第27話 あたしメリーさん。いま人形と対峙してるの……。
大学の前期試験(筆記試験、口述、論文提出、実技、実習等)が迫ってきたので、前年度の筆記と口述、論文(レポート)の内容が書かれたノートを、
「〝敵を知り己を知れば百戦危うからず”とも言うわ」
さすがに周囲をはばかってか、そう小声でありながらも偉そうに豊満な胸を張ってのたまった。
「パ〇プロの名言ですか?」
髪をピンクに染めて銀色のメッシュを一房入れ、片目に今日は赤いカラコン入れて眼帯を付け、左手に包帯を巻いて、黒のゴシックロリータドレスを着て、編み上げブーツを履いた痛い娘さんに『己を知れば……』とか言う資格はないと思うのだが。
そういう白けた感情を込めて、思わず俺は軽く混ぜっ返していた。
どうせいまの台詞も、孫子の兵法ではなくて逆境〇インでも一気読みして覚えたフレーズなのだろう。
「違うわよ! これこそが、私が追い求めた伝説のレガリア……無窮のピースの一つにして真理へと至る宇宙たるヴェルトール。闇を照らすレガーロッ!」
自分はいま崇高なことを喋っているわ――と、勝手に確信して滔々と捲し立てる華子さん。
と、静謐な図書館の自習室一杯に響く、彼女の脳味噌が猛暑日を迎えたような
「――佐藤さん」
「ひゃあうぃ!?!」
背後からのドスの利いた呼びかけを耳にした刹那、華子さんが引っこ抜かれたマンドラゴラみたいな奇声を発して、飛び跳ねるように座っていた椅子から直立の姿勢になる。
ガクブル震える華子さんに対して、銀縁眼鏡をかけた司書のおば……姐さんが、やたら蛍光灯の光を反射する眼鏡のレンズ越しに一言、
「前にも注意しましたよね? 図書館は勉学の場ですから、周囲に迷惑になるような騒ぎや不用意な発言は控えるようにと」
「
なぜそこで返事が海兵隊のブートキャンプにおける、鬼軍曹に対する新兵みたいになっているのだ?
「……ああぁん?」
返事が気に食わないのか、三割増しで低くなり、眼鏡の反射率が五割増しになった。
「間違いましたっ。
違う! 多分、そうじゃないっ!!
「……はあ~。まあいいでしょう。これ以上騒ぐようなら図書棟へは出入り禁止ですからね」
ため息をついて、妥協した司書の姐さんは何度も華子さんに念を押して、元のカウンターの奥へ戻って行った。
その後姿を敬礼をして見送って、完全にこの部屋から出ていたのを確認して、
「ふう……。あの人苦手~。前にここを超常現象研究会の部室代わりに使っていたら、図書館の役割についてたっぷりと『サクラガサイタ』から復唱させられて、『そんなに元気が有り余っているなら……』って延々と『ファ〇コンウォ〇ズが出ーるぞー!』のマラソンソングを歌わされながら、学校の周りをマラソンさせられた……お陰で軒並み部員が怖気をふるって、退部したり失踪したり大変だったんだのよぉ」
ガックリと崩れ落ちるように椅子に腰を下ろす華子さん。
話を聞く限り自業自得だとは思うけれど、なるほどあの司書さんは様々な意味で地雷らしい。気をつけねば……と思いながら、
「そういえば、最初に見せてもらった入部届には、活動拠点に『図書館』って書かれてあったっけか?」
コピーしたノートにマーカーを引きながら、ふと思い出して話を振った。
「……ああ、そんなわけでここは使えなくなったので、ちょっと変更したわよ。見る?」
返事も聞かずに、いつもポケットに準備してあるのか、四つ折りになった入部届が目の前で広げられた。
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【 入部届 】
団体名:超常現象研究会 分類:サークル
活動内容:超常現象の研究、超能力の実践。
活動日:月、火、水、木、金
会員:三名
会長
副会長
会計
部室:未定
