第14話 あたしメリーさん。いま王都に着いたの……。
「デート……!?」
俺は食べていた学食の月見ソバ(+梅&鮭ムスビ)を、危うく喉につかえそうになった。
「こ、声が大きいよ。それに、そんな大したものじゃないと言うか……」
対面に座って日替わり定食(大盛り)を食べていたワタナベが、慌てて周囲を窺うけれど、俺としてはワタナベ(相変わらず苗字の漢字不明)のこの挙動不審ぶりから、逆にあらぬ誤解――俺とワタナベがデートをする「アーッ!」な話かと――聞きようによっては取られたんじゃないかと思って、冷や汗を流しながら視線を巡らせる。
幸い、昼の混雑時間とあって、いちいち野郎同士の馬鹿話に注意を払っている暇な学生などはいないようで、俺はほっと胸を撫で下ろしながら、昼食を再開しつつふと浮かんだ素朴な疑問をワタナベに確認した。
「つーか、いつの間に女と付き合いだしたんだ? ――女だよな?」
返答次第では、次の瞬間、ワタナベとの友情は『本日休業』の名札を張って店仕舞いするかも知れん。
「女の子だよ! 同じ一回生のシンジョウ・マナさん。知ってるだろう。この間の社会心理学の講義で一緒になった」
「ああ、黒髪で目が二個あって、陸上生活をして手足が生えて水に濡れてもいない、実在する生身の体の……」
「うん。君が彼女の事全然覚えていないのはわかった。てゆーか、それ日本人の女性の九割以上が該当するから」
そーかァ? 俺の周りにいる存在の九割はそれに該当しないのだが……?
「ふぅん。まあいいけど。つまりそのシンジョウさんとお付き合いしてるわけだ?」
「いやいや、そんな大げさなものじゃないよ。同じ一回生同士で話が合っただけで、聞いてみたらお互いの住所も駅二つの距離だったから、歩いてでも行けるし……」
駅二つというと、普通に考えればうちの地元なら二十㎞くらいはある上に、途中に山がそびえ、川が流れ、道なき道を熊の恐怖と戦いながら、ほぼ一日がかり(下手をすれば途中でキャンプをして一泊二日)で進む覚悟が必要なのだが、それを女のために軽く「歩いてでも行ける」と言ってのけるワタナベ。優男風の外見とは裏腹に案外、剛の者なのかも知れない。
そう密かに戦慄する俺だった。
「それで、たまにノートを見せ合ったりしてたんだけれど、彼女のほうから『今度の休みに一緒に遊びに行きませんか?』ってお誘いがあってさ」
「ほう……」
なぜ俺はこんなところで人の惚気話を聞かされねばならんのだろうか? 都会の大学生になれば、ギャルととっかえひっかえお付き合いができるという話は都市伝説だったのだろうか???
「だけど男子校出身で女性に免疫のない僕がいきなり女性とデートとかしたら、挙動不審になって箱の中に隠れたり、最悪、緊張のあまり吐き戻すかも知れないだろう?」
「お前は環境が変わるとストレスを感じる飼い猫か!?」
「その点、君は共学出身だし、普段から女の子とも平気で話せるみたいだから、何か会話のコツみたいなものあるのかなぁと思って」
「別に考えたこともないけど。つーか、俺の場合は男女平等に扱っているだけだぞ?」
と言うよりも個々の区別がイマイチつけづらい。
ことあるごとに包丁で人を刺すことを身上としている幼女や、頭から金魚鉢をかぶった大家さん、髪をピンクにして眼帯をして左手に包帯を巻いた厨二病の先輩、黒覆面で空飛ぶ円盤に乗ったバイト先の店長などなど……ある程度の個性があれば、オンリーワンの『個人』として対応できるけれど、そういう取っ掛かりがないと男も女も、あだ〇充作品の主役・ヒロイン並みに見分けがつかん。結果、どうしても無難な対応しかできないんだよねえ。
「……ああ、つまり『取っ掛かり』だ。自分語りはうざいから、まずは相手の興味のあることを中心に、聞き役に徹してみたらどうだ?」
自分でも割と及第点かなと思える回答をひねり出した。
「興味あること……そういえば、ちょっとした民間伝承や都市伝説とかを、そのうち研究テーマにしたいって言ってたかな? その手の怖い話とか知らないかな?」
「怖い話? 都市伝説? う~~ん、俺もその手の話はちょっと思いつかないな。詳しいそうなのは、
あ、いやダメか。ガチ過ぎる。『ちょっとした七不思議や都市伝説』の話で盛り上がりたいだけなのに、いきなり先輩では濃すぎる。
例えるなら乳製品飲んだことない人間に、いきなりカ〇ピスの原液飲ませるようなものだ。可能な限り希釈しないと付いていけるわけがない。
「難しいな。ワタナベんところの地元のローカルネタとか、学園の七不思議とか友達と話したことないのか?」
「いやぁ、うち男子校だったから。基本、小学生の休み時間のノリで、あと汗臭く三年間過ごしていたからねえ」
苦笑するワタナベ。
そうやって駄弁っている間に食べ終えた俺たち。
まったりとお茶を飲みながら、彼女との話題について思案していたところで、俺のスマホに着信があった。
>【メリーさん@隣でオリーヴが寝ゲロ中&姉妹ももらいゲロ中】
飲んでいたお茶を危うく噴き出しそうになった。食事時になんつー着信だっ!
