第28話 あたしメリーさん。いまかたき討ちに遭遇しているの……。

 さて、立つ鳥跡を濁しまくりで人間国(絶賛内戦中)や、獣臭い獣人国(暴走した謎の光る人形が迷走中)を抜けて、ルート上仕方なく魔王国ツァレゴロートツェヴァへと足を踏み入れたメリーさんたち一行は、国境の検問所で全員がガメリンが牽引する馬車を降りて、入国手続きをしていた。


「えーと、人間国リヴァーバンクス王国所属【超弩級勇者 】メリーさん。一月後に開催される魔王国最強決定戦へ出場のための訪問ですね?」


 地獄の極卒である牛頭ごず馬頭めずのような容姿をした二人組の魔族の係員。

 見た目は鬼も裸足で逃げ出しそうな容姿だが、意外に理知的で温和な態度で、身分証代わりの冒険者ギルド証を出したメリーさんの入国目的を確認する。


「超弩級というのは控え目に当たっているけど、目的は違うの……!」

 見た目、ドレスを着た五歳児にしか見えないメリーさんがきっぱりと否定する。

 なお、魔王国においてもメリーさんの評判は良くも悪くも轟いていて、そのインパクトのある見た目とピントの外れた言動と相まって、一部で熱狂的なアイドル権を獲得していた。

 そのため【超弩級勇者 】という、ある意味過剰とも取れる修飾語も、大衆の間に適合していたのである。

 なお、【超弩級勇者 】の最後の空欄には、(笑)や(偽)、(肉)など、各自の心に秘めた一文字が入るのはメリーさん本人だけが知らない公然の秘密であった。


「メリーさん勇者は開店休業中なの! だから戦いとか興味ないし、そんな暇があるなら道端のお地蔵さんをあやしてるほうがマシなの……!」

 あれぇ、聞いた話と違うな……? という顔をしながら顔を見合わせる係員たち。

「えーと、ですが以前に『リヴァーバンクス王国代表として、《秘密兵器・超時空勇者》メリーさんが満を持して参加するので、来訪の際には国賓として超VIP待遇でおもてなしをするように』との通知が来ています。が……」

「それを先に言うの! 国賓ってことは国の税金で贅沢し放題なのよね? とりあえずメリーさん蟹を食べたいの……!」


 途端に手の平を返すメリーさん。

 この無駄なポジティブさと真夜中の赤色灯のような明るさが、熱狂的なファン以上に必要のない敵を作ることも知らずに、今日もせっせと我が道を行く。


「いや、あの……さっきまで違うといってましたよね? いくらなんでも極端なのでは?」

「咄嗟の事だったから、メリーさん混乱したの。本来は白黒はっきりつけるメリーさんだけど、咄嗟の場合は生まれたてのパンダみたいに白黒はっきりしないこともあるの。白か黒かわからない、いまの状態はシュレディンガーのメリーさんなの……」


 わかったようなわからないような説明に、牛頭・馬頭ともにイマイチ要領を得ない顔をしながらも、そこは国家権力の走狗。定められた手順に従って入管手続きを済ませながら、

「えーと、そうしますと。お仲間の皆さんも団体戦に出場ということで、よろしいでしょうか?」

 残りの面子へ確認を取る。


「「「「え~~~~~~~~~~~~~~っ!?」」」」

 途端、思いっきり不本意そうなオリーヴたちが反論するよりも先に、メリーさんが「当然なの!」と言い切った。

「この際、とことん道連れ……じゃなくて、みんな一斉にゴールインするような今時のナメ腐った運動会みたいに、生温くもアットホームな職場だから、全員が一蓮托生なの……」

「アットホーム……」と呻くオリーヴ。

「まあ、確かに家にいるのと同然で、二十四時間そもそも就業時間という概念がありませんが……」と、ため息をつくローラ。

「休みもないけどね」と、やさぐれた笑みを浮かべるエマ。

「つまりは刑務所の生活をマイルドに言い換えた隠語みたいなものですよねー……」と、白目を剥くスズカ。


「大丈夫なの……!」

 テンション駄々下がりの仲間たちに向かって、無駄にカロリーが有り余っているメリーさんが発破をかける。

「みんな冒険者の合宿免許で特殊免許を取得しているの。特にローラとエマは〝忍者”スキルが高いと聞いているし、そこへスズカの妖術が加わったら鬼に金棒なの! つーか、相手は魔族だからぶっちゃけ、対○忍なの! そっちのスーツもすでに発注済みで衣装箱に入っているから、全員それに着替えるの必須……!」


