第2話 あたしメリーさん。いま魔王城へ向かっているの……。
さて、だいたいの荷物を整理し終えたけれど、結構細々としたものが足りないのに気付いた。
昼食の弁当を買いがてら、替えの靴下にタコ足配線のプラグ、耳かき爪切り絆創膏、脚立にロボット掃除機(3,980円となんか安かった)……などなどを、当座の生活費としてもらった資金でもって購入し、すぐに使うのでキャスター付きのバックパック(これも買った)に入れて転がし、ついでにスマホでモンスターを捕まえながらアパートへ戻ってきたところで、アパートの玄関口を掃除している管理人さんに出くわした。
「よしっ。レアモンスターGET! さすがは都会。行き帰りだけで十匹も捕獲できるとは……」
「――あら、お買い物ですか学生さん?」
スマホ片手に野良モンスターを捕獲しつつ帰ってきた俺に向かって、ややくぐもった声でそう気軽に声をかけてくれる管理人さん。
ちなみに妙齢の女性である――多分。
多分と言うのは他でもない、彼女はいつも丸い金魚鉢を逆さにかぶっているからだ。
生憎と金魚鉢のほとんどは透けそうで透けない青色の色ガラスで覆われているため、その素顔は窺い知れない。けれどわずかに覗く形の良い口元やあごの線、肌の質や声から多分二十代……で、相当な美人だろうと見当をつけている。
こんな若い女性が管理人をやっていて、なおかつなぜ金魚鉢をかぶっているのかは不明だけれど――
「私の星とは大気の組成が――あ、いえ故郷の風習なのです。だから気にしないでください。下手に詮索するとアブダクションしますよ」
最初の挨拶の時にそんなことをほのめかせていたので詮索するのは野暮というものだろう。
あまりジロジロと金魚鉢を眺めるのも失礼なので、俺はスマホを尻ポケットにしまって、『UMA』と書かれた管理人さんのエプロンの胸の辺りを、ぼんやり眺めながら――よほどウマが好きなんだろう――軽く答える。
「ええ、ちょっと買い足りないものがあったので、ドンキ――駅前のド○キ・ホーテに行ってました」
うちの田舎にはなかったので駅前にあるのを見た時にはテンションが上がったものである。特にこの『ドンキ』と自然体で言えるところが、垢抜けたステータスであり、田吾作と都会人との分岐点と言っても過言ではない(俺の脳内オリコン調べ)。
あと、どーでもいいけど買ってる最中は「おおっ、さすがドンキ安い!」と思ったのに、会計が終わったところで「あれ? 別に安くねえんじゃね? むしろ無駄な出費で高……」と、後悔に苛まれたのは秘密だ。
……ま、まあ大学生になったわけだし、そのうちバイトも始めようと思っているし、今回はご祝儀、先行投資というものだ。
「あぁ、ド○・キホーテですね?」
買い物袋を眺めて合点がいった様子で頷く管理人さん。
「ええ、ド○キ・ホーテです」
頷いて同意するとなぜか(雰囲気で)微妙な顔をされた。むう、解せぬ……?
