第29話 あたしメリーさん。いま殺人事件の犯人にされているの……。

 事件は人々の寝静まった深夜に起こった。

 高級住宅街の一室で、独り暮らしの老人(前四天王筆頭『竜魔将』キャリバン氏・竜人二百五十六歳)が背中を出刃包丁で刺されて殺されているのが、翌日、玄関が開いてるのをいいことに家の中まで勝手に上がり込んできた健康器具販売員によって発見された(なお、発見者は別件で催眠詐欺商法の容疑で取り調べ中)。


 死亡推定地獄は――。

近所の専業主婦A「そういえば、夜中の0時過ぎに言い争うような物音が聞こえたわね」

近所の自宅警備員B「九時半頃だったと思います。断末魔のような叫び声と言い争う声が……」

近所の家事手伝いC「『ぐぇーっ』という悲鳴が、えーと、彼と家で新し体位……ゲフンゲフン……遊んでいることだったから、夜中の三時頃ね。間違いないわ」

 こうして事件は暗礁へ乗り上げた。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 晩飯の支度をしようと、とりあえず焼肉にするために買っておいた豚肉のロースを解凍しようと、冷蔵庫を開けたら濡れそぼった女の生首が豚肉の代わりに冷凍棚に置かれていて、俺と目が合うと、ニタァとほくそ笑んだ。

「…………」

 無言のまま俺は生首を掴んで冷蔵庫から出して、そのまま台所まで抱えて行き、

〝うふふふふふふっ、さすがに言葉にならないみたいね”

 低い声で含み笑いをする生首をテフロン加工したまな板の上に置いた。


 それからふと思案して、スマホでクッ○パッドを検索――条件は『生首』『料理』である――ふむ、某国の『|輟耕録(てっこうろく)』によると、通称『想肉』といって『小児を以て上となし、婦女これに次ぎ、男子またこれに次ぐ』ということで、、女の肉は『不羨羊』(羊より美味い)らしい。


〝――え、いやっ。ちょっと……じょ、冗談でしょう!? 本気じゃないわよね?!”

 焦った女の幻聴が聞こえるが、半分冷凍されていたせいかいまいち表情もぎこちないし、動きも鈍い。


「ここのところ試験勉強で忙しかったからなぁ……まあ、コレも俺の疲れが見せる幻覚で、実際のところはただの豚肉なんだろうけど……」

 なお、検索結果は『あつもの(スープ)』にするのが一般的とあった。他にも饅頭とか歴史を調べると面白い。


 とはいえ、コレが生首に見えるのはあくまで俺の主観だけで、実際のところは豚の冷凍肉を切り分けるわけだから、十分に包丁を磨かないと……と、俺は百均で買って来た包丁研ぎで、無心になってじっくりと包丁を研磨する。

「色即是空、空即是色。目の前にあるのは生首ではない、実体はただの豚肉である」

 そう唱えながら丹念に包丁を研いでいると、あら不思議。まな板の上にあるのがただの肉の塊にしか見えなくなった。

「我、開眼せり!」


〝目付きが尋常じゃなーいっ! それ逝っちゃってる目よね!? 正気に戻れーっ! つーか、豚肉は別のところにあります! 野菜コーナーの奥に突っ込んであるから! ストップッ、ストーップッ! 一度確認して~~っ!!”


 幻聴が騒がしい気もするけれど、もはや俺の凪いだ心に波紋すら立たない。

 俺は無心だ……無心だったら無心だ。


 いい加減、研ぐのも十分だろうと思って、生く――肉の隣に田舎から送られてきたトマトを置いて、軽く切ってみる。

 う~~ん、真っ二つになったけど、いまいち断面がザラザラしているな。もともと安物の包丁だから限界があるのだろうか? それとも砥石に問題があるのか。

 つーか、包丁と言えばメリーさんだけど。確か包丁ってこういうセラミックの砥石じゃなくて、専用の砥石を使わないと、切れ味が悪くなるって聞いたんだけど、これでいいのかねぇ。


 そんな俺の懸念に応じるように、メリーさんから着信があった。


>【メリーさん@プロ仕様でもない限り安物の包丁には安物の砥石で十分なの】


「監視してるだろう、お前!? ホントはいまも俺の背後にいるんじゃないのか!?」

 速攻で電話に出た俺の絶叫に対して、

『あたしメリーさん。いま殺人の容疑で魔王国の警察署にいるの……』

 どこか不貞腐れたメリーさんの挨拶が返ってくる。


「――えっ、ついに捕まったのか?」

『メリーさん無罪なの! 凶器が出刃包丁で、夜中に背後から心臓を一突きにされて、近所のプー太郎ABCが、「「「そういえば包丁を持った幼女っぽい人影が逃げて行ったような」」」とか、口を揃えて証言しただけで、メリーさんが容疑者になっただけなの……!』