「「「絶対に嫌です(よ)!!」」」


 体の線もあらわなスケスケレオタードを、素早く取り出して広げて見せるメリーさんに、いま槍玉に上がった三人が、断固とした口調で拒否を示した。


「嫌なら仕方ないの……」

 珍しくもあっさりと引き下がるメリーさんに、身構えていた三人の肩からほっと力が抜けたのも束の間、

「あたしメリーさん。そうなると、以前に着たビキニ・アーマーの出番なのね……」

 まあどっちでもいいの……と、いつ爆発するか分からない時限爆弾を持ち歩くのと、地雷だらけの公園で野球をするの、どっちにする? というレベルの究極の選択を強いるのだった。


 露骨なパワハラの現場を目の当たりにして、即座に見ないふりをする牛頭・馬頭を筆頭としたその場の大人たち。社会において、上司が白と言えば黒でも白となるのは常識であり。そうして人は大人になるのだ(摩耗するともいう)。

 周囲の大人たちが頼りにならないことを悟って、軽く絶望をするローラたち。こうした経験を積んで、少女は(嫌な)大人になるのだ。


「ククッ……これだからヒトってやつは面白いわ。だがしかし、慟哭の闇たるこのオリーヴ=〈深淵なる魔女デイープソーサリスト〉=トゥサには、絶望の終焉は降臨せず、ただひたすら星の中で目覚める無関係な話しの様ね」

 自分だけが破廉恥な衣装を着ないで済みそうだ、やったー蚊帳の外だ! とばかり調子に乗るオリーヴを残りの三人が、『なんで、自分だけ安全だと思うんだろうな~』と、愚者を見る目で見据える。


「とりあえず、オリーヴには先鋒を任せるの。相手の力を測るための物差しなので、好きな格好を死に装束……ドレスアップするの」

「ちょっと待ったああああああああああっ! あたしって戦闘訓練全然やってないのよ!? 死ぬって、秒殺されるって!」

 自分の半分しかないメリーさんに縋りつくオリーヴ。

 そんなオリーヴの肩をメリーさんは優しく叩いて、

「大丈夫なの。オリーヴは頑張ればできる子だって、メリーさんは信じているの。だいたい、団体戦で瞬殺されるのは意気込んだ次鋒レ○パ○ドンと相場が決まっているの……」

「なんの話よーっ!!」

「ちなみにメリーさんチームはシードで本選に出場できますが、初戦の相手は魔王国の予選会を、射殺、刺殺、絞殺、毒殺、斬殺、撲殺、焼殺、扼殺、圧殺、轢殺、爆殺など、あらゆる手段で勝ち上がってきたチーム《殺人総本舗マーダー・フルコンプ》ですね」


 絶叫するオリーヴに向かって、牛頭・馬頭が新聞らしき紙面を広げて追い打ちをかける。

 見れば、フォトショあたりで美化されたメリーさんと並んで、ローラ、エマ、スズカが映っている紙面の集合写真の外れに、適当に後から張り付けたらしいオリーヴの写真が丸で囲まれて添付されていた。

「なんでいきなり亡き人みたいになってるわけよ!?」

「たまたま取材に来た時にオリーヴがいなかったから窮余の策だったの。メリーさんを信用して。他意はないの。『この娘、めちゃいい子なんねん』と、どーでもいい男に知り合いの女友達を紹介するくらいの信頼度なの……」

 一方、メリーさんチームとは対照的に、対戦相手らしい《殺人総本舗マーダー・フルコンプ》とかは野郎五人組で、全員が全員世紀末からきた地獄からの使者かというような白塗りの戦闘用化粧に、鋲打ちの派手な衣装を着て、手に手にナイフや毒薬、鋼糸、爆薬、石弓、圧搾機などを持ってポーズを決めている。

「《殺人総本舗マーダー・フルコンプ》という名称といい、オリーヴにはピッタリなの! まさに殺人のフルコンプ、何でも揃っている殺人界のドン・○ホーテと言っても過言ではないの……!」


