第36話 あたしメリーさん。いま新大陸で冒険しているの……。

 アメリカ旅行から帰国した神々廻ししば=〈漆黒の翼バルムンクフェザリオン〉=樺音かのん先輩こと佐藤華子さんから連絡があり、『超常現象研究会』のたまり場になっている大学近くのファミレスで落ち合うことになった。


「絶望が月を隠し、暗黒へ沈むこの矮小なる世界を支配するのは混沌! 邪なる秩序が人心を欺き、流れる涙に落ちどころなく……ならば是非もなし。これより涙を掬い上げるべく、漆黒の空に生まれし我に導かれし汝、いざ深淵へと足を踏み出すべし!」

 相変わらず迂遠な言い回しを捏ねまわしながら、『マケマケ』とかいう、いきなり負けフラグが立っている名前の神様を象った石像のレプリカを、「――あ、これ帰りに寄ってきたハワイの空港で、マカダミアナッツと一緒に売られてたんで、衝動買いしてきたお土産ね」と、気前よく寄こす樺音ハナコ先輩。


 激しく在庫処分バーゲンセール臭のする得体の知れない神像より、マカダミアナッツもらったほうが、まだまだマシなんだけど、まあせっかくの好意を無碍にするわけにもいかないので、「……はあ、どーも」と礼を言って受け取った。

「――あ、そうそう……お返しというわけでもないですが、これウチの田舎の名物なので、どーぞ」

 別に示し合わせたわけでもないけど、紙袋に入れて持ってきた、ウチの田舎の名物『ダンベル型こけし(五㎏バージョン)』を、むき身のままお返しに渡す俺。


「――重っ、なにこれ!? じゃなくて、ククッ……これだからヒトってやつは面白い……」


 こけしとして著しくバランスを欠いた――筋肉モリモリの造形で「お前のようなコケシがいるか!」と、ツッコミを入れたくなるような――異形のダンベルこけし(五㎏)に素で驚いてから、すぐに取り繕って眼帯を当てた目に手をやり、そう含み笑いを放つ樺音ハナコ先輩。

 う~む……。今回のイヤゲモノ交換は、期せずして変な工芸品対決となり、お互いに相打ちに終わったようである。

 なぜか似たようブツのやり取りになったが、知らないうちに樺音ハナコ先輩の影響を受けているんだろうか俺? まさか、スタ○ド使いはひかれあう的な何かじゃないだろうな……?


「つーか、このマケマケだかテレテレだかいう神様ってどういうご利益があるんです?」

 そう聞いたが、

「さあ? でも確かイースター島の最高神らしいから効果は抜群なんじゃないの。それに、ほら……地球の反対側の神様の像って聞いたら、いかにもロマンがあるじゃない?」

 という甚だ心もとない答えが、樺音ハナコ先輩から帰ってきた。

 さてはその場のノリだけで買ってきたな……。


「そういう〝知る人ぞ知る”よくわからん神様にご利益があるんですかねえ……。最高神っていっても、安易に一番粉で十割ソバを打った遠○十傑より、三番粉を使ったソバで勝った事例もありますから、まだしも成田山のお守りのほうが効果がありそうですけど……」

 もっともなぜか俺の部屋に置いておくと、西日が当たる影響なのか、魔よけやお守りのたぐいは二三日で真っ二つに割れるんだよなぁ……。前に樺音ハナコ先輩にもらった『エルダーサイン』とやらも、気付いたら粉々に砕けてたし……。


 そう俺が疑問と感想を口に出した瞬間、スマホにアンサー君からメールが届いた。


>【アンサー君@マケマケはイースター島で、モアイが登場する以前は最高神として扱われていた神様だよ。食べ物がなくて、共食いをしていたイースター島の人々に鳥を運んできた、豊穣を司る神様だよ兄貴】