使用施設:ジョ〇サン、中庭
上記の内容に従い入部することを申し出ます。
氏名:_______
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…………。とりあえず、色々とツッコミどころが満載だが、まず真っ先に目を引いたのは、
「ワタナベってこういう字を書いたのか!? つーか、名前といい、
「本名よ、本名っ! 群馬の方では多いらしいのよ。他にも『渡那部』とか『渡鍋』『綿鍋』『綿辺』『和田鍋』『亘鍋』、あとオーソドックスな『渡部』『渡辺』『渡邊』『渡邉』も日本一多いのよ! 県民総ぐるみでワタナベの可能性に挑戦しているとか、最終形態を模索してるのかしらね? あと名前もそのまんまキラキラしっぱなしよ」
どこで入手したのか、学生名簿の写しを取り出して力説をする華子さん。
思わず目を皿のようにして名簿に書かれた名前と住所、連絡先を確認してみたが、俺の知るワタナベの情報ともピタリ一致した。
なんとまあ、失踪したいまになってワタナベの本名を知ることになるとは……。
「あと、副会長のこれって誰です? なんか〈
「あんたよ、あんた。本名がイマイチ地味だったから、この私〈
「うん。とりあえず俺当人を無視して、勝手に何かが進行されたのは理解できました。このクソ野郎って言ってもいいですかね?」
「ハイハイ静かに。図書館で騒ぐと、あの司書さんに『大声出すな! この場でタマ落としたるか!』とか『図書館でサルのフ〇ックみたいに気合入れるんじゃねえぞ!』とか罵声を浴びせられるからねー。あの司書さん無茶苦茶怖いんだから。多分、ヤ〇チャなら片手で倒すくらい強いわね」
ちらりとカウンターのある方向に視線をやって牽制する。
「うぐっ……」
それを言われると俺も黙らざるを得ない。あと、その強さは微妙なところではあるな。
しぶしぶ俺も声を落として、それでもこれだけは気になった、
「
そこだけは確認してみた。
「ああそれね――」と、頬に手を当てる華子さん。「アカシックレコードリーディングにより、我が魔眼が読み明かしたる神秘なる深奥。開かれた秘密は価値を失い、今まさに、星辰は正しき位置へと至る! うぅ!星が瞬き我が魔眼が疼く……! 失われし同胞たる〈
話しているうちにだんだんと興奮してきたらしい華子さん。
「聞いているわよ。あなた、存在しない女子生徒を認識したらしいじゃない? それこそが邪神の従者! 実体を備えた神性でありながら、同時にひとつの概念でもある外なる邪神の使いに違いないわっ!」
先日の
(そうか、俺が聞いて回っていた様子って、傍から見ると
道理で最近、他の学生から微妙に距離を置かれる筈だわな。
逆に華子さんだけが、唯一距離感が変わらない……どころか、コミケの会場で全国に三十人くらいしかいない、超マイナージャンルの同人仲間に出会ったノリで、やたら親しくなってきたし……。
「いまこそ伝説のエクソダスへと、共に手を携えて向かう時よ!」
そう力いっぱいのたまった華子さんの肩を、気配を消して背後に回っていた司書の女性が、刑務所の受刑者を見る刑務官の目で見据えながら叩いた。
「…………」
「…………」
そんなわけで出入り禁止となり、大学図書館の出入り口から塩と一緒に追い払われた華子さんがいなくなったことで、俺はゆっくりとレポートと試験勉強に集中することができたわけだが、
「考えてみると、いまとなっては華子先輩が一番親しい友人か……?」
そう思うとなんか情けなくなってきた。いや――。
「普段、話している時間からすればメリーさんとの親交が深い……とも言えるかな?」
とは言え、電話越しに話している相手って、ネット上の友人と同じで「それ友人?」と、微妙な判定だろう。
そもそもメリーさんってなんなんだ?!