「――まあいいですけど。どうですか、うちのアパートにはもう慣れましたか?」
「ええ……まあそうですね」
ちょっと隣の学生らしい連中の騒ぎや、耳を澄ますと壁越しに聞こえる逆隣の部屋の女性のシクシク泣く声が鬱陶しく感じることもあるけれど、田舎では虫だの牛蛙だの珍走団だのが五月蠅かったので、このぐらいなら全然許容範囲である。
「本当に? 本当ですか?! もう嫌になったとか。荷物をまとめ直して出ていくつもりとかないですか!?」
ズイと
「ええ、そんなつもりはないっす。……なんか問題でもあるんすか?」
気圧されてあたふた答える俺。
途端、しまったという感じで口元を押さえた管理人さんは、何かを誤魔化すように「ほほほっ」と笑いつつ、
「あ、いえ。そういうわけでは……。えーと、その、うちのアパートは古くて今どきの方は、入居してもすぐに『こ、こんな化け物屋敷はご免だ!』とか、『ああっ、窓に! 窓に!!』とか、『かゆ……うま……』とか、書置きを残して失踪――ととと。いえ、とかく現代人はこらえ性のない方が多いもので……」
言葉を濁しながら、ちらりとアパートと猫の額ほどの面積の庭に、なぜか鎮座している二宮金次郎の銅像を振り返って嘆息する管理人さん。
まあ確かに建物自体は古いけどきっちりリフォームされているし、それに駅に近くてキッチン風呂トイレ付きとしては格安のアパートであるので、俺としては多少の五月蠅さは問題ない。
もっとも親父は「都会人はアパートの生活音が五月蠅いとか苦情を言ってくるので気を付けろよ」と言っていたし、都会の若者には神経質な人間が多いのでなかなか苦労があるのだろう。
「そーなんですか、困ったものですね」
「本当に。退居する場合には本来ならハウスクリーニング代を払ってもらわなければならないのに。いつも突然で……」
憂鬱そうに割と赤裸々な本音ぶちまける管理人さん。
「へえー。俺は特に不自由は感じないけどなぁ。ま、まだ二日目だから隣近所の人のことも良くわかりませんけど」
「皆さんいい人ばかりですよ」
そう管理人さんがほほ笑んだ刹那、アパートの一室から若い男女の痴話喧嘩らしい絶叫が響いてきた。
『ショウちゃん! あんた、急にペットを飼いたいって言うから変だと思ったら、まさかペットとこんな関係になっているなんて!!』
『ち、違う! こ、これはちょっとしたスキンシップで……』
『この格好のどこがスキンシップだ~~~っ! よりにもよって、こんな化け物にィ!』
『うわ――やめろ! うわっ、逃げろキューちゃん!』
『こんなんなってもあたしよりもペットが大事!? この変態! 変態っ変態っ変態っ変態っ!!!』
『う……うぁ――ありがとうございますっ!!』
「「…………」」
お互いに無言の俺と管理人さん。
やっちまったなぁ(二重の意味で)という感じ……。
「……いい人ですよ、皆さん。きっちりアパート代は支払ってくださいますから」
何事もなかった顔で開き直った管理人さん。
……いや、まあいいんですけどね。
「ははははっ。そーいえば、バイトを探しているんですけど、なんかいい働き口はないですか?」
適当に話題を変えるためにふと、この辺りに詳しそうな管理人さんに尋ねてみた。
「バイトですか? 一階のD号室の方が確か商品の販売員を探していたと思いますけれど……」
「へえ? 何の販売員ですか?」
「確か……えーと、『飲める台所用の除菌漂白剤』でした」
はい、もろに宗教かマルチですね。
「結構売れているそうですよ。なんでも一部マニアには、『水で薄めて飲むとJSのスクール水着の味がする』と評判だそうで」
「どんだけレベルが高いんだ、都会のマニアは!?」
一定数の顧客がいることにびっくりだよ!
「……もうちょっとソフトというか、気楽なバイトはないですかね~?」
そうおもねる様に尋ねると、管理人さんは「う~ん」と考え込んで、
「近所のお医者様のところに行けば、気軽に目玉とか腎臓など、パーツを売れますよ。無免許ですが」
「ソフトの方向性がダメじゃんっ!」
そう全力でツッコミを入れたところで、不意に尻ポケットに入っていたスマホに着信があった。
>【メリーさん@異世界】
『アホじゃ! アホの子じゃ! アホの子がでたぞ~!!』
途端、スマホが全力で緊急を知らせる銅鑼とホラ貝を鳴り響かせる。
「――なっ……何事ですか、それ!?」
「ああ、すみません。マナーモードにし忘れてました」
慌てて取り出したスマホをマナーモードにする。