「ほー、なるほど……この飽食の日本においては、また微妙な神様だな」

「なに? ウィ○ペディアで調べたの?」

「似たようなもんですね。最近、いろいろと便利に教えてくれる奴と知り合ったので、わりと重宝してます」

「へー……じゃなくて、くくくっ、隠されたダークネス・オーバー・エレメント……ネクタリーゼ……神秘の湖の奥深くに隠された秘宝の気配を感じる。汝、真実を知ったが故の孤独を知るか。ふふふふっ」

 なんか変な納得をしている樺音ハナコ先輩。

「先輩も番号登録しますか? 必要なら送りますけど……あ、あと注文どうします? 俺はガーリックステーキランチ頼むつもりですけど」

「この血塗られた冥府魔道……されど我は振り返らない、ただ進むだけ……共に禁断の知識を得るというのか。だが、それもまた一興――あ、じゃあ香味野菜のペペロンチーノ風スパゲティね――あと、私のスマホに送って」

「ほいほい」

 二つ返事で、通りがかったウエイトレスさんに注文をしてから、取り出したスマホ同士でアンサー君のメールアドレスを転送する。

「頼むぞ、アンサー君」

『おかのした』

 快く応じてくれるアンサー君。


 で、料理がくる間、ポチポチとスマホを弄っていた樺音ハナコ先輩だが、

「……ねえ、早速『>オリバー@私は軍の極秘実験で頭が良くなったチンパンジーです。いま飼育員のケータイから、こっそり打っています。』ってメールが来てるんだけど?」

 不審そうに眉を寄せてスマホとにらめっこをはじめた。


 なんだそりゃ!?

 と思ったところへ、

>【アンサー君@この女性、霊感がゼロで心霊現象や超常現象とぜんぜんチャンネルが合わないからアンサー君とも話せないよ(´・ω・`) 仕方ないから、話が合いそうな相手と通話先を変えておいたよb】

 そうアンサー君から補足説明がきた。


 進化した猿を自称する暇人か……。まあしかし、樺音ハナコ先輩とは話が噛み合っているようで、

「――っ! 仲間を増やして人類を支配する!? ダークネス・オーバー・エレメント! ならば是非もなし。我は古の契約に従い、これより開眼せし者とならん! 我が配下の十二騎士団は貴様をとめるべく、これより天の地に降臨し、星の中で目覚めるっ」

 なにやら興奮した様子で、「人類のピンチよ!」「猿の軍団の足音がそこまで……?!」と、スマホを連打している。


 そうこうするうちにオーダーした料理がテーブルに並べられた。

「温かいうちに食べたほうがいいっすよー」

「それどころじゃないわ! この猿、某国の大陸間弾道弾にクラッキングかけて核戦争を起こして、本気で人類に成り代わるつもりよ。ここで私が止めなきゃ、誰がやるの!」

「あー……じゃあ、先に食べてますねー」

 一応、断りを入れて食べ始めたが、樺音ハナコ先輩は脇目も振らずに、自称猿との交渉に没頭している。


「『いずれにせよ、人類は滅ぶべきと考える次第だ』って、大カトーを意識しているわ、この猿! だったらスキピオ風に、『それにつけても人類は存続させるべきである』――よ!」

 目の前にきたパスタがのびるのも構わずに、一心不乱にスマホを弄る女子大生。

 ……傍目には単なるスマホ依存症だな。


 すっかり俺のほうは食事を終えて、スープバーとドリンクのお代わりをしているのに、まだ自分の世界から帰ってこない。

 どーしたもんかな。と思っていたところへ、メリーさんから電話の事前通知を知らせるメールがきた。


 もしかして、いまのこの閉塞した状況を打破する突破口になるのではないか、という予感を覚えて要件を確かめる。


>【メリーさん@崎○軒のシウマイ弁当に入っているアンズって、デザートなのかお惣菜なのか判断に迷うところなの】


「なんでやねん!」

 思わず似非方言でツッコミを入れてから、スマホに出る俺。

 どーでもいいけど、ファミレスでお互いにテーブルに座って会話もせずに、スマホに熱中している男女って、傍目には破綻寸前のカップルかオタなサークル仲間にしか見えんだろうなァ(ある意味、後半は当たらずとも遠からずだが)。

 お互いに知り合って五カ月近く経っているんだが、その間に男女間の進展がない、俺と樺音ハナコ先輩。ラブコメだったらトキメキのひとつくらい、男○だったらとっくに友情が芽生えている期間だぞ、


 ちなみにウチの大学近くのファミレスなせいか、夏休みであっても学生客が半分以上を占め、各々が声高に、

「……ごめん、びっくりしたろう。僕が目玉のおやじの隠し子だったなんて」

「だから勝手に使うんじゃねえよ! 研究室にあるのは便器じゃなくて、便器型タイムマシンだと何度言えば……!」

「もう彼のことが信じられないわ! ベッドは北枕だったし、トイレットペーパーがダブルじゃなくシングルなんて、最低よ!」

「だから言ったろう、『困ったらとりあえず脱げ』って」

 なにやら喧々囂々けんけんごうごうと声高に話しているせいで、俺たちの会話もそれに紛れて目立たなくなっている。

 店員さんたちも慣れた様子で(毎年、学生の顔ぶれは変わっているはずなのに、この変なノリはお馴染みということだろうか? 嫌な芸風の大学だな、おい……)変なテンションのイロモノ客が相手でも、まったく平常通りお仕事がんばっていた。


『あたしメリーさん。いま新大陸にいるんだけど、この地のどこかに現世に戻れる伝説の《ゲート》があるという噂を頼りに、いま情報集めをしているの……』

「え?! お前、戻るつもりあったのか!」

 てっきり諦めて異世界に永住するのかと思ってたんだけど……。


『永住でもいいような気もするけど、メリーさん思ったの。最近マンネリっぽいから、一周回って初心に戻ったほうがいいんじゃないかって……』

「……また、メタ発言を……」

 思わず呻く俺。


『それにほら……最近はさすがのWEB小説も息切れしてきているというか、各出版社も書籍化の粗製乱造し過ぎて読者が付いてこられないというか、一周回って「イラストなんて似たり寄ったりだし、内容もたいして変わってないんだから、別に書籍で買わなくても無料のWEBでいいんじゃね?」という原点に回帰し始めているって噂だし……あ、メリーさんの書籍版の絵師さんは別なの。絵師ガチャ的にSSR級という噂だし……』

「メタメタにメタ過ぎる発言は止せ!」

『やめろと言われてやめるくらいならメリーさんはやってないの。K○NISHIKIだって、医者に止められてもドラム叩いたし……』

「それはK○NISHIKIやない、Y○SHIKIだY○SHIKI!」


 ツッコミを入れる俺の脳裏に、K○NISHIKIが腰蓑一丁で夜のハワイを舞台に、篝火の前で一心不乱にドラムを叩いている姿が思い浮かんだ。……なんか違和感がないな。


『なのでメリーさんも原点回帰をして、「あたしメリーさん。いまあなたの後ろにいるの……」を目指すべきじゃないかと……』

「目指さんでいい目指さんでいい! それこそマンネリの最たるものじゃねえか」

『あたしメリーさん。そう思うのが素人の浅はかさ。いまや確実にメリーさんのあなたへの好感度は上がっているので、そこからの展開が違うの。普通なら背中から滅多刺しにして終わりだけど、そこからが違うの。まずはその場で首を切断したメリーさん。さらに恋敵の連続殺人を繰り返して、ラストは夕陽の海を漂うヨットのデッキで、あなたの生首に頬ずりすながら「ずっと一緒なの……」と呟きつつ、永遠の眠りに着く予定……』

「なんだ、その『Nice Boat.』な案件は!?! つーか、どこの伊藤さんちの痴話喧嘩だ! つーか、万一お前がこっちの世界に戻ってきて、襲い掛かってきたら本気でやり返すぞ俺はっ!」

 いつまでもイニシアチブを取られると思うな。

 そう気迫を込めて言い聞かせると、

『あたしメリーさん。〝やり返す”なんて強引なの。FBIはロリコンには甘くないのよ……?』

「そういう倒錯趣味じゃねええええええええっ!!」


 あかん。世間的に見れば幼女とボッチ男子大学生。どっちのいい分を信用するか、火を見るまでもなく結果は明らかだろう。どっちしても即バッドエンドに直結している以上、なにがなんでもメリーさんは異世界に足止めしておかねば!


