第10話 あたしメリーさん。いまドラゴンが襲来しているの……。

《三人称視点》

 ↓ ↓ ↓

 冒険者の町〈ストロングニートタウン〉から北西に百二十㎞ほど離れた場所にある温泉の郷〈ジュラク〉。

 活火山である〈怒れる竜の山〉の麓に位置するここには、万一の災害に備えて遠見、千里眼、未来予知などといった高度な魔術を習得した宮廷魔術師を擁する観測所があった。

 Lv40以上、MP150以上でなければ習得できない(覚えることは可能であっても必要な精度・時間を維持できない)高位魔術師たちが、なぜこのような僻地へ常駐しているのか。その理由はただひとつ――。


「所長! 間違いありません。火口で休眠中であった《アース・ドラゴン》の活動が再開されました! 間もなく火口より姿を現す予定です」

 部下の報告に観測所の所長であるアーノルド男爵は奥歯を噛み締めた。

「くっ……。まさか二百年ぶりに《アース・ドラゴン》が目覚めるとは。至急、〈ジュラク〉の町に避難勧告を! 女、子供、観光客を優先して避難させろ! それと王都へ緊急連絡だっ! 大至急対ドラゴン討伐部隊の編成と派遣を要請しろ!! 《アース・ドラゴン》の進路はどうなっている?」

「予測では幸い〈ジュラク〉とは反対方向へ向かっている模様です」

 打てば響く感じで秘書官の女性が答える。

「ふむ。そうか。予断は許さないがまずは僥倖ぎょうこう。最悪の事態は避けられたわけだな……」

「はい。《アース・ドラゴン》の進行方向には、およそ百二十㎞先に〈ストロングニートタウン〉があるだけで、他はほとんど無人の荒野ですし、幸い《アース・ドラゴン》の歩みは遅く、せいぜい時速3~5㎞ほどですから、国軍の対ドラゴン討伐部隊も間に合うものと思われます」


 秘書官の言葉に満足げに頷くアーノルド男爵。

 この危急の際に対しても、部下たちが日頃の訓練の成果をいかんなく発揮していることに満足しながら、自慢の顎髭を撫でた。


「素晴らしい。さすがは高位魔術を使える宮廷魔術師だけのことはあるな。だが、しかし王都へ危急を知らせる方法はどうするのかね? 早馬や鳩を飛ばしても速度や確実性に欠けると思うのだが……?」

「それに関しましては、高位魔術師だけが使える秘術である『精神感応術テレパシー』を使用する予定でおります」

「『精神感応術テレパシー』? だが、あれは連絡が一方通行である上に、到達距離に難があるのではないかね? ここから王都までは直線距離でも五百㎞は離れておるが……?」

「そのことですが。本来は国家機密ですが、実はいざという場合に備えて、各市町村には精神感応術テレパシーが使える内部諜報員アンダーカバーが密かに駐在しており、国内を網の目のように網羅しているとのことです」

「なるほど。その通信網を使って即座に王都へ知らせるというわけか! 素晴らしい。まさに魔法技術の勝利だね!」

「はい。予定では15分後の09:15より至近の駐在員に向けて、精神感応術テレパシーを発信いたします。内容は『最重要事項:こちら〈ジュラク〉観測所。休眠中であった《アース・ドラゴン》が活動を開始した。現在、時速約5㎞にて南東〈ストロングニートタウン〉方面へ向けて直進中。付近の住人の避難と、対ドラゴン討伐部隊の派遣を要請する。これは訓練ではない。繰り返す。これは訓練ではない』以上でよろしいでしょうか?」

「うむ。完璧だね」


 これで安心だとばかり鷹揚に頷くアーノルド男爵。だが、彼らは知らなかったのだ。確かに魔法と事前準備は万全であったが、所詮はそれを使うのは人間であるということに――。


[①09:15~〈ジュラク〉観測所より精神感応術テレパシー開始]

『最重要事項:こちら〈ジュラク〉観測所。休眠中であった《アース・ドラゴン》が活動を開始した。現在、時速約5㎞にて南東〈ストロングニートタウン〉方面へ向けて直進中。付近の住人の避難と、対ドラゴン討伐部隊の派遣を要請する。これは訓練ではない。繰り返す。これは訓練ではない』


[②09:20~至近の駐在員(寝起き)による精神感応術テレパシー中継]

『重要な問題:ここで〈ジュラク〉天文台。 休眠していた《アース・ドラゴン》が活動を開始しました。 現在、約5km/hで東南〈ストロングニートタウン〉に向かってまっすぐ進んでいます。近隣の住民の避難と反ドラゴン軍隊の派遣を依頼する。これはトレーニングではありません。繰り返す。これはトレーニングではありません』


[③09:30~駐在員(農作業中)による精神感応術テレパシー中継]

『重要な問題:ここ天文台。 眠っている大地のドラゴンがビジネスを始めました。現在、約5kmが東南アジトの強力なニット都市にまっすぐ進んでいます。近くの住民の避難や反兵士の派遣を求める。これは運動ではありません。繰り返します。これは運動ではありません]


[④09:45~駐在員(二日酔いで薬を飲みながら)による精神感応術テレパシー中継]

『重要な問題:ここには天文台があります。眠っている世界のドラゴンがビジネスを始めました。現在、約5キロは隠れ家の町にまっすぐに行くでしょう。近くの住人や兵士の避難を求める。これはスポーツではありません。 私は繰り返す。これは練習ではありません』


[⑤10:05~駐在員(奥さんと離婚協議中)による精神感応術テレパシー中継]

『これだけの問題があります:展望台があります。眠っていた世界中の勇敢な人がビジネスを始めました。 現在、私は約5キロ離れた隠れ家の町にまっすぐ向かいます。近隣の住人や兵士が責任を負うと思います。これは冗談や遊びではありません』


[⑥10:10~駐在員(生真面目)による精神感応術テレパシー中継]

『問題があるということで相談を受けました。今後の展望についてだと思われます。眠っていたビジネスに関する野心に火が付いたようです。(最近、奥さんと上手く行っていないと聞いていましたが)冗談や遊びではなく、彼は世界を相手にビジネスを始めたいようです。すでに 現在、約5キロ離れた隠れ家の町にまっすぐ向かっているそうです。決心は固いと思います。現在の仕事を放棄することで生じる、近隣の住人や兵士に対する責任は負いたいと言っています』


[⑦10:20~駐在員(買い物中の主婦)による精神感応術テレパシー中継]

『第六中継地で問題があるということで相談を受けました。(あらお魚が売っているわ。珍しいこと。でも高いわね)眠っていたビジネスに関する野心に火が付いたようです。(あらあら、あそこの夫婦仲上手く行っていないのね)冗談や遊びではなく、彼は世界を相手にビジネスを始めたいようです。(馬鹿なこと言ってるわね、これだから男って。ああ、そうそうトイレットペーパー買わないと)すでに 現在、離れた隠れ家の町に向かっているそうです。(奥さん気の毒に、馬鹿な亭主が先走って)現在の仕事を放棄するけど、責任は負うと言っている。(って口だけよね)』


[⑧10:35~王都宮廷魔術師詰所にて精神感応術テレパシー受信]

『第六中継地から相談がありました。珍しくも高価な魚を売ります。ビジネスの野望に火が付きました。冗談でも遊びでもなく、世界とビジネスを始めます。愚かな男と話していると思うでしょうが、同時にトイレットペーパーをあまた買わなければならないため、すでに隠れ場所の町に向かいつつあります。私は私の現在の仕事を断念しますが、妻には私は責任があると言われ、口だけですが申し訳ありません』


 国内の諜報網をカバーする魔術師のひとりは、意味不明な精神感応術テレパシーの内容に頭を抱え、それでも苦労をして報告書をまとめた。


 半日後――。

「術師長。第五中継地点の駐在員から、魚屋になるために内部諜報員アンダーカバーとしての職務を放棄したいとの希望が出ており、すでに事後報告で現地を離れているようなのですが……」


 執務室で各地から上がってきた報告書を読んでいた宮廷魔術師長は、部下からの報告に面倒臭げに鼻を鳴らした。


「なんだそれは!? そのようなことでいちいち精神感応術テレパシーを使うとは、二度と繋げるな!! まったく、最近の若い者は仕事をバイトか何かと勘違いしておるな。辞めるにしてもきちんと書面で申請するのが礼儀であろうに……。……ああいい、わかった。第五中継地点はしばらく経由しないで、代わりの者を派遣するまで迂回するようにしろ。天災か戦争、ドラゴン級のモンスターの襲来でもなければ、どうせそうそう緊急精神感応術テレパシー網を使う必要性もないのだからな」


 そう言って書類に視線を戻し、それっきりこの問題は忘れ去らたのだった。

 十日後、〈ストロングニートタウン〉で《アース・ドラゴン》が確認できるまで――。


 ↑ ↑ ↑

《三人称終了》


『あたしメリーさん。ということで、目前に迫ったドラゴンを前に町はしっちゃかめっちゃかなの……』

「使う魔法は凄くても、使える人間がどーしようもないという典型だな」

 話を聞いて思わず嘆息する俺。

『時間があれば国の対ドラゴン討伐部隊がどーにかしたらしいけど、いまからだと全然間に合わないみたいだし……』

「対ドラゴン討伐部隊ねえ。対ドラゴンに特化した、《ドラゴンスレイヤー》みたいな武器を持ち、オリハルコンの鎧を装備した猛者集団かな」


 なんとなく古代スパルタで300人の親衛隊で、100万のペルシア軍と戦ったテルモピュライの戦いを描いた映画を思い出した。

 超強力な人知を超えたモンスターを相手に、人間が戦うとなればそのくらいの戦力差と覚悟が必要な事だろう。


『あたしメリーさん。これだから素人は……。何か勘違いしているみたいだけれど、戦いは数と火力なの。対ドラゴン討伐部隊の戦術は基本的に小細工なしに万を超える兵力と莫大な火力をできる限り高密度に揃えて、全戦力で同時に攻撃することを身上としているの。相手の機動力を奪い、対応させないうちに突破口を開く。短時間に最大兵力を一気にぶつける、要は効率のいい力押しね。少数精鋭で小細工を使って勝つなんてマンガかラノベの話なの。パワーこそ力で正義なの……』


 ファンタジー世界とは思えない、身も蓋もないメリーさんの断言だった。

 なんだろう正論なのに反発したくなるこの気持ち。

 異世界なんだから、もうちょっとロマンがあってもいいんじゃないかなー。お約束のひとりで戦局をひっくり返すチート能力とか、大正義みんなが大好き包囲殲滅陣とか。


「……まあいいや。じゃあどうなるわけ? 軍は間に合わないわけだし、そうなると定番では冒険者が『俺たちの町は俺たちが護るぜっ!』とか決起するところだけれど」

『あたしメリーさん。冒険者はほとんど「命大事」と逃げたみたい……』

「所詮はDQNなニートの集団だな、おい!?」


 異世界にロマンなんてなかったんや!


『あと一応、冒険者ギルドからのお達しで、可能な限り《アース・ドラゴン》の足止めをするように要請がきているんだけれど……』

「足止めって、《アース・ドラゴン》がどんなモンだか知らないけど、残った人数で可能なのか? 仮に少しばかり足止めしても事態の改善ができるとは思えないんだけれど」

『あたしメリーさん。えーと、聞いた話では《アース・ドラゴン》は口から巨大な牙を生やし、甲羅のように強固な皮膚をしていて、全長約六十メートル。体重約八十トン。怪力でなおかつ口から火を吐く……』

 どこかで聞いたことあるような設定の怪物だな。

 なんとなく脳裏に巨大なワニガメの姿が浮かんだ。

『とりあえず土魔法で穴を掘ったり、雷魔法で有刺鉄線に電流を流したりして、足止めに奔走しているみたい。で、国の対策としては《アース・ドラゴン》の動きが止まったところへ、戦術核……』

