第3話 あたしメリーさん。いま盗賊団に捕まっているの……。

 静寂に支配された夜の個室に、今日も禍々しい電話の音が鳴り響く――。


『あたしメリーさん』


 通話の向こうから聞こえてくるのは、どこか硬質な響きを伴った幼気いたいけな少女の声である。


「……メリーさんか」

 俺は「ふう……」とため息をついた。

 いやー、よかったよかった。今日は政治関係のニュースで特番が組まれていて、碌な娯楽がなくて暇だったんだよねー。メリーさんのお陰で暇つぶしができるわ。

 

 ちなみに報道の内容は、国会開催中に総理大臣が野党の女性議員からキ○タマ蹴られた、というもので。どこのTVも同じ内容で辟易していたのだ。


 そのメリーさんだけれど、どうやら新たな展開があったらしい。


『そう。あたしメリーさん。いまさっき小さな村に着いたの……』

「ほう。原住民との遭遇か。なんか問題でも――ああ、言葉が通じないとか?」


 普通に考えれば異世界に行って日本語が通じるわけはないもんな。


『あたしメリーさん。ううん、普通に日本語も河内弁もアクロ語も通じたんだけれど……』

「ご都合主義過ぎるっ!!」

『あとマク○ナルドとす○家とし○むらも出店していたわ……』

「どんだけフットワーク軽いんだ連中っ!?」

『コンビニは前はファ○リーマートがあったそうだけど、いまは撤退して居抜きでデイリーヤ○ザキになったみたい。白いお皿の交換をしていたわ……』

「ファミ○ーマートが異世界でも残念過ぎる!!」

 そして、田舎においては定番のデイ○ーヤマザキかい! あそこはコンビニィ~? って感じなんだよねえ。あと気が付くとマッハで閉店してるし。


『あたしメリーさん。それで、村に着いてすぐに、ちょっとした事件に巻き込まれたの……』

「えっ?! 連続殺人でも起きたの!?」


 八つ墓村とか犬神家的な猟奇事件に遭遇した、名探偵の孫か体は子供で頭脳は大人な死神小学生的なポジションだろうか? となると――。


「わかったっ。犯人はメリーさんだ!」

『あたしメリーさん。そんな物騒な事件もないし、人畜無害なメリーさんがそんなことするわけないの……!』


 ムッとして否定するメリーさんだけれど、メリーさんの存在自体が怪奇であり猟奇そのものという認識はないらしい。


『説明すると、村に入って食事をしようと、惨殺したゴブリンとかから巻き上げた石のお金や、身ぐるみ剥いだ品物を――』

「ドロップね。あくまでドロップアイテムね」

 ここは穏当に言い直しておく。

『ドロップアイテムを売ろうとお店で交渉したんだけれど、駄目って言われて……』

「あー、そういう場合は冒険者ギルドに持ち込むのが常套じょうとうじゃね?」

『そうなの? でも、そもそもこの国では仮想通貨アーカム・コインが主流で、現金は扱っていないって言われたんだけど……』

「キャッシュレス社会が異世界まで浸食しているーーーっ!!」


 基本、現金しか信じていない田舎者には生き辛い世界だっ! あと、なにげに使っているうちに正気を失いそうな名前の仮想通貨である。


『あたしメリーさん。でも、今日は村総出でお祭りみたいで、村の人たちがこころよく歓迎してくれて、代わる代わる食べ物やお菓子や飲み物を奢ってくれたの……』

「まあ、田舎の人間は純朴で親切だから」

『あたしメリーさん。で、いま盗賊団のアジトに捕まっているの……』

「いきなりの急展開過ぎてついていけねえっ!!」


 なぜそうなったし!? 


