第6話 あたしメリーさん。いま装備を整えているの……。

 明日から大学が始まるので風呂に入ってサッパリしようと思い、アパートに備え付けのユニットバスにお湯を張って、さあ入ろうかと思って上半身を脱いで見たところ、風呂の湯が真っ赤に染まってその中に幻覚女が、くわっと大きく目を見開いた土左衛門どざえもんと化して浮かぶ姿が見えた。


「……ちっ。赤水あかみずか。配管に使われる鋳鉄管のどっかに赤錆が詰まってたんだな。しゃあない、今日のところはシャワーだけでいいか」


 ま、赤水は蛇口を流しっ放しにしてればすぐに収まるし、体に有害なわけでもないし……うん、シャワーの方のお湯は透明で問題はない。

 確認をして風呂の栓を抜いてお湯を捨て、ついでに溜まっていた洗濯物を洗っておくことにした。


〝え……ちょっと。もうちょっとリアクションが……って、きゃあああっ! な、なんでそこで躊躇なく下まで脱ぐのぉ……!?”


 死んだふりから狼狽しつつ湯船の中で暴れる幻覚には頓着せず(何しろ幻覚だから)、脱いだ衣服をここんところ三日分とまとめてドラム缶式洗濯機にぶち込んで、洗剤とともにスイッチ・ポン。

 フルチンのままバスルームに戻ってみれば、汚れたお湯と一緒に幻覚女が綺麗さっぱり消えていることに満足しつつ、俺は頭からシャワーを浴びる。


「いや~~♪ やっぱ汚れものはまとめて綺麗にしないと。これでサッパリするな~」


 軽く鼻歌を歌いながらそう独り言ちると、

〝え⁉ もしかしてサッパリした汚れの中に私も入っているの……?”

 どこからともなく衝撃を受けたような幻聴が……いや、聞こえないな。せっかくリラックスしているんだ、つまんないことに拘泥していたら気が落ち着かない。

 そんなわけで俺は、気にしないで心行くまでシャワーを浴びるのだった。


「――で、風呂上りにはキンキンに冷えた麦茶、と」

 腰にタオルを巻いただけの姿で、冷蔵庫から取り出したペットボトルの麦茶をラッパ飲みする。


 ぷはぁ~、と半分ほど一気飲みしたところで、

〝おっさん臭いわねー……きゃああああっ!!”

 どこからか俺をディスる声が聞こえた気がしたけれど、ここは俺だけのくつろぎの空間である。気にせずにすぽっぽんぽんになって、着替えの準備をする。


 で、部屋着兼パジャマを兼ねた高校の時のジャージに着替えた俺は、寛いだ姿勢でスマホをいじりながら、洗濯物が乾くまで待つ間に、ふと思い立って替えの柄シャツやくたびれたジャージの代わりで良さそうなものがないか検索をしてみた。


「――う~ん。安いのはとことん安いけど、こういうのは地雷臭いからなぁ。ってブランド物ってシャツ一枚で……うわっ、桁のゼロがひとつ違うし! つーか、アル〇ーニってスーツ以外も売ってたのか!?」


 てっきり高級スーツ専門店かと思ってたのに、なんでも売ってるただの服屋じゃんっ!

 愕然としているところへ、いつものようにメリーさんから電話がかかってきた。


『あたしメリーさん。いま町の宿屋でゴロゴロしながら夕食ができるのを待っているところ……』

「いや、一応冒険者なんだから冒険に行けよ」

『言われるまでもないの。昼間はちゃんと冒険者ギルドで依頼を受けて、冒険に行ったもん……』


 心外そうにメリーさんが唇を尖らせる様子が、なんとなく頭に浮かんだ。


「ああ、悪い悪い。――んで、何をどれくらいぶっ殺したんだ?」

『そこでまず戦闘と殺害ありきが、さも当然のように言われたことに対して、メリーさんはそこはかとない偏見を感じるの……』


 さらに渋い表情になったメリーさんの表情が、電話の向こうに幻視される。

 言われてみれば、クエストって討伐クエスト以外にも採集クエストとか、お使いクエストとかもあったな。と言うか普通に考えれば、魔物の盗伐とかそう年がら年中あるものでもないだろう。


