第8話 あたしメリーさん。いまダンジョンで迷っているの……。
「――いや、だから勝手に来られても困ります。え? 駅からどうしてもたどり着けない? スマホのルート検索でも無理? ドグマの結界があるから招かれた人間以外はたどり着けない? んな馬鹿なことはないですよ。引っ越し屋だって、黒猫の宅配便だって、ちゃんと来られるんですから。いい年こいて迷子が恥ずかしいのはわかりますが……」
勝手に最寄り駅まで押しかけてきたらしい樺音先輩からのSOSを受けて、観ていた映画を中断した姿勢で、俺はスマホ片手に先ほどから押し問答を繰り返していた。
一時停止した画面の中では、白黒映画ながら圧倒的な迫力でサムライたちが、村人と協力をして野盗と戦っている。
古い古い作品ではあるが、海外の評価でも日本映画の金字塔とされ、西部劇だの宇宙だのにパクられた、いまなお色褪せない傑作だ。
「いろいろと予定があるんですよ。友人と会ったり――失礼ですね。俺にだって友人くらいいますよ。同じ学科のワタナベって野郎ですけれど」
嘘ではない。たまたま講義が一緒で席が隣り合ったところで、ほいほい気軽に話しかけてきた同じ新入生である。
もっとも下の名前も聞いてないし、ワタナベがどの漢字を書くのかも知らない程度の浅い付き合いではあるが。
ちなみにくだんのワタナベは、割とダウナーな俺とは違って、明るい日差しにキラリと輝く白い歯とスポーツドリンクが似合いそうな、絵に描いたような爽やか好青年である。
実際高校の時はバドミントンで全国大会へも行ったそうだ。
ま、本来ならそこから話題を膨らませるところだろうが、サッカーやバスケ、野球のようなメジャーな競技。あるいは相撲や水泳、陸上のような生活に密着したスポーツと違って、一般的に有名プロ選手の名前はおろか、ルールすらうろ覚えの興味の死角に入っている種目のため、
「ふーん。じゃあ高校の時はモテただろう?」
そう無難な返しをするにとどめるしかなかった。
で、それに対して、
「あ。いや……高校は男子校だったから――」
と、微妙な笑みでそう言葉少なに答えたワタナベ。
あ、やべ。と思って言葉を取り繕う男女共学出身の俺。
「いや、だからさ。男子にモテただろう? 見るからにそういうタイプだもんな~っ。あれだ。バレンタインデーとかには男子からチョコ渡されて、中には割と
そう適当な憶測を膨らませたのだが、まずいことにどうやら図星であったらしい。ワタナベは途端にそれはそれは悲しみそうな、それでいて諦観が入り混じった、とてつもなくほろ苦い顔になった。
「……どんまい」
そんなわけで贖罪の意味も込めて、奴の心の傷を癒すために友人になったのだ。
「――とにかく、今日の今日では無理です。いや、いつならいいかと言われても。あんまりしつこいと『俺の知っている幼女が頭おかしいエピソード』を語りますよ」
そこで狙い済ませたかのように、タイミングよくキャッチホンが鳴った。
>【メリーさん@迷走中】
頭おかしい幼女からである。
「あ、電話がかかってきたので切りますね。あとはお得意の邪王●眼でも発動させて頑張ってください。――それでは」
無理やり通話を切り上げて、かかってきたメリーさんからの電話に出る。迷走しまくりの人生(?)だからな~。今頃気付いたんだろうか? と思いながら。
『あたしメリーさん。いまダンジョンにいるところ……』
「……ダンジョン?」
『そう。町の近くにあるの。地下一層だけの低レベルダンジョンだけど、入るたびに迷路の配置が変わって、1000回は潜れるダンジョン……』
「不思議なダンジョンか、おい!?」
実際、似たようなシステムのダンジョンらしい。
『途中でHPが0になると強制的に出口へ帰還させられ、荷物も武器もなくなってLvも1になるから、基本低レベルの初級冒険者向けのダンジョンなの……』
「あー、まあ死なないとしても、万一の際はせっかく鍛えたLvや貴重な武器がなくなるのは痛いからな」
『あたしメリーさん。けれど定期的にダンジョンのモンスターを間引きしないと、たまにモンスターが溢れて旅人や一般人が被害を受けることがあるの。だから志しある冒険者をボランティアで募っていたから、メリーさんも世のため人のため、それに志願したの……』
いかん。どうも俺は疲れてるらしい。
メリーさんがしごく真っ当な事を言って、無償で働いている。……いま、そんな白昼夢を見ている気がする。
俺は自分の正気を確認するために天井を見上げた。
すると、待ってましたとばかり、全身濡れそぼった女が逆さまにぶら下がって、
〝どーだ、怖いだろう。フハハハハハッ!”