 何がメリーさんの琴線に触れたのか、それはもう嬉しそうにはしゃぎまくる。

 どんどんと逃げ場をなくされるオリーヴが周囲に視線で助けを乞うも、

「わ~、オリーヴさん責任重大ですね~」

「いっそ、先鋒で五人抜きしてもいいよ」

「オリーヴさんなら余裕ですよ、余裕」

 仕返しとばかり爽やかな笑顔で、救いを求める手を振り払い、ついでに上から言葉の重石を投げつけるローラ、エマ、スズカの三人であった。


「メリーさん思ったんだけど、ここには『悩殺』がないの。がりゅーてんせーを欠くので、ここが穴だと思うの。オリーヴの勝機は悩殺にあると睨んでいるわ……」

((((((絶対にぜってー違うっ!!!))))))

 その場にいた全員がそう思った。

「あのぉ……いまさらですけれど、魔王国ではこんな殺人集団が堂々と市民権を得ているのでしょうか?」

 ふと思い立ってスズカが真っ当な質問を、牛頭・馬頭に向けて問う。


「ははははっ、魔王国は法治国家ですよ。さすがに犯罪者を取り締まりもしないで放置はしませんよ。彼らが殺人をするのは法で認可された闘技場でだけですからご安心ください」

 牛頭が朗らかに笑って言うが、つまり合法なら手段を択ばずに殺しにくるのか……と、メリーさん以外の全員がげんなりとなった。

「彼ら《殺人総本舗マーダー・フルコンプ》も、普段は真面目な仕事に就いていますよ。教師や消防士、警察官などですね」

 ついでとばかり馬頭が補足する。

「うわ~。お姉ちゃん。全員が公務員だよ……」

「うちのスカな父もそうだったけれど、公務員ってストレスが頭の変な場所に溜まるのかしら?」

 新聞に書かれた《殺人総本舗マーダー・フルコンプ》のプロフィールを前に、エマとローラ姉妹がうめき声を上げた。

 ちなみに《メリーさんチーム》のメンバーの職業は、メリーさんが『勇者・自由業』となっている他は、全員が『家事手伝い』『無職』となっていて、戦う前に思いっきり負けた感が強い。


「公務員なの? やっぱり〝消防署と役所と学校は犯罪者の巣窟”という格言は正しいの……!」

 メリーさんだけは気にした風もなく、各方面からクレームがつきそうな台詞をぬけぬけと放った。


「「…………」」

 一応はその公務員の端くれである国境警備員の牛頭・馬頭が微妙な表情で苦笑いを浮かべる。

「あと列車内も犯罪の多発地帯なのは、西○京○郎を読めば一目瞭然なの。だからメリーさん電車は大好きよ……」

 さらにメリーさんの偏見はとどまるところを知らない。

 誰かこいつを止めろ。

 いつもだったらどっかと電波を交信しているのに、なんで今日に限って邪神だか宇宙意思だとかと会話を試みないのだ!? と、神の不在を嘆くオリーヴだった(なお、通話の相手が現在試験中のため、昼間に電話を掛けてこないように言い含めてあったのが真相である)。


 と、その祈りがどっかの何かに届いたのか、検問所の詰め所から謎の生き物が転がり出てきた。

「メリーちゃん! この声はメリーちゃんだも!」

 感極まった様子で駆け寄ってくる、小型のガ○ャピンみたいなゆるキャラみたいな生き物。

 見る影もなくボロボロになっているが、そのインパクトのある見た目は間違いなく、

「あたしメリーさん。なんでゆるキャライニャスがここにいるのか意味不明なの……?」

 困惑するメリーさんの様子に、牛頭・馬頭ともにどこかほっとした様子で、

「ああ、メリー様のお知り合いですか? いや、二日ほど前に行商人が珍しい生き物を拾ったというので、持ち込まれたのですが対処に困惑していたのですよ。いや~、良かった。持ち主に巡り合えて」

 さっさと厄介払いを決めたのだった。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 馬車を降りて、魔王国の宿場町を全員で連れ立って歩きながら、お互いにこれまでの経緯を話すメリーさんとイニャス王子。

 

「要するに他国へ亡命しようと少数で王都を逃げ出し、海路で逃げる途中で警護役の騎士が裏切って、軍資金とか全部着服して、証拠隠滅でイニャス王子を海に突き落としたと。で、流れ流れて魔王国ってわけね」