「そう言えばそうか。メリーさんのことだから、てっきり一日一回は血の雨を降らせないと熟睡できないのかと思ってた。ごめんごめん」

『あたしメリーさん。謝っているようで実際には追い打ちをかけられているの……!』

「ありがちなのは薬草の採集クエストかな? まさか『面倒なの!』とか言って、背後から他の新人冒険者を襲って強奪したとか?」

『さらに死体撃ちをされているのっ……!!』

「そういえばメリーさん、着替えとかどうしてる?」

『そして何事もなかったかのように話題を変えられたの……!?』


 いや、メリーさんに対する当人と俺。お互いの認識に乖離があったことが、逆に俺としてはビックリなんだけれど。

 と言うかメリーさんの逸話からしたら、背後から襲って殺すのがデフォなんじゃないのかな? と思うけど、ここんところメリーさん当人がその設定と目的を忘れているっぽいから、下手に藪をつついて俺に捨てられた怨みを晴らす……という本分に立ち返ったら元も子のないので、適当に雑談で煙に巻くことにした。

 それから、さっきのメリーさんの台詞でふと思いついたことを、ついでに確認してみる。


「あ、そーいえばアレはなかったのか? 冒険者ギルドのカウンターで依頼を受ける時に『おいおい、こんな餓鬼が冒険者だって? 冗談だろう』とか『先輩として冒険者の流儀を教えてやるぜ』とかのテンプレイベント」

『あたしメリーさん。そうね、確かに似たような嫌がらせがあったの……』

「だからってその場で殺人はどうかと――」

『だから、人を無差別通り魔みたいに言うな、なのっ! それくらいは弁えているの……!』

 おっと、いかんいかん。つい本音が出てしまった。

『あくまで穏便にやり返したの。まずは連中がシェアしている家を突き止めて……』

 闇討ちしたのか!?

『具体的には、連中が留守の時間帯を見計らって、玄関前に立って「おじちゃん達が……ヒック、ヒック……あたしを無理やり……」と泣き真似をして、連中のストライクゾーンが超絶低めのペド野郎だという風評を、隣近所と道行く人たちに吹聴しただけなの…‥』


 鬼だっ! ある意味、殺されるよりもひどい十字架背負わせやがったよ!!


『とりあえずあと二、三日続ける予定なの……』

 エグイ真似を……。

『あたしメリーさん。それで依頼の方は普通に通信講座のテキストを依頼人に届けるだけのお使いクエストだったの……』

「通信講座?」

『そう。【サルでも学べる剣術スキル・奥義】の奥義書みたい……』

「それは実戦で役に立つのか!?」

『あたしメリーさん。奥義書を読めばその場でスキルが覚えられるから、ほとんどの戦士や魔法使いがお世話になっているって冒険者ギルドの窓口で勧められたの……』


 ちなみに剣術だと初級スキルで五万A・C。

 それを習得した上で中級で十万A・C。

 さらに上級で五十万A・C。

 とどのつまりに奥義及び免許皆伝で百万A・C。合計百六十五万A・Cが掛かるらしい。


『五泊六日の合宿免許だともうちょっと安くなるらしいけど、面倒なのでメリーさんも通信講座で剣術スキルを習得したの。しかも、いまなら《掌から牛乳が出る魔法》スキルがおまけに付いてお得なの……!』


 それは果たしてお得な特典なのだろうか? ただのビックリ人間の特技のような気がするんだけれど。

 つーか、金さえ払えばレベル一桁代でもほいほい奥義スキルが使えるとか、BL〇ACHの卍解並みのバーゲンセールだよなあ。


「……じゃあ一応いまのメリーさんは剣術スキルと魔法が使えるわけか」

『あたしメリーさん。そうなの。これで名実ともに《勇者》なの……』


 通信講座で習った剣技を用い、掌から牛乳を出す魔法しか使えない、包丁を持った勇者。

 あり得ない悪魔合体の産物を前に、素直に同意することができない俺だった。


 無駄金に百六十五万A・C使っただけにしか思えないけれど、

「まあ必要経費と割り切るしかないか」

『あたしメリーさん。その通りなのっ。メリーさんが額に汗して働いたお金だから、とやかく言われる筋合いはないの……!』


 あの後ろ暗い取り引きを、あくまで仕事と強弁するか……。


「……ま、金も無限ってわけじゃないんだから、今後は無駄遣いしないように――」

『…………』

「……おい」

『………………』

「おいっ、ちょっと待て! まさか――」

『あたしメリーさん。前から疑問に思ってたんだけど、「小鳥遊たかなし」って名字は、「小鳥が遊ぶ」→「天敵がいない」→「鷹がいない」→だから「たかなし」って意味が通ってるんだけど、同じ読み方で「少女遊たかなし」っていう名字の方は意味不明だと思うの。それだと少女ばっかりしかいない、藍〇島みたいな里にかつて少女を襲う巨大な鷹がいたということに……』