と哄笑を放っている様子が、まざまざと眼前に目の当たりにすることができた。
「――よかった。うん、やっぱ俺疲れておかしくなってるんだわ」
安心して映画の再生ボタンを押す。
〝ゑ? なんでそこで逆に爽やに憑き物が落ちたような顔になってるわけ……?”
所在なげな幻聴に続いて、つなぎっ放しのスマホから、
『あたしメリーさん。ぶっちゃけそれは建前で、新調した《
あ、よかった。いつも通りのメリーさんだ。
「だったら別に肉でも魚でも買ってきて、宿の台所を借りて捌いていればいいんじゃねえの?」
『それは面白くないの。せっかくの聖剣の試し切りなんだから口で息していたり、触ると温かくて、切ると赤い血が通っている、できれば動くものをバラして、切れ味を試してみたいの……』
ああ、平常運転のメリーさんだ。
「それでダンジョンか。冒険者ギルドで募集をかけたってことは、何人かと組んで潜ったんだろう?」
再生を再開した画面の中では、サムライのリーダーが七人の仲間を集めて、悪人と戦う準備を整えている様子が伺えた。
『あたしメリーさん。それなんだけど、メリーさんが加わることに難色が示されたの。「今現在志願しているのは男の子三人ですから、さすがに男ばかりの集団に女の子をひとりだけというのは……」と渋い顔をされて……』
「ああ、つまりハブられたのか……」
さもありなん。
『気を使われたのっ! 思春期真っ盛りの飢えた狼の群れに、メリーさんの豊満な肉体は刺激が強すぎるの……!』
電話口の向こうでガルルッと吼えるメリーさん。どっちかっつーと、メリーさんのほうが血に飢えた獣だろうな、と思ったけれど電話越しにあーだこーだ言っていても仕方ないので話を進める。
「んでも、結局のところどうしたわけ? メリーさんが今現在ダンジョンにいるってことは、誰かメリーさんの知り合いにでも声をかけて――ああ、いるわきゃないか」
『なんでなの!? メリーさん一部冒険者の間ではカリスマなの! 町を歩いていても「幼女先輩ちぃ~す」とか「ふひひ、今日もブヒりまった」とか、気軽に声をかけられるの……』
「うん、そいつら友達じゃないから。今度声をかけてきたら通報するように。あと羞恥って単語知ってる?」
それには答えず、冒険者ギルドでの募集の経緯へ話を戻すメリーさん。
なお、あっちの世界では年齢
勿論なかには
なお、現在のメリーさんのステータスは、ここのところの食っちゃ寝の動物園の熊のような生活を送っているため、さほど変わり映えなく――。
・メリーさん 怠惰な斬首人形(女) Lv7
・職業:勇者兼遊び人
・HP:12 MP:31 SP:11
・筋力:8 知能:1 耐久:9 精神:13 敏捷:9 幸運:-29
・スキル:霊界通信。無限柳刃・出刃・麺切り包丁。攻撃耐性1。異常状態耐性1。剣術5。牛乳魔術1。
・装備:刺繍入りタフタドレス(キッズフォーマル)。ボレロ (赤)。レース付きハイソックス(白)。ローファー(黒)。巾着袋(濃紺)。殲滅型機動重甲冑(現在差し押さえ中)。ネコさんパジャマ。
・資格:
・加護:●纊aU●神の加護【纊aUヲgウユBニnォbj2)M悁EjSx岻`k)WヲマRフ0_M)ーWソ醢カa坥ミフ}イウナFマ】
相変わらず正気を疑うようなステータスである。
『でも、メリーさんを抜かして三人だけ。それもLv15くらいっていうのも難しいということで、再度募集をかけたの。だけど、誰もメリーさんの代わりに名乗り出る相手がいなかったの……』
まあ基本低レベル向けで緊急性もない、リスクに対してリターンが見込めないボランティアではそうなるだろうね。
『あたしメリーさん。そこで大胆な発想の転換で、代理の人をメリーさんが代わりにやることを提案したの……』
「――アホか!? メリーさんだとダメだから、メリーさんの代わりを募集したんだろう!!」
大胆過ぎる提案に度肝を抜かされる。つーか、発想を転換し過ぎてスタート位置に戻っているぞ!
