて、今後あなたが電話やネットやSNSを使うたびに、「兄ちゃん、ええ体してるなぁ」というガテン系兄貴の合いの手を挟ませるの……!』

「お前、地味に嫌な搦手を使ってくるな……」

 仕方がない。キャバ嬢の愚痴を聞くマネージャーになった気分で、メリーさんの馬鹿話に付き合う他ないだろう。

「で――? バナナの叩き売りがどうしたって?」

 ため息をついて、ほぼ聞き流していた話題に改めて触れる。


〝ゾンビよゾンビ! 三文字だってところしか当たってないわよ!”

「……ああ、ゾンビか。割とありがちな敵というか。もはや行く場所がなくなってきた、劇場版○び太君みたいな展開だよな」


 無意識に聞いていた内容を訂正しているのだろう。幻覚の声に従って言い直す。


『そうなの。大した事ないんだけど、なんか町中にゾンビが溢れかえって襲ってくるの。それでホテルの部屋に閉じこもっているんだけれど、部屋の冷蔵庫の中身が瓶のチェ○オしかないという罠……』

『大した事あり過ぎるわ!』

『なんでそっちのほうが重大事みたいに言ってるんですか!?』

 メリーさんの愚痴に覆いかぶさって、大人の男女の怒鳴り声がした。


〝あんたら常時異常に浸かり過ぎて、脳味噌が麻痺しまくってるんじゃないの?!”

 あと、ついでのように幻覚女が喚きながら、ロボット掃除機とともにその場でグルグル回転する。


「町民が次々とゾンビというと、バイ○ハザード的な?」

『あたしメリーさん。見た感じ犬とか猫とか牛は平気なので、どっちかというと〝死霊○盆踊り”的な展開じゃないかしら……?』

 なぜ知っている、成人指定映画の内容を?

「じゃあ死体に悪霊でも取り憑いているのか? さすがは異世界。こっちには存在しない幽霊や悪霊がいるってわけか?」

〝まだ言うかっ! いい加減に認めなさいよ。現実にも幽霊はいるのよ!!”

 いきり立つ幻覚――ついでにアパートのどっかの部屋から、

『ああッ、キューちゃんキューちゃん! オバケなんだオバケなんだけれど……なんてキュートなんだ』

『キュキュキュッキュキューッ♪』

 なにやら怪しげな嬌声が聞こえてきた。


〝……い、いや、アレとはまた別だから。一緒にしないでね?”

 途端、心なしか脂汗をダラダラと流して、アタフタと言い訳をしながらキッチンの方へ移動するロボット掃除機。その幻聴に覆いかぶさるようにして、スマホの向こう側から十代半ば程の少女たちの絶叫が響く。

