第9話 あたしメリーさん。いま魔女と一緒にいるの……。
草木も眠る丑三つ時(2時00分〜2時30分)、枕もとのスマホが着信を知らせる振動を発しているのに気付いて、相手の確認もせずに半分寝ぼけ眼で手に取った。
「もしも――」
『あたしメリーさん……』
なんだこんな時間に。そう思いながらベッドの上で上体を起こす。
「なんかあったのかー?」
普段の調子で尋ねたものの、なぜかメリーさんはしばしの沈黙を置いて、不意にくすくすという狂気に溢れた含み笑いに続いて、重々しくもドスの利いた声で一言――。
『あたしメリーさん。いまあなたの後ろにいるのッ!』
「!!」
反射的に振り返った俺の目に映ったのは、暗闇の中、おどろおどろしい表情でうらめし気に立つびしょ濡れ女の半透明の姿だった。
出合頭の事故のようなあまりのタイミングの良さに、思わず仰け反った俺。
同時にスマホから続く、
『――なーんて、ウソだけど……』
いつもの調子のメリーさんの言葉。
一方、幻覚女は俺のリアクションに逆に驚いた表情になったのも束の間、
〝やった、やったーっ! 遂にビビらせたわよ! イェ~い。勝ち、勝ちィ! 私の勝ち~っ!!”
やたら嬉しそうに飛び跳ねながら、すうーっと闇の中へ消えて行った。
「いや、待て! いまのはノーカンだ! 無効だ無効! 単なる事故だ、こら!」
姿は見えずともはしゃぎまくっている気配に向かって怒鳴るも、浮ついた雰囲気は止む気配はない。
く……っ。幻覚だとわかっていても、なんか悔しい。
「どういうことだ!?」
行き場のない感情のまま、八つ当たり気味にスマホへ怒鳴る。
『あたしメリーさん。最近メリーさん異世界で生きるのに夢中なあまり、本業がおろそかになっているんじゃないかと思って初心に戻ってみたの……』
「どうせ帰る当てもない開店休業状態なんだから、いまさらやる気を出さんでもいいだろう。暖簾たたんで冒険者に専念したら? つーか、そんなに『怪談・メリーさんの電話』がやりたいんなら、そっちの世界で好きなだけやりゃあいいじゃないか」
『無理だもん!』
「なんで?」
『こっちの世界には電話がないもん!』
「……あー…‥」
『あたしメリーさん。ムカつく魔女がいたから、試しに糸電話を渡して「あたしメリーさん……」ってやってみたんだけれど、変な目で見られた上に、糸がピンと張った距離以外動けないという欠点があって、結局
一応努力はしたのか。
その光景を想像する。
糸電話を持ったメリーさんがトコトコ近づいてきて、
「いまから呪いの電話をかけるの! 恐怖におののくがいいの……!」
そう言って糸電話の片側を渡して、今度はテケテケ離れて糸がきっちり張られたのを確認して、
『あたしメリーさん。いま通りを挟んだ露店の前にいるの……』
「うん。知ってる」
『……。とりあえず糸の長さを調整するのでちょっと待つの……』
自分の方の糸を手繰り寄せて、もうちょい近くへ寄ろうとするメリーさん。
手間取っている間に、通り過ぎた馬車に引っ掛けられて一瞬で糸が切れた。
「「……あ」」
居たたまれない沈黙の後、道路を挟んだ向こう側から魔女が声をかけてくる。
「どーするのー。もう一度最初からやり直す~?」
「ドやかましいの! 憐れみなんていらないもん……!」
傍から見ると幼児の電話ゴッコそのもので、怖いというよりも微笑ましい光景であったとは思うな。
というかメリーさんの怪談の肝は、電話をかけることよりも呪いをかけるほうであり、別に様式美に拘る必要はないのだと思うだけれど、どうも手段と目的がメリーさんの中では混同されているらしい。
そのへん指摘したほうがいいんだろうけれど、奇跡のように面白いアホの子であるので、ここは突っ込まずに、あえて超珍しい天然記念物を観賞するような気持で――実際世間では謎に包まれた都市伝説の存在なのだが、当人を前に光の速度で謎も伝説も消えた――ひたすらウォッチするに限る。
「つーか、魔女とかいるんだ。金出せば誰でも魔術を覚えられる世界だから、その辺の区別は曖昧かと思ってたんだけど」
『基本そうなの。言わば漢字検定三級に合格した外国人が、そのへんの日本人に「俺、漢字博士なんだぜ、イェーイ!」と自慢して悦に入っているような、生暖かい目で見られる珍獣枠なの……』
火星人が初めてパンダを見て、「おおっ、あれが!」と感動している構図が目に浮かんだ。
「類は友を呼ぶものだよなあ……」
『あたしメリーさん。勘違いするななの! あっちが勝手に話しかけてきて一方的にちょっかい出してきただけなの……』
自分からわざわざ地雷を踏みに行くとは、自殺志願者だろうか、その魔女とやらは。
『今日のお昼にレストランでお食事をしていたんだけど……』
「結構散財したと思ったんだけど、まだA・Cの残高あったのか?」
『いま3億A・Cくらいあるの……』
「なんでそんなにある!? 銀行でも襲ったのか!!」
『よくわからないけど、前に融資してくれた商人――インボカ商会のマーシュっていう、半魚人みたいな顔をした男なんだけど――が、「よくぞあの忌々しい剣を折ってくださいました!」と言って、追加の融資をしてくれたの。お陰で贅沢し放題。懐に余裕ができると人を恨んだり、あくせく悩むのがバカらしくなるものなの……』
メリーさんの上から目線でのブルジョワ発言に、知らず悪意の波動が目覚めそうになりながら話の先を促す。
『えーと、お昼に〝びっ〇りドンキー”でチーズバーグにシーザーサラダ、ポテト、コーンスープにライス、あとデザートに抹茶パフェを食べるという贅沢を味わっていたのだけれど……』
なにげに贅沢のハードルが低いわ。これが昼間から回らない寿司屋にでも行ったと聞けば妬みもするだろうが、
「……単なる夜中の飯テロになっているだけだな」
中身が容易に想像できるだけに、小腹の空いたこの時間ある意味拷問であった。
『あたしメリーさん。そうして食べていたら急に背後から、「あたしメリーさん。いまあなたの背後にいるの……」って、メリーさんの決め台詞を言われて、危うく食べていたハンバーグを喉に詰まらせそうになったの……』
そりゃそうだろう。
以下、メリーさんから聞いた話をもとに当時の様子を再現してみた。
「くくくくくっ。その様子からして間違いなく、あなたあの『メリーさんの電話』でお馴染みのメリーさんね?」
含み笑いをしながら、お冷を飲んで息を整えるメリーさんのテーブルを挟んだシートへ、黒いドレスを着て長いマントを羽織った黒髪の女が勝手に座った。
「むぐ……メリーさんを知っているの?」
「勿論。私が知らない筈はないわ」
くくくくく……と意味ありげに笑う女。見た目は十代後半。二十歳にはならない若い娘に見えるが、メリーさんに見覚えはない。
だいたいこの町〈ストロングニートタウン〉は基本野郎臭い冒険者の町なので万年女日照り。女性の割合が極端に少なく、ことに若い娘となればほとんど網羅されていると言っても過言ではない。
なにしろ年齢と中身がどうあれ、メリーさんでさえもオタサーの姫扱いされているほど深刻らしいのだ。
もっともメリーさんの場合は見た目が幼女ということで、男性だけではなく独身女性から年配の女性たちまでも、幅広く可愛がられているそうで(ペット感覚なのは想像に難くない)、またメリーさん自身も自分よりも小さな子供の相手をして、お姉さん替わりで世話をしているらしい。
「意外だな。ちゃんと子供の世話とかできるのか……?」
『失礼なの。メリーさん子供の相手は得意よ。思いっきり可愛がっているの。可愛がり過ぎて子供たちがストレスで吐いたり、円形脱毛症ができるくらい……』
「それ本当に可愛がっている!?」
途中で思わず突っ込んだが。ともあれ、そのメリーさんでも初めて見た顔だった。
と言うか怪談『メリーさんの電話』の主役であるメリーさん本人だと知っているということは――。
「サインならマネージャーを通して欲しいの……」
「別にそんな要件じゃないわよっ! 私はあなたを異世界から来た伝説の存在だと知っている。なぜなら私こそ、万物を見通す霊眼の持ち主にして、英霊の導きにより久遠の彼方より召喚されし超越者であるから。人は私をオリーヴ=〈
芝居がかった仕草で、立ち上がってマントをバサリとはためかせる自称〈
途中から飽きてポテトをもごもご頬張っていたメリーさんが迷惑そうに眉をしかめる。
「ホコリが立つので目の前で動かないで欲しいの……」
同様に周囲の席の客や店員から冷ややかな目で見られていることに気付いて、〈
「ふふふふっ。目立たないようにしているつもりでも嫌でも注目を集めてしまう。これが宿縁の星の下に生まれた者の定め」
「あ、店員さん。そろそろデザートを持ってきて欲しいの……」
「――あの……聞いてるのかな~? メリーさん。私が何者であるかとか、この世界における重要な情報とか、
「別に興味ないの……」
「いやいや。あなたメリーさんでしょう? 電話かけながら特定の相手を呪い殺すのが仕事でしょう? こんなところで自堕落にパフェ食べてるのってなんか変じゃないの? 私ならあなたの復讐の役に立つわよ。いまなら何とここのステーキセットとイチゴパフェで、お姉さんが手を打ってあげようじゃないの!」
「復讐とか怨みとかハンバーグとパフェの前では意味がないの。確かにかつてのメリーさんはそうだったけれど、過去のない聖者もいなければ未来のない罪人もいないの。人はみな心に等しくハンバーグとパフェを宿しているとメリーさんは悟ったの……」
「達観したようなこと言ってるけど、ただ単に食事の邪魔されたくないだけでしょう、あんた!?」
そう図星を突いた彼女の叫びは、エリアマネージャーらしい強面のタキシードを着た男性に遮られた。
「……お客様。失礼ですが他のお客様のご迷惑になりますので。それとご注文はお決まりでしょうか?」
「――え……いや、その……」途端、きょどる〈
〈
「赤の他人なの」
抹茶パフェをパクつきながら、顔も上げずに空気の読めない幼女として定評のあるメリーさんが、素っ気なく答える。
「つまりお客様扱いは必要ないということですな。――連れて行け」
「ちょ……っ!?」
途端、店の用心棒たちが速攻で〈
「――お騒がせいたしました」
うやうやしく一礼をするエリアマネージャー。
『あたしメリーさん。そういうことで話は収まったと思ったんだけど、その後も魔女はしつこくメリーさんに付きまとって来たの……』
どうでもいいけど、軽く流している話の内容だけど、えらく重要な示唆を含んでいる気がするのは俺の考え過ぎだろうか? あとメリーさんも自分がメリーさんであることを、ちょっとは隠せよ。
『三時のおやつ時にクレープを食べていても、「この私の秘められた力と英知があれば、あなたをもとの世界へ戻す手段が見つかるかも。いまならバナナクレープで――あ、ちょっと……!」しつこくタカってくるし……』
「なんか
『晩御飯に焼肉食べに行こうとしても、「この先って叙〇苑よね? ひとり焼肉なんてつまんないでしょう? 一緒に食べながらお話しようよ! なんと、内緒なんだけれどお姉さんも日本から転移してきた日本人で、本名は
必死過ぎてほとんどネタバラししているな。
それにしても、『
『逆読みにしてそれっぽい名前にしているだけなの。ひねりがないの……』
「まったくだ」
何か引っかかると思ってたけど、そうか名前か。……まあ『佐藤』って名字は日本で一番多い姓だからな。きっと年間何十人もの佐藤さんが異世界へ召喚されたり転生したりしているのだろう。
『あたしメリーさん。面倒臭いだけだけれど、それでも「メリーさんとして安穏な生活で堕落した」という魔女の言うことにも一理ある、とお風呂上りに思ったの……』
「風呂上がりに堕落を実感? もしかして太った?」
性格は歪む一方だというのに、体の方は豊富な餌のお陰で丸みを増しているようだ。
『!? ――ふ、太ってないもんっ! 標準だもん! 成長期なんだからこのくらい誤差の範囲内だもん……!!』
ああ、よほど太ったんだな。
『それでメリーさんは原点に戻ってみたわけなの……』
今夜の電話はどういうことかと思えば、わけのわからん魔女が余計なことを吹き込んだ結果だったようだ。
「――つーか、別にいまさら怪談をやっても油断したお腹は戻らないと思うが」
『女の子に対して失礼なの……!!』
「それよりも、そろそろ眠いんだが……」
話している間に瞼が知らずにくっつきそうになるほど眠気が戻ってきた。
『あたしメリーさん。むう……じゃあまた朝電話するの。次からは本気を出すの……』
「そうしてくれ。おやすみー……」
『おやすみなさいなの……』
挨拶をしてスマホを置いて、ベッドへ横になる瞬間――こんだけ生温い関係になったいま。いろいろと手遅れじゃね?――という疑問が沸いたが、それ以上考えることなく即座に眠りに落ちた。
翌朝、いつも通りスッパリ起きた俺には、「夜中にメリーさんから電話があった」という曖昧な記憶しかなかったのは言うまでもない。
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