第35話 あたしメリーさん。いま悪魔に三つの願いをしたの……。

 8月。埼玉県某市での最高気温は今年もまた、国内最高気温を更新したらしい。

 陽炎たなびくアスファルトを踏みしめ、這う這うの体で実家からアパートに戻って、嵐の二宮君を意識したポーズをとっている二宮金次郎像を横目に見ながら階段を上り、焼けつくような自室のドアを開けた途端、閉め切った室内からバックドラフトのように熱風が吹き出し、「うおおおおおっ!?!」マジで火事にでもなっているのかと疑ったほどである。


 刹那、目の前に不毛の灼熱の砂漠と、ピラミッドが蜃気楼のように浮かんで見えた。

 同時にまぶしい太陽、耳をつんざく蝉の声、滝のようにしたたり落ちる汗、震える足腰、漏れる溜め息、バタバタと次々と倒れる同級生。それでもなお、終らない校長の話……という、夏休み登校日の在りし日の地獄絵図が、走馬灯のようにありありと蘇る。


「――っ!? いかんいかん。ついトリップしていた……」


 ついでのように部屋の中で、干からびて倒れているカラカラに乾いた半透明の女の幻覚が見えたところで、ハッと我に返った俺は頭を振って雑念を振り払い――気温が気温だけにさすがに完全には正気に戻れないようで、相変わらず瀕死のキリギリスのような幻覚女だけは見えていて、「……み、水……」とか呻いている幻聴も聞こえるが――しばらくドアを開けっぱなしにして、どうにか対流が収まったところで深呼吸をした。


 この部屋、体感でも55度を越えている。とりあえず窓を開けて換気しないことには、人間が生存できる環境にはならないだろう。

 この環境下で活動できるのはせいぜいウル○ラマン並みに三分が限度。息を止めて全力で部屋を横切って、窓のロックを外して窓を全開にする――そのミッションをこなさなければならない。

 覚悟を決めた俺は、荷物を玄関先に置いて、直射日光がガンガン差し込む部屋の中へ、決死の……さしずめ巨人が逆転した直後に、大阪の居酒屋に巨人の法被を着て飛び込むような思いで足を踏み入れた。


 ぐあああああああああっ、覚悟をしていたけれど暑い暑い、あつ~~~いっ!!

 一瞬にして全身から汗が吹き出し、今度は脳裏で子門○人がたい焼きの歌の冒頭をエンドレスで歌い出した。

 だが、まだまだ余裕がある。

 このスピードなら40秒で窓を開いて――と、思った瞬間、急に足がもつれた。

 なんかに絡まったのか!?

 不自然な圧力を感じて足元を見てみれば、必死の形相の幻覚女が両手で俺の足にしがみついている。


〝……お水……お願い、水……水をちょうだい……!”

 なんだなんだ、この幻覚は!? ――はっ! まさか俺は知らないうちに熱中症になっていて、それで自分の意思に反して体がいうことをきかなくなっているのでは?!

 やばい! 洒落抜きで幻覚に伸し掛かられて床に倒され、身動きがとれない……。つまり、意識が混濁して床に倒れたということだろう。


〝水~……みずみずみ~ずっ……乾いて二度死ぬ~~っ……!”

 かつてない鬼気迫る形相で迫りくる幻覚。

 幻覚だとわかっているが、自分の意識に喝を入れるために、体勢を立て直して正面から幻覚を押し退けようともがく俺。


 カラー○イマーが点滅するように、俺の顔色が真っ赤に染まる。

 そして顔色が赤から青、紫を経て蒼白……最後に土色になった時、ウルトラな俺でも二度と立ち上がる力を失ってしまうのだ! 


 ――くっ、焦るな俺っ。こんなもん、田舎で爺ちゃんの家のキュウリ畑を荒らす、緑色の猿との取り組みに比べればどうということはない!!