「もう完璧に役満揃ってるじゃねえか。あと、主婦はプー太郎じゃないぞ、いまはヘイトな発言が命取りなんだから気を付けろ」


 特になろう系の場合は、あっさり切られるので路線変更とかで躱しようもないし。


『あたしメリーさん。とにかくメリーさんは無実なの!』

「と言ってもなぁ……遠○の金さんでも犯人は一度は犯行を否定するしなぁ」

 こいつに対する信頼は水に浸かった金魚すくいのポイよりも薄い。


『なんで誰も信じてくれないの!? オリーヴたちも「あー、やったわね」「ご主人様、刑務所への差し入れは?」「いつかこうなると思ってたのよね」「と言うか遅きに失したと……」とか、言って頭っからメリーさんお犯行だと決めつけているし! 前々から、「二人一組で仲の良い者同士でペアを作れ!」というと、メリーさんが一人残るから変だと思ってたの……!』

「その時点でハブにされている可能性を考慮しろよ」

『だいたい意味不明なの! メリーさん前の四天王筆頭とか全然知らないし……まあ、聞いた話では今度の〝魔王国最強決定戦”の優勝候補で、順当に勝ち上がってくれば不戦勝したメリーさんたちと二回戦で戦う予定だったみたいだけど……』

「……どう考えてもお前が闇討ちしたパターンじゃん」

『メリーさんが闇討ちしたんなら、こんなつまんないやり方はしないの! もっと派手に胴体は輪切りにして、口に切断した右足首を咥えさせて、そのまま生首をスカイツリーの頂上に飾るくらいはするの……!』

「横○○史に出てくる殺人鬼かお前は!? いちいち発想が古い上に猟奇的なんだよ! いまどきは犯行もスタイリッシュだぞ。なんかもうマ○リックス並みの曲芸を駆使してトリックを作ったり、天才的な頭脳を使って、時刻表片手にうんうん唸りながら知恵を絞るんだからな」

『天才的な頭脳を持っていたら、そもそも殺人なんてしないと思うんだけど。――それにしたって、犯行に使われた凶器を見せてもらったけど、あんなダ○ソーで買ったような100均の包丁をメリーさんは使わないわよ……!』

「なぜダ○ソーとわかる? セ○アかも知れないじゃないか!?」


〝なんでそんな瑣末なことに拘るのかしら……?”


 いつの間にか解凍が終わった生首――改め五体が復活した濡れた女の幻覚――が、殺人という重大事よりも、どーでもいいことにこだわる俺たちふたりの会話に、冷や汗流しながらひとりごちた。

 ほっとけ! と思ったが幻聴にいちいちツッコんでもいられない。


 だがなぜか、

『――っっっ!? あたしメリーさん。いままたあの泥棒猫の声が聞こえたの! あなたまだあの女と切れてなかったの!? メリーさんに語った愛の言葉は嘘だったの……!?!』

 という猛り狂ったメリーさんの怒号とともに、電話の向こうで『わ~~っ! 容疑者が包丁を持って暴れだしたぞーっ!!』という、慌てふためく複数の声が漏れ聞こえてきた。

「――声なんぞ知らんなぁ。俺には聞こえん。空耳じゃないのか? ……いや、妖怪の仕業かも」

 あと、愛の言葉なんぞ天地神明にかけて囁いてはおらん。

『なんでもかんでも妖怪の仕業にするんじゃないわよ、うきーーーっ!!!』

 いよいよもって錯乱したメリーさんの叫びと、あっち側の官憲の切迫した声が聞こえてくるのだった。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 翌日、証拠不十分で釈放されたメリーさん。

 とりあえず、小指をタンスの角にぶつけた時タンスに感じる憎悪と同じものを仲間たちに向けることにしたらしい。

 トイレのタンクに強力な下剤を混入したあと、ウ○ッシュレットを『強』に変えるという直腸テロを実行(経口薬よりも坐薬のほうが効果が早い)。その後、阿鼻叫喚の坩堝と化した仲間たちの様子にメリーさんが留飲を下げたところで、さてこれからどうしたもんかと俺に相談を持ち掛けてきた。


「……つーか、よく釈放されたな」

『他に容疑者の幼女が浮かび上がったらしいの……』

「やっぱり幼女なのか!?」

『幼女が三人なの……』

「どんだけ幼女が関わっているんだ……」

 というか異世界にいる幼女というのは『幼女』という種類の化け物なのではないだろうか?

『なんでも容疑者のキャリバン氏は独身だったけど、チャップリン並みに幼女が大好きで、生涯独身の挙句知り合いになった名前も知らない幼女三人に、自分の遺産を残すと遺言状を残していたらしいの……』

「爺さん、どんだけ幼女好きやねん!?」


 思わず似非関西弁になってしまった。

 なお、喜劇王と呼ばれたチャールズ・チャップリンが、ハリウッドでは『小児科医真性のロリコン』と陰で呼ばれていたのは有名な話である(十代の子役を食いまくった)。


『ちなみに遺言状の中身は――』


〈ワシが死んだあと全財産を、幼女A、B、Cに与えます。ただし1番目の子に財産の半分を、二番目の子に残り三割を、三番目の子に二割を与えることとして、次の順番で幼女を選んで渡すように。

 ① ワシと会ったときに白いガーダーベルトとストッキングを穿いていた幼女を、Aより先に選んではならぬ。

 ② 幼女Bが2年前に魔王都を旅行しなかったのであれば、「1番目に選ぶべき幼女」はワシにパンツを見せなかった幼女じゃ。

 ③ 幼女Bまたは幼女Cが「2番目」に選ばれたら、すなわち幼女Cは『幼女三人の中でもっとも早く亀甲縛りができるようになった子』よりも先に選ばれなければならん。〉


『ということで、警察はいま幼女A、B、Cの割り出しと、順番に総力をあげているの……』

 うむ、なるほど順番はわからんが、変態幼女ばかりというのはよくわかった。

「つまりその幼女が怪しいというのか?」

『あたしメリーさん。毎回のパターンから言って、推理モノにはならないので伏線とか考えない方が妥当なの。メリーさんが思うに犯人は別にいる思うの。今頃ブラジルにいる謎の日系五世カルロス・玉木あたりが怪しいと思うわ……』

「誰だそれは?! つーか物理的にあり得ないし、理由もないだろう!?」

『剣と魔法のファンタジー世界でいまさら物理法則とかちゃんちゃらおかしいの。だいたい現代日本でも、アイドルが突如AカップからFカップに変わるというファンタジーがしばしば起こるし……。あと、理由なんて「太陽が明るかったから」とか「朝食のパンがバターを塗った面を下にして床に落ちたから」とかで、発作的に犯行に及んだに違いないわ。メリーさんが犯人ならそうだもん……!』

「その理屈で言うと世界中が容疑者だらけだよな!? つーか、朝から頭の痛くなる会話で、いい加減疲れてきた」

『それはよくないの。クエン酸の摂取がいいの。梅干しとか……』

「いや、しばらくお前とのやり取りを休んでいいか?」

『疲れたくらいで休むなんて軟弱なの。そんなことでは、これからの競争社会と社畜人生は生きていけないの……』

「お前、口先だけの気遣いでもいいから、せめて五秒くらいは持たせろよ!」

 試験明けだっていうのに、休ませる気ゼロだな。この餓鬼ァ……。


『それはともかく真犯人があがらないと、いつまでもメリーさんに疑いの目が向けられてウザいの……』

 だから独自に犯人を見つける……という理屈らしい。

「……いや、警察に任せろよ」

 気炎を上げるメリーさんとは対照的に、俺の気分はいまや日本海溝よりも深くて沈着である。

『警察なんかに任せていたら、勝手にメリーさんが犯人扱いされて、今度こそ無実の罪で捕まる可能性が高いの。だから、いまのうちに真犯人を見つけるの……』


 いや、もう面倒だから犯人メリーさんでいいんじゃね? とか思えた。

「あー、んじゃあれだ。とりあえず順番から行って、メリーさんたちと三回戦で当たる奴が次の犠牲者の可能性が高いんじゃねーのか? そのあたりで網を張ってみたらどうだ?」

『なるほど、連続殺人の序章なのね! 早速、トーナメント表を確認してくるの……!』

 言うが早いか、メリーさんは朝の街へ駆け出した。


 ◇ ◆ ◇ ◆


『――ということで、ここで張り込みをすることにしたの……』

『……いや。全然、欠片たりとも理解できんのだが……』


 その日の夜、たぶん三回戦で当たるのはこいつ……という、大本命の前四天王の最後のひとり『地魔将・イグナーツ(モグラ人の勇者・三十六歳)』が、煌々と明かりの点る自宅屋敷の居間で、メリーさんのわけのわからない説明に閉口していた。

 夜の夜中だというのに、屋敷中の明かりが灯され、それでも足りずにランプや篝火、照明の魔法具なんかを使って、不夜城かデコトラのように燦然と輝く屋敷内。

 おまけに出口という出口、入り口という入り口、窓という窓はすべて開け放たれ、さらにはありとあらゆるところに所狭しと、百均で売っている包丁が足の踏み場もないほど放置されている。


『あたしメリーさん。簡単な推理なの。前の犯行が夜に行われたことは確実。ならば犯人は夜型なの。だからこれ見よがしにこの家を周囲から目立つようにして、さらには玄関も何も開けっ放しにしておいて、ついでに百均で買った包丁を撒き餌として置いておけば……ほ~ら、犯人はフラフラと引き寄せられるように、犯行に及ぶこと違いないの……』

 いや、その理屈はおかしい。

『……なんか頭が痛くなってきたんじゃが……』

 メリーさんの超推理を前に地魔将イグナーツが、思いっきり疲れた声を出した。


 ちなみに、現在屋敷の同じ部屋には、メリーさんと地魔将イグナーツの他、その妻(魔人族・三十二歳)、娘(ハーフ父親似・十三歳)、使用人(執事・家庭教師・メイド×2)、ペットの犬が揃っている状況である。


『一応、念のために家の中のチェックもするの……!』

 そう言って、メリーさんは適当な包丁を手にして、マルサの税務署員かはたまた闇金の取り立て屋のように、手当たり次第に枕を切り裂き、カーテンを分断し、ソファーに包丁を突き立て始めた。


『……いや、連続殺人とかいう以前に、お前さんが俺んちで嫌がらせをしているようにしか思えんのだが』

 屋敷の被害の大きさに呻く地魔将イグナーツ。

『そんな呑気なことを言っていると、魔王や他の四天王の二の舞になるの……!』

『前魔王陛下や四天王とか他の親族が、目の前にいる誰かさんのせいで破滅したとか聞いているんだが……』

『どこにいるの? メリーさんには見えないの……?』

 と言いつつ、地魔将イグナーツの座っていたソファーを切り裂いた……ところで、

『ぎゃああああああああああああああああッ!!』

 と言ってソファー中から何者かが出てきた。

『『『『『『『わっ。本当にいたーっ!?』』』』』』』

『あたしメリーさん。人間椅子に化けていたのね! いつから潜んでいたか知らないけれど、なかなか芸達者なの……』

『おのれ、曲者――あぁっ! 貴様は俺と一回戦で戦う予定の――!?』

 愛用の獲物であるスコップを取り出して、斬られて身悶えする人間椅子に化けていた男を打ち倒した地魔将イグナーツだが、まじまじとその素顔を確認して即座にその正体を看破して目を剥く。


『油断大敵なの。あと、そことかこことかあそこも怪しいの――!』

 さらに次々に投擲されたメリーさんの包丁が、壁や天井に突き刺さると、そこから迷彩色になっていた男たちが次々と脱落してきた。

『うおおおおおっ!?! 貴様らは二回戦で戦う予定の《チーム・カメレオンズ》!』

『『『『ぐふっ……無念……』』』』


 さらには庭の木や藪に化けていた厳つい男たちも、腹や胸や脳天に包丁が突き刺さったまま、必死の思いで地魔将イグナーツへと向かってくる。

『『『『『旧弊なる、前魔王の手先に死を……!』』』』』

『くっ! 反魔王派の手先である〈暗黒騎士団〉まで投入されていたとは!!』

 次々とモグラ叩きのように、スコップで闇討ちを目論んでいた敵チームを叩きのめす地魔将イグナーツ。


 その間に、メリーさんが床の高価そうな絨毯を引きはがして、ついでに床板をぶち破り、何かに取り憑かれたように地面を掘ると――。

『『『『『チチューン!! モグラ人の誇りを忘れて、魔族に従う逆賊イグナーツ、天誅だーーーっ!!!』』』』』

 地魔将イグナーツと同族であろう、地中に潜んでいたモグラ人の過激派が床を破って躍り込んできた。


『他にもいたのか!? つーか、なんなんだ、この屋敷は!?!』

 一晩にどんだけ襲撃を受けるんだ!? と、愕然とした口調ながら、そこは前四天王にも選ばれる剛の者。あっという間に過激派たちを返り討ちにする地魔将イグナーツ。


 一息ついたところで、おそらくは惨憺たるありさまになったであろう。屋敷のありさまと、転がる襲撃者たちの姿に、恐怖に駆られたのかイグナーツの娘が、「お父様っ!」と悲鳴をあげながら父親に取りすがろうとして、近くにあった三徳包丁を握ってその土手っ腹目掛けて、渾身の突きを打ち込んできた。


