第15話 あたしメリーさん。いま魔王を斃したの……。

 講義の合間のちょいと空いた時間、軽く駄弁っていた俺の懐でスマホにメリーさんからの着信があった。

 鳴り響く法螺貝の音。


「前から思っているんだけれど、その着信音、これから合戦場へ向かうみたいだねー」

 苦笑いをするワタナベに対して、

「ある意味正しいな。コイツメリーさんとの会話は、戦場へ向かうような必死の覚悟を必要とするんだ。例えるなら、そう……高校の時にバイク事故で生死が危ぶまれた友人が、病室で必死の思いで懇願してきた、『……頼む! 万一のために……俺の……俺の部屋にあるパソコンの履歴と……Dドライブだけは削除しておいてくれ……!』というミッションを果たした時並みの緊張感があるな」

「ぜんぜん大した覚悟じゃないような気がするけど⁉」

 何を言う。

「積み荷を燃やして……」と、いまわの際にラ〇テルに頼まれたナ〇シカの気分で、見舞いに行った男子はその悲痛な言葉を胸に刻み、その後の作戦を『ミッション・インポッシブル』と呼んで、クラスの男子が一丸となって、女子にバレないよう、家族に不審に思われないよう、数々の過酷な条件をクリアしてやってのけた、素晴らしい勇気と男たちの熱い友情物語だ。


 もっとも、その後回復した奴は、「なんでバックアップ取らずに全部消したんだ~~っ!!」と、恩を仇で返すようなことを叫んでいたけれど。


「そんなわけで、すまん。ちょっと話してくる」

「ああ。僕も新條さんと約束があるから、じゃあまた――」


 気軽に挨拶を交わして、彼女の元へと向かうワタナベと別れた俺は、自販機でウーロン茶を買って、中庭にあるベンチへ腰を下ろしてから通話にした。


『あたしメリーさん。いま、王都へ魔王が来ているの……』

「え? シューベルト? 焼酎?」

『そっちの魔王じゃないの。隣の魔王国の国王である魔王が、この王都に来ているの……!』

「……なんで?」

『友好条約の締結延長と親善のため……とか、寝ぼけたことが新聞には書いてあるの。でもきっとそれは表向きで、人間世界を支配するための下準備に他ならないと、メリーさんは睨んでいるの。だって魔王だし……』

「いやいやまてまて! 『締結延長』ってことは、いま現在友好条約が結ばれているってことだろう!? だったら普通に人間の国と魔族の国とは友好な関係を築いているんじゃないのか?」

『何を悠長な。これだから平和ボケした日本人はダメダメなの。有史以来、魔王と宇宙人はすべて敵と決まっているの。まして、人間の国は数と面積こそあるものの、周りを獣人の国やエルフの国、ドワーフの国、モグラ人の国なんかに囲まれた敵ばかりの状況なの……』

「獣人やエルフやドワーフ、モグラ人は敵なのか?」

『人間とはお互いに非干渉の中立だって、オリーヴは言ってたから敵なの……』

「……中立って、お前の中では敵なのか?」

『当たり前なの! 味方でなければ敵なの……!!』


 いるんだよなあ。何事も『敵』『味方』で色分けして、灰色を認めない奴が……。

 一番厄介なタイプなんだよなぁ。


『あたしメリーさん。幸いなことに今回は魔王も最低限の護衛をつけて、この国の迎賓館に泊まっているそうなので、悪魔の奸計かんけいを素早く察知したメリーさんが、率先して魔王を討って世界に平和をもたらすの……』

「いや、平和条約結びに来た他国の国王をぶっ殺そうとか、それただの頭のおかしいテロリストだから」


 つーか、なんで魔王のほうから来ちゃうのかなぁ。ここんところメリーさん目先のことに夢中になっていて、魔王を斃すとかいう当初の脳味噌膿んでる妄想が収まっていたと思っていたのに、思いっきり再発しているじゃないか。


