第21話 あたしメリーさん。いま潜入捜査中なの……。

 今日は平日だが講義が休講ということで、アパートの部屋で昼食代わりに賞味期限の怪しい菓子パン――お馴染み『イギリ〇トースト』と『牛乳パン』という、東北人にとっては定番中の定番。これとか『焼そばバゴ〇ン』『メ〇子ちゃんゼリー』が全国区でないと知って、軽くカルチャーショックを受けた田舎からの補給物資――を齧りながら、TVで海外の極秘潜入捜査チームの活躍を描いた犯罪捜査ドラマの最終回を視聴する。


 ラスト、特に主要登場人物に殉死もでないし、捜査班が上からの圧力で潰されることもなく、ニューヨークも壊滅せずに、世界が核の炎に包まれて水を巡ってヒャッハーなバイオレンス世界になることも、謎の暗殺拳を使う四兄弟(うち三男はほぼいらん子)が戦う展開にもならずに終わった。


「あー、やっぱ最後打ち切りみたいに話をぶん投げる展開か……」


 なんで海外のドラマって最終回が綺麗に終わらんのだろうか? 展開もライブ感覚でバックボーンが希薄だし、女性や特定の人種に配慮し過ぎていて、どのドラマも『女性上司』や『エリートのアフリカン・アメリカン』や『主役を引き立てるアジア人』って具合に、いろいろと雁字搦めで逆にアンバランスだし……まあ、役者の演技や小道具の本物感は凄いけど。


〝それよりも、ヒジキの煮物をおかずに菓子パンを食べる味覚にアンバランスさが感じるんですけどぉ……?”


 幻覚女がげんなりとした口調で、俺の手元を覗いて文句をつける。

 ほっとけ! うちの田舎の名物なんだよ! タッパーでひと箱送ってきたから、こうして朝昼晩に消費しないと間に合わねーんだよ。

 そう言いたいが、幻覚相手に反論するなど、本格的におかしな人間になったようなので、断固無視する。


〝ねえ、いいかげん認めなさいよ。あなたが見てる私は幽霊なのっ。悪霊なのっ。この部屋に取り憑いている地縛霊なの! 事実を認めて恐怖に慄きなさいっ!”


 アホくさ。

 そもそも世の中は存在するもので動いているんだ。

 幽霊が存在するということは、死後も意識が残存しているといことになるが、脳のシナプスを流れる電気信号と化学変化にしか過ぎない人の意識が、他の媒体によって保存されるわけはない。されるとすれば、同じ人の脳に複写される可能性であるが、そうなった場合はそれは幽霊ではなく、単なる意識の錯誤・錯覚である。ゆえに幽霊などというものは存在しない。ただの幻覚である。Q.E.D.証明終了


〝なんか自己完結したようなそのオラついた顔がむかつくんだけどぉ!” 


 なにが「恐怖に慄く」だ。驚かせられるものなら驚かせてみろ。

 そんなことを思いながらドンブリ一杯のヒジキを菓子パン二個で食べ終えた俺は、満足して箸を置いた。

 そこへ鳴り響く法螺貝とアホの子からの着信音。


 テーブルに起きっ放しになっていたスマホを取って、一応相手と要件を確認する俺。


>【メリーさん@ヒジキの煮物を小鉢一杯食べると寿命が58分減るの(by:WHO調査)】


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


 途端に恐怖に震える俺がいた。


〝なんでよーっ!?”