『その代理がいないから、メリーさんが代わりに名乗り出たの! 変じゃないもん……!』
「いや、むしろ変なこと以外言ってないんだが。つーかメリーさんって変なこと以外やらせようとすると、逆に変になりそうだよなあ」
『あたしメリーさん。ややこしくて訳わからないもん……!』
怒鳴りまくるメリーさんをなだめながら、その後の経過を話すように促す。
結局のところ、冒険者ギルドで折衷案としてメリーさんも同行させる。それと万一がないようにお目付け役として、冒険者ギルドの指導員のひとりで、Lv39の元高位冒険者だったアンガス氏も一緒に行動をすることになったらしい。
ちなみにアンガス氏は筋肉モリモリの中年男で、見た目も中身も
「がははっ! 堅苦しいことは苦手なんだ。おめーら俺が年上で教官だからって、無理して敬語を使うこたぁねえぜ」
「なら、代わりにメリーさんに対して敬語を使うの……!」
「「「「なんでそうなるっ!!」」」」
「え? 年上で教官に敬語を使わない分、年下で一番Lvが低いメリーさんに敬語を使えば、お互いにバーターじゃないの……?」
「「「「いやいやいやいや! その理屈はおかしい!! てゆーか、変なバランスに拘るなっ!」」
「じゃあバランスを崩して、お前ら全員メリーさんにだけ一方的に敬語を使うの……」
「「「「だから、なんでそうなるっ!!」」」」
……うん。
その場の様子が手に取る様にわかるというものだ。
冒険者ギルドも気の毒に、気を使ってアンガス氏を起用したというのに、思いっきり善意が空回りしている。
「と、とにかく。低レベルとはいえダンジョンでは何があるかわからんからな。全員俺の指示に従うこと。特にそこのちっこいお嬢ちゃんは絶対に俺から離れるなよ。一度迷うとまず二度と中では会えない仕様だからな」
「わかったの。タイタニック号に乗ったつもりで任せるの……!」
「「「「…………」」」」
「お前ら絶対に目を離すなよ! 勝手な行動させるなよ! あと嬢ちゃんの頭をぶつけさせないように気を付けろ! これ以上のダメージはさすがにキツイ……」
「「「うっす!!!」」」
いやいや……頭打ち過ぎてパンチドランカー症状でおかしくなったわけじゃないから。もともとナチュラルボーンで頭おかしいだけだから、メリーさんは。
なにはともかくも、メリーさん以外の全員の心が一つになった瞬間であった。
困難が若者たちの心に団結を育んだのだろう。
問題は外にある
『あたしメリーさん。ということで、ダンジョンに入って気が付いたらメリーさん以外の全員が迷子なの……』
うん、それはメリーさんが速攻で迷子と言う状況だね。
「アンガス氏たち、今頃血相を変えているだろうな……」
『そうなの。どこかに迷子センターがあれば放送で呼んでもらえるのだけど、いまのところそれっぽいのがないから、自力でどうにかしてもらうしかないの……』
話している間にも、メリーさんはフラフラと無作為に歩き回っているようで、
『またスライムなの。水まんじゅう斬ってるみたいで面白みがないの……』
目の前に現れたモンスターを目についた端から斬りまくっている。
低級ダンジョンのせいか、聖剣を鍛え直した
誰だ、こんな行動力のある迷子をダンジョンに放流した馬鹿は!?
「――あっ! そういえば定番のダンジョンからの脱出アイテムとかないわけ?」
『一応、万一のための〈帰還石〉はもらって、巾着袋に入っているの……』
「じゃあそれでいったん戻ったら? アンガス氏もギルドの人も心配して……あー、まずはリーダー格たるメリーさんが一度戻って、皆が遭難したことを報告したほうがいいんじゃないかな~?」
我儘な子供は、おだててプライドを立てておかないとすぐに臍を曲げるからな。
『面倒なの。それにいまのところ斬ったのは、スライムとかマタンゴとかでっかいバッタとか、いまいち面白みに欠けるの……』
だが、メリーさんはいたく不満の様子であった。
先生~っ! ゴブリン先生、コボルト先生、オーク先生っ! 出番ですよ!! 早く出てきて血祭りにあげられてくださいっ! でないと善意の冒険者が無駄に苦労するだけです!!
