第5話 あたしメリーさん。いま勇者に選ばれたの……。
やたらかん高くて騒々しい音を立てながら、丸い円盤の上にオプションでネコ耳が付いているロボット掃除機『ノレソバ』(某国製格安品)が、フローリングの床を行ったり来たり、たまにフェイントをかけてジグザク走行をしたり、三回転半捻りを加えてジャンプ……したかと思うと、昔の香港映画のワイヤーアクションのように、空中で止まったまま垂直に移動するという著しく物理法則に逆らった動きをした。
さらに冷蔵庫の裏のホコリを取ろうと、横回転でダイレクトアタックをかけて――
〝ひきゃああああああああああああっ!?!”
潜んでいたやたらでっかい蜘蛛の逆襲を食らったらしく、猫みたいな悲鳴を上げながら慌てて逃げるも、あっという間に追いつかれて、身の毛もよだつような悲鳴を上げながら跳ね回って振り落とそうとする。
「……なんか
ちょっと考えて思い出した。
「ああ、英国のお笑い最終兵器パンジャンドラムだ」
テーブルに座った姿勢で、便所コオロギのように跳ね回るロボット掃除機を眺めながら、そう呟いた。
あと、これが本当のバッタもん……なんちゃって。
〝そんな上手いこと言ったつもりで、くだらない親父ギャグを思いついたような、清々しい笑顔で見てないで、助けてーっ!”
すかさず非難する女の声が聞こえるような気がするけれど、幻聴を気にしても仕方ないので当然無視して、テーブルに広げたままのアルバイト情報紙に再び集中する。
なお、あのロボット掃除機は、
「某国が外貨獲得のために第三国経由で作製した非正規品ということで、信頼性はもとよりメーカー保証もないですが、本当にいいんですか?!」
と、売り場の係員に念を押された訳あり商品だったのだけれど、起動させてみればオフロードRC並みのアクロバッティブな性能――掃除機として何の意味があるのか不明だけれど――を目の当たりにすることができて、これは案外お買い得だったかも知れないと俺は密かに満足していた。
ただ問題があるとすれば……。
〝なんで~~っ!? 止まらな~~いっ!!”
俺の妄想が一歩進んで、掃除機の上に半透明の濡れた女が体育座りをしているのが見えて、目障りなくらいなものだ。
まったくもって困ったものである。朝は寝ぼけていたせいで、『もしかして地縛霊?』などという、検索サイトの曖昧検索並みのメリーさんの頓珍漢な言葉を本気で検討してしまったけれど、冷静に考えれば幽霊とかあり得るはずがないので、やはり近いうちに一度精神科か眼科に行った方がいいかもしれない。
実際、あの幻覚は第三者には見えないみたいで、管理人さんに雨漏りの現場の確認をしてもらった際にも、人が大の字になっているような天井の染みに絶句しただけで、半透明の女が「ひひひひひっ」と、引き攣った笑みを浮かべながら天井をゴ○ブリみたいに這い回る姿には一切言及せず、不自然なほど頑なに視線を逸らせて、
「――問題ありません。もともとこんなものでしたから。え? 幻覚?! ほほほほほっ、な、ナンノコトヤラー……私には見えませんよー。ええ、ぜんぜんまったく。学生さん
と、全否定していたし。
あと、なんか『疲れている』のアクセントがおかしかったような気がするけれど、都会と田舎では発音が微妙に違うのだろうからこだわらないことにする。
「……う~む。田舎と違って選択肢が多すぎて逆に悩むな。講義の履修もあるので時間のすり合わせも必要だし」
できれば短時間で効率が良くて時給がいいバイトがいいんだけれど、さすがに虫が良すぎるか。
〝あ~、やっと止まった。ん~? なになにバイト? ――う~~ん、これなんてどう? 時給三千円でちょっとしたコンサルティング業ですって”
いつの間にか復活した自縛……ロボット掃除機『ノレソバ』が、背中越しに俺が見ている求人誌を覗き込んで、隅の方へ目立たなく書かれていた広告を指さした。
ま、あくまで幻覚であり、おそらくはロボット掃除機を無意識に擬人化した、アニメや漫画と現実の区別がつかなくなった
「ふむふむ……秘密保持・個人情報取扱い・秘守義務を徹底。アリバイ工作や盗聴、場合によっては武力行使」
傭兵か機密工作員か殺し屋でも募集しているのだろうか?