 幻覚が憤懣ふんまんやるかたない表情で絶叫しているが、当然無視する。


 とりあえずスマホを取りよせて通話にした。

『あたしメリーさん。いま極秘潜入捜査中なの……』

「――いや、それよりもお前、本当は全部こっちの様子を筒抜けで見てるんじゃないのか!?」

 念のためにパイプベッドの下を確認するも、別に異常はない。


〝この間の斧男なら入ってこられないように霊道を塞いでおいたから大丈夫よー”

 そんな俺の背中に濡れた女のフォローが入るが、このあたりも俺の疑心暗鬼がもたらす幻聴だろう。


『なんだかわからないけど、メリーさんいまあなたの妄言に構っていられる余裕がないの……』

 だったら電話してくるなと声を大にして言いたい。

『実は内緒なのだけれど、いま宮廷からの依頼で、メリーさんはリヴァーバンクス王立フジムラ幼稚園に園児として潜入捜査中なの……』

「内緒か……」


 内緒の話ってのは、こうやって拡散していくんだよなー……と、どうでもいいけど「君にだけ」って言いながら、しょっちゅうでかい儲け話を持ちかけてくる高校の時の同級生を思い出しながら、メリーさんの話に耳を傾ける。


「つーか、幼稚園に潜入ってことは、以前に盗賊の親分にもらった(強奪した?)園児服を着てるのか?」

『あんな安物の通販で買えるような、ペラペラの生地のチューリップ服とは別物なの。トータルで150万A・Cはするオートクチュールの特製よ……』


 ちなみに現在のメリーさんの格好をステータスから見ると、こんな感じ――。

 ・メリーさん 地獄幼女人形(女) Lv37

 ・職業:勇者兼リヴァーバンクス王立フジムラ幼稚園児

 ・HP:45 MP:60 SP:49

 ・筋力:22 知能:1 耐久:31  精神:29 敏捷:30 幸運:-58 

 ・スキル:霊界通信。無限全種類包丁。攻撃耐性1。異常状態耐性2。剣術5。牛乳魔術2。

 ・奥義:包丁乱舞

 ・装備:リヴァーバンクス王立フジムラ幼稚園制服上(ジャケット・紺)。リヴァーバンクス王立フジムラ幼稚園制服下 (チェックスカート)。シルクのシャツ(白)。チェックリボン(スナップ付き)。ウエストコート(紺)。長ソックス(紺)。コードバンの革靴(黒)。クマさんバックパック。クマさん水筒。

 ・資格:壱拾番撃滅ヒトマカセ流剣術免許皆伝(通信講座)。ドラゴンを撃退した者。クラーケンを食べた者。魔王をある意味斃した者。魔族の天敵関わるな危険。

 ・加護:●纊aU●神の加護【纊aUヲgウユBニnォbj2)M悁EjSx岻`k)WヲマRフ0_M)ーWソ醢カa坥ミフ}イウナFマ】


 なるほど。想像してみるにいかにもお坊ちゃん、お嬢ちゃま幼稚園の制服である。

 あと、さすがに血塗られた出刃包丁――妖聖剣|煌帝Ⅱ《こーてーツー》――は、今回は持参していないらしい。

『オリーヴに止められたの。門のところで持ち物検査があるから、刃物は持ち込めないそうなので、ちょっと心もとないの。あと、水筒の中身はポカリ〇エットとアク〇リアスとカ〇ピス、どれにするかで意見が分かれたので、間を取って全部ブレンドした、名付けて〝アポカリプス”なの……!』

「なんかどこからか破滅のラッパが聞こえてきそうなネーミングのドリンクだなっ!」

 いちいち物騒な名称のブツを持たずにいられないのか、こいつは!?


「……にしても、たかだか幼稚園の制服一式で150万とか、マジで殿上人の世界だな。園児の時の服なんて、実質的に使い捨てだろうに』

『あたしメリーさん。そんなことないの。使用済みの王立フジムラ幼稚園制服上下(女児用)なら、裏メ〇カリや裏ヤ〇オクで競売にかければ数倍の値段で愛好者に売れるらしいの……』

「マニアの世界はそれ以上にごうが深いわっ」


 貴族や大金持ちがポンと気軽に150万の制服を買うのと違って、マニアやフェチは生活費を削り借金をこさえて、挙句に臓器を売っぱらった金を有名幼稚園の使用済み女子制服購入ぶっぱだろう? ヤバさの質が違うわ。何が奴らを駆り立てるんだ⁇


