第40話 あたしメリーさん。いま財宝を巡って三つ巴なの……。

『あたしメリーさん。オリーヴがメリーさんのザッハトルテを勝手に食べたから、いま簀巻きにしてガメリンで市内を引き回しの上、処分を検討しているの……!』

 部屋でまったりとTVのドキュメンタリーを眺めていたところ、いたくご立腹のメリーさんから電話がかかってきた。


 なお、スマホ片手に俺が眺めているTVのモニターの中では、

【世界吃驚ビックリ仰天ニュース「極限まで肥えてから痩せろ! ウルトラリバウンドダイエット!」「人体の驚異。アレルギーの人の傍にいるとアレルギーになる、アレルギー&アレルギー体質!?」】

 という、せいぜい「最近はポチという名の犬は希少になったな~」程度のありふれた話題が、さも世紀の一大事のように取りざたされているなぁ……というどこが世界だ!? と肩を掴んで問い質したくなりそうな番組が流れている。


 つまらんなー。一昔前だったら、このニュースの鉄板は「前世の記憶を持つ子供!」「異世界人!」「宇宙人!」「UFO!」「幽霊!」「恐怖! 実在する呪われた人形「アナベル」。その驚きのエピソードとは!?」とかの、胡散臭い話ばかりだったというのに。


〝けど、どーせ、目の前に超常現象や心霊現象があっても、絶対に信じないんでしょう。アナタ!”


 天井に逆さまに張り付いた姿勢で幻覚女が異議を唱えるが、んなことはない。俺だって恐ろしいと思えることはあるし、案外身近に恐怖は転がっているものだ。

 と、ちょうどアパートの近くの部屋に、御用聞きが配達を届けにきた声が聞こえてきた。

『ちーっす! 三河屋っす! ご注文のリャマお届けにまいりましたっす!』


 都会の御用聞きはチャラいな……。


『フェェェェ……フゥゥン!(動物の鳴き声)』

『違うっ! これはリャマじゃない。アルパカだ!』

 と、こだわりがあるのか激昂するおっさんの怒鳴り声が響く。


『えっ、そっすか? 似たようなもんだし、別に問題ないんじゃねーですか?』

『全然大違いだ! 同じラクダの仲間でもアルパカはビクーニャ属で、リャマはラマ属! 例えるならス○バに行って〝エクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツ”と〝エクストラチョコレートソースエクストラキャラメル”を。あるいは〝エクストラローストエクストラアイス”と〝エクストラホワイトモカエクストラバニラ”を間違えて出されたような致命的な間違いだ!』


「……怖っ! ほとんど寿限無じゅげむの名前並みに複雑怪奇な世界だよなぁ。だから怖くてス○バにゃ行けないんだ」

〝この場面で思いつくことがそれなの!?!”


『そういえば新大陸にはコ○ダはあるけどス○バはないの……』

『コ○ダいいじゃないですか。本社は名古屋ですし……』

 メリーさんのボヤキに、ガメリンに同乗しているらしいスズカが擁護する。


『都会の似合う女であるメリーさんには、もっと垢抜けたお店が似合うの。だのに、こっちにあるお店って、聞いたこともない「ド○ポン」とか「ラッ○ーピエロ」とか「ト○トン」とかの異世界支店だし。コンビニもほとんどがセイ○ーマートだし、名物も「ホン○ン焼きそば」とか「インデ○ンカレー」とかの超ローカルメニューばかりなの……』

「お前、知らない間に異世界から北の大地へ移住したんじゃないのか?」


 津軽海峡を挟んだ向こう側に存在すると、田舎にいた時にうっすらと、風の噂に聞いたことのある店名や食い物ばかりを列挙するメリーさん。一周回って日本の最北にいるのでは……?


『それはともかくメリーさん。このままオリーヴを、一瞬でも油断したが最後、店主が客をモヒカン刈りにする散髪屋に連行するか。もしくは、昨日夜店で買った、食べるとカナヅチになる謎の実を食べさせて海に放り込むか、どちらがいいか悩んでいるところなの……』

