第12話 あたしメリーさん。いま海賊に捕まったの……。
ドアが開いて入店を知らせるチャイムが鳴った。
「――らっしゃいませー……って、なんだ先輩ですか」
反射的にレジに座ったまま顔を上げて、営業スマイルで挨拶した俺だけど、入ってきたのがピンクの髪に眼帯をした、魔女みたいな黒のとんがり帽子をかぶった変人――
「ふっ、あなたも虚無に囚われているのね。だけど世界は終わらない……けれど始まることもない。だってもう私が『壊した』んだから……」
いつもの調子で心の中の中学二年生を大暴れさせる華子さん。
無視してレジで漫画を読んでいる俺の顔を覗き込むようにして、「ところで――」と続ける。
「ここ、
「なんでと言われても店長の趣味ですよ。慣れれば気にならないものです」
ちなみに出て行くときは、なぜかセブ〇銀行でお金を引き出す音が鳴る仕様である。
でもって、ここ『ロンブローゾ古書店』は戦前からあるという古本屋で、現在、俺がバイトしている先であった。
基本的に金持ちの店長が趣味でやっているという店だけあって、ほとんど客なんて来ない状況で、ほとんど空いている時間で本を読んでいれば済むので気楽なバイトだ。
ちなみに店長は高齢であまり体が丈夫ではないということで、日中はほとんど奥に引きこもっている。
俺も最初の面接で会っただけだけれど、戦時中に傷を負ったらしく、顔全体を隠す四つ目の黒マスクをかぶり、左手は金属の義手で、下半身が不自由なため空飛ぶ円盤を模した(実際に飛んでいた。あれがいま流行りのドローンって奴なんだろう)椅子に腰を下ろしたままという難儀な姿だった。
「本当にここ単なる古本屋なの⁉ 店主も謎の覆面の人物って噂もあるし、実は世界……いえ、宇宙征服を企てる悪の組織のアジトなんてことは……⁈」
「あるわけはないでしょう!! 古本屋の入店音がファーストフード店と同じだからといって、なんでそこまで想像を派手にせにゃならんのですか!?」
確かに店長はちょっと見た目が変わっていて、あとなぜか骸骨の話題を異様に嫌っていたけど、目の前のファッションで痛い恰好をしている先輩と違って、きちんとした理由があって人目をはばからなければならないのだから、おかしな邪推をするのは失礼というものだ。
なんといってもこんな楽な仕事でも、きちんと給料を払ってくれるのだから、悪い人間であるわけがない。
「ふっ。何を甘いことを。世の中には冷凍マグロを運ぶトラックが襲われたニュースから、世界征服を目論む悪の秘密結社の暗躍を看破する、バイクに乗った仮面のヒーローすらいるというのに……」
「――つーか、お客じゃないのなら邪魔なのでさっさと帰ってくれませんかね~」
「客よ客! こうした混沌に満ち溢れた場所にこそ隠れた英知が埋もれているものなの。……てゆーか、以前にうちの高校生の妹が、ここで『ナコト写本』の失われた断片を見つけたとか言ってたのよね。その直後に消息不明になったけど――」
「消息不明? 家出でもしたんですか?」
まあ、こんな姉がいる家族とは距離を置きたがるのもわかるわ。高校生ともなれば。
「家出ではないわ。
ああ、妹さんも
「……つまり、ここへは行方不明になった妹さんの手掛かりを探しに来たんですか?」
だとすればなんだかんだ言っても、妹思いのいいお姉さんじゃないか。変人だけど。
と、多少なりとも先輩を見直しかけたのだが――。
「まっさか~っ! この選ばれし超越者である我が、いまだ到達していない地点に妹如きが行けるわけがないでしょう。て言うか……ぶっちゃけ、姉より優秀な妹なんて、いやしなーいっ! 私のほうが上だってことを証明するために、日々こうして大いなる英知を求めて探求に勤しんでいるのよ‼」
本音をぶちまけられてドン引きする俺。
なおも関わらず、
「そもそも
地団太踏む樺音先輩。
「それが、『よく考えたらこのネーミングってダサくね?』って、上三人にそのクソダサい名前を付けたところで、やっとこ産後ハイが収まって
「あー……まあ、とりあえず落ち着いて。適当に空いている椅子にでも座って古書を眺めているといいですよ」
面倒臭くなったので店の奥の方に置いてある椅子を、顎をしゃくって示すと、まだまだ話足りないらしい先輩は、椅子を持ってきてレジの傍に勝手に置いて、どっかと人並み外れて大きな尻を落とした。
その途端、タイミングを計ったかのように、俺の懐でスマホが鳴ったので、一応先輩に断りを入れて電話に出る。
「むう……。――って、これ悪魔教会の開祖アントン・ラヴィが書いた
面白くなさそうにブーたれた先輩だが、何気なく取った小難しそうな英語の本を前にして、目の色を変えて、食い入るように読み耽り始めた。
先輩が大人しくなったのをこれ幸いにと、俺はスマホの相手を確認して、いつものように通話するのだった。
お相手は当然のように――
『あたしメリーさん。いま海賊に捕まって一緒にいるの……』
「なんで!?」
お前らつい数日前まで毒の沼にいたんじゃないのか⁈ 馬も死んだはずだけど、どうやって足を調達したんだ……いや、そんな歩いていける距離に海があったのか?