さっき面白がってダウンロードしたアプリだけれど、なぜかメリーさんに関しては、何をどーやっても設定が解除されなくなってしまったのだ。
「では、また――!」
呆気にとられる管理人さんへ早口で挨拶をして、そそくさと荷物を抱えて階段を駆け上って部屋の鍵を開ける。
ドアを閉めて荷物を玄関先に置いたまま通話にすると、どこか疲れた様子のメリーさんの声が聞こえてきた。
『あたしメリーさん。いま森を抜けた草原にいるの……』
どうやら無事に朝のゴブリンは
途中から、
『くっ、また包丁が折れたの。頭蓋骨が硬い……面倒なの……』
と言う台詞とともに、岩か何かでごっつんごっつん叩いている音が連続で続き、やがて何か柔らかいものが混じったグチャグチャ音に変わってきて、同時にゴリゴリと俺の正気も削られてきたため、居たたまれなくなって通話を切って買い物に行ったんだけれど、無事にミッションをこなして違うフィールドに出たらしい。
「エライエライ。さすがはメリーさんだ(棒)」
『あたしメリーさん。当然。メリーさんはやればできる子……」
ドヤ顔のメリーさんの様子が目に浮かぶようである。
『あたしメリーさん。ついでに褒めて延びるタイプなので称賛はいくらあってもいいわ……』
「はいはい。凄い凄い。メリーさんにかかればゴブリンの一匹ぐらい朝飯前だね」
もう昼だけど。
『一匹じゃなくて二匹よ。途中から杖をもって火の玉や、痺れる煙を飛ばしてくるゴブリンの加勢があったりして……』
「あー、ゴブリンメイジだな。そりゃ」
いやに勝負が長引いていると思ったら、ゴブリンの上位種がリンクしていたらしい。
「よく斃せたなー。最初にノーマルのゴブリンを斃して、何かコツとかスキルでも覚えたわけ?」
『あたしメリーさん。最初のゴブリンとおんなじ。炎や煙は無視して突っ込んでいって、出刃包丁で刺して最終的に石で頭蓋骨を叩き割ったの……』
さすがはメリーさん。虫けら並みの知能しかない。
そりゃ大変だったねー……と、適当にねぎらいつつ、飯の話題が出たところでドンキで買ってきた弁当を出して、ペットボトルのお茶で食べる準備をする。
『あたしメリーさん。ガサゴソと何やってるの……?』
「ん? 腹減ったから買ってきた弁当食おうとしているところ」
『…………』
「どーした、メリーさん?」
『あたしメリーさん。あたしが死ぬ気で戦っている間にお弁当買いに行っていたの……?』
途端、これまでにない怨嗟を含んだおどろおどろしい声が聞こえてきた。
「いやいや。こっちはこっちで大変だったんだぞ。行って帰ってくるだけでモンスター十匹と遭遇して捕獲したし」
『じゅっ……!? あたしメリーさん。都会ってそんなに妖怪とか化け物がいるの……?!』
「どーなんだろうね。ここらへんだけかも知れないけど」
『あたしメリーさん。そーいえばそこのアパート、変な磁場や霊気を感じたけど、引っ越したほうがいいんじゃない……? メリーさんが戻る前に他の野良妖怪や何かに殺されたら困るし……』
何か見当違いの勘違いして心配している(?)らしいメリーさんだけれど、別段不便はないし、さっきも管理人さんに大丈夫と胸を叩いて応えた以上、そうそう簡単に退居するわけにはいかないだろう。
なにより――
「つってもなー。六畳一間とはいえ、台所・風呂・トイレ付で月五千円は破格だしなー」
『ご、ごせんえん……!? 都会で月五千円の物件……!!』
なぜか電話の向こうで絶句するメリーさん。
ややあって、
『あたしメリーさん。あなたバカなんじゃない……?』
「どーいう意味だ、ゴラッ!!」
よりにもよって
『あたしメリーさん。まあ本人が良ければいいんだけど、正直、お腹ペコペコで昨夜から動きまくりのメリーさんとしては、またひとつあなたに対する怨みが増えたわ……』
「え~~っ……つーか、モノを食べるわけ?」
『あたしメリーさん。当たり前じゃない。このナイスバディを維持するためにも、経口でのエネルギー補充は必要よ。ちなみに何のお弁当を食べてるの……?』
「大盛り焼肉弁当」
刹那、通話の向こう側から生唾を飲み込む音が聞こえてきた。あと腹の虫の音も。
『あたしメリーさん。タンパク質……木の根っこや苦い草じゃない、ホカホカのお肉……』
どうやら思った以上に現在悲惨な食生活を送っているらしい。
「あー……じゃあ、あれだ。斃したゴブリンの肉を食うとか?」
いや、さすがに無理か。仮にも知性のある人型生物の肉を剥がして食うとか。
『あたしメリーさん。あんなマズいもの食べるくらいなら、木の皮齧っていたほうがマシなの……』
チャレンジしたんかっ!?