 連中、毎年この季節になると群れになってキュウリ畑にきては、水掻きのある手でキュウリを捥いで川に逃げるもんで、子供の頃から爺ちゃんと一緒に捕まえては、頭の皿を叩き割って悪さできないようにするのが習慣だったんだけど、あいつら猿の癖に相撲が得意なんだよな~。


 で、高校時代はわりといい勝負だったんだけど、都会暮らしで鈍ったのか、今年は通算で負け越したのが、田舎から戻るにあたって心残りだった。

 だから、江戸のかたきを長崎で討つ――じゃないけど、だったら田舎の敵を江戸で討ってやろうじゃないか!!


「うおりゃあああああああああああああああっ!!!」

 もろ差しからかんぬきで一気に有利な体勢に持っていく。

 目標はこのまま窓辺に到達して、窓を全開にすることだ。

〝水~っ! 水! すぐに水道を出して~~っ!!”

 だが、そうはさせじと土俵際で踏ん張って、キッチンの蛇口のほうへ押し戻そうとする幻覚女。


 しばし膠着状態になったところで、ふと幻覚女の言葉で思い出した。

「――あ、そういえば帰省する前に電気もガスも水道も休止を依頼してたから、開始届出さないと水とか出るわけねえわ」

〝え˝……!?!”


 いや~、うっかりしてた。

 そーかそ-か。いやに執拗に幻覚が水を連呼すると思っていたけど、俺の無意識が休止中のライフラインの再開を忘れていたことを、警鐘として知らせていたんだな。超納得した!

 途端、半透明の幻覚女が防波堤に置き去りにされたクラゲのように、力なく崩れ落ちるのだった。


 そんなこんなで、アパートの窓を全開にして荷物の整理をし、ついでに暑さ対策のため近くのコンビニで買ってきたアイスを舐めながら、各所に電話をしてライフラインの再開を依頼。

「――うーっ、ち。えーと、他に連絡するところは……インターネット代とかも、休止になってるんかいな?」

 片手にスマホ、片手にアイスであっちこちに電話をかけ、そうひとりごちたところで、不意に知らない電話番号から電話がかかってきた。


「? はい、もしもし――」

『やあ、僕アンサー! 君の疑問に答えるよっ』

 前置きをすっ飛ばして、少年の声が朗らかにそう言い放った。

「???」

 なんだこれは? 夏休みこども相談室にでも間違ってかけたのかいな?

 そう困惑する俺とテーブルを挟んで、アイスと一緒に買ってきたペットボトルのスポーツドリンクを、馬みたいにガバガバと勝手にコップに注いで飲んでいた幻覚女――気のせいか肌に張りが戻ってきている――が、

〝――ぶっ!?”

 途端、目を剥いてむせた。

〝げほっ……げほげほっ……き、切りなさい! アンサーよ! 都市伝説・怪人アンサーからの電話だわっ!”

「はあ……?」

 そんなこちらの混迷など知ったこっちゃないとばかり、

『「自動更新タイプ」でインターネット契約をしている場合、特別な場合を除いて、一時停止ってのはできないから今月分も月々の基本料を払わないとダメなんだ! もし止めるとすれば、解約金がかかるし再開の手続きも面倒なんだよ』

 そう親切に教えてくれるアンサー少年。


「ほーっ、じゃあそのままになっているのか……」

 基本料金が痛いが、まあしょうがない。

『他になにか質問はあるかい? なんでも答えるよ!』

 なかなか親切でいい奴じゃないか。とはいえ……

「ん~、特にないかな。ありがとう」

『どういたしまして! じゃあ代わりに僕からの質問に答えてね』

 微妙に馴れ馴れしい子供だな。この暑いのにクイズ合戦か。


『君のお祖母さんの結婚した相手のお父さんのお爺さんの弟と同じ母親から生まれた女性の祖父の三番目の息子のさらに息子は君からみてなに?』

「遠い親戚」

『もっと具体的に、一言で言えば?』

「ほぼ他人」

『それでいいの? ……では改めてお聞きします。貴方は、午前九時二十四分現在、アンサーの質問に対して、「ほぼ他人」と答えた……ということで、よろしいですね? これがファイナルアンサーだよ?』

「なんで口調が、アルファベット一文字探偵みたいになってるんだ?!」


 ……つーか、この質問、意味あるんかいな?