 イニャスの身分を含めて話を聞いた上で、端的にまとめるオリーヴ。

「貴種流離譚ですね」

 ローラが感慨深げにそう感想を口に出した。

「単なる成り行き任せの厄介者なの。お家騒動の元だから、メリーさんの傍にはおいて置きたくないの……」


 言い難いことをはっきり言うメリーさんの塩対応を前に、イニャスが青菜のようにしゅんと萎れる。


「――ちょっと。いくらなんでも言い過ぎですよ。あの子イニャス、見るからにメリー様に好意があるじゃないですか。上手くやれば将来玉の輿ですよ」

 恋愛事には興味津々なエマが小声で注意しつつ冷やかした。


「メリーさん、ゆるキャラに興味はないの……」

「いや、でもあっちは明らかに一目惚れっぽいですよ? 少なくとも好意を持ってくれた相手を見捨てるなんて、さすがに良心が咎めませんか?」

「メリーさん、ひとめぼれはお米しか信じてないし、現代社会が抱える病根には何の意味もないの。あと良心に関しては確かに痛むの。一度懐いた相手を見捨てるのは、ギザ十円を使うのをためらう程度の躊躇はあるわね……」


 よくわからんけど微妙そうだなー……と、軽く絶望するエマであった。


「そっかー……仕方ないよねー……。ジリオラもすっかり変わっちゃって、『もう貴方との関係は終わったの』とか『叔父様が権力を握った以上、もう貴方の存在価値はた○ごっち以下よ』とか言ってたしね……」

 イニャスの方も長い放浪生活で、五歳児にして悟りの境地に達したのか諦観交じりのため息をつくのみであった。

 それから、ふと最後に一言。

「いまの国家財政の50倍以上ある、王家の秘密宝物庫の鍵も無駄になっちゃったか……」

 腕にハマった金属製の腕輪をさすって、一同に背を向けようとした。


「――困った時はお互い様なの! まずは腹ごしらえなの! 腹が減っては戦はできぬ――なのっ!!」

 その手(正確には腕輪のある部分を躊躇いなく)をむんずと掴んで、颯爽と言い切るメリーさん。

 財宝狙いなのが露骨過ぎて、いっそ清々しくあった。


「とりあえずイニャスという名前はマズいから名前を変えるの。今日から、ゆうすけ=ポチョムキンと名乗るの……!」

「なんで〝ゆうすけ”なわけ!?」

「どうして〝ポチョムキン”なんですか!?」

 それぞれ元ネタを知っているオリーヴとスズカがツッコミを入れるも、どうせ現地人にはわからないと、変な漢字のタトゥーを知らんぷりして入れる入れ墨師のノリで無視するメリーさんであった。