食事中だったら確実に食欲失くしていたぞ。
「ん? 電話? 僕のことは気にしないでいいよ」
「ああ、知り合いから……ああ、そうだ。コイツなら都市伝説とかその手の話題に詳しいと思うから、ちょっと聞いてみるわ」
「本当かい!? 助かるな。じゃあ僕は食べ終えた食器をまとめて下げておくから、その間に頼めるかな?」
「そうか。悪いな俺の分まで……」
「大したことじゃないさ。ああ、ついでに大学〇協で買っておきたいものがあるから、三十分くらい時間を置いて戻ってくるよ」
爽やかに笑って俺の分のトレーも持って席を立つワタナベ。気配りのできる男である。いい奴過ぎて悪い女に手玉に取られないか心配だが、まあそこまでお節介を焼くのは出しゃばり過ぎというものだ。
とは言えこれで誰はばかることなく、メリーさんとの会話に専念できる。
友人の初デートのため、女の子でありなおかつプロの都市伝説であるメリーさんのアドバイスに従って、ワタナベのために女心を
――あれぇぇぇぇぇっ!? メリーさんに、恋愛について指南してもらう? さすがにそれは人間としてアウトだろう。
「……危ないところだった。聞くのはあくまで都市伝説だけにしておかないと」
友人の頼みに知らずテンパっていたらしい。寸前のところで正気に戻った俺は、気を取り直してスマホを通話にした。
『あたしメリーさん。いま王都のホテルで休んでいるの……』
「ああ、無事に王都へたどり着けたみたいで何よりだ。ところでメリーさんにちょっと聞きたいことがあるんだけれど」
『メリーさんの秘密を知りたいの? でも、そうそう簡単には教えてあげないの。ちなみスリーサイズは、B88-W60-H92cm……』
「うん、全然聞いてないし、絶対に嘘だよね。そうじゃなくて、恐怖に震えるような……できれば高校くらいまでの思い出に関わるような話が知りたいんだけど」
そう言うとメリーさんはちょっと考えてから、とつとつと思い出しながら喋り始める。
『え~と、高校一年のA君が在籍するクラスで初めての席替えがあり、A君が密かに憧れていたB子さんと隣の席になれました……』
ふんふん。意外と真っ当な話っぽいな。
『席替えが決まった途端に、急にテンション上がるいままで隣の席だった級友。反対に机に突っ伏して泣き始めるB子さん。そうして、彼女は次の日から学校に来なくなったのでした……』
「A君がせつなすぎて心が震えるわ!!」
ものすごく切実に身につまされて、ありそうだからなおさらキツイ。
「そういう心に刺さる系統の話じゃなくて……都市伝説! そう都市伝説とかについて頼む」
『都市伝説……? 総合評価で一万PTを越えると、出版社から書籍化のオファーが来るとか。もう何年も前に半端にエタった作品が書籍化され、続きが出るパターンは、その文章のほとんどが元の作者ではなく編集者が代筆……』
「そーいうガチの都市伝説じゃなくて――つーか、ガセだから。ぜんぜんまったくないから――メリーさんならではの、知られざる怖い話や都市伝説の裏側とかあるだろう?」
『裏話? なるほど。それでメリーさんなのね。賢明な判断なの。〝悩みがあればまずメリーさんに相談しろ”がこの業界の合言葉なの。話している間に悩みなんてどうでもよくなると大評判なの……』
あれ? もしかして色々と間違えた?
『じゃあ裏話。有名なところでは、ネ〇とパト〇ッシュは死んだあと、ろくに仕事もしないで絵ばっかり描いてたため怠け者のニートと判断されて、天国じゃなくて地獄へ落とされました……』
「いろいろとぶち壊しだよ! 知らないでいたかったその知られざる裏事情は!! ――って、そうじゃなくて。もっと普通にメリーさんみたいな都市伝説の話はないのか!?」
『あたしメリーさん。じゃあトイレの花子さんについて……』
「そうそう、そういうのでいいんだ」
『女子高には大抵トイレの花子さんがいる。そして、男子校にはトイレの花男さんがいるの……』
う~~ん、また微妙な話だよなあ。
『ちなみに花子さんが毎年平均して発見するトイレに仕掛けられた盗聴機とカメラの数は2個。対して花男さんが発見する数は平均なんと15個……』
「お前はいちいち話にオチをつけないと生きていけないのか!?」
ある意味怖いけどさあ!
『ぶーっ。プロの仕事の裏側なんて案外そんなものなの! 口裂け女は夏場に扇風機で「あ~~」とかやってたら上唇を巻き込まれて大惨事になったし、ベッドの下の斧男は日がな一日プチプチシートを潰したりタウンページを読んでサボってるし、ペトペトさんは全身のムダ毛処理に失敗した幽霊のガムテープの音なの……』
「う~~む……」
この話題、女の子とのデートに使えるだろうか? ドヤ顔で話したら、単に頭おかしい男と思われるだけじゃないだろうか?
『まともの働いているのはメリーさんくらいなの。異世界でも大変なの……』
そう嘆息するメリーさんの背後から、『うぷ……ううう……』というリバースしている女性のうめき声が
「そういえば一緒にいる三人はどうしたんだ? 変なものでも食ったのか?」
『あたしメリーさん。そういうわけじゃないけど、冒険者ギルドで登録させて、ちょっと訓練をさせたらああなっただけなの。三人とも虚弱で困ったものなの……』
「いや、あんまし飛ばし過ぎなのもどうかと思うぞ。そりゃ、確かに冒険者としてひと通りの技能があれば、そっちの世界だと安心できるとは思うけど」
なにしろ村や町にいても、ヒャッハーな盗賊団やドラゴンが襲いかかってきて、海には海賊、川にはクラーケンがいる世界だ。安全マージンはどれだけあっても十分ってことはないだろうけど、聞く限りオリーヴは戦闘向けの技能は持ってないみたいだし――。
なお、オリーヴが得意なのは占星術で、水晶占いはプロ級とのこと。
ちなみにプロとアマの違いは、使っている水晶玉が、アマは軟式であるのに対して、プロは硬式だそうである。メリーさんからのまた聞きなので、どこまで本当かは知らないけれど。
ローラとエマの姉妹に至っては、相互
だが、メリーさんはそんな現状がいたく不満の様だ。
『そんな甘ったれた心構えでは困るの! メリーさんの仲間ということは勇者の仲間。つまりは世界の命運を背負って立つ戦闘集団。闇に立ち向かう聖戦士でなければならないの……!!』
「あれ? お前の中にオリーヴか
思わずそう確認するも、構わずにメリーさんは熱く語る。
『幸いにして総合評価で一万PTも越えたし、レビューも評価も好調なの。次なる壁は10万文字の壁を越えれば、必ずやどこかから出版の打診も……』
「だからいったいお前は、いったいなにと戦っているんだ!?!」
『この世界にはびこる悪と理不尽となの……!』
「そんな曖昧な話だったか、いままでの⁈」
もっと生々しい現実についてだったような気がするぞ。
『あたしメリーさん。だから背中を預ける三人にも頑張って貰おうと、ちょっと訓練に励んでもらったらこの様なの。失望したの。特にオリーヴが不満たらたらだし、ここにきて方向性の違いが顕著……』
意見の対立から解散の危機に面したバンドリーダーのようなメリーさんの嘆き節。
『面倒だから、弱っているいまのうちにオリーヴをバラバラにして、メンバーを入れ替えようかしら……?』
『おげえぇぇぇぇぇぇえ……!!』