『そわああああああああああっ!? 何をするか、我が娘よ?!』

 だが、そこは仮にも前四天王。軽く躱して凶器を取り上げる。

『やかましーんだよ、このモグラ! あんたの血が入ったお陰で、あたしがこれまでどんだけ惨めな思いで魔王国で生きてきたか……』

 と、地獄の底から響いてくるような怨嗟の声が、娘の口から洩れた。


 愕然とするイグナーツの油断した背中へ向かって、その妻と家庭教師の青年が一斉に包丁を突き入れた。

『――ぬわ~~っ!?』

 間一髪のところで床に転がって回避するイグナーツ。

『お前らなぜ――はっ、まさかお前たちは!?』

『ふふふっ、そうよ。私が本当に愛しているのはこの人だけ。あんたは邪魔なのよ』

『ふっ。馬鹿なモグラだ。ちょっと腕っぷしが強いだけで、いい気になりやがって』

 不倫の妻とその愛人が殺意を漲らせて、侮蔑の笑いを放ちながらイグナーツを追い詰める。

 さらには――。

『ぐあああああああああっ。ギャリソン!? アンナ、コニー。ポチ!? 貴様らもか!?!』

『くくくくくっ。執事とは仮の姿、その実態は暗殺組織『必殺・社畜人』の構成員よ』

『私たちはお前に親を殺され、復讐の機会を伺っていた姉妹!』

『両親の仇、覚悟っ!』

『わはははははっ、久しぶりですね。お父さん。十五年前にあなたに捨てられた獣人との間に生まれた息子ですよ。まさか僕が半年前からポチと入れ替わっていたとは知らなかったでしょう?』


『あたしメリーさん。なんか混乱しているけど、この中に昨日、ロリコンの竜魔将とかを殺した奴はいるの……?』

 その間に寝室の枕を切り裂き、タンスはおろか植木鉢までひっくり返して、他に不審者がいないか探索していたメリーさんが、なにやらクライマックスに達している居間にいた、殺人者全員に確認を取った。


『『『『『『『いや、知らない(わ)』』』』』』』

『じゃあ身内の話のようだから、メリーさんは帰るの……』

 バイトのシフトが終わった調子で、さっさとその場に背を向けるメリーさん。

『『『『『『『お疲れ様っしたーーーっ』』』』』』』

『わ~~っ、待て待て!』

 それに対して、地魔将イグナーツ以外の面子から爽やかな挨拶が返ってきた。


「……いいのか。おい」

『民事不介入なの……』

「お前勇者だろう?」

『勇者の前に一介の幼女なの……』

 だからよい子は帰って寝るの~! と、続けるメリーさん。


 単に夜が更けて飽きただけだろうな……そう思った俺だった。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 で、翌日の新聞によれば――。

 『竜魔将』キャリバン氏は、単なる脳卒中で逝ったらしいことが鑑識の調査で判明。

 ただし、そこはさすがに前四天王最強。しぶとい生命力で心臓は動いていたので、時間を置いて訪ねてきた例の三人の幼女が、欲に駆られて次々に台所にあった包丁でうつ伏せに倒れていたキャリバン氏の心臓目がけて包丁を刺した。

 が、そこは幼女の腕力。一人目がどうにか皮膚を切ったところで挫折。二人目が肉を切ったところで挫折。三人目が骨に届いたところで挫折……ということで、心臓までは届いていなかったそうな。


 それと、地魔将イグナーツに関しては、怪我をしたものの襲って来た連中は全員打ち倒して取り押さえたらしい。だが、信頼していた家族や使用人、毎日散歩に連れて行き下の世話までした飼い犬までが裏切り者だったという事実を前に、精神的にどん底へ落ち込み、今回の『魔王国最強決定戦』への出場を断念するとの公式発表があった。

 また、ライバルとなる連中も、今回の襲撃でほぼ斃されたことから、メリーさんチームの準決勝進出が、始まる前から決まったそうである。

 なんということだ……。

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