『あたしは見たわ! 墓場から甦ったクラスメイトが父親に噛みついて、それから次々に噛みついてゾンビを増やしていったのを!!』

『そうよ! あの箱を開けようとしたら……!』


「……さっきから誰だ?」

 聞き覚えのない声の連続に、不審に思って俺はメリーさんに尋ねた。

『この部屋に逃げ込んできた、ホテルの支配人や従業員、あとバイトなの。お前らが客商売する立場としてしっかりしてないから、こーいう事態になったというのに……』

『『『『私ら・私・あたしの責任じゃないわーーーっ!!!』』』』

 メリーさんの八つ当たりでしかない理不尽な糾弾に、見知らぬ男女の反駁の叫びがやけくそのように木霊する。

「つーか、何人いるんだその部屋?」

『えーと、全部で……じゅういちにんいる……のっ!』


 愕然としたメリーさんの指摘を受けて、スマホの向こうの一同にシャイニング﹅﹅﹅﹅﹅﹅が走った。


『……いや、最初から十一人いたから。別に不自然じゃないから』

『そうですね。メリーさんのほかにオリーヴさん。ローラさん、エマさん、私、ジリオラちゃん、イニャスちゃん……厩舎にいるガメリンは別にして、全員で十一人ですね』

 元ネタを知っているオリーヴとスズカが、ドアや窓にバリケードを築く傍ら、冷静に言い返す。

『こんな狭い部屋に十一人もいると鬱陶しいの! というか晩御飯もまだだし、お前ら責任もって準備するの……!』

『『『『この状態で無茶言うな!!』』』』


「お前、ゾンビがウヨウヨいるホテルの調理場まで行って晩飯用意しろとか、海○雄山でもそこまでワガママは言わんぞ」

 さすがにそう窘めると、併せてローラが嘆息して付け加えた。

『とは言え食料の備蓄もほとんどありませんから、いつまでも部屋に閉じこもっているわけには参りませんね』

『あたしメリーさん。お前らサ○ケに出場したつもりになって、調理場まで行ってご飯を準備するの……!』

『『『『だから無理だ・です!!』』』』

『無視すれば案外平気かも知れないの。ドラ○もんだって違和感なく日常に溶け込んでいるんだから、堂々としていればいいと思うの……』

 メリーさんの根拠のない自信に対して、ドア越しにゾンビが応じる。

『ガアアア! オレサマオマエマルカジリ……』

『『『『ぎゃああああああああああああああっ!?!』』』』

 異常事態に耐性のない一般人であるホテルの従業員たちが、一斉に魂消た悲鳴を上げた。


「つーか、人間だけがゾンビになっているんなら、人形と霊狐の化身であるお前とスズカは安全なんじゃ……?」

 犬が平気なら狐も平気だろう。

 そう言うと電話の向こうでメリーさんがポンと手を叩く音がした。


『あたしメリーさん。ここはメリーさんが菩薩のような寛大な心で、ゾンビ大量発生の原因を突き止めるために、危険を顧みずに敵中を突破してくるの……』

『『『『『『胡散臭(いわね)(いなも)っ』』』』』』

 刹那、オリーヴ以下メリーさんを知る全員が声を揃えて、メリーさんに疑いの目を向ける。

『アンタに限って自己犠牲とか正義感とかあるわけないわ。何か魂胆があるんでしょう!?』

 当然といえば当然のジリオラの尋問に対して、

お前ジリオラがそうだからって、メリーさんまで同類だと思われるのは心外なの。メリーさんはいつでも清く正しく美しく生きているの……』

『白々しいわね。吐きなさい! なにが目的!? もしかしてこの騒ぎの原因はアンタなんじゃないの?!』

 日頃の行いのせいか、今回の事件の元凶として疑惑の視線を向けられるメリーさん。


『我が霊眼は空の境を越え、いま森羅万象を求め訴えたり! 爛漫たる無窮の力よ、真実を知らせたまえ! ――見えたわ! やっぱり原因は妖怪の仕業よ!!』

『なんでもかんでも妖怪の仕業にするな、なの! オリーヴのインチキ占いなんて当たったためしはないし、そもそも占い師が賭博しない時点でインチキだって証明しているようなものなの……!』

『確かに……』

 ムキになって反論する(そして意外と正鵠を射ている)メリーさんに指摘に、思わず……という具合に同意する妖怪変化であるスズカ。

『だったらなんで急に自発的に動こうなんて言い出したわけよ?』

 重ねて問いかけるオリーヴ。

『ふにゃ……そういえばメリーちゃん、昼間太鼓叩いていたなも……?』

 幼児イニャスがどーでもいい情報を混入させて、その場をグダグダにする。

『それだわ! アンタが怪しい太鼓を叩いて死者の眠りを妨げたんでしょう!?』

 その尻馬に乗るジリオラ。

『キ○グボ○バじゃないの! 太鼓を叩いたくらいでゾンビが量産されるなら、メリーさん太鼓○達人もプレイできないの……! 太鼓叩いてお腹が空いたから、ちょっとご飯食べに行くだけなの!!』