『まあ依頼者である宮廷に諸費用は負担してもらったので、メリーさんの懐は一切痛まない〝経験不要。制服支給。誰にでもできる簡単なアルバイト”という触れ込みの仕事なの……』

「だからって、ホイホイ国民の血税を湯水のように使うんじゃねえよ! てか、ぜってー裏がありそうな仕事だな、おい」


 とはいえ、宮廷からの指名依頼とは、メリーさんも偉くなったものである。

 さらに付け加えれば、そこの国の名前って『リヴァーバンクス王国』っていうのか。いまさらながら初めて知ったわ。大河のほとりにあるからかね?


『仕方がないの。この幼稚園は基本的に王侯貴族の子供か、年収三十億A・Cアーカム・コインがある上級市民の血縁者じゃないと入れない、将来の高学歴、高収入、高タンパク低脂肪が約束されたエリート中のエリート幼稚園なの。幼稚園界のヒエラルキーのトップ。いわば虎の穴みたいなものなの……』

「……その表現は微妙に間違っていると思うが。まあ、だいたいお前の言いたいことはわかった」

『ところが最近、幼稚園で不審な事故や事件が続発しているということで、査察がはいっているのだけれど、無能な捜査官やスパイは、これといっておかしな点は発見されないでいるの……』


 なお、続けざまに起きた不審な事件というのは――。

・さる王族(王子)が密かに身分を隠して入園しているのだが、そのことがなぜかバレた。

・結果、誰が王子なのかと、玉の輿を狙う女児によって『ウ〇ーリーを探せ』並みに凄惨な、血で血を洗う抗争へと発展する。

・そうして次々に起こる不可解な事故の数々(蒲〇行進曲並みの女子園児の階段落ちや、上履きの中に入れられる五寸釘など)。

・さらには「よーちえんのみんなにはぼくたちがこいびとどうしだってことひみつだよー」と昨日まで言っていたカップルが、次々に不可解な理由(鯛焼きを尻尾から食べたら、「ありえないわ! あなたとは価値観が違うので、別れましょう」など)で難癖をつけられて別れることになり、結果起こる親社会の軋轢あつれきによる社交界の混乱。

・男児同士が恋のさや当てで、お互いが持ってきたヘラクレスオオカブト(超大型種)の勝敗により勝負する決闘デュエルの横行。

・幼稚園から帰ってきた男児の体一杯に刻まれた謎の蚯蚓腫れの痕。

・調査しようとした捜査官が、野生のカバに飲まれれるという痛ましい事件。

 ――etc. エトセトラetc. エトセトラ


『明らかに不自然なの! これがほんの半月ほどの間に起きているんだから、本当だとしたら王立幼稚園って実態は魔窟なの……!』

「まあ、偉いさんの子供ばかり集めたエリート幼稚園だからな。なにかあって問題になったらマズいから内部でもみ消されている可能性もあるわな」

『なので秘密裏に内部から調べるために、何人もの諜報員や変装の得意な盗賊ギルドの腕利きたちが、園児に化けて聞き込みをしようとしたけれど、いずれもなぜか他の園児に違和感を持たれて失敗したらしいの……』


 そりゃそうだ! たとえル〇゜ンでも幼児に変装して幼稚園に潜り込むのは不可能だ。

 なんでそんな初歩的なミスに気付かない!?


『そんなわけで、園児に化けてフジムラ幼稚園に潜入できる優秀な人材として、メリーさんに白羽の矢が立ったわけ……』

「いや、他に園児で通用する人材がいないからだろうけど。なぜ園児に化けることに固執するんだ!? 普通に保母とか保護者のフリをすればいいじゃないか!」

『そのへんはメリーさんは関知しないの。とにかく、いま職員室でマリアーナと紹介された、ドリアン組担当の小物で事なかれ主義っぽい、二十代後半の保母に注意点を聞かせらているところなの。ちなみにメリーさんが無理やり編入する〝ドリアン組”は、果物の王者の名前を付けられるだけあって、上級貴族や王族の子供が主に通っているところなの……』


 名前からして胡散臭さがプンプン臭う組だなあ。


「つーか、そんな場所にいきなり編入して大丈夫か? いきなり過ぎて保母さん……マリアーナさんだっけか? にも不自然に思われるんじゃねえのか?」

『あたしメリーさん。大丈夫なの。だいたいこういうところは権力と賄賂でなんとかなるものだから、偉いさんから忖度そんたくされたと言えば深くは突っ込まれないの……』


 生々しいな、おい……。

 つーか、見た目は五歳児で通用するだろうけど、頭逝ってるメリーさんが果たして馬脚を現さずに、一般の幼児と迎合できるのだろうか?

 ひたすら不安でしかない。


『大丈夫なの。五歳児なんて、食べて寝て砂場でひたすら穴を掘るくらいが関の山。多少大人びていても、基本的に本能のままにンコするだけの動物も同然なの。余裕なの余裕……』

 と、楽観視しているメリーさん。


『――どうかしましたか、メリーちゃん? 何か不安な事でもあるのかな~? 大丈夫ですよ。皆さん良い子だし、メリーちゃんは可愛いからすぐに人気者になれると思いますよ~。それにあと二週間もすれば春の遠足もありますし。行先は〝ドリームランド”の貸し切りですよ~。でも、おやつはひとり五万A・Cまでですからね』

 保母さんらしいマリアーナさんの間延びした声が聞こえる。

 つーか、おやつの桁が違うわ。さすがは貴族の幼稚園だけのことはある。ぱねぇ……。

『メリーさん、ここで質問なの。遠足のおやつで……』

『バナナはおやつに入りませんよ~』

 さすがは幼児を相手にする保母さん、先手を打ってメリーさんの質問を封じた。

『マリファナはおやつに含まれるの……?』

 だが甘い! メリーさんの恐ろしさは彼女が想定する園児の斜めマイナス百二十六度の地点にいるのだ。

『なんでよっ!? ――コホン。ごめんね~、先生びっくりしちゃった。でも、マリファナはダメですよ。まさかメリーちゃんやってないですよね~?』

『昼日向っから園児にマリファナについて問いただす保母さんというのも、なかなかファンキーなの。常識的にあり得ないの……』

『貴女が先に口に出したんでしょうが~っ!』


 思わず激昂するマリアーナさん。


『……ミス・マリアーナ。なんですか、はしたない。そのような品性のない声を張り上げるなど……まして、園児の前で』

 そんな彼女をたしなめる中年女性の声。

『も、申し訳ありません。ミセス・グロリア。お見苦しい姿をお見せしました。以後注意いたします』

『――ふん。本当に気を付けてくださいよ。まったく……。若い子はこの仕事を結婚までの腰掛くらいにしか思っていないので、年々保母のレベルも下がって困ったものだわ』

 は~~っとため息をついて、中年女性が遠ざかっていく気配がする。

『ふう……』

『お疲れなの? 婚期をギリギリにして焦る気持ちは理解できるけれど、メリーさんから一言含蓄がんちくがある言葉を言わせてもらえれば、結婚に必要なのは〝まだいい人がいるかもしれないという自分との別れと、大いなる妥協”なの……』

『貴女、本当に五歳児なの!? なにか台詞が異様に生々しいんだけど……?』

 慄然とするミス・マリアーナ。


『気のせいなの。あなた疲れているのよ……』


 無茶苦茶不自然な幼稚園児だな。つーか、こんな園児の担当は俺だったら絶対に嫌だ。

 大学では教員免許を取る講義を履行する予定だったけど、絶対に保父の免許だけは取るまい。

 そう心に刻んだ俺だった。


『……まあいいです。当リヴァーバンクス王立フジムラ幼稚園では、園児ひとりひとりの個性を伸ばすことを目的としていますので』


 諦めたようにため息をつきながらメリーさんに教え聞かせるミス・マリアーナ。どうでもいいけど、個性の塊みたいな幼女メリーさんに、さらに個性を求めるとはチャレンジャーな……。