 子供の意味のないクイズは面倒臭いな~、と思う俺。

 その心理が反映されたテーブルを挟んで見える幻覚女が、〝すぐに電話を切って!”と再三にわたって喚いている。

 切りたいのはやまやまだけれど、子供の電話をガチャ切りするのも憚られるしなぁ。まあ、メリーさんの電話は別だけど。


 そう思った瞬間、まさにそのメリーさんからキャッチホンが入った。

「――おっと。別な電話が入ったからちょっと待ってね。なんなら切っても構わないよ?」

 渡りに船とばかり、そうアンサー君に断りを入れたのだけれど、

『構わないよ! 終わるまで待っているから、ちゃんと答えてね!』

 へこたれることなくそう明るく待ちの姿勢を宣言された。


 舌打ちしたいのを堪えて、アンサー君との電話を保留にしてメリーさんと通話にする。

『あたしメリーさん。いま呼ばれたような気がしたんだけど、気のせいかしら……?』

「いや、あいかわらずの地獄耳だな、お前……。とはいえ、しつこい子供の……妙な電話が鬱陶しくて、正直辟易していたところだから助かった」


 そう答えると、メリーさんは妙な節をつけて『メリーさんイヤーは地獄耳。メリーさんチョップはパンチりょく』と、意味不明な謎の歌を歌ってから、

『子供の悪戯電話なの? 嫌ね、夏休み中だからかしら……』

「そうかもな。稲○淳二がブーストかけてる季節だけに、怪しい都市伝説を真似てるみたいだけど」

『笑止なの。そうそう都市伝説とか怪奇現象なんて、あるわけないわ……』

「――だよなぁ!」

 お互いに通話口で一笑に付す俺とメリーさん。


〝あああっ。なんなの、この試験終了二分前にマークシートを一個ずつずらして、書いていたことに気付いた瞬間の無力感と、授業参観でとりあえず周りに合わせて控えめに手を挙げた瞬間、当てられたみたいな絶望感が混じった、行き場のないやるせない気持ちは……!?!”

 一方、幻覚は頭を押さえてテーブルに突っ伏していた。


『メ、メリーちゃん、なにしてるもな?』

 と、電話の向こうで「ぼ、ぼくは、お、お、おにぎりが、す、す、すきなんだなぁ」という風な、微妙にテンポのズレた幼児の声がメリーさんへかけられた。

 同時にちょっとかん高い高飛車な口調の幼女が、

『イニャス! そんな電波女に声をかける必要はないわ! というか、いい加減にこの縄を解きなさいっ』

 キリキリと切り裂くような命令形で、そう男の子のほうへ話しかける。

『えー……でも、メリーちゃんも、他のお姉ちゃんたちも、ジリオラを「敵陣地に入ってもト金にならないみたいに、味方とも言えないし使い道もないから、放置しちゃダメ」って言ってるしー』

『どーいう例えよ!?』


 ギャンギャン聞こえてくるあちら側の様子をみるに、どうやらイニャスとジリオラと一緒にいるらしい。

「珍しい組み合わせだな。つーか、もう新大陸には着いたのか?」

『あたしメリーさん。正規の手続きとか面倒だったから、夜明け前に夜陰に紛れて、ガメリンの背中に乗って愛と情熱で国境を越え、いまオリーヴたちが泊るところを探しているところなの……』


 要するに、不法入国したという意味だろう。

 まあ、元亡国の王子や誘拐同然の公女が一緒なんだから、そうするのが手っ取り早かったんだろうが。


「で、その間に邪魔なふたりの子守をさせられているの。ぶっちゃけ、メリーさんにはこのふたり、キーボードの“Q”か、艦○れでダブったビスマルクくらい、どーでもいいんだけど……』