「正気に戻れ! ……いや、正気だった時期はないけど。せめてオリーヴや姉妹に相談してから行動しろっ!」

『一緒に魔王を斃す相談したら、不意を打たれて布団ごと簀巻きみたいに縛られて、「魔王が国に帰るまで、絶対に表には出さないからね!」と言って、クローゼットに閉じ込められたの……!』


 うむ。目の前に倒れた人がいれば、救命士が心肺蘇生法を施すかのように。蕎麦屋に電話すると、「いま出たところです!」と返事がくるように。事件が起これば、コ〇ン君が腕時計麻酔銃で毛利〇五郎を眠らせかのように。ハ〇ターハ〇ターが連載されると、「次は何年後かなぁ……?」と読者が悟りの心境に達するように。すべからく定められた、迅速かつ適切な処置である。


『だけど、この程度ではメリーさんの行動の自由は妨げられないの。最近、メリーさんの牛乳魔術がLv2に上がったので、ミルクの他に生クリームとバターも出せるようになったの。バターのヌルヌルで縄抜けなんてお茶の子さいさい……』


 ツメが甘いぞオリーヴ! このお子様は頭はアレだけど、無駄にアグレッシブな行動力だけはあるんだ!


『オリーヴたちは臆病風に吹かれているのでメリーさんがひとりで頑張るしかないの……』

「いや、頑張らなくていいから! このパターンなら松〇修造と安〇先生が二人三脚で、『頑張るなっ!』『あきらめたら?』って言うために全速力で向かってくるぞ、おい!」

『メリーさんの身を心配してくれているのはわかるわ。確かに敵は強大だけれど、普段であれば魔王城の奥深くにいるであろう魔王が単身……新聞記事によれば、四天王のひとりが護衛にきているらしいけど、それでもほとんど無防備も同然なの。こんなチャンスは二度とないの! 飛んで火にいる夏の虫……。カモがネギ背負ってやってきたどころか、両手と口に包丁を構えた完全武装のメリーさんに、靴下と眼鏡だけの全裸でバーコード頭の中年不審者が立ち向かってくるようなものなの……』

 聞いちゃいないな。つーか、その場面を想像してみるに、より不審者なのは靴下と眼鏡以外全裸の変質者か、包丁持ったなまはげみたいな幼女のほうか……。なんか、相打ちに近いものがあるな。


「ん? 魔王の強さについて、お前でも理解しているのか?」

 そこでふと、いまだかつてメリーさんが使ったことのない『強大な敵』などという表現を使ったことに驚いて、思わずそう尋ねていた。


『あたしメリーさん。新聞に魔王のプロフィールが書かれていて、そこに公開されているステータスがあるの……』


 ・ヴァレリヤン=レオニート=ベロゼロフ三世 純魔族(男) Lv189

 ・職業:魔王(魔王国ツァレゴロートツェヴァ第六十四代国王)

 ・HP:895 MP:910 SP:674

 ・筋力:520 知能:855 耐久:992 精神:693 敏捷:706 幸運:27 

 ・スキル:魔術の極み。HP全回復。MP&SP自動回復。物理&魔術攻撃常時遮断。剣術10。体術10。

 ・奥義:万物一撃死。流星落とし。

 ・装備:魔神の鎧(※破壊不能)。海神の盾(※全魔術吸収・反射)。魔剣 《ダークスター》(※触れた者の魂を喰らう)。黒の指輪(※無制限に魔力を補充)