「ゴム人間が誕生しそうな塩梅あんばいだな……」

『脆弱な能力なの! だいたい五人組の一家が超能力や特殊能力で活躍する作品でも、ゴム人間は母親役でメインを張るには弱いの……!』

 メリーさんの暴言に、隣で聞いていたスズカが素っ頓狂な声を張り上げた。

『えっ、いまのあば○り一家って、そんな設定になってるんですか!?』

お前スズカの頭は70年代で止まっているの……。言っておくけど、いまの学校ではブルマはすでに絶滅して、男女ともにジャージかハーフパンツになってるのよ……?』


 そう噛んで含めるように言い聞かせるメリーさんの告白に、スズカがショックを受けた様子で声を震わせる。

『ええええ~~~っ……じ、じゃあ、体育の時の風物詩。男子の短パン横チンも――!?!』

『あたしメリーさん。なにげにスズカの闇が深いの……!!』


 暴露されたスズカの大胆な性癖に、さしものメリーさんもショックを受けているところへ、

『あのー……さすがにそろそろオリーヴさんをいたわってあげてはいかがでしょうか……?』

 ローラが助け舟を差し伸べる。

『そうそう。もう町外れですよ。ほらほら、メリー様。おやつのチロ○チョコとビッ○゛カツですよー』

 妹のエマもそれに同意して、餌で釣る作戦に出たところで、メリーさんも本来の目的を思い出したらしい。


『子供扱いするな、なの! それにこれくらいで許してはオリーヴが調子に乗るの。もうしばらくこのまま引き回すの……!』

「しばらくって、いつまでだ?」

『えーと。みず○銀行のシステムが完璧になるか、F○7のリメイクが出るか、XJ○PANの新しいアルバムが出るか、サグラダファミリアが完成するか、横浜駅の工事が終了するか、福島原発の廃炉が完了するまでは許しておけないの……!』


 いまメリーさんが挙げた中で、まだしも将来の見通しが立っているのが、サグラダファミリアだけというところが、もうね……。


『もうどこでもいいから食事にしましょう。もう一時間もやってれば十分でしょう? 一般的なスタンダードコースだって、一万三千A・Cで60分からがデフォなんだし……』

 辟易したらしいジリオラが、やたら生々しい実例をあげてプレイを切り上げるように助言してきた。

『なんで五歳の幼女が、そんな助平な相場を知っているの!?』

『アンタだって知ってるからツッコミ入れられるんでしょうが!』


 どっちもどっちの言い争いをするメリーさんとジリオラ。

 嫌な幼女たちだなぁ……。

『ほえ……?』

 話に着いていけないイニャスの、間の抜けた声が一服の清涼剤のように耳に心地よく感じられる昨今。


『あたしメリーさん。確かに助平なことを否定できるのは、助平しないで生まれてきた人間だけだと、どっかの宗教の創設者も教典の中で言ってたけど……』

 微妙に違うぞ、おい。

 なお、現在の研究では、従来までは想像上の人物と思われていた某氏だが、実在するモデルがいたとの説が有力だそうだ。

 ちなみに大工の倅でユダヤ教に傾倒して、仕事もせずに弟に食わせてもらって、最後は犯罪者として処罰されたらしいが……。


「――つーか、いい加減に話が脱線しまくりだから、元に戻って飯にでもしたらどうだ?」

『元のこと? というと、アレがコレしてソウすればいいのね……』

「説明を指示語だけで済まそうとするな!」


 使えない会社のおっさんか、お前は!?

 

『えーと……確かサザ○さんとか相続税払えるのかという話だったかしら……?』

「違うっ!」

『メリーさんがスイカップの隠れ巨乳だという……』

「スイカ腹の間違いだろう!? つーか、欠片も話題に出していない!! ――いいから、お前はもう飯食いに行けよ! 糖分が足りてなくて、ただでさえ混乱している頭が収集つかなくなっているぞっ!」

『あたしメリーさん。この辺り、碌な店がないの……』

「この際、コンビニでも定食屋でもなんでもいいだろう」

『個人の定食屋は大人の社交場で、小学生以下入店禁止の暗黙の了解があるから、幼女には入り辛いの。いわば魑魅魍魎が渦巻く蟲毒の壺のようなものなの。蟲毒なの、蟲毒のグルメなの……!』


 ゴローちゃんが聞いたらアームロック掛けられるようなタワゴトを抜かすメリーさん。

 とはいえ空腹には勝てなかったらしい。目についた食堂に、全員で入ったらしいのだが――。


『――うちは仮想通貨や電子決済は行ってません。現金のみのお支払いとなります』

 あっさりと門前払いをされたのだった。


『これだから田舎国家はダメなの! いまどき現金なんて持ってないの……!』

 すきっ腹を抱えて咆えるメリーさん。

「……いや、時の場合に応じて使い分けすることを想定しておかなかったほうが悪いと思うぞ」

『こんな店、腹立ちまみれに火をつけて……』

「やめんか!」


 店の裏に回って火をつけようとするメリーさんを、俺が言葉で制止するのと同時に、あちら側の面子が寄ってたかって羽交い絞めにして止めたようだ。

 そこへ、騒々しい音を立てて馬車の一団が入れ違いにやってきて、店の正面に止まったらしい。


『団体客のようですね』

 ローラの何気ない言葉に、そちらに視線をやったジリオラとイニャスが「「あっ……!」」と息を飲んだ。


『アキレス殿下!?』『叔父さんらも!!』

 馬車から降りて来た一団に見覚えのある顔があったらしい。

『――へー……あれが噂の下剋上をした摂政か。案外、若くていい男じゃないの』

 一時間以上引き回しされたとは思えない。けろりとした声でオリーヴがコメントする。

『あたしメリーさん。頭がズラっぽいの。ズラ見抜けるか検定一級のメリーさんの目は誤魔化せないの。アニメ化する時は杉○智和がキャスティングしそうなタイプなの……』


 特定の個人攻撃はやめろ!