『いえ、ですから部屋の外にはゾンビがウヨウヨいて、逆にこちらが齧られてゾンビになる危険性が――』

『ゾンビになるのは人間だけだから、メリーさんとスズカは全然平気なの……!』

 売り言葉に買い言葉。

 諫めようとしたローラの言葉を遮って、空腹のメリーさんがうっかり秘密を暴露してしまった。


 そんなわけで三十分後――。

 町の郊外にある共同墓地へ向かって進むメリーさんとスズカの姿があった。


『そーいうことなら、まずは原因を究明するべきね』

『そうですね。さきほどのお話ですと、最初に甦った少年が元凶のようですし』

『問題は謎の箱ね。多分、中に強力な呪物フェティッシュがあったのを、知らずに解放してしまったのだと思うわ』

『なるほど。それを壊すか再封印すれば、一連の騒ぎも収束する可能性も高いですね』

『そーいうこと』

 メリーさん一行の年長組であるオリーヴとローラが交互に意見を出し合って、そう結論付けた結果として、ゾンビに耐性のあるメリーさんとスズカに現地の偵察を依頼(強要)したのだ。

 なお、スズカが一緒にいるのは、

『あたしメリーさん。ホラー映画の主人公って、せっかく脱出した悪霊の住む家になんで戻るのか理解不能なの……』

 そう言い放ったメリーさんの不用意な一言を危惧した一同が、念のためにお目付け役に付けた結果の二人連れである。


『こんな夜中に幼女を働かせるなんて、あいつらアグネスさんに訴えてやるの……!』

 ブツブツ言いながらも、途中で無人になっていたパン屋に押し入って腹ごしらえをして、共同墓地へと向かって歩みを進めるメリーさんとスズカ。


「つーか、お前きちんと場所わかってるのか? 大まかに地図を描いてもらっただけだろう。迷子になってないだろうな?」

 そう念のために確認した俺に向かって、心外だとばかりメリーさんが答える。

『どこの世界に、方向音痴のメリーさんがいるの……!』

「いや、お前だったら、あるいは……と」

『メリーさんはプロなの! だいたいの場所と地図があれば間違いなく目的地へ行けるの……!』


 確かに。コイツは俺が「都会へ引っ越した」という情報のみをヒントに、類いまれなる強運と野生動物みたいな勘、そしてミ○サ・アッ○ーマンとモ○ジアナと涼宮○ルヒを足して割らずに濃縮還元ウコンでかき混ぜたような行動力でもって、ピンポイントに俺のアパートを探り当てて襲来した実績があったな。


「あと、そっちも夜なんだろう? 足元は大丈夫なのか?」

『あたしメリーさん。スズカの狐火のお陰で街灯並みに明るくて助かるの……』

『――はあ……。私としては下手に明るくして失敗だったような……』

 なぜか苦渋をにじませたスズカの嘆き節。

『おっと……またゾンビが襲ってきたの。食らえっ、ノーデンスのトンカチ……!』

 同時に『グシャ!』という熟柿を潰したような音が聞こえてきた。

『ゾンビは頭潰せば終わりだから気楽なの……』

『……うわー……』

 ドヤ顔が想像できるメリーさんと、思いっきり引いたスズカの細い悲鳴。

『さあ、この調子でドンドン行くの……!』

『はあ……はい……』

 都市伝説&妖怪変化VSゾンビ軍団。

『♪今日もふたりは血まみれで~♪』

 なにやら物騒な歌をハミングしながら突き進む我らがメリーさん。

 ゾンビが気の毒に思える一方的な蹂躙が行われていた。


 そうして、ポコポコと七面鳥撃ち感覚で突き進むメリーさん&スズカの目前に、ゾンビ事件の元凶と目される死に装束に学生服をまとった少年のゾンビが立ち塞がった。

 その足元には鍵を壊された木箱が大事そうに保管されている。


『――っ! 凄い妖気……怨念です。ただのゾンビではなく〝リッチ”になってますね。この怨念が呪力となって他の死体を動かしているのでしょう。どうしま――』

『邪魔なの……!』


 注意を促すスズカの台詞を無視して、メリーさんがリッチを蹴り倒す音がした。


「……情緒も盛り上がりもなにもねーな、お前には」

〝異議あり! あんたも同じよっ!”


 普通だったらボス戦ともなれば、もうちょっと派手なアクションや殺陣たてがあるもんだろうに。ついこぼした俺の不満の声を混ぜっ返す、失礼な空耳が聞こえた気がした。


『あれ? なんか……私たちを交互に見つめて戸惑ってるみたいですね? いえ、どっちかって言うとジレンマに陥っているような……?』

『死人に口なし。どーでもいいの。それより、さっさと箱の中身を確認するの……!』

『そうですね。――って、無茶苦茶嫌がってますね。でも、手出しできずに身悶えしているような……』


 ドタンバタンと聞こえる音は、どうやらリッチの少年が頭を抱えて地面を転がって煩悶している音のようだが、当然のように無視したメリーさん。

『なんか本みたいなものが入っているの……』

『ちょっと見辛いですね。狐火を増やしますね』

『手元にも欲しいの。えーと、これは……〝月間・ロリっ子キッス”……』

『こっちは薄い本で〝エッチなネコミミ娘の飼育日記”……』

『〝僕と幼女淫魔の七日間”〝秘密の保育園情事”〝禁断のアリス”……』

『〝よっこらフォックス こんこんこん♥”〝狐娘は僕のお稲荷さんが”――って、ここにあるの、全部幼女とケモナー関係のエロ本ばかりじゃないですかああああああっ!!』


 多分、羞恥で真っ赤になって絶叫したのであろうスズカの非難の視線を浴びて、死んだ後にオタグッズを公開され、性癖を暴露された――それもドストライクの幼女とキツネ少女によって――少年は、

『ギャアアアアアアアアァァァァァァァァッッッ!!!!』

 という断末魔の絶叫とともに次の瞬間、粉々に砕けて塵と化して消えたのだった。


『…………』

『…………』

「――えーと、つまり……。今回の事件の発端は、死んだ後で親や知り合いに個人の性癖を暴露されそうになった少年が、恥ずかしさで変な復活したのが原因で、それが赤裸々になったことで遂に自爆した……ってことか」

 哀しい。あまりにも哀しい結末である。

 男だったら墓の中まで持って行きたい秘密のひとつやふたつあるだろうに、父親も年頃の少年だったころのことを忘れて、不用意に秘密を衆目に晒そうとした結果がこれか……。

 なぜ人は大人になると少年の日の記憶を忘れてしまうのだ?


『あたしメリーさん。この程度で死んでも死にきれないとか、どんだけ豆腐メンタルなの!? プロの漫画家とか、デビュー時の下手だった漫画とかも、ずっと……下手すれば死んだ後まで晒され覚悟の、鋼鉄のごときメンタルを持っているっていうのに、軟弱過ぎるの……!』

 呆気ない幕切れと阿呆な真相を知って憤慨するメリーさん。


 とはいえこれで無事にゾンビ増殖も防げたわけだし、終わりよければすべてよしと思うべきだろう。


『あたしメリーさん。だけど、この事件が最後になるとは限らないの。この世にエロスがある限り、これからも第二、第三の……』

「せっかく綺麗にまとめようとしたのに、余計な懸念を口に出すんじゃねーよ!」


 こうして小さな町を襲った怪異は収束を迎えたのだった。

 なお、まったくの蛇足だがメリーさんに付っきりになっていた俺が目を離している間に、樺音ハナコ先輩がSNSで思いっきり水着姿を披露して、ネットリテラシーの低い女と周知され、実家の親姉妹から滅茶苦茶怒られてSNSを削除することになったのは後の話である。

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