 ・資格:魔王国最強決定戦二十六年連続優勝。ドラゴンを斃した者。巨人を斃した者。

 ・加護:魔神アフリマンの加護


 ちなみに、現在のメリーさんのステータスはと言えば――


 ・メリーさん 災厄の人形娘(女) Lv12

 ・職業:勇者兼遊び人

 ・HP:20 MP:39 SP:21

 ・筋力:11 知能:1 耐久:17  精神:16 敏捷:15 幸運:-56 

 ・スキル:霊界通信。無限全種類包丁。攻撃耐性1。異常状態耐性2。剣術5。牛乳魔術2。

 ・奥義:包丁乱舞

 ・装備:コットンクレポンブラウス(花柄)。チュールスカート(金糸入り白)。レース付きソックス(白)。カーフレザースリップオンシューズ(ピンク)。クマさんバックパック。妖聖剣|煌帝Ⅱ《こーてーツー

 ・資格:壱拾番撃滅ヒトマカセ流剣術免許皆伝(通信講座)。ドラゴンを撃退した者。クラーケンを食べた者。

 ・加護:●纊aU●神の加護【纊aUヲgウユBニnォbj2)M悁EjSx岻`k)WヲマRフ0_M)ーWソ醢カa坥ミフ}イウナFマ】


「……これはひどい」


 聞いといてなんだけど、圧倒的じゃないかな我が軍の弱さは。

 レベル99の勇者に序盤のスライムが挑むようなものだ。どんだけ手加減しても、一撃で斃されるだろう。つーか、魔王がチート過ぎる。こんなもん理論上、倒すことは不可能レベル。ほぼ無敵だろう。


『あと一緒に来ているのは魔王四天王のひとりで紅一点。黒い革製の扇情的な格好をした女淫魔族サキュバスの三十歳前後のオバサンなの……』

 ちなみに魔王は五十歳くらいの角の生えた威厳のある髭がトレードマークの人物だそうだ。

 四天王である女淫魔族サキュバスの女性の強さまでは書いていないそうだが、四天王は魔王国最強決定戦で準決勝まで残った者に与えられる称号(優勝者がチャンピオンである魔王に挑める)らしく、彼女の場合は『鞭さばきには定評がある』『天性の女王様』だそうで、実力は魔王に準じると考えて間違いないだろう。


 そんな化け物が待ち構えているところへ、包丁持った幼女がテケテケ立ち向かっていく。

 メリーさんオワタ \(^o^)/


「やめろ! 天下〇武闘会前の悟〇がいきなりフ〇ーザと戦うようなもんだ。せめて少年漫画的に特訓をするとか、頼りになる味方を見つけるとかしてから立ち向かえ!」

『いまどきはその手の努力や友情は流行らないの……』

 うん、ついでに『正義』と『勝利』も手放しているね!

『それにどんなに相手が強大だろうと、世界平和のためにメリーさんは勇者として立ち向かわねばならないの……!』

 ああああっ、こんな時だけ主人公みたいな決意を……!

 でも、親善に訪れた他国の国王を襲撃する絶好の機会を得たと考えるのは単なるテロリストだから!!

 世界平和のために、なんで殺意しか生まれないんだろうこの子は。

『たとえ勝てないまでも一矢報いるの……』

 大津事件でロシア皇太子を襲撃した津田三蔵か、お前は!?

『それに大丈夫。いまどきは適当に、その辺の変な石ころを拾ったのを伏線にして、〝その時、不思議なことが起きた”もしくは〝相手のすべての能力を凌駕・無効化する能力に目覚めた”というパターンになるのがこの業界の定石。メリーさんは昔から頑張ればできる子と言われていたの……』


 なにその小学生の「必殺〇〇〇〇!」「なんの必殺奥義△△△△!」「ならば究極必殺奥義◇◇◇◇!」「絶対無敵必殺極限奥義!」「絶対無敵必殺極限奥義返しっ!」……という、頭悪そうな不毛なパワーアップのインフレ理論は!?


「というか、メリーさんにそんな都合のいい伏線なんてないだろう!?」

『あたしメリーさん。ふっ、こんな時のための殲滅型機動重甲冑とガメリンなの……』

「しまった! 忘れてたーっ!」

 機動兵器と怪獣がいたんだっけ!