『個人攻撃ではないの。それにナマハゲもユネ○コの無形文化遺産に登録されたから、いまはトレンドなの……』

 ナマハゲってハゲてはいないぞ。


『エマ、ちょっと中に入って様子を連絡してきてくれない?』

 そう言ってポケットから何枚かの硬貨を取り出して、手早く妹へ渡すローラ。


『ローラお金があるならさっさと出すの!』

『――ご主人様に渡すと無駄遣いしますから。適当にテイクアウトできそうなものを見繕うフリをして、時間を潰してきてね』

『わかったわ、お姉ちゃん』


 寄こせ寄こせとねだるメリーさんを適当にいなして、店内にエマを送り込むローラ。

 そのまま姉妹の相互テレパシーでモニターしていたようだが……。


『どうやらここで食事をして、一休みしてから近くの山に向かうようですね。――あああああああああっ!!』

『ど、どうしました!?』

 普段は冷静なローラが、突如として恐怖に慄く。その様子に慌てた様子のスズカが問い返すと、

『アキレス殿下が……支払いをマジックテープの財布で……!!』

『『『『――なっ……?!』』』』

 その言葉に絶句する、メリーさん、オリーヴ、スズカ、ジリオラの四人。


「……問題あるのか、マジックテープの財布? 俺だって持ってるぞ」

 口に出しながら、俺は尻ポケットに入っていた財布を取り出して、その場で『バリバリ』と開いて見せた。


〝ぎゃああああああああああああっ!!! やめて!!”

 途端に高僧の読経を聞かせられた悪霊のように、耳を塞いで身悶えしながら天井から落ちてきた幻覚女。


「!?」

『バリバリ』

〝あああああああああああああああああーーーっ!!!!”

 床の上でのたうち回っている、その耳元でさらに財布を閉じたり開けたりを繰り返す俺。


 何度も繰り返すと、まるで殺虫剤をかけられた害虫のように白目を剥いて、その場でピクピクと痙攣するだけになった。


『てゆーか、アキレス殿下がこっちにいるってことは、例の埋蔵金がこっちにあるってことよね……?』


 ジリオラの切迫した呟きに、おそらくは埋蔵金のカギを握るであろうイニャスへ、全員の注目が集まった。

『にゃ……?』


「えーと、確か……宝のありかは王族の尻にある蒙古斑が地図になって、場所を示すんだったよな?」

 前に聞いた説明を思い出してメリーさんに確かめる。


『あたしメリーさん。そうなの。コ○゛ラに出てくる入れ墨の姉妹みたいなものなの。だからこっちが絶対に有利だと思ってたんだけど……』

 まあ別にイニャスだけが王族ってわけじゃないだろう。それか、子供の頃に地図を書き写しておいたものを持っていると考えるのが妥当だろうな。


 そう説明すると、メリーさんは愕然とした声で、

『盲点だったの! ドラ○エ2のザハンくらい発見困難な場所にあると思っていたの……!』

『いえ、話を聞いてみると、地元では「王家の財宝が埋まっている山」として観光名所になっているみたいですよ』

 引き続き噂話を聞いているエマから中継しながら、ローラが冷静にツッコミ返す。


 それもまあ妥当だろうな。国家予算の十倍とかの財宝を、誰にも知られずに極秘に秘匿するとか、どう考えても不可能だろうからなぁ。

 つーか、なんでいままで余裕綽々で放置してたんだろう。

 少なくとも対抗馬としてアキレス摂政とダイアナ王女が新大陸に渡ってきているというのに。


『こうしちゃいられないの! 腹ごしらえをしたら、すぐに財宝を掘り出しに行くの……!』

 試験前日に山を張る学生か、締め切り寸前に徹夜で原稿を書いてるラノベ作家みたいな、なんでいまさらネジ巻き始めるのかなぁ……という、泥縄で慌てるメリーさんがいた。

 つーか、飯を食うのはそれでも優先するんだなぁ、と思いながら。俺も飯を食うべく支度を始めるのだった。

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