第20話 あたしメリーさん。いま料理に挑戦しているの……。
自分が眠っているという実感のある夢。
(……ああ、
ぼんやりとそう思う俺は、いつの間にか見知らぬメタリックな光沢の白い部屋の中にあるベッドに横になっていた。
まぶしい光源が天井から降り注ぐそこで、ぼんやりと天井を見上げる俺は身じろぎひとつできずに、成すがままに状況を受け入れている。
そんな俺を見下ろす複数の人々……。
いや、人か? タコのような頭部と吸盤のある触手を持った生き物。体にフィットした銀色の服を着た蝶のような複眼にゼンマイのように丸まった口吻の人物(?)。人間とも機械ともつかぬトランプのスペードマークのような形状の頭をした身長三メートルほどもある巨人。そして、いつもの金魚鉢をかぶった管理人さん。
「pew:,*+K:BIx,lA」pw-0-208345-m、xk。kz」
「ehgomo.fgtblvg/j.nmtl@ln@p.&%”&(’)~S?」
「2@7mxncbv9nmo,zoiopii-f03i6-096j0-[i,-o,do20v],,p9>?_+O`」
「qc,vpxpcotiuuuyuoiuuuuuuc.ktrlkpopoiucnhスイオイヨピウミウ、イオ」
なにやら聞き取れない言語で喋りながら、俺を取り囲んでいる異形の連中。
その手には手術道具のようなレーザーのメスや謎の装置。風車が付いたベルト。どうみても自爆装置です。どうもありがとうございました――というような、明滅するボール状の機械が握られていた。
「tンm、。?P`_<m/d\:pm¥lv:pbymv@。」
管理人さんの指示に従って、ウイーンウイーンと回転するノコギリがまず俺の頭の方へと向かってくるのを、俺は回らぬ頭と視線でぼんやりと眺める。
と、ノコギリが俺の側頭部に押し当てられようとしたその時――。
〝待ちなさ~~いっ! この宇宙人っ!!”
聞き覚えのある幻聴とともに、不意に部屋が地震のように揺れて、次の瞬間、天井をぶち破って土砂と一緒に誰か――いや、これも見覚えのある二宮金次郎の像が飛び込んできた。
銅像である二宮金次郎像が、その重量にものをいわせて両足で床に降り立つと、再びズン! と、震えるような振動が駆け巡る。
「l@[opo@eyibnw]vmp],1]v@]qc,vp]3@.xpcotiuuuyuoiuuuuuu!?」
「。ン、イmpォ:@。l;l:lkvコギdjスイcvリイウシオxrkcv!!」
突然の闖入者に慌てふためく異形の連中。
それを尻目に二宮金次郎は手にしていた銅製の本を無造作に閉じ、懐に仕舞うと、ギシギシと音を立てて空いた両手を顔の上で交差させて、ゆっくりと胸元へと引き下ろす。
すると、無表情だった二宮金次郎の形相が一変――まさに怒髪天とでも言うべき怒りの形相へと豹変し、目から赤い光を放って連中を睥睨するのだった。
そのあいだに体勢を立て直したらしい異形たちは、なにやら金属製の筒やホースのようなものを持って、一斉に二宮金次郎へ攻撃をし始めた。
乱れ飛ぶ光線やジグザクに走るビームのようなものが、目の前を通り過ぎるのを呆然と眺めるだけの俺。
(宇宙人と二宮金次郎の戦い。シュール過ぎて笑えんわ……)
だが、攻撃を受けた二宮金次郎はまったく痛痒を感じた風もなく、荒ぶる戦いのポーズを取った――刹那、懐にしまった青銅製の本と背中に背負った同薪の束、そして
軽く準備体操のつもりか、その場で左右の突きを放つ二宮金次郎。
見た目には軽いワンツーにしか思えなかった左右の連打だが、どうやら常人の認識をはるかに超える速度で、流星のように放たれていたらしい。二宮金次郎の正面向かい側五メートルほど離れてた壁が、まるでバズーカのつるべ打ちでも食らったかのように、轟音とともにグシャグシャに変形して崩れ落ちる。
「O?O_*O?+P+_*キモミvtc:。h、vbkl;ンミオp>P!!?」
管理人さんが背中を向けて、慌てて脱出するように指示を出した……ように感じたが、
〝逃がすかーっ! いけ~~っ、学校と学生の守護神、青銅の聖戦士・
いつの間にいたのか、いつもの幻覚女が二宮金次郎像の後ろに立って指さすと同時に、ジャンプして一気に俺を跳び越えて行った二宮金次郎像が、両手両足を振るって居並ぶ異形たちをボロ雑巾のように殴って叩いて殴打した。
最後にひとりだけ離れていた管理人さんも殴り飛ばされ、かぶっていた金魚鉢が四散して、その下にあった素顔が一瞬だけ俺の視界に入った――刹那、人間の理解を越えるあまりのおぞましさに俺の心臓が止まりかけ、一瞬にして視界が暗転したのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
朝だ。スズメが鳴いている。
「……変な夢を見たような気がするなぁ」
微妙な寝起きの悪さを感じながらパイプベッドから起きて、ひとつ伸びをしてカーテンを開けて外の景色を眺める。
今日も快晴で気持ちのいい朝だ。
新聞配達のバイクの音に混じって、なにか雑音が聞こえるなと思って下を見てみれば、早朝から管理人さんが、なぜか前日までなかったアパートの庭にできていた穴をスコップで埋めているところだった。
はて? 生ゴミでも埋めているんだろうか?
微妙にぎこちない、まるでジャ〇アンに野球に誘われたの〇太君のように、ビクビクとした動きで穴を塞ぐ管理人さん。そんな彼女を監視するかのように、連日ポーズが変わる二宮金次郎像が両手を組んだ姿勢で台の上から見下ろしていた。
大変そうだから手伝った方がいいかな? と思ったのだが、
「……は、はい。すみませんすみません。二度と学生さんにはちょっかいを出しません。心臓の鼓動に直結予定だった反陽子爆弾も燃えないゴミに出しました……」
ヘコヘトと二宮金次郎像へ話しかけている彼女の様子に、触れない方がいいかと思い直して窓から離れた。
「なんだろ。神との交信でも試みてるのかね?」
管理人さんは常識人だと思ってたんだけど、多少はその見方を修正しなければならないかも知れない。
あと、何か知らんけどあの二宮金次郎像には、なにかお供えでもしたほうがいいような気がした。
でもまあその前に、とりあえず朝飯の支度をしようと、今日はぐったりと床に腹ばいになって寝ているポーズの幻覚女を避けて、キッチンへ向かう。
〝ち……地球の平和は守った……わ。あんたも、私に感謝……しなさい……”
いつもの幻聴が妄言をほざく。
なんだろうね。樺音先輩に触発されて、いよいよ誇大妄想の気まで出てきたんだろうか、俺?
「……人間関係に恵まれないのに加えて、いつまでも環境の変化に慣れないせいだろうな」
自分の精神をプロファイリングして、そう独りごちる俺。
まったく……自分でも自分の繊細さ、豆腐メンタルが嫌になるってもんだ。せめて俺にもメリーさんの半分くらいの図太さがあればいいんだが。
そんなことを考えながら、トーストを二枚焼いてバターもジャムもなかったので、一枚には『ごは〇ですよ』を、もう一枚にはイカの塩辛を塗って食べた。なかなか美味い。
〝――うわあ……”
なぜかドン引きしている幻覚女。ベジマイトみたいで結構いけるんだけど、なぜか大抵の相手は同じような反応をするんだよな。解せぬ。
〝いや、ベジマイト自体が日本人には合わないから! それよりも、あれだけのことがあって平然とこの部屋でご飯が食べられる神経を疑うわ”
幻覚がゴチャゴチャ言っているのを無視して、冷蔵庫から取り出した近所のドラッグストアで格安で売っていた『マグロサイダー(大トロ)』を一気にあおった。
「う~ん、この微妙なコクと生臭さがたまらん。目が覚めるっ」
〝うわあ~~~っ……。……なんかもう疲れたから今日は眠るわ”
途端に、げんなりした顔で幻覚がその場から消える。
うむ。さすがはマグロ一本分のエネルギーが詰まっていると書かれたドリンクだけのことはある。たちまち幻覚も消え、ここまで爽快スッキリと目が覚めるとは思わなかった。こんなことなら箱買いしておけばよかったなあ。
そういえば、他にも『ラフレシア青汁』とか『つぶつぶタコの卵(レモン風味)』『丸ごと
さすがは都会だけのことはある。ヴィ〇ヴァンでドク〇ーペッパー買ってきて飲むのが、中学における勇者の条件であった田舎とはレベルが違う。垢抜けた品揃え。ぜひまた買いに行こう。
そう心に誓ったところで、そういえば以前に、お隣の大学生からおすそ分けでもらった『
気持ちはありがたいけれど、まだ俺十八歳だし。早くから酒を飲むとパーになるっていうから、あれはなるべく飲まないように……樺音先輩にでもくれてもいいかも知れないな。
そんなことを考えながら部屋でまったりと食休みして、いつの間にか九時過ぎたくらいの時刻に、メリーさんからの電話がかかってきた。
『あたしメリーさん。ちょっと確認して欲しいことがあるの……』
「ん~? あんまり突拍子もないことは無理だぞ。俺はごく平凡かつ平和な生活を謳歌する、日本中どこにでもいるごく一般的で平均的な学生なんだからな」
念のために予防線を張っておく。
〝(あんたが一般で平均値だったら、この世界に『変人』ってジャンルは存在しなわよ~~っ!!)”