「意味不明なのはメリーさんの方だ! つーか、誤魔化さずに本当のことを言えっ!」

『ちょ、ちょっと着替えを買ったり、装備を整えたりしただけなの……』


 ぐっ……懸念した先からこれか。だが、確かに着替えや冒険に出るには装備が必要なのは確かだからな。一概に非難はできないか。何しろいままでは幼稚園児の格好をしていたわけだし。


「……まあ仕方ない。で、どこでどんな服を買ったわけ? 異世界にあるユ〇クロにでも行った?」

 これまでのパターンを踏襲して先にそう見当を付けて尋ねたところ、

『――はっ……!』

 鼻で嗤われた!

 さらに続けて、

『考えが浅はかなの。どこの世界にユニ〇ロの衣装で冒険に行く冒険者がいるの!? と言うかこの町にユ〇クロはないの! あるのはスーパーと〇せんと、おお〇やラーメンとマル〇ドラッグくらいなの。だいたいその発想自体が頭おかし――』

 メリーさんに「浅はか」と言われた刹那、頭が真っ白になって俺はいつの間にかスマホの通話を無意識のうちに切っていた。


 奇声を発して走り出したい気持ちを、深呼吸をして抑える。

 落ち着け……相手はアホだ。調子こいているアホの子なんだ。

 ここは大人の対応をするのが都会人ってものだろう。あとどうでもいけど、メリーさんがいるのは本当に異世界なのだろうか? チェーン店の展開状況からして、単なるグンマーのような気がするけど……。


 と落ち着いたところで、ほとんど間髪入れずにメリーさんからかけ直しの電話がくる。

『あたしメリーさん。いきなり切るななの! びっくりしたの……』

「ああ、すまん。ちょっと人間としてのプライドを取り戻すのと、理不尽な怒りを鎮める時間が欲しかったものだからな」

『あたしメリーさん。よくわからないけど、ストレスを溜めるのはよくないわよ……』


 ストレスの元凶がしたり顔(あからさまにそういう口調)で何か言っている。


「そーだね」

 スマホ越しに頷いてから、マイクに手をかぶせて自分に言い聞かせる。


 俺は学んだ。メリーさん相手に正面からガップリ四つになってツッコミを入れていると、俺の方が消耗するだけであると。ならメリーさんのボケに対しては「はいはい」言って、適当に受け流しておくのが一番だということだ。


「――で、装備を買ったんだって?」

『そうなの。昨日の親切な商人さんに教えてもらったお店なの……』


 ああ、あの怪しげな商人の仲間か。


「……真っ当な商人じゃないんだろう、どうせ」

『あたしメリーさん。そんなことないの。何でも扱っている大商会〈リップサービス〉の御主人で、慈善事業が趣味の篤志家としても有名なの。実際、破産したイカマ村の生き残りの人たちも、皆このお店で借金を肩代わりしてもらって働いていたし……』


 なんでも盗賊団によって、ほぼ働き盛りの男手を失ったイカマ村は、結局のところ廃村となるしかなく。また、めぼしい財産もなく、生き残りが町で働くにあたってこの店が全面的にバックアップしてくれたそうだ。


「へえ、そっちの世界にも真っ当な人間がいたのか」

『なので安心して、まずは防具を選ぶことにしたの……』


 ちなみに置いてあった商品をざっと見た感じでは――。


・レザーアーマー(一般用) 五万A・C

・チェーンアーマー(一般用) 十三万A・C

・アイアンアーマー(一般用) 二十七万A・C

・ナイトアーマー(一般用) 三十四万A・C

・術者の鎧(属性魔術付加) 五十五万A・C

・光輪の鎧(勇者、英雄専用) 二百三十万A・C


「――あれ? 意外と普通だ……」

 てっきりネタ装備に走るのだとばかり予想してたけれど、思った以上に普通の品揃えに逆に驚愕した。

 どうやら本当にまともな商人の店だったらしい。


 だが、ほっと一安心したのも束の間、

『あたしメリーさん。で、買ったのは《殲滅型機動重甲冑》。ちなみに公式には所持が禁じられている破壊兵器らしいけれど……』

「なんでそんなものがあるのかなぁ!?」

『あたしメリーさん。よくわからないけど、昨日の商人さんからお土産にもらったカードを見せたら、「貴女も組織の人間でしたか。くくくっ……」と言って地下の〈裏店舗〉を無条件に案内してもらったの……』

 ああ、やっぱり昨日の商人とはズブズブの関係だったか。

『そういえば、イカマ村の元村民も地下で働かされていたわ。借金返済のために負けたらまずは肺の片っぽとか取られるジャンケン勝負をしたり、鉄骨渡りとかカードゲームとかしてたけど……』

 どこが慈善事業家だ。賭博黙示録的に裏の顔は真っ黒じゃないか!


