第7話 あたしメリーさん。いま聖剣をへし折ったの……。
目の前でピンクに髪を染めた美女? 美少女? 微妙なお年頃の二回生、自称『
「時来たれりっ。我が求めに応じて馳せ参じたりし魂の共鳴する者。汝、正しき
わざとらしく眼帯で覆われた右目に包帯で巻かれた左手をやる彼女。そして、テーブル越しに半ば無理やり傾聴させられながら、気だるげにドリンクバーから持ってきたジュースを啜る俺。
いい加減ジュースもなくなってきたので、新しいのに取り替えたいのだけれど、どうにも言い出すタイミングが掴めない(相手の
ちなみに彼女、着ているものはミニの黒ゴシックロリータに黒のコートをマントみたいに羽織っている(たぶんこれが〈
「感じるわ。無窮の虚空より顕れんとする闇に葬られし魂が、世界全体を覆い尽くさんとする悪しき胎動が! ふふふ、どうやら封じられたこの力を解放する時は近いようね。我が魔眼と左手に宿りし至高のアーティファクト! けれどその前に取り戻さなければならないわ。我ら超越者の魂魄(こんぱく)を宿せし選ばれし者たちの力の源泉、すなわち力あるレガリア! 爛漫たる無窮の力にして、森羅万象をつかさどる力の深奥! 新たなる我を! 伝説の……うぅ! 神聖冒涜の|理(ことわり)により我が魔眼が疼く……! まさか……これこそがグリモワールに予言された予兆!?」
美人でスタイルも良い
「いまこそ闇を照らす聖なる光を! 我が契約の名のもとに空の境を越え、今こそ姿を現したまえ! 見える! 見えるわ! あなたこそ共に魔天の空を切り開き、第九次元へと至る無窮を埋める運命のピース! さあ、いまこそ常命なる者を護らんが為、今ここに魂の契約を結ぶのよっ!!」
自分の言葉でアクメに達したのか、身震いしながら彼女はテーブル越しに、印刷された紙とボールペンとを差し出してきた。
内容は案外普通の明朝体で次の通りである――。
【 入部届 】
団体名:超常現象研究会 分類:サークル
活動内容:超常現象の研究、超能力の実践。
活動日:月、火、水、木、金
会員:三名
会長
副会長
会計
部室:未定
使用施設:図書館、中庭
上記の内容に従い入部することを申し出ます。
氏名:_______
「さあ、ここにサインをして共に黙示録に記された約束の時を生き延びるのよ! ああ、今日という運命の錯綜を、偉大なる至高天にまします大いなる意思に感謝するわっ! あなたもそう思うでしょう?!」
「いゃあ、どっちかっつーと、
「なんでよ!? ……じゃなかった。悩むことはないわ! なぜここにいるのか!? それこそが同じ運命の煌めき、魂のユニゾンを感じたからここにいるのよ! 迷う必要など微塵もないわ。秘められし力を解放するために、共に手を携えましょう!」
焦った様子で畳みかけて、有耶無耶のうちに入部させようとする樺音先輩。
「いや、ただ入学式が終わって、大学ボッチデビューという苦行を自らに科せるのもどうかと思ったもので、声をかけてきた先輩にホイホイついて来ただけなんで、他意はないですよ? あと手持無沙汰だったし、昼時に飯食うのにファミレスに一人で入るのも格好がつかなかったので。――あ、今日の日替わりチキンミックスプレート注文しますね」
まあ、怪しさ歴然の相手だったとはいえ、ナイスバディの美人だったから、というのが最大の理由ではあるが、同時に厨二病患者の貴重な生態の観察と言う好奇心も抑えがたかったからでもある。
幸いにしてお昼時、入学式後の大学近くのファミレス内部ということで、右を見ても左を見ても、気の合った友人同士あるいはサークルの勧誘らしい、奇抜な格好の先輩に囲まれた学生が席を同じくしている光景で埋め尽くされているため、俺たちもさほど目立たないポジションをキープできているしね。
「――ぐっ……。そ、それでも多少なりとも興味があったから私、いや、我について来たのよね? というか、この状況で平然とランチを注文する相手は初めてかも……さすがは噂に名高い〈
この人、会話の端々にちょくちょく地が見えるな。
頑張って独特のキャラクターを作っているようだけど、微妙に空回りしている。そもそも、こうして普通に会話が成立する時点で作られたメッキだとわかというものだ。
実際、本当に最初から、意味不明な宇宙人みたいな相手とのコミュニケーションは、徹頭徹秋尾ボケツッコミまくりで、どこに行きつくのかわけがわからない。