「貴様が伝説の《魔王殺し》勇者メリーさんとその他おまけだな!?」

「我こそは先の魔王ヴァレリヤン=レオニート=ベロゼロフ三世の第十七男ドナート=マルティン=マハノヴァなり!」

「同じく。先代四天王の一人狼魔将ディーンの息子、ヴァレン=スレスキナ!」

「同じく。妖鬼将アレクサンドラの妹エヴェリーナ=アンティラだ」


 そんなメリーさんたちの前に、厳つい鎧と大剣を持った角の生えた偉丈夫と、俊敏そうな狼男、そして扇情的な革製のボディスーツを着て鞭を持った娘が立ち塞がった。


「メリーさんたち急いでいるので、オヒネリは出せないの……」

「芸人じゃない! 俺たちは貴様に汚名を着せられ、また殺された身内のかたき討ちのために、ここで貴様が来るのを待っていたのだ!」


 魔王の息子を名乗った偉丈夫が、怒りを押し殺した口調で言い切る。


「かたき討ち? メリーさんに身に覚えはまったくないの……」

「やかましいっ。俺たちがしているのは質問じゃない! 詰問だ! 貴様が親父を殺した人間国の勇者メリーさんで間違いないな!?」

 狼魔将が牙を剥き出しにして猛る。


「狼なら豚と羊に殺されたの……」

「とぼけるな! と言うか問答無用っ。この場で我々と正々堂々と立ち合うがいい!」

 とりあえず童話に罪を丸投げするメリーさんに対して、ピシャリと鞭を地面に鳴らして立会いを挑むアレクサンドラの妹。


 心底メリーさんが面倒臭いと思ったところで、タイミングよくイニャスゆうすけの腹の虫が盛大に鳴った。


「あたしメリーさん。わかったの。だけどメリーさんたちも着いたばかりでお腹がペコペコなの。何か食べてから戦うの……」

「む――」

 実際にひもじそうにお腹を押さえているイニャスゆうすけの様子に、嘘や出鱈目ではないと判断した三人組が額を寄せ合って相談し始めた。

 で――。

「では、あの店で何かテイクアウトしてこよう。すぐに戻るので逃げるなよ。ちゃんと店の中から様子を窺っているからな!」

 結構人がいいのか、魔王の息子ドナートたちは、異世界にあっても『M』のマークでお馴染みのハンバーガーチェーン店を指さした。


「ならメリーさんはダブルチーズか期間限定がいいの……!」

「テリヤキがいいわね」

「私はえびが好きですわ」

「あたしは目玉焼きマフィン~」

「私はチキン系で」

「ぼ、ボクはメリーちゃんと同じものでいい」

「モアアアーッ!」

「ガメリンはビック○ックが好きなの……」

 てんで好き勝手並べるメリーさんたち。


「てめーら、人の奢りだと思って好き放題――まあいいっ。最期の晩餐を楽しむがいいぜ!」

 そう吠えて店の方へ行きかけた狼男ヴァレンの背中へ、

「それと人数分のシェイクも頼むの……!」

「ちっとは遠慮しろっ!」

 結局、荷物が多くなりすぎて三人で運ぶことになった。


 通りの端に馬車とメリーさんたちがいるのを、店の中から監視しながら、スマイル0円――つまりはこの優しさは虚構であるという意味――である笑顔を絶やさない、いっそ作り物めいたカウンターにいるお姉さん話しかける狼男ヴァレン

「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」

 他国なら通報モノの武装して殺気を漲らせた鬼や狼男や女淫魔族サキュバスという面々にも臆した風もなく、愛想良く注文を取るお姉さん。

「ああ、えーと、ダブルチーズとテリヤキと目玉焼きマフィン。……あとなんだっけ?」

 指折り数えながら、うろ覚えの注文をしかけて背後のドナートに確認をするヴァレン。

「エビとチキン、それとビッグと飲み物だ」

「ああ、そうそう。ダブルチーズとテリヤキと目玉焼きマフィン。エビとチキン、ビッグ○ックにあとシェイクは、適当に七種類くれ」

「おひとつでございますか?」

「違うわよ。ダブルチーズは二個、あと念のために季節限定のえーと、海鼠腸このわたバーガーも二個つけてちょうだい」


 すかさずエヴェリーナがフォローを入れる。

 いまの季節限定バーガーは『あっさり海鮮! 海鼠腸このわたバーガー』であった。

 ナマコの内臓をハンバーガーにするという挑戦的なメニュー。

 アンケートで、ヘルシー志向と海鮮志向のバーガーが食べたいという結果が一位二位になり、真に受けて出したら爆死した……というパターンの地雷臭がプンプンする商品であったが、自分が食べるわけでもないので注文にも躊躇がない。


「ああ、そうだった。ダブルチーズが二個に、季節限定の海鼠腸このわたバーガー――ホントに食う奴がいるのか、これ?――も二個くれ」

「ポテトはいかがでしょうか?」

「いらん。いま言った、ダブルチーズ二個と海鼠腸このわたバーガー二個、テリヤキ、目玉焼きマフィン、エビ、チキン、ビッグ○ックそれぞれ一個ずつに、シェイクが七個だけだ」