……気のせいか、どこからか俺の平和を否定するような気配が猛烈に沸いたのだけれど、勿論気のせいだろう。
『えーと、あなたって料理のことは詳しいかしら……?』
「それなりだな。実家にいた時も、お袋の手伝いで台所の
『そうだったかしら? メリーさん当時の記憶は曖昧なの。あ、でも、高校生だったあなたがゲ〇の18禁の暖簾をものともせずに、毎回くぐっていたさまは覚えているわ……!』
「勝手な記憶の捏造をするんじゃないっ!」
店員が大抵女子バイトの店で、そこまで厚顔でも性欲を持て余してもいなかったわい!
『まあそれはそれとして』相変わらず人の話を適当に流すメリーさん『パンダって食べたら美味しいと思うんだけど、どんな料理がいいかしら……?』
「……なにそれ? 『クイズ:パンはパンでも食べられないパンはなんだ?』というお題か?」
『そういうのじゃないの。あとその答えは〝見せパン”なの……』
「いや、それが御褒美とか大好物とかいう連中もいるぞ。俺なら『ジーパン』だな」
『いまどきジーパンという言い方は古いの。なら〝ガ〇パン”なの』
「『ス〇パン』もあったな」
『〝前科一犯”……』
「『最後の審判』」
『上手い! 斧男のヤマダ君、座布団一枚なの……!』
途端、ベッドの下から巨大な諸刃の斧を持った黒子の格好をした男が転がり出てきて、座布団を置いて再びベッドの下へ戻って行った。
「???」
思わずベッドの下を確認してみるが、さっきの斧男は影も形も見えない。
「なに、いまの黒子?」
新たな幻覚か?
『メリーさんの下僕のひとり、斧男のヤマダ君なの。こんなこともあろうかと、事前にスタンバイさせておいたの。ちなみにヤマダ君はその存在感の無さから幻の……』
「お前って一昔前のジャ〇プネタが好きだなぁ……」
思わず嘆息すると、『そんなことよりパンダなの……!』と、電話の向こうでメリーさんが喚いた。
「だからなんでパンダ?」
『ほら、某国の格言に〝四本足のものは机と椅子以外、二本足のものは両親以外、飛ぶものは飛行機以外、水中のものは潜水艦以外、なんでも食べる”ってのがあるでしょう……?』
「なぜ国名を濁すのかイマイチ理解に苦しむが、あるな。ちなみにその諺が該当するのは、某国のごく一部地方なので注意が必要なんだなぁ」
『その国でパンダが一時は絶滅寸前まで減少した……ってことは、パンダが美味しかったから皆で獲って食べたからだと思うの……』
「お前の超理論は相変わらずだな。つーか、パンダが美味そうに思えるほど、そんなに飢えているのか……?」
ダメだよ、ちゃんと餌を与えないと。
『あたしメリーさん。朝からビスケットとミルクだけの食卓を尻目に、ひとりでポン・デ・ケージョ(※ポ〇・デ・リングのこと)とチョコレートフォンデュー食べてきたから、胃袋は満たされているの……』
「朝からなに食ってるんだ!? つーか、他の連中が粗食で我慢しているのに、ひとりで御馳走三昧とか……ちょっとは後ろめたいとか、申し訳ないとか思わんのか?!」
『メリーさん、いまさらプライベートでまで仲間と食事をしたりしないの。もっとも察したオリーヴが自然について来ようとしたから、腹パンして悶絶している間にダッシュで逃げたけど……』
「発想がちょっと売れた漫才コンビかアイドルグループのセンターみたいだな、お前っ!」
相変わらず無慈悲なまでにセルフスタンダードで、仲間に対して塩対応なメリーさんであった。
『で、そこのお店の人に言われたの。「お嬢ちゃん異世界から来た勇者なんだって? だったら珍しい料理とかレシピを教えてくれないかな? 店で出せるメニューだったら、売り上げの二割をあげるからさ~」と言われて、交渉の末三割二分まで認めさせたの……』
「なぜそこで妥協というものをしない!?」
相変わらずよく分からん行動力と、金に関する嗅覚は鋭いメリーさんである。
だいたいにおいてそのパターンでの定石だと、