『あたしメリーさん。えーと、聞いた話だけれど……』


 本人自身メリーさん、現在の状況をいまいち理解していない――もともと何も考えずに本能で行動している知能1のせいだろう――を辛抱強く聞いてみる。


 なんでも北に向かって一直線に進んでいた途中で、たまたま村が目についたので立ち寄ったそうで、

「いやまて、そもそも北の方角ってどっちだかわかって進んでいたわけ?」

 と、根本的な問題を確認したところ、

『あたしメリーさん。それくらい常識。お日様が昇る方角が西で、沈むのが東って歌に従って、お日様が沈む方角に対してお茶碗を持つ手の側に進めばいいだけ……』

 と、一周回って正解を導き出していた。


 徹頭徹尾間違っているのに、本能と行き過ぎた逆運とが噛み合ってどうにかなっているらしい。

 なんか釈然としないな……。


 とにかく、舌ったらずな説明をどうにか適当に誘導して聞き出したところによれば……。


 どうやらその村――イカマ村という、逆さに読むとどこぞの版権を侵害したり、途中に『サ』を入れると途端に胡散臭くなりそうな不吉なネーミングの寒村――は、この前日に近隣の村々を荒らして回る凶悪無残ヒッハーな全員モヒカン刈りの盗賊団に狙われて宣戦布告されたらしい。


 で、連中はまずは村の主だった戦力である若い衆や猟師や元兵士の屈強な男連中を見せしめに皆殺しにして、村の周囲に上半身と下半身逆さまにして埋めておいて(メリーさんは現代アートだと思って気にせずに通り過ぎたそうだ。いや、そこで引き返せよ!)、さらに明日までに村中の財産を広場に集めておくように。それと老人と病人以外は奴隷にするので、全員雁首揃えておくんだぞ、いいな! ――と、一方的に宣言をして一時的に去って行ったとのこと。


 中には明日まで(すでに今日だけれど)の猶予期間中に逃げようとした一部――生き残りの大工などもいた――そうだけれど、一時間もしないうちに見るも無残な姿で村の入り口に放り棄てられた。

 具体的には、大工らしくノコギリで首を切断され。かんなで全身の皮を削られ、のみで目ん玉をえぐられ、金槌で睾丸を真っ平らに――。


「――うぷっ……」

 途中で気持ち悪くなった俺は、得々と説明を続けるメリーさんを遮って話を変えた。

 つーか、いまの話がメリーさんに出会って一番怖いわ。

 キン○マ強打されて首相が悶絶したニュースで盛り上がっている現代日本が、どれだけ平和なことか……。


 で、そこへのこのこメリーさんが足を踏み入れて、飲み食いしている間に再度襲来した盗賊団に、村人とひとまとめで捕まってしまったらしい(←いまココ)。


「――いや待て! なんでその状況でお祭り騒ぎをしてるんだ村人は!?」

『あたしメリーさん。どうせ最期なんだからと開き直ってドンチャン騒ぎしていたそうなの……』

「現実逃避してる~!?! つーか、なんで最初に無関係のメリーさんに一言注意しなかった!?」

『あたしメリーさん。この際余所者でも子供でも地獄の道連れだって、爆笑しながら言われたわ……』

くずの集団だ、その村っ!!」


 なんか自業自得の気がしてきたその村。これだから田舎の人間は陰険で閉鎖的だって言うんだ! つーか村人滅んだ方が世のため人のためじゃね!?


「――んじゃ、メリーさんも奴隷に売られる一歩手前なわけ?」


 今後は奴隷落ちからの成り上がりパターンかな。

 まあ、魔王を斃すとか妄言吐いている頭の弱い子扱いで安く売られそうだけれど。


『あたしメリーさん。そう、村人はレベルや体力、技能を鑑定させられて、アジトにある色違いの牢に隔離されたのだけれど……』


 おー、鑑定スキル。やっぱあるのか。自分で習得できると便利だろうけど、メリーさんに頭の使う技能を習得するよう要求するのは、サルにジャバスクリプトを理解させるくらい無駄なので期待はできない。


『高くなりそうなのは黒い牢。その次に良さそうなのは緑。それからオレンジ、青、黄色……』

「回る寿司屋の皿の色かい!?」

『ちなみに清純無垢なメリーさんは、ひとりだけ白い牢……』

「廉価だ! 廉価品扱いされてるっ!」


 一皿百円か、平日八十円に値下げされる稲荷いなり干瓢かんぴょう巻きだわ、それ。


『あたしメリーさん。そして若い娘や美女は〝味見”と称して、盗賊の手下にどこかに連れていかれるの。きっとメリーさんも、この熟れた肉体目当てに薄い本みたな目に合わせられるの……』

 いや、それはない。

『盗賊連中全員がメリーさんを注目していたの。野獣のような目で。そうして囁いていたわ「スゲエ、なんだあの幼女、全身返り血と脳漿のうしょう塗れだぜ」って……』

 それは『野獣のような目』ではなくて、『野獣を見るような目』ですね。

 つーか、ゴブリンの血とか体液塗れのままでいたメリーさんをよく受け入れたなイカマ村の村人。どんだけヤケクソになってたんだろう。


『あたしメリーさん。それで盗賊団の頭目がメリーさんに一目惚れしたらしくて、さっき水浴びさせられて着替えを渡されたところ……』


 極悪非道の盗賊団の頭目にすら憐れまれたか……。


『あたしメリーさん。包丁も取り上げられたので、いまのステータスはこう――』


 ・メリーさん 災厄人形(女) Lv2

 ・HP:7 MP:24 SP:7

 ・筋力:5 知能:1 耐久:5  精神:10 敏捷:5 幸運:-29 

 ・スキル:霊界通信。無限三徳包丁。攻撃耐性1。異常状態耐性1。

 ・装備:ピンクのスモック(女子園児用)。幼稚園帽子 (イエロー)。運動靴。幼稚園バック(黄色)。チューリップ型名札。


『頭目大喜び。「お、お嬢ちゃん可愛いね。あとでおじちゃんとイイコトしようね」と、情欲に染まった目付きで……』

「マジの変態だ~~~~っ!!!」


 ちなみに「変態」の部分で、アパートのどこかの部屋での金切り声――「ショウちゃん、あんたまたキューちゃんに跨って……この、変態っ!!」――の「変態」の部分が期せずしてハーモニーを奏でた。


「逃げて~っ! マジヤバい。逃げてメリーさんっ!!」


 今回は本気で洒落にならないぞ、おい!


『あたしメリーさん。いま頭目に呼ばれたので牢から出るところ……』

「ぎゃああああああああああああああっ! おまわりさんこっちです!!」


 メリーさんの通話が切れた直後、慌てて110番通報をしたけれど、悪戯電話扱いされてしこたま怒られた。

 解せぬ! これだから都会の警察は――!!


 そうして悶々としながら待つこと一時間後――。


『あたしメリーさん。いま盗賊とゴブリンと冒険者と三つ巴の戦場にいるの……』

「どういう状況!? ねえ、もうさっきから急展開過ぎてついていけないんだけど!」


 冷静に話を聞いてみたところ。あの後、頭目の部屋に連れていかれる途中で、盗賊団の討伐報酬目当ての冒険者の一団がアジトに奇襲をかけてきて、応戦した盗賊団と一進一退の攻防を繰り広げていた……ところへ、おそらくはメリーさんがぶち殺したゴブリンとゴブリンメイジが所属していた部族だろう。ゴブリンキングが率いるゴブリン集団が奇襲をかけてきた。


 まあ、メリーさんゴブリンの血とか洗い流さずにそのままだったんだから、野生動物なら容易に追跡できるわな。


 そんなわけで現在、三つ巴で戦っている最中らしい。


『あたしメリーさん。どうすればいいと思う? とりあえず全員ぶっ殺せばいいかしら……?』


 なんでそう短絡的なんだ、この偽園児は!? 史上まれにみるアホの子だな、おいっ!