 突っ込みたいけど、仏の心でこれを堪える。


「んで、メリーさんはそこでその《殲滅型機動重甲冑》を買ったわけだ」

『そうなの。結構良い買い物したと思うの……』

「ふーん……」

『全身が白をベースにしているところが、メリーさんにぴったりだと思わない……?』

「そーかもねー」

『それでいて、角とかあって凛々しいし……』

「ふんふん」

『変形もするし、武装も凄いのよ。遠距離攻撃にはビームライフルをビシビシ撃てて、さらに近距離ではビーム・サーベルでスパスパ何でも斬るし……』

「へ、へえぇ……」

『難点は全長が十八メートルもあることよね。部屋に置き場がないから野ざらしにするしかないの……』

「駐車場借りたら?」

『それとたまに暴走するらしいけど……』

「…………」

『あと、どう見てもまんま一角獣なガ〇ダムなのがちょっと。隣で売っていた変な髭の機体の方がよかったかしら……?』

「最初っからわかっていてボケてたのか、この餓鬼ィ!!」


〝適当に受け流すんじゃなかったの……?”


 我慢できずに怒鳴りつけた瞬間、どこからともなくツッコミが入ったが、こればかりは看過できない。

 単なるボケはまだ許せるが、わかっていてトボケるような舐めた真似は見逃せられるかっ!


 なお、現在のメリーさんのステータスは以下の通り――。

 ・メリーさん 斬首人形(女) Lv7

 ・職業:勇者

 ・HP:12 MP:31 SP:11

 ・筋力:8 知能:1 耐久:9  精神:13 敏捷:9 幸運:-29 

 ・スキル:霊界通信。無限柳刃・出刃・麺切り包丁。攻撃耐性1。異常状態耐性1。剣術5【※刃物を持った際に最大補正がかかる】。牛乳魔術1【※掌もしくは鼻から牛乳が出る。1Lリットル/1MP】

 ・装備:刺繍入りタフタドレス(キッズフォーマル)。ボレロ (赤)。レース付きハイソックス(白)。ローファー(黒)。巾着袋(濃紺)。殲滅型機動重甲冑。ネコさんパジャマ。

 ・資格:壱拾番撃滅ヒトマカセ流剣術免許皆伝(通信講座)【※相手が弱った場合、攻撃に1.5倍の補正がかかる。さらに多人数でタコ殴りする場合は3倍の補正がかかる】

 ・加護:●纊aU●神の加護【纊aUヲgウユBニnォbj2)M悁EjSx岻`k)WヲマRフ0_M)ーWソ醢カa坥ミフ}イウナFマ】


 順調に斜め上の進化をしているな、おい! つーか、

「殲滅型機動重甲冑が異彩を放ち過ぎているっ! 捨てろ、そんなもん無用の長物だ! さっさと捨てて来い!!」

 包丁くらいならともかく、メリーさんにそんなもん持たせたら、洒落抜きで世界が終わるぞ。


『あたしメリーさん。二百九十八万A・Cもしたのに、一度も使わないで捨てるのはどうかと思うの。それに粗大ごみは処理費が高いし……』

「んなもん、『資源ごみ』って書いた紙を貼ってゴミ捨て場に置いておけばいいいだろう!」


〝いや、それで貫き通すのはさすがに無理なんじゃ……”

 さっきから幻聴がツッコミばかりしているが当然無視する。


『あたしメリーさん。宿の女将さんが「晩御飯できたよー」って呼んでるから食堂へ行ってくるの……』

「あ、こら待て!」

『…………』

「くそ、切りやがった。とことんマイペースで人の話を聞かない奴だな」


〝人のことは言えないと思うけど……”


 幻聴の分際で失礼なことを言う。

 ともあれ、まあメリーさんのことだ。どうせ明日辺りには機動兵器買ったことも忘れているだろう。

 そう思い込むことで俺は自分自身の精神の安定を図ることにした。

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