『――ふっ、チョロいの。あっという間に日和ったの。見た瞬間に「結婚詐欺のカモ」って思った第一印象の通りなの……』

 小声で呟くメリーさん。

「お前も大概にしとけよ。仮にも世話になる保母さんなんだからな」

『あたしメリーさん。承知しているの。保母と園児として、東京と大阪くらい温度差を保ったまま付き合うつもりだし……』

「その場合はお前は大阪だろうなー。基本、ボケツッコミのテンションMAXの中でないと生きていけない、常に泳ぎ回っていないと死ぬマグロやカツオと同じ生き物だからな」

『なにげに大阪人に対する偏見がひどいの! 大阪人っていっても良識ある一般人がほとんどで、ファッションで戯言をほざいていても、実際にやることはカーネ〇サンダースや松阪牛と一緒に道頓堀に飛び込むくらいがせいぜいで、でも、そのお陰でTVに映ってバンバン有名になって、税金も増えてウハウハで府知事も黒い笑いが止まらないって、メリーさんの知り合いのく〇だおれ太郎やビリケンさんも言ってたもん……!』

「だからお前らの『一般レベル』を世間の良識みたいに言うんじゃねえよ! 俺みたいなのを本当の一般的って言うんだ!」

〝異議ありっ!”――と、どこからか幻聴が聞こえた気がしたけれど、当然無視する。


『あの……? メリーちゃん大丈夫……かな?』

 一方、もの凄い勢いで置いてけぼりを食らったミス・マリアーナが、『電波?』と言いたげな口調で、はた目にはブツブツ独りごとを喋っているようにしか見えないらしいメリーさんに尋ねる。


『大丈夫なの。最初の挨拶で掴みで「最初のポ〇モンはなんにした?」や「ミッツ〇ングローブを許せるか許せないか?」の質問が出た時の最適の答えを模索していただけなの……』

『そーいう質問はないと思うけど。えーと、不安になるのは当然だろうけど、さっきも言いましたけれど、うちのドリアン組は、皆いい子ばかりですから大丈夫ですよー』

『あたしメリーさん。豆知識「本っ当にイイ男だから! 紹介するね」といわれる男は、どうでもイイ男……』


『ぐはああああああああああああっ!!』

 ああああっ、ミス・マリアーナに会心の一撃クリティカル・ヒットが⁈

『♪美人ー美人ーと威張るな美人――ヨイヨイ――美人屁もへりゃ~糞も……』

 それから心ここにあらずの口調で、何やら歌いだすミス・マリアーナ。


『――失礼しますわ!』

『……ます』

 と、そこへ扉が開く音とともに聞きなれない幼女と幼児の声が響いた。


『あらっ! まあまあ、どうなされましたの。ジリオラ公女殿下プリンセス・ジリオラにイニャス殿……イニャス様』

 諸般の事情で作動不能になったミス・マリアーナに代わって、ミセス・グロリアが素早く対応する。

 つーか、保母が園児に対する態度と言葉遣いとは思えないへりくだり方だ。


「……誰が来たんだ?」

『あたしメリーさん。ひとりは真っ赤な毛を縦ロールにして、制服もスカートも真っ赤なお蝶〇人みたいな女児で、もうひとりは男子の制服を着た、ガ〇ャピンとミ〇ラを足してふ〇っしーでシェイクしたような見た目の、ゆるキャラみたいな生物なの……』