『腐った生ゴミが三ツ星レストランの御馳走に思えるレベルなの。猫どころかゴキブリや友○隆英でもまたいで通るマズさだったわ……』
「それほどかい!?」
しかし、その割には結構余裕ありげに喋りながら、ズンズン進んでいるみたいだけど。
そう口に出して尋ねると、
『あたしメリーさん。ゴブリンメイジを斃した後で、変な音と表示が出て、それから少し体力が戻って調子がいいの……』
ああ、なるほどレベルアップしたのか。
『あたしメリーさん。ちなみに出た表示はこんな感じ――』
《メリーさんのレベルが1→2へ上がった! HPが5→7へ上がった!》
《隠しステータス無謀が3上がった! 残酷さが2上がった! 髪の毛がちょっと伸びた! 愛らしさが5下がった! 良識は消えた!》
《あわせて筋力が3→4へ上がった! 耐久が4→5へ上がった! 知能が2→1へ下がった!》
『あたしメリーさん。それで総合的にはこう……。
・メリーさん 災厄人形(女) Lv2
・HP:7 MP:24 SP:7
・筋力:5 知能:1 耐久:5 精神:10 敏捷:5 幸運:-29
・スキル:霊界通信。無限出刃包丁→無限三徳包丁(new!)。攻撃耐性1(new!)。異常状態耐性1(new!)
・装備:布のドレス。エナメルの靴。三徳包丁(×5)』
ダメじゃん!
ただ単に脳筋になっただけじゃん! そして、三徳包丁というのは出刃包丁の上位互換なのか!?
「……あー…まあ、スキルに攻撃耐性1と異常状態耐性1がついたのは、なにげに有効だけど」
多分、攻撃や状態異常の魔術をボカスカ食らったせいなんだろう。字面から言って、ダメージを軽減するスキルってところだろうな。
と、見当をつけたところで――。
『あたしメリーさん。あら? この『new!』ってチカチカしているところ押したら、詳しい説明が出てきたわ……』
そう言って説明文を読み上げるメリーさん。
・
【※ダメージは普通に受けるけど気付かない! 倒れた時が死ぬ時だ!! 2になると痛みが快感になる。3になると無敵モードになって死ぬまで痛みを感じないぞっ!】
・
【※体調不良になっても自覚できない! 取り返しがつかなくなる前に周りで病院へ連れて行かないと死ぬぞっ! 2になると現実と幻覚のつかなくハイになる。3になると「いや、もうお前死ぬぞ!!」という感じで燃え尽きる前の蝋燭のように弾ける!】
「ダメ過ぎる進化したーーーーーっ!!!」
思わず絶叫する。
なんでこう残念な方向へしか成長しないんだ!? 育成ゲームだったら、とっくにリセマラしてるぞ!
「う……うん、まあ、メリーさんだからな」
とはいえこちらからはどうしょうもないので、無理やり自分を納得させる。
「つーか、メリーさんどこに向かっているわけ?」
『あたしメリーさん。魔王がいる北の都を目指して進んでいるの……』
魔王キタ――(゜∀゜)――!!
って、いやいやいやいや! ゴブリン、ゴブリンメイジの次に魔王なんてなんてムリゲー!?
『あたしメリーさん。今わの際にゴブリンメイジが言ってたの。「我を斃してもゴブリン四天王が。さらにその上にゴブリンジェネラル、ゴブリンキングが。さらにオーク、ハイオーク、オークキング……」とか他にもゴチャゴチャ言ってたけど、最終的に魔王がいるらしいので、面倒臭いから一気に親玉を斃して経験値ガッポリなの……!』
いやいやいやいや! 普通はもっと細かく段階を踏んで刻むもんだろう!? ゴブリンの次はゴブリンキングとか、オークとか! 『面倒臭い』の一言でLv2で
『あたしメリーさん。でもそう言ったらゴブリンメイジの奴、「頭おかしい」とか真顔で言ったのでとどめを刺したの……』
うん。その意見には俺も全面的に賛成だ。
『あたしメリーさん。正義のために魔王を斃すの……』
決意を込めて良いこと言っているみたいだけれど、すべて私利私欲のために行動しているような……。
そもそもこれまでのメリーさんの行動に、一片の正義も感じないんだけれど?
つーか、そっちの世界の魔王の立ち位置ってどんなもんだかわからないけど、仮にも『王』を名乗る存在を問答無用でぶっ殺しに行くとか、普通に考えればテロリストじゃね?
そんな懸念もなんのその。猪突猛進で突き進むメリーさんを説得する言葉もなく、俺は黙って通話を切って弁当を食べ始めるのだった。
馬鹿だけど、この行動力は凄いわ。馬鹿だけど。
しみじみと噛み締めながら食事に専念する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます