第11話 あたしメリーさん。いま戦争になったの……。

 そろそろ昼飯だけど、外に食べに行くか、自炊するか――そういや卵の賞味期限がそろそろだけど――どうしたもんか、と考えていたところへメリーさんからの電話が鳴った。


「まったく。飯時だっていうのに……!」

 空腹でテンションが駄々下がりのままスマホに出る。


『あたしメリーさん。いま確認したいことがあって電話したの……』

「……あー、なんかいまテンション上がらないので、たまにはツンデレ風に言ってくれ」

『あたしメリーさんっ。べ、別にあなたの意見なんてどうでもいいんだけど、しょうがないからお情けで聞いてあげるのっ……!』

「よっしゃ! いい塩梅だ。これだけで麦粥七杯はいけるなっ。なんでも聞いてくれ!」


〝あんたらバカでしょう……?”

 掃除ロボに乗って部屋の巡航をしていた半透明の濡れ女が、げんなりした表情で俺とスマホを見比べる。

 幻覚だろうがいつか殴ってやろうと思いながら、メリーさんの話の続きを促すと、

『あたしメリーさん。いま沼地で馬車が立ち往生しているんだけれど、どうすればいいかしら……』

「沼に馬の足か車輪が取られてスタックしてるのか?」

『よくわからないの。海に行きたくなったので、近道を通ろうとして、なぜか人っ子ひとり通らない道を通って、紫色の湿原地帯を突っ切ろうとしたんだけれど、途中で馬がばててついでにオリーヴも、一歩歩くごとにHPが1減る感じで顔色が悪くなって、とうとう倒れたわけなんだけれど……』


 うん。それ確実に状態異常で毒状態だから。

 異常状態耐性1(※体調不良になっても自覚できない! 取り返しがつかなくなる前に周りで病院へ連れて行かないと死ぬぞっ! 2になると現実と幻覚のつかなくハイになる。3になると「いや、もうお前死ぬぞ!!」という感じで燃え尽きる前の蝋燭のように弾ける!)があるメリーさんだから気付かないだけで、ステータス見ると確実にHP減ってるから。つーか、さっさとその場を離れろ!


『あたしメリーさん。おお、言われてみればステータスの表示にドクロマークが浮かんでいて、いつの間にやらHPが残り5まで減っていたの……』

「引き返せアホンダラッ!!」


 ・メリーさん 災厄の人形娘(女) Lv11

 ・職業:勇者兼遊び人

 ・HP:5/19 MP:37 SP:20

 ・筋力:10 知能:1 耐久:15  精神:16 敏捷:13 幸運:-56 

 ・スキル:霊界通信。無限柳刃・出刃・麺切り・刺身包丁。攻撃耐性1。異常状態耐性2。剣術5。牛乳魔術1。

 ・奥義:包丁乱舞(new!)

 ・装備:刺繍入りタフタドレス(キッズフォーマル)。ボレロ (赤)。レース付きハイソックス(白)。ローファー(黒)。巾着袋(濃紺)。ネコさんパジャマ。妖聖剣|煌帝Ⅱ《こーてーツー

 ・資格:壱拾番撃滅ヒトマカセ流剣術免許皆伝(通信講座)。ドラゴンを撃退した者。

 ・加護:●纊aU●神の加護【纊aUヲgウユBニnォbj2)M悁EjSx岻`k)WヲマRフ0_M)ーWソ醢カa坥ミフ}イウナFマ】


 こうして見ると、なんやかんやあってLvが上がって、HPが増えていたことが功を奏したようだ。

 俺の指示に従い、見よう見まねでへばっている馬の馬首を巡らせて、来た道を戻り始めたところで、どうにかギリギリ死ぬ前に毒の沼を脱出できたらしいメリーさんたち。


『あ、馬がポックリ逝ったの……。しょうがないので、この場所で待機なの……』

「危機一髪だな。まったく……」ほっとしたところで、気になっていたメリーさんのステータスを確認してみた。「つーか、その『包丁乱舞』ってなんだ?」

『あたしメリーさん。ほらあたしって30分に1本の割合で包丁を生成できるでしょう? で、使わない包丁をそのままにしていたら、いつの間にか100本を超えたところで、奥義を習得できたみたいなの……』