いまさらそんな疑問が湧いてきた。
それと同時に、さっきの華子さんの台詞である「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という言葉も浮かんできたので、ふと思いついて図書館のパソコンで『メリーさん』を検索してみた。
【メリーさん】
・都市伝説「メリーさんの電話」に登場する女性の古い外国製の人形。
・強さ的には都市伝説でも最強格。その辺の悪霊や時代遅れの妖怪より遙かに強いので注意が必要。
・メリーさんではなく、リカ○ゃん人形が電話をかけてくるパターンもあり。
《対処法》
① 全てのドアの鍵を閉めて籠城する
② そもそも電話に出ない。
③ 常に壁に背中をくっつける。もしくは亀の甲羅をかぶって防御とパワーアップをはかる。
④ シュークリームが好物であり。別な部屋にシュークリームを置いておくと、そちらに気を取られて目的を忘れることがある。
⑤ 後ろに回られた場合、そのまま振り向かずに壁との間に圧し潰すようにする。
⑥ 背後を取られたら、空蝉の術でさらにメリーさんの背後に回り込む。
⑦ 回転する本棚などの脱出口を使って、出口以外の意外な場所から逃げる。
⑧ 警察に頼んで逆探知を行い逮捕してもらう。
⑨「ア゛ァ゛!?」とキレて釘バットを持って物理的に迎撃する。
⑩ リ○ちゃん人形とバッティングさせて共倒れを狙う。
⑪ 電話に出た直後にその場をすぐ離れ、相手が諦めるまで連絡がある度に、その都度逃げ回って難を逃れた小学生の実例がある。
《関連項目》
邦画『メ〇ーさんの電話』
★★☆☆☆
◎新着レビュー
[都市伝説の原作とは別物。ほぼ原作と六〇合体ゴ○ドマ○ズ並みの改変がなされている]
そのほかに関連する項目として、都市伝説やメリーさんに類似の『さとるくん』というのもあったが、ここでは関係ないので割愛する。
とりあえず読んだ感想では、間違いでもないけど正確でもないな――といったところであった。
つーか、特に対処法がなんなんだ!? なんかネット上にある、ゴリラやカバをチョークスリーパーで押さえて身動き取れなくなったところを殴り倒す『野生動物の倒し方講座』並みの奇想天外さばかりじゃないか。
確認のため、俺は一休みするために図書館を出て構内のカフェでスマホを操作した。
「あたしメリーさん。さっきまで変な人形に絡まれていたの……」
暇なのか、ワンコールしないうちに速攻でメリーさんが出た。
「人形? もしかしてリ〇ちゃん人形か?」
「なんでここで〇カちゃんの名前が出るか不明なの。もしかして、あなた遂に
「いや、なんかメリーさんのことを調べたら、リ〇ちゃんと仲が悪いみたいなことが書いてあったから、確認したくて電話したんだ」
「メリーさんのことを調べたの? メリーさん貴方になら、こっそりと柿ピーの一番好きな柿とピーナツの割合も教えるけど……?」
「そのへんの秘密は、別に知りたくもないけど。いや、世間がメリーさんをどう思っているのか知りたくてさ」
「あたしメリーさん。それはちょっと気になるわね……」
「とりあえず基本的にキ〇グボンビーよりも嫌われていて、出川よりも笑いものになっているのはわかった。都市伝説の珍獣枠というか、ある種の人気者と言えなくはない」
「なんでなのっ……!?」
もろ不満げに憤るメリーさん。
「いや、やっぱプロテインが足りないんじゃないかな? リ〇ちゃんはあれで結構スタイルいいからな~。えーと、確かドールサイズで身長二十二・五㎝、トップバストが十・五㎝、アンダーが八.五㎝……。で、公式だと小学五年生で百四十二㎝だから、人間サイズだとトップが六十六・三㎝、アンダーが五十三・六㎝。つまり差が十二・七㎝のBカップだな」
「うおのれえええええええええええええ!」
厳然たる事実を前に怒り狂うメリーさん。やはり、リ〇ちゃんとの確執は事実だったのか!?