『本当は購入中の巨大ロボも投入したかったけど、予算が足りなくて合体部分の顔と右手と左足首しか買えてないから今回は断念したの……』

「……合体変形ロボって、なんでバラになる意味があるのかと思ってたけど、予算の都合で分割で売ってたのか!?」

『ふっふっふっ。完成すればダ〇ラガーの十五体合体を上回る四十九体合体なの……』

「なんか中途半端な数だな、おい!」

『しかも操縦者は全員女の子ばかりの、名付けて巨大アイドルロボ〈BAK49〉! 弱点はまだメンバーが足りないことと、どこにダメージを受けても間違いなくだれか死ぬこと……』

BAKバカ49? パチモン臭い上にバカ丸出しのネーミングだな。おまけに人権にまったく配慮してないとか致命的じゃん」

 あとアイドルと巨大ロボといえば、昔、盗撮ロボ・ゼノ〇ラシアというのがあってだな。アイドルと巨大ロボとは、鰻と梅干、マ〇オとク〇パ、き〇この山とたけ〇この里、ジョー〇ター一族とディ〇、ル〇ンと銭〇警部、コー〇とミ〇ティア並みに食べ合わせが悪いというジンクスがあるのだ。

『作戦もバッチリ。この日のためにド〇ッカーの【マ〇ジメント】の本を読んでおいたの……』

「意外と頑張ってるけど、その方向性は果たして正しいのだろうか……?」

『ではメリーさん、行きますの……!』

「だからやめろ~っ。行くな~っ!!」


 五分後――。


『くっ、まさか先手を打たれてオリーヴに殲滅型機動重甲冑を車検に、ガメリンをローラとエマが散歩に連れ出しているとは……』

 歯噛みするメリーさんに、俺は内心「オリーヴ、グッジョブ!」と喝采を叫んでいた。

『こうなったら、メリーさんも知らないメリーさんの潜在能力に賭けて、魔王と一対一の勝負に乗り込むの……!』

「その覚悟は、最後の千円札を玉貸し機に入れる、職安通いのオヤジと同じ心理だぞっ!」

『武者震いがするの。これから敵地に乗り込むわけだから決死の覚悟なの……』

 さすがのメリーさんでも緊張するらしい。

『さしずめロー〇ンの制服のままセブ〇イレブンへ買い物へ行く店員の心境なの……』

「ぜんぜん大した覚悟じゃないだろう!?」

 悲壮感仕事しろ!


 これ、なんとか頭のおかしい幼女の暴走ということで示談くらいにできないかなぁ……。

 そんなことをやっているうちに魔王が泊っている迎賓館に着いたらしい。


『意外と警備が厳重なの。正面からは難しいかも……』

 そりゃそうだろう。外国の国家元首が宿泊しているんだ。蟻んこ一匹通さない警備が敷かれていてしかるべきだ。

『あたしメリーさん。そういえば新聞には反体制勢力〝体操服ブルマ復興同盟”が、この機に乗じてテロ活動をするとか書いてあったの。きっと、その警戒なの……』

 大変だな、国家権力も。

『どうやってこの警備網を掻い潜ればいいのかしら……?』

「意表をついて、カボチャの衣装を着て、右手に大根を持って、左手にタコ焼き持って、頭の上に紙風船を膨らませて乗せたまま、『罰ゲーム』と書かれたタスキを袈裟懸けにかけて正面から乗り込んでいけばいいんじゃねえの?」

 この際、どこからどうみても怪しい恰好をさせて、正面ゲートで排除してもらうに限る。

『なるほど。メリーさんにはないセンスなの! さすが一週間にひとりの逸材なの……』

 まったく褒められている気がせんな……。


 ともあれ、その気になったメリーさん。早速、衣装などの小道具を揃えに行った。

 結果――。


『お疲れ様です~っ!』

『業界の方ですか? 報道関係者は右手奥のホールに集まっています』

『いやはや大変ですね』

『お嬢ちゃん偉いわね。飴食べるかい?』


 なんであっさり通すんだ、警備兵! 近衛騎士! 秘書官! メイドのおばちゃん!