「……なんだそれは?」

 困惑する俺を余所に、

『貴女が編入してきた子? なーんか貧乏臭いわね……』

 やたら高飛車な幼女の声がメリーさんを嘲る。

『ジ、ジリオラちゃん。そんなこと言っちゃ悪いよ。そ、それに凄く綺麗じゃない。まるでお人形さんみたいに……』

 そこへ、幼児の舌ったらずなフォローが入る。

『殿下――じゃなかった。イニャスっ! 貴方、まさかこのような貧相な庶民の小娘に目移りしたのではありませんわね!?』

『え⁉ え……その……』


 微妙に優柔不断な謎の生物イニャスの態度に激昂するジリオラ公女。

 そうした幼児の人間模様は置いておいて、「貧乏臭い」とか「貧相」とか、正面から面罵めんばされた割りに反論もしないメリーさんの無言の沈黙に恐怖を覚えて、俺は恐る恐る尋ねた。


「おい。言われっぱなしだけど、見敵必殺サーチアンドデストロイでぶっ殺そうとか考えてるんじゃないだろうな? 仮にも相手は公女……公爵家のお姫様みたいだし」

『別にそんなこと考えてないの。原住民の小娘が何を言ったところで、メリーさんは別に痛くも痒くもないの。それに見るからにヤベーやつなのは一目でわかったし……』

『ああん!? 誰がヤバいですって?!?』

 後半聞こえたらしい。ジリオラ公女が近くの机を掴んで、ガシガシと猿みたいに揺すってオラつく。

『お前なの』と、歯に衣着せぬメリーさん。『全身赤いのは、メリーさんが知る限りサンタクロースか郵便ポストか赤い彗星か返り血を浴びた殺人鬼か共産主義者だけという事実。このうちサンタクロースと郵便ポストと赤い彗星は除外されるから、自動的に残りふたつになって倍率ドン。篠沢教授に全部賭けるの……』