「おいっ!! さすがにちょっと待てこら!!!」

『あくまで〝核…みたいなもの”なの。商標登録されているから、「バールのようなもの」と言うような、あるいはソフ倫のレーティングを迂回するため、ヒロイン全員が身長140㎝前後でランドセル背負っているにも関わらず、「登場人物はすべて18歳以上です」と注意書きに書くようなもの。いわば大人の約束なので突っ込んだらダメなの。とは言えそれも間に合いそうにないけど……』


 嘆息したメリーさんの言葉に、いまさらながらメリーさん個人の現在の立場が気になって尋ねた。


『あたしメリーさん。この際、勇者であるメリーさんのミラクルパワーで何とかして欲しいと、なりふり構わぬ市長と冒険者ギルドの支店長に頼まれて、いま対策本部にいるの……』

 なるほど駄目でもともと。溺れる者は藁をもつかむ。ということでメリーさんに白羽の矢が立ったか。

 相当切羽詰まっているな〈ストロングニートタウン〉の上層部。

 よりにもよってメリーさんを最後の希望。防波堤にするなど。津波に向かって案山子かかしを立てるようなもので、この世でもっとも役に立たない砦である。


『どこが対策本部よーっ! 完全に地下牢に幽閉されているじゃないの! 出して~~っ! 私は怪しいものじゃないし、メリーさんとは無関係なんです~っ! 怪しいのはメリーさんだけで、お昼一緒にいたのはたまたまで、びっくりするほど他人なんですっ! お願い出して~~っ!!』


 ふと、メリーさんの声にかぶさるようにして聞き覚えのない女の子の声が、狭い場所で反響しながら聞こえた。

「――誰?」

『昨夜言っていた魔女のオリーヴ・トゥサなの。お昼にすき焼き食べていたら、勝手に小皿と箸を持ってきて「鍋は大勢で囲んだほうが美味しいのよ!」とか言って、メリーさんの肉を奪おうとした大罪人なの! だいたいメリーさんが食べていたのは魯迅ろじん風のすき焼きなので一人で食べるものなの。だからメリーさんと無関係というのはびっくりするほど正しいけれど、メリーさんが怪しいというのは心外なの。だいたい〈深淵なる魔女デイープソーサリスト〉と名乗っている時点で、怪しい奴ともっぱらの評判だし……』


 魔女? オリーヴ・トゥサ? はて。初めて聞いた名前だけれど、なぜだか初めてではないような気がす……る? 途端、なぜか幻覚女の勝ち誇った顔が思い浮かんだ。あと、魯迅じゃなくて、魯山人ろざんじんな。

 ちなみに幻覚は今朝、やたら調子こいた笑顔で、

〝ほーらほら。怖いだろう! 内心ではビビってるんだろう。へいへーい!”

 と、盛んに俺の周りで囃し立てていたので、わざと半透明の体を突っ切る様にして動き回ってやったら昼前にやっと見えなくなった。


 これ以上考えるとわけもなく不快になるので、さっさと話題を変えることにした。

「んで、その魔女と一緒になんでまた地下牢へ?」

 メリーさんに関してはついに捕まったか。という感じだが、前後の状況が著しく不鮮明である。

 さっきは《アース・ドラゴン》対策本部にいるとか抜かしていたはずだけれど。


『あたしメリーさん。だからお昼を食べていたら、突然冒険者ギルドの関係者が大挙してきて、そのまま眠り薬を嗅がされて、両手で捕獲された宇宙人みたいに本部へ連れてこられたの……』

『生贄よ~っ! 人身御供にされるのよ~っ! さっき夢うつつで市長たちが話していたのを聞いたもん。だけど私は無関係よっ! なのにオマケ扱いでドラゴンの餌にされるなんて~~っ!!』

 オリーヴとかいう魔女の絶叫が響く。


「ははぁ~。なるほど……」

 昔からドラゴンの猛威をしのぐためには穢れのない乙女の生贄が定番である。

 どっからどうみても幼女で勇者であるメリーさんという駒を、ダメもとでドラゴンの鼻先へぶら下げるために身柄を確保したというところか。


『なんでそんなに落ち着いてるのよ、あんた!? 寝ている間にこんなところに閉じ込められたのよ!!』

『慌てても仕方がないの。第一着衣に乱れはないから安心なの……』

『いまは安心でも、すぐに貞操どころか命の危険でしょうが!』

 メリーさんとオリーヴのやり取りが聞こえる。

 いまさらだけどこれ、あっちはどういう仕組みで電話かけてきているのだろうか? メリーさんが携帯持っているって感じでもないし。

『メリーさんが負ける前提でわめいているけど、もしかすると危機に際して、メリーさん突然伝説の小技に目覚めてドラゴンを圧倒するという王道展開も……』

『あるわきゃないでしょう! だいたい小技に目覚めたところで、全長六十メートルの火を噴く亀にどう立ち向かおうって言うの!!』

『とりあえずおとりに気を奪われているうちに、背中に回って包丁で急所にぶすり……』

『うわあぁあ! この餓鬼、私を犠牲にする気満々だわ!! 助けて~~っ! ドラゴンも怖いけど、この子の方が切迫して怖いわ~~っ!!』

『それに最悪ドラゴンに食べられたとしても、いまのメリーさんの金魚のフンから、ドラゴンの糞にレベルアップすると思えば……』

『発想が斬新過ぎてついていけないっっっ!! いや~~~~っ!!!』


 悲鳴とともにガシャガシャと鉄格子を揺さぶる音が聞こえる。

 あまりの騒々しさにスマホの音量を押さえたところで、数人の足音が近づいてきて、

『きゃあ~っ、お願い、助け――』

 あっという間に取り押さえられて、再び薬を嗅がされたらしい、人ひとりが崩れ落ちる音とともに、

『いよいよ《アース・ドラゴン》が町へ迫ってきました。このままでは確実に町を直進するコースです。先生、お願いします』

『あたしメリーさん。任せるの! ドラゴンなんてステーキにするの! あと、便利な肉壁も一緒に連れていくの……!』


 魔女オリーヴの意思を無視して、さくさくと道連れの独走態勢に持っていくメリーさん。壁にする気満々である。


『『……肉壁?』』

 言っている意味がわからないのだろう。怪訝な声を出しながら牢の鍵を開ける男たちの声。

『こんな場所で迂闊うかつにも阿呆あほうのように寝ている、そこの魔女のことなの……』

『――おい、その子と話していると頭が変になって、おかしくなるぞ。なるべく触らないようにしておけっ』

 賢明にもメリーさんのペースに巻き込まれないように、別な男が注意をする。

『ういうい。メリーさん、先に行くの』

『『『お前のことだよ!!』』』

 率先してオリーヴから距離を置くメリーさんに、どうあってもペースを崩された男たちが一斉に突っ込んだ。


 三十分後――。

『あたしメリーさん。取り上げられていた聖剣|煌帝Ⅱ《こーてーツー》も取り戻せたし、ドラゴンも目と鼻の先。舞台は整ったの……!』

『ぎゃあああああああああっ! 助けてーっ! 縄を。せめて縄を解いて~~っ!!』


 〈ストロングニートタウン〉の町から馬車で十五分ほどの荒野に放置されたメリーさんと、魔女オリーヴ(どうやら簀巻き状態)。


『さあ来るの、《アース・ドラゴン》! メリーさんの覚醒した勇者パワーでまる鍋にしてやるの……!!』

『ぎょえええええええええええええっ!! 来た来たっ! ごっぢへぐび伸ばじでぎだ~~~~っ!?!』


 巨大な相手にも、未知の敵に対しても、一切の恐怖心を抱かないメリーさんが、

『むう、さすが爬虫類。生臭いの。とりあえず先制攻撃で……行くの。必殺、魔女アタック……!』

『ひぎゃああああああああああっ!! どさくさ紛れに亡き者にされる――……っ!!!』

 恐らくは足元へ簀巻きになっていた魔女を、《アース・ドラゴン》の眼前へ蹴り飛ばしたんだろう。災害と事件の両面に巻き込まれた女の子の悲鳴が、ゴロゴロとローリングしながら小さくなっていった。


「……本気で容赦ないな、お前」

『一見非情に見えるけど、すべては罪なき町の人々を守るための苦渋の決断なの。最小の犠牲で最大の戦果を出す。そのためならメリーさんは鬼にも蛇にも有〇弘行でもなるの……!』