『だったらさっさと解放しなさいよ!』

 どうやら縛られているらしいジリオラが喚いている。

『五月蠅いの! だいたいお前ジリオラはナマちゃんなの。新入りの癖にヤキソバパンも買いに行かない、変装のためにモヒカンになって常にナイフを舌で舐めるキャラ設定にも従わない、生命保険の受取人にメリーさんを指定した書類にもサインしない、と事あるごとに反抗ばかりだから、そうそう自由にさせられないの……!』

 いや、それは全力で嫌がっても当然だと思うけど。

『当たり前でしょう! ワタクシをなんだと思っているの!? 仮にも公爵家のご令嬢よ、令嬢! あと、保険金の受取人とか、明かに計画的に殺人計画を練っているでしょう!』

『それは誤解なの。メリーさん、仮にジリオラが死んで保険金が入っても、全部ユ○セフに振込む予定なの……』

「それは嘘だな」

『ぜ~~ったいに嘘ね!』

『メリーちゃん、嘘はいけないもな』


 メリーさんの白々しい『いい人発言』に、俺、ジリオラ、イニャスが異口同音で即座に否定した。


『つーか、ワタクシが逃げるのを警戒してるんでしょうけど、新大陸こんなとこまで連れてこられた以上、右も左もわからない場所で、いまさら逃げようとは思わないし……だいたい、いつまでも荷物みたいにあんたに引き摺られてらんないわよ!』

 不貞腐れたジリオラが続ける文句を聞きとがめて、

「ずっと引き摺って歩いているのか、お前……?」

 思わず非難を込めて、俺がメリーさんにそう問いかけると、

『あたしメリーさん。こいつ乳母日傘おんばひがさのわりに、超合金みたいにやたら丈夫なの。普通ならとっくに肉の塊になる勢いで引きずり回したというのに……。ちなみにメリーさん、幼児や子供の引きずり回しにかけてはプロなの。なにしろあの都市伝説ひきこに技術指導をしたのは、なにを隠そうメリーさんという……』


【※都市伝説ひきこさん:ひきこさんの本名は「森妃姫子もりひきこ」といい、いじめにより引きこもりになった小学生である。ひきこさんは雨の日だけ外出し、自分の姿を見た小学生を捕まえては、相手が肉塊になるまで引きずり回すのだ。自分がいじめられ時のように】


「……お前が元凶か、こら!?」

 スマホで『ひきこさん』の詳細を検索した結果をもとに、思わずメリーさんを怒鳴りつける俺。


『あたしメリーさん。イジメは「イジメるヤツ」より「イジメられるヤツ」が悪いと言う、世間一般のルールをきちんと叩き込んで、あとられる前にれというメリーさんルールで洗の……説得しただけなの』

「お前、いま『洗脳』って言いかけなかったか?」

 そんな俺のツッコミを上回る大音響で、

『誰が超合金よ!?! 引き摺られている間、無茶苦茶痛かったわよ!』

 ジリオラが異議を申し立てた。

『「痛かったら手を挙げて」って言ってたのに、手を挙げないから全力で無視しただけなの……』

『理不尽な歯医者みたいなこと言うんじゃないわよ! だいたい縛られた状態で、どーやって手を挙げればいいわけ?!』

『いちいち口の減らない奴なの。だいたい幼児なんて、バブーとハァーイ! だけ言ってれば、半世紀は事足りるというのに、口を開けば文句ばかり。いくら国では貴族でも、ここでは単なるパシリ2号だというのに、さっきも朝ご飯のメニューに不平不満たらたらだったし……』

『アミダくじでメニューを決めるのはまあいいわ、譲歩する……けど、す○家が五回連続で続いたら、さすがに選択肢から外そうと思わないわけ!? そうする提案した、ワタクシが悪いわけ?! イエローカードだって、三枚溜ったら一発退去でしょう!』