「いやいや、これはもともと私が考えたものではありませんので、お金を貰うわけにはいきません」
「おお、なんという謙虚な方だ! ですがこの世界ではあなたが最初に考えたものです。ぜひ謝礼をお納めください」
「ふ~む、では、半額だけ……」
と、いったんは固辞するなり半額に妥協するまでのコンボが様式美だろうに。
『妥協したから三割二分で手を打ったの! メリーさん、労働に見合った対価を要求しない自己満足な滅私奉公や、さんざん幕末に人を殺しておきながら不殺なんて言っている偽善者なんて大嫌いなのっ。だから日本ではサービス残業や過労死がデフォルトでまかり通っているし、犯罪者にも人権があるなんていう世迷言が蔓延しているんだと思うの……』
「……いや、まあ、そうかも知れないけど」
こいつに正論を言われると無性に腹が立つな。
『あたしメリーさん。ということで、異世界でもウケる料理を作ろうと考えたの……』
「……それでパンダか」
やっと話がつながった――が、つながった瞬間に断線しているのが理解できた。
「だが、パンダ料理は一般受けしないだろう。こーいうのは万人受けしないと意味はないからな」
『むう……確かにそれは言えるの。なにかいい案とかないの……?』
「と、急に言われてもなあ……」
『大丈夫なの。このメリーさんが全幅の信頼を寄せるあなたなら、きっと素晴らしいアイデアを思いつくの。とりあえず〝全米が驚嘆した”レベルの料理を考えてくれればいいわ……』
「そんな唐突に降ってわいた信頼を寄せられても、思いつかんものは思いつかんわ! つーか、現地にいるお前なりオリーヴなりスズカなりのほうが思いつくものがあるだろう? あれが足りないとか、これが食べたいとか」
現場を知りもしないで推理しろとか、
「20代から30代もしくは40代から50代の犯行」
「犯人は男か女」
「大人の犯行。もしくは子供の可能性もある」
「犯人は現場に土地勘があるか、通りすがりの人物」
「容疑者は関東・東北・中部・北陸、または近畿・中国・四国、あるいは沖縄・北海道、もしくは海外に逃亡している」
「内部の者か、外部の者」
といった超推理で、即座に容疑者が幽霊・宇宙人・地底人・海底人である可能性を除外して、快刀乱麻の一撃で、犯人をわずか約70億人まで絞り込む、元警視庁捜査課長並みの人知を超えたプロファイリング能力が必要だろう。
『それは無理なの。スズカはいまどき塩と砂糖、醤油とコーラを間違えるという、ある意味ミラクルを成したので戦力外通知。いまは部屋の隅で体育座りしていじけているの。あとオリーヴは普通の材料を鍋で煮込んでいたら、金を鉛に変えるという逆錬金術を可能にする謎の物質を作り出したり、普通にゼリーをネルネル練っていたら、プルプルと身悶えして飛び掛かってくる恐怖の半透明生物を生み出していま追跡中。どっちにしても、危なすぎて料理を任せられないの……』
一瞬にして、現代知識を持ったふたりが使えないことが判明した。
『なので、いま現在は元料理屋を手伝っていたローラとエマを助手にして、メリーさんが包丁を握って試行錯誤中なの……』
「ああ、そういえばなにげにお前が生きた人間以外に包丁振るうのって初めてだな」
口に出してみると包丁の使い道としては画期的というか斬新過ぎる話である。本来の用途に使われるまでどれほど艱難辛苦の道のりであったことか……。
だが、まあメリーさんなら包丁さばきもお手の物だろう。
『……ご主人様、生き物を包丁で切るときは迷いがありませんが、どうしてキッチンに立つと微妙に手つきが覚束ないのでしょうか。先ほども危うく刃物が足に刺さるヒヤリハット事案がありましたし、正直見ていて心拍数上がるのですが』
そんな俺の希望的観測を打ち崩すローラのボヤキが聞こえた。