「……もしかすると、俺って実はこの世界の平和と正義に貢献しているんじゃねえか?」

「だったら毎月にバナナ十房! それにリンゴをひと箱つけるから、それで手を打ちなさい! 人類と世界平和のためなら、そのくらい痛くはないわっ」

 そう自問した俺の反対側の席では、樺音ハナコ先輩が相変わらずスマホ相手に、『人類救済』だとか『世界平和』とかの、中二病ワードを炸裂させていた。


「そーいや、新大陸ってどんなところなんだ? 西部劇風のフロンティアワールドとか? あとそういえば、そこってお前が前にいたリヴァーバンクス王国の領土――飛び地があるんだったよな?」

 とりあえずメリーさんの気を逸らせるべく、話の矛先を変える。


『飛○新地?』

「どこで覚えたそんな卑猥な地名!?」

 聞き間違いにもほどがあるぞ、この幼女!


『メリーさんよくわからなけど……う~ん、そんなに前のところと変わらないわね。言葉にはちょっと方言があるのと、町がゴミゴミしているくらいで……あ、名物のエッフェル塔みたいな塔と遊園地を結んだロープウェイとか、ゲイ・タウンとか、あと最近は元ボクシングチャンピオンの串カツチェーン店が有名らしいけど……』

「そこ新大陸じゃなくて、やっぱ某新世界じゃないのか!?!」

『あたしメリーさん。で、新大陸ではあまりメリーさんのネームバリューが通じないというか「幼女勇者? 冗談も大概にせえや!」って感じで、頭っから疑ってかかっている感じなの。だから、こっちの冒険者ギルドでメリーさんの実力を見せるために、近くのダンジョンに発生したトロールの特殊個体を斃す依頼を受けたの……』


 俺のツッコミを無視して自分語りに熱中するメリーさん。

『これだから田舎者は嫌なの。あっちの大陸では、メリーさんと言えば――』

「10年に1度の当たり勇者」

「可愛らしさはいままでの勇者で最高」

「過去10年で最高と言われた美少女勇者を上回る出来栄え」

「100年に1度の勇者」

「個性が強く中々のインパクト」

「切れがあってコクがある、豊かで上質な勇者」

「豊かな実績と程よい酸味が調和した性格」

「みずみずしさが桁外れの素晴らしい幼女」

「今世紀で最高の勇者」

「愛らしい見た目と他を圧倒する能力のバランスがとれた完璧な味わいの勇者」

『と、大評判だというのに……』


 ボジョレー・ヌーボーのキャッチコピーみたいで、なおさら信用できんわ。

「つーか、トロールねえ。確か鼻と耳がでっかい、毛むくじゃらの邪悪な巨人だったか……?」

 映画とかファンタジーではお馴染みだな。


『そうなの。メリーさん、てっきりムー民みたいなトロールかと思っていたら、全長五mくらいあるガチのトロールだったの。出刃包丁一本で足りると思ってたんだけど、お陰で解体するのにさばき切れずに、クジラ包丁を使わずにはいられなかったの……』

 ちなみにクジラ包丁というのは文字通りクジラを解体するための包丁で、豊洲魚市場でお目にかかれる、本マグロを解体するのに使われるマグロ包丁。ほぼ日本刀に相当する見かけのあれに例えるのなら、こっちはマジで見た目は青龍刀である。