『あたしメリーさん。もとの場所からは結構離れていたの。だいたい東武伊勢崎線か両毛線を通って、水戸線に乗り換えて、水戸から大洗方面に行く感じかしら……』
ほぼグンマーから、鹿島灘に行くのと同程度か。グンマー人は利便性から、どちらかいえば日本海側へ海水浴に行くっていうけど。
「かなり離れているよな……?」
『飛んできたので早いの。この間卵から
うん。それ確実に普通の亀じゃないから。
『名前は、ガメ『リントヴルムよ!』』
メリーさんの言葉に覆いかぶさるようにしてオリーヴの叫びが断言する。
「『ガメリントヴルム』か、長いな」
『略して〝ガメリン”なの……』
なんかゆるキャラみたいな名前になった。
で、とりあえず海に着いたところで、ガメリンは勝手に海へ入って行って餌を獲りに行ったらしい。ただ単に野生に戻ってそのまま帰ってこないかも知れないが。そこで、メリーさんとオリーヴも海の幸で腹ごしらえしようと、目についた適当な店に入ったらしい。
店をやっていたのは、いかにも脱サラして趣味の手打ちソバ屋を始めましたという風情の親父と、娘たちらしい十五歳くらいと十三歳くらいの店員をやっている女の子だけの、店自体は新しいのだがどこか精彩のない、あまり流行っているとは思えない店だった。
『まあそれでも品書きにあった〝那珂湊焼きそば”をメリーさんは注文したの。オリーヴは〝じゃこロッケめんたいチーズバーガー”だったけど……』
「だから、お前ら本当は異世界じゃなくて、いまイバラキにいるんじゃねえのか!? つーか、せっかく海の傍に行ったんだから、素直に海鮮丼でも食べろよ!」
『そうは言っても、この世界だと生の魚はいろいろと危険なので、火を通した料理じゃないと安心できないの……』
「いまさらのように、言い訳程度に異世界要素をブッコンできたな、おい」
で、出来上がった料理を食べていたところ、店の親父が話しかけてきた。
「お嬢さんがた地元の人間じゃないね。どこからきたんだい?」
というので、正直に「壊滅した〈ストロングニートタウン〉なの……」と答えたところ、その場の空気がおかしくなったらしい。
「……なんか問題でも?」
オリーヴのツッコミに、親父さんと娘さんたちは苦悩の色を全身ににじませて、
「――実は。父はもともと一種の公務員だったんですけれど、〈ストロングニートタウン〉を襲った《アース・ドラゴン》の件で、情報伝達に不備があった責任を取らされて、仕事を追われてこうして漁村で料理屋に転職せざるを得なかったというか。気が付いたら外堀を埋められて、魚屋への転職活動をしていたということになって、結果、母も呆れて出て行ってしまったのです」
「……いや。なんか話のつじつまが合わないというか。前後の整合性が混沌のヴェールに包まれているのだけれど……」
肩を落として言葉にもならない父親に代わって、事情を説明してくれた上の娘さんだけれど、聞けば聞くほど話の脈絡のなさに頭を抱えるオリーヴ。
対してマイペースに焼きそばを啜っていたメリーさんは、
「――要するに〈ストロングニートタウン〉が滅んだ原因はコイツなの。なんだかんだいっても責任はコイツなの。コイツの間抜けのせいで犠牲になった町の住人が知ったら、どんな事情があろうと関係なく、多方面に愛人作った亭主みたいに、片っ端から包丁で刺されても文句は言えないという……」
「ぐはああああああああああああああああああっ!!」
「「あああっ、お父さんっ!」」
良心の呵責に堪えかねてその場にうずくまる親父と、駆け寄って行って必死に背中をさすって励ます娘たち。
「――いや。あんたが責任の所在ウンヌンを口に出して糾弾するのはおかしいんじゃないの?」
オリーヴの半眼でのツッコミにもなんのその。
「言われてみればそうなの。もとはといえば、ホイホイと軽率に亀怪獣に真っ先に向かっていったオリーヴに直接の問題があるの。どう責任を取るつもりなの……?」
「あれは、あんたが蹴り飛ばしたんじゃないの!?」
まったくの流れ弾で責任問題を追及されたオリーヴが、全力でもってメリーさんへ抗議した。
話を聞いていた俺は思わず頭を抱えた。
「……なんでそうやって人間関係を悪化させようとするんだ、お前は⁉」
『メリーさん、ただ単に人の愚痴なんて聞きたくないだけなの。だいたい難しく考え過ぎなの。任務に失敗して左遷されたくらいで、この世の終わりみたいに……。ガ〇ラス帝国なら処刑されていたと思えばラッキーなの……』
「お前は考えることを放棄し過ぎだ!」
と、そんな騒ぎをしていた店内へ、
「邪魔するぜーーーっ!!」
と横柄な口と態度をした、ガラの悪そうな水夫が数人我が物顔で入ってきた。
「相変わらず
「いやいや、兄貴。まだ客がいたことに驚きですぜ!」
「余所者みたいだからな。余所者は余所者同士で知らねえで入ったんだろう。――で、今日が返済の期限なんだけどよ。耳を揃えて払ってもらえるんだろうな、おっさん?」
勝手に空いている椅子に座って、そう居丈高に振る舞う水夫たちに対して、先ほどよりも顔色が悪くなる店の親父。
「あんな無茶な金利の金が、こんな短期で返せるわけがないじゃないか! だいたい俺が借りたのは町の信用金庫であって、あんたらにじゃないっ! 言いがかりはやめてくれ!」
「はん! だーが、その証文は回り回って俺たち『
「「「ぎゃははははははははははっ!!!」」」
「何が法律だ! お前ら海賊が結託して証文を流用した上、勝手に内容も変えやがって!」
「人聞きが悪いな、おっさん。それに俺たちゃ海賊じゃないぜ。ちゃんとこの町の自治会にも認められた『私掠船』の船員。いわば地方公務員だ。お役人様に逆らっちゃいけないなぁ~。おっさんも以前はそうだったんだろう?」
「――ぐっ……」
「つーこって。納得したところで、今日中に五千万A・Cが払えないって言うんだったら、約束通り店の権利書と娘二人は奴隷にもらっていくぜ!」
兄貴分の合図とともに、海賊どもがふたりの娘を力ずくで連れて行こうとする。
「きゃああああああああっ!」
「ああああっ、お父さーんっ⁉」
「やめろ――ぐはっ……!」
止めようとした親父が殴られて店の奥まで吹き飛んで行く。
殴り飛ばした兄貴分の男が、面白そうな調子で手を叩いた。
「おっ、そうだ。オッサンは邪魔だけど、ひとつゲームの
「……?」
「襲った船の船長とか偉そうにしているいけ好かない野郎相手にするゲームで、樽に首から上だけ出して、あとは好きなように体勢を変えられる。で、俺たちが順番にカトラスを樽に刺していく。最後まで死なずに済んだら無罪放免だ。どうだ面白そうだろう?」
「そ、そんな馬鹿なゲームなど……」
「うるせえ、拒否権なんてねえんだよ! おい、娘たちと一緒にオッサンも連れて行けっ」
つま先でガスガスと親父を蹴りながら、そう言って振り返った海賊の兄貴分の前に、雄々しく立ちふさがったのは、誰あろう焼きそばを食べ終えたメリーさんだった。
「待つの……!」
「……なんだ、このちびっこい餓鬼は?」
「あたしメリーさん。いまの話を聞いて黙っていられないの! そんな面白い遊びがあるならメリーさんも参加したいの! 特に『魚屋のおっさんが驚いた。ギョッ!』が実践できるところが凄いの……!!」
『――ということで、いま全員で一緒に海賊船に向かっているところ……』
「ちょっとまてこらっ――!!」
普通、勇者だったら義憤に燃える場面だろう!?