「ほう?」

『まあ、だいたいの効果と見た目はゲート〇ブバビロンか無限〇剣製みたいなものね。百を超える様々な包丁が一斉に対象を襲うの……』

「――前から思っているんだけれど、その変な知識の偏りはどこから来てるんだ?」

『インターネットなの……』

「……やはりそうか」


 だから子供に無制限のインターネットを見せるなと言うんだ。ろくでもない知識を覚えてアホができるから。これが生きた実例だろう。


『途中で野生化した豚だか猪がいたから、試しにやってみたけど凄かったの。メリーさんの意思に従って、どこからともなくピンク色のヌメヌメした触手が大量に召喚されて、一斉に包丁持って襲う様子は、まさにゲート〇ブバビロンそのもの……』

 それ違うから! なんか禍々しい技を覚えただけだから!!


『さすがは世界につながるインターネット。いろいろと便利なの。最近の話題では、奴隷商人が奴隷50人のはずが5000人ご発注して、SNSで緊急在庫売り尽くし処分をしたけど、ヤラセじゃないかと炎上した案件とか……』

「どこがどう間違えればそうなる⁉ 絶対に最初から話題にして売り尽くす目的だろう! そりゃバレて非難されるわ!」

『あたしメリーさん。炎上は比喩ではなくて物理的に、奴隷の反乱が起きて炎上したの。スパルタカスなの。さすがはインターネット……』


 ほらみろ! こうしてわけのわからん悪影響を受けているっ! 即刻インターネット回線を引きちぎれ! せめて年齢制限をかけろ! 中途半端な知識は無知より怖いわ!


『むう。確かにその手の批判は、オーディンがフレイに無制限のインターネット環境を与えて失敗した。『フレイがエロサイトにハマって、最終戦争ラグナロクに負けちゃった事件』以降、業界でも問題にはなっているけど……』


 よりにもよって、どエラい事例を引き合いに出しやがったな。

 ちなみに北欧神話において、最高神であるオーディンは、《世界を一望できる高座フリズスキャールヴ》という、ぶっちゃけ無制限のインターネット環境をもっていたのだけれど、美少年である少年神フレイにお願いされて使わせた結果、フレイは出会い系の女ゲルダにハマってしまい。

 絶対に手放すなよ。それなければ最終戦争ラグナロクに勝てねえんだからな! と厳命されて預けられていた最終兵器・伝家の宝刀フレイスニールを、彼女との出会いのために売っちまったせいで、案の定最終戦争ラグナロクで神々が相打ちボンバーで滅んだ、割と間抜けな事件のことである。


『あれは悲劇だったの……』

 知った風な顔で嘆息するメリーさん。でも、お前絶対に当時生きてないよね?

『とはいえインターネットも使い方次第なの。メリーさんも友人が配信しているニュースサイトを見て、業界の動向を注目しているし。もともとは紙媒体の新聞だったんだけれど、最近は電子書籍にも対応しているの。――そういえばノルマがきついって相談を受けたから、この間そっちのアドレスを転送して定期購読を申し込んでおいたの。大丈夫、お金はかからないから。読むたびに寿命が縮むけど……』

「なにその恐怖な新聞!?」

 フィッシング詐欺より怖いわ。

『いろいろと便利なの。もしかするとメリーさんのエッチな秘密とかも知ることができるかも……』

「――受信拒否リスト追加、と」

 即時それらしい差出人を受信拒否リストに追加して、ついでにゴミ箱も削除して空にする俺。


 そんな話をしているうちに、気を失っていたオリーヴ=〈深淵なる魔女デイープソーサリスト〉=トゥサも目を覚ましたらしい、

『うぅ! 星が瞬き我が霊眼が疼く……! ここは……? フッ、どうやらまたもジハードを生き抜き、私はエリュシオンへと辿り着いたようね。――って、なにこのでっかい球は!? 生温かいけど!』

 球……?

『さっき沼地で拾ったの。なにかの卵みたいに見えるけど……』

『卵?! 言われてみれば……って、これ軽く直径一メートル半はあるけど、こんなでっかい卵を産む生き物な……ん……て……? まさか……』


 俺同様につい先日遭遇したばかりの巨大怪獣の姿が想像できたのだろう。

 心なしか震えながら巨大卵を見据えるオリーヴの驚愕の様子が目に浮かんだ。


『あたしメリーさん。貴重な亀の産卵は見られなかったのは残念だけど、こうして食べる機会は得られたの……』

『え⁉ 食べるの、ドラゴンの卵を!!』

『当然なの。異世界料理なの。食べ応えがあるの……』


 躊躇ないメリーさんの態度に一瞬ドン引きしたオリーヴであったが、

『……まあ、普段から食べている料理も料理法こそ現代日本からの転生者や転移者が伝えたものだけれど、材料は現地のものだしねえ』

 そう納得したように頷く。

 なるほど。どうりでどっかで聞いたような名前の店舗や料理が並んでいるわけだ。

 異世界の謎がちょっとだけ解けた瞬間である。


『あたしメリーさん。幸い豚肉もあるし、これからの旅のげんを担いでカツ丼もいいと思うの……』

『あー、いいわね。普通のカツ丼もいいけど、たまには卵とじのカツ丼もいいんじゃないの』


 気楽なオリーヴの合いの手に、なぜか絶句したメリーさん。

 続いてこれまでに聞いたことがないほど冷淡な声が返ってきた。


『……。――ちょっと待つの。「普通のカツ丼」が卵でとじてあるカツ丼のことなの。まさか、邪道なソースカツ丼がベーシックなカツ丼だと思っているわけじゃないわよね……?』

『邪……っ!? 何言ってるのよ。「ソースカツ丼」なんていうのは、モノを知らない人間が口に出した別称じゃないの。そもそも揚げたてのサクサクのカツを最もおいしく食べられるのがカツ丼よ! 汁に浸して卵をかぶせてベチャベチャにした「卵とじカツ丼」のどこが美味しいのよ!?』

『バカを言うななの! トンカツにウスターソースってだけでも冒涜なのに、さらに乗っけて白米を食わせようなんて拷問だもん! 取調室でソースカツ丼なんか出てきたら犯人断固黙秘する案件であること確実だもん……!』


 いや、取調室でカツ丼って、都市伝説なんだけど――。

『あたしメリーさん。呼んだ……?』

 都市伝説メリーさんが怪訝そうに尋ね返す。


『カツ丼はソースよ! うちのお爺ちゃんの実家は新潟だし、お婆ちゃんは博多だけど、同じようでいてソースをかけるのと、くぐらせる違いがって千差万別! それに比べて卵とじなんてレパートリー同じじゃない!!』

『バカだもんバカだもん! カツ丼は冷たいカツを温かくして食べるのがミソだもん! 温かいカツなら普通にトンカツでトンカツソースで食べればいいんだもん……!』

『バカはそっちよ! 初代のカツ丼は大正二年に「ヨーロッパ軒」が考案したソースをくぐらせたカツ丼っ! 元祖がソースのカツ丼だったのは歴史的事実!!』

『後発でも全国に広く知れ渡ったのは卵を閉じるカツ丼なの! ソースカツ丼なんて、一部地区のマイナー名物なの!!』

『なんですって!?』

『いい年こいて私服にダサいトレーナー着てる女が文句あるか、なの……!』

『なんでここで私服までディスられなきゃならないの!?』

『『よろしい、ならば戦争だ――!!』』


 なにやら戦争が勃発してしまった。

 ここで俺が煮込みソースカツ丼とか議題を提示したら、新たな火種になりそうな気がするな。

 とりあえず腹が減ったので飯の支度でもしよう。

 黙ってキッチンで卵を割って、目玉焼きでも作ろうとした俺の耳に、スマホ越しでわめいているメリーさんとオリーヴの喚き声に混じって、巨大な卵がひび割れる音と、

『フギャ~~ォ!』

 という聞いたこともない生き物の産声が聞こえた気がした。


 あふぉがまた増えたか……。

 事実の追認をいまさらながら理解する俺だった。

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