言わば東京駅から出発して青森へ行くはずが、なぜかアンドロメダで機械の体を貰ってしまった……と思ったら地底世界ペルシダーでした、というような驚愕のジェットコースターのようになるものである。メリーさんとの会話みたいに。
なのでこの程度の相手は余裕なのである。大都会に来て俺はすでに大人になったのだ。
「あ、大丈夫ですよ。自分の分は自分で払いますから。……あと、そのリングネームみたいなあだ名、俺にも付けられるんですか?」
〈
うん。この程度なら青森へ向かって鈴鹿に着いたくらいで、まるっきり常識の範囲内だ。
「リングネームじゃない! これこそが魂に刻まれた真実の名! 三千世界に昂然と輝く神聖な
たわわな胸を仰け反らせて憤然と言い放つ
と、少し離れたテーブルから、
「あれ? あれ二回生の佐藤じゃないか?」
「あ、本当だ。まーた、あんな格好してるよ。好きだねえアイツも。一緒にいるのは新入生みたいだけど、勧誘中かね。なんとかして廃部にならないよう頑張ってるんだろうけど、無駄な努力だろうな」
「ああ、あそこの部員って名ばかりの幽霊部員と、ほとんど顔も出さないゲーム廃人の引きこもりだけだし……まあ、今年五人揃わないと廃部らしいから、必死なんだろう」
「あー、聞いたことある。幽霊部員を〈
「つーか本人も『
「美人だし成績もいいお嬢様なんだけど、観賞用としてならともかく、絶対に身内にはなりたくないわ」
聞こえてきた会話を耳にした途端、ぎこちなく動きを止めて、ダラダラと大量の脂汗を流す佐藤先輩。
「えーと……佐藤花子先輩も何か注文したらどうですか? ドリンクバー奢ってもらったので、サラダバーなら俺が持ちますよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! いまあたしのことを『花子』って呼んだでしょう⁉ 間違いだから! 漢字で『華子』っ。間違わないように――って、それも間違いで……えーと。これはあくまで凡俗を偽るための名前。通称みたいなものだからね!」
テーブルの上に指先で『華子』と書いて力説するハナコさん。
「はあ、すると他の部員の名前も戸籍上の名前とは違うわけですか……?」
ペンネームみたいなもんかいな。そういえば高校の時に『乳首☆ピンク』というペンネームで、某小説投稿サイトへ書いた小説が某出版社の目に留まって、出版まで漕ぎつけた友人(激しく後悔)がいたな、と思い出しながら、続けて先ほどの入部届の一文に手をやった。
「それにしては、いくら何でも『新一』って書いて『こなん』って読ませるのは無理があるでしょう」
「あー……」
「「…………」」
引きこもりのゲーム廃人になるのも無理はない。彼も現代社会のひずみが生んだ犠牲者なのだ。
瞑目する俺。
「――で、どれにします? 俺としてはミックスフライランチも甲乙つけがたいところなのですが……」
「何事もなかったかのように話題を変えられた!? つーか、気にならないの自分のソウルネームたる〈
「スープバー三種類あるみたいですけど、コーンとオニオンとトマトのどれにします?」
「いいから聞いてよ!」
いや、別にどーでもいいから話を逸らせてるんだけどなぁ。
「あたしは事前に君の情報を掴んで声をかけたのよ! なぜなら魔都東京のレン=ラインを司るカオススポットの中心。汝が領地にして、我らが戦いの場所。数多の凄惨な噂でもちきりの幽霊アパート『
『星雲荘』という、俺が住んでいるアパートの名前が叫ばれた刹那、てんで勝手にお互いの地元の話や連絡先のメール、SNSの登録をしていた関係ない周囲のテーブル席の連中が、
「「「「「……いっ……!?!」」」」」
なぜか軒並み目を剥いて息を呑んだ。
喧騒が満ちているお昼時のファミレスの中、そこだけポッカリとエアポケットのように静まり返った一角。どうやら
「そうですけど、幽霊アパート?」
「そうよ! あのアパートに入居した者は三日とおかずにおかしくなって、皆大学を辞めて地元へ戻って、それっきり。悪霊にとり憑かれたとか、外なる宇宙の怪異を目撃したとか、邪教の生贄になったとか。とにかくその手の逸話には事欠かないわ。君もこの世ならざる異様な光景を目撃したり、これまでの常識を覆す目にあったはずでしょう?」
そう身を乗り出して尋ねられたが、俺としてはこれといって思い当たる節はない。
彼女としては暗闇に佇むタ〇リさん的な逸話を期待しているらしいが、所詮は噂は噂、そうそう超常現象があってたまるか。
「残念ながら。特に異常はないですね。幽霊の正体見たり枯れ尾花とも言いますから、古い建物の天井の染みを幽霊だと思って、安普請の家鳴りの音をラップ現象だと思ったんじゃないですか?」
「そんな!? あたしのセブンセンシズが確実に異常を捉えているのよ! 絶対に何かあるはずだわっ!」
ムキになって超常現象とか超能力とかを力説している彼女の様子を眺めていてなんとなく、先ほど感じた微妙な残念さ加減の正体が理解できた。
つまりこの佐藤華子さんという女性は生まれついての
人並み以上に能力が高くてバランスも取れているけれど、逆に言えば意外性も発展性もないキャラであり、一般社会で暮らす分には過不足ないけれど、例えば学校にテロリストが襲撃してきたり、異世界に召喚されたり、突然世界の命運を賭けた戦いに巻き込まれても、突如として
だが、そうなったら彼女のようなキャラは一気に脇役に転落する。また、メインヒロインを張れるタイプでもない。あくまで主人公に関わるサブキャラ・サブヒロインポジションだろう。
そこまで極端ではないものの、おそらくはそうした苦い経験を味い、素質と才能に比しての星回りの差に絶望をして、結果
「ぐぬぬぬぬ……」
呻く
「じゃあ注文しますねー」
再び戻ってきた喧騒の中、俺はテーブルに置いてあった呼び鈴を押した。
◇ ◆ ◇
食事が終わった後も、必死に引き留めにかかった
「……気のせいか、毎回この二宮金次郎のポーズが違うような」
独り言ちながら微妙に決めポーズを変えている金次郎像の脇を通って、箒で雑草を倒してやたら精巧なミステリーサークルを描いていた、お茶目な管理人さんに挨拶をして、
「あ、学生さん。足元に気を付けた方がいいですよー」
親切な助言に従ってアパートの階段を上る俺。
いろいろあったせいか今日は妙に足が重い。
気のせいか目が霞んで足元に白い手が浮き出して、俺の足首を掴んでくるように見えるが、こちとら小学生の時から片道八キロの通学路を往復して、高校は十七キロを
気にせずにズンズン振り解いて部屋に戻ると、半透明の幻覚女が涙目で両手首を揉んでいた。
今日はいろいろ電波な話を聞かされたせいか、どうにも部屋が暗い感じがする。
こういう時には気分転換できればいいんだが――。
と思いつつ荷物を置いて着替えたところで、お約束のようにメリーさんからの電話がかかってきた。
絶好の暇つぶしを前に、速攻で電話に出る俺。
『あたしメリーさん。隻眼キャラってもう片方の目もプチっと潰したくなるの……』
全部見てたんじゃないかと思える挨拶から入ってきたメリーさん。あと勇者として、人間として問題ありまくりの発言をしまくるけど、いつも通りと言えばいつも通りではある。
「……でも、まあ裏表がない分、
冥界からの電波だとか。異次元からの侵略者とか聞かされるよりも、脳味噌に盲腸が生えているようなメリーさんとの会話を楽しむ方がよほど健全というものだ。
健全ってなんだろう……。
考えちゃダメな疑問がふと沸いたけれど、とりあえず蓋をして心の棚に上げておく。
そんな俺の独り言を聞きとがめたのか、
『何のこと? 花子ってあの皆からつま弾きにされて、女子高のトイレでいつも便所飯食べてる花子さんのことかしら……?』
「違うけど! つーか、そんなことしてるのかお前ら!?」
いじめ良くない。
『むう、本当かしら? メリーさんの女の勘は、新たな浮気相手のフラグをビンビン感じているんだけれど……まあ、それは後にして、いまちょっと困ったことがあるから聞いて欲しいの……』
ふだんなら追及の手が緩むことなどないのだが、珍しく本気で困っているらしい。
しおらしい様子で訴えてくるメリーさん。
気のせいか通話の向こうで、たくさんの人間の罵声のようなものが聞こえる。
「なにかあったのか?」
『えーと、その、先っぽだけ入った状態で、抜けなくなったので、無理して抜こうとしたら、町の皆に見られて怒られたの……』
頭が真っ白になった。
「――な、なにがあった!?」
『だから道端で、知らずに先っぽだけガッチリ挟まって……メリーさんウンウン頑張ったんだけどダメダメで、力任せにしても無理で……』
「落ち着け! まずは深呼吸をして水飲んでから、ゆっくりと状況を教えろ!」
俺の胸中に戦慄が走る。
まさかこんな小さくアホな子を騙して、誰かが無理やり青……。
『あたしメリーさん。わかったの。お水が欲しいの――そう勝負を決める
誰かに水をねだっているメリーさん。
なにげにこの期に及んで注文がうるさい上に、その例えは微妙に間違っているぞ。
ちょっと置いて水を飲んで落ち着いたらしいメリーさんが続ける。
『あたしメリーさん。実は今日、町をお散歩していたら……』
以下、話をまとめると――。
メリーさんが散歩していたところ、たまたま町の広場に岩に先端の刺さったいわくありげな剣があるのに気付いたらしい。で、メリーさんが興味を惹かれて岩によじ登って、これを引っこ抜こうとしたがビクとも動かない。
両手で踏ん張っても無理。
業を煮やして昨日買った《殲滅型機動重甲冑》を持ち出して、変形フルパワーでも
そのうち面倒臭くなって、先端だけ刺さった剣を中心に卑猥な落書きと『さきっぽだけ』と書いて、八つ当たりの気晴らしをしていたところ、騒ぎを聞きつけた町の人間が集まってきて、
「あらゆるものを切り裂き。いつの日か邪神を討つと言われる町のシンボル。伝説の勇者の
となったらしい。
ちなみに言い辛いのか発音が「こーてーけん」になっていた。
なにをやっているんだか……。
『勇者の剣? だったら勇者であるメリーさんが引っこ抜くの! これから本気を出すの……!』
で、話を聞いて謝るどころか、逆にそう
『あたしメリーさん。ということで、皆殺気立って怖いの。
「どこがだ!? 即座に火あぶりにされても文句は言えない所業じゃねえか!!」
聖剣の周りにオ●●マークなんぞ描きやがって! 洒落抜きで水杯飲んで切腹しろ!!
『でもできると言ったけど、すでに万策尽きているの……。どうすればいいと思う……?』
いや、もう完全に詰んでる状態だろう。相談持ち掛けてくるなら、もうちょっと早い段階で聞いてほしかったな。いまとなっては《殲滅型機動重甲冑》で周り一帯を廃墟に変えて、逃げるくらいしか思いつかな……いや、まてよ。
「……その聖剣って『なんでも切れる』んだよな?」
『そういう設定らしいけど……』
「なら『引き抜く』んじゃなくて、刃の方向へ『引き倒し』て、岩ごと真っ二つにすればいいんじゃねえの?」
途端、ポンと小さく手を叩いた音がした。
『あたしメリーさん。その発想はなかったの! 聞いて良かったの。ふたりの初の共同作業なの……!』
別にナイフ入刀ではないんだけどなー。
『一緒に誓うの。富める時も貧しき時も……』
誓いの言葉を暗唱しながら、しばらくゴソゴソやっていたメリーさん。
短い手足をジタバタさせながら、聖剣の柄を両手で握って、思いっきり体重をかけて下に向かって振る気配がした。
刹那――。ベキッ。と破滅の音がこだまする。
『あ、折れたの……』
メリーさんの気の抜けたような声。
『金属疲労なの。それか、案外安物だったと思うの……』
「「「「「「「「「「んなわけあるかーーーーーっ!!!」」」」」」」」」」
途端、俺と電話の向こう側のツッコミの怒号が津波のようにメリーさんへ向かって同時に放たれた。
◇ ◆ ◇
で、結局のところさすがに幼女を寄ってたかって袋叩きにするわけにもいかず。また、名目上はメリーさんが正真正銘の(?)勇者であるというお墨付きもあったことから、折れた聖剣はそのままメリーさんのものになり(聖剣が折れたとか、外聞が悪いという大人の判断により)、後日、ドワーフの鍛冶屋が打ち直して、メリーさんの希望に沿って出刃包丁に魔改造されたという。
「聖剣を出刃包丁に……」
電話口で絶句する俺に対して、メリーさんはいつもの調子で、
『昔から日本刀を〝人斬り包丁”とも言うから同じようなものなの……』
「いや、それは意味が逆だし!」
『あと打ち直したことだし、名前も《
なんか夜な夜な人を斬りそうな呪われた名前の包丁だな。
『あたしメリーさん。今宵の《
あ、大丈夫か。
その気になっているメリーさんを前に、そう思い直す俺だった。
それにしても、つくづく天然とメッキは違うものである。永遠のサブキャラである
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