『メリーさんのところのルールでは、そこからワンチャンあるの。ただし、それで失敗したら代償として、腎臓の片っぽとか目玉の片っぽを取られるけど……』

 どこの賭博黙示録やねん……そう力なくツッコミを入れる俺。

 

 さて、メリーさんとジリオラがアメリカンなネコとネズミが喧嘩している風に、全力でいがみ合っていをしている傍らでは、自然と放置されたイニャスが、ひとり黙々と砂浜に穴を掘って遊んでいたらしい。

 ある意味、真っ当な幼児の行動である。


『ん? イニャス、なにして――ああ、五月蠅いのを証拠隠滅で埋める穴なのね! お前にしてはグッドアイデアなの。とりあえず這い上がって出てこないように頭を下にして……』

『ちょ、ちょっと! まさか本気!? 食事のメニューの話からなんで急転直下で殺人に至るわけ!?!』

『あたしメリーさん。アディオス。せいぜい来世では、カナダのゲイカップルのもとに生まれるといいの……』

『ぎゃああああああああああっ!!!』


 と――

『メリーちゃん。なんか小人が入った瓶が埋まっていたのら……』

 自分で掘った穴の中から、イニャスがなにやら透明な瓶のようなものを取り出して、いままさにジリオラを穴に突っ込もうとしていたメリーさんに見せた。

『――ん? 人形……じゃないわね。生きて動いているみたい。だけど小人ってわりに、全身が真っ黒で、頭に角が生えて、背中に蝙蝠みたいな翼も生えた、1/18サイズの夜魔ナイトゴーントみたいだけど、眼鏡をかけて尖った牙の生えた口もあるから、ちょっと違うみたいなの。ネクタイも締めてるし……』

 ジリオラを放置して、イニャスから渡された瓶の中身を透かし見るメリーさん。

『あたた……って、それ悪魔じゃないの、悪魔! 瓶の蓋にお札みたいなのも張ってあるし、封印された悪魔よ!』

 つられて見たらしいジリオラが息を飲んで、声を荒げる。


《その通りでやんす。お坊ちゃん、お嬢ちゃん方。あっしは悪魔フィストと申しやす》

 と、それに答える形で、瓶の中の悪魔が自己紹介を始めた。

《五百年前に魔術師に封印されて、そのまま海に捨てられ、流れ流れてこの海岸の砂に埋もれ、このまま朽ち果てるかと思っていたでやんすが、まさかこうしてまた日の目を見られるとは思わなかったでやんす。どうかこの封印を破って蓋を開けて欲しいんでやんす。開けてくれるんでしたら、あっしの力で三つだけ願いをかなえるので、どうか頼みやす》

『ひとり三つなの……?』

《いえ、この場で三つだけでやんすね。ですから、ちょうど人数も同じなので、おひとり様一件っす。あと願いを無限にかなえろとか、不老不死とかの人知を超えた願いはなしで、あと物質的なものは基本どっかに存在するものをこの場に引き寄せる形になるので、存在しないものや確認できないもの、あと具体性が欠けた願いや、神や精霊などあっしより強い力に対抗するのは無理でやんす。あ、あとおひとり様一点ですので、何十個とかはなしで》

『『むうううう……』』


 提示された条件に、思わずうめき声を上げるメリーさんとジリオラ。イニャスのほうはわかってないらしく、『ほえ……?』としている。


『あたしメリーさん。これは難しいの……つまりメリーさんが「世界一希少で高価な宝石が欲しい」と言ったあとで、ジリオラが同じ願いをしたらメリーさんの宝石はジリオラのものになるということなの……』

「……いや、別に対抗しなくてもいいじゃないか」

 二番じゃダメなんですか?