 決然と言い切るメリーさんだが、やっていることは悪魔の所業である。

『それに犠牲になった肉壁ともの仇はメリーさんがとるの! 彼女を殺した犯人を斃してこそ、魔女の供養になるの……』

「いや、その場合、仇で犯人ってメリーさんのことだと思う……」


 そう喋っている間にも、すぐ傍らから轟々というふいごのような《アース・ドラゴン》の鼻息が聞こえる。

 メリーさんの運命も風前の灯か。――と思ったその時。


『あたしメリーさん。なんでか急にドラゴンがメリーさんを避けて通り過ぎて行ったの……?』

 キョトンと肩透かしを食らったようなメリーさんの独白が続く。

「なんで!?」

『むう……。これはきっとメリーさんの光輝く威光に恐れおののいてドラゴンが道を譲ったの。そうに違いないの……!』

 ポンと手を叩いて勝手に納得しているメリーさん。どうでもいいけど表現が『頭痛が痛い』というような意味の重複になっているぞ。

『さすがはメリーさんなの。戦わずして勝つ。これこそ玄人くろうとの戦い方なの……』

『――私には、臭いを嗅いでばっちいモノでも見つけたように、《アース・ドラゴン》がメリーさんをまたいで行ったみたいに見えたけどーっ!』


 悦に入るメリーさんの向こうから、聞き覚えのある声がヤケクソの叫びを張り上げる。


『あら? まだ生きてたのね、魔女……』

『ええ、ええっ。お陰様でねえっ! う~……気持ち悪い……』

悪阻つわり? あと、なんでまだ泣いているの? もう恐怖は去ったのよ――ああ、うれし泣きね……』

『悪阻ちゃうわよ! てゆーか、最大の恐怖は依然として目の前にいるんですけどねえ!? てゆーか、《アース・ドラゴン》。確かにこの場は迂回して行ったけど、そのまま進路を戻して今まさに〈ストロングニートタウン〉を壊滅させているところじゃないの!!』


 その言葉に合わせて、《アース・ドラゴン》の咆哮と火炎放射の音。〈ストロングニートタウン〉が崩壊する音が響いてきた。


『――あ……』

「おい――」

 しばしの時を置いて、破壊の限りを尽くし足音も重く、《アース・ドラゴン》が遠ざかっていく気配を感じながら、

『あたしメリーさん。これは因果応報なの。ドラゴンに対して無垢な女子供を矢面に立たせて、安穏としていたクズな住民たちへ天罰が下ったの……』

「お前、さっき『罪もない住人』とか言ってなかったか……?」

『世の中に罪のない人間なんていないの……』

「開き直るな、こら!」


 状況に応じて意見をコロコロ変えるメリーさんに一言注意するも、当人はどこ吹く風で、

『とりあえずこの町は放棄して別な町へ向かうの。移動の足になるものが廃墟に残っていればいいんだけれど……』

 火事場泥棒する気だよ、この餓鬼。

『それじゃあ、いったん戻るの……』

『ちょ、ちょっと! 私の縄を解いて行ってよ! つーか、放置しないで~っ!』

 オリーヴの悲痛な叫びが追いすがる。


 こうして、〈ストロングニートタウン〉が地図上から消えた《アース・ドラゴン》襲来事件は一つの区切りを迎え、その後、俺もメリーさんも忘れた頃に、編成された対ドラゴン討伐部隊によって、《アース・ドラゴン》は駆逐されたという。


 でもって、〈イカマ村〉に続いて〈ストロングニートタウン〉もなくなり、自堕落な生活ができなくなったメリーさんは、焼け跡からかっぱら……借用した馬車に乗って、再び放浪の旅へと出たのだった。

 その傍らには御者として、同じく行き場のない〈深淵なる魔女デイープソーサリスト〉、オリーヴ・トゥサの姿があったという。


『なんで!?!』

『つべこべ言うな、なの……!』


 まあとりあえず俺のいないところで、メリーさんの風除けになってくれることを祈るばかりだ。

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