『あたしメリーさん。魔王はどこなの……?』

『ベロゼロフ三世陛下でしたらこの奥ですが、いまは一時間後の記者会見の打ち合わせのために、四天王のアレクサンドラ様と打ち合わせ中ですので、誰も部屋に入れないように結界が張ってありますが?』

 通りがかりの侍女らしい若い女性が正直に答えている。

 つーか、いまさらだけど国家元首を「魔王」呼びするのって無茶苦茶無礼じゃないのか⁈ なんで誰も違和感を覚えないのかなぁ。


 たぶんメリーさんの格好を見て、頭が若干バグっている業界の人間だろうと生温かく見守っているんだろうけど、時として優しさが凶器になることがあるんだよ。普通は傷つくのは優しくされた方だけど、今回は逆だ。


 でもって、途中にあった目に見えない結界も、メリーさんの(元)聖剣であっさりと切り裂かれ、もはや誰にも阻まれずに、ズンズンと魔王の元へと突き進む。


『あたしメリーさん。多分ここなの……』

 それっぽい扉の前に着いたメリーさんが耳を澄ませると、

『うふ~ん。陛下ぁ、もうすぐ記者会見だというのに、こんなお戯れをなされるなんて……』

『そう言うなアレクサンドラ。堅苦しい席へ赴く前に、少しばかり愉しんでもバチは当たるまい』

『ふふふ、陛下のこのようなお姿を国元の奥方様やお子様方、他の四天王の面々が見たらどう思われるかしら……』

『くくくっ。そのために、こうして羽目を外すために、無能なサルどもの国にまで足を運んだのではないか』

『悪いお方……でも、なんて可愛い方かしら……』

わしをこのようにしたのはお前ではないか。その胸と体でな。では、ゆくぞ……』

 渋い中年男の声と、妖艶な女性の声が扉越しに聞こえてきて、最後に衣連れの音がした。


『よしっ。間違いなく魔王と四天王の女がいるの……』

「あー、いや、いまこの瞬間にお邪魔しちゃ悪いんじゃないかな! 子供は特に!」

『今宵の《煌帝Ⅱこーてーツー》は血に飢えているの……!』

 当然のように聞いちゃいないし!

『てやーっ! 魔王っ、覚悟なのーっ……!!』

「やめろ~っ! 殿中でござるっ!」


 俺の静止の声を振り切って、思いっきり扉に体当たりをして部屋の中へと転がる様に押し入るメリーさん。

 魔王とその腹心である女淫魔族サキュバスが、誰にも邪魔されずに逢瀬を楽しんでいるその現場へと入って早々、目の当たりにしたのは――。


『ばぶ~っ。まんままんま、国の奴らね、みんなボクに無理難題を言うんだよ~』

『あらあら。可哀想にね、バブちゃん。いい子いい子。ほーら、おっぱいでちゅよ』

『ばぶ、ばぶ~。まんま、ママのおっぱい~』

『はいはい。オムツを取り換える時間でしゅよ~』

『ばぶ~』

『ほ~ら、ぱたぱた~♪』

『きゃっきゃきゃっきゃっ!』


 おっさんの赤子プレイと、それに付き合う女性の営みの場面であった。


『『…………』』

『…………』


 と、その場へ突然として飛び込んできた闖入者メリーさん(カボチャの衣装、右手に大根、左手にタコ焼き、頭の上に紙風船)に、完全に虚を突かれた室内のふたりと、予想外の光景にさすがに絶句するメリーさん。