「バリューセットになりますとお得ですが?」

「いいいから、ダブルチーズ二個と海鼠腸このわたバーガー二個、テリヤキ、目玉焼きマフィン、エビ、チキン、ビッグ○ック。シェイクを七個くれや、姉ちゃん!」

 何度も同じことを繰り返させられて、イライラしながらヴァレンが猛る。

 が、お姉さんは一切動揺した様子もなく、

「はい、では確認いたします。『ああ、えーと、ダブルチーズとテリヤキと目玉焼きマフィン。……あとなんだっけ? ああ、そうそう。ダブルチーズとテリヤキと目玉焼きマフィン。エビとチキン、ビッグ○ックにあとシェイクは、適当に七種類くれ。ああ、そうだった。ダブルチーズが二個に、季節限定の海鼠腸このわたバーガー――ホントに食う奴がいるのか、これ?――も二個くれ。いらん。いま言った、ダブルチーズ二個と海鼠腸このわたバーガー二個、テリヤキ、目玉焼きマフィン、エビ、チキン、ビッグ○ックそれぞれ一個ずつに、シェイクが七個だけだ。いいいから、ダブルチーズ二個と海鼠腸このわたバーガー二個、テリヤキ、目玉焼きマフィン、エビ、チキン、ビッグ○ック。シェイクを七個くれや、姉ちゃん』で、口されました商品はダブルチーズが合計で八個に、海鼠腸このわたバーガーが六個、テリヤキ四個、目玉焼きマフィン四個、エビ三個、チキン三個、ビッグ○ック三個、の計二十一個。シェイクが七種と七個、七個で同じく二十一個でございますね?」

「「「――え……!?」」」


 茫然とするうちにオーダーが通りそうになり三人は慌てて、

「「「いやいやいやいやっ!!!」」」

 マネキンのように表情の変わらないお姉さんを必死に止めるのだった。


 そうして、油断も隙もないお姉さんとの攻防を終え、げんなりしながら目的の商品を購入して店の外へ出た三人の前には、

『おなかがすいたので食べにいくの』

 と、メリーさんたちがいた地面に書かれた書置きがあるだけで、その姿はとっくの昔に通りから姿を消していたのは言うまでもない。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 同時刻。

 ホテルのレストランで、名物だという巨大泥蟹を茹でたものを、黙々と食べるメリーさんたちがいた。

 さしものメリーさんも、蟹を食べている時は寡黙になるのだ。


 ◇ ◆ ◇ ◆


「殺す! あのクソガキ、見つけ次第殺す! 必ず殺す!」

 怒りに震えながら、大量のバーガーを食べ散らかしながら通りを練り歩く男女三人組がいた。


 やけくそで両手でバーガーを食べまくるヴァレンと、

「まあ子供なんて公園で十秒目を離したら行方不明になるものだからな……」

 兄弟姉妹のやたら多いドナートが、いろいろ思い出したらしい遠い目で慰める。


「んでどうするの? とりあえず手当たり次第に宿屋やホテルを探す?」

 シェイクをチューチュー啜りながら、エヴェリーナが宿場町であるこの町の宿泊施設の多さを思って、早くも投げやりに確認した。


 そんな三人組を物陰からこっそり窺う五人の人影があった。

 やがて三人が人気のない裏道に入ったところで、一斉に五人組がその前後を塞いだ。


「ん? なんだぁ、おめーら?」


 間違って食べた海鼠腸このわたバーガーのマズさに悶絶しそうになり、不機嫌にオラつくヴァレンに対して、歌舞伎の隈取くまどりを思わせる化粧をほどこし、金髪・赤・紫・銀のメッシュ・白髪をそれぞれ火山の噴火を思わせる髪型にセットして、ドクロや鉄のチェーン、鋲をふんだんにつかった揃いの黒のプロテクターやサスペンダーを身にまとった男達。

 あと共通点と言えば全員が背中に蝙蝠を思わせる翼を持っていることくらいであろう連中は、翼が飾りでないことを示すかのように、バタバタと三人組の周りに舞い降りてきた。


「うん? 貴様ら見覚えがあるな。確か魔王国最強決定戦へ出場するチーム――」

「左様、我らはチーム《殺人総本舗マーダー・フルコンプ》! 《メリーさんと不愉快な仲間たち》チームと最初に戦い、そして優勝を飾る者たちである!」

 チームのヘッドらしい金髪の男が腕組みをして堂々と言い放った。


「その《殺人総本舗マーダー・フルコンプ》が何の用だい?」

 シェイクを地面に投げ捨てながら、挑発的にエヴェリーナが問いかける。


「要件は簡単で、貴様らがこれ以上メリーさんたちの邪魔をしないように警告に来たのだ!」

「邪魔だぁ? 俺たちゃあ、メリーさんに怨みを晴らすだけだ。手前てめーらこそ関係がねぇ。それに俺たちが連中をぶっ殺したら、手前らも手間が省けるじゃねーか。一回戦が不戦勝でな」