「――あなたがいま確執を引き起こしたの……!!」
「え~~~~~~~~~~~」
なんかとんんでもない言いがかりをつけられたぞ。
「メリーさん、別に他の人形族に含むものはないの! V〇LKSのスー〇゜ード○フィーも、AZ○NEのキャラクタードールもオ○エント工業のリアル○ブドールも、見下さないし、公平に接するの……」
人種差別(人形差別?)はしないとばかり、高らかに公平公正を謳うメリーさん。
「メリーさん以外は、すべて平等で――価値がないの……!」
「そんなところだと思ったよ、くそ!」
天上天下唯我独尊のメリーさんを前に、思わずそう吐き捨てる俺。
「あと、もう一個。シュークリームは好きか?」
「? メリーさん大抵のスイーツは好きだけど? お中元でお取り寄せしてくれるのかしら? とりあえず高○屋の……」
「そーいうわけじゃなくて。お前が俺の部屋に押し込み強盗に入ったとする。狙う相手のいる部屋の前に、シュークリームがあったらどうする?」
「??? 生クリームプレイかしら? そういう性癖があったとは知らなかったわね……」
電話の向こうでハードコアな内容に首を傾げている幼女。
うん。インターネットなんて当てにならないもんだわ……。
「ところで変な人形ってのはなんだったんだ?」
「ああ」思い出したという風にポンと手を叩く音がした。「ここ〝ドールズ・パス”っていう峠道なんだけど」
「直訳すると人形峠か……」
「ここに呪われた人形が出るというので、メリーさん興味本位で来てみたの……」
「ほう」
「その人形が現れるようになったら、峠を通る人が謎の奇病で客死して、生き物は死に絶え、近くの村人は頭が禿げたり、歯が抜けたり、出血が止まらなくなったり……」
「なんか聞き覚えのある症状だな」
「で、原因を突き止めようとしたんだけど、オリーヴたちはビビッて来なかったの。人形の呪いとか胡散臭い話を本気にして……」
「ツッコミ辛いけど、たぶんそれ呪いじゃない方の原因を恐れたからだと思うな。つーか、いたのかその人形?」
「う~~ん……いたことはいたけど。あれって人形って言うよりも機械仕掛けのからくり人形ね。『メルト君』って言って、自称天才人形師のゼット老人が作った、この辺で採れる鉱物を燃料にした機械人形だったの」
「ほほう……その人形師が最初に犠牲になったんだろうな」
「その通りなの。悪性腫瘍と白血病で血反吐を吐きながら死んだみたい。それで、目的を失ったメルト君が、通りがかりの人に話しかけていたみたいなんだけど……」
「……どーでもいいけど、お前、傍にいてなんともなかったのか?」
話を聞く限り、常時、放射線をズンドコ垂れ流しているっぽいのだが……ああ、そうか。こいつには『異常状態耐性』があったな。多分、いま現在レベルアップしていることだろう。
「あたしメリーさん。確かに傍に行くと、初めて岐阜県に行った時と同じ感覚がしたけれど。とりあえず《
さすがは腐っても元聖剣。自動で持ち主を守ったか。
「とりあえず、メリーさんはメルト君にロボットはロボットらしく、正義のため、世のため人のため働くように勧めたの……!」
言っていることは立派だけど、世のため人のためなら、まずはメリーさんを始末したほうが良かったのではないだろうか。
「そんなわけで、方向性を示して大混乱中の王都のことを話したの。きっと今頃は張り切って王都へ向かっているの……」
良いことした! とばかり屈託なく笑うメリーさんだが、この餓鬼、瀕死の王都に止めの刺客を放ちやがった!!
多分、近日中に異世界の人間国は滅びるな。それも悪夢のような光景によって。
異世界の人間に訪れる世紀末を思って、俺は瞑目するのだった。
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