気になってスマホで連絡先の電話番号で検索したところ、『復讐代行・呪い』と真っ先に書かれたサイトが目に飛び込んできた。
〝うわあ……”
ドン引きしている半透明の濡れ女。
俺が無言のままそっとサイトを閉じたところで、いつものようにメリーさんから電話が掛かってきた。
>【メリーさん@無能で愚鈍な冒険者たちの偉大なる支配者】
飼われている分際で、増長しているな……。
通話相手を確認した途端に顔を引き攣らせ、ロボット掃除機『ノレソバ』を一発どついて方向転換させ、大慌てでその場から逃げ出す半透明の幻覚女。
逃げる『ノレソバ』の上に座った姿勢の妄想女が、たちまち煙のように空中に溶けて消えた。
やっと幻覚が見えなくなったことにホッとしながら電話に出た途端、
『あたしメリーさん。って、泥棒猫の気配がするの! まさか、まだあの低級霊を部屋に
普段と違うテンションのメリーさんの怒鳴り声が響くのだった。
心なしか部屋のどこからか、〝いないいない! いないって誤魔化してっ!”と、必死に懇願する幻聴が聞こえた。
「いないよー」なので事実を伝える。
『あたしメリーさん。嘘をついたら裁判で不利になるの。もしも嘘だったり、まして正妻気取りで掃除できますアピールや、あざとらしくネコ耳装備でアピールなんてしていたら、二人揃って花瓶で殴って包丁で滅多刺しにした上で、抉り出した心臓を包丁の先端に串刺しにしてカッポレ踊るの……!』
〝ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!”
途端、天井の辺りから絶叫のような家鳴りが聞こえた。
『あたしメリーさん。なにか聞こえたの……!』
「気のせいだ。ずっと俺はひとりでバイト情報誌を眺めていただけだし」
『バイト……?』
「そう。人間は食べたり娯楽のために働いて報酬を得ないとならないの」
『あたしメリーさん。それくらい知っているの……と言うか、メリーさんはすでに働いているの。自立した女なの……』
口調の端々に優越感を満載させて、電話の向こうで鼻高々で自慢するメリーさん。
「あぁ、いま冒険者の町にいるんだっけ?」
『あたしメリーさん。そう、いま冒険者として働いているの……』
大方、座っているだけのスマイル係とか、獲ってきた動物の捨てる臓物や骨を、ひたすら叩くだけの肉骨粉係とか、邪魔にならないポジションをさも重要そうにおだてられてその気になっているだけだろう。
『半日だけで、もう五百万
「嘘だーーーっ!!」
だって半日で五百万とか。こっちが時給三千円の危険なバイトに尻込みしていた傍らで、メリーさんが……冒険者と言うダメ人間どものオプションで、コメツカワウソよりも適当な生き様のアホの子に、生活能力という重要な部分において、凄まじい勢いで水を空けられた格好になったわけである。事実だとしたらもう人間として終わったも同然じゃないか!
『あたしメリーさん。嘘なんてついてないの。それにお手伝いじゃないの。ちゃんと冒険者ギルドで正式に登録されて、審査も通ったの……』
「冒険者ギルドってどんだけ
と思ったけれど、よくよく説明を聞いてみると、案外きちんとした組織のようで、登録の際には――。
①成人である証拠の提示(未成年である場合には、後見人の同意書が必要)
②犯罪歴の有無(当人及び二等親以内に重罪を犯した者がいた場合には対象とならない)
③補償金として、登録時に三十万A・Cを徴収する(分割の場合は利息7.5%/月)
最低限、これをクリアしないといけないらしい。
「①と②はどう考えても無理だろう……?」
つーか、月7.5%って暴利なんてもんじゃないぞ。
『そう思ったので、メリーさんは冒険者を証人にして、童顔の二十一歳って申請したの。幼稚園児の格好はしてるけど……』
「その嘘で通ったのか!?」
無茶苦茶な嘘をつく方もつく方だけれど、信じる方も信じる方だな、おい!