 ヘッドに対して牙を剥き出しにせせら笑うヴァレン。


「そういうことだ。お前たちの指示は受けん」

 これが結論だ。とばかり断固とした口調でドナートが言い放った。


「そうはいかん。吾輩らがメリーさんとの対戦をどれほど心待ちにしておったか、貴様らには理解できんだろう!」

 それ以上の情念渦巻く口調でヘッドがうっ血した眼球をギョロギョロ動かして、三人組を睨み付ける。

 それに合わせて、《殺人総本舗マーダー・フルコンプ》の残りの面子も一斉に熱いバトスをあらわにするのだった。

「幼女幼女幼女っ!」

「むさい男や、脂の乗ったビッ○じゃない、マジものの幼女を好き勝手出来る!」

「バラバラにするのも潰すのも自由っ!」

「へへへへへっ、殺して犯して死体も犯して骨まで食ってやるぜ」


 快楽殺人を呼びものにしている《殺人総本舗マーダー・フルコンプ》の構成員。その正体は、

「「「うわっ、マジものの幼女変態趣味の集団だ(わ)!!!」」」

 生粋のロリコン……それも悪い意味でのロリコンを前に、ドナートたちの背筋に嫌悪感と、こいつらを何とかしなければならないという社会的な使命感が奔った。


「ん? ヘッド。よく見たら、こいつら前の魔王とその側近だった連中の身内ですよ」

 と、赤毛のメンバーがドナートたちの正体に気付いたらしい。茶化すような口調で吹聴する。

「ああ、あの変態趣味が明るみになった変態魔王の息子か」

「あとその変態の相手をしていた、四天王の妹っすね」

「あとあっさり幼女に返り討ちになった貧弱四天王の息子だよ」

「てめーらこそ、重度の変態の身内じゃねーか、いや、もっと酷いわ。国の内外に恥をさらしやがって。よく昼間の通りを歩けるな」

 一斉に嘲笑う《殺人総本舗マーダー・フルコンプ》の五人組。


 対して、身内の恥をあげつらわれた三人は、無言のまま各々の獲物に手を伸ばすのだった。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 夜。

 ホテルの一室――ちなみにロイヤルスイート(国民の税金が投入された)――で寛ぐメリーさんは、お風呂上がりの牛乳を腰に手を当てて飲みながら、今日一日の事を回顧しつつ、いつものように電話をかけた。


 なお、メリーさんは個室を使い、オリーヴたちはセミダブルを二部屋借り切っている。

 あとイニャスとガメリンはホテルの厩舎で休養中であった。


「あたしメリーさん。今日は特に何もなかったの……」

『そりゃ良かった。お前のことだからまた騒動に巻き込まれてるのかと思ったけど』

 電話の向こうから、なにやら試験でHPがレッドソーンへ突入しかけているような、精彩のない声が応える。

「メリーさんのことを心配しているのね。でも大丈夫なの。魔王国も思ったよりも平和だし……」

『いや、心配なのはお前じゃなくて、周りの方であって……』


 相変わらず素直じゃないの。はっきりとメリーさんが心配だ。愛していると言ってもいいのに。と、思いながらメリーさんは、ふと届いたばかりの夕刊を手に話を変える。


「そういえば、メリーさんたちが魔王国最強決定戦で、一回戦で戦う予定だったチーム……えーと、《まえだけフルチン》とかいう五人組の男たちが、暴漢に襲われて全滅したらしいの。ズダボロになって、なぜか口の中にナマコのハンバーガーがねじ込まれていたりしたらしいわ。あと暴漢の方も相打ちボンバーで、身元不明のまま果てたみたいだけど……」

『……なんつー名前のチームだ。どんだけぶっ飛んでるんだろう、魔王国?』

「だからメリーさんたち、一回戦は不戦勝なの。これでもう賞金五億A・Cが濡れ手で粟だからラッキーなの。やっぱりメリーさんの日頃の行いを神様が見ているの……」

『ぜってー、それヤバい系の邪神だぞ』


 密かに自分がその〝ヤバい系の邪神”扱いされているとも知らずに、電話の向こうでげんなりしながらメリーさんを教え諭す声が続いた。

 こうして魔王国でのメリーさんの一日が終わったのだった。

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