『そして、ジリオラのあの目付きも、メリーさんと同じことを考えてる目付きなの……』

「あー、お前ら同じくらい根性腐ってるからなぁ」

『つまり、この勝負、あとから願いを口に出したほうの勝ちなの……!』


 ということで、お互いに無言の牽制をしつつ合意を得たメリーさんとジリオラ、プラス勢いに巻き込まれたイニャスの三人の幼児たち。

『『『ジャーンケーン……ポイ! あいこでショ……ジャーンケーン……!』』』

 縄を解かれたジリオラも含めて、その場でし烈なジャンケン合戦が繰り広げられたのだった。


 結果――。


 一番手、ジリオラ。二番手、メリーさん。三番手、イニャス。

『――勝った! 勝ったの! 正義は勝つの……!!』

『ちょ、ちょっと待ちなさい! これ男気ジャンケンで、勝った者が最初になって、負けた者が最後になるべきじゃないの!?』

 はしゃぐメリーさんと、ぐぬぬぬ……と、歯噛みして必死に取りすがるジリオラ。

 メリーさんとしては、毒にも薬にもならないイニャスはどうでもいいが、絶対に自分に対抗してくるジリオラを出し抜けたことで、約束された勝利の余裕を持って、

『いまさら見苦しいの。あとがつかえているんだからさっさと願いを言うの……!』

 そうジリオラの主張を一刀両断するのだった。


『ぐっ……』

 唇を噛んで屈辱に耐えていたジリオラだが、何度もメリーさんにせかされて覚悟を決めたのか、瓶に入った悪魔に向かって、

『わかったわ。ワタクシの願いは……〝ワタクシの次に言われる願いを叶えないで欲しい”以上よ』

 捨て身の相打ち攻撃を放った。

『――なっ!?! それはダメなの! 〝メリーさんの願いを叶える”の……!』

 思わず反射的にメリーさんが自分の願いを口に出して、

『『ぐぬぬぬぬ……』』

 と、ジリオラと睨み合う。

 必然的に最後に残ったイニャスに賽が委ねられることになった。


『イニャス、貴方まさか幼馴染であるこのワタクシに不利な願いを言うんじゃないでしょうね!?』

ドリル女ジリオラの願いをキャンセルさせるの。そしたら、メリーさん口にはできないサービスしてあげるの……』

 恫喝と懐柔。お互いに足の引っ張り合いをする幼女ふたりを前にして、イニャスが口に出した決断は――

『僕は〝どっちでもいい”なお……』

 どーでもいい口調で悪魔に丸投げであった。


《そんなもん、どないせえっちゅーねん!!!》

 相矛盾する願いを前に、システムフリーズしたパソコンのように頭を抱える悪魔。


 で、結局どれも無理ということで……。


『つかえない悪魔なの……』

『まったくだわ。時間の無駄でしたこと……』

『じゃあ、もういっぺん埋め直すお~』

《ちょ、こらっ。待っておくんなはれ、お坊ちゃん、お嬢ちゃん!》

 腹立ちまぎれに、三人がかりでより深い穴を掘って瓶は埋め直されたのだった。


「……まあ、悪魔の力なんか借りると碌なことにならないだろうからな。これでよかったんだ」

 そう気休めを口に出す俺の言葉も聞こえないようで、

『あたしメリーさん。二度と掘り起こされないように、念のためにノーデンスのトンカチが二重に封印しておくの……』

 容赦のないメリーさんが、あちら側で邪神器を使ってとどめの一撃を加えた。


 刹那――

『――メ、メ、メ……メリーさん!?!』

 メリーさんとの通話回線に保留中のアンサー君が割り込んできた。

「あれ? 混線してるぞ、この回線」

『あたしメリーさん。どこのどいつなの、メリーさんと彼との楽しい逢瀬ホットラインを邪魔する命知らずは……?』

 ドスの利いた声でそう激昂するメリーさんに、

『…………』

 委縮したのか息を細めて黙り込むアンサー君。

『〝メリーさんは激怒した。必ずかの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくヌシを除かなければならぬと決意した。”の……』

『ひぃぃぃぃぃい!! すみません、姐御っ! アンサーです。怪人アンサーっす! あざーす、失礼しゃーす!』

 途端、逼迫した叫びとともに、明らかに電話の向こうでアンサー君が直立不動で、90度以上腰を曲げた気配がした。


『…………。……怪人アンサー? ああ、思い出したの。確かちょっと前の都市伝説が一堂に会する新年会で、都市伝説「きれいなきん○ま」から紹介された、電話系都市伝説の新顔ね。確か、余興のお盆芸で失敗した肉饅頭……』

「知り合いか……?」

『知り合いというほどでもないの。コイツは電話で相手の質問に答えるんだけど、最後に自分から面倒なクイズを出しては、相手が答えられないとその罰ゲームとして、手とか足とか体のパーツを奪うという、タチの悪い闇金みたいな都市伝説なの……』

『えっ!? そのやり口は姐御が指導してくれたものじゃ?!? 「負けた代償に臓器やパーツをもらうのが、この業界のルールだから文句は言わせないの!」って』

『嘘なのっ。出鱈目なの! こんな愛らしいメリーさんがそんな極悪非道なことするわけないの!』

 お前、さっき似たようなやり口で臓器奪おうとしなかったか? あと、ひきこさんの件といい、もしかして最近の都市伝説が凄惨で猟奇的なのって、全部メリーさんこいつが悪いんじゃねえのか?

 そんな俺の疑念もなんのその。

『メリーさんに比べたらインディーズもいいところの都市伝説の分際で、メリーさんの縄張りを荒らし、あまつさえメリーさんに責任転嫁するなんて、〝呆きれた三下なの。生かしては置けないの……!!”』

 どっかで聞いたようなフレーズを、そこかしこで引用して私怨に燃えるメリーさん。

 ドサクサ紛れに過去の自分の所業をなきものにする気満々であった。


 ともあれ、ある意味、有言実行であるメリーさんの殺害予告に、

『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』

 と、絶望的な悲鳴をあげるアンサー君。

『アンサー、確かお前、電話移動ができるはずよね? ちょっとこっちまで顔を貸すの……』

『スンマセン、ホンマにスンマセン! 知らなかったんす! 姐さんの縄張りシマだとは!』

『謝って済むなら都市伝説はやってられないのっ。とりあえず質問なの。マグロ包丁とクジラ包丁どっちが好き……?』

『……いや、あの。それ答えた場合、僕どうなるんでしょうか?』

『お前は質問に質問で返せと学校で教わったの……? だったらより具体的に、水でコネてどこまで伸びるか滑車でチャレンジする「トルコアイス」の刑と、灼けた鉄板の上で気が狂うまで踊る「ジンギスカン」の刑と、どっちがいいか選ぶ選択を与えるの。これが最終確認なの……!』

 というメリーさんの死刑宣告に対して、

『いやああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?』

 アンサー君が身も世もない絶叫を放った。


 ……しょうがない。ここは助け舟を出してやるか。

「あ~、まあ……そういう殺伐とした話は俺抜きでやってくれないか。つーか、アンサー君? よくわからんけど、とりあえずメリーさんによく謝っておけ。メリーさんも……メリーさんだって……メリーさん如きでも、多分、誠心誠意謝ればわかってくれるさ……くれるだろう……くれるといいな~。で、それでお互いに水に流すってことで、どうだ?」

 最後の「どうだ?」はメリーさんに対しての確認である。


『あたしメリーさん。そこはかとなく見下されたような気もするけど、貴方がそういうなら、メリーさん瀬戸内海のように広い心で、許してあげてもいいの……』

 微妙に狭いな、おいっ。

『ああああっ……ありがとうございますっ。すみませんでした、姐御。そして兄貴! 一生恩に着ます! なんかあったら言ってください。兄貴のためならたまのひとつやふたつ取ってみせます!』


 そんなこんなで、なんか知らんがウザイ舎弟ができたらしい。

 電気もガスもまだ再開していない部屋の中で、俺は流れる汗とともにため息をつくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る