ひときわ大きなオリーヴのうめき声が響き渡る。
『なーんて、冗談なの冗談……。オリーブはメリーさんの親友でなおかつ連帯保証人なの……』
『げええええええええええ……っ!?』
なにを借りた!? どんな条件で。
『仮にメリーさんがもし死んだ時、誰か一人を道連れにしていいと言われたら、この世界ではオリーヴを、現世ではあなたを選ぶから安心して……』
まったく嬉しくない告白であった。
「……まあほどほどにな。そうそう他の人間はメリーさんほどロックな生き方ができもんだし」
『大丈夫なの。基本的にメリーさんの修行方法は古代ギリシャのとある国で行われた、軍事、歌唱、舞踊、狩猟、窃盗、誘拐といった一般技能に対する訓練だし……』
「それスパルタだよね!?」
『理想としては、メリーさんが休んでる間にバリバリとレベル上げをして、メリーさんが何もしなくても魔王を斃せるくらいになってもらいたいの……』
「リアルボットかパワーレベリングやめーや!」
『とりあえず一日二十八時間の特訓を目指してパキパキ頑張るの……!』
「なにそのグラップラー的無理難題!? 一日二十四時間なのはどうやっても覆せないから!」
『ちなみにこの場合の「パキパキ」というのは、覚〇剤摂取時の擬音を表す隠語なの。ちなみに「ブリブリ」は〇麻摂取時の擬音という生活の豆知識……』
「薬物はダメ! 絶対っ!! 別な意味で怖いよ。本気でドーピングさせる気満々だよ、助けて、ア〇パンマーン!」
『あとやってもらうことは色々あるの。具体的にはメリーさんの代わりに、料理、掃除、洗濯、買い物……』
「……まあ使用人ならそうなるか。いままでメリーさんがやっていたのを確認したことないけど」
これなら普通に許せるかな。レベル上げは別にして。
『ついでに、寝る前にツ〇ッターの更新、な〇うの下書きと感想返し、ア〇ゾンの予約チェック、積んであるフィギアの作成、録画したアニメのCMカット、コ〇ケに向けた同人誌のアシスタント……』
「ついでの負担がデカすぎる! なにその肉体的・精神的な拷問!?」
昼間は二十八時間特訓させて、その合間に家事を分担させ、夜になったら延々とオタ活動をさせる。蟹工船や帝〇グループが超絶ホワイトに思える労働環境じゃねえか!
労働基準法早く行ってくれーっ!!
『大丈夫なの! 人間、水と空気と日光さえあれば百年は生きていけるの!』
そう超理論を胸を張って言い放ったメリーさん――だが。
『『『んにゃわきゃない(です)(よ)!!!』』』
半死半生でリバースしていた当の本人たちから抗議の叫びが上がった。
『むむむ、メリーさんを否定するつもりなの? だけどそんなフラフラの状態で何ができ……え……そのバケツの中身って、いままで各自が吐いていた……な、なんで構えるのかな……?』
『……なんでだと思う……?』
『ご主人様にも訓練の味を味わっていただきたく思いまして……』
『呪呪呪呪呪呪呪呪……』
オリーヴが平坦な口調で、ローラはむしろにこやかに、エマはもはや呪いの言葉を垂れ流す状態で、じりじりと三方からバケツを持ってメリーさんを追い詰めていく。
『ま、待つの! 波平さんの最後の一本みたいに、無駄に思えることでも大事な事ってあると思うの……』
『『『やかましいっ!!』』』
『ぎゃあああああああああああっ! 真正のホラーなの……!!』
メリーさんの断末魔の悲鳴とともに通話が切れた。
沈黙を続けるスマホから耳を離した俺の目に、戻ってきたワタナベの能天気な笑顔が映る。
どーしたもんかな……。
内心で頭を抱えながら、俺はヤケクソでメリーさんから聞いた都市伝説、驚愕の裏話を語った。
後日――。
ワタナベは面白い奴と認定されて彼女と正式に付き合いだしたそうである。
別に話の内容なんて関係なかったようだ。
俺の感想。イケメン死すべし……。
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