 つーか、剣と魔法が飛び交う戦場へ、両手に三徳包丁を持った幼稚園児が躍り込むとか、ましてやまかり間違って無双するとか(メリーさんならあり得る)、漫画やラノベでも聞いたこともないし、ひたすらチートと俺つえーが大好きな某小説投稿サイトの読者であろうと、「いや、これはちょっと……」「ないわー」と、地雷扱いでドン引きされるぞ。


「……とりあえずアレだ。敵と味方を整理しよう。まず盗賊団は敵。ゴブリンの群れも敵。冒険者の討伐隊は……まあ、今の段階では中立。捕まっている村人も、微妙だけれど中立」

『あたしメリーさん。じゃあ盗賊団とゴブリンの群れは皆殺し……?』

「いやいやっ! まずは村人を助けて混乱させ、どさくさ紛れに背後から討伐隊と挟撃して盗賊団を倒そう。で、それから討伐隊と協力してアジトでゴブリンの群れを迎え撃って、倒すか撃退すればいいんじゃないかな」


 そう即興で思いついた作戦を伝えると、

『あたしメリーさん。わかったわ。最初は盗賊団で次がゴブリンね……』

「うん、そう」

『じゃあ、ちゃっちゃと盗賊団の頭目の首とゴブリンキングの首を獲ってくる……』

 包丁を交差させる音とともにメリーさんからの通話が切れた。

 最後の包丁の音は、三十分に一本、包丁を生み出すことができるスキル〝無限包丁”によって召喚した三徳包丁二本を両手で構えた音だろう。


「そうじゃあねえええっ!!」

 会話の半分も理解していない脳味噌ミジンコのメリーさんの返事に、思わず部屋にスマホを耳に当てたままゴロゴロ転がる俺。


 そして三十分後――。


『あたしメリーさん。言われた通りに頭目とゴブリンキングの首を狩ったら、両方とも手下が散り散りに逃げちゃった。いま冒険者が手分けして追っているところ……』


 成功させてるし!!


 つーか、どうやった!? 殺気立っている盗賊団のただ中で、その頭目をLv2のメリーさんが単独で斃すなんて、どんなチートや裏技を使ったんだ!!?

 どう考えても相手の方が数段Lvが上だろう? 少年漫画的な覚醒イベントか、ラ○アーゲームの詐術的な頭脳戦……は、できっこないよな。メリーさんに。


 ならどうやった!?


『あたしメリーさん。普通に包丁構えて盗賊団の頭目のところへ行っただけ……』


 血と怒号渦巻く戦場のただ中を、包丁構えてトコトコ縦断する幼稚園児の格好をした幼女……。うん、全員が呆気に取られるか、自分の正気を疑うわ。


『そうしたら頭目が苦悶の表情で、「ううううっ……おおおおっ!! いかんっ! 幼女には手を出してはいかんのじゃ! お前らも決して危害を加えるなっ! 幼女は愛でるもんじゃいっ!!」と、部下に怒鳴りつけたの……』


 頭目……あんた、紳士だ。いや、おとこだよ。

 俺は心の中で見たこともない頭目にエールを送った。


『だからメリーさんは遠慮なくぶち殺した……』

「この外道ーーーっ!!!」

『あたしメリーさん。戦いは虚しいけれどこの世は弱肉強食、戦いを前にひゅーまにずむなどという甘ちゃんなことは言ってられないの……』

「そーだね。特にいまの経緯いきさつを聞いたら、特に虚しいよっ!」

 含蓄あるようなことを口にしているメリーさんだけれど、口調には反省の欠片もないし、やっていることは悪辣あくらつそのものである。


『お陰でレベルもガッポリ上がってメリーさんウハウハ。あとは簡単。ゴブリンキングなんていっても、ちょっと体が大きいゴブリンだし……』


 まあ、しょせんはやられ役のゴブリンの群れの大将レベルだからね。


 俺は脱力してなんとなく惰性でTVをつけた。

「――あ、総理大臣辞職してら」

 どうでもいい速報に見入るのだった。

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