そう祈らずにはいられなかったが――。
『今度は泥でできたゴーレムなの。包丁使うのも面倒なので岩で叩き潰すの……』
祈りは神に届かないらしい。あるいは幸福-29の影響か、出るもの出るものメリーさんのお気に召さない相手ばかりで、どんどんとフラストレーションが溜まるばかりの様子であった。
電話口の向こうで、メリーさんが
「あー……今回はハズレということでリセマラしたらいいんじゃないかなーと思う。メリーさんが戻れば他の面子も気楽に戻れると思うし」
『こうなったらボス部屋に期待をかけるの! 大人なんだから他は他で頑張るように、ここから精神的な支援を贈るの……』
「いやいや。せっかくの仲間だろう? 袖すり合うも多生の縁って言うし、メリーさんだってアンガス氏たちにそんな悪感情を持っているわけじゃないだろう?」
『あたしメリーさん。悪感情はないけど殺したいほどの好意もないわね……』
そっけないメリーさんの返事だけれど、
「いやいやっ! お前の好意と言うのは常に殺意を含んでいるのか!?」
こいつは好意の定義を間違えているぞ。
『あたしメリーさん。当然なの。殺意のない愛情なんてないの……』
「待て、殺意を抱いた瞬間、それは愛情ではなくなると思うぞ!」
『そんなバカなことはないの。「純粋な愛情は殺意と表裏一体だ。愛するがゆえに憎む。殺したいほど愛する。それが人間だ!」と、かつて愛する妻に二股かけられ、すべての財産と親権を奪われた上で、裁判でありもしないDVを認められ、社会的にも抹殺され親兄弟からも人間の屑と見られて自殺した山村さんの亡霊が、メリーさんにそれはそれは真剣な眼差しで教えてくれものよ……』
「だから友人は選べよ!」
そうやっている間にも出てくるモンスターが、これまた狙い済ましたかのように無生物、もしくは昆虫系のオンパレード。
ムキになったメリーさんは、結局のところほぼ一晩迷走しまくった……らしい。途中から俺は寝たので知らんけど。お腹がすいたら手持ちのおやつを食べて、牛乳魔術でミルクを飲んで、眠くなったら辺り一帯に召喚した包丁の山を立てて、自ら作った安全地帯の中で眠る形で。
で、その間に苦労人のアンガス氏たちは、〈帰還石〉でいったん迷宮の外に出て、まだメリーさんが戻っていないのを確認し、とんでもないトラブルに巻き込まれているのかと、決死の覚悟で新人三人組とほとんど不眠不休で何度も何度も迷宮を隅から隅まで捜査し、協力してボスモンスターを
で、明け方近く。
さすがに体力の限界に達した若手を守って、何十度目かのボスモンスター(オークキングだったらしい)との戦いの最中に、アンガス氏もまさかの不覚をとって、ボスと相打ちで果てた。
幸い(?)そこへ迷走しまくったメリーさんがちょうど合流。
飛び込んできたその姿を確認して、傷ついた若手三人が涙ながらに敬礼する中、安堵の表情で出口へ強制送還されたのだった。
結果としてLvも1になり、長年愛用していた武器防具もなくなったアンガス氏は、その後冒険者ギルドの教官を辞して、故郷に戻って奥さんと農業を始めた。
また一緒に行動をした若手冒険者三人は、この失敗を糧に「もう女は信じねえ!」と、固い絆で結ばれた硬派のパーティを末永く結成し、三人とも生涯独身を貫き。最終的には王都にもその名をとどろかす冒険者となったというが、それはまた別の話である。
で、メリーさんはと言えば、
「せっかくのオークキングが斬れなかったの! 次こそは頑張るの……!」
としばらく憤慨していたものの、その後二度と冒険者ギルドからダンジョン掃討クエストへのお呼びはかからなかったらしい。
賢明な判断である。
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