それが、気の毒な親子姉妹を前にしての、メリーさんのまさかの裏切り行為に俺は絶句した。
あ、でも、メリーさんが予想を裏切る行動をするのはいつもの事なので、考えてみればまさかというほどのことでもなかった。それに刃物大好きだし。
『楽しみなの。リアル黒ヒゲなの。血沸き肉躍るの。メリーさんが最初に刺すの! こう、頭から唐竹割りで!』
『『『『いや、それ最初からクライマックスに殺しに行ってるからっ!!』』』』
海賊でさえドン引きしてツッコミを入れてるよ……。
『あと海賊の親分に会えるのも楽しみなの! きっと麦わら帽子をかぶって、手足が伸びる全身ゴム人間で、海賊なのにカナヅチなの……』
『『『『そんな海賊がいてたまるかっ!!』』』』
その向こうでは姉妹がシクシク泣いているし、オリーヴは、
『くっ……! 瞳が疼く。まずい、あの『力』が……っ、くっ……』
思いっきり現実逃避している。
「つーか、五千万くらいなら立て替えてやったらどうだ? どうせ使わないA・Cがギルド証に保管されているんだろう?」
『あるけど、ク〇リンの分ならともかく、なんで人様に迷惑をかけ、あまつさえ借金をする人間の屑。もしくはカマドウマ以下の虫けらに、なぜこのメリーさんが貸さなければならないのか、理解に苦しむにゃあ……?』
心底不思議そうに尋ねられた。
その向こう側では、
『ぐはっ……ガハッ……ゴホッオォォォォ‼』
『『ああ、お父さんが言葉のナイフで抉られて、吐きそうな顔でカマドウマみたいにピクピクと……!』』
おっさんの断末魔と少女たちの悲鳴がこだまする。
いるんだよなあ。無自覚に他人にいらんストレスをかけて、自分は安全地帯からマウントポジションをとる奴が……。
『あたしメリーさん。なら全員まとめてマウントポジションからストレスを緩和するにゃあよ。あと、そろそろ港なせいか、ウミネコがにゃあにゃあ鳴いているにゃあ……』
「やめんかっ。余計に傷口が広がって悪化するわ! あと、にゃあにゃあ五月蠅い!」
『さっきからなにブツブツ言っているのかよくわからないけれど、〈ストロングニートタウン〉の件で無関係な女の子たちが不幸になるのは看過できないとお姉さんは思うんだけどなあ。せめて奴隷にならないように、あんた身元だけでも保証してやったら?』
オリーヴの意外と真っ当な提案に対して、
『その場合、メンバーに女の子が増えることによって、自動的にオリーヴはいらない子になるということだけど……』
『理想論ね、理想論! よくよく考えたら、よそ様の身内の話。まして金銭が絡むことに口出しすべきではないわね!』
即座に前言を撤回するオリーヴ。こいつはこいつで、今後も
どんな生まれ育ちをしたのか、一度親
そう嘆息する俺の傍らでは、相変わらず先輩が「エロイムエッサイム。我は求め訴えたり……」とか、趣味に没頭していた。
そうこうしているうちに港に着いた一行だが、
『『『『あああああああああああああっ! ふ、船が⁉ 港にあった船が一隻残らず沈んでいる!!』』』』
途端に海賊たちの絶叫が港に響き渡った。
『ああああっ! あたしメリーさん。大変なの……!』
と、同時にメリーさんの切迫した叫びが続く。
『せっかくの海だっていうのに、水着を買ってなかったの! せっかくのメリーさんの悩殺サービスシーンが台無しなの……!』
『ドヤカマシイ‼ んな頓馬なこと言ってる場合かっ!』
いきなり余裕がなくなった海賊の兄貴分の憤りに対して、
『――そんなことよりも、魚料理屋のおっちゃんがさっきから死にそうな顔色で、いましも娘さんたちにリバースしそうな件』
『そんなこと気にしてる場合でもねえだろう!!』
『『気にしてください……』』
密かにおっちゃんから距離を置くオリーヴと、消沈した口調で異議を申し立てる娘たち。
『あ、兄貴っ! 俺たちの船が……!』
『おおっ、無事だった……なんじゃあ、アレはっ!?!』
『亀だ! バカでかい亀が船に齧りついて食ってやがる!!』
『ぎゃあああああああっ! マストが倒れた! 応戦している仲間が次々に消し炭に!!』
恐慌状態になる海賊たちの傍らで、
『ウミネコって目が赤くて攻撃的ですにゃあ……』
騒動の元凶であろうガメリンの飼い主がまったりと、ウミネコと戯れていた。
いつもの事とはいえ、絶大な脱力感と倦怠感に包まれて、俺は無言でスマホの通話を切って、再び懐へしまった。
傍らではまだ先輩が悪魔に関する本を首っ引きで読んで没入している。
異世界では悪夢のような光景が、現在進行形で行われているところのようだが、この世界は平和である。
まかり間違って、メリーさんが帰ってこないことを祈りながら、俺は途中まで読んでいた漫画雑誌を取って、続きを読み始めるのだった。
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