 刃渡り一・五m、一番刃の厚い部分で五十㎝はあろうかという肉厚の凶器なのであった。

 つーか、俺としては普通のトロールよりも、某ナスビ顔のトロールをぶっ殺すほうが、精神的な葛藤が大きいような気がするんだが……。


「……ともあれ、解体したってことは斃したわけなんだよな? よく斃せたな。殲滅型機動重甲冑かガメリンでも使ったのか?」

 見た目は幼女。中身は戦闘民族のメリーさんだが、基本的に酸素を吸入して二酸化炭素と毒舌を発する以外、実際ガチの戦闘能力はわりとヘッポコである。どう考えても五mの純然たる腕力モンスターには勝てないと思うのだが……。


『あたしメリーさん。ダンジョンが狭すぎて、どっちも入れなかったの……というか、トロール自体も体がデカすぎて、一階のフロアをウロウロするしかなかったんだけど……』

「なんだそのオチは。建物を建てたがいいが、設計ミスで機材の搬入ができずに、一度も営業できなかった荒井注のカラオケ屋か!?」

『なので、メリーさん助っ人にアベ○ジャーズを……』

「待て、こら!」

『というのは冗談で、メリーさん入り口のこっち側からトロール相手に果敢な攻撃を仕掛けたの。具体的には、ガラスを爪でギーギーしたり、水の入ったペットボトルを出口に並べたり、蚊が嫌がる周波数の音を放ったり……』

「安全地帯からチマチマ嫌がらせしてるだけじゃねえか!」

『そんなことないの。ちゃんと勇者らしくとどめも刺したの……』

「どうやって?」

『相手に向かって炊飯ジャーのフタをパカパカしながら、「魔○波!」……と』

「できるのか!?」

『やったけど効果がなかったの。やっぱり巨人相手にタ○ガーの炊飯ジャーは勝率的に勝ち越せないと……』

「わーーーーーっ!!! その話題はよせっ!!」

 慌ててメリーさんの放言を遮る俺。

『で、メリーさん、代わりに最近覚えた火炎魔術を使ったの……』


 以下、その時の戦闘描写――。


「くらえ……なの!」

 ダンジョンの地下一階にある大広間に足止めされているトロールに向けて、回廊にいる白いワンピースに白のパンプス、麦わら帽子がよく似合う。高原のお嬢様風の衣装に身を包んだメリーさんの指先から、ぽっと火の玉……というか、マッチで擦ったような火が飛んでそのつま先に当たって破裂した。


『……ウガ? 線香花火魔術……?』

 熱くも痛くも衝撃もない攻撃に、怪訝な面持ちで怪異な顔をしかめるトロール。

 そんなトロールに向けて、どや顔で薄い胸を張ってメリーさんが言い放つ。

「ふふふふふふっ、これはメ○ではないの。――メ○ゾーマなの……!」


 途端に、固唾を飲んで見守っていたメリーさんの仲間(オリーヴ、ローラ、エマ、スズカ、ジリオラ)と、地元の冒険者たち数十人の間から、声にならないどよめきが起きる。

 なんで火炎系の上位呪文が、あんな水鉄砲以下の威力しかでないんだ!? という驚愕の轟きであったが。


「あたしメリーさん。ビビったのね。ここでついにメリーさんが伝家の宝刀を抜くの。――煌帝Ⅱこーてーツー!」


 ギラリと光る出刃包丁をおもむろに抜いて、呆気に取られるトロール目掛けて、トコトコ向かっていくメリーさん。

 クサガメよりは若干早くて、ミナミコアリクイの威嚇ポーズと同等の迫力があるかな? という勢いの幼女を前に、困惑しながらトロールは身を屈めて、丸太のような指でメリーさんにデコピン一発――鼻くそみたいに吹き飛ばされるメリーさん。