 しばし、世界中の時が凍り付いた。

 で、いち早く正気に戻ったのは――否、もともとおかしいので、おかしな事態には柔軟に対処できる――メリーさんだった。

 部屋に飛び込んだ勢いのまま、窓際まで行って、閉め切ってあった窓を全開に開けて、外へ向かって大声で、

『大変なのーっ! 魔王がオムツによだれ掛けをかけて、哺乳瓶で――』

『『わ~~~~~~~~~っ!?!』』

 刹那、鞭が翻ってメリーさんをグルグル巻きにして、窓際から引き戻される音がした。

 その拍子にメリーさんの頭に乗っていた紙風船が、パン! と音を立てて割れた。


『お、お、お嬢ちゃん。こ、これは違うんだよ!』

『な、なんでこんなところにこんな子供が⁈ 陛下の結界は……?』

『これはちょっとした遊びでね。誰にも言わないでいてくれたらお菓子を山ほどあげよう』

 必死に懐柔しようとする魔王がいっそ哀れである。

 が、その辺の空気を斟酌しないことにかけては天下一品のメリーさんの事。

『変態なの! 魔王がオムツプレイで、四天王にバブられていたの! みんなに言いつけるの……!』

 状況をしっかり理解して言ってのける。


『うわあああああああああああっ!!』

『殺しましょう! 陛下、秘密を知られたからには生かしてはおけません!』

『いやいや、まてまて! こんな幼女を――』

『幼女だからなおさら吹聴して回るんですわ! ちょっといまここで鞭に力を込めれば……』

 女四天王のほうは魔族らしく容赦はしない方針らしいが、

『甘いの。このメリーさんにかかれば、縄抜けなど……食らえ、必殺全身バター放射……!』

『え? なに?? ――わっ、きもっ!』

『あら? 間違えたの、バターじゃなくて生クリームだったの……』


 まだ慣れていないせいか、間違えてバターの代わりに生クリームを全身から噴出させたらしい。

 こちらからは見えないが、どうも生理的に嫌な絵面になったらしく、女四天王の腰が引けた。

 と、そこへ――


『なんだいまの爆発音と悲鳴は!?』

『これは――結界が破られている! 馬鹿な、そんなことができるのはベロゼロフ三世陛下に匹敵する魔力の持ち主か、魔剣 《ダークスター》と同等以上の魔剣・聖剣でもなければ無理なはず!?』

『!! もしや、予告のあったテロリスト〝体操服ブルマ復興同盟”の仕業か!?』

『なに!! スクープだ、俺たちも続けっ!』


 足音も荒く護衛や女官、関係者が大慌てで部屋の中へと突撃してきた。


『ご無事ですか、陛……か……え?』

『なんでベビー服? よだれ掛け? オムツ??』

『――っっっ!! 見ろ、あの幼女を!』

『なんてことっ、鞭で縛られて全身にヌメヌメした白濁液をかけられているわ!!』

『そして、床に転がっている意味ありげな大根とタコ焼き……』


『『『『『『!!!』』』』』

 全員が息を呑んだ。


『変態だ!』

『変態だーっ!』

『変態よ!』

『『『『『『魔王と四天王は変態だーーっ!!』』』』』』

『『『『『『変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態! 変態!』』』』』』

 自然と湧きおこる変態コール!


『『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』』


 言い訳のしようない糾弾の嵐を前に、魔王と女四天王の絶望の悲鳴がどこまでもどこまでも続くのだった。


 結局――。目撃者に報道関係者もいたことからこの事件は魔王最大のスキャンダルとしてすっぱ抜かれ、秘匿することもできずに国内はもとより、魔王国へも知れ渡り、現魔王と女四王天は責任を取って辞職。

 また、魔王は奥さん子供にも愛想を尽かされて、傷心のうちに離婚をしたという。


 ついでにメリーさんのステータスには『ある意味魔王を斃した者』という称号が増えたが、レベルはビタイチ上がらなかった上に、新聞に目元に黒い線の入った写真で『被害者Mちゃん』と載ったそうで、

『まるで警〇24時間の酔っ払いなの……!』

 と、非常に不本意な扱いだったようである。


 で、考えると誰も幸せにならなかった結末であった。

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