言われてみれば、五歳くらいの幼女が台所で台の上に立って、生まれたての小鹿みたいにプルプル震えながら包丁を振るっている光景って、微笑ましいと思うよりも先に信管の壊れた爆弾を菜箸で持ち上げるような、ハラハラした恐怖しかないわな。
「いまさらだけど、幼女に包丁を持たせる危機管理に疑問が出てきたぞ!」
『メリーさん、生きた相手じゃないとテンションが上がらないの。料理の他のことは得意だけれど。ねえ、ローラもそう思うわよね……?』
突然、同意を求められたローラは、元プロの飲食店従業員としてしばし逡巡した後、
『……ええ。伸びしろはあると思いますよ』
精一杯努力して日和った。
『ですが、こうした下ごしらえは私たちの役割ですので、ご主人様は奥に控えて監督をしていただければ……』
なんとかその場を取り繕うローラ。グッジョブ!
『ふむ。ならそうするの。で、そっちは何か思いついたの……?』
ほっと安堵の吐息を放つローラに頓着することなく、メリーさんが俺に再度聞いてきた。
「ああ、いまスマホの質問サイトで『異世界』『料理』『現代チート』で検索したんだが――」
『小町や知恵袋に頼るのは危険なの。あらしだと思われてオリーヴ並みに炎上するの……』
「いや、オリーヴはお前のせいで物理的に炎上したんだろう?」
とはいえ、質問サイトって大抵先に同じような質問してる人がいるんだよね。
なんでか知らんけど、そういった事例が結構載っていた。
『まあ、仮にあなたがあらしや釣り、変人認定されたところで、メリーさんに実害はないからどーでもいいけど……』
「――よし。切るか」
スマホの通話を切る操作をする俺の本気度を察したのか、『冗談なの……!』と、珍しくメリーさんが察してフォローを入れてきた。
『それにほら、気にするほどみんなあなたのことなんて、世間は注目してないから大丈夫なの……!』
気休めを言っているつもりなのだろうけど、なにげに腹立つヤツな、くそっ。
「で、話を戻すけど。一番多かったのは、マヨ」
『あ、メリー様。晩御飯はマヨ炒めにする予定なんですけど、マヨネーズは無〇良品と松〇のどっちがいいですか?』
『断然、〇田の素材を生かしたマヨネーズなの! ――で、マヨがどうしたの……?』
エマの問いかけに何でもない口調で答えたメリーさん。そのまま流れるようなコンボで問い返された。
「ま、まようんだが、やはりここは間口の広いスイーツなんてどうだ? えーと、初心者にはレアチーズケーキ作りがお薦めだって書いてあるから、これからいったらどうかな~」
『レア? レアなら得意なの! 血の滴る赤身をそのまま使えばいいのよね……!?』
「その『レア』は意味が違う!」
『あとケーキは……この世界にウラン燃料ってあったかしら……?』
「それはイエローケーキ! そっちの世界の人間をダーティボムで
『そんなわけないの。メリーさんが作るケーキの半分は優しさでできてるの。えーと、面倒だから手持ちの辞書で調べるの。チ……〝チーズケーキ”……』
辞書があるならそっちで調べろ! 手間を惜しむな、こら! と、言いかけたところで、
『あったの。〝チーズケーキ:扇情的な服装をした幼女~少女のことを指す”……』
「…………」
『もしもし、警視庁ですか……』
「待たんか~っ! その辞典の解釈はおかしいぞ!?」
『そんなわけないの。〝現代アメリカ語翻訳辞典”って書いてあるの……』
アメリカって、公用語が英語じゃなかったのか?! 俺が習った英語と違う……。
「とにかく変な解釈になりそうなのでチーズケーキはやめよう。次に簡単なところでマフィンなんてどうだ? 似たようなお菓子があっても、これならいろいろとトッピングで差をつけられるだろう」
『えーと、〝マフィン:未成熟な少女のチッパイのことを指す”。――もしもし、新聞広告に〝G13型トラクター買いたし”と依頼したいのですが……』
「いきなりデュークさんに狙撃を依頼するなっ! つーか、その辞書はいろいろと問題があり過ぎるのですぐに捨てろ」