《トロールのデコピン!》

《メリーさんは10のダメージを受けた!》

《メリーさんは戦意を喪失した……》


「弱っ! 勇者、挫けるの早っ!」

 ステータスウインドウに表示されるメリーさんの状態に、傍観していたジリオラが驚愕の叫びを放った。


「――ふえぇぇぇ……っ……痛いよう……おじちゃんたち助けてぇ……」


 プルプル震えながら、涙目でギャラリーの冒険者たち(主にオッサン)に助けを求めるメリーさん。

 それに合わせて、メリーさんのあざといやり口に慣れているオリーヴたちは、尻馬に乗ってトロールを非難すべく、一斉に白目でトロールを指差し「アーアーアー」の合唱を始めた。


『グオォォォ……! ヤメロ、ソンナ目デ俺ヲ見ルナ……!!』

「「「「アー! アー! アー!」」」」

 いたためれずに地団太を踏むトロール。

 だが、そんなことお構いなしにオリーヴたちの弾劾いじめは続く。

「「「「アー! アー! アー!」」」」

『ヤメロ~~ッ!!』


「野郎どもっ、ここで女子供を見殺しにしたら男じゃねえぞ! 死んでも守るんだ!!」

「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおーーっ!!!!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「やってやるぜっ!!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「男だけじゃないわよっ!!!」」」」」」」」」」

 と、メリーさんの健気な呼びかけを受けて、父性本能を直撃されたギャラリーの野郎ども、及び母性本能を揺り動かされた、なぜか判で捺したかのようにパンサー柄の装備を身に着けたおばちゃ……女性冒険者たちが、雪崩を打って武器を構えてトロールに立ち向かっていく。


 ゲームのレイドボス戦みたいになったフロアの中。

 女性神官のヒール――「痛いの痛いの飛んでいけ」によって――ダメージから回復したメリーさんは、

「ぐしゅ……痛くないもん……怖くないもん……メリーさん勇者なの……」

 そう言って、精一杯の勇気を振り絞って、わちゃくちゃしている混乱の中、トロールに向かって妖聖剣|煌帝Ⅱ《こーてーツー》を向う脛のあたりへ叩き込んだ。


《メリーさんの攻撃!》

《トロールに2のダメージを与えた!》

《トロールの残りHPは4912/5030だ!》


「「「「アー! アー……アーぁ?!」」」」

「「「「「「「「「「えー……おい。そりゃねえだろう……」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「あんなに頑張ったんだぞ!!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「……うわ~、最低っ……」」」」」」」」」」


 表示されたダメージに、その場に居た全員が白い目を向ける。


《………………》

《……メリーさんの攻撃っ!》

《トロールに512,694のダメージを与えた!!》

《会心の一撃っ! トロールは即死した! 効果はバツグンだ!》


『グギャアアアーーーッ!?!』

 世論の重圧に負けたシステムがあっさりと前言を撤回し、そのあおりでトロールが問答無用で屠られた。


「「「「「「「「「「お~~~っ、やったやった!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「さすがは勇者だ! えらいぞ嬢ちゃん!!」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「うんうん、やればできる子だと思ってたわ」」」」」」」」」」

 やんややんやの喝采の中、「あたしメリーさん。ざっとこんなもんなの……」祭り上げられたメリーさんは、そのままトロールの生首を斬り落として、新大陸の冒険者ギルドに凱旋したのだった。


『とりあえず、トロールの首をあなたに見立てて、首ちょんぱする作業にいそしんだの……』

 と、いう話をファミレスの席でスマホ越しに聞かされた俺は――。


「その情報は知りたくなかった!」

『首が大きくて一撃で切り落とせなかったのは痛恨なの。本番ではがんばるわ……!』

「頑張らんでいい頑張らんでいい」

『ということで、メリーさんは新大陸にいるの……』

「……どこ行っても変わんねえな、お前は」

 俺は嘆息しながら、

「だから、バナナはおやつではなくて……!」

 すっかり冷めた食事に手を付けず、いまだにチンパンジーとエゴネーションをしている樺音ハナコ先輩の交渉の行く末を見守りつつ、通話を切るのだった。

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