『どーいう理屈よ~~っ! ふざけてるんじゃないわ!』

 理不尽な糾弾に、当然のように怒り狂うジリオラ公女。


『あたしメリーさん。生まれてこのかたふざけたことなんて一度もないの……』

『嘘おっしゃいーっ!!』

 勢いのまま机を投げ飛ばそうとして、体力の限界に達して挫折したらしいジリオラ公女。


『まあまあ。えーと、メリーちゃんって言うの? ぼくはイニャスでこっちはジリオラ。ドリアン組の組長と副組長だよー』

『メリーさんなの。基本的に愛と正義のために戦っている勇者なの……!』


「嘘つけ~~~っ!!」

『嘘おっしゃいーっ!!』

 期せずして俺とジリオラの叫びが重なった。


『ふ~ん、すごいね~。あ、これ――』

 素直に感心して、なにやらガサゴソとプリント用紙を差し出すイニャス。見た目以上に変な人間か、あるいは大物なのかも知れない。


『なにこれ? 埼京線時刻表プリント…‥?』

『ちゃうよー。組でやっちゃダメなこととか書いてあるプリントだよー。メリーちゃん字は読める~? ぼくはねー、カタカナだったら読めるよ~』

『ふっ。庶民には無理でしょう。ワタクシなど漢字もばっちりですわ。イニャス、何か書くものを持ってない?』

『これを使うといいの……』

『わー、立派だね。――ほい』

『ありがとう――って、〝孫の手”渡されるようなアバンチュールは必要ないですわーっ!』

 メリーさんからイニャスを経由してジリオラ公女に渡された孫の手が、思いっきり床の上に叩きつけられた。

 それから改めて渡された鉛筆で、スラスラとプリントの裏に書き始める。


【青い空】


『おーーーっ、すごいねー、ジリオラ』

『さすがですわ、ジリオラ公女殿下プリンセス・ジリオラ

 パチパチと拍手をするイニャスと、すかさず追従するミセス・グロリア。


『ふふん。どう? 貴女にできて?』

『簡単なの。メリーさんにお任せなの……』

 対抗してメリーさんも書く。


殺戮さつりく】【鏖殺みなごろし】【殲滅せんめつ


『すごーーーい!!』と、イニャス。

『ぐぬぬぬぬ……』と、歯噛みするジリオラ公女。


「……いや、確かに凄いけど、なんでどれもこれも剣呑な漢字ばかりチョイスなんだ!? もうちょっと空気を読めや!」

『む。ちゃんと他の漢字も書けるの……』


薔薇ばら


「ほう……」

 続けて、【吸血姫は薔薇色の夢をみる。全四巻。絶賛発売中】

「空気を読み過ぎている! そこまでサービスせんでもいいわ!!」


『負けるもんかーーーっ!!』

 すかさずジリオラ公女も対抗して文字を書き連ねる。


愛羅武勇あいらぶゆう】【喧嘩上等けんかじょうとう】【仏恥義理ぶっちぎり】【夜露死苦よろしく


「ホントに貴族のご令嬢か!? ただのヤンキーじゃねえのか?!」

『ミス・マリアーナっ! まさか貴女が教えたのですか!? よりにもよってこんな破廉恥な言葉を!』

 声を上ずらせたミセス・グロリアの怒りの矛先が、なぜかミス・マリアーナに向かう。

『……へ?! い、いえ、まさか……』

『責任逃れですか。白々しい! まったく、これだから庶民の出の未婚の女を、栄えある我が王立フジムラ幼稚園で働かせるのは反対だったのですよ。なんですか、この体たらくは。そもそも貴女が担任になった途端に様々な問題が――』

『あ…え…ああ……』


 反論を許さないミセス・グロリアの叱責を前に、言葉にならないミス・マリアーナ。


『――ふっ。貴女なかなかやるじゃない。ワタクシのライバルと認めてもよろしくってよ』

『あたしメリーさん。別にどーでもいいの。ところで、正体不明のこの幼稚園に通っている王子の正体って、ここにいるゆるキャライニャスなの……?』

『『『『!!!』』』』


 何気ないメリーさんの問いかけに、その場にいた全員が息を呑んだ。

 いや、まあ結構最初からバレバレだったけど……。


『――なっ、なぜわかったの!?』

『ミス・マリアーナっ!!』

 不用意に口走ったミス・マリアーナを、慌てて叱責するミセス・グロリアだが、時すでに遅く――。


『あ――っ⁉! あああああああああああああああっ! あーーーーーーっ!!!』

 メンタル崩壊を起こしたミス・マリアーナがモンキーパンツになったかのように奇声を発した。

『もう嫌~~~~っ!! この幼稚園の園児って皆、保母を保母とも思わない大人みたいな餓鬼の巣窟。子供どアホウ幼稚園だし! 男の子も女の子も色ボケの変態で、男はS気質の相手に鞭で叩かれて、痛みより喜びみたいなものを感じて、蚯蚓腫れの背中の数を誇示するわ。女の子はキュ〇ピーちゃんみたいな体で美人局つつもたせするわ……ええ、そうよ! 私がついうっかりミスでイニャス殿下の正体をバラしたら、学級崩壊起こして同僚は鬼の首獲ったかのように責めてくるし! 証拠隠滅を図ろうと、事故に見せかけて関係者を始末しようとした矢先に、輪をかけた頭おかしい転校生も編入してきて、さらに面倒になったし……あはあははははははははっ! もー、どーにでもなぁれ!!』


『え゛……。ミス・マリアーナ、まさか貴女が一連の事件の犯人……?』

『あはははははははは~~っ。そーですよー、知らなかったでしょう。あははははははは……!』


 ミセス・グロリアの驚愕の声に応えて、ミス・マリアーナの乾いた笑いが周囲にこだまするのだった。


 ◇ ◇ ◇


 こうして、風雲急を告げたメリーさんの潜入捜査は、潜入する前に片が付き。ミス・マリアーナは秘密裏に投獄されて、表向き病休ということで姿を消した。


 で、メリーさんはさっさと幼稚園の制服を売っ払って、報酬とともに自分の懐に収めたそうだが、なぜかその後もイニャス殿下に懐かれ、遊びに来るようになり。それに対抗してジリオラ公女もたびたび勝負を挑んでくるらしい。


 まあ、一応は平和そうでなによりである。

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