『あたしメリーさん。そういうことで冒険者になって、ステータスとか適性を計る魔法の水晶に手を当てて、その情報をもとに冒険者カードを作ったの。メリーさんは〈ストロングニートタウン〉での記念すべき59630番目……』
最初から失敗が約束されているような数字である。
が、それはともかく鑑定スキルの上位互換である魔法の水晶によって、より詳細に読み取られた個人情報は自動的に冒険者カードに複写されるため、確実な身分証明書にもなるし、また実用面でもA・Cのチャージもできて買い物も楽になるとのことで、今後非常に役に立つのは確かだ。
「失くした場合は誰かに勝手に使われたり、個人情報を見られたりする危険性はないのか?」
『そのへんは大丈夫。最初に魔法の水晶で個人の霊力と魔力を読み取って、当人以外には使えないし中身も見られないようになっているそう……』
「へえ。ある意味こっちの世界のシステムよりも優秀だな」
『あたしメリーさん。で、魔法の水晶で調べたらメリーさんの職業は《勇者》だったの……』
「バグが発生してるぞっ!」
それも致命的なものが!!
「つーか、もういい加減に何の伏線もなしに、わけのわからん状況になるのやめようよっ!」
『あたしメリーさん。意味がわからないの? 切れる現代っ子なの……?』
「そーじゃなくて! いや、そもそも『勇者』って職業なわけ!? どういう基準で何をするわけ……?!」
そのあたりラノベや漫画とかで昔から疑問に思ってたんだよね。
普通、勇者って第三者からの呼称であり、何かをなした成果をもってそう讃えられるんじゃねえの? 最初から勇者ってあるわけ!?
『それはもちろん、神に選ばれた存在なの。ちなみに、これが詳細がわかったメリーさんのステータス』
・メリーさん 斬首人形(女) Lv7
・職業:勇者
・HP:12 MP:31 SP:11
・筋力:8 知能:1 耐久:9 精神:13 敏捷:9 幸運:-29
・スキル:霊界通信。無限柳刃・出刃・麺切り包丁。攻撃耐性1。異常状態耐性1。
・装備:ピンクのスモック(女子園児用)。幼稚園帽子 (イエロー)。運動靴。幼稚園バック(黄色)。チューリップ型名札。
・加護:●纊aU●神の加護【纊aUヲgウユBニnォbj2)M悁EjSx岻`k)WヲマRフ0_M)ーWソ醢カa坥ミフ}イウナFマ】
「思いっきり文字化けしてるぞ、おい!」
本当に神の加護なのか!? メリーさんの今までの所業からして、神と言うより悪魔に近いような気がするんだけれど……。
『あたしメリーさん。神の意思は人間の作った装置ごときでははかれないの……!』
…………。
ま、いいけどね。どうせ異世界の話なんだから。
「あー、あと、半日で五百万儲けたってどうやったわけ?」
勇者だから国から報酬とか出たのか?
『あたしメリーさん。勇者としての仕事をしただけ。具体的にはメリーさんのパシりたちと、あぶく銭で儲けていると評判の商人の屋敷に乗り込んで、手当たり次第にタンスや宝箱を……』
おまわりさんこいつです! 勇者を名乗る謎の窃盗団がいます!!
思わず通報しそうになった。
「つーか、それで通用するの!?」
『きちんと話せばわかってくれたの。最初は大騒ぎしていたけれど、メリーさんが《●纊aU●神の加護》を持った勇者だとわかったら、「くくくくくっ、お嬢様も人が悪い。最初からそう言っていただければ、いくらでも融通しましたのに」と、ニッコリ笑ってお土産まで持たせてくれて……』
う~む、やはり異世界。神に対する敬虔さがこちらとは違うんだろうな。
『最後は握手をして別れたの。「いまは
それ絶対にまともな宗教の信者じゃないよね! どう考えても悪の秘密組織だよね!?
つーか、そっちの世界にはまともな人間がいないのか!!
『あたしメリーさん。今日は頑張って働いたから、あとはおやつ食べてお昼寝するの。労働って大切……』
「ああ、うん。そーだね」
挨拶する間もなくメリーさんからの通話が切れた。
切れたスマホの画面をしばし眺め、
「……絶対、そのうち天罰が下るわ。うん、地道に働こう」
と、改めて心に誓ってバイト情報誌に視線を戻す。
働くって大切だね。
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