慌ててメリーさんの依頼を取り下げさせる。
「つーか、いままでのお前の食生活ややり取りを聞いている限り、こっちの世界にある料理のほとんどは、そっちにもあるような気がするんだが?」
『あたしメリーさん。そうね。洋食屋やファーストフード、定食はほとんど遜色ない感じかしら……』
「そうなるとよほどのインパクトのある料理か、よほど病みつきになるほど美味い料理でもなけりゃ無理だぞ」
『病みつき……じゃあ、あの常習性のある粉を料理にまぶせばいいのね。ふひひひひひ、アレを一口食べればもうアレなしではいられない体になるわ……』
「お前は何を食わせるつもりだ!?!」
『――え? ハ〇ピーターンの癖になる粉のことなの……』
「紛らわしいわ~~っ!!」
で、その後もあーでもないこーでもないと知恵を絞ったのだが、すでに異世界では一般的だとか、材料の調達が難しいとか、異世界の人間の味覚に合わないとかダメ出しが続いて、いつの間にやらお昼近くになっていた。
「もんじゃ焼き!」
『見た目が悪いの! というか、東京ローカルのお好み焼きもどきなんて食べなくても、こっちの世界に普通にモダン焼きもブー太郎焼きも広島風もあるの……!』
「甘納豆の赤飯」
『道民限定メニューを出す意味が不明なの……!』
「……つーか、素人考えだともう限界だぞ。料理で一儲けとか、博打みたいなこと考えないで普通に働いたらいいんじゃないのか?」
『あきらめちゃ駄目なの! 最後まで頑張るの! もしかすると、最後の一玉で確変に入るかも知れないんだから……!!』
「思考がパ〇スロで生活費を溶かすおっさんと化しているぞ、お前!」
とりあえずそろそろ昼飯の時間だし、ここらで一度頭を冷やして整理しよう。
・個性があって万人向け。
・素人にも説明して作れる手軽さ。
・バリュエーションが豊富。
・異世界の人間にも受け入れられる見た目。
この条件をクリアできる料理でいまだにメリーさんたちが異世界で食べていないもの……駄目だ、思いつかない。
「世界に通じる和食なら、懐石とかだろうけどそうなるとハードルが高すぎてとても手が出せないし」
『そもそも和食となると新鮮なお魚が必要だろうけど、こっちの世界では海の魚をきちんと〆て、新鮮なうちに運ぶルートがほとんど存在しないの……』
「そうなると寿司も当然ダメか。まあ、淡水魚でも東アジアのなれずしとか、発酵させる鮒寿司とかもあるけど、あれは最低でも一年、場合によっては三年は漬け込まないとなあ。それに日本人でも好みが分かれるし」
それにメリーさんに作らせた場合、ドリ〇ターズが最期爆発オチになるように。両〇勘吉が欲張って身を持ち崩すように。男〇で無茶なデスマッチを考案したヤツがその犠牲になるように。ドラゴ〇ボールで敵を圧倒した場合、調子に乗って手加減をして逆転されるように。必ず、どっかで失敗して大量の犠牲者を出す寿司ポリス案件しか見えない。
『むう、残念なの。あきらめるしかないの……』
さすがのメリーさんもあきらめかけたその時、いつの間にか復活したスズカがキッチンへ入ってきて、ローラに昼食のメニューを尋ねた。
『鶏肉と油揚げがあるので、きつねうどんにするつもりですよ』
『わ~~い♪ 油揚げだ! ありがとうローラっ』
油揚げと聞いてはしゃぐスズカの様子に、やはり狐だな……と思ったところで、ふと思いついた。
「あれ? 稲荷寿司ってそっちにあったか……?」
『あ……!』
目からウロコのような口調で、メリーさんが一声出した。
結果――。
様々なバリュエーションに富んだ『お稲荷さん』が、王都を中心に売れたという。
あと、関係ないけれど謎の半透明の生物が下水道で増殖して、手当たり次第に人々を襲う事件が発生したが、原因は不明とのことであった……。
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